moedra @Wiki

真紅の求婚者

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匿名ユーザー

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まるで生物が立ち入るのを頑なに拒み続けているような、峻険な岩山。
その切り立った頂に近い断崖の中腹に、ポッカリと大きな洞窟が口を開けている。
どうやってそんな洞窟ができたのかは今以って謎だったが、どうやらその中には目の眩むような大量の金銀財宝が眠っているらしかった。
遠く離れた山の頂から件の洞窟を眺めると、陽光を反射してキラキラと輝く物がいくつも積み重なっているのが見えるという。
だが山の周囲には常に強風が吹き荒れている上に気象も安定していないためヘリなどで近づくこともできず、この洞窟は魅力的な謎を孕みながらもこれまで全くと言っていいほど手付かずだったのだ。
そう、これまでは。

俺は目的地までの険しい道程を覚悟して、登山のための準備を万端に整えた。
これから登るのは、何も寒冷地域の雪山ではない。
標高はそれなりに高いが、頂上付近に薄っすらと万年雪がかかっているだけの岩山だ。
まるで巨大な刃物か何かで切り崩したような尖った峰、やすりで磨いたかのようにすら見える滑らかな岩壁。
その到底自然が作り出したとは思えないほどの峻険さと造形的な美しさを除けば、俺にとってこの山は文字通り宝の山なのだ。
遥か彼方に見える断崖の洞窟を睨みつけながら、俺は希望に満ちた1歩を踏み出した。
勾配の緩やかな坂を少しずつ登り、ときにはゴツゴツとした低い岩壁を素手で攀じ登る。
そうしてさながらオベリスクの如く聳え立っている岩の巨塔へと辿りつくのに、それほど時間はかからなかった。
後は仰角が80度というこの垂直で滑らかな壁面を、洞窟へ向かってひたすら登り続けるだけでいい。
なに、途中にいくつか段差もあることだし、体を休めながら少しずつ登ればいずれ辿り着くことができるだろう。
ピッケルとザイルアンカーをしっかりと用意して、固い岩壁にピッケルを打ち込む。
決して焦らず、慎重に足場を確認しながら、俺はまるで蜘蛛男のように壁を登り始めた。

「ふう・・・」
山のように積み重ねられた宝の山に埋もれながら、我は小さく溜息を漏らした。
他の同胞達はどうか知らぬが、我にとっては退屈など苦痛以外の何物でもない。
いつかやってくるであろう夫のために人間どもの住処から無数の光り物を集めてきてはみたものの、こんな洞窟で10年待ってみたところで番いとなる相手が見つかる気配はほとんど皆無に等しかった。
だが1度己で決めたことを覆すことができるほど安いプライドを持ち合わせているわけでもなく、ズブズブと貴金属の放つ光の中にますますのめり込みながら今度は大きな溜息をつく。
とその時、我はなにやら足元の方から小さな音と振動が断続的に伝わってくるのに気が付いた。
カン、カンという金属を打ち鳴らすような甲高い音。それがゆっくりと、こちらに近づいてくる。
「何だ・・・?」
退屈に時間を持て余していた我はその音の正体に興味をそそられはしたものの、体を包み込む重い財宝をどかすのが億劫でじっと耳を澄ませているだけに留めることにした。

後少し・・・後少し・・・
手足を持ち上げる度に、俺は何度も何度も自分にそう言い聞かせた。
実際、洞窟はほんの数メートル上にまで近づいてきている。
歯を食い縛って最後の足場に足をかけると、俺は洞窟の縁から顔を突き出した。
「・・・・・・凄い・・・」
なんと表現したらいいのだろう。
およそ金銀財宝の山と聞いて思い浮かぶあの極めて非現実的な景色が、俺の眼前に広がっていた。
瞼を焼く金貨の輝き。真珠やダイヤでできた大小のネックレス。金や銀の大杯。
それらが所狭しと洞窟の奥に積み上げられていて、一瞬感激に体を支えている腕の力が抜けそうになる。
震える手で崖を攀じ登り、フラフラとその財宝の山へ近づいていく。
だが近くまで来たところで、俺はその輝きの中から突き出していた真っ赤な塊に目を奪われた。
ワニのように突き出した細長い顔。その顔に切れ目を入れたかのような鋭い双眸。
そして口の端から覗く黄色がかった巨大な牙・・・

「え・・・ド、ドラ・・・」
思わず声が漏れかけたその時、閉じられていたドラゴンの目がゆっくりと開いた。
それ自体が宝石の1つのようにすら見える青い眼が、俺の顔を捉える。
「あ・・・ああ・・・」
まずい・・・この財宝は・・・ドラゴンが集めた物だったのか・・・
恐ろしい主のいる宝物庫へ足を踏み入れてしまったことに戦慄を感じて、俺はそろそろと後ずさった。
のそり・・・という音が聞こえてくるような緩慢な動作で、ドラゴンが財宝に埋もれていた体を起こす。
その動きで崩れ落ちた杯や金塊が、ガラガラと重い音を辺りに響かせた。
「う、うわああああ!」
突如辺りに響き渡ったけたたましい音に驚き、必死で洞窟の出口に向かって走る。
だが切り立った崖が眼下に広がった瞬間、頭の中が絶望で埋め尽くされた。
ああ・・・そうだ、ここは岩壁の中腹なんだ・・・
ザイルは残っているが、とても逃げ切ることなどできそうにない。
ふと後ろを振り向くと、すっかり全身を露わにした巨大なドラゴンが頭を低くしながらこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
腹の辺りだけは灰色がかった白毛が生えているが、その他は全身真紅の体毛に覆われている。
柔らかくも力強さを秘めたような太い尻尾がうねうねと左右に蠢き、獲物を手に入れた喜びに震えているようだ。
しかもその背中からは、体と同じように真っ赤な細毛を纏った巨大な1対の翼が広げられていた。

「う・・・う・・・た、頼む・・・助けて・・・」
崖から飛び降りる勇気などあるはずも無く、俺はその場にペタンと尻餅をついて声を絞り出した。
ガクガクと恐怖に震える俺の顔を覗き込むように、ドラゴンがその長い首を伸ばしてくる。
「ひっ・・・!」
喰われる・・・!
直感的に脳裏に走った予感に、俺は逃げることも戦うことも諦めて固く目を瞑った。

「・・・・・・?」
俺は暗闇の中でじっと恐怖に耐えていたが、意外なことにそれ以上のことは何も起こらなかった。
恐る恐る、ゆっくりと目を開けてみる。
滲み出した涙に霞む視界の中で、ドラゴンはまるで俺を値踏みするかのように一通り眺め回すと小さく息をついた。
「ふう・・・まさか人間がここへやってくるとはな・・・」
ドラゴンの顔には落胆とも困惑ともとれる表情が浮かんでいたが、特に俺に対する殺気があるようには見えない。
「た、助けてくれるのか?」
「少し・・・迷っているのだ」
「迷っているって・・・一体何を・・・?」
まだ命の危険があるのかと思って、俺は小さく身を縮めながらおずおずとドラゴンに聞き返した。
だがドラゴンはクルリと後ろを振り向くと、山のように積まれた財宝を顎で指し示した。
「あの財宝は、我が長い間かけて少しずつ集めたものだ。雄の竜を呼び寄せるためにな」
そう言って、今度は俺の方を振り向く。
「そして最初にこの洞窟に入ってきた雄を我の夫にしようと決めていたのだ」
「それで・・・?」
「こんなところに来れるのは翼を持つ竜しかいないだろうと高を括っていたのだが・・・お前が最初の雄だ」
ちょ、ちょっと待てよ・・・このドラゴンは何を言ってるんだ?
俺が最初の雄?夫にしようと決めていたって?それってまさか・・・

「つまりだな・・・我の夫になってはくれぬか?」
俺がドラゴンの夫に?・・・いや、そんなバカな・・・
予想だにしていなかったドラゴンの一言に、俺はうまく声が出てこなかった。
「な・・・だ、だって俺・・・そんなの・・・」
「人間のお前が我の申し出を断れば・・・どうなるかは想像がつくと思うが・・・?」
「う・・・」
俺は思わず、がっしりと地を踏み締めているドラゴンの手に視線を泳がせた。
大型の熊などよりももっと凶悪な鋭い鉤爪が、カリカリと岩の地面を引っ掻いている。
あんな爪で襲いかかられたら・・・いや、そもそもこの巨体だ。上にのしかかられただけで押し潰されかねない。
ここに踏み入った時点で、初めから俺に選択肢など残されてはいなかったのだ。
「わ、わかったよ・・・」
「そうか・・・何だ?そう暗い顔をせずともよかろう?何もここに閉じ込めておくなどとは言っておらぬ」
「え?」
思わずそう聞き返すと、ドラゴンは洞窟の中だというのにその自慢の翼を左右に大きく広げた。
「町へ行きたければ、我が連れていってやる。そこにある財宝を持っていけば、不自由はなかろう?」
「あ、ああ・・・いいのか?」
「構わぬ。元々我には何の役にも立たぬ物だからな。だが・・・もし我を裏切ったりしたらその時は・・・」
そう言いながら、ドラゴンがこれ見よがしに牙を剥いた。
真っ赤な口内に並んだ恐ろしい牙をまざまざと見せつけられ、またしても腰が抜けてしまう。
「ああ、わ、わかったから・・・裏切ったりしないよ・・・」
「わかっているならよい」
俺の返事を聞くと、ドラゴンは満足したように再び財宝の山の中へと潜り込んでしまった。
俺・・・これからどうなるんだろう・・・
図らずもドラゴンという巨大な恐妻を手に入れてしまい、俺はガクリとその場にうな垂れていた。

ぐうぅ・・・
「あ・・・」
とりあえず極度の緊張からは解き放たれたせいなのか、それとも長い長い登攀の疲れが溢れ出したのか、俺の腹が空腹を正直に訴え始めていた。
一応軽食は持ってきてはいるものの、そんなものでは腹は膨れないだろう。
それに、どうせ俺はこれからドラゴンとここで暮らさなければならないのだ。
町へ行って食べるものをある程度買い込んでおいたほうがいいだろう。
俺は覚悟を決めると、再び眠りにつこうとしていたドラゴンに向かって声をかけた。
「あの・・・お腹がすいたんだ。食べ物を買いに町に行きたいんだけど・・・いいかな?」
「んん?・・・むぅ・・・まあよかろう。我も、人間の食べ物とやらに興味があるのでな」
そう言うと、ドラゴンは再びガラガラと騒々しい音を響かせながら世界一高価な寝床から這い出てきた。
・・・俺も、寝る場所を作っておいたほうがいいかもしれない。
「どこへ行きたいのだ?」
「ああ・・・とりあえず、一番近くの町でいいよ。ほら、あそこに見えるのがそうだ」
ドラゴンとともに断崖に縁に立って辺りを見渡すと、尾根の間から小さな町が顔を覗かせていた。
そこを指差して教えると、ドラゴンが身を屈めて大きく翼を開く。

「では、乗るがいい」
「乗る・・・って、背中の上に乗るのか?」
「・・・宙吊りの方が好みなのか?」
首を巡らして俺の方を見ながら、ドラゴンが意地悪っぽく笑みを浮かべる。
「い、いや、上でいいよ」
いそいそとドラゴンの背に攀じ登り、太い首の回りに腕を回して体を固定する。
ドラゴンの体は適度な弾力のある皮膚からフサフサの毛がそよそよと靡いていて、物凄く肌触りがよかった。
「しっかり掴まっていろ。最初は苦しいぞ」
「え?苦し・・・うっ・・・」
バサァッという一際大きな羽ばたき音とともに、ドラゴンが洞窟から飛び出した。
その巨体を跳ね上げる強靭な跳躍の衝撃をモロに受けて、息が詰まる。
「う・・・ゲホゲホッ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
ドラゴンが体を水平に保つと、俺はようやく内臓を突き上げるような衝撃と圧迫から解放された。
「何だ、この程度でもう音を上げているのか?そんなことでは先が思いやられるな」
グン、グンと体を前後に揺らしながら、ドラゴンがボソリと呟く。

遥か遠くに見えたと思った町の建物が、あっという間に近づいてきた。
そして町の入口に程近い森の中で俺を降ろし、ドラゴンがもう1度釘を刺す。
「我はここで待っている。必ず戻ってくるのだぞ?」
「ああ、戻ってくるよ。少しは自分の夫を信用しろよ」
そう言いながら、俺に向けられたドラゴンの顎を軽く擦ってやる。
「むぅ・・・」
意外に心地よかったのか、ドラゴンはそれ以上何も言わずに森の奥へと姿を隠した。

町の雑踏の中へ足を踏み入れた途端、俺は唐突に現実へと引き戻された。
つい昨日も、俺はこの喧騒の中にいたはずだ。
でも今の俺と昨日の俺との間には、言葉で言い表せないほどに高い壁がある。
幸か不幸か、俺は巨大な雌のドラゴンに伴侶として選ばれてしまったのだ。
ぼーっとした頭で商店街を歩き回りながら、保存が利きそうな食料を探す。
そして手持ちのお金で買えるだけの食料を買い込むと、俺は両手に買い物袋を下げたままドラゴンの待っている森まで戻ってきた。
本当に、ドラゴンなんていたのだろうか?もしかしたら、全部夢だったんじゃないだろうか・・・?
どうにも今ひとつ現実を受け入れられず、俺は躊躇いがちに森の中へ声をかけた。
「帰ったよ」
すぐさま、大木の陰に身を伏せていたドラゴンが顔を出す。
俺は思わずそれに驚いてビクッと身を縮めたが、すぐに平静を装った。
「思ったよりも早かったな・・・もっと人間の生活を満喫してくればよかったろうに」
「未だに俺がドラゴンの夫になったなんて信じられないんだ。その、なんていうか・・・実感が湧かなくてさ」
「フン、実感か・・・人間は現実を認識するのにいちいちそんなものを必要とするのか?理解に苦しむな」
そう言いながら、ドラゴンが再び俺の前で身を屈める。そして不意に俺の持っていた買い物袋に顔を向けた。
「それは我が持とう」
言われるままに袋を渡し、来た時と同じようにドラゴンの背中に攀じ登る。
そして俺がしっかりと首を抱き締めたのを確認すると、大地を蹴る大きな音とともにドラゴンが空に舞った。

背に人間を乗せ、両手に買い物袋をぶら提げたまま空を飛ぶ赤いドラゴン。
顔に叩きつける風に耐えながら、俺はその様子を想像して思わず笑っていた。
「何がおかしいのだ?」
「いや、なんでもないよ・・・ただ、あんたもなんだか人間くさいなぁって思ってさ」
「人間などと一緒にするな。奴らなど、我にしてみればただの餌にしか過ぎぬ。もちろん・・・お前は別だがな」
5分にも満たぬ短い空の旅を終えると、ドラゴンは住処の洞窟へと滑るように飛び込んだ。
そして手にしていた買い物袋の中を興味深げに覗き込んでから、ドラゴンが俺に袋を手渡す。
「一体中には何が入っているのだ?」
「もちろん、全部食べ物さ」
そう言いながら、俺は主食にと思って買ってきたコンビニのおにぎりを袋から取り出して口へ運んだ。
その様子を、ドラゴンがまじまじと見つめている。
「むぅ・・・よく分からぬが美味そうだな・・・我にもくれぬか?」
まあ、いいだろう。食べるものはまだまだたくさんある。
俺はおもむろにもうひとつのおにぎりを取り出すと、しっかりと海苔を巻いてドラゴンに渡してやった。
巨大な手の中に置かれた小さな白米の塊を眺めながら、ドラゴンが時折クンクンと匂いを嗅いだりしている。
そしてそれを恐る恐る口の中へと入れると、ムシャムシャと咀嚼を始めた。
「ふむ・・・悪くない。生肉よりは美味いな」

そんなこんなで人間の食べ物に対するドラゴンの好奇心を満たし続けた結果、俺は買ってきたほとんど全ての食料をドラゴンと分け合うことになった。
まあ当面の空腹は解決したのだから、よしとしよう。
「ふう・・・お腹一杯だ」
一杯に膨れた腹を抱えながら、俺は思わず地面に蹲っていたドラゴンの体に寄りかかった。
突然のことに今度はドラゴンが一瞬ビクッと身を固めたが、すぐに皮膚が柔らかな弾力を取り戻す。
満腹感と背に伝わる極上のソファのような心地よい感触に、俺はドラゴンと一緒になって短い昼寝を楽しんだ。

心地よい暖かさの中で目を覚ますと、外は既に真っ赤な夕焼けに覆われていた。
オレンジに色づけされた西日の光に照らされた赤竜の体が、まるで赤熱しているかのように輝いて見える。
「なあ・・・」
「何だ?」
「風呂に入りたいんだけど・・・」
ドラゴンの首が、グルリと俺の顔を覗き込んだ。
「風呂だと?・・・湯浴みのことか?それなら、1ついい場所を知っているぞ」
「本当か?」
「少し離れたところに、天然の温泉があるのだ」
温泉という響きに、俺はパッとドラゴンの顔を見つめ返していた。
「この時間なら、奴もいないだろう。行ってみるか?」
「あ、ああ・・・でも奴って誰のことだ?」
「同胞にも、好んで湯浴みをする変わり者がいてな・・・そ奴のことをまるで人間のようだと揶揄したものだ」
ドラゴンはそう言いながら体を起こすと、洞窟の入口に向かって歩き始めた。
ドラゴンが入る温泉・・・人の目につかないところにあるとすれば、さぞかし立派な秘湯なのだろう。
いつものように身を屈めたドラゴンの背に登りながら、俺は眩しい陽光に目を細めた。

バサッ、バサッ・・・
日の暮れ行く空に、ドラゴンが翼を力強くはためかせた。
昼に寄った町を越え、遠くに霞む山々をも飛び越えていく。
朱に染まっていた空が次第に紫の色合いを濃くしていきながら、明るく輝く星々を辺りにちりばめ始める。
そうしてすっかり太陽が地平線の彼方に沈みきった頃、前方に小高い山が見えてきた。
さして標高は高くないようだが、空から見ると鬱蒼と茂った森林がまるで人間の侵入を拒んでいるかのように山肌を覆い尽くしている。
やがて、その深緑の絨毯の一角にぽっかりと口を開けた岩場が見えてきた。
その穴へ向けて、ドラゴンがフワリと舞い降りる。
ドラゴンの背から滑り降りるように地に降り立つと、そこには確かにもうもうと白い湯気を上げる天然の温泉が広がっていた。
「へぇ~・・・」
溜息にも似た大きな息をつきながら温泉の縁に屈み込むと、俺は湯の中へそっと手を入れてみた。
さほど熱くはない。
底は剥き出しの岩でゴツゴツとしているようだが、腰をかけて座るにはむしろちょうどいいだろう。
まるで剥ぎ取るように服を岩の上へ脱ぎ捨てると、俺はバシャッと湯の中へ飛び込んだ。
その瞬間、じんわりとした温もりが体の芯まで染み渡ってくるような心地よさに包まれる。
「気に入ったか?」
「ああ・・・こんな温泉は初めてだよ。とってもいい気持ちだ・・・あんたも入りなよ」
「・・・我も・・・この中にか?」
湯船に誘われたのが意外だったらしく、ドラゴンは戸惑いを隠せぬ様子で首を傾げていた。
「翼が濡れれば空を飛べなくなるのだぞ」
「だったら、乾くまで休めばいいさ」
「うぬぅ・・・物は試しか・・・」
ようやく決心したのか、ドラゴンが躊躇いがちに湯の中へ足を入れる。
その巨体が湯に沈んでいくにつれて、岩場の縁から溢れ出した湯がザバッと辺りに広がっていった。

赤毛に覆われたドラゴンの体が首を残して完全に水中へと沈み込むと、ドラゴンは体を包み込んだ優しい温かさに険しかった表情を不覚にも綻ばせた。
「うむむ・・・これは・・・なんとも心地よいな・・・奴が湯浴みに入り浸る理由がわかった気がするぞ」
「はは・・・人間の習慣も捨てたもんじゃないだろ?」
フーという長い息をつきながら、ドラゴンが湯船の縁に積み重なった岩棚へと顎を乗せる。
そして目を瞑って気持ちよさそうに体を揺すりながら、夢中で自然の温もりを貪っていた。

巨大なドラゴンとの入浴という奇妙だが幸せな一時を満喫すると、俺は湯から上がって体を乾かし始めた。
大雑把に水滴だけを拭き取り、後は涼しい夜風に体をさらして乾燥させていく。
ドラゴンもそれに倣って名残惜しそうに湯船から出てきたものの、体中の毛がたっぷり水を吸ってしまったせいか重そうに体を揺らしていた。
そしてそのまま、ドラゴンがそばにあった平らな岩の上へゆったりと蹲る。
「ドラゴンはそうやって体を乾かすのか?」
「我は生まれてこのかた、1度も水に浸かったことがないのだ・・・」
そう言いながら、ドラゴンがペタンと毛が垂れた子犬のような顔を俺の方に向けて困ったように声を絞り出す。
「だからさすがの我も、こればかりはどうしてよいか分からぬ・・・なんとかしてくれぬか?」
今までどこか高圧的な態度を保っていたドラゴンが、初めて俺に頼みごとを呟いていた。
おまけに体が冷えてきたのか、ドラゴンが時折ブルブルと寒そうに身を震わせている。
身を包んだ水滴が夜風に冷やされて、少しずつ体温を奪っているのだ。

俺は慌ててドラゴンに駆け寄ると、体を強く擦ってやった。
濡れた体毛から絞り出された水滴が辺りへと滴り落ち、ピチャピチャと音を立てる。
巨大な体を隅々まで擦ってやるのはさすがに骨が折れたが、それでもなんとか粗方の水分は飛ばしてやることができたはずだ。
だがドラゴンは、それでもまだ蹲ったままブルブルと寒さに震えていた。
風邪をひくなんてことはないだろうが、このままではドラゴンの身が心配だ。
見上げるほどに巨大だったはずのドラゴンの体も、今となってはやたらと小さく見えてしまう。

「大丈夫か?」
「う・・・うぅ・・・」
消え入るような声で、ドラゴンが力なく呻き声を上げる。
だが次の瞬間、ドラゴンは俺を岩の地面に押し倒すとガバッと上へ覆い被さってきた。
「わぁっ!」
そしてその大きな両腕で、俺の体をがっしりと力強く抱き抱える。
「な、何をするんだ・・・?」
「しばらく、そのままでいてくれぬか・・・お前の温もりが欲しいのだ・・・」
湿った体が乾く寸前の激しい寒さを紛らわせるように、ドラゴンが無我夢中で身を揺する。
その振動と細かな摩擦が生み出す暖かさに、俺はフッと体の力を抜いて身をまかせていた。

冷たく湿っていたドラゴンの体がフサフサの心地よい肌触りと毛皮の持つポッと灯るような暖かさに包まれるまで、それほど長い時間はかからなかった。
初めは寒さに顔を顰めていたドラゴンも抱擁の温もりのお陰で次第に穏やかな表情へと戻り、ようやく元の落ち着きと威厳を取り戻したようだ。
「ふぅ・・・生き返ったぞ・・・」
相変わらず俺を地面に押さえつけたまま、ドラゴンが俺の顔を覗き込む。
「帰ろうか?」
「まあ待て。もうしばらく・・・こうしていてもよかろう?」
グリグリと俺の頬に胸を擦りつけるように、ドラゴンが俺を抱き締めた腕に力を入れる。
火照りが抜け切っていない体に滑らかな毛皮の感触を塗り込まれ、俺は気持ちよさに全身の力が抜けてしまった。
「あ、ああ・・・いいよ・・・」
正直ドラゴンの巨大な体の下で拘束されているのは少しばかり恐ろしかったが、柔らかな弾力のあるその体を愛しく擦りつけられてしまっては、抵抗する理由もどこかへ消し飛んでいく。
初めて遭った時は身の危険を感じるほどの恐怖を味わわされたというのに、今のドラゴンはもはや1匹の雌として内面に隠し持った弱さを人間の前に曝け出していた。

「我が夫に選んだ者とはいえ・・・人間にここまで心を許したのは初めてだ・・・」
ゴロンという音とともに、ドラゴンが俺を抱き締めたまま体を横へ転がした。
そして仰向けの腹の上で寝かされる格好になった俺を見つめながら、ドラゴンが囁く。
その眼には狩りの獲物を見据えるような鋭い光ではなく、切なげに己の意思を投げかけようとする静かな光が満ちていた。
「我を・・・受け入れてくれるか?」
そう言いながら、ドラゴンが俺の体を少しだけ身から離した。
突如広がった視界の端に顔を覗かせたドラゴンの秘所が・・・キラキラと濡れている。
なぜだろう・・・不思議と、抵抗はなかった。
不安げに俺に視線を向けるドラゴンを見つめ返しながら、ゆっくりと頷く。
「ああ・・・もちろんだ・・・俺も、あんたに受け入れて欲しい・・・」

薄っすらと桃色がかった液体を滴らせながら、左右に開いた秘裂が歓喜に戦慄いた。
そして愛の証を待ち侘びるその割れ目の中へ、ゆっくりとペニスを近づけていく。
ズブ・・・ズブブ・・・
次々と溢れ出した愛液の滴る水音に後押しされるように、ペニスが根元までドラゴンの膣へと飲み込まれた。
「ああ・・・」
「おおお・・・」
押し殺した声を上げながら、お互いに挿入の快感に体を仰け反らせる。
一瞬にして股間から全身へと突き抜けた蕩けるような甘い痺れに冒されて、俺はそのまま白毛に覆われたドラゴンの腹の上へと倒れ込んでいた。

「はあ・・・ぁ・・・」
俺のペニスを挟みつけたドラゴンの膣壁が、ビクン、ビクンと小刻みに脈動していた。
その刺激が生み出す無上の快楽に腰が砕けてしまい、体を起こすこともできそうにない。
そして力なく横たわった俺の頭を撫でるように、ドラゴンが巨大な手をそっとかざした。
「・・・辛くはないか?」
「とんでもない・・・あんたと1つになれるなら、俺は幸せだよ」
それを聞くと、ドラゴンがゆっくりとペニスを締めつけ始めた。
徐々に高まっていく快感が、俺の手足に残ったわずかな力をも奪い取っていく。
「ああ・・・我もだ・・・これほどまでに満ち足りた気分を味わうのは何年振りのことか・・・」
ヌチュ・・・クチュ・・・
次第に強まっていくペニスへの圧迫感に、俺は反射的に腰を引いていた。
だがすかさず擦り込まれた快感に力を込めていた足腰が弛緩し、再び熱い肉洞の中へペニスを沈めてしまう。
そのたった1度の抽送で、俺は早くも限界まで追い詰められていた。
膣への摩擦を受けたドラゴンもまた、荒い息をつきながら天を仰いでいる。
「う・・・はぁ・・・お、俺・・・もうだめだよ・・・」
柔らかな腹の上で喘ぎながら、俺は静かにそう呟いた。
「か、構わぬ・・・我の中へ放ってくれぬか・・・さあ・・・」

グチュゥという音とともに、熱い愛液に濡れた肉襞がペニスを一舐めした。
あくまでも優しく、だが余す所なく、力強い蠕動とともにペニスが快楽の渦に翻弄される。
「うああっ・・・」
ビュビュッ
とどめの一撃に耐えられず、俺はドラゴンの膣へ一気に精を放った。
その射精の刺激が快楽へと変換され、ドラゴンもまた巨体を捩る。
「ウヌ・・・ァ・・・わ、我も・・・これまでのようだ・・・」
その直後、ドラゴンが俺の体をガシッと抱き締めながら絶頂を迎えた。
咥え込んだ雄を搾るように、グシャッという強烈な膣圧がペニスに叩きつけられる。
「ヌアアアァァァ!」
「あ~~~~!」
射精直後のペニスを激しく搾り上げられ、俺はあえなく2度目の射精を迎えさせられた。
頭の中が真っ白になるような快感の爆発に手足をばたつかせて悶えるが、ドラゴンが俺を捕まえた腕にことさらに力を込める。
あまりの気持ちよさに、俺は何も考えることができなかった。
お互いに身を揺すりながら無我夢中で快楽を貪り、お互いにお互いを求め合う。
永遠に続くかに思えた長い長い快楽の宴が終わると、俺はぐったりと疲れ果ててドラゴンの上に再び崩れ落ちた。
そして、心配げに俺を見つめていたドラゴンに力ない笑みを向ける。
「大丈夫か?」
「ちょっと、疲れただけさ・・・あんたと1つになれたなんて、今夜は人生で最高の夜だよ」
「そうか・・・ゆっくり休むといい。お前の疲れが癒えるまで、我はいつまでも待っているぞ」
そう言いながらドラゴンは地面に敷いていた翼を大きく広げると、それを俺の体の上へまるで布団のように優しく被せてくれた。
暖かい・・・
フワリと身を包んだ妻の温もりに、俺は穏やかな表情を浮かべたまま深い眠りについていた。



感想

  • 良いなぁ…
    いつか彼みたいにドラゴンを妻に持ちたい…
    そして夜にはその翼で暖めて貰いたい… -- ドラゴン大好き (2009-11-28 21:59:18)
  • だよな。 -- カイ (2011-03-16 20:29:11)
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