月が中天に輝いている。

静かな夜で、しかし地上では戦が大地を震わせていた。

冬木の地に召喚された英霊の一柱―――日本刀を振りかぶった青年は、敵の骨肉を両断しにかかる。
狙いは首。
銃弾以上の凄まじい速度で放たれた剣は、必殺の急所を狙撃した。

迎え撃つは、女である。憂いを秘めた表情をした美しい女だが、それで敵の剣が手心を加える筈も無い。
彼女もこの地に呼ばれし英霊、願いがあるからこそ、この救いようのない亡者の戦いに参加したのだ。
攻撃が迫る。
頭部への一刀をしゃがんで躱す。そして口を開くと旋律が付いた、澄み渡るような口笛を吹いた。
「―――、―――♪―――♪―――?―――」
青年はその曲を止めるべく、地面を蹴って拳大の石を女の顔面に向けて蹴りつけた。
サーヴァントの力で蹴り出されたそれは、弾丸となって女を狙う。回避するために幻惑効果を持った口笛は中断された。
「―――くっ!」
女は滑るように後方に下がると、警戒した様子で青年から距離を取った。
閃光そのものであるその斬撃、それを紙一重で回避した女の目は固く瞑られていた。息をつかせぬ猛攻を、光が無い状態でしのぐ技を見せた女も、また凡夫ではないことを証明していた。

警戒して後方に下がった女を見て、青年は口を快感の形に歪めた。
「なかなかやるじゃねえか、菊一文字をただのくちなわ退治に使うのは勿体ないと思ってたんだ」
無言だった青年の声に、僅かに喜色が混ざる。ただの殺しが、崇高な殺し合いになることを期待しての感情だ。

「―――何を、血生臭いことを」
理解できない、理解したくも無い。血色の感情。
女はその声を聞くだけで、人の感情を大体だが理解できた。今程その力をうとましく思ったことは無かったが。
形のいい柳眉をしかめた女に対し、青年は心外だというように声を上げた。
「おいおい、あんたも殺し合いがしたくて黄泉穴から這い出てこの死人同士の戦に加わったんじゃねえのかよ?」
「……殺戮が、楽しいはずがないでしょう。どんな理由があっても人を殺めることがいいはずがありません」
毅然とした態度で青年の言葉を否定した女に対し、青年は一瞬あっけにとられたが、すぐにその顔は嘲笑の形に変わる。
「ガキを食い殺し続けたあんたが言うかね。“赤”のバーサーカー、ラミアさんよお」
男の言葉に、かつてリビアの王女だった女は、歯を食いしばって、その侮蔑に耐えた。
「……ええ、その通りです。私はただの人殺しです。“黒”のアサシン、沖田総司」
“赤”陣営のバーサーカー、リビアの女怪、半人半蛇の怪物、ラミア。
“黒”陣営のアサシン、新選組隊士。副長助勤、一番隊組長、沖田総司。

かつて居た時代も場所も在り方もすべてが違う二柱の英霊は、対峙を続けた。



「……それほどの力を持つ英霊が、できるのは人殺しだけなのですか」
「と、言われてもなあ、俺はチャンバラが好きなんだよ。生きてた時分にも随分段平振り回してたが、やはり最期はいただけねえな」
その言葉尻だけが、微妙に暗い影を落としていることにラミアは気づいた。
「……貴方の最期は病死したそうですね」
「労咳でポックリよ」
「大勢の人を殺したのにかかわらず、最期は誰も殺さず誰にも殺されずに終わったのでしょう。それ以上の終わり方があるのですか」
「俺はまだ斬りたりねえんだ。あの世で燻ってたら、こんな面白い祭があるそうじゃねえか。参加しねえのは嘘だろ。まあ、あんたは切実な動機持ってるらしいがな……ガキか」
ラミアの表情が驚愕の形に固まる。
「……何故、それを」
「家も主人も持たねえ女が戦う理由は、男かガキだ」
「……そうです。私は貞節の神に殺められた子供達と、私が殺めた子供達の救命を望みます」
「十分だ。『使えよ』」
沖田総司のその言葉に、ラミアはびくりと震えた。
使えというのか、あの宝具を。あの怪物の姿を晒せというのか。
「正気ですか。貴方なら私が宝具を使う前に私を」
瞬間、閃光が空を切り裂き、血風が舞った。
ラミアがそれに気づいたのは斬られた後だった。痛みすら感じるのが遅れた。急所は外れているが、素早く動くことはもう不可能だろう。
「がっ……痛っ……」
「使ってくれよ。俺は人斬りも大好きだが」
一瞬で数撃を放った自らの得物を、沖田総司は再び構えた。
「今度は人で無いものを斬ってみてえんだ」
その目は殺意にぎらついていた。

(使うしか……ないというの……)
ラミアは自身の宝具が好きでは無い。むしろ呪っているといってもいい。
『それ』を手に取るたびに、自分が人間ではないということが思い知らされる。
(でも、切り抜けるには……)
使うしかない。だが、使えばこの周囲がどうなるかわからない。
ラミアの狂化レベルはA。仮にこの状況を何とかできたにしても、理性のすべてが消し飛んだまま活動を続け、この冬木の街そのものが滅びる可能性がある。
過去を悔やみ続けるラミアにとって、それは絶対に看過できない。
しかし、宝具を使い、自分の穢れた本性を露わにしなければ、待っているのは死だけだ。
「はようしてくれ、それともここで転がるのか」
覚悟を決める必要がある―――。
どこからともなく取り出した宝石に似た球体。血のように赤く輝くそれを、ラミアは握りしめた。

「『自己乖離(ヒュプノティック―――』」
「必要無いよ。御婦人」
空白の眼窩に入れ込もうとしたそれは、誰かの手で止められた。そしてラミアはこの声の主をよく知っていた。
「アルセーヌさん……」
黒いシルクハット、黒い夜会服、銀縁のモノクル。
ラミアと同じく“赤”のサーヴァントたるアサシン、怪盗紳士、アルセーヌ・ルパンだった。
「何してやがんだ盗人が?この場でズンバラリンに刻まれてえのか、間男が。人の殺し合いに余計な茶々入れてんじゃねえぞ」
憤懣を隠しもせずに“黒”のアサシンは標的を“赤”のアサシンに向けた。剣を突きの形に構え、殺気を放つ。
それを何処吹く風とばかりにルパンは受け流す。
「なに、英雄の真似事などしてみたいと思っただけのことだ。危機に陥る女性を助けなければ、英雄の甲斐性など語れまい?君の剣も本来は凶賊に振るわれるものではないのかね?東洋の侍よ」
「ダ阿保が。武士の役目は人を斬って殺して、人に斬られて死ぬことだ。そこに至る過程に女も糞もあるか」
「なら勝手に矜持を貫けばいい。私はアルセーヌ・ルパンとしてこの女性を助けるだけだ」
「ちょっと待て、俺が聞いたところによるとてめえは―――」

『アルセーヌ・ルパン』じゃ無いそうじゃねえか?

アルセーヌ・ルパン。
紳士にして冒険家、貴族富豪からは冨を奪い、善良な者を助ける義賊。
「ああ、そうだ。アルセーヌ・ルパンはいなかった」
フランスの作家、モーリス・ルブランの生んだ『架空のキャラクター』。
「私は無名の盗賊だ。ほんの気紛れで盗む前に予告状を出した。変装が得意だった。それだけの理由で怪盗紳士の殻を被って召喚された亡霊だよ。だがな、『それがどうした?』」
堂々と、名前の無い盗賊は胸を張った。
「今の私はアルセーヌ・ルパンだ。善良な女子供を助ける義賊。何処かの誰かが憧れた英雄が今の私だ」
それにな、とルパンは子供のように微笑を浮かべた。
「私だってアルセーヌ・ルパンは大好きだ。憧れの名を背負っている以上、無様な真似はできんよ」
ほう、そうかよ。と、沖田総司は呟いた。
「だったらせいぜい死に花咲かせんだな。アルセーヌ・ルパンよう!!」
「いやいや、まだだよ」
殺気と鋭気を全開で攻撃態勢に入る“黒”のアサシンに“赤”のアサシンは余裕を崩さない。
「長話に付き合わせて悪かった。だが君は少し女性の行動に対して注意を払うべきだ」
「んだと……!」
瞬間、“黒”のアサシンはかすかに聞こえてくる歌声に気づいた。
―――声を発しているのは、いつの間にかルパンに抱きかかえられている“赤”のバーサーカー、マスターから聞いた話では。
「なろお!」
「それでは、Au revoir !」
必殺の魔剣を繰り出す前に、“赤”陣営のサーヴァントは二騎ともかき消すように消えた。
「しくじったか……っ」
恐らく何らかの合図でバーサーカーの幻惑をもたらす口笛を吹くように指示していたのだ。
会話に持ち込ませ、会話に集中させ、口笛から意識を逸らす。まんまとしてやられた。
ハハハッ、と乾いた笑いを漏らした。
「そりゃそうだ。ただの盗人じゃ新撰組とのチャンバラには尻まくるしかねえよなあ……だが、なかなかやるじゃねえの。ただどころじゃねえってことか。いいぜ。てめえは俺の得物だ。礼を持って『突き崩し』てやらあ」
ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。
狂笑が天に響き、菊一文字が光り輝いていた。


「傷は大丈夫かね、ご婦人」
「えっ、ああその、もう大丈夫です。アルセーヌさんが手当をしてくれましたから……」
十分に距離を取り、腰掛けている場所は“赤”陣営の領域、“黒”のサーヴァント達も簡単には入ってこられない場所であり、休息を取るにはいい場所だろう。
「それならばいい。今は休む時だ。傷を癒やしなさい」
「あの……アルセーヌさん……」
「ルパンで構わないよ。マダム」
「……ではルパンさん……ありがとうございます。助けて頂いて」
微笑を浮かべ、やんわりとルパンはその謝辞を遠慮した。
「私は義賊、アルセーヌ・ルパン、そして貴女は麗しき貴婦人、ならば助けるのに理由はいりません」
その言葉に対し―――ラミアは苦渋に満ちた表情を形作った。
「……私は、そんな女ではありません……いえ、女ですら無いただの怪物です」
ポツポツと語り出すラミアに対し、ルパンはしばしの沈黙を守った。
「主神に愛され、女神の怒りによって、半蛇の姿に変えられて……」
彼女が握りしめている手の中の球体から雫が滴り落ちている。それが彼女の涙だった。
「私の子供達が殺されたのは私の罪で、そして私が狂ったのは私の弱さで……」
そこまで言うとラミアは顔を俯き、そして叫んだ。
「挙げ句の果てに、何の関わりも無い人達まで喰いあさる化け物に成り下がって!なんて非道い、救えない怪物、それが私です。貴方に助けてもらっていいようなモノではありません!!」
そのまま、崩れ落ちるように地面に身を伏せると、嗚咽に身体を震わせる。既に眼球からは湧き水のように涙が流れ出している。その中で、絞り出すように言葉を発した。
「……私の殺められた子供達、私が殺めてしまった子供達、彼等の救命を求めてこの戦争に参加しました。ですが、無理だったのかも知れません。仮に何かの間違いで最後まで残ったとしても、私が歩いていた場所にはきっと屍しか残っていないでしょう。
中途でどれだけの無辜の命が死すことになるのか、想像もできません。それならばいっそのこと―――!!」

ラミアに視覚は無い。だから、手に感じたぬくもりが最初は何か分からなかった。
それが、ルパンに両手を握りしめられていると気づいたのは少し時間が経過してからだった。

「リビアの美姫、王女ラミアよ。聞いて頂きたい。貴女は何一つ堕ちてなどいない。過去に耐え難い程の罪を犯したのが貴女ならば、罪を償おうとしているのも紛れもなく貴女自身だ。それこそ正に貴女の魂がヒトである証拠に他ならない」
ルパンの言葉に、ラミアは呆気にとられたような表情を返し、何も言い出せずにルパンの言葉に耳を傾ける。
「貴女の魂の美しさは私が認める。誰にも貴女を怪物とは言わせない。だからこそ、アフリカの宝石よ」
そこでルパンは一礼した。
「この私に盗まれてもらえないだろうか」
ラミアは暫く沈黙していたが、ぷふっと吹き出した。
「ふふ、わ、私が人間、人間ですか……」
ラミアは笑った。子供が母親に褒められたときのように誇らしい笑顔だった。
「どうかね、御婦人」
ラミアはルパンの顔の前に人差し指を立てる。
「答は一つですよ。ルパン」
穏やかに微笑しながら、ラミアは言った。

「私の答は―――」



Apocryphaネタで初めて書きました。総司がチンピラみたいになっちまった。
剣に生き、剣で滅びることができなかった剣鬼というイメージを出したかったんですが。
ラミアさんは何気に一番好きな鯖です。薄幸なところとか。
ルパンはキザで、しかし虐げられた女子供のために立ち上がれる男をイメージして書きました。
以下がキャライメージです。ルパンは在り方をだいぶいじったけど良かったんだろうか……。

“黒”のアサシン 沖田総司
外見は笑みを絶やさない愛嬌のある人物で、しかし戦闘になると殺戮を厭わない人物。
もっとも義理には固く、戦闘第一主義な部分も、『剣を振るえば剣で切られることが道理』という自分なりのルールを愚直なまでに体現している人物ともいえる。
聖杯にかける願いは無く、ただひたすらに斬り合いを望むも、その本音として病没した過去を悔やみ、戦いの末に斃れたいというサーヴァントとしては歪んだ願いを持っている。


“赤”のバーサーカー ラミア
外見は目を固く瞑った緑がかった黒の長髪を持つナイスバディ美女。
普段は穏やかで、戦いも嫌っているが、宝具を使うとたちまち最狂のサーヴァントとして周囲を蹂躙する。
過去を誰よりも悔やみ、自分はどうなってもいいからヘラに殺された子供達と、自分が殺した子供達の命を救おうとしているが、自分に対する嫌悪感から、早く罰せられたいと無意識に思っていた。
だが、自身の心は紛れもなく人間であるとルパンに諭され、少しだが前向きに考える余裕が生まれている。


“赤”のアサシン アルセーヌ・ルパン
ルブランが書いた冒険小説の主人公そのものではなく、その殻を被って召喚された無名の亡霊。
生前は悪徳商人などに予告状を出して物を盗み、その類い希な変装術で捜査を攪乱させた。その事から、アルセーヌ・ルパンとして召喚されたらしい。
最期は、麻薬の密売組織から商品を盗み、海に捨てたところを報復の銃撃を浴びる。だが、不屈の意志でその場から脱出し、瀕死の状態でアジトに隠してあった火薬樽に火をかける。
義賊に憧れた男は、かの怪盗紳士のように最後まで捕まることが無かったのだ。