Act.4



『一家皆殺しが9件、就寝中や外出中の児童と若い女性の突然の失踪や行方不明が確認されているだけで20件以上、騎馬に跨った窃盗団による商店や図書館から物品の大量略奪が6件、なお偶然事件を目撃した通行人も金品を奪われている。
これら全てがここ1週間の内に冬木市内で起きた事件で、まず間違いなくサーヴァントが関わっていると思われ――』

「……」

魔導器を通して伝えられる璃正神父からの報告を、時臣は黙って聞き続ける。

『一家皆殺し事件に関しては4件目以降、常軌を逸した殺され方をした死体が複数出ており、間違いなく何らかの魔術が行使されているとみて間違いないでしょう。こちらで隠蔽工作は行っているものの、こう連続しては住民たちの間で噂が広がっていくのは止められませんな。
 さらに行方不明者の何人かは、皆殺しにされた家族の身内であり、我々はこれらの犯人は同一人物であるとみています。
 そして聖杯戦争の参加者の1人であることも間違いないでしょうな』

「恐らくそうでしょう。仮にも魔術師が三面記事を飾るような行為をするなど……慎重に隠蔽されているなら目も瞑るが、冬木を預かるセカンドオーナーとしてこの蛮行は見過ごせない」

『確かに、何者かは知らないが聖杯戦争のルールを逸脱してあまりある行為だ。
 時臣君、私の監督権限でこのサーヴァントとマスターに討伐令を出そうと思うが宜しいかね?』

「構いません。むしろこちらからお願いしたいくらいです」

『それでは一両日中に手を打ちましょう。
 それと略奪事件の犯人たちだが、馬を含めかなりの数を有しているにも拘らず、こちらでも足取りや拠点が一切掴めていないのが現状です。
死人こそ出していないが、目撃者を放置し市内の道路で憚ることなく馬を走らせており、隠蔽も行っていないとなればいずれは大ごとになる可能性もありますが、現時点で隠匿以外は大きくルールを逸脱してはおらず、できて警告程度が関の山でしょう。
 なのでまずは討伐令の対象を討ち取り、人的被害を広げないことを監督役として優先します』

「異存はありません。綺礼、君からは何かあるかな?」

ここで時臣は璃正とは別の魔導器の先にいる綺礼に声をかけた。

『……私からは特には。導師と同じ意見です』

珍しく通信を始めてから一言も発さず、問いかけにも何時にも増して簡潔にしか答えない綺礼だったが、時臣も璃正もさして気に掛けはしなかった。

『では私は準備があるのでこれで。時臣君、綺礼、武運を』

「ありがとうございます。討伐令の件、よろしくお願いします言峰さん」

『私も全力を尽くします』

璃正との通信が終わると、時臣は再び背後に目を向ける。そこには一昔前の映画館さながらな光景が展開していた。
机の上には映写機のような装置が置かれ、壁をスクリーン代わりにして映像を映し出していた。もちろん時臣は映画鑑賞をしていたわけではない。
机の上に置かれた古い映写機のような装置は宝石を組み込んだ魔導器であり、取り付けられた宝石に魔力を通すことで、それは時臣が市内に放っている使い魔の視界とリンクし、使い魔の見ている光景が映像と音声を伴い魔導器に現れる仕組みになっている。
先程冬木市内に放っていた使い魔の一体が、未遠川河口の海浜公園でアインツベルンのマスターとサーヴァントらしき姿を捉えた。どうやら別の相手に誘いをかけられ、それに応じようとしているらしく、倉庫街の方へ移動している様子が映し出されている。

「綺礼、アサシンは?」

『先程港の方へ向かわせました。到着には暫しかかるでしょうが、到着次第お知らせします』

「分かった。どのみち向こうで戦闘は始めてくれるだろう。
どちらかが敗退すればそれでよし。両者が疲弊するか、片方が撤退し次第アサシンを乱入させてくれ」

『わかりました』



∞          ∞          ∞



『そうか、どのみち向こうで戦闘は始めてくれるだろう。
どちらかが敗退すればそれでよし。両者が疲弊するか、片方が撤退し次第アサシンを乱入させてくれ』

「わかりました」

そう言って綺礼は振り返り“背後に立っているアサシン”に無言の視線を送る。
全てを聞いていたアサシンは、「心得た」と言わんばかりにニヤリと口元を綻ばせ、霊体化して消えた。

「ところで導師、アインツベルンのマスターとサーヴァントを発見したとおっしゃっていましたが、マスターはやはり衛宮切嗣なのですか?」

この問いを投げた時、綺礼の心に焦燥と期待の入り混じった表現し難い感情が湧き立った。
今しがた何の後ろめたさも無く平然と師に虚言を放ち、アサシンの存在を黙っていたことも、この瞬間だけは綺礼の念頭には無かった。

『いや……私としても意外だったのだが、どうやらマスターはアインツベルンのホムンクルス。器の守り手のようだ』

「では、その人形がアインツベルンのマスターなのですか?」

『自らマスターを兼任しているのか。ありえない話ではないが……ユーブスタクハイトの用意した駒は、衛宮切嗣とばかり思っていたが、当てが外れるとはな。
とにかくこの女は聖杯戦争の趨勢を担う存在だ。赤い瞳に銀髪の女を不用意に討ち取る事だけはしないよう、アサシンに伝えておいてくれ』

「……了解しました」

時臣の指示をアサシンに伝える中で、綺礼は衛宮切嗣がこの聖杯戦争に参加していないという事実に、自分の中で何か冷めていくのを感じていた。



∞          ∞          ∞



綺礼がアサシンに念話を送っている間に、時臣もセイバーに念話を送っていた。
現在セイバーは霊体化させたまま屋敷の入り口に待機させている。昨晩破壊された結界の修復が昼間には終わらず、その穴を狙ってくる襲撃者に備える――という名目でセイバーには屋敷の外での警護を命じていた。
破壊される以前ほどではないにしろ、結界としての機能を取り戻すだけならば昼間だけでも事足りたが、今夜からは戦闘になればアサシンを投入する可能性が高く、そのための措置だった。
万全を期すならばセイバーにも他のサーヴァントの戦闘を見せておくべきだろうが、昨夜の迎撃でセイバーの実力を見た時臣にはそこまでしなくても十分に勝利できると、良く言えば自信、悪く言えば過信があり、
先日の綺礼の進言であるセイバーとアサシンに互いの正体を知らせないことを優先していた。

(セイバー、何か変わったことは?)

(マスターか、今のところは特に無い)

相変わらずの態度と口調だが、気にせず時臣は状況を伝える。
地下室ではアインツベルンのホムンクルスとそのサーヴァントを待ち構えていたであろう、別のサーヴァントの姿が使い魔の視界を通して映し出されていた。

(未遠川河口の倉庫街で戦闘が始まろうとしている。対戦のカードはアーチャーとランサーのようだ。とりわけアーチャーはクラスの割にステータスに恵まれている、どうやらランサーと剣で切り結ぶつもりらしいが、白兵戦を主体とするアーチャーとは変わり種だ。
 銀色の剣に黒い弓、白銀の鎧を纏った黒髪碧眼の男だが、心当たりはあるかね?)

見るからに騎士と分かるアーチャーと、騎士道とは無縁の戦士であるセイバーに繋がりがあるとは思えなかったが、一応確認はする。

(いや、心当たりはない。
 それよりマスター、ランサーはどんな奴だ?)

普段から口数の少ないセイバーにしては珍しい――まるで何かを期待でもしているかのように――向こうからの問いかけを、時臣は一瞬だけ意外に思ったが、彼も聖杯を求めているのだからその相手が気になるだけだろうと解釈した。

(ランサーはさほどステータスに恵まれてはいないな、クラスとしては平均値だろう。銀髪に瑠璃色の瞳の女だ。青い軽装の鎧と、手にする巨大な槍の穂に刻まれているのはルーン文字か。
 あぁそれと、右手の薬指に指輪をはめている。鏡のような光沢の金色に輝く指輪だ)

それが決定的な間違いであることなど知りもせず、時臣はランサーの詳細をセイバーに伝えていく。

(宝具の性能にもよるだろうが、この2騎ならば君の相手ではないだろう。
 ステータスだけで見ればアーチャーの方が優位に立つだろう、この戦闘でランサーが敗れてくれればありがたいが……ところでセイバーこのランサーに心当たりは――)

――あるかと訊こうしたその時、ランサーとアーチャーが戦闘を開始した。

(あぁ、戦いが始まったようだ。
戦闘はこちらの方で見届けておく、詳しい話は後程しよう。君は引き続き屋敷の警護を頼む)

時臣は急に一言も発しなくなったセイバーにそう告げて念話を遮断した。そしてランサーとアーチャーの戦闘に見入る。
もしもこの時セイバーからの返答を待っていれば、時臣はその異変に気付けただろうし、事態も決定的に悪くならなかったかもしれない。
だがもう遅い。すでに遠坂邸の敷地内にセイバーがいないことを時臣が知るのは、もう少し後の事であった。



∞          ∞          ∞



倉庫街は2騎のサーヴァントによって破壊、蹂躙されていた。
踏み込む一歩が路面のアスファルトを砕き、振るった武器の風圧が強風となり吹き荒れ、互いの武器がぶつかるだけで火花と共に衝撃波が生じ、刃に触れた鉄製のコンテナや街灯はいとも容易く切り裂かれる。
溢れる魔力の奔流、視認さえ叶わぬ速度、人の理解を遥かに超えたこの決闘にアイリスフィールは只々驚愕し息を呑むしかなかった。

(これが、サーヴァント同士の戦い……)

重力を無視し、人体の限界を超越し、物理法則を捻じ曲げ、手にする刃と己の武錬のみを頼りに戦う。目の前で繰り広げられているのは、神話の再現という奇跡以外のなにものでもなかった。
大気を斬り裂き、ランサーの槍が奔る。アーチャーに突き出される槍は、その巨大な穂を以てしても通常の槍となんら変わらぬ速さと、それでいて重量分の破壊力を併せ持っており、
そんな巨大な槍でありながら、引き戻す動作も素早く無駄無く、隙が無い。
常人が見れば、その巨大な穂先ですら視認の叶わぬ速度で繰り出される刺突はマシンガンの掃射と変わらず、それでいてどの一撃も銃弾などより遥かに速く、重く、そして必殺。
どこにそんな力があるのかと思うほどに、ランサーの細腕からは考えられない槍捌き。それは最速の名を冠する『ランサー』のクラスを預かる英霊として、その名に恥じないものであった。
だが――

「くっ――」

亜音速の一撃が受け流され、ランサーが槍を戻すよりもなお速く、銀の閃光が煌めく。

「っ――!」

ランサーが強引に槍を引き戻し、何とか柄でアーチャーの剣を防ぐ。防御には成功したが体勢が崩れ攻撃に転じるのは不可能になり、止むを得ずそのまま大きく後退し距離を取る。
両者の間隔はおよそ5メートル。剣からも槍からも外れた間合いだが、ランサーに休息は無い。即座にアーチャーの追撃が来る。
飛来する閃光、それは剣でなくアーチャー本来の武器――即ち弓による攻撃だった。

(またか!)

迫る矢は6本。ランサーはそのうちの確実に自分を捉えている4本を槍で払い、僅かに狙いを外している2本は身を捻って回避する――否、“回避させられた”。
身を捻って回避したことで僅かに次の動作へのタイムラグが生じる。時間にしてコンマ1秒も無い一瞬。その隙にアーチャーが“弓を引き絞ったまま”、ランサーに向かって間合いを詰めてきた。
すでに槍の間合いにまで入っているアーチャー。咄嗟にランサーは槍を振るうが、まるでそれを見越していたかのようなタイミングで、槍が動き出すよりも一瞬早くアーチャーがランサーへ矢を放つ。
距離にして2メートル弱。やや難のある体勢から振るわれた槍よりも先んじて放たれた矢が、ランサーの命を穿ちに迫る。

(――っ!)

防御は間に合わないと即座に判断し、全身全霊で回避に徹する。
ここまでの戦闘で荒らされたアスファルトの上に身を投げ出し、無様に転がって矢を躱す。槍だけは握ったまま離さない。
即座に起き上ったランサーの眼前に振り下ろされるアーチャーの銀剣。反射的に槍を盾にし、アーチャーの斬撃を受ける。
間に合うかどうかギリギリのタイミングだったが、幸いにもアーチャーの一撃はランサーに届かなかった。

その好機を逃さず、ランサーは槍を返してアーチャーにカウンターを放つ。しかしアーチャーは後ろに跳びながら威力を殺してランサーの反撃を受け、槍の間合いから出た瞬間に剣を収め再び弓を番える。それに対しランサーは僅かに横に移動し、アーチャーに向けて槍を構える。
すると、弓を絞るアーチャーの動きが止まった。弓は引き絞ったまま力も緩めていないが、これまでの展開からすれば確実に追撃を仕掛ける場面にも拘らず、アーチャーは動かない。
それを見てランサーが用心しつつも槍を下げると、アーチャーも弓を降ろす。予想通りの行動をとったアーチャーに、ランサーは槍を下げたまま対峙した。
開戦からここまで、攻撃の手数だけならばランサーがアーチャーを上回っていた。速さを生かした連撃でランサーが5手繰り出す間に、アーチャーは1手か2手返すだけという状況。元より弓兵が剣で槍兵に挑むこと自体が道理を外した無謀である。
アーチャーがどれだけ腕に自信があったか知らないが、狙撃ならまだしも接近戦ではランサーの勝利が当然だと、聖杯戦争に精通する者ならば誰もがそう考える。
実際にアイリスフィールを始め、使い魔越しにこの場を見ていた他のマスターたちの誰もがそう思っていた。それはランサーも同様で、追い込まれたアーチャーが弓兵本来の戦法に切り替える前に勝負をつけるべく、初撃から全力で槍を振るった。
にも拘らず、白銀の騎士には開戦より今まで、ランサーの槍はただの一撃として届いてはいなかった。アーチャーは怒涛の如きランサーの攻めを手にした銀剣で巧みに捌き、受け流し、時には上体を僅かに逸らしただけで完全に躱していた。
手数も速度もランサーが上回ってはいたが、ランサーの槍は一度としてアーチャーを捉えられず、負傷させることはおろか鎧に掠り傷1つ付けるにすら至らない。
逆にアーチャーは手数こそ少ないが、返す刃の一撃一撃は確実にランサーを殺傷圏内に捉えていた。最初は1、2撃返すだけだった攻撃も次第に連撃へと変化し、今ではそのまま攻守が逆転するまでになっている。
いくら槍を繰り出しても届かないランサーに対し、アーチャーの剣は決め手にこそ至っていないが全てランサーに届いていた。それ故に内心穏やかでないのはランサーの方だった。
さらに厄介なのがあの弓だ。攻めあぐね反撃に転じられたランサーが間合いの外に退くと、すぐさまアーチャーは剣を腰の鞘に収めるか地面に突き刺して弓を取り、そのまま矢で攻撃を開始する。
あろうことかこのアーチャーは、弓を本来の戦法である遠距離からの狙撃ではなく、剣や槍と同じ接近戦の武器として使っていた。
最初こそその奇抜な戦法に意表を突かれたが、直後にそれがただ奇抜なだけでないことをランサーは思い知らされる。まず剣を手放して弓を番えるまでの動作が、あまりにも速く隙が無い。
そして放たれる矢は、冗談のような話だが明らかに剣の一撃よりも、そして悪くすればランサーの槍よりも速く、鋭く、精密だった。
剣や槍と違い、矢という武器はどうあっても手元から離れるため、一度放てば次を番える動作が必要である。英霊ともなれば武器を自分の手足のように振るうこととてわけはなく、それが弓の英霊ならその動作も速く正確だろう。
しかしそれでも本来遠距離からの狙撃武器である弓を、近接戦闘で剣以上に使いこなせる者がいるなど、誰も予想できないだろう。
そしてただ威力や速度が優れているだけでなく、アーチャーの弓術は戦術としても完璧だった。微妙に速度や威力を調節して防御や回避のタイミングを狂わせ、敢えて甘い一撃や狙いを外して動きを誘導し、そこから間合いを詰めての近距離射撃。
弓を牽制に使い、剣を攻撃の主軸とするならまだわかるが、さもすればこの騎士は弓と剣の役割が逆転していた。
おかげでランサーは距離に関わらず、常にアーチャーの間合いにいるも同然であり、仕切り直して自分のペースを取り戻すこともままならなかった。
今のところ劣勢なのは間違いなくランサーの側であり、戦闘開始から終始ペースをアーチャーに握られていたランサーにとっては、攻撃が止まった今こそが一息つき仕切り直せる初めての機会だった。

「ご婦人の身でありながらそれ程の大槍を難なく振るい、それでいて力ではなく技の槍捌き、お見事です。
 私も自ら剣を取り戦場を駆けた女性を一人知っていますが、あの方とはまた違った強さを貴女はお持ちだ。心から称賛を送らせて頂きたい」

弓を収め、再び剣を取りながらアーチャーが恭しく賛辞を贈る。
対面してからここまで殆ど感情や表情の変化を見せなかったアーチャーだったが、今だけは涼やかな眼差しで口調も少しばかり朗らかだった。
嫌味や皮肉の一切ない物言いであり、純粋に騎士としてランサーの技量を讃えたのだろうが、当のランサーは冷めた口調でアーチャーを一蹴する。

「そちらが何を言おうと構わないが、私は敵に送る称賛など無く、また敵から送られる筋合いも無い。
 それとも、騎士とは戦場で武器ではなく弁を振るう者なのか?」

騎士道に殉じるアーチャーと、それと無縁な世界を見てきたランサーの違いだった。

「失礼。確かにこちらの道理を押し付けるのは良くなかった、謝罪します。
 ですが私の言葉が本心であることだけは、理解したうえでご容赦願いたい」

アーチャーは気にした風もなく、どこまでも清廉だった。おそらくこれがこの騎士の自然体なのだろう。戦場で敵に賛辞を贈る心情こそ理解できないランサーだったが、その実力は認めるしかなかった。
もはやクラスがどうこうという認識はない。弓は元より卓越した剣技は近接戦においてもランサーを上回っている。そしてランサーは戦いの中でアーチャーの弓から全くと言っていい程に、魔力を感じないことに気付いていた。
サーヴァントの武装であり象徴である『貴い幻想(ノーブルファンタズム)』から魔力が感じられないという事実は、アーチャーの使用している弓が彼の宝具ではないということの証だった。
おそらくは真名の露見を防ぐためマスターが用意した代替品だと思われるが、つまりアーチャーは本来の得物ではない弓であれだけの技を体現していたのである。
魔力を編んで実体化させるのではなく、わざわざ背中の矢筒に掛けていたのはそのためだろう。

「随分と変わった戦技だ。貴公ほどの腕ならどちらか一つに絞っても良さそうなものだが?」

これは偽りないランサーの本心だった。

「そうでもありません。私の仕えた王の周りには私など到底及ばない精鋭たちが揃っていました。
 私が彼らと並ぶには荷が勝ちすぎていましたが、この身の未熟で皆の名を貶めることも出来ず、故にこのような手法を取るより他なく、真っ当な者から見れば私の武芸など、大道芸とさほど変わらないでしょう」

「戯言を……」

アーチャーの言うとおり、真っ当に剣や弓を極めようとしている者から見れば、彼の戦法は邪道だ大道芸だと誹りを受けてもおかしくはない。
武器本来の用途を大きく外した戦法では、十二分に力を発揮することは不可能であり、ある意味冒涜とさえ言える。
けれども、如何なる武芸者であれアーチャーと一度でも刃を交えればそんな考えは抱けないだろう。現にランサーもそうだ。
一体どれだけの修練が、どれだけの才能がこれ程の業を可能としているのか。剣と弓どちらをとっても間違いなくアーチャーの武芸は達人の域にあった。
そしてそれを見事に融合させ、さらに上の域へ届かせている。正面からの戦いでランサーがアーチャーに勝てる可能性は限りなく低いだろう。
それでもギリギリのところで戦えているのは――

「……」

――ランサーはアーチャーに注意を払いつつも、自分の背後を一瞥する。
およそ20メートル後方に開戦前と変わらずアイリスフィールが立っている。

(やはりか……)


ランサーの予想が裏付けられ確信に変わる。
何十回と矢を放っていながら、アーチャーは戦闘開始から一度もアイリスフィールを弓の射線に入れていない。
そればかりかアイリスフィールの周囲10メートルには矢を飛ばしてすらいなかった。
ただ矢を当てないだけでなく、脅威や危険を感じさせぬよう配慮までしているのは、アイリスフィールが開戦前から一歩としてその場を動いていないことが何よりの証明だった。

(敵のマスターに手は出さない、ということか)

アーチャーにその気があれば彼我の実力差からも実行は容易だっただろう。
しかしこの騎士はそれをせず、攻撃の手を緩めてまで頑なにそれをしなかった。あまつさえそれをランサーに気取られぬよう慎重に立ち振る舞ってさえいた。
簡易で確実な勝利を手放してまで、あえてランサーとの真っ向勝負に挑むそれは、アーチャーの高潔な騎士道の現れだった。
だがランサーはそれに感じ入ることはない。アーチャーが自分から好んでハンデを背負うならば止めはしないし、手を抜くつもりもない。
むしろそれを利用し、あえてアイリスフィールとアーチャーの射線が重なるように移動し、追撃を封じていた。
もちろん積極的にはそんなことはしないし、するにしても細心の注意を払い彼女に害が及ばぬよう警戒もしている。だがそこまでしても、何とか拮抗するまでしか持って行けないでいるのが現状だった。
ランサーは自分の手札を先に切るべきかどうか逡巡する。
そこへ――

『何を戯れている、アーチャー!』

突如響いたその声は、不自然な反響を伴い年齢性別さらには声の発せられた方角さえも判然しない、魔術で擬装されたものだった。

「アーチャーの、マスター?」

アイリスフィールが周囲を見渡すも、それらしい姿は見えない。
どうやら敵は幻覚による偽装をしており、姿を現すつもりはないらしい。

『いつまで手間取っている、そこのランサーはさしたる強敵でもない。早々に始末しろ!
 それとも、女を手に掛けることはできんなどと言うつもりではあるまいな!』

姿の見えぬマスターがアーチャーへ叱責を飛ばす。
ランサーはそれを聞いてマスターに恵まれなかったアーチャーに少しばかり同情した。今までの戦いを見て、アーチャーが手を抜いていると思っているならよほどの節穴か、実戦を知らぬ素人だろう。
自らハンデこそ背負っているが、アーチャーの攻撃に手心など一切ないのはランサーがよく分かっていた。
とはいえそれがこちらに味方するかもしれないなら、下手に関わらないでおくのが一番だ。

「申し訳ありません、マスター。偏に私の力不足、弁解の余地もありません。
 ですが誓ってそのようなことはありません。必ずやランサーはこの場にて倒します。今しばらくのご猶予を」

あくまで真摯にマスターの叱責を受け入れ、ランサーと勝負をつけると宣誓するアーチャー。

『よかろう。ならば早々に仕留めて見せろ』

マスターの命を受けたアーチャーが再び弓を構え、自然な動作で立ち位置を変えてアイリスフィールを射線上から外す。あくまでも敵のマスターに手は出さないつもりらしい。
しかし全身から滾らせる清涼な闘気は先程までと比べ、はるかに高まっている。ランサーもそれを受け、覚悟を決める。

「マスター、『輪』を使う。場合によっては他にも使うが、構わないか?」

「えぇ、判断は貴女に任せます、ランサー」

ランサーの呼びかけにアイリスフィールが答える。事前に切嗣から宝具の使用は彼女たちに任せられていた。
もっとも、この場にいないマスター(切嗣)が何と言おうが、ランサーは使用を躊躇うつもりはなかった。

(聖杯をこの手に掴み――――に再び会うためにも、ここで負けることは出来ない!)

不退転の決意を燃やし、ランサーも再び槍を構えアーチャーに対して全神経を集中させる。この高潔な騎士にどこまで『輪』が効果を及ぼすかは疑問だったが、最悪注意を少しでも逸らせればそれでいい。
両者の闘気がぶつかり合い、大気が軋みをあげる。
声をかけることも出来ず、固唾を呑んで見守るアイリスフィール。姿を見せぬアーチャーのマスターも発せられる闘気に呑まれてか沈黙している。
一触即発の両者。瞬きひとつでもしようものなら、それが決定的な隙となり相手の刃が自分を貫くことをどちらも理解していた。




同じ頃、発信機の信号を辿って倉庫街に着いた切嗣と舞弥は二手に別れ、それぞれランサーとアーチャーの戦闘を監視できる位置に陣取り、ワルサ―に取り付けた熱感知スコープで標的となるアーチャーのマスターを探していた。
そして切嗣は標的をすぐに見つけた。念のため光量増幅スコープでも確認し、早速口元のインコムで切嗣が舞弥に呼びかける。

「ランサーたちの北東方向、倉庫の屋根の上にアーチャーのマスターがいる。見えるか?」

『……いいえ。私の位置からは死角になっているようです』

「わかった。奴はこちらで仕留める」

可能ならば十字砲火で万全を期したいところであったが、そうはいかなかった。
だが問題はない。300メートル弱の距離で外す切嗣ではないし、敵のマスターはこれまで彼が屠ってきた魔術師たちと同様に、魔術以外の脅威に一切防備を固めていない。苦も無く仕留められると切嗣は確信していた。
ただ、敵のサーヴァントがアーチャーであることが唯一の懸念だった。
アーチャーのクラスはマスター不在でも、数日なら活動できるスキル「単独行動」を有している。今この場でマスターを仕留めても、アーチャーは生きて離脱する可能性がある。
昨晩遠坂邸を襲ったのが本物のアサシンで、教会に逃げ込んでいないマスターが未だ存命ならばアーチャーと再契約し新たな敵となる可能性は充分に考えられた。
切嗣としては今後のためにもこの場でアーチャーを倒しておきたかったが、この場にはランサー以外にアーチャーを倒せる者はいない。
そうなると、ここはマスターが倒されたことを知ったアーチャーが一瞬でも動揺して、ランサーに隙を晒すのを願うしかないのだが、最終的にこの場ではマスターの1人を確実に仕留めることを優先し、切嗣は狙撃を決断する。

「舞弥、周辺に他のマスターかサーヴァントはいるか?」

念のため狙撃前に再度周囲の状況確認を2人で確認する。他のマスターたちも監視や漁夫の利狙いでこの倉庫街に潜んでいるかもしれない以上、発砲により自分の存在が割れることは防がなければならない。

『……こちらからそれらしい姿は見えません。クレーンの上にも熱源はありません』

監視には絶好だったデリッククレーンの上は、後から来るかもしれない別の観客に渡すため、切嗣はあえてその場所を放棄したが、それも杞憂だったらしい。
切嗣もそれを確認し、銃身に備え付けられた二脚架を拡げ、狙撃体勢に入る。光量増幅スコープにより標的を鮮明に捉えながらトリガー人差し指を添え、最後に舞弥から戦況を確認する。

「ランサーたちはどうしている?」

『今は距離をとったまま対峙しています。ですがどうやら双方が勝負に出るようです。このまま狙撃を?』

「あぁ。この場でアーチャーのマスターを殺す。
 ターゲットを仕留めたら、すぐに車を回してアイリを回収してくれ。僕はランサーがアーチャーを仕留めるか、アーチャーが撤退するまで監視を続ける。合流場所は打ち合わせておいた場所だ」

『了解』

切嗣の意識が対象に向けられる。
そしてトリガーに添えられた切嗣の指に力が入り、銃口から弾丸が放たれ――

『待って下さい、切嗣!』

――その直前、突如割り入られた舞弥からの通信に切嗣の指が止まる。

「どうした、舞弥?」

『新手が現れました。それも、かなりの数です』

「なに!?」

第四次聖杯戦争は、初戦から衛宮切嗣の思惑を大きく外しながら動きを加速させていた。



∞        ∞        ∞ 



最初の異変は地鳴りのような音だった。それは徐々に大きくなっていき、それに伴い地面も小さく揺れ始めた。

「じ、地震!?」

「いや、これは――」

狼狽えるアイリスフィールの隣にランサーが寄る。

「この地鳴りは……騎馬か」

アーチャーが音のする方を睨む。ランサーとアイリスフィールが来た方向から、“それ”は現れた。

「騎馬兵団!? しかも、なんて数なの?」

およそ現代の冬木――いや日本という国にはそぐわない光景。道を埋め尽くすその数は優に100を超えている。
一時静けさの戻っていた夜の倉庫街に憚ることなく現れた兵団は、ランサーとアーチャーに向き合う形で動きを止めた。
これだけの数がいるのにも拘らず、身じろぎによる鎧や武器の擦れる音や馬の嘶きなどは一切無く、不気味なほどに静寂な兵団。

「この感じ……ランサー、この兵団は兵士も馬も死霊だわ。普通のとは少し違う感じがするけど、生きていないのは確かよ」

アイリスフィールが誰よりも早く突如現れた騎馬兵団の正体を見抜く。魔術に特化したホムンクルスならではの芸当だった。

「成る程、魂が『視えない』のはそういう訳か。
 しかしこの兵団は――」

突如、屍の兵団の中央が割れた。
まるでモーセが海を割ったかの如く、兵団の中央が左右に別れ、一本の道が出来た。
そしてその道の先からは、奴隷を解放する指導者には到底見えない2人の男――周囲の兵士と違い明らかに生者と分かる――が馬に乗ったまま悠々と歩いてきた。
1人は白い民族衣装を纏い、狼のように鋭い眼をして髭を生やした男。ぎらぎらした精力や尊大な雰囲気が全身から溢れている。
もう1人は小柄な少年。何故か憔悴しきった顔をしており、馬の首根っこに抱きついている。
そして2人の隣には大きな狗が2匹、付き従う様に寄り添っている。人の頭部ぐらいなら簡単に口に入れて、そのまま噛み砕いてしまいそうな、桁外れに大きな狗である。
2人が兵団の先頭に出ると道は閉じられ、近くの騎兵たちが2人を護るように左右に展開した。
彼らが何者かは、既に明らかだ。今冬木市でこれだけのことが出来る存在はサーヴァント以外有り得ず、兵団を展開し騎乗しての登場となればクラスは間違いなくライダー。狼のような目つきの男こそがライダーであり、隣にいる少年がマスターだろう。
そうなると、あとはこの場に現れた目的だが――

「どうした、王の前だぞ。跪き頭を垂れるぐらいはしたらどうだ?」

唸る狼のような低い声でライダーが3人に問いかける。
無論、突如現れた敵の暴言に素直に従う者はおらず、ライダーも最初から本気で期待してはいない。しばしの沈黙がその場を支配した後、不意にライダーが叫んだ。

「聞け、この地に集いし英霊どもよ!
 俺の名は『蹂躙王』チンギス・ハン。偉大なるモンゴル帝国の始祖にして蒼き狼と白き鹿の末裔なり。
 貴様らを打ち負かしてこの戦いを制し、聖杯を手にする王の名を、しかと胸に刻みおけ!」

その発言にある者は呆気に取られ、ある者は訝しげに眼を細めた。
当然だろう。聖杯戦争中に自ら真名を名乗るサーヴァントなどいるはずがない。ましていきなり全てのサーヴァントに対して挑発行為に出るなど、下手をすれば多対一になりかねない暴挙だ。
そしてこの場に居合わせた中で誰よりもライダーの発言に驚いているのは、マスターの少年――ウェイバーだった。

「あ、あ、あぁぁぁ……」

驚愕に見開かれた目、何かを言いたくても言えないのか口はあんぐりと開かれ、言葉にならない声を漏らしながら、血の気の失せた青い表情でライダーを見ている。
しかしライダーの方はそんなマスターを気にもせず、ランサーとアーチャーを挑発するようなことを言い続ける。

「まずはランサーとアーチャーよ、貴様らの労を労おう。
 貴様らの演武、聖杯戦争開幕の余興としては中々に見事だった、褒めてやろう」

馬上から尊大な態度で告げるライダーに向けられる、ランサーとアーチャーの視線が険しくなる。
当然ながら、命を懸けた全力の戦いを演武だ余興だと言われて、平然としている者などいるはずがない。そしてそれを見て、ますます顔を青くするウェイバー。
だがライダーはそんな3人の表情の変化を気に掛けるでもなく、不敵な笑みでそれを受け止め、

「さて、ここからが本題だ。ランサー、そしてそのマスターよ!」

やおらライダーがランサーとアイリスフィールに視線を向け、

「成る程、報告通りいい女だ。これ程の“上物”はこの俺でも初めて見る。いいぞ、気に入った。貴様らは俺が“所有”してやろう。抵抗は構わんが、時間の無駄だ。すぐさま俺に傅け」

などと言い放った。
その突拍子もなく、そしてランサーとアイリスフィールを侮辱する暴言に、2人の顔が険しくなる。

「世迷言を……」

「既婚と想い人のいる女に向かってずいぶんな非礼ね、騎乗兵。貴方のよう度の過ぎた恥知らずが一国の王だなんて、その国も底が知れるわね」

殺気すら混めた呪詛のように言葉を吐き出すランサーと、下民を蔑視する女王の如き冷徹な態度で抗議するアイリスフィール。どちらも愛する男のいる身として、ライダーの侮蔑に等しき暴言は決して看過できなかった。

「ほぅ、そうか男がいるのか。“それはいい!”」

しかし、ライダーの反応はまるで予想外のものだった。

「小僧、後学のために教授してやろう。女を屈服させて抱くなら、あの二人の様に男のいる、毅然として気の強い女にしろ。
 生娘は力尽くで組み伏せても泣き叫ぶばかりで少々味気ないが、夫や男のいる女は存外に“愉しめる”。
 奴らはな、ある者は愛しい男の名を叫びながら助けを求め、ある者は夫以外の男に裸身を見られ痴態を晒すことを恥じて涙し、ある者は如何なる辱めを受けても屈せぬと健気にも男のために泣きながら気丈に振舞う。
 まぁ最後には悦楽に屈し良い声で鳴くのだが、そんな奴らの涙や表情を肴にして行う“蹂躙”はただ犯すよりもよほど味わいがあるぞ。敵の女ならば言うに及ばずだ」

彼女たちの怒りと反論を柳に風と受け流すどころか、真正面から受け止めながらまるで意に介さず、それどころか隣で青い顔をしていたウェイバーに、心底楽しそうに笑みを浮かベて語りかける始末だ。

「そうだな、俺が犯し飽きた後なら、あの二人のどちらかを下賜してもいい。
 まぁ未経験な貴様の“初陣”の相手としては少々手強いかもしれんが、案外小僧も一皮剥けるかもしれんぞ? 相手はお前が好きに選んで構わん、どちらが好みだ?」

いきなり自身の女性観――と言っていいのかどうかは怪しいが――を語り出した次に、サラリと爆弾発言をされ、さらには思いもしなかった問いを投げられたウェイバーは、完全に思考回路が混乱してしまう。

「は? え? うぇ!?
 い、いや僕は……いや、そ、そもそもおまっ――あぁぁぁそうじゃなくて、いやだから――」

相変わらず死んだ馬の首根っこに抱きついたまま、ウェイバーはライダーとランサーとそのマスターの方を交互に見ながら何とか状況を整理しようとするが、ライダーが真名を名乗った時から彼の頭は完全にフリーズしていた。
唯一分かることは、ランサーとそのマスターが更に顔を険しくしたことと、その明確な敵対の視線がライダーの発言以降、
マスターである自分にも向けられ始めたという事だけだった。

「どこまで癇に障る男だ……」

「えぇ、全くもって同意見だわ」

ランサーとアイリスフィールがライダーを睨む。


「はっ、囀るなよ女ども。貴様らに俺のものとなる事は許したが、俺に五分の口を利くことを許した覚えはない。
 貴重な戦利品故殺しはせんが、俺に反抗するなら丁寧に扱ってやるつもりもない」

ライダーに呼応するように、後方の騎馬兵団が一斉に武器を構える。英霊であるランサーには及ばない存在であろうとも、これだけの数で攻められれば苦戦は免れない。
ましてや敵はランサーだけでなくアイリスフィールも標的にしている。今攻撃を受ければランサー1人ではとても守りきれるものではない。

「――っ」

ランサーに焦りが浮かぶ。

(お願い、あなた!)

一方でアイリスフィールはこの状況を危機とは感じていなかった。今の状況は事前に彼女が夫から言われていた通り、敵の目をランサーと自分に惹き付けている状況だ。
ならば後は切嗣が然るべき手を打ってくれると、アイリスフィールは信じて疑わず、ただ夫に祈っていた。



しかしアイリスフィールの祈りとは裏腹に、切嗣の状況は切迫していた。
隠れることもなく堂々と現れ、姿を晒しているライダーのマスターへ狙撃体勢に入るのは、切嗣にしてみれば呼吸をするように当たり前のことだった。だがスコープでライダーのマスターを捕らえた直後、切嗣の目論見は早くも座礁する。
まず、周囲を囲む騎兵が遮蔽物となり狙撃可能な体の位置が狭められている。おそらくライダーが配置したのであろうが、実に緻密で巧妙な位置取りだ。
そしてマスターの隣にいる巨大な狗も曲者だった。他の騎兵や馬は全く動いていない中で、あの狗だけは常に目耳鼻を動かし、まるで周囲を警戒しているような動きをしている。それも傍目には注意深く観察しなければ気付けぬ範囲でだ。
それはつまり、あの狗が高度に鍛えられているか、敵の油断を誘いつつ警戒を怠らないレベルの思考力を有しているという事であり、下手をすれば狙撃してもあの狗に阻まれてしまうかもしれない。
極めつけは、ライダーのマスターが馬に騎乗するのではなく、首根っこに抱きついているため、頭部の位置が本来の場所から大きく下がり、完全に騎兵の陰に隠れ切嗣の位置からは死角になっている。
しかも一度としてその位置を上げていない。急所を隠すという基本的な行為を徹底して行っているのだ。
そのため狙撃可能な部位は一撃で仕留めたり致命傷を与えられる所が殆ど無く、普通の人間なら失血死を狙うことも出来るが、相手が魔術師ならば治癒の魔術ぐらいは使えるだろうからそれも望めない。

(あのマスター、ライダー共々狙ってやっているのだとすれば、只者ではないな……)

ライダーはともかく、マスターであるウェイバーの行動は全て奇跡的な幸運と偶然でしかないのだが、彼の情報が未だ手元に届いていない切嗣は、知らぬとは言え彼を過大評価してしまっていた。

「舞弥、ライダーのマスターを狙撃できるか?」

『……駄目です。こちらからでは射線からライダーを外すことが出来ません』

舞弥からの芳しくない返答に、切嗣は思わず歯噛みする。射線上にサーヴァントがいては狙撃など成功する訳がない。舞弥は狙撃できず、切嗣の位置からなら狙撃は不可能ではないが仕留めきれない可能性の方が高い。
例えライダーのマスターを仕留められたとしても、狙撃すればこちらの存在と位置が割れてしまう。そうなればアーチャーのマスターがこちらに気づき、防御を固めるか撤退するかもしれない。
それだけならばまだいいが、最悪の場合アーチャーにこちらを狙撃される可能性がある。現状接近戦で弓を使うという、およそ弓兵らしくない戦術をとっているアーチャーだが、狙撃が出来ないということはないだろう。
弓の英霊ともなれば、どんな最新式の狙撃銃と凄腕のスナイパーよりも腕は確かであり、即座に射線から狙撃位置を割り出し、スコープよりも遥かに高性能な肉眼でこちらを捉え、身を隠すよりも速く矢で撃ち抜かるだろう。
事前に相談もしていないランサーが、咄嗟にこちらの動きを察してアーチャーへの妨害行動に出てくれるなどと楽観も出来ない。
逆に、アーチャーのマスターを先に狙撃すればライダーとそのマスターは当然警戒して行動を起こすだろうから狙撃はまず不可能になるだろう。
かといって手を拱いていれば、ランサーとアイリスフィールを標的としているライダーは即座に二人に攻撃を開始する。ならばこの場は早々に撤退するのが最善だろうが、ランサーだけならともかくアイリスフィールもとなると、難易度は格段にはね上がってしまう。
令呪を使えばその限りではないが、現時点でランサーの本当のマスターが別にいることを他に教えてしまうのは痛手だ。
しかしここでランサーはともかく“器の守り手”たるアイリスフィールを失うわけにもいかない。

(やむを得ないか――)

切嗣が令呪に訴えようとした時、スコープ越しで見ていた戦場に思わぬ変化が起きた。



「そこまでだ、ライダー。恋人や良人のある女性への目に余る暴言、騎士としても男としても見逃すことは出来ない。
 何よりも私は貴様のような者が『王』を名乗ることが許せない」

そう言ってランサーに代わる様にライダーの前に出たのは、白銀の騎士――アーチャーだった。予想外の行動にランサーとアイリスフィール、そしてウェイバーがそれぞれ驚きを露わにする。

「はっ、雑兵風情が俺に意見するつもりか?」

狼のようなライダーの眼がアーチャーに向けられるが、アーチャーは微塵も揺るがない。

「アーチャー、奴を倒すなら手を貸そう。構わないなマスター?」

「えぇ、遠慮なんかいらないわ」

先の発言でライダーを完全に敵とみなしたランサーとアイリスフィールもアーチャーに続く。今しがたまで命を懸けて戦っていた2人は、共通の敵を前に言い合わせることもなく共同戦線を張る。
そんな2騎のサーヴァントを前にしても、ライダーは余裕の表情を崩さない。しかし、3大騎士クラスの2人を前にして、マスターであるウェイバーは落ち着いていられなかった。

「お、おいライダー。完全に二人とも敵にまわしちゃったじゃないか。どうするんだよ!」

「何を怯えることがある? たかが雑兵一匹と女1人、力でも数でも俺の敵ではあるまい」

「そりゃそうかもしれないけど……」

数で勝ってはいても相手はサーヴァント。屍の兵団がどこまで通用するか不安は残る。最悪の場合宝具で一掃されるかもしれないと思うと気が気ではなかった。
そこへ――

『これは驚いた、まさか君自らが聖杯戦争に参加しているとはね。ウエィバー君』

――ウェイバーにとって聞き慣れた声が響いた。

「ケイネス……先生……」

ウェイバーに緊張が走る。それは間違いなくウェイバーが聖遺物を盗んだ相手、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトのものだった。

『どうやら君は私が思っていたより勇敢だったらしい。私から聖遺物を奪い、私を敵に回してまで聖杯戦争に参加したかったとは……よろしい、ならば可愛い教え子のために私が特別に課外授業をしてあげよう。
 魔術師同士が殺し合うことの本当の意味について、その恐怖と苦痛を存分に余すことなく教えてあげよう。それから血筋による魔術師の優劣も実践で教授してあげよう。光栄に思いたまえ』

殺意と敵意、そして嘲りと挑発をねっちりと込めてケイネスはウェイバーに宣告する。それは自分の予定を狂わせてくれた“元”教え子に対するちょっとした“脅し”だった。
聖遺物を盗まれた時は少なからず憤慨したが、今となってはどうでもいいことであり、魔術師の戦いを知らない凡骨を相手にしたところで何の誉れにもなりはしない。故にウェイバーが怯え竦む様を見て、あの時の溜飲を下げつつ屈辱を味わわせてやるのが目的だった。
ケイネスの見立てでは、ウエィバー・ベルベットという凡百の魔術師相手ならば、こんな子供騙しの脅しでも十二分に通用する――はずだった。

「……」

ところがケイネスの思惑とは裏腹に、ウェイバーに変化は見られなかった。怯えるでも畏縮するでもなく、むしろ困惑しているような面持ちで呆然と宙を見ている。醜態を晒すことなく平然としているようにも見えるウェイバーの姿は、ケイネスにとって完全に予想外だった。
これではむしろ、あんな脅しをしたケイネスの方が反応に困るくらいだ。
だが、一番戸惑っていたのは他でもないウェイバー本人だった。ケイネスが正真正銘の敵となって現れ、自分に狙いを定めている。だというのに、まるで恐怖を感じない。実力差は明白であり、どう足掻こうが勝てる相手ではない。
先程から浴びせられている敵意や殺意も本物であり、虚勢を張る事さえできない。なのにどうしてか恐くない。
それは例えるなら、世界的に有名な楽団の演奏を聴いた後で素人の演奏を聴くような、一流の魔術師が披露した高等な魔術の後で見習いの粗雑な魔術を見たような――そう、しいて言い表すならば“心に響かない”のである。
その理由にウェイバーは思い至れず、例え至ったとしても絶対に認めたくはなかっただろう。
結論から言えばウェイバーはここ数日で無自覚の内に、自分に向けられる殺意や殺気に“慣れていた”。確かにケイネスはウェイバーでは到底勝てない実力者だ。
しかしここ数日彼に何度となく、それこそ慣れてしまうまで殺気を浴びせていたのは人知を超えた力を持つサーヴァント。その恐怖はケイネスの比ではない。
ましてやケイネスの殺意は半分が脅しでしかなく、ウェイバーの前に姿を見せてもいない。何より脅しである限り命を奪うことを前提とはしていない。
もしケイネスがウェイバーの前に姿を現していれば違う結果もあっただろうが、ライダーによって耐性を十二分に付けられた今のウェイバーには、この程度では恐怖足り得なかった。
それよりも、自分がケイネスから聖遺物を奪ったことをライダーがどう思うかの方が、よほど怖かった。

「フ、フハハハハハハハハハハ!」

ウェイバーとケイネスが動きあぐねていたとき、不意にライダーの笑い声がこだました。

「そうか、奪ったか。いいぞ小僧、少しは見どころを見せたではないか」

「へ?」

「仮にも俺のマスターならば戦か女か略奪か、どれか一つぐらい楽しみを知っておかなければ面白味がない」

「……怒って、ないのか?」

「ん? あぁ、そのことか」

ライダーは隣の狗を一瞥し、ある一点を睨み見る。
どうやって知ったのか、それはケイネスが身を潜ませている場所だった。

(な――!?)

「……」

ライダーに隠匿を見破られたケイネスは絶句し、アーチャーも表情こそ変えないがライダーに対する警戒を強くした。

「おい魔術師、どうやら元は貴様が俺を呼ぶつもりだったらしいが、せいぜい小僧に感謝するのだな。
 貴様のように部下だけを前線に立たせ、自分は隠れ潜むだけの臆病な青二才にマスターなどと名乗られた日には、思わず殺してしまいかねん。
 もっとも貴様の弟子に所有物を奪われる無能ぶりのおかげで、俺は貴様の敵として出会えたのだからな。その無能ぶりだけは褒めてやろう」

そこまで言うとライダーはウェイバーに振り返り、

「礼を言うぞ小僧、奴を俺から遠ざけたお前の行動は確かな功績だ。この蹂躙王が認める。誇るがいい」

と、初めてどこか朗らかな笑みをウェイバーに見せた。


「――っ!?」

ライダーがケイネスと比較して自分を評価したという事実に、思わずウェイバーは言葉に詰まる。どんな顔をすればいいかも分からず、狼狽えていると、

『言わせておけば……アーチャー、一先ずランサーはいい。ライダーを始末しろ!』

怒りを押し殺したケイネスの声が響く。時計塔の『ロード』としてライダーから受けた侮辱は、断じて看過できるものではない。

「心得ました、マスター」

『さて、ランサーのマスター。この場は一時休戦とし、我ら双方の敵であるライダーを倒した後で尋常に勝負を決するのが最善と考えるが、そちらは如何に?』

「こちらも同じ考えだわ。この場は休戦に同意します」

互いのマスターが正式に合意したことで、ランサーとアーチャーは改めてライダーを共通の敵と定めた。瞳に静かな闘志を燃やし、美しき女戦士と清廉なる騎士が覇業の王者と相対す。
2人のサーヴァントから敵意の視線を向けられるライダーは、まるでそれを歓迎するように不敵に笑う。絶対の自信か余裕の現れか、馬に跨ったまま武器を構えることもしない。
そんなライダーに代わる様に、二頭の巨狗が静かに唸りながら前足と頭部を下げて瞬時に飛び掛かれる体勢になり、屍の兵団も一斉にそれぞれの武器を手にする。

「よかろう、纏めて蹂躙してくれる。
だがその前に一つ訊いておきたいことがある。アーチャー、貴様騎士ならば生前はどこぞの王に仕えていたのだろう?」

「……」

アーチャーの沈黙をライダーは肯定と受け取る。

「貴様の仕えた王を、その王道を俺に聞かせろ。もし貴様の王が語る王道がこの蹂躙王を感服させるものであったなら、この首くれてやってもいい」

「お、おい、ライダー何言って――」

「いいから黙って見ておけ、小僧。
 さぁどうするアーチャー。悪くはない取引だと思うが?」

安い挑発だ――とウェイバー以外の誰もが思った。
このライダーが他人の意見に屈して負けを認めるような者でないことなど、この数分で誰もが確信しており、あからさまに真名の看破を目的とした問いかけであることは誰の目にも明らかだ。

「私が仕えし王は清廉にして潔白。騎士道の誉れたる完璧な王であらせられた」

だというのに、アーチャーは躊躇いも無くそれに応じた。

『な!? おいアーチャー貴様一体何を――』

「乱世に国をまとめ、故国に身命を捧げ民のために尽力し、時には非情な決断を下しながらそれを一身に背負い、正義と理想に殉じられた」

制止するケイネスの声もアーチャーには届いていないのか、もしくはわざと黙殺しているのか、アーチャーは喋り続ける。
戦闘中でさえ感情を強く出さなかったアーチャーが、熱を込めてかつての王を語る。
自身の不利益にしかならない情報を惜しげもなく晒し続けるその姿に、マスターであるケイネスは元より、ランサーとアイリスフィール、敵であるウェイバーまでもが驚きに言葉も出なかった。

「――それが我が王の王道だ。貴公の様な正義も理想も無い暴君の治世とは比べるべくもない」

語り終えたアーチャーが「反論はあるか」と言わんばかりにライダーを見据える。
最後までアーチャーの弁を表情一つ変えず聞き続けたライダーは、力なく項垂れるように顔を下げ――

「フ、フハハ、フハハハハ、ハハハハハハハハハハ! アーッハッハッハッハッハッハッハッ!!」

やおら勢いよく面を上げ、馬上で仰け反るような体制のまま大声で笑い始めた。
奇行ともいえるライダーの反応に皆が目を奪われる中、アーチャーだけは僅かに片眉を吊り上げる。

「何が可笑しい、ライダー」

「『何が可笑しい』だと? クハハハ、アーチャー貴様俺を笑い殺しにでもするつもりか?
 王が国や民に尽くす? 滅私奉公が王道だと? 何だそれは、それに正義だ理想だと一体何の話をしている?」

心底愉快そうに笑い続けるライダーだが、その言葉には明らかに侮蔑を含んでいる。

「貴様の王とは奴隷か道化のことを指すのか? いや違うな、奴隷や道化なんぞに“理想”などという崇高な妄言が吐けるわけがない。まるでお伽噺に胸を焦がすガキも同様ではないか。
 おいアーチャーもしや貴様のいう王とは、理想とやらに思い焦がれる“夢見る小娘”だとでも言うのか!?」

空を裂く一陣の疾風となった矢が飛ぶ。ライダーの頬を掠め、後方にいた屍の騎兵の眉間を撃ち抜いた矢は、騎兵を馬上から地に落として動きを止めた。
マスターたちは何が起きたのか理解できず、サーヴァントたちでさえ反応できなかった。今しがたまで確かに剣を構えていたアーチャーの手に剣は無く、手には弓だけが握られている。
神速、そう呼称するしかないだろう。一瞬にして武器を持ちかえ、警戒態勢でなかったとはいえサーヴァントにさえ咄嗟に反応させなかった、弓の早撃ち。アーチャーにその気があれば、今頃ライダーの命は終っていただろう。
その屈辱的な事実がライダーの双眸に怒りの火を灯す。

「雑兵が……」

ライダーが初めて見せる怒りの表情。
だが今この場には、彼以上に怒気を放つ男がいた。

「ライダー、お前に我が王の王道が理解できるとははじめから思っていない。
 だが王と朋友たちが信じ、貫き、殉じた理想を嗤ったことを許すつもりはない。到底つり合いはとれないが、お前の命で償ってもらう」

ライダーが灼熱の怒気なら、アーチャーのそれは絶対零度の怒気だった。口調は変わり、清廉な闘気も今は無く、憎悪さえ滾らせるその眼はランサーと戦った騎士と本当に同一人物なのかと疑わずにはいられない程に、アーチャーは変貌していた。
アイリスフィールとウェイバーはたじろぎ、マスターであるケイネスですらその迫力に口を開けない。
騎士と王が睨み合いマスターたちは動けない状況の中で、ランサーだけは無言で槍を構える。アーチャーの変貌には少々驚かされたが、彼がライダー相手に士気を上げてくれるならむしろ彼女にとっては好都合だ。
アーチャーがライダーを倒してくれればそれでよし。そのうえでやる気になったアーチャーが自分の手の内を晒してくれるなら、いずれ倒す相手のことを知れて損は無い。
ライダーをこの場で倒し、アーチャーも負傷するようなら、そのまま打ち倒すべきだとランサーは考えていた。

「……」

無言のまま自分の弓をライダーが構え、それに呼応して兵団と巨狗が臨戦態勢に入る。

「……」

ライダーに向け引き絞る弓に更なる力をアーチャーが加える。

「……」

両脚に力を込め、一息で飛び出せる体勢をランサーは整える。
3騎のサーヴァントが睨み合い、空気が張り詰め大気が軋む。マスターたちは誰もが息を呑んだ。これより始まる乱戦に人の入り込む余地など無い。
そしてサーヴァントたちが動き出そうとしたその瞬間、

「見ぃぃつーぅけぇぇぇ、たぁぁぁぁぁぁ!」

どこまでも邪悪で淫靡な声が張り詰めた静寂を破った。
それは道路脇のコンテナの上――ケイネスが身を潜めている場所の反対側――に現れた。霊体から実体へと姿を変え、4騎目のサーヴァントが倉庫街に降り立つ。
真っ白なドレス、小さくも煌びやかな宝冠、どこか不気味な赤みのある肌。昏く淀み濁りながらも爛々と輝く双眸は魔性の輝きを帯び、三日月のように口を開けて笑う少女は、ランサーだけを見つめている。

「うふ、うふふ、うふふフふふふふふふフフふふふふフフフフフ……見つけたミつけたみぃつけたぁ!」

堪えきれないとばかりに笑い、喝采をあげるサーヴァントを誰もが注視する。あれはどう見ても正気ではない。
この状況で堂々と姿を晒し乱入するなど、よほど自信があるのか気が振れているかのどちらかでしかなく、ましてこれでは自分を狙ってくれと言っているようなものだ。
そして誰もが薄っすらと勘付いてはいたが、あのサーヴァントはランサー以外目に入っていない。あるいはそもそもこの場にいることを認識していない可能性すらある。
あのサーヴァントは間違いなく“危険”だ。

「ね、ねぇランサー。一応訊くのだけれど、知り合い?」

「……いや、記憶にない」

腫れ物に触る様に恐る恐る尋ねたアイリスフィールに、ランサーは否定を返す。僅かに困惑してこそいたが、謎のサーヴァントとライダーへの警戒は怠っていない。
アーチャーも同様であり、唯一ライダーだけが隣のウェイバーにだけ聴こえる声で、ぼそりと呟く。

「アレはないな……」



彼にしては珍しく覇気の無い気の抜けたような声だった。
そんな3騎と2人を前に、ひとしきり笑い終った少女はいきなり声を張り上げた。

「喜びなさぁい! アナタはこのぉワタシ、キャスターのサーヴァント、エリザベート・バートリーにぃその血を捧げる名誉をあげるわよぉう!!」

今度こそ誰もが程度の差はあれ驚いた。

「自分から真名を名乗った!?」

先程自分のサーヴァントが同じことをしたことも忘れ、ウェイバーが頓狂な声をあげる。

「エリザベート・バートリーって……『血の伯爵夫人』?」

いっぽうでアイリスフィールは驚きよりも警戒が大きかった。その真名からエリザベートがランサーしか見ていないことにも納得がいった。
だが彼女に魔術師としての逸話は無い。お抱えの黒魔術師から多少の手解きは受けていたかもしれないが、真っ当な魔術師の英霊ではないだろうと推測する。

「気を付けて、ランサー! あのサーヴァント相手に血を流すのは危険だわ!」

ランサーに警戒を促すアイリスフィールだったが、これは失策だった。

「ん? んんんんんんん? あーらぁぁぁぁ?」

魔性の双眸がランサーだけでなく、アイリスフィールにも向けられる。

「妾ってばぁ、運がいいわぁ。もう“一つ”いい娘がいたじゃなぁい! えぇえぇえぇ、合格よぅ貴女たちぃ。
 ちょ~っとばっかり歳くってるのが残念だけどぉ……ま、許してあげるわぁ」

「な――!?」

アイリスフィールが思わず声をあげる。
だがそれは決して年齢のことに対してはない。エリザベート――キャスターの体から猛烈な勢いで赤い霧が立ち込め始めたからである。
赤い霧は瞬く間にキャスターの背後が見えぬ程に濃密になり、まるでランサーとアイリスフィールを囲むように広がっていく。

「これは――!?」

「マスター、下がれ」

ランサーがアイリスフィールの前に立ち、キャスターを睨み上げる。
しかしキャスターは再び不気味な哄笑を響かせ始めた。

「うふ、うふふ、うっふっふっふっふっふっふっふっふっ……」

「……」

「小僧、気を抜くなよ」

ますます濃く立ち込める赤い霧に、アーチャーとライダーも迎撃の構えをとる。
特にライダーは“戦利品”と定めた女2人をみすみすキャスターにくれてやるつもりなど、微塵もなかった。



同じ頃、離れた場所から様子を見ていた切嗣は再び決断に迫られていた。
突然のキャスター出現。しかもキャスターまでもがランサーたちに狙いを定めている。くわえて行動が読めない分ライダーよりもある意味では厄介な相手だった。
舞弥共々マスターを探すも、別行動をしているのか姿は無く、そうこうしている間にキャスターが発生させたと思しき赤い霧が切嗣からランサーとアイリスフィールを遮ってしまった。
熱感知スコープでおおよその位置だけは見て取れるものの、霧の中がどうなっているのかはまるで分らない。

「キャスターめ、面倒なことを」

キャスターを狙撃して注意を逸らすぐらいは可能だったが、それ以上の効果など望めずこちらの存在が他の陣営にも割れてしまう。状況を把握することすら満足にできず、乱戦模様でこそあるがその実ランサーが集中的に狙われている。
敵を倒せる見込みもない以上、切嗣からすれば早々に切り上げるべき戦況だったが、現状ではそれも許されない。

「やはり、使うしかないか……」

自分の手に宿った令呪に目を向け、切嗣が再度逡巡したとき、

『切嗣!』

インカム越しに叫ぶ舞弥。

「な、しまっ――!?」

計ったようなタイミングで最悪の展開に状況が動いた。



変化は一瞬だった。倉庫街に広がっていた赤い霧が突然晴れ、変わりに夥しい数の真っ赤な拷問や処刑のための器具が空中に出現した。
それは赤い霧が固まってこれらの拷問器具になったかのような、一瞬の変化だった。
杭、丸鋸、ギロチンの刃、内部に棘のある巨大な鳥篭、鉄球のついた鎖などその種類は様々。それら全てが空中を漂い、ギチギチと嫌な音を奏でる。まるで獲物に喰らいつかんとする獣のように。

「さあぁ、アナタたちの血を妾に捧げなさぁい!!!」

キャスターが叫ぶ。主の命を受け、鋼鉄の凶鳥たちが一斉に牙を剥く。
その殆どがランサーとアイリスフィールに攻撃は集中しているが、幾らかはアーチャーとライダーたちにもその爪牙を向けている。

「う、うわぁぁぁぁぁ!?」

襲い来る拷問処刑器具を前に怯え叫ぶしかないウェイバーだったが、彼に代わって隣の巨狗が素早く動いた。ウェイバーの襟首を咥えてそのまま馬から引きずりおろし、そのまま狗が上になりウェイバーを守る。
狗の前には『王の葬列』の集団が立ちはだかり、その身を挺して器具を受け止める。血を流さず痛みを感じぬ屍の兵ならではの芸当だ。
ライダーはもう一頭の巨狗と自分の弓、そして兵たちを使って危なげなく迎撃している。
アーチャーも剣一本で全てを斬り伏せている。
だが、ランサーはそうはいかなかった。ライダーやアーチャーとは比べ物にならない数は、戦う力の無いアイリスフィールを庇いながらの迎撃など絶対に不可能だった。

「掴まれ、ここは引くしかない!」

ゆえに取るべき手段は一つしかなく、すぐさま片腕でアイリスフィールを抱えるようにしてランサーは撤退を選択する。

「バカねぇ、逃がすわけないでしょぉう!」

しかし悪魔は狡猾だった。生前、ただの1人しか獲物を逃がさなかったキャスターの手腕は城の中でなくとも健在だった。
ランサーたちの逃げ道を塞ぐように、3体の『鉄の処女』が現れる。巨大な蓋を開け放ち、その内に秘められた無数の針を曝け出し、2人の前に立ちはだかった。

「そんな――」

「っ――!」

絶望が2人を襲う。
退路を断たれ、背後には迫る凶器の群れ。アイリスフィールを抱えたままでは片腕でしか槍は振れず、到底防ぎきれはしない。
あるいは、代理マスターを見捨てればランサー1人は助かるかもしれない。だが――

(それは、できない。彼女に万一のことがあれば聖杯が。――――に、会えない!)

ランサーの願いは聖杯なくしては叶わない。担い手であるアイリスフィールを失えば機会は永遠に失われる。
だからこそ、ランサーはこんなところで負けるわけにはいかなかった。

「迎え撃つ。傍を離れるな」

素早くアイリスフィールを降ろし、襲い来る凶器の群れに槍を向け構える。勝てる見込みなど皆無に等しい。例えこの場を切り抜けられたとしてもこれからを戦えるかどうか。
それでも生きて切り抜けると決意し、迫る死の奔流を前にランサーは一歩も引かない。

(あなた――!!!)

アイリスフィールは祈る。この近くに来ている夫を信じて。

「ランサー!」

「ちいっ、邪魔をするな!」

アーチャーとライダーがランサーを援護すべく弓を番える。どちらも目的や理由は違えど、彼女の敗退を見逃すわけにはいかないという点では意見が一致していた。



(令呪を以て我が傀儡に命ず――――)

切嗣が令呪を使う。最早他に手はなく、迷ってなどいられない。



「アハハハハハ、アッハハハハハハハハハハハハハ!!!」

キャスターの哄笑が倉庫街を包む。それは自らの優位を、勝利を確信してのもの。
ランサーとアイリスフィールを殺すつもりこそキャスターには無かったが、無力化させて“城”に持って行くために、抵抗の出来ない程度には斬り刻むつもりでいた。
ランサーがマスター共々無事に耐え切ることは不可能であり、アーチャーとライダーの助勢も間に合わない。
最後の頼みの綱である切嗣の令呪も僅かに間に合わない。令呪がその力を発揮するよりも早く、凶鳥たちの爪牙は二人を斬り刻む。離脱できたとしても、五体満足であればそれだけで奇跡的な僥倖だ。
まるで見えない運命に導かれ破滅の未来に誘われているかのように、今夜の切嗣やランサーたちの行動は全てが悪い結果へとつながっていた。
されどそんなことは関係なく、終焉の時は眼の前に迫っている。
男たちの見ている中、赤き鋼鉄の奔流が2人の女を呑み込み――――――――――――――――――――――――――――












「竜血鋼鱗(ドラグーン・シュラウド)」












そこに、竜が降り立った。
直後、凶鳥たちの断末魔の悲鳴があがる。鎧袖一触。真にそう表現する以外ない光景がそこにはあった。
全てを呑み込み斬り裂く赤き凶鳥の奔流は、ランサーたちを庇うように現れたヒト型の前に何もできずに残らず敗北した。
竜の姿をしたヒト型は、キャスターの拷問処刑器具が鮮やかにさえ見えるほどに毒々しい血の色をした鎧を全身に纏っていた。
全身に走る血脈のような紋様は竜の鱗を彷彿させ、竜の上頭部を模した兜は鎧と一体化しており、全身甲冑よりも堅牢な守りを見せている。
そして突き立てられた鋼鉄の爪牙は掠り傷1つつけられずに砕け散る。それは桁が違うどころの話ではなく次元が違った。


識るがいい凶鳥たちよ、汝らの爪牙など竜の鱗に傷1つとしてつけられぬ。
まして汝らの前に立つのは、その竜すら屠る竜殺し。勝てる道理など、最初から微塵もありはしないのだ。


数秒後、そこに鋼鉄の凶鳥たちの姿は欠片も無く、人の姿をした竜が何事も無かったように佇んでいるだけだった。
事が済むと竜の鎧を纏う乱入者の手の中で青白い光が放たれ、その手に2メートル近い大剣が現れる。
振り返った乱入者は一瞬だけランサーを見たような素振りの後、ゆっくりとした足取りで退路を塞いでいた3体の鉄の処女の前に歩いていくと、片腕だけで大剣を横に一閃させ、まとめて鉄の処女を両断した。
その光景をマスターたちは呆然と見ていることしか出来ず、キャスターは完全に笑った顔のまま固まっていた。さしものライダーとアーチャーでさえ目を瞠らずにはいられなかった。
だが、その中で誰よりも一番驚き、動揺していたのは――
乾いた音が響く。それはランサーの手から槍が地に落ちた音だった。

「ラン……サー……?」

戦場で武器を落とすという行為に、どこか負傷でもあったのかと振り返ったアイリスフィールだったが、ランサーを見た瞬間二の句が継げなかった。
槍を落とした手を力なくぶら下げ、ランサーは泣いていた。瞳から涙をこぼしながら、縋るように何かを堪えるように乱入者を見ていた。

「あ――――――」

何かを言おうとランサーの口が動くよりも先に、

「怪我は、なかったか?」

赤い竜の鎧の下から男の声が聞こえた。

「――――――っ……!」

それに応えるようにランサーが頷く。瞳から流れる涙が勢いを増す。

「そうか。良かった」

手中の大剣が消え、鎧が霧散していく。魔力で編まれた鎧が消え、その下から金髪の男、遠坂時臣のサーヴァントセイバーが現れる。

「あ――あの、私……貴方、に言いたい、ことが――謝らなきゃ、ならないことが――――」

ランサーの涙は止まらない。再会を願っていた。謝りたいと思っていた。その結果彼に恨まれても怒りで剣を向けられてもいいと思っていた。
だが、こうして向かい合った瞬間そんなことは思えなくなった。許してほしい、愛していると言ってほしい、あの頃のように笑いかけてほしい、自分の名を呼んでほしい。そんな浅ましく身勝手な願いだけがランサーの胸の内に溢れる。
もう、自分にそんな資格がないと分かっていても、愛/想いは止められない。

「……」

そんなランサーにセイバーが無言のまま近づき、そのまま両腕で彼女を抱きしめた。

「大丈夫、ちゃんと分かっている」

優しく愛情に満ちたセイバーの囁き。

「――――――ッ!」

ランサーは声にならない想いを、セイバーの背に回した腕に込めて伝える。セイバーの胸に顔を埋め、咽び泣くランサーの頭をしばらくの間セイバーが労わるように撫で続けた。まるで世界から切り離されたように、その2人の空間は神聖なものだった。
やがて、ランサーがゆっくりと顔を上げる。目元はまだ潤んでいるが、瑠璃色の瞳に悲しみの色は無かった。

――――かつて運命に引き裂かれた恋人たちが、

「ずっと、会いたかった――――――ジグルド」

――――遥かなる時空を超え、

「俺もだ――――――ブリュンヒルド」

――――奇跡の再会を果たした。




ステータス情報


【クラス】セイバー
【マスター】遠坂時臣
【真名】ジグルド
【性別】男性
【属性】混沌・中庸
【ステータス】筋力A 耐久B+ 敏捷A 魔力B 幸運E 宝具A++
【クラス別スキル】対魔力:A 騎乗:A


【クラス】ランサー
【マスター】衛宮切嗣
【真名】ブリュンヒルド
【性別】女性
【属性】混沌・善
【ステータス】筋力B 耐久D 敏捷A 魔力A 幸運E 宝具B
【クラス別スキル】対魔力:B


【クラス】アーチャー
【マスター】ケイネス・エルメロイ・アーチボルト
【真名】???
【性別】男性
【属性】秩序・中庸
【ステータス】筋力B 耐久B 敏捷A 魔力C 幸運D 宝具C
【クラス別スキル】対魔力:C 単独行動:C


【クラス】ライダー
【マスター】ウェイバー・ベルベット
【真名】チンギス・ハン
【性別】男性
【属性】混沌・中庸
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷B 魔力D 幸運A 宝具A+
【クラス別スキル】対魔力:D 騎乗A+


【クラス】キャスター
【マスター】雨生龍之介
【真名】エリザベート・バートリー
【性別】女性
【属性】混沌・悪
【ステータス】筋力E 耐久E 敏捷E 魔力B 幸運C 宝具C
【クラス別スキル】陣地作成D+ 道具作成D+


【クラス】アサシン
【マスター】言峰綺礼
【真名】???
【性別】???
【属性】???
【ステータス】???
【クラス別スキル】気配遮断:D


【クラス】バーサーカー
【マスター】???
【真名】???
【性別】???
【属性】???
【ステータス】???
【クラス別スキル】???