注意、このSSは型月世界の魔術師をかなり悪し様に罵っています。そういうのが駄目な方はどうぞプラウザバックさせ、お戻りください。







これが私の運命だ。絶え間ない軍事作戦。……そしてこの作戦を腐敗させることへの憎悪。けれども私は腐敗を伴った平和とこの運命を取替えはしないだろう~レーニン。


「子供がいたんだ。学校の帰りに連れ去られた。そして死体すら帰ってこなかった」
「ホテルの倒壊で救急車が通れずに、結局患者は助からなかった」
「自衛隊の戦闘機が落ちたって誰かに言っても誰も信じてくれなかった。しまいにはこっちが変人扱いされたよ」
「火災の原因を調査していた仲間が何人も行方不明になった。恐らく私も消えるだろう。誰かがこの録音を聞いていたら……」
「なあ、俺の手がないんだ。あんた俺の手を知らないか、俺の手、何処に行ったんだよ」
「誰がこんなことを……」
「ねえ、私の子供は何処なのよ。ねえ、誰か探してよ。お願いお願いお願いお願いお願い」
「夫と子どもは生きながら焼かれました。私は助けたくても何もできませんでした」
「教会に引き取られた子供達って今どうしてるんだっけ?」
「もどして」
「魔術?聖杯戦争!?何でそんなもののために娘が……」
「ころしてやる。ぶっころしてやる。とおさん、かあさんとおなじめにあわせてやる」
「神は死んだのですか、正義はないのですか」
「警察もマスコミも信じてくれない、このまま魔術師は野放しかよ!!」
「許せん」
「許すな」
「許さない」

「『死んで』償え!!」



夜の未遠川沿いに、大勢の人影が蠢いている。
男、女、老人、若者、殆どは私服だが、中には学生服や警察官の制服を着ている者もいた。
年齢も服装もばらばらだが、共通しているものはあった。
―――熱意。
―――戦意。
―――憎悪。
声を上げる人間はいないが、ひとりとして、落ち着いている人間はいない。
彼等の間に共通する物がもうひとつある。
各々が手に得物を持っている点だ。
最も多くの人間が持っている『あるもの』を魔術関係者が見れば卒倒するだろう。

矛(ほこ)

槍や薙刀の前身となったその長柄武器は、今の時代では考えられない程の神秘を放っていた。もっとも、使う彼等にとっては便利な道具としか認識していないが。

「もうそろそろだろ?同志が来るのは」
群衆の一人が発した言葉に、その隣にいた別の人間が腕時計で時間を確かめる。
「いい時計だな。外国製だろ?」
「ああ、大火災で死んだ女房からの誕生日プレゼントだ」
「……すまん。辛いことを思い出させた」
「いいんだ。それよりも『奴ら』に代償を支払わせてやろう」
「ねえ、ちょっと来るみたいよ!」
群衆の一人である中年の女性の言葉と共に、周辺を霧が包んだ。



深い霧である。
クリーム色で視界は覆われ、50cm先が何も見えない。気を張っていなければ、自分の隣にいる人間の所在すら分からなくなってくる。
「これでいいでしょう。使い魔や監視の目は欺きました」
その時だった―――穏やかで理知的な声が群衆それぞれの耳に聞こえてきたのは。

方向性が全く分からなかったところに、群衆の周囲だけは霧が晴れていく。
そして出現した2m以上の人影に、全員の背筋が伸びた。

牛の蹄がズシン、と地面を踏みしめる。
筋骨隆々とした巨躯は、金属質の光沢を持って輝いている。
そして、その牛頭からは、雄々しい二本の角が生えていた。

『彼』は、周囲を見回す。視界に立つ多くの群衆を前に、その表情はにこりと笑ったように見えた。
先ほど時間を確認していた男が、群衆の先頭に立って声を張り上げる。
「同志蚩尤!各地区の代表と、戦闘要員は全て揃っています!」

蚩尤―――中国の神話において最初に反逆し、怪物となった神。
多くの犠牲を出した前回の聖杯戦争で受肉したサーヴァントは、慈しむように周囲を見渡し、口を開く。
「よろしい。それでは第81回、聖杯戦争対策会議を始めます」


川沿いに張られたテントの中央に蚩尤が座り、周囲を各地区の代表がそれぞれ報告することで会議は進んでいった。他のメンバーは周囲を見張っている。
「海外からの武器の購入は上手くいっています。弾薬量に限りはありますが、予算的にも充分想定範囲内です」
「遠坂凜に今のところ目立った動きはありませんが、見慣れない外国人が何度か遠坂邸を訪問したことを報告します。恐らく戦争に使う礼装や、英霊召喚の触媒を用意しているものと思われます」
「間桐臓硯は、各地の霊地を視察していて、現在の冬木にはいないようです」
「空港のコンピューターにハッキングした結果、一ヶ月後にアインツベルンが来日します」
それらを頷きながら聞いていた蚩尤だが、ある程度で報告が終わると、今度は自分から質問した。
「戦闘要員の皆さんは、訓練の進み具合はどうですか?」
その言葉に、会議を見ていた若者の一人が立ち上がった。
「いつでもオッケーすよ。クソ魔術師なんざ幾らでもぶっ殺してやります」
座っていたサラリーマン風の男も口を開く。
「家族の仇を討てる日が来るのを待ちきれませんよ」
そこにいるめいめいが己の願望である『魔術師の殺害』を嬉々として語った。

―――冬木市大火災被害者の会。
十年前の聖杯戦争終盤でおきた大火災、彼等の殆どが火災で家や財産や家族を失った者達だった。当初、被害者同士の相互扶助を目的とした団体は、後に大火災の原因究明を目指すようになり、その時点で蚩尤が介入した。

『一体あの火災がどうして起きたのか知りたくありませんか?』

その一言だけでは蚩尤の語った話を信じる者はいなかっただろうが、彼の姿と、彼が行う様々な奇跡を目の当たりにすれば大抵の者が蚩尤の言葉を信じた。

聖杯戦争、サーヴァント、魔術師。

真実を知った彼等が抱いた感情が、『憤怒』であったことは言うまでも無い。
逆上した数人が凶器を持って遠坂邸に押しかけようとするのを蚩尤は止めた。
『魔術師は様々な奇跡を行使し、命を奪い、心を盗みます。魔術師に対抗するには組織が必要です』
『世に義を示すため、手伝って貰えませんか?』
『他者の大事な者を奪い、そ知らぬ顔をしている者達に、報いを与えたくはありませんか?』

―――その日から、彼等はテロリストになった。

蚩尤自身が前回の戦争で召喚されたサーヴァントである事を知り、怨嗟の声を上げる者もいたが、『全てが終われば私の命を差し出します』と皆の前で宣言した彼自身の誠実な態度から蚩尤を組織の代表に据えることですんなりと済んだ。
そして各々が普段の生活の裏で、復讐の大義を果たすために、行動を開始した。

仲間を集めた。

武器を集めた。

血の滲むような鍛錬を行った。

そして、群衆は軍勢となってこの川沿いに集結するに至った。

―――全ては復讐のために。


「罪には罰が与えられ、不正は糾され、不義は滅びることが人間の世界の常識です」
蚩尤の演説は、一種の薬品のように彼等の心中に染み渡る。静かに、ゆっくりと。
「しかし、世には不正を当然の如く行い、暴利を貪り、悪を誇りとする狂人がいます」
各々が武器を握る手に力がこもる。
「彼等は魔術師、二本脚の獣たち、人が倒すべき巨悪です」
こらえきれず、「そうだ!」「魔術師に死を!」と叫ぶ者達が出始める。
「残念ながら、彼等の勢力は大きく、組織は深い。警察、政府に鼻薬を嗅がせ、
『常識』をこちらに押しつけるだけ押しつけて自分達は人の法を紙屑程度にしか思っていない。
そして今の時代を生きる人々の大半が彼等の押しつける『平和』を常識として生きている。偽りの平和を、正義無き平和を!」
蚩尤は一旦全員を見渡した。眼には闘志だけが燃えている。演説に熱がこもり始めた。
「ならば、私達はどうするべきか!?喪失を抱えながら日々を愚鈍に生きていくか!?
或いは、そう。或いは!世界に真実を示すために行動し、終わりなき闘いを選ぶか!?」
叫び声が、全員の鼓膜を振るわせた。
「不正義の平和を選ぶ者はその場にとどまれ!正義の戦争を選ぶ者は一歩前に出よ!!」
ザッ、という音と共に全員の足が前に出た。
その光景は、蚩尤の心をうった。やはり、自分の願いが間違っていなかったと判断する。
「……ありがとう」
蚩尤の眼は遠くを、遠坂邸を、間桐邸を、そして未だ姿すら見えぬアインツベルン城を見ていた。
「総員、準備が整い次第、闘いを開始します―――戦争を。正義をこの手に!!」


「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!」」」」」



「私にも願いがあります」
そう言って、牛頭の巨人は穏やかな口調のままで武器を構えた。
聖杯戦争の序盤から現れた謎の集団は、ライダーのマスターだった慎二を射殺し、間桐邸を爆破した。イリヤのいるアインツベルンの森周辺にも出没しているらしい。
漠然と危険な集団だとしか思っていなかったが、その集団の首魁だというサーヴァントは外見以外は、えてして温厚だった。
「ほざくな怪物。元のマスターを裏切るような奸物に心動かされると思っているのか」
厳しい口調で剣を構えるセイバーを前に、蚩尤と名乗った8番目のサーヴァントは穏やかな態度を崩さない。
「ケイネス君は私を道具としてしか見ていなかった。戦争に巻き込まれる無辜の民を紙屑程度にしか思っていなかった。それとも貴女はそんなマスターに付き合い続けた方が良いとでも?騎士道とは暴君を前に物言わざる置物になることなので?」
侮辱とも言える言葉に、セイバーの殺気が膨れ上がる。
「貴様―――」
「今日は貴女と話しに来たのではありません。衛宮士郎君。君に用がある」
突然話を振られたことに驚愕する士郎に、蚩尤は話しかける。
「世界に正義を示しませんか?」



「魔術師覚悟ぉ!!」
「くっ、しつこいっての!」
遠坂凜は矛を振りかぶって攻撃してくる男を躱す。
「もらったあ!」
もう一人の敵が構えているのは、ライフル。性能や名前までは分からないが、火を噴けば自分一人くらい簡単に命を奪えるだろう。しかし―――
「マスターの命は奪わせん」
火を噴く前に、アーチャーの双刀が、男の手にあった凶器を切断した。
そのまま二人の敵を無力化した手際は、流石は英霊としか言いようがない。
「それにしてもこいつら一体……?」
「魔術師ではないようだが、持っている矛は相当な神秘を秘めているな」
「宝具の一部だよ」
その声に振り返ると、二十人近くの手に武器を持った集団が道をふさいでいた。
「ガンドに宝石、頼みの魔力がいくらあるか知らんが、ここで終わりだ」
隊列を組んだ先頭の集団が長柄武器を構え、後方の集団が銃を構える。
「あんた達の目的は何?聖杯!?」
「害虫駆除だよ。魔術師という名のデカい糞虫退治だ」
「なっ……害虫……」
反論しかける凜に、代表らしい男は血を吐くように叫んだ。
「十年前の大火災、知らねえとは言わさん!!」
その言葉に、全員の眼は怨嗟を込めて赤の主従を睨み付けた。
「!!」
「……すると、お前達は……」
「あの大火災で死んだ人々の恨みと無念、ここで晴らしてみせる。攻撃開始!!」
銃が発砲され、凄まじい速度で五兵と呼ばれる武器を持った集団が突撃した。


執行者の周囲には斃れた敵兵の骸が転がっている。
しかし、受けたダメージも少なくない。身体中に爆弾を巻き付けた敵の特攻は、右腕に深刻な傷を与えていた。そして敵の数はまだまだ尽きない。
やむを得ず、会話で時間を引き延ばす方法をとった。
「あなたがたは聖杯を使って何をする気です……」
「世界に真実を示すのさ。惰眠を貪る世界を揺り起こすためにあの聖杯を使う」
その言葉で、バゼットの導き出した結論に、彼女自身が驚愕した。
「魔術と魔術師を世界に公表しようというのですか!」
「困るのは魔術師だけだ。そうだろう?」

「人類全てが魔術師の非道さを知れば、確実に排斥しようという動きが大きくなります。その後は一人も余さず狩り尽くす掃討戦の始まりです。
魔術協会は滅び、魔術師も滅びるでしょう。そして、この世界の闇に喰われ、助けすら求める事ができなかった人々の無念は晴らされ、闇に喰われる人々はいなくなる。
『正義の味方』を目指すあなたにとっても、理想と反するところは無いと思いますが」
「……アンタは、ただこの時代に召喚されただけだろ。なんでそこまでこの時代の人に肩入れするんだ」
士郎の言葉に、蚩尤は願いを口にした。
「私はどう言おうが悪です。百万人の平和を千人の誇りのために乱したのですから、しかし、そんな英霊にも願いはあります」
そこで、蚩尤は遠くを見つめるように目を細めた。見ているのは遠い過去だろうか。それとも遙かな未来だろうか。
「この世にはどうあっても顧みられない人々がいます。平和の犠牲になった人々が。この世界では魔術師と一般人の関係がそれですよ。
力あるものが力無き民を食い潰し、踏みにじり、そしてその犠牲は決して表の世界に出ることはなく、犠牲になった人々はただただ絶望し、誰を恨んでいいのかも分からずに死んでいく……」
かっと目を見開いた。その目には激情の炎が燃えている。
「そんなことは、許されない」
「……そうか、アンタも『そう』なのか」
士郎と蚩尤の共通点は、理不尽を許せないという点にある。
士郎はあの火災で全てを失った。蚩尤は敵国の攻撃で魔物にまでその地位を落とされた。
許せないのは、周囲の犠牲。士郎は家族を、蚩尤は自分を崇めてくれていた民を失った。
ただし士郎は抱いた怒りを他の人を助けることで晴らそうとし、蚩尤は死んだ人々の尊厳を守るために、元凶を滅ぼすことを選んだ。
「私は、『顧みられなかった者達のための軍神』になることを望んでいます」
「俺は『正義の味方』になることを望んでいる」
そこで蚩尤は、武器を捨てた。何も持っていない手をこちらに伸ばす。
「手を取り合いましょう。我々は同志です」



「聖杯は汚染されている」
胴体を両断された言峰綺礼は、口から黒い泥を吐き出しながらそう言った。
「全ての力は破壊と殺戮に向かう。それが『真実を暴露する』という目的だとしてもだ」
まあ、その方が面白みがある。と嗤う。
「確かに、我等の願いで結果的にもたらされるものは破壊でしょう」
蚩尤一派の目的は魔術の暴露と、それによっておこる魔術師殲滅戦争への参加だ。
まっとうな目的ではない。多くの血が流されることになるだろう。
しかも、聖杯の汚染を考えれば『正常に叶ってしまう』可能性が高い。
「私はその破壊の中で生まれる物を尊いと思います。人は簡単に滅びる程弱くはない筈だ」
「そうだ。そうだ」
「どーせ、俺達に失うものはもう何も無いんだ」
それでも彼等は止まらない。
虫の息の言峰へ、矛を振り上げる。銃を構える。ガソリンをかけて火をつける。
蚩尤が振り返ることは無かった。
身体を破壊され尽くされる瞬間まで、神父の貌は愉悦の形に歪んでいた。


「……やはり、立ち塞がりますか」
「ああ、アンタの願いは叶えない。この聖杯はここで破壊する」
「私が望んでいた物はとうにあったのだ。ランサー。お前も夢から醒めよ」
剣の主従は、最後の舞台で蚩尤を待ち構えていた。
「私の仲間達は多くが朽ち果てました。彼等の思いを捨てるわけにはいきません」
「是非も無い。ならば決着は剣でつける他、あるまい」
蚩尤の後方からは、組織の人間が隊列を組んで武器を構えている。
「君たちは下がっていなさい。私が敗れたら、そのまま組織を存続させ、一人でも多くの人々を救うために生き、戦い続けなさい」
何か言いたそうにしながらも下がる人々を見て、士郎も魔術の師匠から託されたアゾット剣を構えた。
「やっぱり、アンタは嫌いになれそうも無いな」
「同感です」
士郎とセイバーが駆ける。蚩尤が武器を構える。決着はつこうとしていた。