―――サーヴァントを狩り殺す。
そして自分の願いを叶える。
全ては自分が騎士(じぶん)であるために。

彼の思考にあったのはそれだけだった。

純白の鎧は闇夜の中でもなお明るく輝き、凄烈な闘気は何も寄せ付けぬ雰囲気を発していた。盾と剣を持つその青年は、顔色一つ変えずに道を急いでいる。

―――第四次聖杯戦争に招かれ、それから十年以上を現世で過ごす英霊。
ブリテンにおいてその名声を轟かせた世界で最も偉大な騎士。

サー・ギャラハッド。

それが彼の名だった。

「……出てきたらどうだ」
誰もいない闇夜に向けた言葉は、二人分の言葉で返された。
「奇襲しかけようとしたけど、失敗かよ。しゃあねえ。クイック・デッドといこうかね」
「私としてはドッグ・ファイトでもいいがな」
出てきたのは黒いテンガロンハットをかぶった金髪の男と、飛行服を着込んだ男。
英霊二騎。それを前にしてもギャラハッドは揺るがない。
むしろ、好機とばかりに剣を向けた。
「アーチャーとライダーですか。丁度いい。あなた方には死んで頂く」
殺気に人を殺す力があれば、彼等は百度は死んでいるだろう。
しかし、彼等は自然体を崩さずに立っていた。
「俺に死ねって言った奴らはとっくに墓の下でおねんねだぜ。チェリーボーイ」
アーチャー―――かつて、ビリー・ザ・キッドと呼ばれ、新大陸で悪名を轟かせたアウトローは少しも慌てずに、銃を引き抜いた。その場の誰にも知覚できない疾さで。
「頼まれて自殺するようなら、私は千度は死んでいるよ」
ライダー―――かつて、ソ連人民最大の敵と名指しで呼ばれた空の魔王の背後に、彼の愛機であったJu87が顕現した。
「音に聞こえた早撃ちの技とこの時代の騎士が乗る馬ですか。しかし円卓の騎士に挑むには役不足では?」
「知るか」
38口径の銃弾が火花を散らしながらギャラハッドに去来する。それを彼は盾で受け止めた。
―――戦争、開始。

上空からは舞い上がったJu87が弾雨を降らせ、地上ではアーチャーが的確に弾丸を当てていく。
―――しかし、
「おいおい、これだけ撃ち込んで顔色一つ変えねえのかよ。マジで化けモンだな」
痛みは生きる上で必要な機能ではあるが、戦いにおいてはそれが邪魔になる。
動きは鈍り、気合いを乱され、時にショック死すらあり得る。
だが、ギャラハッドにある聖霊の加護は痛覚を与えない。文字通り戦うために生まれた存在だ。吶喊してきたギャラハッドを銃弾で迎撃する。ギャラハッドがそれを盾で受けた瞬間、しかし。
「ばーか」
新たに発射した銃弾が鎧の隙間を襲撃し、血と肉片を散らした。
「小癪な!」
剣を突きの形に構えると、そのままアーチャーの頭部を狙う。
「いいのかい?クラウツのおっさんがおめえをミンチにしちまうぜ?」
ギャラハッドが筋肉の断裂で一瞬動きを止めた、ほんの一瞬。
上空からはかつて悪魔のサイレンと呼ばれた急降下爆撃の騒音が響き渡っていた。


「アメリカ人と同盟を組んでイギリスの騎士を倒すとはな」
複雑な心境に反して、今次の戦争でライダーとして召喚された彼の腕は冴え渡っていた。
思えば、あのサーヴァントは気にくわない。
何度やめろと言っても自分をキャベツ野郎(クラウツ)と呼ぶ。
作戦もへったくれもなく敵に突撃して本人曰く喧嘩を楽しむ。
衛宮士郎や間桐慎二を無理矢理引っ張ってキャバレーで飲みまくる。
自分だって生きていた頃は命令に従わなかったことはあったが、それでもあいつと比べれば可愛いものだ。
気にくわないだらけの男だが、それでも信じられる。
奴に銃を持たせれば、地上最強だ。
「そして、私がこいつにのっていれば地上も上空も最強だな」
そして、空の魔王は地上の敵を噛み砕くべく突撃した。

『空の魔王(カノーネン・フォーゲル)』
アーチャー曰く、「爆弾のばらまき」は、爆炎と大音響で剣の英霊を包み込んだ。

ひゅい。
炎の一点を見続けるキッドは興奮を抑えきれない様子で口笛を吹いた。
「やるじゃねえか」

ギャラハッドの姿は正に満身創痍だ。
全身に火傷を負っている。
片眼は潰れている。
鎧は砕け散って、鍛え抜いた身体が露出している。
だが、それでも、ギャラハッドは立ち、剣と盾を握っていた。

「かはははは、マジで化けモンだわお前。教会の地下の連中もそんな風に喰ってたのかよ」
キッドは、嬉しそうに、しかし痛烈な侮蔑を込めながら嗤った。
「貴様、あれを……」
「見たくもなかったけどな。あのクソ神父様が無理矢理見せやがった」
「相変わらずだな、コトミネめ」
「聞いてもいいかい」
銃を構えながら、アーチャーは訝しむように口を開いた。
「―――なんでだ?俺見てえな悪党なら分かる。理解はしたくもねえけどな。でもアンタは本物の英雄だしそれに……」
キッドの眼光が鋭くなる。
「お前、正気だろ」


聖杯の泥。
この世全ての悪によって湧き出したそれに当てられれば、サーヴァントでも、サーヴァントだからこそその性質は汚染され、黒化する。
前回のセイバーはそれで狂ったというのが、冬木の管理者、遠坂凜の見立てだった。

「貧乳女の言っていた通りだと、思っていたさ。だが、そうじゃねえ。殺し合いやってるからこそ分かるもんもある……お前、前回に召喚されたときから変わってねえだろ」

前回のセイバー、ギャラハッドは、銃を向ける拳銃使いを一瞥すると、苦笑するように吹き出した。
「当然だ。この身は数多の呪いを退け続けた。今更あの程度でなんだというのだ」
「宝具かスキルかは知ったこっちゃねえが、まあそれはいいとしよう。お前の目的は何だよ。聖杯の中身で世界征服でもやらかす気か?」
「……私は、私の責務を果たすだけだ。聖杯探求を」
少し苦しげに言葉を吐き出したギャラハッドの眼は、ここではない何処か遠くを見つめていた。

聖杯探求。
アーサー王の命を受け、パーシヴァル、ボールスと共にサー・ギャラハッドが成し遂げた冒険。見事聖杯を手にしたギャラハッドは天に召されたという。
ここまでが、知られた伝説であり、そしてこれからの伝説の続きは彼等しか知らない。

「……本物じゃなかったってわけだ」
「いいや、本物だったさ。その力で私は英霊の座に至った……それで終わりだ」
「それで?聖杯手に入れてめでたし、めでたしだろうが」
軽薄な言葉に対して、ギャラハッドは苛烈さを増した瞳でアーチャーを睨み付けた。

「ふざけるな!私はそれをアーサー王に献上できぬままに終わったのだ!
あのお方に、キング・アーサーに!騎士が役目を達せぬ等、不忠を通り越して怠惰の域だ!
だから私は永遠にこの地で聖杯を護り続ける!いつか蘇る王が帰還するその日まで!
そして、それで私の聖杯探求は終わる!!」

それこそが世界で最も偉大な騎士と呼ばれた騎士の叫びだった。
伝承によれば、多くの騎士がカムランで散り、アーサー王の時代は終わったと聞く。
しかし、アーサー王はアヴァロンで眠っているだけで、いつかまた蘇るとも聞く。
アーチャーは理解した。つまりはギャラハッドの願いとは。

「おめえは、永遠にこの地の聖杯戦争で勝ち続ける気か?」
「そうだ。聖杯が呼ぶ英霊達の中にあの方が呼ばれる可能性は高い。ならば私はその日まで待ち続ける」
「魔力は……大丈夫か。お前そのためならなんだってやるつもりだろ」
「ああ、魂喰いだろうが、何だろうが、やる。私が騎士(わたし)であるために!」
「そうかい……じゃあ、止めねえとな」
呆れたように手を挙げて「お手上げ」のポーズを取るアーチャーを、今度はギャラハッドが訝しむように口を開いた。
「お前が、いちいちこの地の民の犠牲を考慮する英霊とは思えないが」
「悪党ではあっても、悪の手先じゃないんでね、俺は俺のやりたいようにやる」
銃を向けたままアーチャーは答えた。
「士郎と飲んだ店の酒は美味かった。それだけさ」
「そうか、是非も無い」
盾が昼間を思わせる陽光を発する。光が収まった場所には、白騎士が立っていた。
「この騎士によってお前が手こずっている間に、私は貴様の首を取らせてもらう」
「まあ、こいつの火力だけじゃそうなるな」
アーチャーは自分の手の中にある拳銃を見て、少し苦笑した。
「だがよ」
跳躍。
瞬発力の限界を超えたのではというほどにアーチャーは跳んだ。


「……予定通りだな。爆弾で仕留められなかったのは痛いが」
ライダーの眼中には跳躍したアーチャーと、降りたところを狙うつもりでいるであろうギャラハッドと白騎士がいた。
「お前が銃を持てば、最強だ。だが、銃の威力と性能に限界が生じれば、そこがお前の限界になる。だから、私はお前に貸すだけだ」
精神を集中させる。
「受け取れ、悪漢王!!」


アーチャーがそれを手に持つと言うより、アーチャー自身がそれの付属品のように見える。
それほどに、アーチャーと飛行機が一瞬交差した夜空に出現したそれは圧巻だった。

「けけけけけ!!来たキタキタァ!!!GAU-8 Avengerガトリング砲だあ!!いっぺん撃ってみたかったんだよこれ、簡単に死んでくれるなよ騎士様ァ!!」

呵々大笑したアーチャーは空中で砲身を向ける。そして何らかの操作をしたようにギャラハッドには見えた。
銃声ではなく、砲声。弾丸ではなく30mmの砲弾が、白騎士とギャラハッドを喰らいにきた。

GAU-8 Avengerガトリング砲。
ゼネラル・エレクトリック社製のそれは、アメリカ軍の航空機搭載火砲の中で最強を誇り、主に対戦車攻撃に使用される。
搭載されている航空機は主にA-10だが、これはライダーが召喚することのできる航空機の一つだった。彼自身が開発に参加したこれは、一部の部品だけでも顕現させる事ができる。
機関砲だけを顕現させ、それをアーチャーが使うという作戦こそが、ギャラハッド迎撃の肝だった。

「どうした、セイバーよお!俺はここだぜぇ!!!」
毎分3900発、口径30mmの対装甲用焼夷徹甲弾と焼夷榴弾がまさに鉄の暴風雨として放たれ、剣の英霊に襲来する。もはや音は意味を成さなくなり、眼は光を識別するだけの器官になっていた。白騎士は既に消滅していた。
それでも、ギャラハッドが即死していないのは片手に持つ赤十字の白盾と、一瞬の遅れもなく振るう選定の剣によって弾雨を斬り落としているからだ。
それでも、鉄の暴風雨はあまりにも強大だ。手は感覚が無くなりかけている。
意識は弾雨を防ぐだけで精一杯であり、一瞬でも気を抜けば容易くギャラハッドは落命するだろう。

だが―――。

「退けぬ……」
端整な顔立ちは既に鬼の貌に変貌し、全身に刻まれた傷と共に凄みを見せている。
正に危機というとき、しかしギャラハッドは獰猛に歯を食いしばっていた。
「故国(ブリテン)の滅亡と、騎士達の絶望が私を捕まえて離さない」
剣戟が更に疾く、鋭くなった。
「この底無し沼のような闇から逃れ出るには、あの方に引き上げてもらうしかない」
盾を無理矢理に前へと出す。聖盾は猛攻の前に少しずつだが弱っているのが分かった。

「この程度で、私を殺せると思うな。アーチャーァァァァァァ―――!!!」

咆吼。盾は遂に轟音と共に砕け散った。いや、ギャラハッドが砕いたのだ。
壊れた幻想(ブロークン・ ファンタズム)。
それがもたらした爆発は砲弾の雨を一瞬、数時間にも感じられる一瞬を遅らせることに成功した。
ギャラハッドは跳躍した。
先ほどアーチャーが行ったよりも更に高く、早く、跳んだ。
「キング・アーサーァァァァァァアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」
一閃する剣戟に、機関砲を上に向けるには間に合わない。
しかしアーチャーは全く怯えていなかった。文字通り悪戯小僧(キッド)のように笑うと、いつの間にか銃弾を装填した愛銃―――サンダラーM1877を抜いた。
「根性あるじゃねえの!喧嘩はこうじゃねえとなあ!!」
銃声。
頭骨を砕く音が、響き渡った。


「ハアッ、ハアッ、ハア……」
肩で息をつくギャラハッドの片手は綺麗に無くなっていた。
壊れた幻想(ブロークン・ ファンタズム)の爆発は、片手を根刮ぎに削ぎ取ったのだ。
「けっけっけ、片腕貰ってやった。俺も消えるが、まあいいか」
軽薄な声は背後から聞こえてきた。
頭蓋を砕かれ、霊核を破壊されていながら、それでもアーチャーは笑っていた。
ふてぶてしくも、地面に大の字に転がって星を眺めている。
そんなもう間もなく消えるであろう弓兵を、ギャラハッドは一瞥し、剣を地面に突き刺した。アーチャーの笑い声が止まる。
「聞け。私は貴様が嫌いだ。その軽薄な態度も、我欲まみれの行いも、騎士道をまるで理解しようともしない態度も全てが気に障る」
だが、と言葉を区切った。
「貴様は間違いなく、本物の英雄だったよ」
その言葉に、アーチャーは無言を貫き、にやりと不敵に笑って消えた。
それだけを見ていたギャラハッドの上空を、Ju87が飛んでいく。爆撃する気は無いらしい。盾を失い、片手を失ったことを自分のマスターに報告しに行くのだろう。それは痛手だが、仕方が無い。
「立ち止まって、いられるか」
剣を地面から引き抜くと、ギャラハッドは歩き始めた。
東の空が白み始めている。今日の聖杯戦争は終わった。
夜明けをほんの少しだけ見ていると、ギャラハッドは再び歩き始めた。
全てはブリテンのために、アーサー王のために、何より騎士にしかなれない自分のために。


暁をJu87は飛び続ける。マスターの元に聖杯戦争の情報を届けなければならない。
ライダーはエンジンが焼け落ちても飛び続けるつもりでいた。
ふと、独り言が口から出た。
「ギャラハッドの片腕をもいだなんて、『座』で自慢ができるぞ。ウィリアム=H=ボニー」
夜明けがJu87の機体を照らしていく。
「いや、ビリー・ザ・キッド、お前は正に地上最強の英雄だったよ。ガンマンの時間は終わった。これからは正義の味方が征く時間だ」
何故か、あいつはあの少年を気に入っていた。笑って消えたのも、あの少年を信じたからだろう。おもむろに片手を上げて、敬礼をした。
「Sieg Heil(勝利万歳)!!」
朝日は既に燦々と輝いていた。


……太陽が見える。風が吹いている。
これは、あの新大陸の陽光と風だ。そこを竜巻のように駆け抜けた者だけが、これを感じることができる。そうだ。俺はここに帰ってきたのだ。
あのいまでも思い出す喧噪と熱気が溢れる国へ、自由の大地へ。
彼は昔と同じように、テンガロンハットを被り、コートを着て、銃をホルスターに収めた。これで恐い者無しだ。そして馬にまたがり、荒野を目指し、駆けた。


アメリカのある墓の前の石碑にはこう記されている。
真実と経歴。21人を殺した。少年悪漢王 彼は彼らしく生きて死んだ。
ウィリアム・H・ボニー 『ビリー・ザ・キッド』