ハチポチパロディシリーズ
             爻戦/最強と豺凶



 勝利の条件は?
 最後に立っていればいい。敗者を身を見下ろすのが勝者だ。
 ――勝者の形は気にしなくていい。



 一人の騎士が息を呑んだ。固く、鉛のように重い唾を必死の思いで飲み下した。
 ――――あり得ない。
 思うは感想。
 ――――あり得ない。
 抱くは現実の逃避。
「――――あり得ぬだろう。コレはッ!! 汝はッ!!!」
 北欧最強の騎士、ジークフリード・フォン・ニーデルラントは、爆発するような感情を吐き出した。
 険しい眼差しの先には――――赤。死の色。

 赤。
 紅。
 朱。
 血(ロッターブルート)。

 ――死人だった。ジークフリードの常識では彼の者は死人だった。
 煌めく装甲と象嵌宝石の兜から溢れる輝くような黄金。長髪。落ちるハディングの如き髪は赤に染まり、重く垂れ下がっている。
 皹と割れ目が走り、崩れて壊れきった竜血の鎧。嘗ての輝きはくすんで消え、血泥と桃色と赤黒色の内臓が零れ、蜘蛛の巣状の亀裂が走り回り壊れた背骨と肋骨がどす黒い胴に白い彩(いろ)を散らしている。
 朱に染まった左顔面。美貌。美女と美男の境界を超越した尊貌。荘重にして玲瓏な美貌は崩壊し、地獄の悪鬼も恐れ戦く冥府の女王じみた狂相になっている。

 巨人の手で捻られて千切って繋げて遊んだ死人(ざんがい)にしか思えないそれは、動く。
石臼を転がすような音。石くれと麦と生肉を擂り潰すような音だった。
耳に障る、と感じた。幾度も幾度も脳を犯すような異音を掻き鳴らし、人間の残骸の形をした勇士が立ち上がる。
複雑な脈のような刻印が浮かんだ刀身を確と向けた。
 ――――激情!!
 肌に水膨れができそうな感情が甲鉄の皮膚の騎士を打ち付けた。



 話をしよう。
 ヴォルムスの薔薇園御前試合、十二回戦目、最終戦。
 ベルン代表対ニーデルラント代表。
 その途中経過。試合の推移を……。



 ――そも、ジークフリードに彼は敵うはずはなかった。

 幾ら、ジークフリードと同様に竜血による呪いの硬皮を纏った巨人と戦い、硬皮を無効化して傷を負わせた経験があったとしても。
 俊足のジークフリードには、鈍(のろ)い息など中り様がない。息を吐いている間に、前後左右同時攻撃で血の海に沈められるだけだ。
 北欧最速には如何なる攻撃も届かない。

 幾ら、狡知に優れる小人王ラウリンの姦計を暴き、懲らしめた経験を持とうとも。
 英傑のジークフリードの頭脳には、鳥獣の言葉を言語知識として知り翻訳し理解する。並ぶもの無き智将の側面を持つ騎士の前には、非才の戦略など付け焼刃にもならぬ。
 事実ジークフリードの戦闘技術を彼は読み切れていなかった。
 北欧最智には如何なる策も筒抜けだ。

 幾ら、総身に最高の鍛冶師アルベリッヒの作品(かっちゅう)を装備した巨人騎士エッケを一騎打ちで倒していたとしても。
 馬より速い健脚のエッケの鎧の隙間を刺し貫く事が出来ようとも、彼の俊足はそれ以上でそれを許しはしないし、そもエッケの鎧甲よりもファフニールの毒血呪皮は、堅い。
 北欧最硬には如何なる刃も貫けない。

 彼は北欧最大。
 彼は北欧最強。
 彼の目の前には敵の屍だけが映る。
 それが、〇.〇〇〇〇一秒後の確かな現実だ。
 だが、ヴォルムスの薔薇園の決闘、第十二回戦目。
 試合開始よりすでに三時間(・・・)、
 ベルン側の勇士は、今も生きていた。

 最初は騎馬戦。
 スレイプニルを祖とする騎馬の猛烈な速度による相対速度は、無銘の槍で竜血加工の盾とニーベルング製の盾を貫くには十分であった。
 そして互いに馬から降りて剣戟戦。
 流石に一瞬で地に沈まなかったが、〈バルムンク〉の爆速剣に鎧は罅入り、傷が次々と刻まれた。
 ――しかし、耐えた。
 音など欠伸をする間に過ぎ去らないものとして認識しているジークフリードの剣に、耐えた。
 受け、払い、弾く。
 受ける度に血は吹き出る。
超速による運動量の増加は、数十人の巨人の攻撃を受け止めるが如き負荷を肉体に刻む。
 払う度に筋骨は軋む。
 軋みは歪みに変わり。歪みは崩壊へと繋がり、崩壊は負傷へと変遷する。
 弾く度に生命は湯尽くされる。
 一撃弾く度に一分の寿命を、二撃には十分の寿命を、十撃目には一年を。寿命を湯水のように使い、今の活力に変える。
 生命そのものを燃やし尽くし、
 存在そのものを費やして、
 戦う――

 そして、――――止められた。
 噛み合う切先。
 口付け交わすように先端と先端が噛み合って、止まっていた。
 生涯で初めての経験にジークフリードは怜悧な美貌を驚愕に染めた。
 硬直、一瞬という永遠にも等しい停止を超速の英雄は陥っていた。
「あ、」
 声。鬨の声。
「ああああああああああああっ!!」
 渾身の力を込めて斜めに切り払い、連動して肩口を狙う。
 玲瓏な美貌を歪めた勇士は、肩口に剛剣を見舞った。無意味だった。
 ラウリンの宝具〈獅力の金帯〉で倍加した筋力でも、ジークフリードの呪皮は切り裂けなかった。
 代わりに精神(プライド)が傷ついた。
 封印していた〈獅力の霧衣(ネーベル・カッペ)〉を解放。
 完全不可視の倍の攻撃力の猛撃が、数倍の加速力の爆撃が、勇士を全方位から襲った。



 ――――無色の暴嵐だった。
 倍加した筋力は易々と勇士の長駆を払い飛ばし、激突した戦塔を瓦礫に変えた。
 不可視の大剣と長駆は、間合いも予備動作(おこり)も知覚させない。
 しかも――――
「おおおおおおぉおおおおおおーー!!!」
 音より速く移動するため位置を誤認させる獅子吼。それが四方向。必ず速度で上回る超能(スキル)と〈古の流儀〉という特殊体質が会得した魔力放出の竜能(スキル)によって超速を上回る神速を生み出した。
 前後左右の同時攻撃。
 実際、刹那――否、雲耀程度の差があるが、認識できない以上それは同時。
 四方向の刺突、唐竹、逆風、横薙は寒天のようにアルベリッヒの鎧甲を切り崩して、骨肉を切り裂いた。
 間髪いれずに、散った塵や芥を足場にしての空中跳躍による全方向大乱舞。
 其は、千斬万断。
 其は、滅刃滅走。

 斬撃の軌跡に斬撃の軌道が重なり、
 刺突の直線に刺突の死線が奔り、
 時折投げられる大矢は知覚をより一層不可能にする。
 自分の剣に自分の剣がぶつかり合いそうになるという奇矯な現象が起こりそうになる。
 知覚はしない。
 ただ確信。
 炸裂するような砂埃と瓦礫の嵐の中には万に断たれた勇士の死骸があると。

 ――土煙を上げてジ―クフリードは戦闘地点から三〇メートル離れた地点に着地する。
 着地音は遅れて生じ、周囲の塵芥と建築物の残骸がぶっ飛ぶ。埃のように石も岩も木片も吹き飛んでいく。
それはジークフリードの速度が人知を超え、魔境の領域に至っていたのかを証明していた。
 莫大な熱を帯びた粉塵が舞う。舞の形は竜巻。一寸先も見えない塵の闇。
 闇の中に、
 銀の星が。

「―――――――――なっ」

 不可視の顔を正確に狙った刺突。ジークフリードの大矢だ。それが投げ放たれていた。
 頬を擦過する鏃。無傷だが、注意が矢に注がれた。

「―――――――――がァああああああああッッ!!!」

 くぐもった獅子吼。血反吐と共に内臓を吐き出した喉が出すような恐ろしい声。
 不可視のジークフリードに一直線に向かう紅影。
 深紅の腕が長剣を操り、精密に切っ先を払い、喉へ向かう。
 硬質の接触音。
 喉仏は切り裂けない。だが、伸びる腕が外套の頭巾の裾を掴み、
 猛禽の爪よりも禍々しく蠢く手指が瞼を、睫を撫上げ、無防備な眼球の虹彩に風が触れ――
「ッ!?」
 払いのける。紅に染まった左腕を殴って弾き、宝具を守る。長い柄が顎に迫る。バルムンクは大剣。故に間合いは槍に近く、近接戦は得手としていない。しかし魔力を込めた塚は顎を砕いて、脳を体外に押し出して余りある。
「――」
 炎気が籠った呼気が吐かれた。柄に籠った魔力を分解し、打撃を面頬で受け止めた。
 返礼の柄打撃。肩を打つ。巨人の長剣を小人の短剣程に縮小させる。
(………………!)
 耳。蛇の捕食のように正確に、殺人鬼のように残酷に、耳かきのように細い短剣の刃が耳の穴に注がれる。
 全力で腕を掴み取りそれ以上の進入を拒む。切っ先が鼓膜に触れ冷たい汗が甲皮の上を伝う。
 血染めの右腕を握り折り、蛇のごとく進入していた短剣を取り除く。その間に弓手は蛇のようにジ―クフリードの馬手に絡みついている。
「らぁああああーー!!」
 投げる。
 投げ飛ばす。
 キレた感情と配線の壊れた筋力で持って投げ飛ばす。
 宙を舞うジークフリード。初めての浮遊感に不可視の顔に名状しがたい笑みが浮かんだ。

「ッッッ……!」
 姿勢を整え、着地する。反射で大矢を投擲。回避される。
「………………」
 屋根の構え。神速の連続刺突を斜め左右から放つ。
不可視故不可知。
それ故不可避。
 それを――――荘厳なまでに精妙な籠手撃ちで初撃を止め、続く連撃を止めていた。

 ――風が舞う。
 戦場を渡る清涼とした一陣の疾風だ。
 意味がない。
 風が語りかける。
 〈獅力の霧衣〉は意味がない。
 〈獅力の霧衣〉は権能を失う。
 目を左に向ける。
 紅。そして鈍色。
 へし折れた左足が伸びている。斜め横に伸びるのは刃。城内の剣を脛に突き刺し、隠し剣として使い外套の頭巾を切り裂いていた。
 左手は籠手撃ちの型で留まっている。拮抗した力が刀身同士で撓む。

「くはは」
 破られた。敗れた。
「あはは」
 破った。敗った。

 彼(・)にとって透明化した敵と戦うのは二度目だった。
 経験則による資格妨害の耐性。
 そして逆転の可能性が絶無ではないなら確実に命を繋ぐ、鍛えられすぎた戦闘論理。
 不可視は、彼にとって無意味になった。

 爆発する魔力。
 紅影は弾き飛ばされ、石畳を転がり、瓦礫の雨が降り注ぐ。
 石臼が肉と石を擂り潰すような音を立てながら、鋼が折れるような音を立てながら、瓦礫を吹き飛ばし立ち上がる。
 堂々と――
 紅を包み込む嚇怒の蒸気を吹き上げながら――


「――――あり得ぬだろう。コレはッ!! 汝はッ!!!」

 不死身の騎士は、澱の如く溜まっていた心情をようやっと吐き出した。

「どうした……」
 亡者よりも虚ろな声。煉獄よりも熱い感情が含む声音。
「それがいったいどうした……」
 死体よりも生気のない声。神の如き荘厳な声音。
「あり得ない……? それがどうした……?
 起こり得ない……? 起こり得ない事こそ起こり得ない」
 確信の声。
 体験を語る賢老の如き声。
 無知なる者を諌める声。
「そんな事も知らない。
 そんな理不尽(じょうしき)も知らない。
 ならば、貴殿は戦った事(・・・・・・・)などないッ!!」
 そして、氷の如き嚇怒を孕んだ怪物の禍つ声だった。

 構える。切っ先を後方に突く、八双にも似た構え。

 “ディートリッヒ・フォン・ベルン”はそう言って深紅の笑顔を浮かべた。死にかけの狼の笑みだった。
 鎧はない。辛うじて肩甲の外套が張り付いている。
 冑はある。対斬撃の概念武装(エッケンヒルデグリム)は辛うじて機能を保っている。
 盾は最初に失った。
 脇腹がない。左脇腹に穴が空き、機能を失った内蔵がぶら下がっていた。
 損傷は左半身が深刻である。
 左肋骨は崩壊。左腕は指が漏れなく捩子折れ、下腕は筋肉が疎らについている。
 左足はとうに膝が砕けている。足指も消失していた。
 左顔面は深紅に染まり、眼球はほとんど機能を止めていた。
 そして骨折脱臼創傷打撲数え切れず――――
 常人ならば一〇〇〇度。
 英雄でも一〇度は死んでいる負傷だった。
 しかし生きていた。
 死んでいる筈なのに死なない不死性を晒して、ディートリッヒ・フォン・ベルンは宣告する。
 宣言する。
「貴様は――――強いだけだ。
 強いだけで、こうして弱者が立ち上がっただけで腰を砕く。
 貴様は強いだけの――――痩せさらばえた犬だ」

 ――――――――――――ゴリッッッ!!

 何かが訪れ、
 何かが起こった。
 訪れたのはジークフリードの魂。
 起こったのは尊厳の崩壊。

「…………そうか、であるならばやせさらばえた犬(きょうしゃ)に殺される汝はなんぞ?」
「決まっておろうぞ。感情のままに怒り怯え震え立ち向かう、貴き狼(じゃくしゃ)である」

 狼。
 ウォルフディートリッヒ。
 その裔。
 思い出語を不死身の騎士は思い出す。
 敵は憧れの勇士の孫。

「狼め」
 ジークフリードの中で何かが変わった。
 勝利を女王に捧げる高潔な騎士の仮面を脱ぎ棄てて、只管に力をぶつける狂った戦士の皮を被る。
 北欧の狂戦士。全てを殲滅に湯尽し戦う、力という強者の法則を扱う戦人。
(なるぞ。成ろうぞ!)
 全身全霊――否、生ぬるい。
 全力も、
 全開も、
 まるで足りていない。
 全存在を――
 人生という道程で拾い上げて積み上げてきたもの全てを切り崩して、無色透明の某に成り果てて漸くこの憤怒と歓喜に釣り合う。

「起きよ」

 大剣の柄に座す青の宝玉が、朧に輝いた。
 曙光の如き輝きが、薔薇園の片隅で生まれた。

「犬め」
 ディートリッヒの中では何も変わらなかった。
 何もない。ディートリッヒには今使っているのですべてだ。
 不死と不眠を与えるバルドゥングの魔石はとうに飲み下し、安息と引き換えに死から遠ざかった。
 青の輝きを放つバルムンクのように、真の力の解放などできない。
(出来た試しなし。否、それ以前に分らぬ)
 力は分る。
 エッケが語ったように、アルベリッヒが未完成品を土に埋め、九つの国を巡りTREYAという河の水で完成させた剣だ。
 土と水を与えたからか、地に突きたてれば地脈も水もお構いなしに吸い込む吸収の剣。その吸引の膂力を柄越しに感じ、目は光り輝く流れを見る。
 ……それだけである。
(意味なしだ)
 担い手に魔力が還元されるなど都合のいい機能(はなし)など無かった。巨人が扱える大きさ(だいけん)と小人が扱える大きさ(しょうけん)に変える能力しか使いようがない。
(十分だ)
 それで十分。
 ディートリッヒは構える。最強の魔剣バルムンクを受け止める為に――



 話をしよう。
 最強に挑む若き勇士の話を。
 人間であるままの、人間らしい彼の話を。
 次代北欧最強の話を――



「――――――馬鹿。――退避するわよ」
「姫殿下一体如何なされたのです」
 美しい瞳を気丈に光らせ、全力で地下への階段を駆け下る。
「バルムンクが解放されるわ」

 その場にいる兵士全員の顔が蒼白となった。



「ベルン国の方々に申し上げます。即刻この場より退避し、防空壕へ避難なさってください」
「は?」
 間の抜けた声を出したのはハイメだ。四つ肘と称される極端に太い豪腕で扉のような盾(支給品)で、同胞を激戦の余波から守っていた勇士は首を傾げた。
「ジークフリード様が、霧と氷と死の国の宝剣〈バルムンク〉を開放なさろうとしております!!」
 固唾を飲むのは後ろでこっそりと隠れていたヒルデブランドだった。
 大剣の柄を握りこみ不安と驚きを混合させるのはディートライプだ。
 ヴィデケは、記憶の中の父の言葉を探り、総毛だった。



「胎動せよ」
 バルムンクを中心に清冽な魔力が胎動する。青く、白く、昏く――凛冽な光が迸る。
 太陽剣グラムを前身とするバルムンク。その起源は霧と氷の死の国(ニブルヘイム)。ならばその権能は――

「ぐぅ」
 震える。冷える。
 炎熱の白煙を傷口から漏らすディートリッヒは寒さに震えた。今のディートリッヒの体温は五百を超える。それが寒気に塗り潰される。
 極寒を超える極寒。時すら停まる死の冷気。それが冥界の光(せつり)だ。

 滅す。
 あの光(つるぎ)を受けて耐え抜ける生物などいない。神すら滅ぶ死(ノル)の息吹。
 回避は不可能。神速のジークフリードからは逃れられない。
 殺害は不可能。不死のジークフリードは殺すことはできない。
 降参は不可能。激情のディートリッヒの嚇怒が許さない。

 ならば――
「――これしかない!」
 構える。死を受け止める為に。
「良いも悪いもない。ジークフリードに不破の強度があり、無敵の魔剣があるのならば双方を纏めて受け止めるに如かず」
 受け止め、ジークフリードの強さよりもディートリッヒの弱さが上だと証明させる。
 そんな思い。
 一歩も引くことなく、ディートリッヒは愚かしくも堂々と構えていた。
 その様は、ジークフリードには心底美しく見えた。
 例え、突けば崩れる死に体であったとしても。
 例え、受け止めたところで反撃手など微塵もなくとも。
 例え、自身の怒りは的外れの茶番だとしても、

「来い!」
 愚かな弱者。激情が更なるボルテージを上げ、焔が傷口から上がる。
「満ちよ」
 畢竟の強者。冷気が更なる逆カルノーを下げ、光が刀身から昇る。

 臨海に達する魔力波動。
 ジークフリードは万感の敬意を込めて愚行を賞賛した。
 心底尊敬して。
 心底敵として。

 言葉を放った――――

「幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!!!」



 墜ちる死。
 その光景を最後の後継としないために、左手を動かす。
 ディートリッヒは万感の嚇怒を込めて新たな愚行を行った。
 心底激怒して。
 心底敵として。
 臨界に震える心臓(炉)を抉り、地へ向けて叩き潰す。
 故に―― 

 炉心は崩壊した。
 レイブニルの炎はディートリッヒと外界を犯した。



 それは有り得えない光景だった。
 そうして有り得ざる情景だった。
 論理と法則と常識がまとめて崩壊した事象だ。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーー!!!!」

 耐えている。
 支えている。
 死の国そのものをぶつける対城宝具の一撃を盾に構えた刀身で受け止めていた。

 ――なぁ!?
 驚愕に見開かれる。
 一体如何なる道理だろうか。死の国の光となった斬撃を受け止めるとは。
 蒼い、死を孕んだ月の織り成す月光にも似た蒼い霊光が巨大な刀身から生まれ、世界を絶対零度で抱擁する魔なる光。
 地獄の灯。
 北欧の冥府の氷霧の死界(ニブルヘイム)の陽光。
 天魔(ルシフェル)が墜ちし氷結地獄(コキュートス)の悪なる冷光。
 それを纏った刀身。
 それを受け止められていた。
 額まで一インチの距離で光を押し留めていた。

「げああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーー!!!!」

 化け物のような叫びを高らかに上げ、胸に穴を開け火達磨の異形となって、絶対の死を支え続ける。


 天魔失墜(バルムンク)は太陽剣グラムより火力が弱い。
 グラムは山を切り崩し、全土を灰に変えるが、バルムンクは山をそのままに残すだけだ。ドップラー効果を宿す光によって多少形を変えるだけだ。
 しかし剣呑だ。残酷だ。
 死を与える。
 時すら止める絶対零度の地獄を作り出し、対生物においてはグラムすら耐え抜く幻想種を屠れる死の斬(剣)。
 死の概念を刻む光。
 耐えうる生物は皆無。
 そしてグラムと同様に、絶対零度という冷気は――



 蒼い波濤がベルン一行を襲う。周囲の兵士と侍女を守る為に動き出したのは、
「うぉおおおおおおおおおお!!!」
 ハイメだった。豪快な獅子吼を上げ、ナーゲリングを巨大化させる。
 ナーゲリングは巨人の剣。ヒルデとグリムが持ちし、悪名高きドヴェルグ“アルベリッヒ”が鍛造せし、神造兵装。
 その効果は、
「鋭断する切斬の輝剣(ナーゲリング)!」
 只管に“斬る”という、剣として最高の性能を持つ宝具。
 固体化した空気を切り裂き、強酸である液体酸素を斬って散らす。

「甘いぞ、ハイメ!」
 ヴィデケは高々と跳躍し、父より送られた魔剣。神造兵装に匹敵する人造兵装を抜き放つ。
「武生なる島跳(ミームング)!!」
 名工ヴェルンドが鍛造せし甲冑と合わさり、騎士道ガジェットの秘められた権能を発現する。
 それは五つの斬撃。
 騎士道に沿う行動、武技を五倍にする、判定しだいで各種確率をも五倍にする脅威なる人造剣。
 五つに分解される。
 しかし相手は液体。そして極低温の大気。幾らでも補給されるそれは斬ってどうにかなる相手ではない。

「勲功の刻印(ウルフィンゲ)!!」
 ヒルデブランド雄雄しい叫び。
 勝勲を刻んだ盾は、勝利相手の同属性に対して抜群の防御効果を発揮。冷気と液体大気の暴力を押し留める。
「主よ、この一拳を捧げよう。
 主よ、この武拳を持って崇めよう。
 ――神力充填。天地盤壊極絶聖拳突き!!」
 逆三角形の裸体を揺らし、僧兵イルサンが進み出で、空の突きを放つ。
 僧侶としての修行で鍛えぬいた巨人を反吐の海に沈める拳は烈風を生み出し、波濤を逆方向へ押し返す。

 四人の武威が波濤を押し返す。一時的。対城宝具の余波は、余波が激しすぎるバルムンクにとっては四人の武威は相性が悪い。
「くっそぉ!」
 悪態を吐くハイメ。
 そこへ、
「アタシの出番ですかねぇ」
 飄々と長身の陰が現れる。台所を寝床にする灰かぶりの公爵嫡男。
 すらりと大剣を抜き放つ。

「この魔剣は流れ着きし太陽。もう一口(ふり)の偉大なる伝説の一欠片」

 真名は、

「漂流する破滅の剣(ウェルスンク)!!」
 刀身から生まれた莫大な熱気が冷気を雲散霧消させた。

 最初からやれよッ! という突っ込みが拳とともにディートライプに叩き込まれた。

 参加しなかったヒルデブランドは、感じた。
 口を開く――
 何ということだろう。
 何という勇士だろう。
 ジークフリードは感嘆する。
轍が刻まれ、ディートリッヒの足は燃えて削れ、ぶら下がった心臓は焔を吐き出す。
地獄のような光景。
最高の戦場光景。
不死の騎士は、歓喜を得る。
 歓喜とともに、限界を超えた。

 ――壊れる。
 不死身の肉体の奥の奥。予備貯蓄蔵(まりょくタンク)としてある魔力塊。
 それは特殊体質で得た勲章。竜と七百人分の亜人と数百の騎士の魔力の海。
 それを使う。
 一息に、使う。
 使用法は魔力放出。
 蛇口の容量を大きく超えたそれは、ジークフリードの魂を鑢掛けするように傷つけ、切っ先から放出された。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああーーッ!!!」
 天へ伸び上がる魔力流。超力の鉄槌となって剣を押し込む。

「ガあああああああああああああああああああああああああああああああああーーッ!!!」
 耐える。
 耐える。
 耐え抜いてやる!!

 己は壊れた身体を駆る愚かな勇士。
 己は敗北だらけの情けない騎士。
 己は不撓しか取り得の無い暗君。

 だから、愚かにも耐えるという選択をして、敗北者らしく更に傷だらけになって、不撓(あきらめず)、炎の顎でその喉を噛み千切ってやる!!!

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「ガああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 唱和する獅子吼。
 そして戦いの頽勢は、女神の天秤は――



 ディートリッヒの左半身に“死”が通った。
 エッケザックスは左腕を砕いて地に落とされ、刃を否定する兜は貫かれ、串刺し肉の心臓に冷たい刃が走りぬけ――
 ベルンの王は双つ(・・)になった。

「終わった」



 北欧玉座(フリブスギャルブ)でオーディンは問うた。
「グロアよ。
 不羈なるもの。自由を求めるものはなにもなりや?」

 巫女グロアは答えた。
「不羈なるものはただ今拘束されしもの。
 自由を求めるものは、希望を、渇望を吐き出すものに御座います」

 オーディンは問いを重ねる。
「グロアよ。偉大なる薬師よ。
 自由をもたらす薬は何から作られる?」
 薬師グロアは答えた。
「自由をもたらす薬は、渇望を怒りとともに吐き出すものの体液から作られるものに御座います」

 オーディンの最後の問い。
「グロアよ。
 ――一体どうなる? 不羈の炎を吐き出す者は一体どうなる?」

 グロアの最後の解答。
「真なる不羈なるものへの変生を」

 オーディンは口を開いた。


 ヒルデブランドは口を開いた。



       “――――戦いは――――これからだ――――”



 まず、ぶら下がった心臓がひとつ。
 潰れた果実のようなそれがひとつ。
 絶対零度で凍結した筈のそれは膨れ上がった。
「なっ?」
 残心も忘れてその異常を見つめる。

“黄昏の時、荒廃の日、九天と九壌は異変に覆われ。
 巫女と雄鶏の告げるが如くに滅び消え去る”

 グロアは歌う。神の国(アースガルズ)で歌う。終末の歌を。

 煮立つ。心臓の肉が煮立ち、細胞が沸騰する。赤黒い炎を上げながら体積を膨張させ、死の国の冷気を掻き消す熱気を放射する。

“金色の雄鶏。回線の鶏鳴。響き渡りて時を告げ、
 極熱と窮冷の軍勢は聖地へ向かう”

 数百倍に膨れ上がった赤い塊。動脈を伝い右半身に食らいこみ断面へ繋がる。死に絶えた、凍りついた右目がグルリと回った。

“戦乱の響きの中、使者と神々の踊りの中、ここに解放の歓喜が墜ちゆかん――”

 それは拘束されし獣の歌。
 それは不羈を遂げた絶唱。

“其は希望を滴らせた顎(あぎと)、天地へ届く不羈を遂げた獣の牙鳴り”
 立ち上がる。立ち上がる。
一本の足と沸騰する肉の前足(・・)で。
炎の後ろ足で。
肉塊の体の端で。

“さらばヴァルハラ。さらば母なる大樹。
 万象一切、獣の憤怒の息吹で灰塵となって砕けるべし”

 現れる。終末の獣が。世界を燃やしつくし、九界と大樹の繋がりを分断する崩壊の獣が。

「あ、あああああああああーー……!!??」
 ジークフリードの理解不能の叫び。

“彼の獣、大神を食らう終末の悪狼。暗黒の虚空で彼の獣は謳う――”

 縦に備わった狼の瞳孔が開く。肉と炎と煙の瞼を抉じ開けて、生誕した世界を見つめる。沸騰する肉の上顎。上顎の上に、炎の下顎。パーツをめちゃくちゃに配分して作られた狼の顎。鼻っ面の先から前足が伸び、右半身の断面からは触手のような狼の前足が生えてきてもいる。
 異形は炎のように無形であるが故に、狼の頭に見える場合もあれば、乱雑に再生したプラナリアの如き発狂する異形怪物へと変成する。

“自由の唄を――――――”

 ディートリッヒは謳う。
 狼は謳う。
 告げる。
 知らぬ筈の真名を。
 飢えと渇えに悩まされた際の契約(秘薬)の魔名を。


     「羈豺焔成(レグナレクロガル)・自由歌う終末の獣(フローズヴィトニル)――――――――――――――――――――!!!!!」



 今ここに、本当の戦いが始まった。



「そうか、そうなのだな」
 確信する。ジ―クフリードは真実を得た。
「私とお前の戦いとは徹底的な削りあい。
 存在そのものをぶつけ合って最後に一欠片を残した者が勝つのだな」
 幻想大剣を構える。今この場にいるだけで竜の呪皮が削れ、砂の城のように崩壊していくのがわかる。
「戦おう。
 存在そのものをぶつけ合う交合(いくさ)を。
 原始の闘争よりも単純に、
 終末の戦争よりも荘厳に、
 ジークフリードとディートリッヒが尽き果てるまで……」

「「ジィィィイイイイイイイイイイイイイクフリィイイイイイイイイイイイイイイイイドォオオオオ!!!」」

「ディィイイイイイイイイイイイイイイイトリィイイイイヒィイイイイイ!!!」

 灼熱世界となった薔薇園。猛烈な上昇気流の中、
 ジ―クフリードは最後の最高の戦場へ突撃した。



 END



 ハチポチパロディシリーズの作者です。時間がなくあとがきとキャラ解説が後になってしまいまして申し訳ございません。
 今見るとあちこち誤字脱字、修正のし忘れが目立ちますなぁ……。参考というより混ぜたのは装甲悪鬼村正、Dies iraeなどです。

キャラ紹介
 ディートリッヒ・フォン・ベルン
 人物設定:オーディンも頭を抱え、オルフェウスも宥めるのを諦める激情家の沙条綾香。
 戦闘力:剣を主体とする白浜兼一レベル
 能力:短命が多い北欧戦士の中でかなり長期間生きていたためセイバー・ライダー・バーサーカーに該当する多芸さをみせる。
 どれだけ怒り狂っても戦闘技術が劣化しない戦闘精神を持っており普通にセイバーで召喚した方がバランスがいい。ライダーで召喚してワイルドハントの召喚は応用性が劇的に広がる。
 またバーサーカーで召喚された場合が最強だが、沙耶(本来の姿)レベルのSAN値直撃グロ肉状態である点と令呪が無意味になる点を除けば召喚してみるのもいいかもしれない。
 羈豺焔成(レグナレクロガル)・自由歌う終末の獣(フローズヴィトニル)……はい、はっきり言って最終正義顕現ですね、ええ。ジークフリードに頭を勝ち割られても戦闘を続行し、あまつさえ全身から火を噴いたという説話があったのでこんな風になりました。

 ジークフリード
 人物設定:油断はないが、最強すぎる事に飽いていた高潔な騎士。
 戦闘力:透明化したエレンディラ・ザ・クリムゾンネイル
 能力:必ず相手を上回る速度を出すスキル。倒した相手の能力、スペック、エネルギーを触れるだけで手に入れるスキル(古の流儀)。透明化マント(+筋力倍加)、ニーベルンゲンの指輪、
 凍結停止の死の魔剣、Aランク以下無効化の皮膚(倒した相手の強度も塗布されている)
 はっきり言って厨スペックのチート。ディートリッヒだから、他の不羈の炎を吐くグロアの息子でもなくディードリッヒだけが倒せたのである。

 ハイメ。
 ドイツのガウェイン、ベルンのローランとオリヴィエ。そんなポジション。スペックは前の3人に筋力(腕力)以外及ぶべくもないが、馬の扱いと腕力とレンジャースキルは随一。
 蛮勇、地形適応、破壊工作、動物会話など持っていると思う。ナーゲリングは剣としてはエッケザックスより上であり、高い腕力を持つハイメととても相性がよい。

 ヴィテゲ
 ドイツのランスロット。そんなポジション。スペックは前の二人と同等レベル。ヴェルンドの息子だけあって高い道具作成スキルを持つがあまり使いたがらない。
 普通に強く、ジークフリードに勝ったディートリッヒと互角レベルである。父からの鎧も宝具級の強度を秘めている。
 特筆すべきはアーサー王と同じく、妖精郷で暮らす逸話を持つ点である。しかしディートリッヒは秘匿されたその郷を突き止め、あまつさえ片目を抉り出して人相を変えて進入し再会を果たしている。

 ヒルデブランドとイルサン
 ドイツのマーリンポジションと好色となったテュルパンポジ。兄弟である。
 多芸で専科百般もちの兄と巨人を反吐の海に沈める拳と数十人の僧侶の祈りを無効化する弟。
 対極的な二人で、兄は汎用的に強く、弟は特定分野で強い。特定分野での強さは他の(特にハイメに)いえることだが、ディートリッヒの配下は一点豪華主義の嫌いがある。

 ディートライプ
 料理洗濯掃除妹が好きな公爵嫡男。賑やか師。侍女と一緒に仕事ばかりしていたためオネエ言葉。だが、かなりの美形で巨漢である。
 佯狂、話術、学習(見切りに似たスキル)を持っていると思われる。また、配下中随一の健脚と幸運持ち。
 カルリングガールと同種の宝具と灼熱の魔剣を持つ。ウェルスンクとは、ヴォルスング・サガの一族の名である。つまりは……

 おまけ
 まったく目だってなかったエッケザックスですが、アルベリッヒの語りが真実であり、シズレクのサガで判明した作成秘話とエッケとサックス(ザクス・サッフス・サスなど)の意味、
 そしてその後のエッケザックスの派生を取り入れる限り、この剣は剣(・)ではないかもしれません。私的な意見ですが。
 以上。ご愛読ありがとうございました。