ACT.3


冬木市のとある安ホテルの一室では、アイリスフィールにサーヴァントを預け、一足先に単身日本に乗り込んだ切嗣と久宇舞弥が昨晩の遠坂邸襲撃の映像を見ていた。

「この展開、どう見る?」

「アサシンが遠坂のサーヴァントに敗れたと見るのが妥当かと。ただ、いくつか腑に落ちない点があります」

昨晩の遠坂邸の映像を見終えた切嗣の問いに、舞弥が答える。
彼女の分析は切嗣と同等の域に達していたが、その彼女でも言いよどむ違和感がこの映像にはあった。

「そうだな。一見順当に思える展開だが、不可解な点が多すぎる」

切嗣もまた舞弥と同じ考えだった。

「まず倒された侵入者だが、外見の特徴や能力的にはアサシンのサーヴァントと見ていいが、マスターである僕が見てもこいつのステータスを読み取れないのが気懸りだ。
ステータスを隠匿する能力があるのかもしれないが、あるいはサーヴァントではないのかもしれない」

「侵入の仕方も派手すぎますね。霊体化やアサシンのクラススキルで突破できそうなものまで、最初からあえて結界を破壊しているとさえ思えます」

「まるで注目を浴びることが目的であるかのような振る舞いだ。忍ぶ必要が無かったのか、それとも忍べなかったのか……どちらにしても、現状で結論は出ないな。
それよりも問題は、コイツを遠坂に嗾けた下手人の目的だ。本物であろうとなかろうと、その行動には意味があるはずだ」

「本物ならば遠坂、あるいはサーヴァントの暗殺、偽物ならばアサシンの敗退を周囲に誤認させるのが目的でしょうか?」

「本物なら遠坂を討ち取れればそれでよし、偽物なら動きあぐねていたマスターを外に引き出しその背後を襲う、といったところか……」

いちおう理に適った行動ではある。
だが、切嗣はこのどちらともとれる状況に胡散臭さを感じていた。

「このアサシンが本物なら、舞弥の言うようにもっとアサシンらしい襲撃の仕方があったはずだ。最初からこうも派手に堂々と侵入すれば、相手にそれだけ迎撃の準備時間を与えることになる。
逆に偽物で他のマスターを騙すことが目的だとすれば、この作戦自体があまりに杜撰すぎる。
舞弥、マスターか教会の方に動きはあったか?」

「いいえ、この戦闘後に教会に退避したマスターはいませんでした。監督役からの告知も無く、冬木教会に避難したのではなさそうです」

サーヴァントを失っても令呪を宿す限り、マスターは命を狙われる。
そのため中立地帯で不可侵が決まっている、教会の監督役に保護を申し出れば、身の安全は保障されるのが聖杯戦争のルールだ。

「では保護を申し入れる前に別の誰かに殺されたか、冬木から逃げ去ったか、あるいは保護を申し入れる必要がない、ということか」

「敵の消滅は確かのようですが、やはり偽物の可能性が高いですね」

「消滅の偽装や死んでも復活が可能な宝具を持っている可能性もある。とにかく裏が取れないうちは疑ってかかるべきだ。
遠坂の方に動きはあったか?」

「いえ、日中は破壊された結界の修復に外に出ていましたが、それ以降はまた屋敷に籠り姿を見せていません。
サーヴァントの方も昨夜以降姿を見せていません」

「遠坂時臣の性格からして、昨夜の襲撃が自作自演とも考えにくい。もしそうだとしてもあまりにおざなりだ。敵の侵入が予期せぬものだったからこそ、結界を半ば突破されてからサーヴァントを投入したんだろう。時間的にも合っている」

「序盤からサーヴァントの姿を晒すことにはなりましたが、これは晒して正解だったかもしれませんね」

「まったくだ。魔力も何もない現代の服を着たサーヴァントに攻撃が通らないなんて、誰もがその奇異な能力を警戒する。遠坂は当面の間、自宅で悠々と敵の数が減るのを待つつもりだろう。
舞弥、監視はこのまま続けてくれ。それと、冬木教会に使い魔を放て。ただし監督役にばれないよう距離を取り、教会に出入りする人間が分かるだけでいい。もし保護を申し出たマスターがいれば、その時点で知らせてくれ」

「わかりました」

「それと……言峰綺礼の所在はつかめたか?」



「残念ながら。遠坂邸や冬木教会の周辺から市内一帯を探していますが、未だに発見できていません」

「そうか……」

衛宮切嗣は言峰綺礼をこの戦いで最も警戒していた。
『聖堂教会』からの派遣という形で3年前から遠坂時臣に弟子入り。少し前に令呪を宿したことにより師と決別。
その後は父のいる教会にも戻らず、市内のどこかに潜伏しているようだった。
せめて居場所ぐらいは掴んでおきたかったが、相手は手練れの代行者。そう簡単にはいかないということらしい。

「現時点で当面の難敵はセイバーになりそうですね。ただアサシンと違い正体が確かなことは幸いかもしれませんね」

「……」

舞弥の言葉に切嗣は押し黙る。
確かにあれ程の防御を備えた英雄はそうはいない。
そうなれば真名を看破することも難しくは無いだろう。
鎧や盾に頼らない圧倒的な防御力を備えた肉体を持つ英霊となれば、肉体そのものが宝具として機能しているか、一種の概念に守られている可能性が高い。
それらの代表的なものは、ギリシャの大英雄、フランスの聖騎士、そして北欧の不死身の騎――



『マスター、答えは否だ。どのような理由があろうと私が彼と戦うことは無い。
彼に刃を向けるくらいならば、私は自害して果てることを選ぶ』



――不意に、切嗣の脳裏を“彼女”の言葉が過った。
召喚の直後、自らのマスターに対して「相手によっては戦いを放棄する」と告げた、サーヴァントの声が。

「切嗣?」

舞弥の呼びかけで切嗣の意識が引き戻される。

「いや、なんでもない。
映像はこのくらいにして、装備一式と預けておいた『礼装』の確認をしたい。どこだ?」

「こちらに」

脳裏をよぎったサーヴァントの声を締め出し、ベッドの上に並べられた様々な銃火器の点検に切嗣はとりかかる。

(もしセイバーの正体が――――だったら面倒だが、遠坂が屋敷を出るつもりがない以上、まずはアイリ達に任せておけばいい。僕が狙うのはあくまでマスターだ)

悪い予感を振り払うようにして、切嗣は慣れ親しんだ銃器の感触を思い出すように確認作業を続けた。




          ∞          ∞          ∞




微睡の中から言峰綺礼は目を覚ました。
ここは深山町の外れに建つとある民家の一室。以前の住人が引っ越し、空き家になって久しいごく普通のこの家は、聖杯戦争の隠避工作を行う聖堂教会スタッフの拠点の一つとして用意されていたものだが、現在は綺礼の隠れ家となっていた。
表向きは師の時臣と袂を分かった綺礼が遠坂邸に居続けるわけにはいかず、マスターとしてサーヴァントを従えている状態で父璃正の管理する冬木教会に厄介になれば、
他のマスターに難癖を付けられることも想像に難くなく、そのため時臣と璃正が綺礼にあてがったのがこの場所だった。

既にライフラインは通っておらず、家具の類も一切無い空き家に、最低限の水と食料、そして時臣から借りている通信用の魔道器を運び込んだだけの場所でも、代行者の任務で何日も野宿したこともある綺礼にしてみれば、充分過ぎる環境だった。
魔術的に見れば拠点にする利点が一切無い場所だったが、それ故に他のマスターからは目を付けられる可能性が低く、真っ当な魔術師でない綺礼に魔術工房の設置は必要なく、一切の魔術的防備を放棄し、周辺住民に気取られないように立ち回っている甲斐あり、
今のところ綺礼の周辺をうろつく使い魔の類はいなかった。

昨晩時臣から綺礼に連絡があり、正体不明の刺客が遠坂邸を襲撃し、セイバーがそれを打倒。一見アサシンと見紛うその刺客が倒されたことにより、今夜から他のマスターたちが動き出すと読んだ時臣は、アサシン召喚から連日休んでいなかった綺礼に日中はアサシンに探索を任せ、
今夜以降に備え休息を取っておくようにと言って来た。
恐らくはセイバーの力を確認し、他のマスターに見せつけたことで安心し切り、例によって足元を疎かにしているのだと綺礼は察したが、無論そんなことは口にしていない。
それに連日の不眠不休に加え、本来のアサシンよりも格上の英霊であるアサシンの現界に必要な魔力は少なくなく、真っ当な魔術師でない綺礼にしてみればほとんど霊体化させているとはいえ、それなりの消耗に繋がっていた。
また時臣も使い魔を市内に放ち、戦闘を見届ける用意をしているとのため、綺礼は師の言葉に従い、日中を久方ぶりの休息に充てていた。

(間もなく日が落ちる。いよいよ戦端が開かれ他のマスターたち、そして衛宮切嗣が動き出すだろう)



綺礼が立ち上がり、時臣と連絡を取るべく魔導器を起動させようとしたその時、

「お早う主殿、よく眠れたかね?」

不意に綺礼の後方――部屋の入り口から声がかけられた。

「……アサシン、ここで何をしている?」

ここ数日ですっかり聞きなれた声に驚くことなく振り返ると、そこには闇を切り抜いたような漆黒の人影――アサシンの姿があった。
カーテンを閉め切り光源の無い室内の、さらに陰になっている場所に漆黒の装束で立つアサシンの姿は僅か数メートルの距離でも目を凝らさなければ、
ただの影と見間違えそうなほどだが、闇よりなお黒い瞳だけは明確に見てとれる。
そして寝起きとはいえ歴戦の代行者である綺礼にその存在を気付かせなかったのは、さすがサーヴァントというべきだろう。
しかしマスター探索を続けているはずのアサシンが何故この場にいるのか、その方が綺礼には問題だった。

「いやなに、報告すべき事が生じたのだが、主殿が休息中とあれば無理に起こすのは忍びない。
なので、直接こちらに向かえばその間に目覚める事もあると思い、こうして訪ねたというわけだ」

「……」

本気とも冗談とも取れる口調で飄々と述べるアサシンに、綺礼は黙したまま抗議の視線を送る。
このサーヴァントは召喚直後と時臣、璃正の前ではそれなりに畏まった口調で喋ったのだが、綺礼の前だけでは途端にくだけた口調になる。
あえて理由は聞かず黙認していたが、さしもの綺礼もあまり良い感情をもっていなかった。

「そう睨まれるな主殿、報告があるのは事実だ。
フユキハイアットとかいう宿の……たしか32階に要塞なみの結界が張られていた。間違いなくどこぞのマスターが根城にしているな、あれは」

「そうか。結界の規模と、そこを拠点にしているマスターとサーヴァントは分かったか?」

珍しく真剣な顔つきになったアサシンに、応じる綺礼も自然と身が引き締まる。
ようやく間桐陣営以外のマスターの所在がつかめた。小さなものではあるが進展は進展だ。

「結界はまぁ、突破しようと思えば不可能ではないが、対魔力も無く気配遮断も低い私では骨が折れるだろうな。最悪敵のサーヴァントに不意を打たれかねん」

アサシンのサーヴァントとは思えない発言だったが、事実なので綺礼は何も言わなかった。

「相手のマスターとサーヴァントのクラスは不明だ。とりあえず指示通り、気配を放って挑発してみたのだが、どうやら留守らしく反応はおろか気配さえ感じなかった。
あぁ、留守と言えばここに来る途中マトウ邸にも寄ってみたが、サーヴァントの気配が消えていた。昨晩までは僅かだが気配を感じたから、日の高いうちにマスター共々出張ったのだろう」

「地上32階にそれだけの魔術結界を張っているとなると、そこを根城にしているのはおそらくケイネス・エルメロイだろう。
しかしようやく1人マスターを見つけたと思えば、所在の割れていた間桐雁夜共々取り逃がしてしまうとは、つくづく間諜に向かないサーヴァントだ」

「耳が痛いな。だがもとより私は間諜の英霊ではないのだ。それにいくら英霊とはいえ、1人でこの街全体を走り回るのは無理がある。
真っ当なアサシンだろうと、何十人もいなければ数日で大した成果は出せまいよ。そのくらいは大目に見てほしいな、主殿?」

綺礼の皮肉も暖簾に腕押しとばかりに、アサシンはさらりと受け流す。

「それで、お前は何故ここに来た? よもや本当に私に配慮したなどとは言うまいな」

「ふふっ、さすがは主殿。話が早くて助かるよ。
単刀直入に言おう。主殿、トオサカ卿を裏切って私と聖杯を掴まぬか?」

さながら道端で出会った知人に話しかけるような気軽さで、あろうことかアサシンは謀反を持ちかけた。

「なに!?」

「おっと、令呪は使わないで頂きたいな。これでも契機をずっと窺っていたのだ、まずは話だけでも聞いてくれ。謀反を報告するのはそれからでもいいだろう? 
たとえ断られても主殿に危害を加えるつもりは無いから安心してくれ」

思わず身構えた綺礼と数メートルの距離をはさんで、「戦意は無い」とばかりに両手を上げて見せるアサシン。

「……そんな言葉を信じろというのか?」



変わらず身構えたまま、警戒を緩めずに綺礼が言う。

「主殿とて分かっているだろう? この距離ならば令呪を使う前に主殿の腕を斬り飛ばすぐらいは私にもできる。それをせずに話を聞いてくれと言っているのだ、聞くだけ聞いてくれ」

綺礼は変わらず立ったまま、警戒を緩めずにアサシンを見る。
相変わらず表情はおろか全身さえも闇に溶け込みはっきりとは見えないが、声色からは会話の内容にそぐわぬ喜色が感じられた。

「そも裏切るも何も、主殿はともかくトオサカ卿は初めから、私を使い捨てるつもりだろう?
私の推測だが、弟子である主殿に私(アサシン)を召喚させ間諜とし、調べた情報を元にトオサカ卿の召喚する強力なサーヴァントで敵を倒す――という企みではないのかね? 
だから主殿は私がいくら尋ねても、トオサカ卿のサーヴァントのことは知らぬ存ぜぬと、はぐらかしているのだろう。
ところが私のような間諜向きでないアサシンが呼ばれてしまい、予定外に情報収集が進まないので、先日「敵を見つけ次第戦え」などと言って来たのだろう? 直接の戦闘なら間諜能力の有無など問題ではないからな」

時臣の計画を見事に言い当てるアサシン。
数瞬の間考えた綺礼は、ここまで見抜かれているなら謀は通じないと判断し、あえてアサシンと真っ向から対峙した。

「たいしたものだ。そこまで見抜いていながら、どうしてお前は使い走りに甘んじている?」

「訊くほどの事かね? 万能の願望器で叶えたい願いがあるからに決まっていよう」

アサシンの願い――召喚後に尋ねた時、聖杯を求める理由をこのサーヴァントは、

「受肉して第二の生を謳歌する――だったな、お前の願いは」

サーヴァントとして現界するだけではなく、聖杯の力で現身の肉体を得てこの世界に一個人として根を降ろす。それこそがアサシンの願い――

「いや、あれは嘘だ」

――ではなかった。

「なんだと!?」

「主殿にしては面白い反応だな――っと、そんな恐い顔をしないでくれ。
あの場はな、主殿だけなら本当のことを言ってもよかったのだが、トオサカ卿と神父殿が同席していたので、本心を言うのは憚られた。特に神父である主殿の父君には、私の願望は受けが悪いだろうしな」

どういう訳か、璃正に願望を聞かれたくないというアサシンに、綺礼はなぜか薄ら寒いものを感じた。

「父上に? どういうことだ」

「それについては後程語ろう。
でだ、主殿。私の諜報は成果を出せていないが、そろそろ穴熊を決め込むマスターたちも動き出す頃合いだろう。トオサカ卿のサーヴァントを除く5人の身元が割れれば私は用済み。
あとは死ぬまで戦わされるか、令呪で自決させられるか……何にしたところで、私は聖杯を掴めん」

「だから私に謀反しろと?」

「その通り。まだ敵の情報が出揃っていな今だからこそ、こうして話せるというものだ。
現状なら例え謀反の意志があっても、トオサカ卿ならすぐさま処断することはしないだろう」

綺礼は内心アサシンの洞察に感心した。諜報活動に徹しろと命じた時、素直に従ったのには確たる打算あってのことだったのだ。謀反を持ちかけるタイミングも実に的確。
だが、アサシンは相手を間違えた。否、最初から運が無かった。

「残念だったなアサシン。私は時臣師を裏切るつもりは無い」

「むぅ……」

アサシンが沈黙し、綺礼はそれを好機とばかりに畳み掛ける。

「お前の心眼には感服したが、運が無かったな。
私に翻意は無く、たとえ私を殺しても時臣師のサーヴァントにお前では勝てん」

実際のところ、綺礼の中ではセイバーとアサシンが戦った場合、セイバーの方が大きく優勢ではあろうが、それでも生前のことから楽に勝てるとは思えず、
10回戦えば1度か2度は敗れる可能性もあると考えていたが、ここはあえてそう言った。

「早く偵察に戻り、マスターとサーヴァントを探し当てろ。それまでは時臣師への報告は留めておいてやる」

当然アサシンがいなくなれば、直ぐにでも時臣へアサシンの翻意を伝えるつもりで綺礼はいる。
しかし万に一つもアサシンが自分に牙を剥いてきたら、この距離ではアサシンが先ほど言った通り、令呪を使う前に腕を斬られ、最悪殺されてしまう。

(それではあの男に――衛宮切嗣に会うことができない)

それだけは何としてでも避けなければならない。そう綺礼は思っていた。



「それとも令呪での指示を望むか、アサシン?」

「はぁ……残念だな。もし私に協力してくれたら、相応の礼を主度には考えているのだが」

うな垂れたアサシンの眼が、前髪の下から綺礼を直視する。

「くだらんな。何を考えていたのか知らんが、貴様の賄賂などで私の考えが変わるとでも?」

「それは勿論。内容を聞けば、主殿ならまず間違いなく私に協力してくれると断言しても構わんよ?」

「ほぅ、いったい何を以て私を謀反に駆り立てるつもりだったのか……聞かせてみろアサシン」

それは、言峰綺礼という男らしくない発言だった。
この男は平時無駄のない思考をする人間である。それには彼の内面に関わる深い事情があるのだが、この時の綺礼は無自覚の内に無駄のない思考を放棄し、どうあっても、何を交渉に出されても師を裏切らないと語ったその口で、
アサシンに“言うだけ言ってみろ”と促したのである。
普段の彼ならば、何も聞こうとせずに話を切り上げていただろう。だがこの瞬間だけは、無意識の内に愚にもつかない質問をしていた。
それは偶然か、綺礼自身の秘めたる内面の発露か、アサシンの計略だったのか、何れにしろこの瞬間より、言峰綺礼の運命が大きくうねり出すこととなる。

「私に協力してくれたなら主殿の内面――満たされぬ空虚を追い求めてきた虚無の人生に、私なりの回答を出してしんぜよう。如何かな?」

「――――――!?」

驚愕に目を見開き言葉を失った綺礼と、闇の中で蠱惑的に笑うアサシンの視線だけが静まり返った室内で長く交わり続けた。




          ∞          ∞          ∞




冬木市繁華街、外国人の比率が高い以外はごく一般的な日本の街に、この日一際人目を引く二人組が現れた。
真っ白なカシミアのコートを着た、輝く銀髪の美女2人が連れ立って冬木の街を歩く姿は、年齢性別を問わず多くの人の視線を釘づけにした。
服装はペアルック、髪の色は同じで、瞳の色が1人は真紅でもう1人は瑠璃色と違っているが、溢れる気品は服装と見事に調和し、それ故に平凡な街の景色からはとにかく浮いていた。
映画のスターかトップモデルかと思える容姿と美貌の2人に声をかける猛者はおらず、誰もがただその姿に見とれるのみである。
そんな衆目を集める2人組の1人はアイリスフィールだった。人の手により造られた、ホムンクルスである彼女の真紅の瞳や輝かしい銀髪、そして人間離れした美しさは人目を引き付けてやまない。
だが、そんなアイリスフィールでさえも、引き立て役にしてしまいかねない存在が今は隣にいた。

アイリスフィールと連れ立って冬木を歩く女性の姿は、正しく絶世の美女を体現していた。
陽光を浴びて煌めく銀髪、宝石と見紛うばかりに光彩を放つ瑠璃色の瞳、白く美しくそれでいて人肌のぬくもりを感じさせる肌の色、そして性別を問わず誰もが見惚れる貌。アイリスフィールが少女のような愛らしさの残る美しさならば、
彼女の美しさは正に成熟した女性のそれだ。
細身で女性らしい体躯を包むコートは、寸法に手を加えてこそいるが元はアイリスフィール専用のオーダーメイドなのだが、下手をすれば当人よりも似合っている。
重ねて言うがアイリスフィールの美しさは人の域を超えており、誰もが目を奪われるのは間違いない。
それでも彼女の美しさは文字通り住む世界が違っていた。そんな神域の美しさを持つ彼女こそ、今回の聖杯戦争においてアインツベルンのマスターである切嗣が召喚した、ランサーのサーヴァントだった。



結論から言って、ユーブスタクハイトの目論見は失敗に終わった。
用意された触媒から召喚されたのは、彼が目論んだ『不死身の騎士』ではなく、アイリスフィールが懸念していた人物だった。
アインツベルンとしては大きな誤算だったが、マスターである切嗣はさほど気にするでもなく、召喚後すぐさま自身の“武器”の性能を知るためにランサーに真名、スキル、宝具などの詳細を語らせた。
その時点ではまだ召喚した英霊が別人だったことを除けば大きな問題も無かったのだが、最後に切嗣がランサーに問うた質問――

「もしこの聖杯戦争にお前の元恋人が敵のサーヴァントといて召喚されたら、お前は奴と戦えるか?」

――にランサーが『否』と返した瞬間から、切嗣とランサーの間には埋まりようの無い大きな溝が生じてしまった。


それ以降切嗣はランサーと殆ど口をきいていない。最低限の会話こそあるものの、それ以外はアイリスフィールがメッセンジャーになっている状態だ。
ランサーもそんな切嗣に自分から話しかけることをせず、アイリスフィールを通した切嗣の指示に従っている。

そして現在、切嗣の作戦によりアイリスフィールとランサーは彼と別行動をとっていた。
アイリスフィールを代理のマスターとし、ランサーを実体化させたまま同行させ、2人が敵のマスターとサーヴァントを引き付け、その背後を切嗣が狙うという正々堂々とは程遠い作戦にランサーは納得し、
「器の守り手」であるアイリスフィールを守ることに同意した。
こうして彼女たちは囮役となったわけだが、アイリスフィールはそれを殊のほか喜び、ランサー用にと自身の趣味を兼ねて用意したのが、自分と同じ服であった。
切嗣に遅れること半日、明朝に冬木市最寄りの空港に降り立ち、荷運びのメイドたちと別れた2人は、タクシーで戦いの舞台である冬木市へ入り、
「街を見て回りたい」というアイリスフィールの要望通り、日中は揃って繁華街を散策していた。
特に何かを買うでもなく、ひたすらウインドウショッピングに没頭し、ランサーの腕に自分の腕をからめたアイリスフィールが、ランサー連れまわすような形で各所を歩いて回る姿は、
観光に来た仲の良い友人か、見た目の雰囲気などから妹に振り回される姉のようでもあった。

そんな彼女たちを見た冬木市民の間で「謎の外国人美女2人組」は、数日の間冬木のちょっとした話題だった。
しかしそんな二人組の片割れ――アイリスフィールは自分がいかに衆目を集めているかなど気づきもせず、“初めて見る”外の世界を存分に楽しんでいた。
元より敵を誘い出すつもりで行動しているのだから目立つことに問題は無く、散策は夜まで続けられ、日付が変わろうとする頃、二人は冬木大橋を渡った対岸の袂にある海浜公園に来ていた。

「今日はありがとう、ランサー。女2人で知らぬ土地を巡り歩くのがこんなに楽しいとは思わなかったわ」

「礼には及ばない、私も現世を視られて良かったと思っている。
 何時の時代も人の世の営みは温かい。戦乱の無い平和な国というのも良いものかもしれないな」

2人は公園のベンチに腰掛け、海の方を見ながら今日一日の事を語り合っている。
散策がよほど楽しかったのか、少女のように無邪気な笑顔のアイリスフィールと、微笑を浮かべながらも落ち着いた佇まいのランサーは、どこまでも対照的だった。

「ねぇランサー、今日は何で私に付き合ってくれたの?」

ランサーが自分の提案に乗ってくれたのは嬉しかったが、その理由を聞かされていなかったアイリスフィールが尋ねた。

「……私と貴女が似ているから、かな?
限られた世界しか知らず、一つの場所に長く閉じ込められるのは、私にも覚えがある。だから貴女の願いは無視できなかった」

思い出を懐かしむように、しかしどこかもの悲しげに、海を眺めていた瞳をアイリスフィールに向け、ランサーは言った。

「至った経緯に差異はあれ、私も貴女も閉ざされた場所にいた。私は炎の城で貴女は雪の城。
私は王に背き、眠りの魔法をかけられ――」

「私は聖杯戦争のためだけに作られた人形だから、外を出歩く必要はないって言われて――」

いつしか2人は自然に隣の相手と、この場にいない想い人へ向けて言葉を紡いでいた。



「――やがて時が過ぎ、炎を超えてやって来た彼が眠りから目覚めさせてくれた」

「――でも10年前、城に来た切嗣が私の生き方を変えてくれた」

余人が見れば互いに惚気話をしている光景だが、当人たちの表情は徐々に翳っていく。

「――そして、その先に避けられぬ別れがあったことも」

「ランサー……」

不意に口を閉じたランサーの顔に悲しみの色が戻り、アイリスフィールの表情にも哀愁が帯びる。

「アイリスフィール……私のことはもう起った事だ。今更この運命を変えようとも思ってはいない。
だが、貴女たちの別れは本当に避けられないものなのか?」

冷たい風が2人の髪を揺らす。
風が止んだ頃、アイリスフィールがゆっくりと口を開けた。

「前にも言った通りよ、ランサー。
アイリスフィールという人格は、私の中にある聖杯に施された外装でしかないの。聖杯戦争が進み、サーヴァントが倒されるとその魂が私の中の聖杯に注がれ、聖杯は完成していく。
そしてその都度に私は人としての機能を失っていき、最後には私という外装を破り聖杯はその姿を現す。私と切嗣はどうあってもこの聖杯戦争が一緒に居られる最後と時間なの」

「それは、マスターも理解しているのか?」

アイリスフィールが無言で頷く。
数日前、自身の中の聖杯の存在に気付いたランサーに、アイリスフィールは全てを打ち明けていた。
かつて戦場に散った英雄(エインヘリャル)たちをヴァルハラへと送っていたランサーは、相手の『魂』を“視る”ことに長けており、それ故にアイリスフィールの中にある『聖杯』に気づいていた。

そのことを問われた時、アイリスフィールは自分と切嗣の望み、自分と聖杯の関係、そしてランサーと切嗣が願いを叶えるためには、自分の命を犠牲にしなければならないことを隠さずに告げた。

「貴女とマスターが聖杯で世界を救うと聞いたときは、正直理解に苦しんだが、その祈りが切なるものだということは理解できた。
しかしその祈りが貴女の命を犠牲として求めるなら、私はそれを正しいと言い切れない。
どうしてマスターは万能の願望器で貴女を助けようとしない、残される息女どうなる、まして私の願いまでが――」

「いいのよ、ランサー。私も切嗣も、もう覚悟を決めているから。イリヤもいつかきっと理解してくれる。
私は私の望む人にこの聖杯を託したいの。聖杯を手にする人は、私の愛した人とランサー、貴女だけよ」

「……」

「私は切嗣の祈りを知り、同じ願いを胸に抱いた。正直に言えば切嗣の祈りを完全に理解している訳ではないのだけれど、それでも彼理想が正しいものだと信じているわ。
そしてランサー、私は貴女にも祈りを遂げてほしいの。
貴女も言ったけど、境遇が似ていて愛した男性(ヒト)のために命を懸ける貴女だからこそ、私は聖杯を託したい。
お願いよ、私がどうなっても切嗣と一緒に聖杯を手に入れて。その時私たちは祈りを遂げ、イリヤは運命から解放される。それが私の祈りなの」

ランサーの手を取ってアイリスフィールは訴える。

「……」

ランサーは複雑そうな顔のまま沈黙する。
当初は如何なる犠牲を払ってでも聖杯を手にすると決めていたランサーだったが、アイリスフィールから真実を聞かされた彼女は迷っていた。
黙っていられて後で知らされるよりも、自分を信じて打ち明けてくれたのには感謝している。
しかし告げられた真実はあまりに残酷だった。会話の少ない自分とマスターの間を取り持ってくれ、境遇の似たアイリスフィールに友愛の感情さえ抱くようになっていたランサーは、
彼女の命を犠牲にせねば自分の望みが達成できないジレンマに葛藤していた。



「……本当にどうしようもないことなのか?」

苦しむように発せられたランサーの言葉に、アイリスフィールは再び無言で、しかし決意を宿した瞳で頷く。

「……わかった」

ランサーの顔から迷いが消える。
この瞬間に彼女は覚悟を決めた。

「貴女のその想いに応えるため、必ず聖杯は私とマスターで掴みとる。どうか安心してくれ」

立ち上がり被っていた帽子を脱ぎ、アイリスフィールの前で跪ランサーは深々と頭を下げる。
とても足りたものではないが、これがランサーにできる精一杯の感謝と謝罪の形だった。

「ありがとう、ランサー」

アイリスフィールの優しく幸せそうな微笑みを見て、ランサーも自然と顔が綻ぶ。
似たような境遇を経て、最愛の男性(ヒト)との出会で運命の変わった2人の女性は、改めて代理マスターとサーヴァントという枠組みを超え、友愛と親愛の絆で結ばれた。

「それじゃあそろそろ城の方に行きましょうか。仕掛けてくる敵もいなかったことだし」

海浜公園の出口に足を向けたアイリスフィールの腕を、ランサーがそっと掴んで首を振った。

「それはもう少し後のことになりそうだ、“マスター”」

瑠璃色の瞳に鋭く眼光を光らせ、ランサーが100メートル先の物陰を凝視している。
自分をマスターと呼んだことからも、それが何を意味するのか瞬時にアイリスフィールは察した。

「敵のサーヴァント?」

「間違いない。こちらを誘っているらしい、気配を残したまま少しずつ遠ざかっている」

「戦う場所を選ぼうってわけ? 律儀なことね」

アイリスフィールは悠々としたまま応じる。声に緊張の色もなく、ランサーを信頼し落ち着き払っている。

「それにしても下手な挑発だ。不本意な行動なのか、こうした手段に慣れていないのか……だが作戦は成功した」

「そうね」

アイリスフィールは事前に切嗣から渡されていた「発信機」をポケットから取り出し、ランサーの前でスイッチを入れる。

「原理は分からないけど、これで切嗣に居場所が伝わったわ。あとは彼の方で見つけてくれる手筈よ」

「では?」

「えぇ、せっかくですもの。お招きにあずかるとしましょう」

これが罠である可能性も低くはない。しかしアイリスフィールはその程度のことでランサーが敗れるとは思っておらず、ランサーも敵が何者であれ後れを取るつもりは無い。
悠然とした足取りで気配の主を追って歩く2人。彼女たちに一切の不安は、無い。




∞          ∞          ∞




「はぁ……」

日本に来てから何度目かも分からないため息がウェイバーから漏れた。
目の前のテーブルに並べられた肉と酒と冬木市の地図。その合間を縫うように所狭しと並べられ光りを放つ無数のランタン。無造作に地面に散らばる空き瓶と各種情報誌。
そして壁に貼られた大きな世界地図。これらは全て盗品だった。

冬木市某所の雑木林、数日前ウェイバーがライダーを召喚したその場所は、悪い意味で異国情緒溢れる場所へと変貌していた。
日本の山中に憚ることなく乱立するのは、モンゴルの遊牧民が使用している伝統的な移動式住居「ゲル」であり、雑木林の中心――召喚陣の描かれたその上――に大きなゲルがたてられ、
それを取り囲むように無数の小さなゲルがひしめき合っている。
そこでは『蹂躙王』の命を受けた“兵士”たちが連日昼夜を問わず出入りしており、その中で彼らに混じってウェイバーも度々出入りしていた。

――結果として、聖杯戦争における全権限をライダーに譲ることでウェイバーは生き延びていた。
あの後、とりあえず家に帰り布団に包まって眠りたかったウェイバーだったが、そんなささやかな望みさえもライダーにぶち壊された。
ライダー曰く、ウェイバーから供給される魔力“程度”では彼の『宝具』を十全に使うことが不可能であり、そのためまずは魔力を蓄える事から始めることになり、
冬木でライダーに一番相性の良い地脈であるこの場所でのキャンプ生活がスタートした。



ウェイバーはライダーに可能な限り魔力を供給するため、夜はひたすら寝て、昼に起きて近くのコンビニまで歩き、そこで買った弁当などを食べてまた寝るという生活を繰り返していた。
まれにライダーから聖杯戦争のことや現代の知識について訊かれたりはしたが、それ以外は魔術師どころか人間として限りなく原始的な日々を送っていた。
聖杯戦争のため極東の島国まで来ておいて、やっていることはサーヴァントに魔力を供給するため連日食っちゃ寝の繰り返しであり、殆ど魔力タンクも同然の立場に自分があるという現実が何度もウェイバーを打ちのめし、
その都度恐る恐るライダーに自分の要望を言ってみるも、無言で殺気の籠った鋭い眼光を向けられては、黙るしかなかった。
おまけにウェイバーがキャンプ地を離れる時は、ライダーの指示で常に護衛として兵士が1人同行し、おかげで離れた場所で令呪を使うことも出来なかった。
とりあえず暗示をかけて寄生している家の老夫婦には、数日の間友達の家に泊まるとだけ近くで公衆電話を探し連絡しておいたものの、こんな生活が長く続けられるわけはなく、かと言ってライダーが自分の意見を聞くわけもなく、
ウェイバーはそのことでも頭を抱えなければならなかった。

一方でライダーは地脈とウェイバーから魔力を吸い上げ、その魔力で次々と兵士を呼び出しては彼らに指示を出し、住居の設置に始まりどこからか家具や食料、酒、地図、情報誌、果ては日用品や雑貨などを大量に運び込ませていた。
この時ばかりはウェイバーも事の重大さを察し、現金など持っているはずのないライダーがこれらの品々をどうやって調達したのか問い詰めたが、

「無論、奪った」

と、さも当然かつ簡潔に返され、ウェイバーが魔術の秘匿などについて言っても、

「なぜ『蹂躙王』たる俺が隠れ忍び、いずれ支配下に置く国で金など払わなければならん。
 それとも小僧、貴様ごときが俺の覇道に異を唱えるつもりか?」

と例によって純然たる殺意と共に一睨みされては何も言い返せず、ただ心の中で只管事が大きくならないように祈るしかなかった。

余談だが、この時冬木市では未曾有の凶悪事件が多発しており、そのため警察ではその対処に大人数が割かれており、ライダーの兵士たちが犯した強盗事件は捜査が大して進んでおらず、幸運にもウェイバーの祈りは人知れず叶っていた。

とにかくライダー召喚以降、得意の絶頂から失意のドン底に叩き落されたウェイバーだったが、それでも悪いことばかりではなかった。
一度は本当に殺されかけるも、全権を譲った後のライダーはウェイバーに護衛つけ、命の危機に対しては令呪の使用もあっさりと認めた。
魔力の搾取もウェイバーの命を脅かすことは無く、起きた時に多少の怠さは残れど、単独での行動に差し支えが無いことから加減されていることは感じ取れた。
また、日中のライダーは常にゲルに籠り、市内に放った斥候から逐一連絡を受けながら、図書館から奪った冬木市の地図を見て何ごとか考えているようだった。
雑木林周辺にも常に見張りを立て警戒も怠らないなど、こと戦においてライダーは実に周到だった。
不満は多々あれど、目下最大の重要事項である聖杯戦争に対しては完璧なライダーに文句も言えず、ウェイバーは怒りや不満だけが鬱積していた。

当のライダーはそんなウェイバーの心中など察する訳もなく、

「さて、今宵はマトウとやらに誰ぞを嗾けてみるか……」

と奪った酒をまた一つ飲み干し、空になった瓶を無造作に放り捨てながらそんなことを言った。

「え? セイバーを倒すんじゃ、ないのか?
 だってそのために昨日刺客を送ったんだろ!?」

ライダーの性格的に今夜はセイバーを倒すものだと思っていたウェイバーには、この発言は意外だった。

「戯け、あのセイバーは下手な国よりも難敵だ。戦うならば国攻めの用意が要る。
だが貴様の魔力では今は精々城攻めが関の山だ。数で圧すなりマスターを狙うなり勝つだけならば手はあるが、いかに強敵でもたかが兵士一匹にこの『蹂躙王』の軍団が醜態を晒すわけにもいかぬ。奴は我が“切り札”を以て当たる。
それに小僧、何を勘違いしているのかは知らんが昨晩のアレは隠れ潜んでいる鼠どもを穴から誘い出すための餌だ。まぁ1人か2人は疑っている者もおるだろうが、大半が穴から出れば釣られて他も出てこよう。
そもそも敵がろくに出揃ってもおらん今、何故王たる俺が真っ先に姿を晒さねばならん。1番槍なぞ雑兵に争わせておけばよい。
何よりあのセイバーは是が非でも我が軍団に加えたい。奴ならば聖杯を勝ち取り受肉した後の世界征服に役立つからな」



傲岸不遜なライダーがここまでセイバーを評価していることに少々驚いたウェイバーだったが、昨晩のセイバーを思い出し納得した。
確かにあのセイバーは強敵だ。ライダーが負けるとは思わないが油断の出来る相手ではない。それは昨晩の“ライダーが仕掛けた”遠坂邸襲撃の最大の収穫だった。

宝具『王の葬列』。チンギス・ハンの覇道を象徴する宝具であり、かつて彼の軍団によって流された全ての血が、『覇王の卵』として手の平大に凝縮されており、
ライダーは血液に遺された犠牲者たちの生への未練と残留思念を魔術回路に読み込んで複製を召喚することができる。
その中から生前ライダーを暗殺すべく送られ、結果返り討ちにあった暗殺者を召喚し遠坂を襲わせた。
あれが本物の山の翁なのか姿が似ただけの偽物かはさておき、こちらの情報を一切明かさずに遠坂のサーヴァントを引き出し、並みの攻撃では突破できないであろう謎の防御力を確認できたのは収穫だった。
更にあれを見て下手人がライダーであると気付いた者はいないだろうし、“本物の”アサシン陣営以外は誰もがアサシンの脱落を信じたとウェイバーも思っていた。

「そ、そうか……」

こと戦においてライダーの戦略眼に狂いは無い。
下手に意見を言えばまた殺されそうになるだけだし、当面はライダーに任せておくことにウェイバーは決めていた。
もしこのライダーがもう少し柔らかい性格だったら、ウェイバーも自分が主導を握ろうと足掻いたかもしれないが、下手に何か言う度に殺気を向けられ続けてはそんな思考も消え失せていた。

とその時、1人の兵士が矢文を携えてゲルの中に入って来た。

「きたか……」

ライダーが兵士から矢を受け取り、結わえてあった書付を見る。

「ライダー?」

「喜べ小僧、海辺で戦端が開かれた。ついに開戦というわけだ」

ライダーの顔が獰猛な狼のものに変わる。獲物に狙いを定め喰らいつかんとする獣のそれに。

「この矢文って、もしかして……」

「うむ。夕べの餌に早速掛かった奴がいるようだ。
では行くか」

言うなりライダーは外へ出て行く。慌ててその後をウェイバーが追い、ゲルを出ると外では、『覇王の卵』から怨念の塊ともいうべきどす黒い煙が立ち上り、それは瞬く間に生気の欠けた2頭の青白い馬となった。
その片方にライダーが跨る。

「何をしている、早く乗れ」

「はい?」

ライダーが顎で指す先には、もう一頭の青白い馬がいるばかり。それが意味するものといえば……

「僕に、乗れってこと……だよな?」

「他に何がある?」

「いや、あの、ライダー、僕に乗馬の経験は――」

――無い。というよりも先に、

「そんなものは最初から期待しておらん。安心しろ、一番気性のおとなしい馬だ。振り落とされんよう掴まっていればそれでいい」

開戦が余程嬉しいのか、いつもより口調こそ穏やかなライダーだが、その顔には例によって「逆らえば殺す」としっかりと書かれていた。

「……」

答弁の無意味さを知り、仕方なくウェイバーは人生初の乗馬に挑むことにした。そしてどうにかこうにか馬に跨ったウェイバーは手綱を握るのではなく、馬の冷え切った首根っこにしっかりと抱き着くようにしがみ付いた。

「けどライダー、何で急に出陣なんて……」

先程他の陣営が出揃うまでは動かないようなことを言っていながら、舌の根も乾かぬ内に出撃を宣言したライダーを疑問に思うウェイバーに、

「事情が変わった、これは俺の目で確かめねばなるまい……」

ライダーは何処か楽しそうに、しかし獰猛な獣の眼光はそのままに笑い――

「ではゆくぞ、駆けい!」

――号令を受け、2頭の馬が見えない階段を上るかのように上空へと駈け出した。
一瞬の出来事にウェイバーは悲鳴をあげる事さえできないまま、上空へと身体が浮かび上がるのを感じ、本能的に必死で抱きつく腕に力を込める。
飛び上がったかに見えたそれは、その実大きく跳躍しただけであり軽々と乱立するゲルを飛び越えた馬たちは、すぐさま地面に降り立つとそのまま時速にして100キロ近いスピードで駆け出した。
ウェイバーの悲鳴の残響だけを残し、2頭の青白い馬は冬木の街へと消えて行った。



∞          ∞          ∞



相手が戦いの場に選択したのは未遠川河口の倉庫街だった。
無人のデリッククレーンが整然と並び、無数のプレハブ倉庫とコンテナに囲まれた人目に付きにくいその場所は、これより始まる決闘の舞台にうってつけだった。
平積みにされたコンテナに挟まれた4車線の道路の中央、ランサーとアイリスフィールはおよそ20メートルの間を隔て、誘いをかけたサーヴァントと向かい合う。

白銀の鎧を身に着けた端正な顔立ちの男。その身から出る気配は高潔な騎士だけがもつ清廉な闘気であり、右手に抜身の銀剣、左手に黒い弓を持ち、背には何本もの矢の入った矢筒を背負い、毅然と油断なく立つその姿は、
携えた武器からも男がセイバー、ランサーと並ぶ3大騎士クラスの一角、アーチャーのサーヴァントだと雄弁に語っている。

「我が誘いに応じて頂いたこと、まずは感謝しよう。この身はアーチャー、此度の聖杯戦争において、弓兵のクラスを預かっている。
願わくばそちらのクラスをお聞きしたい」

これより死合おうという相手のランサーに、まるでゲストを迎える執事(バトラー)のように問いかけるアーチャー。
無論そんなことで闘志を削がれたりするランサーではない。
無言のまま進み出たランサーの周囲で、迸る魔力が竜巻となり全身を包み込み、次の瞬間には槍を携えた鎧姿のランサーが出現した。
魔力により編まれた群青の鎧は防御力より機動性、そしてそれ以上に実用性より装飾性に重きを置いていることが見てとれる。
戦場で防具として使用するよりも、宮廷や美術館にでも飾った方がよほど様になる――そんな美しき鎧と同等に目を引くのが手にした槍だ。

ランサーの身長を上回る2メートル程の長槍は、銀の柄と穂に美麗な装飾と、ルーン文字と思しきものが刻まれている。
しかし注目すべきは穂の形状だ。本来槍とは柄の先に短い穂が付いているもの。だがランサーが手にしている槍は全長の半分近くを巨大な穂が占めている。
とてもランサーの細腕で振り回せるような代物には見えないが、ランサーは苦も無く片手で槍を水平に掲げる。

「我が身はランサー。見たところそちらは騎士のようだが、名乗れぬ非礼は詫びるべきかな?」

「気遣いはご無用、それはこちらも同じこと。
ご婦人に剣を向けるのは気が進まないが、私は今生の主に身命を捧げた身。
そして互いに聖杯を求めて譲れぬならば、相手が誰であろうと手加減はしない」

そう言ってアーチャーは弓を矢筒に掛け、剣を構えた。
その姿にランサーとアイリスフィールは怪訝な顔をする。それも当然、アーチャーのクラスはその名に違わず射撃を得意とするクラスであり、本人よりも所有する宝具の強力さで戦うクラスがアーチャーだ。
にも関わらず、このアーチャーは白兵戦を主体とするランサーと剣を交えようとしている。
よほど腕に自信があるのか、何かの罠か。

「アーチャーの貴男が剣で斬り合いをするというのか?」

「そのつもりがなければ剣を取りはしない。弓兵風情と油断すれば、代価は高くつく」

「――」

この騎士は油断ならぬ相手と感じたランサーも槍を構える。

「ランサー……」

2人のサーヴァントの放つ闘気に大気が張り詰めるのを感じたアイリスフィールは、最早自分が割り込む余地がないことを感じつつも、ランサーに声をかけた。

「私でも、治癒呪文ぐらいのサポートは出来るけど、それ以上は……」

「ありがとう、マスター。手傷を負ったときは頼みます。
それと、アーチャーのマスターが姿を見せていないのが気懸りです。不意打ちをかけてくるかもしれない、注意を」

「……わかったわ。ランサー、この私に勝利を」

瑠璃色の瞳がアイリスフィールを一瞥する。その眼には肯定の意が浮かんでいた。

「必ず」

決然たる語調で頷き、ランサーは身をかがめ、瞬時に踏み出せる体制を整えアーチャーを見据える。
対するアーチャーも僅かに体制を低くし、迎撃の構えをとる。
ランサーに先手を譲ったのは、彼女のマスターを巻き込まないための配慮だろう。
その心配りに内心感謝しつつも、ランサーは地を蹴る足に力を込める。

「行くぞ、アーチャー」

「お相手仕る、ランサー」

一瞬の沈黙。
それを破ったのは互いの発声。

「「いざ!」」

ランサーが全力で地を蹴り、一直線にアーチャーへと迫る。
突き出されたランサーの槍に応じ、アーチャーも剣を振るう。
槍と剣がぶつかり火花が散った――



ステータス情報


【クラス】セイバー
【マスター】遠坂時臣
【真名】???
【性別】男性
【属性】混沌・中庸
【ステータス】筋力A 耐久B+ 敏捷A 魔力B 幸運E 宝具A++
【クラス別スキル】対魔力:A 騎乗:A


【クラス】ランサー
【マスター】衛宮切嗣
【真名】???
【性別】女性
【属性】混沌・善
【ステータス】筋力B 耐久D 敏捷A 魔力A 幸運E 宝具B
【クラス別スキル】対魔力:B


【クラス】アーチャー
【マスター】???
【真名】???
【性別】男性
【属性】秩序・中庸
【ステータス】筋力B 耐久B 敏捷A 魔力C 幸運D 宝具C
【クラス別スキル】対魔力:C 単独行動:C


【クラス】ライダー
【マスター】ウェイバー・ベルベット
【真名】チンギス・ハン
【性別】男性
【属性】混沌・中庸
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷B 魔力D 幸運A 宝具A+
【クラス別スキル】対魔力:D 騎乗A+


【クラス】キャスター
【マスター】雨生龍之介
【真名】エリザベート・バートリー
【性別】女性
【属性】混沌・悪
【ステータス】筋力E 耐久E 敏捷E 魔力B 幸運C 宝具C
【クラス別スキル】陣地作成D+ 道具作成D+


【クラス】アサシン
【マスター】言峰綺礼
【真名】???
【性別】???
【属性】???
【ステータス】???
【クラス別スキル】気配遮断:D


【クラス】バーサーカー
【マスター】???
【真名】???
【性別】???
【属性】???
【ステータス】???
【クラス別スキル】???