■不死身の英雄が抱く願い■


 普段よりも一層の冷え込みをその夜、二人は相見(あいまみ)えた───。

 ランサーのサーヴァント、ラグナル・ロズブローク。
 誰が見ても大男だと形容するであろう育ちに育った屈強な体躯。双脚には彼のトレードマークである毛皮のズボンがいつも通りに装備されている。
 そして無骨な戦士の右手には巨大な穂先と長大な柄をしたこれまた人目を惹く大槍が握られていた。

 だから長身長髪の美丈夫は静かに笑った。恋人の到着を待ち焦がれた乙女のように。
 大槍を持った毛皮ズボンの戦士を眺めながら心から喜ばしげに笑う。

「自前の運気はシケたものだと思い込んでいたが・・・、どうやらそう悲観したものでもないらしい」

 そう言って長身の美男子が口を開くと同時に男は現代人の風体から瞬く間に戦装束へと切り替わる。
 まだ抜剣こそしてないが、着替えの早さはまるで手品のようだった。

「キサマもサーヴァントだな。クラスは・・・・セイバーか?」

 一方のラグナルも相手の戦意を嗅ぎとって即時戦闘態勢へと切り替えた。
 それから左手で己のマスターに数歩下がるように指示を出す。ランサーのマスターは大人しくそれに従った。
 経験の賜物か一目で分かった。ひどく落ち着き払った呼吸。敵を目前にしてもなお変わらぬ威風堂々たる立ち姿。
 あの男は間違いなく相当の手練であると。

「如何にも。現世での身分はセイバーだ。それにしても摩訶不思議な巡り合わせだ。
 叶わん話だと弁えてはいたが、それでも一目ぐらいはこの目で直に見ておきたかったと考えたものだ───そうだろうラグナル・ロズブローク」

「「─────────!?」」

 場の空気が凍り付く。ランサーとそのマスターが同時に絶句した。
 なんでもない事のように語る目の前の男。だがその口から飛び出したキーワードはあまりにも早すぎる正体の露見であった。

「キサマ・・・・・・生前の俺を知っているのか?」
「いいや間違いなく初対面だな」
 問いに対する返事は即答だった。
 そればかりか長髪の男は驚くラグナルに対して逆に冗談だろう?というような仕草をしてみせた。
「そんなに驚くことじゃあるまい?
 それほど分かりやすい毛皮のズボン《トレードマーク》姿のまま堂々と現れれば誰であっても丸分かりだろうよ。ましてや同郷の者ならば語るに及ばずだ」
「・・・なるほど。キサマは俺と同じく北欧の出の英雄か。ならば逆にこちらがキサマのことを知っていてもおかしくはないという訳だ。
 まあ尤も、それはキサマに俺程の武勲があればの話ではあるがな?」
 ラグナルの口元が薄っすらとニヒルな笑みに歪む。
 しかしそれは相手を見下してる訳ではなく、竜退治を成し遂げた偉大な戦士としての自信の表れであった。
「くくっ、若造が強気に言ってくれる。だがそれでいい、その意気だぜ」
 凡百の度量の戦士なら激昂しても不思議ではない挑発行為だったが、長髪の美丈夫はラグナルの発言を軽く受け流した。
 それどころかむしろ喜んでいる節すら伺えた。

「出会い頭の台詞から察するに俺個人に用があるようだな、違うか?
 しかし生憎だがキサマに心当たりも関係性もない俺ではその期待に応えられるかは定かでないが、用があるなら話を聞こう」
「なに別にさほど大層な用件があるという訳じゃない。
 ただ娘が世話になった身としては一言礼ぐらいは言っておくのも悪くないと思っていただけだ」
 娘という単語に流石のラグナルも眉を潜めた。目前の男の用件はてっきり仇討ち等の私怨だと思っていたからだ。
「生憎と美しい女には事欠かぬ生涯でな。
 その面貌から察するにキサマの娘もかなりの美女だと推察するが───娘の名は?」

「アースラウグ。ああでもオマエにとってはクラーカの名の方が耳馴染みがあるかもな」
「────!!」

 数多くの勇者を薙ぎ倒し果ては竜すらも殺してみせた英雄が、北欧世界で誰よりも豪胆な筈のラグナル・ロズブロークが今度こそ両目を見開いて愕然とした。
 覚えている。その名前を忘れることなどある筈がない。そして昔彼女が語った実の両親の名も。

「あ、あ・・・ま、まさか・・・・・そん、な・・・」
「娘が生前世話になったなラグナル・ロズブローク。
 我が娘も貴様のような勇者に娶られて幸せだったことだろう。
 おまけに孫たちも我が英雄の血統に恥じない勇者となった。特にアースラウグがシグルズ・オルムを産むのは必然だったと言えよう」
 あの戦士が何者かなどもはや愚問だった。ラグナルは魂の奥底から湧き出る歓喜の咆哮を上げる。
「───ハ。ハハ、くはははははははははははッ!!! そうか、そうかなのか! キサマが! 否、貴殿がかの真の勇者か!!
 北欧世界でその名を知らぬ者はおらず! その伝説に憧れぬ戦士など存在せず!! その魔剣で倒せぬ敵もなし!!」
「どうやら自己紹介は不要のようだな、ならば」
 ラグナルの反応に不敵な笑みで返したセイバーは両腕を翼のように広げる。そしてくるりと反転しその無防備な背中を晒した。
 背中は相手に向けたまま首だけを後方に捻り相手の顔を見つめる。
 どこか期待の混じったセイバーの視線が武者震いするラグナルの瞳を射抜いていた。

「よく見定めておけ、ここが言わずと知れたシグルド《オレ》を殺せる唯一の箇所だ」
「その名は北欧最強の戦士王、竜《ファフニール》殺しのシグルド────ッ!!!」

 巨槍を構え今にも突撃を仕掛けそうなラグナルと未だ愛剣を握りもしていないシグルド。
 完全に対極の態度であるにも関わらず英雄シグルドの瞳は期待と戦意にメラメラと揺らいでいた。
 ラグナルを格下の敵だと舐め切っているのではない。むしろ逆だ。
 最初から己の弱点を晒すのは敵と対等な戦場に立つため。その上で不死身の自分をその槍で貫いてみせろと無敵の英雄は暗に示していた。


「オレと同じくあの極寒の荒海の知る強靭な戦士よ。一切の遠慮は要らんぞ。
 さあ渾身の力で来い大蛇《オルム》殺しの勇者。この不死身のオレを──────見事殺してみせろ」


 シグルドの口より開戦が宣言された。
 ラグナルが雄叫びを上げて大地を蹴ると同時にシグルドは敵に向き直り魔剣グラムを抜刀する。
 ここに一つのサガの中心となった勇者達が正々堂々と激突した。



     ◇◇◇



 真闇の夜に蛍火の如き月光とその微かな光に照らされた粉雪。いつの間にか白い精がしんしんと舞い踊っていた。
 無慈悲に冷え切ったコンクリートの地面は薔薇のように鮮やかな朱色で一面を染め上げられている。
 紅の寝床で横たわっているのは一人の屈強な体躯の戦士。その隣には生涯彼と共に駆け抜けて来た相棒が体を真っ二つにへし折られて死んでいた。
 亡骸は心臓に墓標《グラム》を突き立てられたラグナル・ロズブロークのものであった。

「ラグナル、オレと同じく北欧の勇者である貴様にならこのシグルドに戦死《し》を与える名誉をくれてやってもいいとさえ思っていたのだが・・・届かなかったか」

 何も語れぬ敗者を少しだけ寂しそうな瞳で見下ろしながらシグルドは呟いた。
 ラグナルの実力はシグルドの目から見ても申し分なかった。流石は竜退治を果たした英雄だけのことはあった。
 しかしそれでもラグナルは届かなかった。
 彼の宝具『食い破る爆角』は北欧最強の戦士の肉体突破は叶わず、また彼の最高の護りたる『竜髪戦衣』も大戦士の魔剣を防げなかった。
 これはただそれだけの話だった。

「まあいい。まだあと五人も機会は残っているんだ。ならば一人ぐらい居ても不思議じゃあないさ」

 魔剣を回収し再びシグルドは夜の世界へと消えてゆく。
 聖杯には端から興味ない。不死身の英雄の胸の奥底にはただ一つの期待が眠るだけ。


 "世界が本当にオレが知る以上に広いのなら、必ずどこかに存在する筈だ。
          ────このシグルドを正々堂々と真正面から殺すことの出来る英雄が────"



                                          END