「――――――ガハッ!」


ガシャリという金属音と共に全身を完全甲冑に身を包んだ男が地に伏せた。
手には予め刃をこぼして鋸状にすることで、どんなに敵を切ろうが殺傷力を一定に保つことを目的とした、片刃の剣を握っている。
驚くべき事に男の両肩には巨大な大蛇が生えており、まるで宿主の男を守らんとするかのように鎌首をもたげて男を傷つけた相手を威嚇している。
だが宿主の鎧の男は全身が至る所切り傷だらけで、そこから流れる血が池を作る有様。
このままなんの治療も施さずに放置すれば、遅かれ早かれこの男の命は尽きるだろう。


「終わりよバーサーカー。
 いえ、蛇王ザッハーク」


そんな肩に大蛇を生やした全身鎧の男に語りかけるのは、斧を手にした女戦士。
流れるように煌びやかな長い金髪に金剛石のように輝く蒼の瞳。
顔から足先までの全身が神代の彫刻家によって作られたと言っても過言ではないくらい美しい造形の肢体。
己の素早さを最大限に発揮させる為、豊満な胸部、股間、肩等最低限の部分しか装甲で覆っていない。
それは健康的でありながら艶かしい肌の大部分を外気に晒している事をあらわしていた。
ある意味、裸より恥ずかしい格好であるとも言えるが、軍神の防具だけあって見た目に対し、かなりの守備力を誇っていた。
彼女こそランサーのサーヴァント、ペンテシレイア。
かのトロイア戦争で活躍しアキレスと戦い戦死したギリシア英雄の一人である。


「ま…まだだ!まだナニもオわってない!」


それでも男は、ザッハークは諦めない。
必死に生きようと見苦しいほど足掻こうとする。
片刃の鋸剣を杖に立ち上がろうとするが弱弱しい。


「くっ…!まだ動けるの!?」


警戒しつつ隙あらば止めを刺そうとするペンテシレイア 。
しかしザッハークの両肩に生えた蛇の威嚇で迂闊に近づけない。


「ふ、フクシュウ……。
 ドウシソロモンとチカったのだ!
 ワレワレのウンメイをモテアソぶカミにイッシムクいると!
 だが、ソロモンはシんでしまった……。
 まだ、まだ、カミへのフクシュウをハたしていないのに!
 やっと、やっと、ワタシのクルしみをリカイしてくれるモノとデアえたのに!」


「バーサーカー……あなたは……」


ペンテシレイアはザッハークの魂の叫びに共感を抱き始めていた。
彼女の人生もある意味神に翻弄されたものだった。
トロイア戦争、彼女の最後の戦場。
そこは神々によって運命を弄ばれる者達で溢れていた。
戦士達は死力を尽くして戦ったがある者は神の戯れであっさり命を落としていった。
ペンテシレイアもその戦場で命を落としたがまだマシな方だ。
父アレス、エリス、オーレイテュイアから武具、斧、馬をもらい万全な状態で死力を尽くして戦った。
最後アキレスの力を見誤って死んだが、それは自分の慢心が引き起こした結果。
今では素直に受け止めることができる。
死んだ後も敵も味方も悲しんで立派に弔ってくれた。
だから後悔なんてない。
あの時、妹を殺してしまった時、一度は命を絶とうとした身だ。
むしろ恵まれすぎているくらいだ。


それに比べてザッハークの一生は全て邪神に弄ばれた、といっても過言ではなかった。
人間だった頃、給仕に化けたアンリ・マユによって両肩から蛇を生やされ、その蛇から逃れようとあらゆる手を尽くした。
しかし何度蛇を切り落しても蛇はすぐに再生してしまう。
医者に相談するもその医者さえアンリ・マユが化けていた事に気付かずに、言われるがまま両肩の蛇の生贄として一日二人の人間を捧げた。
別に蛇には人間を喰わせなくてもよかったのにだ!
はじめは罪人が生贄だったがすぐに生贄は足りなくなった。
イランに侵攻したのも本当は生贄の確保の為だ。
イランを占領し、反乱分子を処刑という名目の下蛇の餌にする。
1000年間、こんな日々が続いた。
しかし両肩の蛇は依然健在だった。
心のどこかでこの蛇と一生付き合っていかなければならないと諦めながらも、希望捨てられず人を喰わせ続けた。
今思えば『王様の耳はロバの耳』のように両肩の蛇を受け入れ、開き直っていればよかったのだ。
両肩の蛇はただ生えているだけでこちらに苦痛を与える事はなかったのだから。
気にしなければどうという事はない。
しかし……流れた血はあまりにも多く、最早手遅れだった。
やがて反乱が起こりザッハークの王朝は終わった。
今でも後悔している、自分の心の弱さを。
血を流さず、己の弱さを受け止め、両肩の大蛇を受け入れる方法もあったはずなのに……。


「だからこそ、ここではシねん!
 ウォォオオオオ!!!!
 ドウシソロモン!
 ワレにチカラを!」


一瞬の隙だった。
ザッハークは懐から魔術書を取り出し己の魔力を注ぎ込んだ。
それはソロモンの宝具『七十二の鍵符(レメゲトン)』のランクダウン複製である悪魔の契約書。
いくらランクダウンしているとはいえ悪魔の契約書のランクはA-に該当する。
ソロモンが敗れ去る前、神に復讐する同士の証として、同盟を組んだザッハークに送ったものだった。
ザッハークの魔力はAランク、キャスタークラスに匹敵するその魔力ゆえ使いこなすのは容易かった。
治癒の魔術によりザッハークの傷がみるみる完治していく。
肩の大蛇もザッハーク本体の回復に比例して巨大化していった。
更にザッハークは武装兵士達を召喚する。
数の暴力によってペンテシレイアの包囲を突破しようというのだ。
だがそれはペンテシレイアにとっては下策としか言いようがなかった。


「…………ごめん、貴方の気持ちわかるけど、ここで逃がすわけにはいかない。
 ――――十二の女傑(ドデカ・アマゾネス)―――― 」


そう呟いた瞬間ザッハークの軍勢に向けて突撃するペンテシレイア。
その背後には生前の部下だった12人のアマゾネスが、彼女と同じ装備で続く。
女神エリスからもらった戦斧を振り回す度、胸当てで押さえつけている豊かな乳房も揺れる。
しかしそれに見とれるものは誰一人いなかった。
何故なら見とれる前に彼女の斧で切り裂かれるか吹き飛ばされるかし、この世から消滅してしまうのだから。








死闘の果て、最後に立っていたのはペンテシレイアだった。
召喚したアマゾネスは既にもといた所へと帰還している。
ザッハークの軍勢は確かに数の上では優勢だった。
しかしペンテシレイアの持つ足並み狂わす不和の戦斧は、敵軍の連携を破壊する効果を持っている。
連携を崩されたところにペンテシレイアと12人のアマゾネスの巧みな連携攻撃が炸裂。
万全の状態ならまだしも負傷し、疲弊したザッハークの勝算はお世辞にも高いとは言えなかった。
足並み狂わす不和の戦斧の効果はザッハークの両肩の蛇、アジ・ダハーカにも及んでいたのも大きい。
何故なら蛇はザッハークの精神から独立した思考を持つ幻想種であるからだ。
普段はザッハークの制御下にあるが斧の力によってコントロールが乱され、意思の統一が乱されたのが致命傷だった。
これにより三身一体の攻撃に隙ができ、ペンテシレイアの接近を許してしまった。


「―――――――ゆ、ユメのトオりだ……。」


保有魔力も底をつき、消滅を待つだけのザッハーク。
両肩の蛇も息絶え、再生する気配もない。
再生しようにも魔力がないのでできないのだ。


「夢?」


ザッハークの呟きに耳を傾けるペンテシレイア。
露出度の高い姿のあちこちに傷があるがどれも致命傷には至っていない。


「ユメ……で、カミのムスメにマけるワタシのスガタをミた。
 それをサけるタ…メにヒッシにアガいたが、ムリだった……か」


ザッハークの言葉にペンテシレイアは生前の出来事を思い出した。
かつて自分も夢神に戦意を鼓舞され、早くアキレウスと戦いたくて仕方ない気持ちにさせられた事を。
でもそれはギリシアに味方するアテナ神の差し金でしかなかった。


「皮肉ね……。
 私の見た夢は最後に大外れ。
 あなたの見た夢は大当たり……か」


自分の勝つ夢が外れたペンテシレイア。
自分の負ける夢が当たったザッハーク。
なんという皮肉だろう。
やりきれない気持ちになりつつ哀れみの視線をザッハークに送るペンテレイシア。
そこには敵意はなかった。


「ソ、ソロモンすまな――――――――」


盟友であるソロモンへの謝罪を言い終える前にザッハークの身体は消滅した。


「…………………」


ペンテレイシアがザッハークの消えた所に花を置く。
それは彼女のシンボルでもあるノコギリソウ、彼女はしばし黙祷した。
やがて瞑っていた目を開けた彼女は、さっきまでの表情から一変して笑顔を作ると自分のマスターの所へと帰っていった。
「士郎、ただいま!」