皆鯖でZeroのSSがなかったんでアニメの勢いに便乗して投下します。


Fate/Zero Another ~Heroes' tragic love song

Act.1

『かねてよりスカンディナビアで探索させていた聖遺物が、今朝ようやく届けられた。
この品を媒介とすれば、“剣の英霊”として、およそ考え得る限り最強のサーヴァントが招来されよう。
切嗣よ、そなたに対するアインツベルンの、これは最大の援助と思うがよい』


ユーブスタクハイトより渡された、仰々しく梱包された黒檀の小箱。
指輪入れ程の大きさのそれを開けた衛宮切嗣と、隣で覗き込むアイリスフィール・フォン・アインツベルンが見たものは、
一切の装飾や刻印がなく、鏡のように周囲を映す光沢をもつ、金色に輝く1つの指輪だった。

「……本当にこんなものを見つけてくるとは思わなかった。
傷ひとつ無いとは、これが古代のものとはとても思えないな」

「アンドヴァラナウト、ドワーフが作った魔法の指輪ですもの。物質として当たり前に風化することはないでしょうね。

聖遺物として召喚の媒介に使うまでもなく、これは魔法の域にある宝物よ」


「持ち主に富と破滅をもたらす『アンドヴァリの指輪』か、呪いの力は健在なのかな?」

「たぶん大丈夫だと思うけど、“本来の持ち主”からの魔力供給があれば復活するかもしれないわね」

「アハト翁もどうせなら、触媒は選んでほしかったものだ」

「大お爺様の贈り物が、ご不満?」

「不満、と言うよりは心配かな。これが招く英雄様の伝承からして、戦闘面での問題はないだろうが、
指輪の呪いを背負ったまま出てこられたりしたら、頭を抱えるよ」

僅かな不満を口にしながら、切嗣は指輪を箱に戻した。

「けどまぁ、“彼”は高潔な騎士サマってわけじゃなさそうだから、僕のやり方に異論を唱えないなら、そこは我慢しよう」

やや冗談めかした風に、切嗣は笑みを浮かべた。

「前向きに考えましょう。『運命られし破滅の剣(グラム)』の担い手ともなれば、
間違いなく『セイバー』のクラスとしては、伝説の『騎士王』に並ぶ最高のカードよ」

「そうだね。アサシンやキャスターよりは扱い辛いだろうが、ご老体の用意したカードは確かに強力だ。
呪いが再発するようなら、指輪を対戦相手に送りつけてしまえばいい」

切嗣の発言につられて笑うアイリスフィールだったが、ふとひとつの疑問が頭をよぎった。

「ねぇあなた、この指輪ってたしか持ち主を変えて“彼”のもとに渡って、その後“彼”が恋人にプレゼントしたものよね。
最初の所持者だったドワーフや、そのドワーフから奪った悪戯好きの神様が召喚されることは無いと思うけど、
指輪の最終的な所持者が“彼”の恋人なら、“彼女”が召喚される可能性があるんじゃないのかしら?」

発覚した盲点に顔を曇らせるアイリスフィールだったが、切嗣は――

「その心配はないさ。確かに“彼女”は半神半人だとも言われているし神格を剥奪されていた逸話もある。
でも死後に神格を取り戻したと伝承にあし、そもそも“彼女”は主神に使える戦姫、人よりも神の側の存在だ。
聖杯が招くのは“英霊”であって“神霊”ではないから、まず配はいらないよアイリ」

――その可能性は無いだろうと結論した。


∞        ∞        ∞


「失礼します」

「いいところに来てくれた、手配していた聖遺物が今朝ようやく届けられた。見たまえ」

言峰綺礼が部屋へ入ると、遠坂時臣が机の上の箱に入ったそれを見せた。

「これは――」

「残念ながら長らく手配していた本命は間に合わなかったが、それでも十分過ぎるものだ。
遥か昔、竜の血を浴びた菩提樹の葉だ」

その葉は、片側がどす黒く変色し、もう一方は変色し萎びてこそしていたが、形だけは幾星霜の時を経てなお見事なまでに原形を留めていた。

「私の招くサーヴァントは大方のサーヴァントに対し優位に立てる。早速今夜にも召喚の儀式を行おう」

自信に満ちた笑みを浮かべる時臣。
しかし綺礼の表情は硬かった。

「導師(マスター)、差し出がましいようですが……本当に大丈夫でしようか」

「心配はいらない、聖杯が招くのは真の英雄だけだ。
葉に付着した竜の血こそ本物だが、この葉にまつわる伝承はかの英雄の方が有名で縁も深い。
財宝に目の眩んだドワーフが召喚される恐れなど万に一つもない」

自信を込めて断じる時臣であったが、綺礼の心配は別の所にあった。

「いえ、そのことも懸念してはいましたが、そのことよりも、導師が召喚するであろう英霊と、私の召喚したアサシンの因縁を考えますと、
拙いことになるのではないかと」

綺礼の言わんとするところを察した時臣の表情が僅かに硬くなる。

「ふむ……たしかに生前において殺し殺された間柄だ。余計なトラブルは起こらぬに越したことはないか。
それでは綺礼、当分アサシンを当家には近づけぬようにしてくれ」

「かしこまりました。アサシンを近づけないためにも、暫く私もこちらには近づかないことにします。
何かありましたら、お借りしている魔道器で連絡いたします」

「すまないがそうしてくれ。
もっとも、対面することになっても問題はないだろうがね。生前のアサシンの勝利は不意打ちによるところが大きい。
正面からぶつかれば軍配がどちらに上がるか、考えるまでもあるまい」

時臣らしい楽観だと綺礼は思った。
言うことはもっともだが、事実として時臣が召喚せんとするサーヴァントは綺礼のサーヴァントに殺された前歴がある。
いたずらに慎重になることはないだろうが、そこまで軽視していいことなのか綺礼には疑わしかった。
が、そこは自分が気を配るしかないのだろうと、口にはしなかった。
時臣の、準備は用意周到だが実行に移す段になると足元を見なくなる。という癖は今に始まった事ではないし、
何かあっても最悪令呪を用いれば済む事である。


「それにしても導師、何故私の召喚したアサシンは本来呼ばれる筈の英霊ではなかったのでしょうか」

問題がとりあえず解決したところで、綺礼は召喚から今まで疑問に思っていたことを師に問うてみた。
本来、アサシンのクラスに据えられる英霊は「ハサン・サッバーハ」となっている。
にもかかわらず、いかなる不条理が生じたのか、先日綺礼の召喚したアサシンは全く別の存在だった。

「あぁ、そのことは私も気にはなっていたのだが……まぁ深く考える事でもあるまい。
元々君は御三家でも魔術師でもないのに、早期に聖杯から見染められた異例の人物だ。
それ故に、召喚の方にも何らかのイレギュラーが生じたのだろう。
なに、過去には本来召喚されないエクストラクラスのサーヴァントのいた話もある。今回のこともそれに近いものだろう」

腑に落ちない返答ではあったが、師である時臣がそう断じた以上、弟子の綺礼が異を唱えることはしなかった。

「ところで綺礼、アサシンの調査はどうなっている?」

「残念ながら、かんばしくはありません。
諜報や隠し身を不得手とするあのアサシンでは、依然間桐陣営以外の所在を把握するにに至ってはおりません。
一応探索は続けさせていますが、敵を見つけたとしても詳細まで調べるのは不可能かと」

「しかたあるまい。ならば先に話した通り、作戦を変えよう」

表向きは、聖杯をめぐり殺し合うかつての師と弟子――という体裁を取り繕っている時臣と綺礼だが、
水面下で共闘する彼らは、まず綺礼が隠密行動を得意とするアサシンを召喚し、他のマスターとサーヴァントの所在、
行動方針、真名やその弱点に至るまでを徹底的に調べ、その情報を元に、
時臣の召喚する攻撃力特化のサーヴァントで敵を殲滅していく作戦を立てた。

しかし綺礼の召喚に応じたアサシンは、隠密行動や諜報活動を得意としないばかりか、
アサシンのクラスだけが持つ「気配遮断」のスキルそのものが、アサシンにあるまじき低さを誇っていた。
その代りと言うべきか、綺礼のアサシンは基本能力が存外に高く、正面からの戦闘が可能な強さを持っていた。
故に――

「アサシンには敵を見つけ次第、戦闘を仕掛けさせ敵の手の内を直接探らせる。
必要ならば宝具を使用させ、相手の宝具を引き出させる。真名が露見しても私のサーヴァントが控えている限り問題は無い。
とはいえ、アサシン単体で最大5騎のサーヴァントをそれぞれ相手にしなければならない。
必要以上に無理はさせず、慎重に引き際を見定めなくてはならないな」

「はい、後程アサシンを呼び戻し知覚共有をしておきます」

「頼む。ともあれ、これならば戦略の大筋に狂いは無い。この4度目の戦いで必ずや遠坂の悲願を遂げてみせる」

万全の態勢で臨むことのできた聖杯戦争に、時臣は必勝を確信していた。
数日後、他でもない自身のサーヴァントと、綺礼のアサシンによって戦略が崩されるまでは。



∞        ∞        ∞



ついぞ自分の才能を認めなかった時計塔の連中に考えを改めさえるべく、自分を馬鹿にした講師から奪った聖遺物を持って、
決戦の地である日本の冬木市に来たウェイバー・ベルベットは、冬木市某所の雑木林で、サーヴァント召喚の準備をしていた。
時刻は深夜。隣町の養鶏場から盗んだ鶏の生き血で魔法陣を正確に描き終えたウェイバーは、拵えた祭壇に乗せた聖遺物に目をやる。
冬木に来てからの数日間、右手に宿った令呪共々幾度となく眺め、頬ずりしてはニヤけた笑みを浮かべていたその聖遺物は、
干からび、朽ちかけた一切れの布。それはかつてとある大王の着ていた服の切れ端。とある国の民族衣装だった。

幼少時に父の謀殺によって一族郎等のほぼ全てが離反するという絶望的な逆境を乗り越え、
幾つもの諸部族が抗争していたその国を一代で統一し、中国北部、中央アジア、イラン、東ヨーロッパまでを次々に征服。
最終的には当時の世界人口の半数以上を支配する、人類史上最大規模の大帝国の基盤を築き上げた、
伝説の『蹂躙王』が今夜、ウェイバーの召喚により彼のサーヴァントとして現界しようとしていた。

「そうさ、強力なサーヴァントを従えて聖杯戦争を勝ち抜き、勝利の栄冠を手に時計塔へ凱旋。
そうすれば血統だけを鼻にかける有象無象の連中は、僕への評価を正当なものへと変え、必ずやこの僕にひれ伏す!」

大いなる目標――少なくとも自分はそう思っている――と最強の切り札を前に彼は勝利を信じていた。



∞        ∞        ∞



150メートルを超える高で冬木市に聳える、冬木ハイアット・ホテルの最上階、32階のフロアを丸々貸し切った、
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは婚約者のソラウ・ヌァザレ・ソフィアリを傍らに、サーヴァント召喚の準備をしていた。

「それが今朝届いた新たな聖遺物なの、ケイネス?」

「その通りだよソラウ。
遺憾ながら当初手配していた聖遺物は、私を逆恨みした学生が盗み去ってしまったが、新たな聖遺物もこうして届いた。
英霊としての格は些か落ちてしまったが、戦い方次第でどうにでもなることだ」

先日、妄言を書き連ねた論文を提出したウェイバーという学生の妄想を、講義の席で正してやったにもかかわらず、こともあろうにその学生は、
聖杯戦争に参加すべく手配していた聖遺物を、逆恨みから盗み出し行方をくらませた――というのがケイネスの考えだった。
実際は彼自らが聖杯戦争に参加する腹積もりだったのだが、ケイネスをはじめ彼を知る人々は、
誰一人としてそんなことは夢想だにしていなかった。

「それで、その聖遺物からどこの英霊を呼び寄せるつもりなの?」

婚約者との会話を楽しむというよりは、退屈を紛らわすために質問を繰り返している――といった感が漂うソラウだったが、
当のケイネスはそれに気づいていないのか、または彼女と言葉を交わすことが余程嬉しいのか、彼にしては珍しく饒舌だった。

「よくぞ聞いてくれた。これを見たまえ、ただの朽ちた木片と糸にしか見えないが、
これこそ伝説の『騎士王』に仕え、かの『湖の騎士』と比肩した騎士が愛用した弓の残骸だ。
みすぼらしく修復さえ不可能な有様だが、本人のものであることは確証が取れている」

本音を言えば『蹂躙王』と同格か、それにも勝る英霊縁の品を手に入れたかったケイネスだったが、時間的にこれが限界だった。
加えて言えば、最強のクラスであるセイバーを召喚したかったが、これが招くであろう英霊は、伝承からしてアーチャーになる可能性が高い。
三大騎士クラスの一角でこそあれ、セイバーやランサーと違い、遠距離からの狙撃という戦法が主体であるアーチャーの使役は、
ケイネスには不本意だったが、『湖の騎士』と並ぶ武勇を持ち、最強の幻想種である竜さえも剣で倒したかの騎士ならば、
真っ向からの決闘も可能だと考え、憂慮は消えた。

さらに戦いを優位に進めるべく、ソラウにサーヴァントの魔力供給を肩代わりしてもらうようパスを繋いだケイネスは、
他のマスターと違い、戦闘における魔力消費の心配が無くなった。
そして今朝からホテルの周囲に地脈のマナをこのホテルに集め、さらにそれを32階まで汲み上げる仕掛けを施し、
万全の召喚態勢を整えたケイネスに、一切の不安はなかった。



∞        ∞        ∞



「召喚の呪文は間違いなく憶えて来たであろうな?」

「言われるまでもない」

念を押すように訊いてくる間桐臓硯に、間桐雁夜は目を合わせずに答える。
間桐邸の地下にある蟲蔵には魔法陣が描かれ、サーヴァント召喚の準備が整っていた。

「いいじゃろう、ほれ」

差し出された臓硯の手から雁夜の手に渡されたのは、小さな石の欠片だった。

「何だこれは?」

「なに、この1年頑張ったおぬしへの褒美と思うてな。今日のために用意した、サーヴァントを呼ぶ触媒じゃよ」

臓硯の言葉に、雁夜は石の欠片に目を落とした。
よく見ればその欠片は大理石のようで、もっと大きな大理石から削り出すか何かしたのだろうと思える切断面があり、
まるで研磨したかのように滑らかで、凹凸の一切ない綺麗なものだった。

「その石片はのう、ある英雄が死の間際に愛剣を折ろうとして叩きつけ、逆に砕かれた大理石の破片じゃよ」

「――本当、なのか?」

臓硯の言葉の意味するところに、雁夜は思わず息をのんだ。

「さてのう。本当だとしても剣で切りつけただけの石で、目当てのサーヴァントが出てくるかどうか……」

担がれたと知った雁夜の目に怒りの色が浮かぶ。

「くっくっくっ、そう怒るな雁夜、褒美と言ったであろう。ワシとてお前を担ぐためだけにこんなものを用意したのではない。
それの出所はちゃんと裏が取れておる。それならば触媒としては申し分あるまいて、カカカカカ」

どこまでも底意地の悪い笑い声を溢す臓硯。
しかし雁夜の覚悟はとうに決まっていた。今更この妖怪が何を言ったところで迷いはしない。

「いいだろう、やってやる」

触媒を祭壇に置き、いざ呪文を唱えようとした雁夜に、再び臓硯が陰惨な笑みを投げかける。

「それと雁夜よ、召喚の呪文の途中にもう二節、別の詠唱を差し挟んでもらう」

「どういうことだ?」

「なに、単純なことじゃよ。おぬしの魔術師としての格は、他のマスターどもに比べれば些か以上に劣るのでな。
サーヴァントの基礎能力にも影響しよう。ならばその分は、サーヴァントのクラス補整で底上げしてやらねばなるまい。
今から呼び出すサーヴァントには、『狂化』の属性を付加してもらう。
幸いにも目当ての英霊は『狂乱』した逸話もあり、狂戦士のクラスとの相性は抜群であろう」

それがもたらす破滅を歓迎するかのように、臓硯は宣言した。

「雁夜よ、おぬしには『バーサーカー』のマスターとして、存分に働いてもらおうかの」



∞        ∞        ∞



「~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」

ガムテープでしっかりと封じられた口で声にならない悲鳴をあげながら、その少女は息絶えた。
冬木市新都の住宅街にあるごく普通の民家では現在、リビングに5人――否、5体の死骸と1人の生者が転がっている。
今しがた殺された少女はこの家の次女。そして少女の父と母、そして少女の祖父と祖母は物言わぬ死体となり、
長女である少女の姉だけが、今も恐怖に震え声にならない叫びをあげながらもがいているが、縛られた手足が逃亡を許してはくれなかった。

皆一様にガムテープで手足を拘束され、口を塞がれ、逃げることも助けを呼ぶことも叶わないまま、
喉を切り裂かれ、心臓を抉られ、腹を裂かれ、次々と殺された。
リビングは四方が飛び散った鮮血でペイントされており、床の中央には5人から流れ出た血で描かれた魔法陣のような紋様がある。
それは見る者が見ればサーヴァントを召喚のそれだとわかるが、この家の住人はもちろん、この凶行の下手人にして魔法陣を描いた本人、
今巷を騒がせている連続殺人鬼――雨生龍之介さえも知らぬことだった。

最近殺しのモチベーションが下がっていた龍之介は、実家で見つけた古文書に書かれていた儀式をまねた殺人スタイルに熱中しており、
今夜もその真っ只中だった。
この古文書によると、これは悪魔を召喚する儀式らしく、もし本当に悪魔が召喚されたら面白いという考えも龍之介にはあった。

「よ~し、これで完成っと。いや~やっぱ大きいと時間かかるねぇ、でも今までの中では会心の出来かな? さてっと、それじゃあ――」

5人を殺し昨日までの物よりも大きい魔法陣を描いた龍之介は、

「♪閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ(みったせ~みったせ~みっしてみったせ~)。
繰り返すつどに4度――あれ、5度かこれ?
あー♪閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ閉じよ(みったせ~みったせ~みっしてみったしてみったせっ)。
繰り返すつどに5度。ただ満たされる時をー破却する」

古文書に書かれていた呪文らしきものを読みながら、最後の獲物を狩るべく彼女の家族の血を吸ったナイフを振り上げた。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」

少女は一心不乱に助けを求め悲鳴をあげるが、それを耳にする者は目の前の殺人鬼しかおらず、
振り上げられた刃が起こす惨劇を止められる者も、またいなかった。



∞        ∞        ∞



時を同じくして遠坂邸の地下室では、遠坂時臣が召喚の儀式を進行していた。

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

溶解した宝石で描かれた魔法陣を前に時臣は呪文を紡ぎ続きえる。
首尾よく目当ての英霊を招ければ勝利が決まると信じている時臣は、協力者である言峰璃正、綺礼親子にこの場に同席してもらい、
召喚成功後は皆で喜びを分かち合おうと考えていたが、諸々の事情と綺礼の配慮により単独で召喚に臨んでいた。
だがそれも今は時臣の意識には無い。
この瞬間はただ、間違い無く目当てのサーヴァントを呼び出すことだけに全てを捧げる。
狙い通り『不死身の騎士』を招くことができれば、その瞬間自分たちの勝利が決まるのだから。



∞        ∞        ∞



「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

同時刻、冬木ハイアット32階ではケイネスもまた召喚の呪文を唱えていた。
体内の魔術回路が暴れまわり、ケイネスの全身を痛みが襲う。
常人ならば苦痛に顔が歪むような痛みを宿しながらも、彼の顔に変化は無く、最初から変わらぬ姿勢と声で呪文を紡ぐ。

それも当然。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは断じて常人などではない。
9代続く魔道の名門、アーチボルト家の正式後継者にして、天才の誉れも高き時計塔の一級講師。
ロード=エルメロイの二つ名をもち、幼き頃から神童として周囲に讃えられてきた魔術師だ。
その経歴に「戦歴」という「箔」をつけるために身を投じた冬木の聖杯戦争など、
彼からすればこれまで成し遂げてきた数ある偉業の1つでしかない。
当然かつ十全に勝利し、魔術師としての「栄誉」のついでに万能の願望器を手にするだけの通過儀礼でしかないのだ。
まして通過儀礼の準備段階、“必要な道具を用意する”だけのことで醜態を演じるなど、彼のプライドが許す理由は無かった。

そして何よりも、心から愛する許嫁が後ろで見守っているのだ。
無様な姿など見せられるはずも、ない。



∞        ∞        ∞



「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

日本から遠く離れたドイツの地、アインツベルン城でも衛宮切嗣による召喚が行われていた。

『聖杯の力で世界を救う』それが切嗣とアイリスフィールの願い。

しかし彼らは知っている。この戦いの果てに切嗣はアイリスフィールを失う運命が待っていていることを。
彼がひたすらに追い求めてきた理想は、彼に誰よりも過酷な道を歩ませたその夢は、正義の味方という呪いとなり、切嗣を蝕んできた。
誰かを救えば救うほど、彼は人を殺す術に長けていき、彼は多くのものを失った。
そして今回、彼は理想を遂げるために妻を失う。
それでも彼は止まらない。残される娘のため、掲げた理想を遂げるため、こんなところで膝は折れないのだから。



∞        ∞        ∞



「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者」

雁夜の魔術回路として機能する蟲が彼の肉体を貪る。
尋常な魔術師とは比べ物にならない激痛が全身を巡り、四肢が痙攣し、毛細血管が切れて血が流れる。
その全てに耐え、雁夜は呪文を唱え続ける。
かつて自分が背を向けた運命に囚われた無関係の少女の未来を助けるため、引き裂かれた親子に再会の日を心の中で約束し。

そして――雁夜の中に灯った憎悪の炎がひとりの男に向けられる。
彼女たちの幸せを踏みにじり、苦難の道を歩ませた張本人、遠坂時臣に。



∞        ∞        ∞



「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

呪文を結んだウェイバーの前の魔法陣がひと際眩い輝きを放つ。
全身から力の抜けたウェイバーは、腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまう。
されど成功の手応えは確かに感じていた。
それを裏付けるように、白煙が立ち込める魔法陣の中から、未だ渦まく風にはためく布の音がする。
さっきまで何もなかった魔法陣の上には『誰か』がいる。
その意味を察したウェイバーの顔が歓喜に彩られた。



∞        ∞        ∞



7人のマスターを選別し令呪を与えるのは聖杯の役目だ。
聖杯はより真摯にそれを必要とする者から順にマスターを選ぶ。
が、奇跡の願望器の担い手はそう簡単に見つかるものではなく、開戦が迫っても人数が揃わない場合、
本来選ばれないようなイレギュラーな人物が令呪を宿すこともある。
英霊召喚の大部分は聖杯が行うことであり、魔術師たちの行う儀式は成功の確実さを増すための事でしかない。
乱暴に言えば、マスターとなれる人間が存在さえすれば、英霊の召喚は可能なのである。

そして今回の聖杯戦争において、唯一その条件を満たすマスターが雨生龍之介であった。
振り上げた右手の甲に痛みを感じた龍之介が、直前で少女を刺すのを止め、痛みを発した手を見ると、
そこには入れ墨のような紋様――令呪が刻まれていた。
驚く龍之介の背後では血で描いた魔法陣が光を放ち、猛烈な突風を巻き上げている。

ところで、聖遺物の無い状態で召喚が成された場合、それに応じる英霊は召喚者と精神性の似た者が現界する。
悪辣な殺人鬼が図らずも招くサーヴァントは、彼に輪をかけた残虐で後世に名を伝えた英霊である――筈だった。

偶然かはたまた必然か、彼の描いた魔法陣の本来ならば召喚の触媒が置かれる祭壇の位置には、
先ほど殺された少女から流れ出た血が溜まっており、その上には動きを封じられた少女の姉が倒れていた。
無論、彼女も流れた血も英霊の聖遺物などではなく、それらが触媒となる事などありえない。

だがイレギュラーなマスターによるイレギュラーな召喚が行われたならば、それに応じる者もまたイレギュラーでないと断じるのは、
早計ではなかろうか。

『生きた少女』と『流血』が触媒となったのか、むこうから血の臭いを嗅ぎつけて来たのか、それは誰にも知りようのないことだが、
確かに言えるのは龍之介の「召喚」に応じてサーヴァントが現れたということ。
そして殺人鬼の招いたサーヴァントは彼と似て非なる、それでも彼を遥かに上回る残虐で後世に名を知らしめた英霊――
いや、怨霊と呼ぶに相応しい人物だった。



∞        ∞        ∞



今宵――異なる場所で、異なる者たちが、それぞれの対象に向けて呼びかけた呪文が時を同じくして、
1人を除く全てのマスターの間で唱えられたのは、奇跡的な偶然の一致か、見えざる運命に導かれてのことか、その答えを出せる者はいなかった。

たったひとつの奇跡をめぐり、その獲得を悲願とし、命がけの戦いに身を投じるマスターたち。
彼らの祈りを聞き届けた超常の存在が今、英霊の座より現世へと降臨する。


遠坂邸の地下室に――

「問おう。貴公が俺のマスターか」


夜の闇に包まれた雑木林に――    

「この俺を呼んだのは貴様か、小僧」


ハイアット・ホテルの一室に――

「問おう。貴殿が私のマスターか」


間桐邸の蟲倉に――

「■■■■■■■■■■…………」


鮮血の滴る民家に――

「質問よぉう。あなたが妾(わらわ)を呼んだマスターなのかしらぁ」


そして、アインツベルン城に――

「問おう。汝が私を招いたマスターか」



――『彼ら』は降り立った。



∞        ∞        ∞



同時刻、円蔵山に根を張る1本の木の上に、黒い影がゆらりと揺れた。
霊体で市内を探索していた存在が実体化し、その姿を現したのである。
夜の闇よりなお深い漆黒の装束と髪を風に揺らめかせ、サーヴァント・アサシンは人工の光が煌めく、冬木の都市部を俯瞰する。
ここ数日の見慣れた夜景に変化は無いが、先ほど知覚共有をしているマスターの言峰綺礼から念話が送られ、
ようやく自分以外のサーヴァントが現界したとの知らせが届いた。
それも6騎が時を同じくして召喚されたとのこと。

「ただの偶然か、聖杯の粋な計らいか……まぁそんなことはどうだっていい。これでようやく始まるわけだ、歓迎するよご同胞。
フ、フフフフ……フハハハハハハハハハハハハハハ!」

『彼ら』よりも一足早く現世に降り立っていたアサシンは、待ち望んだこの時を心から喜び、あふれ出る哄笑を夜の山に響かせた。