(――――――ん?)




何故か衛宮士郎は目を覚ますと古代の都市にいた。
まだぼんやりしている意識で周囲を確認する内に、これが夢であると確信する。
その証拠に自分の身体を確認しようにも体が存在せず、意識だけの存在になっていた事が挙げられる。
他にも都市の住民多くが歴史で学んだ服装とよく似たものを着ていたのもあった。
簡素なチュニックの上に大きな一枚布を体に巻きつけ着付ける姿はまさに古代ローマ人の代表的な服装。
こんな服装現代社会で着る機会なんてよっぽどの事でない限りない。
また都市の建造物の作りも知らない人はいないであろうかの有名なローマ建築が占めていたのもある。
だが何故こんな夢を?と考えている間にめぐるましく光景は移り変わっていく。
やがて意識は立派な街中に聳え立つ立派な劇場へと引き寄せられていった。




(――――なんでさ?)




劇場の内部は明かりに満ちており、まるで王侯貴族の御用達のように豪華絢爛な作りだった。
席には老若男女関係なく大勢の人間が座っている。
最初観客達はザワザワと雑音を立てていたが時が経つにつれ静まっていった。
士郎の意識は最も舞台がよく見える最前列に存在していた。
やがて舞台の一番奥にある扉から、一人、また一人と、容姿端麗な女性達が現れる。
その姿を目にした瞬間、士郎は思わず噴き出してしまった。
何故なら彼女達は金銀宝石で飾り付けている以外、一切何も身につけていない裸婦だったのだから。
手足に色とりどりの布を纏っているので正確には全裸ではないと言える。
当然彼女達は全員胸を露わにし、股間にもなにも穿いておらず陰毛も生えていたり無毛だったり様々だった。
裸身の部分は香油でも塗られているらしく妙につやつやと輝いており、それがまた艶かしさを強調させる。
顔も彫りや作りは皆違うがとても美しく、まるで神話に登場する精霊、ニンフのようだ。
士郎は視線をそらそうとするが全く動かない。
もし実体があったらその顔は真っ赤に染まっていた事請け合いだろう。
せめて目蓋があれば目を閉じる事ができたのだが、それも叶わずただただ目の前の光景を見る事しかできなかった。
ごくりと観客の誰かが唾を飲む声が聞こえる。
総勢で十名ほどの裸婦達が一列に並ぶとどこからか楽器による演奏が流れてきた。
裸婦達は曲に合わせて舞台をエロティックに歩きまわり始め、徐々に踊りだした。
舞のレベルは非常に高く、技巧に優れており、血の滲むような努力を経てこのレベルに達した事が容易に想像できた。
なにより驚いたのは乳房、性器を晒しながら踊っているというのに、猥雑さをまったく感じさせなかったのだ。
裸婦達は皆難易度の高い、見ている者に息を呑ませるような複雑な踊りを次々に披露する。
バック転や、片足を軸にした、めくるめくようなすごい速度の回転が展開されていく。
その踊りを見て心を奪われる観客はいても発情する観客はいなかった。
やがて舞が最高潮に達し、もう終わりなのかと観客が思うころ、待ちに待ったメインディッシュ級の主役が現れる。




(あれはハーロット?!)




十人の裸婦達が左右五人ずつに別れ、分かれた先にある扉から現れた少女は士郎のよく知っている顔をしていた。
長い髪は白金(プラチナ)ような艶やかさを放っている銀髪。
紫の瞳は見るもの全てを吸い寄せそうな怪しい光を放っている。
透き通る肌を持ち、同じ年頃の少女の中にいてさえ際立った美しさを放つ芸術品のような顔立ちをしている。
そして生まれ故郷から一歩も出たことがない田舎娘のような清楚さと、長らく男の相手をする事でしか持ち合わせないであろう色香を同時に持ち合わせていた。
身に纏っているのは最初踊りを披露してくれた裸婦達と同じく、裸体にごく少量の布と大量の黄金、真珠、宝石類を纏った姿。
いや、裸婦達と比較しても、身につけている装飾のレベルは銀髪の少女の方が上であった。
緋と紫の布を両腕と両足に巻き、その布の上に真珠、各種宝石、綺羅を材料とした沢山の腕輪や足輪といった装飾を施している。
全ての指にダイヤモンドをはじめとする最高級の宝石が備えつけられた指輪をはめ、足には赤い宝玉で飾り付けられた黄金の靴を履いている。
華奢な首には大粒の紅玉を着けた金の首輪を、更にその首周りに真珠と宝石を組み合わせたネックレス、肩には白金を加工した肩当を着けていた。
そんな豪奢さに反して胸、腹部、腰、臀部、股間には一切の装飾が施されていなかった。
まるでどんな宝石も黄金も彼女の裸体には適わない、下手な飾りなどその魅力を損なうだけだと言わんばかりのようにも感じられた。
実際その身体つきは見事としか言いようがないくらい統制の取れた、淫靡さ、淫猥さ、淫奔さを醸し出している身体つきだった。
更にその身体に香油を満遍なく塗りたくる事で際立って赤裸々な媚態と化している。
乳房は胸に球体が乗っているような形であり、正面から見てほぼ円に見える、最も理想的な乳房と言われる半球型。
腰はキュッと引き絞られ、臀部の肉尽きもしっかり張っている。
少し幼い感じもするが、士郎にとってあまりにも見慣れたその姿は、最早間違えようがなかった。




一月前に始まり半月前に終わった聖杯戦争。
魔術師が過去の英霊達を召喚し聖杯を求めて殺し合う戦争。
衛宮士郎もそれに巻き込まれ、最終的に英霊を召喚する事となった。
しかし召喚したサーヴァントは英霊達の中ではある意味常識外れな存在であった。
ライダーのサーヴァント、マザー・ハーロット。
かのバビロンの大淫婦と呼ばれし存在を士郎は召喚し、聖杯戦争を生き残った。
その過程で色々あったのは言うまでもない。
召喚した時の彼女は帽子とマントを羽織っていたが、その下は全裸を豪奢な宝飾で飾っているというあられもない姿という有様。
当然士郎の意識が鼻血の海に沈んでいったのは言うまでもない(今は大分耐性がついたが)。
その後もその姿のまま戦争に参加しようとして一悶着あったり、家で過ごす時の姿で揉めたり……。
魔力の供給が不十分でその不足分を補う為に男女のまぐわいをしなければいけなかったり、とにかく色々あったのだ。
彼女は聖杯戦争が終わった後も現世に残り、士郎の家に住み着いている。
今目の前にいる銀髪の少女は士郎のサーヴァントであるハーロットと瓜二つの容姿だった。
士郎は少女の正体を知ると同時に悟った。
今見ている夢は彼女の過去であるという事を。
聖杯戦争中ハーロットの真名を教えてもらう前、彼女はよく士郎の時代と古代ローマ時代を比較していた。
それから暫く経たない内に彼女があのキリスト教黙示録に登場する、バビロンの大淫婦だと知って驚いたのはいい思い出だ。
士郎はその時ハーロットは遥か未来から来た英雄であると思っていた。
しかしそれでは何故ハーロットが古代ローマの事を、まるで見てきたかのように詳しく知っていたのかについて疑問が残っていた。
その疑問もこの夢で晴れた。
今まで未来の英雄だと思っていたハーロットは、本当は過去、古代ローマ時代を生きていた人間だったのだ。
そう考えれば今見ている夢も納得がいった。




(それにしても意外だな……)




士郎は納得すると共に目の前の裸同然の姿をした少女、ハーロットの態度が信じられなかった。
士郎の知っているハーロットなら、恥らう素振りなど見せず、むしろ堂々とその裸を見せ付けるだろう。
現に聖杯戦争中も敵のサーヴァントだろうがマスターだろうがお構いなく、磨きぬかれた裸体を見せつけ魅了しようとしたのだから。
だからこそ今見ている彼女の、まるで初心な生娘のように恥らっている姿は新鮮だった。
微妙に頬を染め羞恥心に染まった彼女の表情は、観客達の心を昂まらせる。
左手で股間を覆い、右手で乳房を隠しているハーロットの裸は、あまりにもエロティックの塊だった。
特に豊かな乳房は右手だけでは隠しきれず、腕からはみ出てしまっているが、それでも乳首だけは何とか隠していた。
そのままおずおずとゆっくり歩きながら舞台の、士郎の目前まで辿り着く。
彼女はそのまま数分ほど、秘所を手で隠したまま立ち尽くした。
演奏もいつの間にか止まっており、劇場内は一瞬で無音空間と化す。
観客達は固唾を呑んでハーロットの動向を見守った。
やがて決心がついたかのように、ハーロットは胸と股間を隠していた両腕を天へと大きく振り上げ、自らの身体をさらけ出すようなポーズをとる。
胸はその反動で勢いよく揺れ、隠されていた乳首は正面に向かってまっすぐ真ん中についている見事な美乳だった。
両脚のあわいには髪の色と同じそこを覆うべき翳りがなく、ミルク色の陰阜の上を、肉の合わせ目がすっと縦に走っているだけだった。
ごくりと誰かが唾を飲む声が聞こえる中、光に照らされた舞台でハーロットの踊りが始まった。
その表情はまだ恥じらいがあるせいかほんのりと赤く染まっているが、形のよい唇に自然な笑みを浮かべながら観客達に視線を返す。
彼女が踊りだすと同時に演奏も再開するが、そこからは先程の裸婦達の踊りとは比べ物にならなかった。
裸婦達の踊りは猥雑さをまったく感じさせなかったものだったが、ハーロットの踊りは正反対のものだった。
常に向きを変えて全ての観客に己の全てを見せ続ける常に意識しつつ、ターンしながら背中を見せ、尻を突き出す。
自分の全てがあらゆる方向から見えるように身を踊らせ、脚を上げ、腕を振り上げ、しなやかに、軽やかに、そして荒々しく舞う。
前の裸婦達の踊りと違って、客の卑猥な感情を高める踊りを見せ付けながら、ハーロットは舞台の上を軽やかに舞い続ける。
身をくねらせ、腰を揺らしながらハーロットは扇情的なアクションを見せた。
頭の後ろに両手を組んで、踊り子は悩ましく腰を動かすと、連動して上半身の豊かな乳房も悩ましく揺れていく。
腰を左右に動かすと乳房も左右に揺れ、腰を上下に動かせば乳房も上下に、腰を回すように動かせば乳房も円を描く様に揺れる。
頭上で組み合わせていた両腕を解くと、腰を動きを止めず、大きく広げながら下ろしてゆく。
今度は軽く脚を上げながら舞い出すが、当然何も穿いておらず一切の体毛が生い茂っていない陰阜がくっきり丸見えになる。
柔らかな肢体が演奏に合わせて美しく激しく動き、それが更に客席のテンションを上げる。
透き通る白い肌は既にほんのりと汗にぬれ、全身に塗りたくられた油と合わさりなんとも言えない淫靡さを醸し出す。
思考が止まった士郎は、劇場内の客席の中央最前線でその踊りを食い入るように見つめるだけだった。
現実とは思えない、夢だからだろうかこれまで見たよりもずっと幻想的だった。
美しい……それが敬遠なキリスト教徒にとっては汚らわしい淫らなものであっても、舞い続けるハーロットは美しかった。
すっと伸びた美しい脚が、カモシカのように引き締まっており目の前に差し出される。
お椀のような乳房が鋭い遠心力に美しく跳ね、中央にちょこんと乗った乳首が突き出す。
翼を広げるように脚を全開にして……もちろん秘所を外気にさらし……観客に、意識だけの士郎に己の全てを見せ付けた。
その淫らの中に気品を秘めた伸びた肢体は、堂々と、誇らしく、恥じるものなど何一つないと、主張しているように見えた。
永遠とも一瞬ともとれる時間……演奏の終わりと共に踊りも終わった。
ハーロットは目を閉じ暫し佇む。
まるで踊りで火照った身体を静めるかのように。

パチパチパチパチパチ!!!!!

ヒューヒュー!!

舞いは終わり、あちこちから飛んでくる拍手や歓声。
硬直を解いた彼女はその声に笑顔で答える。
大きくなる歓声と共に士郎の意識は薄れていった。










「―――――――――ん……ここは……」

ゆっくりと目蓋を開いた士郎が見たのは、自分の部屋の天井だった。
横になっていた布団から身を起こして周囲を確認する。
あたりはまだ暗く深夜のようだ。

「……よりによってなんて夢を見てるんだ俺は////////」

意識がはっきりしていくにつれ、夢の内容を思い出し顔が赤面していく。
とてもじゃないがこのまま眠ることなんてできない。

「/////////~っ……。
 ちょっと風にでも当たってくるか。
 煩悩退散、煩悩退散っ!」

部屋に留まっていると夢の内容を細部まで思い出しそうになるので、士郎は気分転換に外に出る事にした。
隣の部屋で眠っているであろう夢に出てきた同居人を起こさないように。




「お………今夜は満月か」

月の光が差す衛宮邸の庭に出る士郎。
見上げると外には大きな、僅かな欠けもない満月が浮かんでいた。
静かな佇まいを見せるこの庭は太陽の下よりも月光の下のほうが映える感じがする。

「まるで(~~♪~~♪~~~♪)ん? この音は?」

月の美しさに見惚れていたら、どこからかテレビで流れていた流行の曲が流れてきた。
耳を澄ますと剣道場から流れてきているらしい。
こんな時間に誰が?という疑問と共に剣道場に行ってみる事にした。




剣道場に近づくにつれ音が大きくなっていく。
やはり剣道場の中に誰かがいるのは間違いないようだ。
どうやら人の気配は一人だけらしい。
どういうわけか胸が高鳴っている中、士郎は扉をそっと開けて中を覗いてみた……。
そこには夢の光景の続きがあった。
剣道場は明かりがついておらず、月明かりだけが内部を照らしている。
その中を一人の裸婦が一心不乱に踊っていた。
夢の中と変わらない、絵画に出てくるような完璧なプロポーション。
豊満な乳房、上を向いた乳首、きゅっと引き締まったウエスト、そして大きくも垂れてはいないヒップ。
彼女の脇にはCDプレーヤーが置いてあり、そこから先程から聞こえていた流行の曲が流れている。
月明かりの中、曲のリズムに合わせてハーロットが一心不乱に踊っていた。
夢の中、そして召喚された時と同じ、豪奢な宝飾で裸身を着飾っている姿で。
身体に塗っている香油に媚薬が使われているのか、道場内は官能的な匂いに満ち溢れていた。
雲を踏むように軽やかなステップで足を大きく開き、その奥の秘密の扉が曝け出される。
真っ白な肌の下の中心に翳っている筈の柔毛は夢の時と同じように生い茂ってはいない。
その表情は、笑顔でありながらまるで白昼夢を見ているようだった。
さっと舞台を見渡し、扉の隙間から見ている士郎とまっすぐ目が合う……。
だが、場の雰囲気のせいかお互いにお互いの目を見てはいなかった。
ハーロットは既に扉の向こうの士郎に気付いているらしく、優雅な礼を返した。
当然身体は下に傾くわけで、柔らかそうな乳房が重力に引かれ一瞬下を向く。
突然、曲が激しいリズムへと変わり出した。
それに合わせて彼女の真っ白な肢体がぱっと跳ね上がり、音楽に合わせつつ踊りながら歌いだした。
銀の流れるように長い髪を激しく振り、朗々と歌声を奏でる。
それはまるで船乗の男たちを虜にして海に引きずり込む、かのセイレーンの歌を髣髴とさせる。
妖しく美しい唇から放たれる、声の音量は群を抜き、あらゆる者を魅了するのだろう。
しなやかで張り詰めた肌は汗で光り、真っ白な脚がまるで別の生き物のように見えた。
月の明かりが作るハーロットの影は、一瞬彼女の使役する黙示録の獣にも見えた。
歌いながら、踊りながらも彼女の視線は、士郎を離さない。
ハーロットの手にかかれば普通の歌ですら男を誘惑する歌へと変貌する。
剣道場で音楽と裸と歌がのびのびと絡み合い踊り狂うという、普通ではありえない光景が繰り広げられる。
士郎は色々な曲を裸で踊り歌う彼女を、ただ黙って見つめる事しかできなかった。
身体は動かない、声は出せない、何故なら魂を奪われてしまっているから。
流れている曲と、彼女の歌と肢体が表現するものが士郎を手放そうとしない。
それは正に劣情を催させ、虜にしてしまう事に特化した雄を知り尽くした雌の踊りだった。
玄妙で幻惑的な、生まれた姿のままで行われる淫靡で、淫猥で、淫奔な舞い。 
士郎の目には、その動作のどれもが予測不能で、そして何よりも美しく映った。  
眼前で展開されている“淫美”に比べれば、少し前まで見ていた月の輝きすらも、ただの星の光の一つにしか見えなかった。
それほどまでに士郎はハーロットの織り成す美しさ、淫らな雰囲気に吞み込まれ、魅了されていた。
そんな士郎の熱い視線をハーロットは、物理的な感覚として感じていた。  
彼女の黄金と宝石と真珠と緋と紫の衣で飾られた肢体が舞うたびに、その動きに合わせて豊かな乳房が揺れる。  
筋肉と脂肪が完璧なバランスで融和した、蠱惑的な臀部。  
それとは対照的な、折れそうなほどに細い腰。  
薄らと桃色に染まる、陶器のように白く滑らかな肌。  
夜露に濡れるように輝き、艶めかしく振り乱れる銀の髪。  
情熱的に潤んだ、宝石のように輝く瞳。  
その全てに、士郎の視線があますところなく注がれているのが、扉越しとはいえ感じ取れた。  
娼婦として、この手の視線はもう御馴染みな筈だ。
だが士郎からの視線は、まるで初めて感じるもののような錯覚をハーロットに与えていた。  
意識する度に、激しくなる音楽に同調して、どうしようもなく心臓は高まり続け、肌が上気していく。  
このまま夢の続きはずっと継続すると思われた。
しかし予想に反して夢の続きはあっけなく終わった。
流れていた曲がついに終わったのだ。
同時に、ハーロットが地を蹴り勢いよく跳躍。
空中で回転しつつ士郎が覗き見ていた扉の前に降り立った。
そして扉を勢いよく開けて隠れていた士郎にこう尋ねた。

「フフ……私の踊り、どうだった?」

夢の時の恥ずかしげな表情と違って自信満々に溢れた笑顔を浮かべて。










「―――――――で、私のエッチな夢を見て士郎は目を覚ましちゃったわけね?」

月明かりに照らされる縁側にハーロットは座り込んでニヤニヤしながら、隣に座っている士郎からこれまでの事を聞き出していた。

「悪かったな……。
 見ちゃったものはどうしようもないだろ?」

バツが悪そうにそっぽを向く士郎。
ハーロットはそれを面白そうに、まるで新しいおもちゃを見つけた悪戯ッ娘のように見つめる。

「う~~~ん、隠れて見るくらいなら堂々と見てくれるほうが私としても嬉しいんだけどねえ~。
 ―――――それにしても、懐かしい夢を見たものねぇ。
 まさか私の初舞台の夢を見るなんてね……。
 あの時は私もまだひよっこだったものねぇ……」

懐かしそうに過去に想いを馳せるハーロットをみて士郎は前から疑問に思っていた事を聞いてみる事にした。

「初舞台……という事はハーロットは本当は古代ローマ時代の人間なのか?
 いや、ハーロットがバビロンの大淫婦っていうのは聖杯戦争中に聞いたけど、未来の英雄じゃないんだろ?
 夢の中の都市は俺の知っている限りではどう見ても未来の都市には見えなかったからさ…」

「…………士郎、イリヤが言っていた第三次聖杯戦争で召喚されたアヴェンジャー、アンリ・マユを覚えてる?」

「ああ。
 アインツベルンがルールを破って召喚されたサーヴァントだったけど神霊を召喚する事はできなかったんだろ?」

「そう、冬木の聖杯じゃ神霊そのものを召喚する事はできなかったのよ。
 なのに召喚を強行した結果、この世全ての悪を体現する邪神『アンリ・マユ』の名と役割を無理矢理に背負わされて、
 人々に心から呪われ蔑まれ疎まれ続ける中で『そういうもの』になってしまった、ただの人間が召喚されてしまったの。
 生前は魔術も神秘も知らない『悪の象徴』という役目を背負わされた、宝具も持っていない最弱レベルのサーヴァント。
 士郎……私はね、アンリ・マユと同じ『バビロンの大淫婦』という役割を背負わされて召喚された神殿娼婦だったのよ。
 ただアンリ・マユと違って生前魔術や神秘に対しての心得があった、という違いがあるけどね」

「…………っ!?」

これまでの雰囲気から打って変わって、真面目な表情で話すハーロットから明かされた驚愕の事実に絶句してしまう士郎。

「じゃ、じゃあハーロットが使役している黙示録の獣はなんなんだ?
 ただの神殿娼婦があんなのを召喚できるのか?」

「あの獣は私が住んでいた神殿で信仰していた怪物の類なの。
 いや正確にはこの国でいう祟り神と解釈した方が正しいかもしれないわ」

「祟り神ってあの、崇徳上皇みたいな荒御霊の類を手厚く祀りあげて信仰することで強力な守護神にするってやつか?」

「ええ、私の御先祖様がね、あの地に住んでいた怪物を鎮めてその土地の守護神にしたのよ。
 恩恵をうけるも災厄がふりかかるも信仰次第だから手厚く信仰されたわ。
 私達の故郷を併合したローマ帝国も獣の力に一目置いてたから、獣の力を操れる私はローマで重職に取り立てられたの。
 士郎の見た夢はローマの都の劇場での初仕事の時ね。
 それから私はローマの霊的守護、神殿娼婦の二つの仕事を兼任したんだけれど、
 キリスト教の黙示録で私の事が書かれていたのはそのせいね。
 ローマ帝国から弾圧を受けていたキリスト教徒から見れば、獣とそれを操れる私はまさに恐怖の象徴に見えたんでしょうね……」

「それから……どうしたんだ?」

遠い目をしながら黙ってしまったハーロットに思わず士郎が尋ねる。

「どうって…私はそのまま天寿を全うしたわ。
 アンリ・マユの事を知った時は驚いたわねぇ。
 まさか私と似たような存在が召喚されていたなんて。
 ただ、私とアンリ・マユには違いがあった。
 それは、私には魔術、神秘の心得と、あの黙示録の獣と呼ばれる怪物を召喚できる能力があった事よ。
 だから私はバビロンの大淫婦という架空の英霊の殻の中身として最適だった。
 本当の私は彼女を演じるのに最も適した、無名の神殿娼婦よ。
 …………ねえ、士郎はこんな私をどう思う?」

と、月を見上げたまま士郎に問いかけるハーロット。
その顔にはこれまで見てきた彼女の享楽的な笑顔の面影は欠片も残っていなかった。
だがそんな彼女に対しての士郎の答えは決まっていた。

「ずっと考えてたんだけとはっきりしたよ。
 バビロンの大淫婦に拘る必要なんてなかったんだ。
 ここにいるのはただの酒好きで、露出狂で、エッチ好きな女の子。
 でも放っておけない、一緒に聖杯戦争を生き抜いた大切な仲間だ」

そう言いながらハーロットの手を優しく包む。
ハーロットは最初キョトンとしていたがやがてクスクスと笑い出し、士郎の手を包み返した。

「アハハッ、そこで愛するって入れないのは本当に士郎らしいなあ
 ……でも、ありがとね。
 こんな私を受け入れてくれて」

そこにはバビロンの大淫婦なんて関係ない、歳相応の少女の笑顔があった。










神聖娼婦は宗教上の儀式として神聖な売春を行った者である。
その歴史は古く、古代の近東、メソポタミア地域から始まり古代ローマ帝国の時代まで続いた。
寄進を受けた者に神の活力を授けるために性交渉を行う風習であり、神聖娼婦の売春行為は当時の価値観では神聖な儀礼と見なされていた。
ギルガメッシュ叙事詩でもギルガメッシュの友エンキドゥの獣性を鎮めるため、娼婦を派遣して性交渉を行ったとの記録が残されている。
かの地が古代ローマ帝国に併合された後もその習慣は長く続き、古代の娼婦はしばしば高い社会的地位を占め、彼女たちの持つ学識は尊敬を受けていた。






しかし西暦4世紀、キリスト教を奉じるローマ帝国皇帝コンスタンティヌス1世が女神の神殿を破壊し、キリスト教化したことによって神聖娼婦の習慣は終了した。





.
fate extraでセイバーの正体がネロだった事から、古代ローマ帝国の事を調べてみました。
実際に調べてみるとキリスト教が言っているほどそんなに悪というイメージはないんですよね。
実際ローマ伝統の多神教を否定するキリスト教に対して嫌悪感を抱いている者が当時は多数派でしたし。
その過程でバビロンの大淫婦についても調べてみると過去に起こった事と捉える過去説と、
未来で起こった事と捉える未来説とあったので過去説をベースとした話を考えてみました。
ハーロットについてはアンリ・マユに近い、むしろ燕返しを使える佐々木小次郎と同じ
『黙示録の獣を召喚できる神殿娼婦』という設定にこの話ではなっています。
混沌・悪ですがキリスト教にとっての悪という設定を与えられているだけで、
ラーヴァナと同じくそこまで悪というわけではありません。
ネロとの絡みとかも書ければいいなと考えていたのですが短い執筆時間ではこれが限界でした。
文章のおかしい部分は脳内変換、保管で補ってください。
ちなみにこの話のハーロットのモデルはイラストM・H(銀髪のハーロット)です。