1人の老人が、岸辺を彷徨っていた。
彼は全てを失っていた。
父母も、妻子も、故郷も、栄誉も。
さまざまな国をさまざまな人々に追われる事に疲れ果てた彼が思い起こしたのは若き頃の冒険の日々。
そしてその日々に共にあり続けていた一隻の船だった。
そうして彷徨い続けた彼はついにあの船の元にたどり着いた。

その姿はひどく朽ち果てていた。

「ただいま。今まで、ずっとほったらかしにしていてごめんな。」
彼は船に囁き、その船体に背を預けた。
「…やっぱり怒っているのか?」
彼はなおも船に囁き続ける、まるで恋人と語らうかのように。
「全部君が言ったままになったよ、僕は全てを失った。」
そう言いながら彼は朽ち果てた船上へと上がっていった。
彼が一つ歩を進めるごとに、船は軋みを挙げる。
今にも崩れ落ちそうな足場、だが彼の足取りに不安はない。
そして彼は船端に飾られた女神像の前に来た。
「なぁ、アルゴー。僕は、もう疲れたよ。」
女神像に話しかける。
「このまま、君と一緒に眠らせてもらってもいいかな?」
彼は女神像を抱きしめた。
そして瞳を閉じ、耳を澄ました。
そうしてそのまま長い静寂が時を刻み、日が沈もうとした頃。

「…ばか。」

女神像が呟いた。
その声を聞き遂げた彼、イアソンは凄く嬉しそうな顔をしてその生涯を閉じた。
そしてその亡骸を包み込むように、アルゴー船は崩れ落ちた。