Act.2


「質問よぉう。あなたが妾(わらわ)を呼んだマスターなのかしらぁ?」

光は消え、風も治まった魔法陣の中に立っていたのは、龍之介よりも幾分か年下に見える少女だった。
頭には宝冠を冠し、胸元と肩のはだけた純白のドレスを纏うその姿は、中世のお姫様を体現しているかのようだ。
高貴な装束とそれに見合う美しい容貌はしかし、それを見る者に可憐や美しいといった賛辞を贈らせない何かを発していた。
どこか灰色のようにくすんだ銀色の長髪。美しさよりも、不気味さが先に立ってしまうどこまでも白い肌。
その肌にさす薄らとした赤みは血の通っているそれではなく、まるで白い肌に何度となく“赤い液体”を浴びせているうちに、色が染みついたのではないかと、そんな突拍子もない考えを、妄想として一笑に付すことのできない、とにかく不気味な「赤」だった。

そんな突如現れた不気味な少女を前に、龍之介は言葉を失った。
と言っても彼は驚きや恐怖で絶句しているのでもなく、出てきた「悪魔」があまりに普通どころか、自分よりも背の低い女の子でお姫様だったことが意外すぎたのである。
人外の怪物や一目でそれとわかる異常性を携えているでもなく、恰好や口調などは少なからず奇抜ではあるが、タイムスリップしてきた昔の人と言われれば、そのほうが悪魔よりも現実的な回答の気さえする。

「ちょっとぉ、訊いているんだから答えなさいよねぇ。あんたが妾のマスターなのぅ?」

沈黙にしびれを切らしたのか、どう見ても龍之介より年下にしか見えない悪魔――であろう少女は上から目線で詰問する。
とりあえず龍之介は覚悟を決め、彼女に答える。

「えーと、マスターってのが何だかは分かんないけど、自分は雨生龍之介っす。
職業フリーター。趣味は人殺し全般。子供とか若い女とか好きです。最近は――」

「わかっているじゃなぁい!」

自己紹介を続ける龍之介の言葉は、唐突に発せられた白い少女の歓声で遮られた。




「そおぅよ、そおよ、そおよぅ! 若い女(コ)はイイわよぉぉ。特にその体を流れる血はぁこの世の何よりも素晴らしいわぁ!
ああ~あぁ、素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしいわぁ……」

突然捲し立てるように喋りだした白い少女。
恍惚の境地に至ったような至福の笑みを浮かべ、焦点の合わない瞳は中空をさ迷い、遂には身振り手振りを交え、正確に聞き取れないほどの早口で弁舌をふるう白い少女に、龍之介は“あるもの”を思い出し、自分の後ろに転がっていた“それ”を見せた。

「あのー若い女が好きだってんなら、これなんかどうです?」

縛り上げられたこの家の少女が視界に入った途端、ピタリと動きを止める白い少女。
数秒の沈黙。そして――

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

――閑静な夜の住宅を引き裂く哄笑がこだました。

「いいわ、イいわ、イイわ、いいわよぉう! 見どころあるじゃなぁい、マスターァ。気に入ったワよぉ!!」

言いながら龍之介を押しのけ、縛り上げられながらも泣き叫び、必死にもがく少女の前に白い少女が立つ。
狂気を宿した赤い瞳と、狂喜の笑顔を張り付けたその貌は、正しく悪魔そのものだった。

「あ、気に入ってもらえました?」

龍之介が安堵の息を洩らそうとしたその時、異変は起きた。

白い少女――否、悪魔の周囲に赤い霧が立ち込め、それが見る見るうちに形を成しはじめた。

龍之介が呆然としている間に、赤い霧は幾つもの真っ赤な「凶器」へと姿を変える。
まるで生きた蛇のようにうねる2人挽き用の大きな鋸、先端の刃が鮫の乱杭歯を彷彿させる槍、何もない空中で激しく回転する直径50センチはあろう丸鋸、その他にも龍之介の見覚えがあるものや、見たことも使い方も分からない無数の凶器が、必死にもがく少女の上を漂う。
その様は死肉を啄む凶鳥たちが、獲物の息絶える瞬間を待ちながら宙を旋回しているそれに酷似していた。
だがこの凶鳥たちに自我は無い。ただ主の命にのみ従い、獲物に襲いかかりその命を奪う忠実な兵団だ。

「さ~あ、可愛い娘(こ)。その身を流れる血をぅ、妾のために捧げなさい!」

鋸歯の凶鳥たちが主の命を受け、一斉に獲物に喰らいつく。
鋸が高速で少女の体を蛇のようにはい回り、皮膚を、肉を刻む。
槍が肉と骨を貫通し、床にまでその刃を届かせ、少女の体の至る所を床に繋ぎ止める。
丸鋸は唸りをあげながら血肉をまき散らし、ゆっくりと少女の体に潜っていく。
彼らの刃に皮膚を裂かれ、肉を抉られ、骨を削られ、血と体液と絶叫をまき散らす少女。
だがその叫びはそれ以上の哄笑にかき消され、虚しく闇に消える。狂気と歓喜に満ちた哄笑の主が誰かは言うまでもない。
そして、医学的に見れば出血多量か激痛でショック死してもおかしくない状況でありながら、少女は未だ存命で悲鳴をあげ続けている。
だがそれ以上に不可思議な現象がこの場では起きていた。
全身を切り裂かれた少女から飛び散り流れた血は、ただの一滴も床や壁を赤く染めることなく、この惨劇の張本人である悪魔の全身に、まるで強力な磁石に引き寄せられる鉄屑のように吸い寄せられ、悪魔の肌を、そして全身を赤く染めていく。
そしてそれを悪魔は当然のように、両腕を広げ受け入れる。

――どれ程時間が経っただろう。
室内に響いていた叫び声もいつしか途絶え、少女の体は元が何であったか、想像すらつかないズタボロの■■となり、血の臭いで満たされた地獄絵図に響くのは、血で染まった悪魔の高笑いだけだった。
ゆっくりと笑い声が小さくなり、完全に途絶えると同時に凶鳥たちは霧散し、全身から血を滴らせた悪魔が龍之介に向き直る。

「ウフフフゥ、やっぱり若い娘の血はいいわぁ。東洋人の血も、悪くはないわねぇ~。
それにしてもぉ、久しぶりだからつい何もしないで搾取しすぎてしまったわぁ。気をつけなくちゃぁねぇ?
それよりもぉ、マスターァ。早く他の若い娘を調達してきてちょうだいなぁ?」

まるで先ほどまでの惨劇など無かったかのような言い様である。
そしてここまで言葉が出なかった龍之介が、ようやくその口を開けた。

「COOL!すげぇよ、マジすげぇ! あんなド派手な殺し方初めて見た!」

飛び跳ねて小躍りするほどの歓喜に身を震わせながら、殺人鬼は自分の呼んだ悪魔を、その殺し方を褒め称える。
あれ程までに強烈な生の断末魔を聞いたことなど、龍之介にはなかった。
殺し方も彼の想像さえしたことの無い、芸術の域にあり、龍之介は自分の世界に新たな地平が生まれ、その感動が全身を震わせていた。
その様を見て、悪魔は辺りを見回し、何かを考える素振りを見せた後、小躍りを続ける龍之介に提案した。

「ねぇえマスター? 妾に協力してくれるならぁ、妾もあなたの遊興に付き合ってもよくってよぉう?
さっきのなんてぇ、妾の所有する道具の一つでしかないのですものぉ、まだまだあなたを楽しませることはできてよぉ」

「オーケイ、オーケイ! オレ何だって協力しちゃうぜ、何でも言ってくれ! 
その代わり、もっともっとド派手な殺し方を見せてくれ!」

ここに、第四次聖杯戦争最大のイレギュラーチームが誕生した。
死してなお、己が欲望を満たす為に凶行に手を染める怨霊と、彼女と出会ったことによりモチベーションをたて直した殺人鬼。
最凶最悪の2人組の進む道が、無辜なる犠牲者の血で染まることがここに決定された。

「あー、ところで君はなんて名前なの?」

ようやく肝心なところに気付いた龍之介が、問いかける。

「なぁにぃ? 妾が誰か知っていて呼んだんじゃぁなかったのぅ? 
まぁいいわぁ、妾はキャスターのぉサーヴァント、エリザベート・バートリーよぉ。
とりあえずキャスターとでも呼ぶといいわぁ」

エリザベート・バートリー。美貌で知られたハンガリー名門貴族の娘。
15歳の時にフィレンツ・ナダスディ伯爵と政略結婚するも、後年、自身の欲望のため若く美しい少女612人を殺害したという殺人者。
『血の伯爵夫人』の二つ名で後世に名を知らしめる彼女は正しく、悪魔と呼ぶに相応しい存在だった。

「オーケイ、キャスターちゃん! 何だかよくわかんないけど、よろしく頼むよ、マジで!」

龍之介の喜びに気をよくしたのか、新たな協力者を得て上機嫌なのか、サーヴァント・キャスターはにっこりと微笑んだ。

「えぇ~。お互い聖杯を求めてよろしくねぇマースタァ」


          ∞          ∞          ∞


召喚は成功した。招かれたサーヴァントのステータスがウェイバーの意識に流れ込む。
クラスはライダー。三大騎士クラスの括りからは外れ、基礎能力値は平均やや上と格別恵まれたステータスではないが、それでも十分に強力なサーヴァントだ。
人類史に聳え立つ2人の『覇王』。西はマケドニアの『征服王』と双璧を成す、東はモンゴルの『蹂躙王』チンギス・ハンこそが、ウェイバーの召喚に応じ、現界したサーヴァントだった。
ウェイバーは飛び上がって喝采をあげたかったが、召喚と同時に腰を抜かしていたため、実現は出来なかった。

白煙が薄れ、魔法陣の中に立つその姿が鮮明になる。
そして、自分のサーヴァントと目が合った瞬間、ウェイバーの全身が凍てついた。
それはウェイバーの知る“使い魔”――術者の傀儡としての存在でしかない人形とは、天と地ほども離れた存在だった。
そのサーヴァントは自分よりも遥かに強大な怪物であると本能で理解し、召喚成功の喜びで満たされていた体の熱が、一瞬で消え失せた。

狼のように鋭い眼光と琥珀色の瞳。
荘厳な顔と、薄らとはやした口髭と蓄えられた顎鬚から受ける印象は壮年の男性のそれだが、白髪は一切混じっておらず、精力に溢れた雰囲気は、見た目よりも若々しい印象を与える。
あるいはまだ若年の男性がその貫禄故に、実際よりも年配に見えるのか。
どちらとも受け取れる容貌の男は、白一色で統一されたモンゴル人特有の民族衣装、デールで身を包み、頭には防寒仕様の黒いモンゴル帽を被っている。

ウェイバーの眼前に立つ男の圧倒的な存在感は、肉体を得て現界したサーヴァントの迫力を存分に見せつけていた。

「この俺を呼んだのは貴様か、小僧」

男の第一声が雑木林に響く。低く、唸る獣のような獰猛さを感じさせる声で問われたそれに、ウェイバーの発した第一声は――

「は?」

――だった。
自分のサーヴァント、ライダーの迫力に圧倒され、意識が飛んでいたのだ。

「俺の言葉が分からぬか、小僧? この俺を呼んだのは貴様かと聞いている」

2度目の問いには、鋭い眼をさらに尖らせ、次に答えなければ殺すと言わんばかりの怒気が込められていた。

「そ――そう! そうです! ぼぼぼボクが、いやワタシが、ワタクシめが! 
オマエの、いえ、アナタのマスターの、ウ、ウェイバー・ベルベットです! いや、なのだッ! いや、なんです! とにかくマスターなんだあッ!!」

動転しながらも、精一杯の虚勢と嘘偽りない本心の入り混じった名乗りを上げるウェイバー。
果たしてそれに満足したのかどうかは不明だが、ライダーは怒気を収める。

「よし、契約とやらはこれではよかろう。
 さて小僧、まずは俺と貴様で決めておかねばならんことがある」

「な、なんだよ……」

鋭い眼光をそのままに、ライダーがウェイバーに言う。

「この聖杯戦争において俺と貴様、どちらが差配を振るうかだ」

「は?」

ライダーの発言に、ウェイバーは先程と同じ返答――と呼べるかは不明だが――をした。
しかし先程の思考が止まっていた状態とは違い、今度は呆気に取られてのことだった。
腰は抜かしたままだが、とりあえず平素の思考を回復していたウェイバーは、ライダーの訊かれるまでもない問いに、すぐさま反論する。

「どっちがって。そんなのマスターである僕――じゃなくて、私に決まっているだろうが!」

語気を強め、そんなことも分からないのかという思いを込め、腰を抜かしたままのウェイバーが吠えた。



「それはつまり俺が貴様に従え、と?」

「当たり前だろ、私はお前のマスターだ。サーヴァントがマスターに従うのは当然だ。
 だいたい、なんでそんな分かり切ったことを――」

憤懣をぶつけるウェイバーの眼前に、何処からともなく飛来した一本の矢が突き刺さり、彼の怒声は途切れた。

「……へ?」

暫し状況が理解できずに呆然とするウェイバー。

「……こ、これって――う、うわぁぁぁぁぁぁぁ! て、敵か!?」

漸く理解し、慌てて地面に突き刺さった矢から離れようと、腰を抜かしたまま後ずさるウェイバーの背中が何かにぶつかる。
感触と音からして、具足を纏った誰かの脚のように感じたウェイバーが恐る恐る振り返ると、そこには片手に槍を持ち、東洋風の鎧で全身を覆った何者かが立っていた。

「ひいぃぃぃぃぃっ!!!」

再び慌てて逃げようとしたウェイバーは、その時になって気づく。
いつの間にか、自分が今ぶつかった者と同じような恰好をした集団が、自分とライダーを取り囲んでいることに。
10や20どころの数ではない。ネズミ一匹逃げる隙間も無い程に、槍や剣や弓などを構えた人の壁がいつの間にか出来ており、うち何人かは確実にウェイバーを標的として武器を構えていた。
もはや疑うまでも無く、先の矢はこの集団――否、兵団の誰かが放ったものだ。

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ……」

恐怖で竦み上がり、呂律もまともに回らないウェイバーに、何事も無いかのように落ち着き払った態度のライダーが声をかけた。

「残念だったな、小僧。貴様はここで終わりだ」

「な、なにを――」

――言ってるんだ。と問う前に、ライダーはゆっくりとウェイバーに近づき、間近で腰を抜かす彼を見下ろした。
その目に慈悲や優しさなどといった感情は一切含まれておらず、冷酷非情な殺意だけが双眸に滾っていた。
生まれて初めて浴びせられる「殺意」にウェイバーの全身が硬直する。瞬きも呼吸も忘れ只々恐怖に震えるウェイバーにライダーが言う。

「小僧、たかだかマスターであるという事だけでこの俺が跪くとでも思ったか?
 俺は小間使でも騎士でもなければ、杯1つのために魔術師に頭を垂れるそこいらのサーヴァントとも違う。
 貴様の前にいるのは『蹂躙王』チンギス・ハンだぞ? 
 この俺を従えようなどとほざく者は、何者であれ俺は敵として扱う。そして敵ならば速やかに殺し尽くすのが俺のやり方だ。
 まさかその程度の事も弁えず俺を呼んだ――などとは言うまい? 魔術師よ」

「――あ、あぁ……」

蛇に睨まれた蛙のように怯え竦むウェイバー。
自分を囲む兵団がウェイバーにのみ敵意を向けていることから、彼らがライダーの支配下にあることは明らかだ。
どう足掻いたところで逃げることは叶わず、立ち向かう事など考える事すら愚かしい。
令呪の事も、今のウェイバーの頭には無い。
命がけで戦いに挑む覚悟はしてきたウェイバーだが、まさか自分が召喚したサーヴァントにいきなり殺されるとは夢想さえしていなかった。
しかも相手は人間よりも遥かに力を持った英霊。それも屍山血河を山と築き、血の覇道を突き進んだ『蹂躙王』。あまりにも相手が悪すぎる。
ウェイバーの本能が避けようの無い死を告げる。

だが、そんな不可避の運命に待ったをかけたのは、以外にもライダー本人だった。

「だがまぁ、貴様には不完全だが俺を現世へと再臨させた功績がある。
 くわえてサーヴァントという楔に繋がれた今の俺では、マスターである貴様を殺すと今後が少々面倒だ。
 故に一度だけ慈悲を与えてやろう。この俺が慈悲を与えるなど滅多に無いぞ?
そして2度目の慈悲は無い。慎重に考えて口を開けよ、小僧。
この聖杯戦争、俺と貴様のどちらが差配を振るう?」

悪辣かつ獰猛な笑みを浮かべたライダーが問う。
ウェイバーの出した答えは――



          ∞          ∞          ∞


深夜、“それ”は何処からともなく、遠坂邸の門前に現れた。
まるで闇の中から生まれ出たかのように自然に夜闇に溶け込み、間近で見ても生命の鼓動を感じさせない幽鬼のごとき“それ”は、全身を黒いボロボロのローブで包んでおり、身体つきからかろうじて男だろうと見てとれる。
腰には二本の曲刀を下げ、ローブの奥に覗く顔には白い髑髏の仮面をつけた男の姿は、見るからに『山の翁』の名を冠するアサシンのそれだった。

突如、アサシンらしき男は10メートル近い高さを予備動作なしで跳躍し、遠坂邸の領空へとその身を躍らせた。
疑うまでもなく、このアサシンらしき男は遠坂邸の襲撃を目的として現れたのだ。
上空10メートルの地点でローブの下から腕を伸ばした暗殺者は、その手の先から複数の投擲用のナイフを投げ放った。
飛刃の先には、いずれも遠坂時臣が聖杯戦争に備え張り巡らせた、探知や防衛の結界が処置されていたが、それら全てが投げ放たれた刃により破壊され、無力化した。

そして何の危険も無くなった敷地の一角に暗殺者はいとも簡単に侵入し、そのまま屋敷を目指し広い庭を疾走する。
その間には当然ながら他の結界が張られているが、それらは全て本来の役割を果たす前に、暗殺者により放たれた刃の前に無力化されていく。

これらの結界は、魔力を備えた者ならば人間だろうが使い魔だろうが、主たる時臣の許可なく踏み込めば無事には済まない仕組みであり、魔力の塊であるサーヴァントともなれば尚更だ。
実体、霊体を問わず、察知されずに遠坂邸の結界を潜り抜けるのは、まず不可能であろう。

しかし、察知されないことや潜り抜けることを前提としなければ、その限りではない。
単純な話、結界をものともしない守りで突き進むなり、結界そのものを破壊すれば脅威は無くなる。
そして暗殺者は後者の方法をとった。

勿論ここまで乱暴な手段で無力化すれば、相手には間違いなく気づかれる。
潜り抜けるのではなく破壊してとなれば、その異常に気付かない魔術師はいない。
だが暗殺者はそんなことなど念頭に無いのか、または気付かれても構わないかのように、あるいはそれが目的だとでも言わんばかりに、ひたすら派手に遠坂邸の結界を破壊していく。

暗殺者の前に結界は次々と敗北し、その疾走を阻むものはおらず、いよいよ屋敷の内部に暗殺者が入り込もうとしたその直前――不意に暗殺者が止まった。

理由は明解。遠坂邸の入り口と暗殺者の間に、霊体から実体化したサーヴァントが出現したからだ。

現れたサーヴァントは眉目秀麗を地で行く青年だった。
背中の中程まで伸びた金髪は夜の闇を切り裂かんばかりに輝かしく、澄んだ海のように蒼い瞳は暗闇の中でもその輝きを損なっていない。
そして当世風の服装を夜風にたなびかせ、まるで来客を迎えるように悠々とした態度で青年が暗殺者の前に立ちはだかった。

およそ10メートルの距離をはさんで、無言のまま視線を送る暗殺者に視線を向け、青年が口を開く。

「セイバーだ。お前は?」

この時、遠坂邸を使い魔で見張っていたマスターたちは、使い魔越しであるにも拘らず、誰もがその威容に戦慄いた。
存在するだけで周囲の視線を釘づけにするその姿。
現代の人間では纏うことのできない雰囲気は、数多の熾烈な戦いを身一つで潜り抜けた戦士だけが持つことを許されたそれであり、見るだけで分かる人とは次元の違う強さ。
この青年こそが七騎のサーヴァントの中で、最優にして最強の呼び声高き剣の英霊、セイバーのサーヴァントだった。




それまで動きを止めていた暗殺者は、やおら投擲用のナイフを捨てると腰に差していた2本の曲刀を抜き、セイバーに向かって構えた。
対するセイバーは未だに手ぶら。まさか剣の英霊でありながら徒手空拳で戦うとでもいうのだろうか。

「真名を名乗れとは言わん。が、クラスぐらい明かしたらどうだ?」

「……」

セイバーが問いを投げても暗殺者は何も答えず、構えた姿勢を崩さない。

「それにしても、ずいぶん派手に荒らしてくれたな」

相手との会話を諦めたのか、セイバーは辺りを見回しながら、ゆっくりとした足取りで暗殺者に近づいていく。
それはありえないほどの無防備さだった。
武器を構えた謎の敵を相手に、セイバーは手ぶらであまつさえ、完全に敵から視線と注意を逸らしている。
既に両者の距離は5メートルを切っており、セイバーがどれほどの猛者であったとしても、これは致命的な隙だった。

「!」

無論その隙を暗殺者は容赦無く衝いた。
5メートルの距離など、彼にとっては一足で踏み込める間合いでしかなく、例え誘いやカウンター狙いの罠であったとしても、セイバーが反応するよりも早く暗殺者はセイバーに刃を突き立てることが可能だった。

一瞬にして間合いが詰まる。
万全の攻撃態勢を整えての暗殺者と、手ぶらで視線さえも逸れているセイバー。
セイバーの慢心が過ぎたのか、実力を低く見積もり過ぎたのか、どちらにしても決定的に必殺の先手を暗殺者は取った。
右手の曲刀がセイバーの喉笛に振るわれ、左手の曲刀はセイバーの心臓に突き出された。
瞬きひとつしている間に事は終わっており、暗殺者と使い魔越しにこの光景を見ていた誰もが、セイバーの敗北を不可避の未来と確信した。

只1人、セイバーのサーヴァントを除いて。

何かが砕ける音がして、無数の金属片が宙を舞い地に落ちる。それは一瞬前まで、曲刀の刀身だったものだった。
セイバーの喉笛を切り裂き、心臓を貫くはずだった二本の曲刀は、どちらもセイバーに刃が当たった瞬間、刀身が粉々に砕け散ってしまった。

「!?」

声こそ発しなかったが、暗殺者の驚愕は明らかだ。セイバーの姿に変化は見られない。
血を流すどころか掠り傷1つ無い状態も、未だ自分を斬りつけた相手を見ていないことも。
セイバーのクラスらしく、自身の剣で曲刀を切ったのでも、鎧や盾などの防具で身を守ったのでもない。
まるで桁違いの硬度を持った“何か”に当たった剣が、比べるのも愚かしい脆さを曝け出したかのように、その刀身を崩したのである。
例え堅牢な鎧や巨大な岩に曲刀を振るったとしても、錆びてもいない刀身がバラバラになるなど有り得ない。
まるでガラス細工を鋼鉄の壁にでも叩き付けたかのような有様だ。
セイバーは如何なる手段を以て刃を防いだのか、それを知るのは当人だけであった。

「終わりか?」

まるで何事も無かったかのように、セイバーの視線が暗殺者に向けられる。
その瞳には明確な闘気が込められており、鋭い眼光こそが彼が攻勢に転じることを如実にものがたっていた。
慌てて後退する暗殺者。ただ相手から離れるためだけに全ての力を使った必死の逃亡。
だが――

「マスターからの指示だ。お前は逃がさん」

全身全霊で逃亡する暗殺者の正面に、涼しい顔のままセイバーが一瞬にして肉薄する。セイバーが本気を出していないことは明らかだ。
セイバーと自分の格の違いをこの時になって理解した暗殺者は、次の瞬間自分の身に何が起きたのかを認識できぬまま敗北した。




          ∞          ∞           ∞


セイバーの拳が暗殺者の頭部を粉砕し、首より上を喪失した死体が崩れ落ちる。
事態の収束を確認した時臣は、ゆっくりと椅子に腰掛け、手元のグラスを取ってワインを呷った。
己の庭を好き放題に荒らしてくれた賊にはセイバーを討伐向かわせ、その命で償いをさせた。
結界を破壊されたことは業腹だが、日中を費やせば大部分の修繕は可能であり、2日もあれば同じ規模の結界を張り直せる。
こうも早くセイバーの姿を晒すことになってしまったのは誤算だったが、得体の知れぬ守りと圧倒的な実力を他のマスターたちに見せつけたことで、今後しばらくは無闇に挑んでくる敵もいないだろう。

そのあまりに有名な伝承故に、「弱点」を看破されやすいセイバーの真名が早期に知られることだけは何としても避けたい時臣は、あえて『剣を使わずに賊を討て』と、セイバーに命じた。
反論も覚悟しての命令だったが、セイバーはすんなりと了承し、見事にそれを成し遂げた。
これでセイバーが少々の無理でも、マスターである自分の指示には従うことが確かめられた。
結果的に失うモノより得るモノが多く、自分に有利な状況が出来上がったと結論しほくそ笑む時臣の下に、セイバーが帰還した。

「賊は仕留めた」

室内に霊体で入ったセイバーが実体化し、簡潔に報告する。

「ご苦労、手並みは見せてもらった。さすがは北欧最強の戦士と讃えられるだけのことはある。実に見事だったよ」

「痛み入る、マスター」

時臣の賛辞に会釈程度に頭を下げるセイバー。
マスターに対するサーヴァント、としては人によっては少々礼を欠いた態度とも取れるが、時臣は特に気にしていなかった。
そも、このセイバーは騎士よりも戦士に近い英霊であり、『騎士道』とは無縁の北欧神話の出であれば、これでも十分すぎる――というのが、現在の時臣の認識だ。まして今しがた十二分な成果を出してきたとなれば、些細な事で責める必要はない。

「それで、賊について何か分かったことはあるかね?」

「単純に見ただけなら、あれはアサシンという事になるが……」

「それはないな」

反応を窺うように『アサシン』の名を口にしたセイバーの意見を、時臣は否定する。

「先にも話したが、アサシンのマスターは私の弟子で、表向きは敵対しているが、実際は協力関係にある。我が家に襲撃を掛けることはない」

「その弟子が裏切ったということは?」

「それもない。アサシンの召喚には私も立ち会い、その姿を確認している。
 今夜の賊は明らかに違う存在だった。
おそらくこちらの事情を知らぬ何者かが、アサシンに見立てた偽物を使って我が工房を襲撃したのだろう。
 そんな芸当ができるとなると、相手はおそらくキャスターだな」

「だがマスターにサーヴァントの偽物は通用しないのでは?」

そう、聖杯戦争に参加しているマスターにはサーヴァントのステータスを読み取る能力が与えられている。
いかに精巧な偽物であろうと、マスターの目を誤魔化すなど不可能であり、その点が時臣も腑に落ちないところだった。

「おそらくキャスターとそのマスターは、独力で勝ち残ることが難しいと考え、
最後には戦うことになる相手と同盟を組むより、アサシンが敗退したと思わせ守りに隙ができたマスターを、本物のアサシンが狙って敵を減らしてくれるとでも安易に考え、こんな芝居を打ったのだろう。
逆に、対魔力スキルの無いアサシンならば、独力でも倒せる自信はあるという事か……
 あの偽物を見た中には、アサシンはステータスを隠蔽する能力を有していたなどと深読みし、積極的に動き出す者もいるかもしれない」

時臣の考えをセイバーが黙って聞き続ける。

「とはいえ、敵にどんな思惑があれ私たちには無意味なこと、あれこれ考えても詮無いことだ」

自分たちには影響も問題も無いと結論する時臣。
セイバーは変わらず何も言わないが、時臣の考えを否定するつもりもないらしく、無言で時臣の方針に従う意を示す。
その姿を見て、アサシンについて深く詮索されないうちに時臣は話を切り上げにかかった。

「予定外の事態ではあったが、戦局に影響はない。我々は引き続き静観を続け、サーヴァントの数が絞られたら、君の力を存分に振るってもらう。
 とりあえず今夜のところは屋敷の見張りを頼む」

「承知した」

話が終わったと判断し、部屋を出ようとするセイバーの背中に時臣は気になっていたことを訊いた。

「ときにセイバー、その服はどうかね?」

「俺は気に入っている」

足を止めて振り返り、セイバーが答える。
服とはもちろん、今セイバーが纏っている当世風の衣装のことだ。
召喚された時、セイバーの姿はその美貌に反し酷いものだった。
装着している鎧は、かつては白銀色の立派なものだったのだろうが、今はほとんどが壊れ、砕け、罅割れ、色はくすんだ茶色がこびりついて輝きは完全に失われていた。下半身の元は具足だったと思えるものも、鎧と同様の有様だった。
無論それはセイバーの激闘を物語るものであり、この上ない勲章でもあるのは、時臣も理解できる。
くわえて、セイバーの『宝具』があれば鎧など必要性は無くなる。
が、「常に余裕をもって優雅たれ」という家訓を誰よりも重んじている時臣には、遠坂の威信を賭けて召喚したサーヴァントを、あまりにみすぼらしい格好で敵の前に行かせることは出来なかった。
結果、時臣は急ぎ璃正神父を通してセイバーの服を手配してもらい、幾つか届いた中からセイバーに好きなものを選ばせたると、彼は見事にそれを着こなして見せた。
おまけに何の神秘も魔力も無い現代の服装をしていながら、攻撃が通じないセイバーの存在は傍から見ればさぞ不可解で脅威だろう。

「それは何より、私としても用意した甲斐があった。
 引き留めて済まなかった、見張りに向かってくれ。
 もしまた戦闘になるようなら、引き続き極力剣は使わずに事は運んでくれ。
 君の実力を疑うわけではないが、真名が敵に知れるリスクは少ない方がいい」

「了解した。
俺は必ず聖杯を手にしなければならない、その戦略が必勝に繋がるならば俺はどんな命令にも従う。
 この機会を与えてくれたマスターには感謝している。必ず聖杯をマスターの手にも約束する」

この時ばかりは恭しく頭を下げるセイバー。その姿に時臣は満足気に頷く。
セイバーが聖杯を求める理由を知っている時臣は、彼をサーヴァントとして確かに信用していた。
セイバーの伝承を知る者ならば、誰もが嘘は無いと納得する理由で、真摯に万能の願望器を必要としている。
そのため時臣の命には服従しているし、令呪もあるマスターを裏切る可能性は低いと時臣は確信しているのだ。
蒼い瞳に灼熱の決意を燃やすセイバーの姿は、この上なく頼もしい存在だった。

「無論だ。私も一族の悲願を遂げるためにも、敗北は許されない。君のことは頼りにさせてもらうよ、セイバー」



かくして、第四次聖杯戦争の戦端は切って落とされた。





ステータス情報


【クラス】セイバー
【マスター】遠坂時臣
【真名】???
【性別】男性
【属性】混沌・中庸
【ステータス】筋力A 耐久B+ 敏捷A 魔力B 幸運E 宝具A++
【クラス別スキル】対魔力:A 騎乗:A


【クラス】ランサー
【マスター】???
【真名】???
【性別】???
【属性】???
【ステータス】???
【クラス別スキル】???


【クラス】アーチャー
【マスター】???
【真名】???
【性別】???
【属性】???
【ステータス】???
【クラス別スキル】???


【クラス】ライダー
【マスター】ウェイバー・ベルベット
【真名】チンギス・ハン
【性別】男性
【属性】混沌・中庸
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷B 魔力D 幸運A 宝具A+
【クラス別スキル】対魔力:D 騎乗A+


【クラス】キャスター
【マスター】雨生龍之介
【真名】エリザベート・バートリー
【性別】女性
【属性】混沌・悪
【ステータス】筋力E 耐久E 敏捷E 魔力B 幸運C 宝具C
【クラス別スキル】陣地作成D+ 道具作成D+


【クラス】アサシン
【マスター】言峰綺礼
【真名】???
【性別】???
【属性】???
【ステータス】???
【クラス別スキル】???


【クラス】バーサーカー
【マスター】???
【真名】???
【性別】???
【属性】???
【ステータス】???
【クラス別スキル】???