ハチポチパロディシリーズ
              魔弩/蒼穹(そら)の幻影(まぼろし)



 ――飛行機が空を飛ぶには三つの要素が必要となる。 
 推力。
 揚力。
 そして制御力。
 推力で機体を押し、揚力で機体を押し上げ、制御力で機体を支える。
 一Gの重力が働くこの地球上で、この三要素が揃っていない物体は空を飛べない。
 弾丸などが吹っ飛ぶのとはまた違う、三要素の芸術的な均衡による飛行という概念。
 そこに行き着くまでの道程は困難を極めた。
 人類史において空を飛ぼうとした人々は枚挙に遑がない。
 ライト兄弟もまたそのような無名の人々の積み重ねによって初めて、人類初の飛行を成功させたのである。
 そしてそれは表の話――――
 裏では飛行というものは、箒でも臼でも使えば遂げられる。
 そして彼らの場合は――

「ワーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハハハハハーー!!!」
「るぅああああああああああああああああああああああーーッッッ!!!」

 呵々大笑する建築王(ラメセス二世)。
 鬨を咆哮する翼弩士(ハディング)。
 エジプトの太陽に焼けた赤い肌、燃える火のような瞳の王。
 北欧民族の特徴を宿した白皙の肌、澄んだ湖を思わせる碧眼の若人。

 ライダーとアーチャー。

 〈日輪抱く黄金の翼神〉の車輪が空を道とし、地を蹴立てて走る戦車の如く青空を蹂躙する。
 そして巨大な太陽船戦車からしてみればあまりに小さい弩使いは、何物にも頼ることなく、弩を撃ち放ちながら空中を鳥の如く舞っていた。

 青空の中、
 太陽の下、
 二人の戦士が首級を寄越せと吼えている。


 しぶといが……ふん、俺様の領域で勝負しようなどと千年速い!
 ライダーは不遜にアーチャーを断じる。
 戦車と弩の勝負は実にあっさりと決まった。
 放たれた矢は船底や船床に突き刺さるのみで、操舵輪を操るライダーに一本たりとも届いていない。
 そして矢を放った姿勢のまま船首に激突され、アーチャーの痩身は血の線を引きながら落ちていく。
船底や船壁には血の手形や鮮血の線が残されている。
 そしてまた吼え猛り、無鉄砲な突撃をアーチャーは敢行する。

 勝負にならない。
 そもそも地力が違った。
 戦車と弩。
 砲と矢。
 火力も違えば、性能(スペック)も違う。
 宝具のランクがA+であり、日中は無制限に対軍宝具の大火力を使用できるライダーと宝具勝負に出た時点でアーチャーの敗北は必定であると言って良い。
 そして身一つの分旋回性に優れるが、上昇性能・加速性能・飛行速力・飛行推力はライダーの戦車とは雲泥の差があった。
 空を飛べるだけの人間と戦場で活躍できる戦車との性能の差であった。

 ――――鈍い音がまた空に響く。
「ゲハァ……はぁはあ……」
 肺に肋が突き刺さったか、血反吐を撒き散らす。
 しかしなおも顔を空へ向け、上昇を開始する。
「はぁ」
 繰り返しだとライダーは思った。
 いい加減さっさと決着を付けたい。もう使ってしまうか? 幸いにも今日は天気が良い。――俺様も元気いっぱいだ。
 しびれを切らしたライダーは旋回し――――いつもと違う光景が目に飛び込んできた。
「――――!」


 翼を備えた弩を真っ直ぐに伸ばした両腕の先に携え、一矢となってアーチャーはライダーから背を向けていた。
 真っ直ぐに、上を目指して。
 推力が弩の羽ばたきでしか確保できないアーチャーの飛行戦の定法に寄るならば、まず頭を下に向け重力の加速を得てから、上昇軌道を取らねばならない。
 しかし今、アーチャーはそのままぶつかった勢いを取り戻すことなく上へ進んでいる。
 肉体はボロボロ。取りあえず手足が残っている轢死体のような風体で、一心不乱に空の上を目指して――――逃げている(・・・・・)。

「ふ……」
 胸が沸騰する。
「ふざけるなーーーーーーーーーー!!!!」
 不屈さに、ほんの少しは感心していた心を侮辱された王の怒声が空に響き渡った。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
 逃げるアーチャー。
 追うライダー。
 怒りに燃える頭でアーチャーの審判を決定していた。
 轢き殺す――!! 高貴なる戦車に肥だめの底で腐った糞尿よりも汚らしい血を擦り付けた罪だ。王を侮辱した罪だ。
 轢いてから、燃やして、冥府へ送ってやるッ!
 そして同時に下策を失笑した。

 太陽神(ラー)の加護で空を駆ける能を賜った戦車であれば駆け上がりながらでも速度を落とさないだろう。
 しかし空を飛べるだけで、重力の影響を受け推力を確保できない身で駆け上がるとは、速度を犠牲にすると言う事だ。
 現に距離を稼ぐごとに、速度という空中では掛け替えのない代価を湯尽くしている。
 現にアーチャーの孤影は大幅に速度を失っている。羽ばたきによる微弱な推進力と揚力確保に役立つ弩の翼も焼け石に水である。
 それでもなお、あまつさえ頭(ピッチ)を更に引き上げて天上へ昇っていく。
 求めるように天上へと――
 届くはずもない日輪へ目掛けて。

 それに、ラーの息子は、
「汚らわしいわッ。父(ラー)を目指すとは千の死刑を受けても飽きたらぬ不敬であるぞッ!!」
 さらなる嚇怒を持って、船首を引き上げた。

 逃げる――
 追う――

 両者の距離は三間(五.四メートル)も無い。
 トラックほどの体積を持つ船と人間にとっては目と鼻の先だ。
 斜めの軌道を描いていた飛行軌道が垂直に近くにと移り変わる。
 太陽神の戦車船は垂直飛行により、さすがに速度と安定感を減じている。
 しかし操舵輪にしがみつき、足を踏ん張りながらも緻密な制御を続ける。
 嚇怒に燃えるライダーの目には、戦車船以上に失速しているアーチャーの姿がある。

――落ちない。
 何故、落ちぬ。
 垂直に飛ぶアーチャーは、風に弄ばれる羽毛の如き不安定さを感じられる。
 いつ何時引っ繰り返って、錐揉み墜落してもおかしくはない。
 しかし安定感と速度を欠いたまま、太陽の魔力に魅入られたかのように天昇を続ける。
 ――戦慄すべき失速域制御力であった。
 失速しているべき速度のまま目に見えぬ手綱によって、自らの身を完璧に御して飛ばしている。
 シモン・マグスや箒に乗った魔女――有名無名問わず誰がこれほどの失速制御力を有するだろうか。
 人類史という巨大な箱をひっくり返したとしても両手の指の数には届くまい。

 翼持った宝具の性能では到底あるまい。
 ハディングの自身の性能に相違なかった。


 ――踵に迫る。
 彼我の距離は一メートルを切った。
 そして戦車の速度も危険域を切った。
「ぬぅおおおおお」
 歯を食いしばり、戦車を御する。その巧みな腕は王者の気風に満ちている。
 それでもなお届かない。轢けない。
 速度がほぼ均等に届き、敵は更に過酷な飛行を続けているのに届くはずの船首が届かない。
 それでもライダーは信じている。俺様は父の加護の力を信じている!
 後一歩だ。
 後一歩で轢ける。

 そして――
 限界を超えた垂直連続上昇が、本当の限界を迎える。

 アーチャーが――――
 止まる。

 遂に速度を完全に失い。
 ――――倒れる(・・・・)。

 横倒しに――――
 落ちる――――

「ハ  ハ     ハ      ハ       ハ      ハ
ハ    ハ     ハ       ハ      ハ    ハ 」


 落ちて――――
 ――――いない。

 アーチャーは落ちたのではない。
 上昇の極点で弩を捻ったのだ。

 そして日輪を背にし、くるりと――――
 魔術めいた鮮やかさで、半瞬で躰の上下が入れ替わる。
 アーチャーの頭が重力方向を――――
 ライダーを指す。

 垂直反転(ヴァーチカル・リバース)。
 上昇速度が無になる刹那の、落下重力の発生を掴み、利用して初めて為し得る所業。

「クハハ」
 笑う。獲物を前にした獅子の如く。
「クハハハハハハハ」
 呵々と嗤う。鬨を上げる将のように。

 突如、ライダーは知った。
 何の前触れもなく。何の根拠もなく。
 只、天啓の閃きで、


 ――――ラメセス二世の敵とは、
 ハディングなのだ――――


 止まっていた飛人と戦車が動く。
 時間が動く。
 重力という力が流れる。
 今やアーチャーには一片の劣勢もない。
 姿勢は十分。

 重力に従って落下するハディングは、
 重力に逆らって身動きが取れないラメセス二世を討ち取れる。
 速度比は――逆転したからだ。
 重力加速によって威力と破壊力を増したハディング自身が、重力減速した船首もライダーの弓矢も槍もかいくぐって――――討ち取りに行ける。

 寸毫の間に始まりそして終わった、完璧な逆転劇。
 ライダーの知らない飛行機の秘法によって、討ち取られる。

 第一次世界大戦中、
 ライト兄弟の複葉機開発から数年後、
 天空で生まれた戦場の幻影、
 一人の天才が生み出した空戦機動によって!

「ハァハハハハハハハハハハハハハハハーー!!」


 ――――〈蒼十字勲反転(インメルマン・ターン)〉。


 マックス・インメルマン中尉。
 西暦一九一四年から一九一八年にわたって戦われた欧州大戦において、比類無き勇名を鳴り響かせた独逸の誇る撃墜王(エース)の一人である。
 そしてその勇名のメインとなったのが彼の名を与えられた垂直反転式空戦機動。
 インメルマン・ターン、である。

 宙返りの前半を行って円の頂点近くで背面から横転を半回転して水平姿勢に戻るこの操縦法ないしピッチアップによる一八〇度ループ、一八〇度ロールを順次、あるいは連続的に行うことで、縦方向にUターンする空戦機動である。

 フォッカー・アインディッカー単葉機と言う、回転面を撃ち抜くことなく機関銃を撃つ事の出来る同調装置を備えた最初の飛行機をマックス・インメルマンとオスヴァルト・ベルケの両名は所持し、それぞれ第二と第一の撃墜数を記録している。
 そして一九一五年七月から一九一六年前半に、“フォッカーの懲罰”で知られる独逸空軍航空隊の絶頂をもたらし、連合軍には“フォッカーの餌食”をもたらしたのである。

 共に八面六臂の大活躍で、多大な損害を与えた両雄。
 撃墜数では負けているが、インメルマンにあってベルケに無いもの。
 それがインメルマン・ターン――
 失速による墜落を恐れず、ピッチアップ中の失速を乗りこなし、反転して落下することすらも飛行の一部として取り入れて、初めて現実のものと出来る空戦の魔技。
 逆方向へとすれ違った、撃墜せねばならない敵機を有り得ぬ機動で追跡し、撃墜する護国の翼。

 攻撃面においては優れていたが、他の機能面がお世辞にも良好とは言えず、重力式燃料タンクは手動で一時間に八回近く燃料を揚げておかなければならなかった。
 方向舵と昇降舵はバランス式のもので、尾翼には固定された部分は無かった。
 この構成の結果、アインデッカーは縦操縦(ピッチング)と方向操縦(ヨーイング)に非常に敏感であり、特に昇降舵の過敏さは、未熟なパイロットにとって水平飛行を難しいものとしていた。
 独逸の撃墜王クルト・ヴィントゲンス少尉は『最初の単独飛行のときの航跡のでこぼこに比べれば、稲妻だって直線に思える』と述べている。
 それほどフォッカー単葉機は、扱いが難しかったのである。


 一方で、横操縦(ローリング)反応は鈍かった。これはしばしば補助翼でなく翼を歪める事による操縦法の所為にされるが、当時の単葉機は、たとえ補助翼を付けたものであっても、その主翼の剛性不足によってローリングが鈍いか、あるいは予測できないことが多かったのである。

 このように機関銃への工夫は画期的だったが、他の性能は良くなく、攻撃だけの鈍亀と称されてもおかしくなかった。
 その単葉機を英雄に変えたのが、インメルマンの才気である。
 当時のパイロットとして初めて、青く輝くプール・ル・メリット勲章を受賞した才気は、乱流に持て運ばれる小枝を思わせる機体を見事に制御し、絶対墜落死の空戦機動を為し得、

 ――――そして、北フランス戦線を敵の恐怖に包み込んだ。


以後、インメルマンはこの翼(わざ)と共にあり、幾多の飛行士を空から落として敵味方を瞠目させた。
彼と彼の技は同一視され、その名は世界を席巻し、悪魔的な羨望と戦神的な畏怖の的となった。
 一九一六年に戦死するまで、生涯の撃墜数は十五とも十七機。
 全てが連合の名だたる機体と飛行士である。
 現在なおその名は語り継がれ、知らぬ者とていない。
 彼の死と共に消えた、戦場(そら)の幻影(まぼろし)を示すものとして、諸国の軍人、歴史書はいつまでも叫び続ける。

 インメルマンの反転(・ターン)――――と。

 そして今、
 彼の死後から八十年以上が経過した今、
 神代の世界のゲルマン神話の戦の神(オーディン)に祝福された戦士がその幻影を再現する。
 誇り高きゲルマンの血を引くマックス・インメルマンの技を――――
 誇り高きゲルマンの血を引くハディングの異能と魔弩が再現する――!!


 端正な細面の弩士が、空の戦士への敬意を篭めた真名を叫ぶ(かいほう)する。

「蒼穹反転・大神翼弩(インメルマンターン・ラヴナグズ・クロスボウ)――――!!!!」

「グ、ウゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーー!!」

 王は悔恨の叫びを空へ投げた。

 絨毯爆撃に等しい轟音。
 数百の矢となって敵軍を蹂躙する対軍宝具の矢が全て、赤い肌身に穿たれる。
 バラバラに解体された赤黒く、或いは桃色で灰色な五体・五臓六腑が遥か天空に散っていった。
 そして主人の跡を追うように、戦車の機影は掻き消えた。


   END




 後書き。
 装甲悪鬼村正のパロディであります。インメルマンの説明や機体性能などは作品やWikから抜粋いたしました。
 今回は短め。現実のインメルマン・ターンと機体説明が難しかったですね。
 ハディングの空中機動のルールや制限、利点などは全部想像です。空中適応できると言っても推力が生み出せないのでは、風に飛ばされる風船と一緒なのではないかと思っております。また、弩の翼でようやく“空を飛んでいる”と言えると思っております。