「みんな……みんな、みんな、みんな! わたしの前からいなくなる!!」

 泣き叫ぶような少女の声――いや、実際に泣き叫んでいるのだろう。
 ガンスリンガーの心の奥底で、もはや残されていないと思っていた何かの残滓が震える。
 そのことに微かな喜びを得ながら、彼は一切の躊躇なく足を踏み出した。

 「暁も……ッ! 壱名も……お父さんも、お母さんも……ッ! みんな、あたしを置いていく……!」

 白炎。
 蛇と一体化した少女――彼女の放つ火は、まさに白い闇だ。
 深い密林を舐めるように襲い、白一色の世界へと塗り替えていく。

 後に残したファナは無事だろうか――ガンスリンガーは思いを巡らせる。
 水と結界の力を持つ彼女ならば、生存率は極めて高い……筈だ。
 もっとも、あの娘が素直に自分の言う事を聞いて、撤収するとも思わないが。

「ルイス! あなたも、いなくなっちゃうんでしょう!?」

「……いずれな」

 おそらく自分は死ぬだろう。今日か、明日か、明後日か。
 あるいはこれが幻視だとすれば、この後にでも死ぬのかもしれないが。
 少女の叫びの意味は理解していても、ガンスリンガーは嘘をつける人間ではなかった。

「――――ッ!!」

 紗月の叫びによって白熱化した炎が踊り、ガンスリンガーの肌を舐め、炙り、焦がす。
 蛇の怪異――清姫に半ば埋没したかのような少女。
 太陽の光を蛇に見立て、ピラミッドで祀ったのは果たして何処の文明だったか。

 同一存在。

 蛇姫を媒介として半ば顕現しつつある神霊は、いずれにしてもその類であるようだった。
 今まで幾度と無く怪異と戦っては来たが、神霊規模となるとガンスリンガーも初めてになる。
 日記帳が悲鳴をあげながら神霊の情報を解析し、脳にそれを刻みこんでいく。
 ぶつりと細い血管が切れて、鼻から血が垂れるのを感じた。構うことはない。

「――――だったら、死んじゃえ! みんなもう、死んじゃえば良いんだッ!!」

 少女の悲鳴に応えるのは銃声。
 ガンベルトから一瞬で抜き取られたリボルバー。
 銃爪の絞られたその撃鉄を、左手が叩いている。
 目にも写らぬ電光石火の早撃ち――六発の咒弾が唸りをあげて飛来する。

 だが、その悉くを蛇神は微動だにせず受け止めた。
 恐るべき事ではない。たかだか人の身によって作られたものが、この身体に傷を付けるはずもない。

 真に恐るべきものは他にいる。それは――――




「我は手技では狙い定めぬ。手技に依る者、父親の容貌を忘却せり」


         ・・・・・・
――――それは、彼の持つ宝具。

 令呪の存在しない、この異端の聖杯戦争において、
 このガンスリンガーは、己の最も信頼できる存在を召喚していた。

 弓兵の英霊――その真名をザミエル。狩りの魔王の名を持つ悪性精霊。
 その導きによって創りだされた、七発の魔弾こそが、ガンスリンガーのサーヴァント。

 英霊、神霊を傷つけられるのは、同等の霊格のみ。
 この世の理をねじ曲げて飛来する魔弾は、まさにその条件を満たしている。

 だが、そこまで考えて紗月/清姫/蛇神は否定する。
 彼の戦いを真横で見ていた自分は、誰よりも良く知っているじゃあないか。

 死霊使い、数々の激闘の最中、自分とファナの二人を守る為、
 ガンスリンガーは既に六発の魔弾を躊躇なく放っているのだから。
 故に、七発目の魔弾はありえない。

 ――――だがその瞳は、次の瞬間、驚愕に見開かれる事になる。


「我は眦尻にて狙い定める者なり」


 大気を切り裂いて木霊する発砲音。

 鉛、教会の割れた窓硝子の欠片、水銀、
 一度撃って命中した弾三発、載勝鳥の右目、山猫の左目。
 それらによって鋳造された、忌まわしき魔弾。



「我は心掟にて銃爪を弾く者なり」



 解き放たれた魔王が、我は此処にありと歓喜の咆哮をあげる。
 良かろう、地獄の門に賭けて。
 六発は射手の意のままに。されど心せよ人の子よ。
 七発目は――――…………




「我は手技では銃爪を弾かぬ。手技に依る者、父親の容貌を忘却せり」



 誰もが予想した通り、その瞬間、魔弾は正しく魔弾となる。

 直視すらできない非幾何学的な弾道で空間を切り裂いていた魔弾は、
 在りえざる軌道でもって弧を描き、拳銃遣いへと牙を剥く。

 何のことはない。自暴自棄になったか、あるいは発狂したか。
 所詮、追い詰められた男が苦し紛れに放っただけのこと。
 一度は驚愕した紗月の――――清姫の口元に笑みが浮かぶ。

 悪性精霊も甲高い笑い声をあげる。

 ただ一人、魔弾の射手だけが笑っていなかった。



「我は撃鉄では敵を撃たぬ。撃鉄に依る者、父親の容貌を忘却せり」



 故に、誰もが気づかない。否、気付けない。
 白檀の銃握を持つ古い回転式拳銃が、右手から零れ落ちた事に。
 狂気と正気の端境を突き進む男の左手が、奇跡のように閃いた事に。

                      ブラックバレル
 そしてその手に握られた、異形の銃――――『黒い銃身』の存在に。




「――――我は我が魂魄にて、敵悉くを戮す者なり」



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             閃       光          。












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 白い闇をかき消す、黒い光が銃口から迸る。

 清姫の――太陽神の創りだした白色が、瞬く間に黒へと染まっていく。
 一片の容赦さえ存在しない黒に圧し潰された悪性精霊が、絶叫と共に消失した。
 無論、狩りの魔王だけではない。
 蛇姫もまた白に拮抗し、徐々に自身へと侵蝕してくる黒色に悲鳴をあげ、その身をのたくらせる。

「ッ!? あ、ぁああぁあああぁあああぁああぁッ!!??!?」

 濁った女の声。これを聞くのは二度目だなと、そう思う。
 一度目は母を射った時だ。二度目は、好ましく思っていた少女を撃っている。

 この銃が果たして何であるのかを、ガンスリンガーは知らないし、興味もない。
 彼にとって重要なのは、この銃が齎す結果、ただそれだけだった。
 第五架空要素を悉く自壊せしめる、人が人であるが故に鍛え上げ、放つ事のできる、絶対の武器。
 たった一発きり。とっておきのワイルドカード。人造宝具――――即ちブラックバレル。
 それを撃ち込む為だけに、ガンスリンガーは最後の魔弾を、フェイクとして使い捨てたのだ。

 取っておいたとしても、使えなかったろうが。

 そう嘯くガンスリンガーの左手は、既に半ばまで黒く塗り潰されていた。
 ブラックバレルに例外はない。その黒色は、射手であろうと容赦なく喰らい付く。
 ジリジリと魔力によって「汚染」されている神経と脳が焼ける音を聞きながら、
 かろうじて機能を保っていたガンスリンガーの瞳が、可能性の世界を幻視する。

 何のことはない、ごく平凡な家庭の光景。
 父親と、母親と、姉と、弟と、妹が、仲睦まじく暮らしている。
 幸せそうに、楽しそうに、ささやかながらも暖かな家庭。

 果たしてそれが誰なのかを認識するよりも前に、ガンスリンガーの目は役目を放棄した。
 そして黒色に塗り潰された視界の中、コートの内側にあった重みが消失したことで、
 絶え間なく情報を伝達してくれていた日記帳が、この瞬間、完全に崩壊した事を悟る。

 単なる道具ではあったが、此処まで付き合ってくれた事に心からの感謝を。
 そして、その最後の指示に従おう。


.


 ……これはひとつの博打だ。

 かつて、彼女に問われた事がある。
 命を賭けて怪物と戦う事に意味はあるのか、と。

 俺は命など賭けてなどいない。
 なら何を賭けたの?

 遠く耳に残った少女の言葉。
 傲岸不遜に言い放ったそれに、自分は仏頂面で答えたのだ。


「 Your life(お前の命さ) 」


 そう――自分は、ただ。
 大切な人を、救いたかったのだ。

 父を。
 母を。
 そして今は、彼女を。

 世界は素晴らしくなどない。
 だが、戦う価値はある。

 愚かな狂人に、手を差し伸べてくれた人々。

 怪異に、死徒に、アルティメット・ワン。
 そんな奴らに渡して溜まるものか。
 彼女を奪われて我慢できるものか。

 父の形見を手放した右手が、質量を持つ黒色の中へと伸ばされる。
 指を動かすだけで筋肉が断裂するような痛みを覚える。
 構うものかと嘯いた。


「やだ、やだよぅ……! 独りにしないでよぉ……ッ!!」


 最後まで生き残っていた聴覚を頼りに、やっと辿り着いたそれ。

 罅割れた指先が、微かな温もりを手繰り寄せる。

 そのことに、久方ぶりの満足を覚えて。

 僅かに…………ほんの僅かにだけ、唇の端を釣り上げると。


 ルイス・ローウェルは、微笑んだ。


.



 ――――まず最初に感じ取ったのは、頬を撫でる涼し気な風だった。

「ん……ん、ぅ……」

 微かに身動ぎをして、御子上紗月の意識が覚醒する。
 気持ち良いほどにスッキリした荒野の中、抜けるような青い空の下で。

「あ……」

 懐かしささえ感じる、煙草と硝煙の匂い。
 自分がルイスのコートに包まれている事を理解した彼女は、慌てて身を起こした。
 すぐ傍らに横たわっていた彼は、ピクリとも動かない。

「…………ッ! ルイス……ッ!?」

 まさか自分は彼を殺してしまったのではないか。
 ゾッとするような寒気が身体を襲う中、慌てて紗月は彼の顔を覗き込み――――

「――――――なんだ」

 一気に脱力した。
 …………寝てるだけだ。

「そういえば、ずっと寝てない……んだっけ」

 一瞬ひっぱたいてやろうかとも思ったが、
 その遊び疲れた子供のような無邪気な寝顔に、
 まあ許してやっても良いかという寛大な気持ちになってくるから不思議だ。

 神霊によって侵され、おぼろげになった記憶の中でも、自分が何をしたのか。
 そして何をされたのかくらいの事は、なんとなく覚えている。
 ブラックバレルの衝撃の中、生き残れたのは自分が魔術師として三流だった事と、
 それから――――

「……無茶しやがって、馬鹿」

 ――――紗月は、自分の右手を見つめた。
 ルイスのゴツゴツとした手が、しっかりと握りしめてくれている。

「―――こいつに束縛されるのも、悪くない、か……な?」

 そのかわり、絶対に逃がしてやらないけれど。


「紗月さぁーんっ! ルイスさぁーんっ!!」

 遠くからファナが大慌てで走ってくる。
 涙と汗と鼻水とをにじませた必死そうな顔が、なんだかおかしくて、ついつい笑ってしまった。

 自分も、彼も、今まで多くの者を失ってきた。
 これから先もそうだろう。
 きっと得るものは少なく、なくすものは多い。

 けれど――――生きていこうと、そう思えた。


 だって空は――――こんなにも、青いのだから。