暖かな日で、つまりぽかぽかで、陽は高くて、お昼時で、動き回って。簡単に言っちゃうと、ベタベタするし、熱くて、臭くて、疲れた。ああ、もうやだ、ということ。
 軽快に歩いていくアーチャーの後ろで、わたしはよろよろと足を止めた。

「おい、みこと」
「ねえ、休みましょう」
「まだ何も掴んでないぞ」
「焦っても、仕方がないわ。果報は寝て待てって言うでしょう」
「寝てていいことないだろ。ライダーがいつ来るか、わからないんだから、できるだけ早く他の連中を見つけないと」
「アイスが食べたーい!」
「わがまま言うな。こんな時期に氷菓子が売ってるか」
「コンビニなら、この季節でも置いてあるわ。ちょっと遠いけど」
「じゃあ、却下だ」

 ああ。新しい手がかりでも見つかれば、やる気も湧いてくるのだろうけど。今のところ、全て空振り。
 商店街は全部回った。二人きりのローラー作戦も、釣果ゼロ。先手を打たれてしまったのかもしれない。白ヤクザのことを誰も覚えてないなんて、変過ぎる。スガシロ名義の家のことも、誰も知らない。

「口止めでもされてるのかしら」
「さあな。記憶操作じゃないか」
「でも住所録にも載ってないのは、変よ。もしかすると、もともと探せないようにしてるのかも」
「そうなら、キャスターを探すのは無理か」
「そうすると」
「他は、セイバー、ランサー、バーサーカー、アサシン、だな。アサシン以外のマスターならわかる」
「セイバーはわかるけど、他のひとって?」
「セイバーと戦ってるときに横槍入れてきた女が、ランサーのマスター。側にいた、でかい男がバーサーカーのマスターだろう」

 あの夜のことを、思い起こしてみる。前ほど怖いと思わなくなってるし。
 セイバーのマスターが綺麗な妖精さんで、たしかヒルデガルドさん。後から出てきたのが……

「うわっ。面白い顔してるぞ、みこと」
「……バーサーカーのマスターは覚えてないけど、ランサーのマスターは思い出したわ」
「で、どうする。戦力的にはランサーのマスターか」
「嫌。ぜったい嫌。あのひと、怖いからイヤ」

 全力で首を横に、ぶんぶんと振った。ちょっと眩暈がする。

「なら、バーサーカーか」
「ランサーのマスターと一緒に居たんでしょう? なら、今も一緒かも」
「…………そんなに嫌か」
「嫌」
「こういうおまえ、初めて見たよ」

 わたしも初めてだ。ほとんど話してもいないのに、こんな風に人を嫌うのもどうかと思う。でも、駄目。ぜっったいに、イヤだ。もう会いたくない。あのひとは、とんでもないぐらい、おぞましい。

「そういえば、セイバーたちってどうなったのかしら。誰かが」
「脱落してるだろうな。少なくとも一体ぐらいは。ランサーか、バーサーカーか」
「ふーん。セイバーは脱落しないのね」
「しないさ。あいつが俺以外に負けるわけがない。ランサーたちが二体で掛かっていったって、無理だな」

 こういうのも信頼っていうのかしら。セイバーの話をするアーチャーは楽しそうだ。まるで遊び仲間のことを話す子供。頬を少しばかり赤くして、目はきらきら輝いている。そんな姿を見せられて、これからの行動が決まらない筈もない。

「セイバーたちを探すのがよさそうね」
「え?」
「アーチャーもセイバーのこと、嫌いじゃないみたいだし。わたしもヒルダさんなら大丈夫だから。セイバーは、ちょっと怖いけれど」
「セイバーと組むのか」
「嫌なの?」
「考えたことがなかっただけだ。あいつについては、戦うってことしか」
「向こうもそうだったら、誘うのは難しいかしら」
「いや。また横槍が入るのは嫌だからな。先に他を叩くなら、それはそれで断らないと思う」
「なら、決まりね。ヒルダさんを探しましょう。あれだけ綺麗な人なら、目立つもの」

 外国の人がよく来る場所は、ある程度決まっている。特に肌の色が違う人はそうだ。じろじろ見られるのが嫌なんだろうと思う。ヒルダさんが居るならきっとそういう場所だろうと、わたしたちは幾つかの広場を歩き回った。路面電車も使って、散策気分もいっしょに。
 思い知ったのは後だったのだけれど、わたしたちは甘かった。目立つ人だろうと、手がかりもなく人を探すのが大変なことだって、わかってなかった。
 またしても収穫は皆無の無。アーチャーは気持ちが、わたしは心身ともに疲れて辛く、アイス屋でチョコチップアイスをカップで二つを買った。

「はい、アーチャー」
「俺は要らない」
「せっかくだから食べて。このお店、おいしいんだから」

 アーチャーはしぶしぶアイスを受け取って、じっと眺めた。見たことのない食べ物を前にしてる子猫みたい。
 わたしはわたしで愛しの君に手をつける。ベンチに座って食べるアイスは、口の中でひやっとして、舌の上で甘さが溶けて、歯でチョコチップを噛むと一風変わった甘みと少しの苦味。それが乾いた体に染みこんで、頬が落ちた。

「うふふふ。幸せって、こういうことね」
「手が冷たい」
「アイスだもの。食べないの?」
「これ、氷じゃないぞ。アイスって氷菓子じゃないのか」
「似たようなものだと思うけど」

 意を決して、アーチャーがスプーンを口に運ぶ。猫舌を心配したけれど、大丈夫そうだった。表情がぱあっと明るくなってる。

「甘い」
「アイスだもの」

 わたしたち二人、並んで、アイスを最後まで食べる。やっぱり、思う。幸せって、こういうことなんだと。おいしい甘さと同じ、ふわりと乗ってきて、いつの間にか去ってしまう。
 陽が傾いてきているからかもしれない。海風も冷え始めていて、火照った熱は体の内側から、外側から、抜けていく。空にも闇がじわりと迫る。

「おい、どうした」
「……え?」

 アーチャーがわたしの肩を揺する。目は真剣そのもの。それが滲んで見えたから、わたしは自分が泣いていることに気付いた。

「あれ、変ね。どうして」

 泣くようなことなんて何もないと思った。人探しは思ったより大変だけど、聖杯戦争は大変だけど、わたしはこうしてアーチャーと居て、おいしいアイスを食べている。それを幸せだって思ったのに。
 人探しは大変で。鉄人さんは、どんな気持ちで夏海さんを探していたんだろう。
 口に広がる甘さは幸せで。まだ病院に居るひとのことを忘れている。
 アーチャーのことが大好きで。いつか、この憩いも去りて帰らぬものとなる。
 舞う落ち葉は表も裏も。色々なものが混ぜこぜになって、涙もはらりはらりと落ちていた。

「やだ。また泣いちゃうなんて」
「どうしたんだよ」
「わかんない」
「ライダーと戦うのが怖いのか?」
「そうじゃないの。嬉しくて、でも思い出してたことがあって。いやね、ぐちゃぐちゃ、本当に。やっと強くなれたと思ったのに」

 目元を指で拭って、笑って見せた。アーチャーの顔が、今度ははっきりと見える。肩に掛けられた手は小さく、柔らかく、そして温かい。

「強くなってる。前みたいに大泣きはしてない」
「でも、また泣いちゃったわ」
「もう泣き止んでる。それに――」
「――――恐れでなく悲しみで泣くのなら、上等だ」

 女の声が、アーチャーの言葉を継いだ。
 振り向いた先にある、白き髪靡く女性の姿は―――


1:ヒルデガルドのものだった。
2:ヒルデガルドのものではなかった。