鉄人さんは、夏海さんは、どこにいるんだろう。ここから逃げるのは当たり前だけど、あの人たちを助けなきゃ。

「アーチャー、あのお爺さんの挑発に乗っちゃダメよ」
「む。じゃあ、尻尾を巻いて逃げろっていうのか。面倒だけど、やり方次第でどうとでもなるのに」
「ええ。お願い、アーチャー。わたしたちを助けて」
「こいつらを全部倒せばいいじゃないか」
「ダメ。お願い、アーチャー。すぐに鉄人さんたちを探さないと」

 アーチャーは唇を突き出して、大きくなっていく獣の影を見る。片方の眉をちょこんと上げると、鼻を鳴らした。

「さて、どうするのかね、アーチャー。儂は是非ともおまえさんの勇姿が見たいんじゃが」
「安心しろよ。見せてやるから」
「アーチャー! 挑発に乗らないで!」
「どうせ、あいつらを突っ切らないと逃げられない」
「なに言ってるの! この洞窟の中に逃げれば」
「あの男を捜すんだろ? それに、飛んだ方が速いしな」

 アーチャーはわたしの体に腕を回すと、宙へ舞い上がる。足が地面に着かないっていうのは、とんでもない感覚がする。わたしは慌ててアーチャーの華奢な体にしがみつく。

「行くぞ、手を離すなよ」

 アーチャーの足もと、車輪が回る。風が置き去りにされて、あっという間に巨大な獣たちが間近に迫る。牙と爪、その網目をくぐる曲線となって、アーチャーとわたしは駆け抜ける。
 ばらばらと降ってくる粘土は、アーチャーの腕輪が狗たちを粉砕していった証。通り過ぎ様に肢や腹を抉られた二匹の獣は、為す術なく倒れ伏す。

「すごい……!」
「本当なら徹底的に潰してやりたいけど、そうもいかない。まだ二頭が追ってきてる」

 大気を揺るがし、二匹の獣。まるでビルに追いかけられているようで、胸が息で詰まる。アーチャーの方が少し速い、けれど引き離すには足りない。草原のたなびく波を追い、アーチャーは鬼火の軍団を飛び越える。

「それで、あいつはどこに居る!?」
「わからないの! でも、ライダーの居る方に行ったのは確かよ!」
「ライダー……? わかった、方向を変える」

 風のレールに乗って、アーチャーは大きく舵を切る。その間に迫った爪を避け、お腹の下を滑り抜ける。待ち構えていた牙を腕輪が口ごと打ち砕いた。
 信じられない。目の前で起きることに思うのは、全部がそれ。アーチャーと出会ってからずっと変なことばかりだったけど、こんなこと、信じられない。

「あっちだ! どこに居るか、見えるか!?」
「え……あ、待って! ええっと、あれは!?」

 鬼火の中に、一箇所だけすっぽりと抜けた暗闇。中央に照らされた人影がある。まるでそびえ立つ塔、街の明かりに浮かび上がるよう。

「あれか……!」

 アーチャーの顔が歪んでいく。獲物を見つけた虎の目をして、可憐な口元は笑っている。
 迎える影の目が輝く。珍しい客人を迎えて楽しむ貴人のように、ライダーは笑う。彼の前には引きずり出された罪人、打ちのめされた姿。わたしが見送ったのと同じ背中。

「アーチャー、来たか!」
「鉄人さんッ!」

 擦れ違おうかというとき、耳元でかちゃりと音がした。わたしはアーチャーの伸ばした腕を押さえる。そのままライダーたちの上を過ぎ、旋回しする。

「ダメよ、アーチャー!」
「なんで邪魔する! 先に攻撃できたのに!」
「なんで……って。鉄人さんを助けに来たのに、一緒に巻き込んだらどうするの!」
「もたもたしてると、さっきのでかいのに追いつかれるぞ!」

 わたしたちが叫びあう間に、鬼火が盛り上がる。怨嗟の声が一際大きく脈打ち、形を成していく。狗とは違う、もっと何か。その上に立つライダーが、轟くような声を上げた。

「アーチャー! 所望するのはこの男か!?」

 吊り上げられた体。血に濡れた甚平が、薄明かりにはっきりと見える。

「ちっ。なんのつもりだ、ライダー!」
「我が走狗を容易に破るとは驚きだった! ひとまず見事と称賛しよう!」
「知ったことか! そいつを寄越せ!」
「鉄人さんんだけじゃないわ! 夏海さんも返して!」
「なるほど、やはり大事か! 見捨てられぬか! それはいい!」

 膨れ上がった粘土。それは嘶き、後ろ肢で立ち上がる。体の線は馬、その巨大さは狗をも超える。ライダーの背後にはさらに三つの馬、わたしたちの背後には狗の鳴らす四つの吐息。不意に静かになった草原に風が舞う。

「ここで叩き潰すこともできなくはないが……これから先、有象無象の始末をつけねばならぬ。魔力の無駄はできぬ身だ。この男にかき回された後、態勢が整わぬまま、貴様と泥仕合をするのは避けたい」
「だから、何だ」
「貴様に付け狙われるのも、好ましくない。決着は後日、それまでに殺す算段をつける。時と場所は使いが報せる。それまで待て」
「何でおまえに従わなきゃいけない?」
「この男を死体で返して欲しいのなら、従わずとも構わぬ」
「そういう意味じゃない。逃がすつもりがないって言ってるんだ」
「襲うのも去り行くのも最速たること。最強の軍の条件だ。また会おうぞ、アーチャー」

 ライダーは馬を返し、走らせる。背後から襲い掛かる牙、掻い潜ってライダーの背を追う。

「アーチャー、逃がさないで!」
「わかってる!」

 まさに韋駄天のように、アーチャーは空を滑る。けれど前の駿馬には追いつかない。

「腕輪を!」
「あいつに当たるぞ!」
「ライダーじゃなく、肢を狙って!」

 頷いたアーチャーが腕輪を飛ばす。肢を砕かれ、駿馬が崩れ落ちゆき、大地に伏す。けれど、その背にライダーは居ない。彼は肢が砕かれたときには騎馬を捨て、今は違う馬に跨っている。
 二度三度、同じことを繰り返す。ライダーとの距離は縮まらない。鬱蒼とした森を抜け、高みの下の谷間へと。馬の一頭が崖にぶつかり、石が雨あられと降ってくる。飛礫を越えたときには、もう巨大な馬の姿はずいぶんと小さくなっていた。

「あの宝具とは相性がよかったんだが……だからか。見切りのいい奴だ」

 次に戻ったときには、さっきのようにはいかない。アーチャーの言う意味は、つまりそういうことだった。

 ログハウスに戻る道は、あまり明かりも人気もない。昨日はそれをどうとも思わなかったけど、今夜はやけに気になった。歩く仲間が一人減るだけで、こんなにも寂しい。

「これでまた手がかりなしか。マグロがライダーのマスターだったってわかったのは収穫だけど」

 アーチャーはくるくると手遊びをしながら、ときどき茂みに野良猫を見つけてはとたとたと近寄っていく。

「ライダーの巣はわからない。あとは、あの爺さんは何者なんだ?」
「わからないわ。菅代玄耶って名乗ってたけど、本当の名前かどうかも」

 ライダーに逃げられた後、草原に戻ったときには鬼火の集団も、あのお爺さんも居なくなっていた。徹底した撤収で、手がかりになりそうなものは何も残されていなかった。

「スガシロ……どこかで聞いたな、その音の並び」
「そうなの? うーん、この街に昔から住んでたって言ってたから、それが本当だとすると、どこかに家があるのかもしれないわね」
「…………なんか変だな」

 可愛いほっぺを、アーチャーが指で掻く。横手の猫がにゃあと鳴いた。

「変?」
「ああ、変だ。色々あったのに、今日はずいぶんと平気な顔してる。しかも頭の回りまでよくなってる気がする」

 それは、わたしのことなのかしら。平気な顔うんぬんまではいいけど、その後はどういう意味。ねえ、ちょっと。

「何があった?」
「何って言われても……ねえ。あ、そういえば、魔術を使えるようになったわよ」
「うそだな。あの見込みの無さが、一日そこらで何とかなるもんか」
「嘘じゃないわ。こう、ね。魔力の流れをばーっと掌から」
「魔力を吐き出してるだけじゃないか……って、そんなやり方で戦ったのか?」
「ええ。けっこう何とかできちゃうものなのね、魔術って」
「……信じられないやつだ。よくそんな魔力の使い方するな。実戦で使える破壊力なんて出たのか?」
「出たわよ。あの人型の鬼火を……そうね、十ぐらいは倒したもの」
「ほんとに変なやつ。普通は一度か二度で魔力が尽きるぞ。そんなやり方で戦うなんて、竜の血でも入ってないと無理なのに」
「あら。じゃあ、わたしって竜になれるの?」
「なれない。なったら困る。龍は好きじゃない」

 そうなの、残念。わたしもアーチャーみたいに空を飛んでみたいのになあ。
 うん……変だ。アーチャーの言うとおりかもしれない。昨日までは驚いて、こんなことを考える余裕はなかったと思う。

「ねえ。わたし、やっぱり変?」
「いつもそうだ。でも今日はすごい変だ。昨日なんて泣いてたし、今日はあいつがさらわてもケロっとしてる」

 そう、泣いてたのに。鉄人さんが大変なのに。あんな、ひどい人たちと戦わなきゃいけないのに。
 どうしてだろう。今日はいろいろありすぎて、原因がわからない。
 でも、きっと。今日まで巻き込まれるだけだったのに、今日は自分から立ち向かえた。平穏な日々から、自分で決めて、夏海さんを探しに行った。一人でも戦おうと思った。
 だから、少しだけ強く居られるようになったのかも。自分を哀れんで泣くのを、止められたのかもしれない。

「あ、でも今日も泣きそうだったな、俺が来たとき」
「あれは昨日とはちょっと違うわ。来て欲しいときに来てくれたから、嬉しかったの」

 アーチャーが目を丸くして、息を止める。視線を逸らすアーチャーの腕を引き寄せて、手をぎゅうっと握った。

「ありがとう。今日のことだけじゃなくて昨日も。好きなひとを助けたいのは当然だって言ってくれたでしょう。あれのおかげで、辛い気持ちがすごく軽くなった」
「……あ、うん。そうか」
「ありがとう」
「いや、もうわかった」
「ふふ、言えてよかった。喧嘩して別れたから、少し不安だったの。ありがとう」
「わかったって。くそ、やっぱり変だぞ、今日のおまえ」

 本当の気持ちを伝えられて、よかった。心に血が通ったみたい。もっともっと、伝えておこう。

「わたし、一緒に戦うのがあなたでよかった」
「……え、あ……う」
「わたし、あなたが好きよ」
「…………わ、わかったから、聖杯戦争の話にしてくれ。頼む」

 真っ赤になって顔を背けるアーチャーがもう可愛くて、わたしは猫がするように顔を摺り寄せた。すりすりと触る肌は柔らかくて温かい。

「や、やめろ! 聖杯戦争の話だ!」
「はーい」

 ぱっと離れると、アーチャーは荒げた息を整える。こっちを警戒する猫みたいに、ちょっと距離をとってわたしを見ている。わたしはしれっと話を始めた。

「まず、状況を整理しましょう」
「……いいけど」
「一番の問題はライダーね」
「……ライダー自体の居場所はつかめないし、爺さんにも逃げられた。探しに行くと、あの男が殺されるかもしれない」
「鉄人さんだけじゃないわ。夏海さんも人質にされてるのと同じよ」
「たぶんどっちも生きてる。マスターが居ないとライダーが困るし、あの男は人質だ。人質をダシに俺たちをいいように振り回すつもりなんだから、殺すことはない」
「両方見つけられればいいんだけど、手がかり無しだものね。何かできることはないかしら」
「なら、爺さんを探すか。きっと二人の居場所を知ってる。闇雲に探すよりは可能性がある」
「あとは、そういえばキャスターは見つかったの?」
「いや。店の並んでる通りは全部回ったけど、白ずくめの奴は見つからなかった。ライダーを待ってる間に倒すか?」
「うーん」

 やっぱり、戦うのは嫌。ライダーと戦うのは仕方が無いと思うし、放っておいていい相手じゃないと思う。今日のアーチャーは昨日みたいに傷だらけにならなかった。セイバー以外なら、きっとこの子は負けないと思う。
 けれど、みんながみんなと、戦わなくちゃいけないのかな。戦わなくて済む方法があるのなら。

「で、どうする?」

 アーチャーに訊かれる。

 わたしの答えは―――

1:ライダーのアジトを探す
2:玄耶を探す
3:他のサーヴァントたちを探す