――――Interlude/8 Soldier and King.


 白刃が閃く度に死霊が断ち切られる。霊といえど、明確な形を持つもの。核を砕かれれば、霧散し、元の居場所へ還っていく。
 これはかつての再現。鉄人にとっては体験済みの映像。若かりし頃、生き人を相手に戦場で。

「おお、やるではないか。生身の人間とは思えぬな」

 閲兵を楽しむ将のように、ライダーは声を弾ませる。そこに鉄人への警戒感はない。彼は知っている。如何に鉄人が奮闘しようとも、その刃がライダーに届くことはない。
 そして、それは鉄人も知っているだろう。知っていながら、この男は諦めない。針の穴より小さな可能性に、己の憤怒を捻り込むことを。

「夏海を……夏海を戻せッ!」
「戻せ? はて、筋の通らぬことを言う。あの娘は進んでマスターとなったのだが?」
「貴様が言葉を弄して、あの子を利用したのだろう!?」
「下らぬ。妄言も大概にせよ」
「あの子は……あの子は……普通の子なんだ! あの子がこんな! こんなモノを知って、それでも貴様に協力することなんてない!」
「なるほど。確かにあの娘を知っているようだ」
「いますぐに会わせろ! すぐに解き放て! あの子を日のあたる場所に帰らせろ!」

 彼の叫びは懸命に。偽りなき真実の願い。だがライダーはそれを一笑に付す。
 届かないと知っていた。だが鉄人の心にある炎の勢いは更に増す。
 ライダーは目を見張った。実が弾けるように、鉄人の体が動き出す。烈火の如き身のこなしで、死霊たちを圧倒する。

「夏海を返してもらうぞ……! 貴様が首を縦に振らないなら、斬り飛ばして振らせてやる!」
「―――たかが一兵卒が、偉そうな口を利くではないか!」

 死霊の動きは鈍い。とはいえ、それは鉄人に比べてのこと。これだけの数があれば、鉄人一人を捉えられぬのは奇妙な話。ただ斬り伏せられるのは道理に合わぬ。
 その原因は動く電算、鉄人の頭蓋の内。半世紀前の科学の粋が、軍勢の動きを鉄人に告げる。予測通りの動きのみなら、それに合わせて刃を重ねればよいだけのこと。

「ライダーッ!」

 今の鉄人は鬼神にも匹敵しよう。軍略で築き上げた計算は、埒外の力を見せる一人の男により崩されている。
 認めよう。ライダーの目は輝きを変える。彼の葬列に立ち向かうのは愚かな兎ではない。この敵は、子を奪い返しに来た虎なのだと。

「名を聞かせよ。殺す前に聞いておきたい」
「夏海はどこだッ!」
「……聞く耳なしか。では、まず足をもらう。動けぬようになれば、答える気にもなろう」

 ライダーが手を天へ掲げる。死霊たちが波を打つ。攻撃の前触れ、ではない。これまでに無かった動き、死霊たちが砂場の砂のように掻き集められていく。
 第六感が鉄人に危機を告げる。生き残りたいならすぐさま遁走しろと。その忠告を放棄させるのは、ただ夏海への想い。
 鉄人の前で、一匹の獣が頭をもたげる。牙から滴る涎。死霊という肉で作り上げられたのは、巨大な狗だった。

「四駿四狗(ドルベン・クルウド・ドルベン・ノガス)―――これを見れること、光栄に思え」

 狗は吼える。仲間を呼ぶように。
 声は応える。呼びかけへの肯定として。
 鉄人は刀を振るう。それは塵芥に等しい抵抗。狗は虫けらで遊ぶように、前肢で彼の足を踏み潰す。

「ぐ……が……っ!」

 ぎしぎしと軋む骨。常人離れした鉄人の強度を以ってしても、狗の稚気にいずれ砕かれる。刀を肢へ突き立てるも、手ごたえは奇妙、粘土に楊枝を刺したようなもの。狗の肢から力は抜けない。

「再び問う。名を聞かせよ、男」

 幾度の刃も、狗は平然と受ける。刀では倒せない。痛みすら与えられない。狗を倒すのは、それを構成するのと同じ、強い神秘でなければならない。
 鉄人が口を開く。しかし口を衝くのは痛苦の喘ぎ。言葉は喘ぎに途絶える。

「どうした? 答えよ」
「……るな」
「聞こえぬな。もう一度言ってみよ」
「……舐めるなと――言ったんだ!」

 鉄人が腕を狗の肢に突き入れ、笑う。狗が僅かに首を傾げた直後、その前肢が吹き飛ぶ。巨体がゆっくりと、崩れ落ちた。
 立ち上がった鉄人は、息を荒げながらも、刃をライダーに向ける。闘志は萎えない。いまだ炎は燃え盛る。

「一思いに……殺しておくべきだったな。これでも、昔は陰陽将校だった。術の一つぐらい使える」
「くく、そうか。いや、ますます名を聞きたくなったぞ。その強い欲、見事ではないか」
「欲だと?」
「欲だとも。人の根源は全て欲だ。何を為すのも欲あってこそ。欲の形が違うだけだ」
「けだものらしい持論だが、そんなものは聞きたくない。夏海はどこだ」
「聞きたいのなら、我が走狗を屈服させろ。そのときには如何なる問いにも答えよう」
「狗ならそこに倒れているだろう。まだ足りないというのか?」
「足りぬな。なにしろ―――まだ三頭も残っている」

 ライダーは死霊の上に腰を下ろし、頬杖をつく。
 兵士が如何に奮戦しようと、王はただ見下すだけ。
 左右から同時に。二つの巨体が毬で遊ぶように、鉄人の体を跳ね飛ばした。


――――Interlude out