鉄人さんの影がわたしを覆う。世界が暗くなっていく。足はがたがたと震えて、逃げろ逃げろと叫んでいる。
 だからって、ここで逃げて、どうするのだろう。怖い、本当に怖い。でも、この人たちから逃げて、鉄人さんを置き去りにして、どうする。
 温かい家に逃げ込みたい。平穏な世界に帰りたい。でも、ここに来たんだ。夏海さんを探すって、あのひとがもう一度起き上がれるようにって、そう思ってここに来たんだ。
 なら、やれることをやってみせないと。

「……ほう。逃げぬか」

 ライダーのくぐもった声、剣闘士のあがきに綻ぶ笑み。それは立ち上がったわたしに向けられている。

「君が居ても何も変わらない。今回ばかりは、僕に君を守るつもりもない」
「わたしだって……わたしだって、魔術を練習してました」
「だからって、何ができる」

 魔術回路の切り替えはできる。だから、魔力を操ることはできる。問題はその先だ。鉄人さんが言うには、魔力は燃料だという。その燃料を変化に繋げるのが魔術。
 要するに魔力は電気みたいなもので、機械が魔術ってことらしい。それで、わたしは魔術を使えない。つまり燃料だけはあるけど、それを使える機械がわたしには無い。

「君には何もできない。早く行け!」
「―――できます」

 電気でもガソリンでもいい。どっちにしても、使えるものはある。やれることは必ずある。手の中に道具があるなら、それを使う。

「待ったところで、意思は変わるまい。始めるぞ」

 光る眼。ライダーの号令下、鬼火の軍勢は解放された。大海のうねりのように襲い来る餓鬼を断ち割って、鉄人さんが駆けてゆく。

 波紋が広がる。漏れ出したものが、わたしへ向かってくる。
 怖い。怖い。怖い、けれど。逃げようという思いは浮かんでこない。気持ちが静かに雨に打たれて、余分なものが落ちていく。
 人の形をしたものが、手を伸ばしてくる。それに合わせて、自分の中で塊を回転させる。てっぺんから下って、足を回って再び上へ、そして掌に。形のないまま、勢い任せに吐き出した。
 拳銃を撃ったような衝撃が腕を伝う。思わず目を瞑って、数歩後ろへたたらを踏んで。目を開いてみると、人の形の敵は居なくなっていた。

「ほ。魔力を加工せぬまま放つとはの。なんと無様な力技じゃ。効率の悪いこと、この上ないわ」

 どこかから玄耶さんの声がする。返事をしようにも、わたしの心臓はばくばくと震えて、息をするのに精一杯だ。

「早晩魔力が尽きようが、それでどれだけ保てるか、やってみるがよいわ」

 カカカカという軽妙な笑い声と揃って、死霊の群れが踏み出した。