わたしは夏海さんを探したくって、アーチャーはキャスターを探したかった。聖杯が欲しいならキャスターを探す方を優先しろって言われたけれど、夏海さんを探すのは鉄人さんとの約束だったから。
 意見は平行線。結局言おうと思っていたお礼の言葉も言えずに、最後には口論になってしまった。

「だから、友達と喧嘩別れになったのかね」
「はい……そうなっちゃって」

 おじさんがにこにこと笑いながら、ティーカップを傾ける。きれいに磨かれたカップには往来の人の影が映っている。
 わたしが居るのは水佐波の出島、海にほど近いオフィス街の広場。
 埋立地と鉄骨の上に建った最新のビル群は、生活臭のある住宅地とはまるで違って、異邦の地に居るような気にさせる。カフェや軽食店に囲まれた広場は日本の街の延長というより、ヨーロッパの街を移植したと言われた方が納得する。
 そんな街だからだろうか。海上に建てられたオフィス街には海外企業も多く誘致されていて、外国から来た人も多い。わたしと一緒にお茶を飲んでいるおじさんも、その一人だ。

「順番を決めて、一緒に探すことができれば一番よかったとは思うんですけど……」

 おじさんとは広場行きの路面電車で初めて会った。道を聞かれて、ここまで案内したのだけれど、そのままズルズルとお茶をすることになってしまっている。
 おじさんは駅前で人と待ち合わせをしているそうで、それまでならいいかなあと。広場の近くには交番もあるし、休憩しようと思ってたところだったし。
 そんなこんなで、お茶は二杯目。案内中に通り一遍の話はしてしまって、適当な話題はなくなってたんだけど、黙っているのも何なので、わたしはアーチャーのことを話した。もちろん普通の人には話せないことは、誤魔化してある。

「どうすればよかったんでしょう」
「ふむ。一つばかり助言するなら、衝突を後悔するより和解する方法を考える方がいい、ということかな」
「仲直り……って言っても、どうすれば」
「それは自分で考えることだ。偽りのない自分でなければ、本当に和解することはできない。上っ面の解決が嫌だから、友達と喧嘩したのだろう?」
「……そうですね」

 ぼんやりと広場の人たちを見つめてみる。小さな男の子が、楽しそうにお母さんと話して、きゃっきゃと笑う。遠く見えるものが、少しずつ近くなってきたような気がした。

「でも、初めて会ったばかりで、こんな相談に乗ってもらってるなんて。おじさんは不思議な人ですね。わたし、いつもだったらこんな風に悩みを話せないと思います」
「君が話したがっていたからだろう。私が偶然そこに居たということだし、赤の他人だから話せることもある」
「じゃあ、幸運に感謝しないと」
「君はくすぐったいことを言う」
「ふふ。ありがとうございました、少し息苦しさが消えた気がします」

 いかつい顔つきからは想像できない優しい目をして、おじさんは柔らかく笑う。ティーカップから温かな湯気、わたしの冷えた頬を触っていく。ああ、この目と表情かなあ。わたしが話をする気になったのも、お茶をしていいと思ったのも。

「どういたしまして。私の方こそ君と話せて楽しかったよ。そろそろ約束の時間なのだが、楽しい会話の最後に、私の話をしてもいいかな?」
「ええ。ぜひ聞かせてください」
「昔、ある女性が居てね」

 ぐびびとお茶を一気に飲み干して、わたしはがっつりテーブルに身を乗り出した。それはもう、闘牛みたいな勢いですよ。

「彼女とは仕事で一緒に行動することになったのだが、目的も考え方もまるで違った。それでも、私は彼女と共に進むことができた。後で気付いたのだが、その時間は実に幸福だった」
「その人を好きだったんですね?」
「若いときはわかっていなかったがね。彼女の意思の強さ、明晰な理性に私は惹かれていた。
 対照的に私は弱かった。目的の相違を曖昧なまま放置した。いや、彼女の目的を見ないようにしていた。そうすれば、自分に都合のいい夢の中で生きられた。だが、そのせいで、私は彼女を永遠に失った」
「……それは、亡くなられたってことですか」
「そうだ。私には彼女の死を止められる機会があった。だが立場や見栄、意地を優先してしまってね。私は彼女に本当の気持ちを伝えなかった。彼女が居なくなるということを、わかっていなかったのだな。今でも、それを後悔しているよ」

 表情は穏やかなまま。風の音は消え入りそうで、陽だまりには薄い色の光。街頭の喧騒は幕の向こうにある。伝えておけば、よかったこと。もっと好きだって言っておけば、大事だってことをもっと話しておけば。でも、もうガラスの向こう。行ってしまうまで気付かない。

「……ふむ。とりとめもなく、楽しくも無い。会話の終わりには相応しくない話題だったな」
「そんなこと、ありません」
「そうかね。そう言ってもらえると助かるよ」

 笑い合うと、おじさんは立ち上がる。お勘定に目を通し、あれ、目をごしごし擦ってる。

「すまないが、数字を読み上げてくれるかな。最近は細かい字を見るのが辛くてね」
「あの、やっぱり自分の分は自分で払います」
「お茶に誘ったのは私だ。君に払わせては顔が立たない」
「なら、次に会ったときには老眼鏡を買いに行きましょう。わたしがプレゼントしますから」
「むう、老眼鏡かね」
「ええ。どうしたって必要になるんですよ? 諦めた方がいいです、見栄や意地は捨てて」
「ははは。手厳しいな」

 手を振って、おじさんを見送る。冬風の中にある人々。広場の海に広い背中が消えていく。
 ほっとする。こうやって穏やかに話ができたのは嬉しい。
 やっぱりショックだったんだなって思う。あの事故も、聖杯戦争のことも。自覚はなかったけど、わたしはショックを受けてたみたい。聖杯戦争から離れてみて、そう思う。
 アーチャーは好きだし、鉄人さんも好き。あのひとが元気になったらって思う。夏海さんを助けなきゃいけないとも思う。
 けれど、辛い。わたしはこうやって、平穏な風景の中に居たい。薄情だとしても、そう思うよ。

「でも――やらないと」

 こうして休んで、少し元気になれたんだから、また頑張らなくちゃ。
 鼻息をふんと吹いて、胸を張る。疲れて眠っていた頭の中身を目覚めさせる。

「うん、やっぱり夏海さんを助けてからよね。聖杯戦争は逃げないんだから」

 広場に手がかりはない。一度、ログハウスに戻ろう。そろそろ鉄人さんが来るだろうから。そして、もう一度アーチャーと話をしよう。今度は喧嘩になる前に、昨夜のお礼を言って。