「アーチャー、ありがとう」

 朝の靄を通して柔らかな光が差し込む。気持ちのいい朝。これから始まる一日への期待で心は躍る。

「ありがとう、アーチャー」

 鏡を前に、じいっと自分の顔を見る。

「ありがとう、うれしかったわ、アーチャー」

 何度目か忘れたけれど、鏡の中の自分へ言葉を贈る。うん、やっぱりダメ。とてもじゃないけど笑わずにいられない。

「……ぷっ、あはははは!」

 ぐるんぐるんと転がって、笑えるだけ笑ってみる。ああ、バカみたい。ぱんと顔をはたいて、もう一度鏡の前に立つ。
 こうやってると自分が何をしているんだろうって少し思う。でも言いそびれると、なかなか言い出せないもの。だから、こうやって練習しているんだけれど。

「……ふう」

 一息ついて、ぐいっと鏡に近寄る。その、自分の顔のことは気にしないようにしよう。誰かの前で言っていると思えばいいんだし、そのために練習してるんだし。

「―――アーチャー、ありがとう」
「何の話だ?」

 開きかけのドアから、ひょこっとアーチャーの顔が出てくる。
 真っ白になった。何も考えられない。

「――――きゃあああああああああ!」
「な、なんだぁ!?」
「なんで入ってきてるの!? 洗面所に入るときはノックしなさいって言ったでしょう!」
「でも扉は開いてたぞ」
「関係ないの!」
「黙って、外で待ってればよかったのか?」
「それはもっとダメ!」

 息を整えて、アーチャーを見る。きょとんとした顔は、やっぱりすごい可愛い。何ていうか、ほっぺたすりすりしたい。じゃなくて。

「どうしたの? あ、朝ごはんなら街のお店で食べるつもりだけど」
「これ、ガタガタ震えてたぞ。よくわからないけど、伝達手段なんだろ」

 アーチャーが手に持っていたのは携帯電話。メールが着いたみたいだ。

「誰からかしら。学校なら、もう少し休んでいられるはずなんだけれど」

 受信メール一覧を見て、わたしは混乱した。一通だけ、差出人は―――

「夏海……さん?」

 件名も本文も意味がわからない。子供が弄り回したみたいな言葉が並んでる。
 急いで電話を掛けてみる。昨日は繋がらなかったのに、今朝はコール音が続いている。

「もしもしっ?」
『やはり広場へ凱旋するのが……あん?』
「その声、誰です!?」
『なんだ、これは。どうしろというのか』
「ちょっと、もしもーし!」
『切れ? 世迷言を。王が欲するものを切れとは』
「訳のわからないことを言っていないで、わたしと話しなさい!」
『―――無礼者が。よかろう、叩き切ってやろうぞ』

 ぎちょんと普通じゃない音がして、電話は切れる。電話の相手はまるで聞いたことのない男のひとの声だった。わたしの知らない人と夏海さんが知り合いだってことはありえることだけれど。
 でも、もしかしたら夏海さんは誘拐されたのかもしれない。

「おい、何だったんだ?」
「誘拐……誘拐……」
「おーい」
「待って、そういえば一昨日のときの声……聞き覚えがあるような」
「一昨日? あ、キャスターのゴーレムが来たときのことか」
「あーっ!!!」

 あの声、乱暴な喋り方。どこで聞いたんだろうと思ったら。

「アーチャー、大変! わたし、キャスターのマスターを知ってるかも!」
「うそつけ。そんな偶然あるか」
「嘘じゃないわ! 商店街にね、お店にたかってる白いチンピラが居るのよ!」
「ふーん」
「どうして気付かなかったのかしら……行きましょう、アーチャー。商店街にきっと手がかりがあるわ!」
「手がかりって何の?」
「え……ええっと。夏海さんの行方……かな」
「どうして?」
「夏海さんに電話したら、知らない男のひとが出て、それで」
「誘拐されたと?」
「ええ、そう」
「誘拐が本当だったとして、何でキャスターの話になるんだ?」
「…………あら?」

 ぷすぷす燻る頭の中身。あらら、ちょっとショートしてたみたい。恥ずかしい目に遭ったばかりだったし、慌ててたんだろうと思う。
 だから、情状酌量の余地はあるんじゃないかしら、ねえ……アーチャーったらそんな冷たい目で。

「で、どっちを優先するんだ?」
「どっちって?」
「少しは考えろよ」

 ぶわっと伸びをするアーチャー。子猫がガリガリするみたいに、わたしに詰め寄る。その様子はとっても微笑ましいんだけれど、自分より小さい子に言われると響くの、その台詞。

「キャスターたちを探すのか、夏海さんを探すのかってことね」
「そう。マグロを探すのはついででもいいと思うけどな、どうせ手がかりらしい手がかりは無いんだし」
「うーん、広場がどうのって言ってたけれど」
「広場ってどの広場だよ。そんな雲を掴むみたいな話より、俺はキャスターを排除したい。セイバーと決着をつけるのは最後だから、その前に他の奴らを倒さないと」

 アーチャーが遠足の前の子供みたいに張り切ってみせる。うーん、その意気に水を差したくはないんだけど、夏海さんのことは気になるのよね。

 わたしは―――

1:商店街へ行く
2:虱潰しに広場を当る