――――Interlude/6 His grave marker.


 約を違えるのは名誉の傷つくこと。それはどの世界、どの時代もおそらく変わるまい。だからファーティマはヒルダと無道の争いには不干渉、一人の傍観者に徹していた。
 だが、その干戈の交わりは戦いの一つに過ぎぬもの。ファーティマからすれば、ヒルダの生死に意味は無い。彼女の興味は一つだけ。
 如何にして、セイバーを縊り殺す? 彼女の思いはその一点へと向けられる。

「死ネ死ネ! 潰レテ、グチャッ! ケヒヒヒヒ!」

 品の無い叫び、野卑すぎる声は彼女の癪に障る。期待外れの成果も許しがたい。バーサーカーの武器がセイバーを捉えたことは無く、ただただ時間と魔力を浪費するのみ。
 セイバーとバーサーカーは勝負にすらなっていない。傷の回復を図るセイバーがその証左。もはや裏切りに近く、実力の無さは侮辱であろう。
 ただ望みはある。バーサーカーと面するだけで、彼の真名は知らされる。カイン。かつて神に放逐された男の名。語られる中、彼に掛けられたのは七に倍する報復の呪い。
 セイバーはいずれ斬る。無道は強く、いずれヒルダは膝を屈し、首を奪われる。主を救うため、セイバーはバーサーカーを斬り伏せる。そのとき呪いは発現し、セイバーの命を断つだろう。

 だが、その一縷の可能性は途絶えて消える。ヒルダの悲鳴、翻るセイバーの魔剣、企みが成ろうとした瞬間に、全てが瓦解した。
 バーサーカーの体から血が噴き出す。ただしそれは剣によってではなく、槍によって。

「潰レ、潰レ、レ、レ……グチャ? ギイイイイヒヒヒ!」

 バーサーカーは両足を貫かれ、無様にのたうち回る。その背後に立つのは白い騎士、野性味と上品さの同居する槍の担い手。

「こうして向かい合うのは初めてだな、セイバー。もっとも、おまえは私に気付いていただろうが」
「……どういうことだ、ランサー。これは貴様の仲間だろう」
「こいつには呪いが掛けられている。七倍返しの呪いだ。それは死ぬことで引き起こされる。おまえがどうするつもりだったかわからんが、そうなっては困ると思った」

 同盟者の情報、かの英霊の命綱を、ランサーは容易く売り飛ばす。セイバーはこの不可思議な行動に眉を寄せずにはいられなかった。

「再度問おう、ランサー。どういうつもりだ」
「先ほどの戦い、私も見ていた。技の競い合い、命の奪い合い。あれぞ戦士の在るべき姿だろう。そして――私も一介の戦士だ」
「なんだと? では、貴様は」
「おまえは強い。私は勝ち目のない戦いをするつもりはない。だが戦士としての血も騒ぐ。
 今、おまえは傷つき、しかし戦えるだろう。どちらも満たすために、このときを逃すことはできん。こんな下らんモノに、その機会を奪われたくは無かった」

 事も無げに言う。仲間であったことは間違いがなく、つまりバーサーカーの呪いはランサーのマスターの計画でもあっただろう。それを全て覆しておきながら、ランサーの顔は涼しいままだ。

「ふ―――はははははは! なるほど! さすがに英霊の集う場だ! アーチャーのみならず、貴様のような敵にも巡り会おうとは!」
「勘違いするなよ、セイバー。私はおまえを助けたのではない。この手で屠ると決めたのだ。私は主のために、必ず勝利する。それは己の手で為すのが最も確実だろう」
「言い切るか、ランサー」
「言い切るとも」

 強くなればなるほど好敵手には出会えない。セイバーは常に最強だった。竜を殺した後に、彼に敵う者は一人として現れなかった。しかし英霊として呼び出されたこの地は違う。持て余した余剰、熱情、それをぶつける場が与えられている。

「俺には不運が憑いていると思ったが、どうやら違ったな。俺のマスター、あんな悲鳴は初めてだったが、どうやら今も無事だ。俺を呼ぼうともしていない」
「まだ味方が居たようだな」
「俺はあの男を好かんのだがな。しかし強いぞ、奴と奴の僕は。人の身では抗し得るのがせいぜいだろう」
「となれば、猶予を気にする必要はない。おまえは幾らでも技を試せるな」
「ああ、存分にだ」

 己の力をぶつけたい。技を鍛えれば鍛えるほど大きくなる怪物、その獣欲。セイバーの顔に浮き出るの欲情、バーサーカーより濃い狂気の色。その虎の唸りをランサーは見据えて返す。

「場所はどこがいい、セイバー」
「どういう意味だ?」
「気付かんと思ったか。おまえは真の力を隠している。ここのような狭い場では披露できぬのだろう? 当然だが、そこのバーサーカーも連れて行く。加勢させるためではなく、おまえの主に手出しできぬようにだ」
「ほう、至れり尽くせりだな。そこまでして見事に死にたいか」
「つまらん冗談だな。場所を選べ、セイバー。こんな味気の無い場でおまえを散らせるのは気が引ける」

 獅子のじゃれ合い。月下、黒に似た赤の騎士と青くすら見える白の騎士は互いに瞳を光らせる。
 魔剣の焔は担い手の魔力を貪欲に食らう。セイバーにとって、わざわざ炎を見せる必要はないだろう。だが、それはここまでしてみせた男への侮辱にはなるまいか。この男を甘く見すぎた算段なのではないか。その思いが心を揺らす。

 いずれかの英雄の死す場、その墓標が置かれるのは―――

1:この坂に
2:遥かな山の頂に



 水佐波を見下ろす優麗の先、青き靄のかかった山の頂。セイバーとアーチャーの戦いは夜半に始まり、ランサーとの戦いへ引き継がれた。戦は長く、鳥の舞う東の空には曙光の兆しが見える。
 その紫の空の下で交わる刃、電光石火の殺し合い。放たれる一撃は全てが至高、かつて経験したことのない技の競い合い。その槍の使い手、技で言えばアーチャーの上をいくだろう。
 血が滾る。全身の血管がこじ開けられていく、その快感。ランサーと槍を交えるこの運命に、セイバーは感謝の思いを捧げた。

「素晴らしい技量だ、ランサー。これほどの槍を見れるとは嬉しいぞ」
「こちらにそんな余裕はないな。それにしても厄介だ、その肌。傷の一つも付けられんとは」
「これでも無理をしているのだ。この宝具はかなりの魔力を食われる。俺の主も辛くなっているだろうよ」

 少年のように頬を綻ばせるセイバーと、あくまで冷たい理知の輝きを瞳に湛えるランサー。

「……なるほど。それはよいことを聞かせてもらった」
「ハッ、俺の魔力が尽きるまで粘ってみせるか?」
「そんなことはするまでもない。オレが聞いて嬉しいのはな、おまえのマスターの消耗具合さ」

 ここに来てランサーは豹変する。戦士の真摯さは霧散し、この騎士の顔には皮肉な笑みが張り付いていた。

「どういうことだ、ランサー」
「訊いてばかりだな、おまえは。少しは考えてみたらどうだ? ま、おまえのオツムじゃ無駄なことだろうが」
「答えろ」
「なに、簡単なことだ。マスターとサーヴァントはどちらかを殺せばいい。不死身のシグルドと生身の女、殺すのが容易なのはどちらか言うまでもないだろう」
「……ふん、浅知恵だな。あの男は強いと言ったはずだ。奴がいれば、俺のマスターを守るには十分だ」
「そうだな。確かにあの時点ではそうだった。だがな、こうしたらどうなる?」

 ランサーが足を踏み鳴らす、応えてばちんと弾ける光。解かれたのは戒め、バーサーカーの自由を奪っていた結界。バーサーカーはゆっくりと立ち上がる。
 さらに山に響くのは軍人の行進に似た音だ。林の奥から現れたのはゴーレムの軍団、数は優に千を超えよう。

「これは……キャスターまで味方につけたのか」
「さて、オレはこれからおまえのマスターを始末に行こう。おまえは確か鳥の言葉を解するそうだな。聞いてみるがいい、セイバー。どれだけの数がおまえの行く手を阻むか。そして考えてみるがいい、オレに追いつけるかどうかを」
「貴様、初めからそのつもりか……!」
「そうだ。おまえをマスターから引き離し、取り囲む。オレが槍一つでやり合っていたのも、その時間を稼ぐためだけだ。
 バーサーカーとの戦いに割り込んだのも、奴を殺さずに動きを止められては困るからだった。戦士としての姿を披露できるしな。滑稽なことに、何処ぞの誰かはガキのように喜んでいたよ」

 ランサーは愚かな戦士を蔑みながら、ゴーレムたちの中に足を踏み入れる。バーサーカーの姿もまた、ゴーレムの波に隠される。

「キャスターのゴーレムは道を塞ぐ。それを一掃したくば、魔剣を使え。もっとも、それでバーサーカーを殺せば、おまえも死ぬことになる」
「ランサー、貴様……それでも戦士かッ!?」
「吼えるなよ、セイバー。切ったはったを楽しみすぎたおまえが悪いのさ」

 勝利は動かない。策は崩れない。既にセイバーは袋小路の中。
 ランサーは哄笑と共に去り行こうとし――――後背の魔力の渦に背筋を凍らせた。セイバーを中心に蠢く炎、魔剣は怨嗟に似た声を上げている。

「そうか……主のために殉じるか、セイバー」
「俺は死なん。そしてマスターも死なせはしない。魔力を絞れば、バーサーカーを殺さぬようにゴーレムどもを葬れる」

 異変を察知した鳥たちが絨毯のように空を覆う。これより起きる災厄、炎の恐ろしさに慄いて。

「ぬかせ。おまえがバーサーカーの居所をわかるとでも? それとも幸運に命運を託すか?」
「既に夜は明けようとしている。貴様もさっき言っただろう、鳥たちに訊いてみろと」

 かしましい鳥の声。そして彼らは山の頂より高く、地の様子を眺め見る。その目は木にある虫をも見分けるもの、ゴーレムの群れの中、草木を枯らす呪いの在り処はよく見えよう。
 その意味、ランサーにわからぬはずもなく。セイバーは狂喜に満ちた笑みを向ける。

「――――キャスター! 何をしている、セイバーを殺せ!」

 ゴーレムはセイバーへ殺到する。手に持つ武器、閃く刃、だが鋼鉄の肌を貫けるものなどありはしない。
 そうして炎は臨界を超える。もはやランサーに近づくことも許されない。

「策に溺れたな、ランサー……!」
「…………セイバーッ!! その魔剣を使って、魔力が足りると思うか!?」
「やればわかる! 俺も初めてだよ! 自分の限界を試すというのはな!」

 魔剣が振り上げられる。迷い無く、ただ真っ直ぐに、鳥たちの導きに従って。セイバーは炎を解放した。

「――――運命られし破滅の剣(グラム)―――!」

 刀身は砕ける。生まれ出でた焔は周囲に揺らぐ熱をも巻き込む。静かに縮み、そして炎は弾けた。絶対なる炎獄は蛇のように伸び、キャスターの僕を一瞬にして塵と散らせてゆく。
 天をも衝こう火は、その担い手と同質。己の行く手を阻む者は全て薙ぎ倒すのみ。
 恐らくは数秒、だが犠牲者たちの恐怖がその時間を引き延ばす。永遠とも思えるような炎の蹂躙の後、セイバーの前には灰塵の道が拓かれていた。

 ささやかなロマンチズムを込めれば、その炎は強き明けの明星とでも言えようか。この数夜において二度目、計算外の使用。だがそれはセイバーの健在を示すものでもあろう。

「ふむ。綺麗なものだな。君もそうは思わんかね」

 中年の男は顎をさすりながら、明け方に浮かんだ輝きを愛でる。彼は共に美しさを語る相手が欲していたが、無道にそんな余裕はない。無道はこの軍服の男を、敗残の兵がするように見つめている。
 男の歳はおよそ五十といったところか。白いものの混じった髪は撫で付けられ、体躯は若者のように引き締まっている。手にした剣に飾りは無く、されど鋭い。赤と青の狼は彼の命を待って、静かに佇んでいた。

「ぬう……」
「どうした、同意ぐらいしてくれてもいいだろう」
「よくもそんな口を利く。これだけ嬲られれば、息も切れるわ」
「嬲る? 私は君に傷一つ付けていない」
「修行で身につけたもの全てを試した。矢も棒も、剣も」
「そうだな、その豊富さには驚かされた。称賛すべき才能だ」

 彼は本心からの言葉を告げる。ありとあらゆる武器を使いこなし、魔力も生身の人間とは思えぬほどの豊富さ。腹も据わっている。齢は不惑に至っていないであろうに、見ているだけでも潜り抜けた死線の多さがわかる。
 だが、それは無道にとって何の慰めにもなりはしない。なぜなら、無道の攻撃は男に一つとして当たっていない。

「力の差と言うべきか、これは。打つ手全てを外されることがあろうとはな。もはや嬲られているのと変わらぬ」
「いいや、力の差ではない。おそらく私一人と君一人で能力を比べれば、君の方が多くの面で上だろう」
「つまらぬ情けをかけてくれるな」
「事実だとも。私は君に比べれば、まるで才能がなかった。それだけ多種多様なものを極めることなど、私にはできなかった」

 彼は思う。かつての未熟で若かりし己の姿。希望には溢れていたが、彼自身の可能性は取るに足らないものだった。魔術回路も少なく、彼にできるのはたった一つのことのみだった。

「この結果は相性の問題だ。私の能力と戦術は君に対してすこぶる相性がよかった。あとは、そうだな、年の功といったところか」

 避ける、防ぐ。その二点において、白兵戦で彼に勝る人間はいない。
 無道の才能は際限がない。多く広くを取り込み、その攻撃は幅広い。だが特化したものも無く、単独で戦うことを好む者。そんな敵こそ彼の得意とする相手だった。
 彼の僕たる魔獣と連携し、無道の攻撃を防ぎきったのもそれ故であろう。もっとも無傷で済んだのは七割の幸運によるところも大きいのだが。

「さて、言い残すことがあれば聞いておくが」
「一つ訊きたい。おぬしは見たところ、五十ほどの歳だろう。あと十年、この身を鍛え上げていればお主に届いたと思うか?」
「この期に及んで頭にあるのは己の力量か」
「それだけのために生きてきたのだ。答えてくれ」
「十年では足りんな。五十年、それで私と同じ老獪さを身につけられる」
「―――く、くくっ……それは余りに長い修行だ、九十年も生きろとは。そんな時間はとても耐えられん」
「そうだな。九十年は実に長い」

 男はサーベルを突き出し、無道の喉を貫く。横に薙いだ刃はその首を血飛沫とともに飛ばす。
 男はゆっくりを倒れ付す巨体に興味を示さず、刃に光る血を払った。

「さて、そこの女。私に向かってくるかね」
「……驚いたわ。そのお坊さん、すごく強かったのよ?」
「知っている。だが、どんな強さも必ず死角がある。君の強さが私の死角を衝くこともあるかもしれん」
「やあねえ、そんな口車に乗ると思って? その狼、私の人形たちには相性が悪すぎるわ」
「ならば邪魔者を退かして欲しいものだな」

 ローブに身を包んだファーティマの姿が芳香漂う人の波に沈み、見えなくなる。彼女に従う奴隷たちも、ゆっくりと、水が流れるように消えていく。

「男を使い捨て、自分は欲をかかずに速やかな撤退か。面倒な女かもしれぬな、あれは」

 肉体の一部かと見紛う程の自然な動きで、男はサーベルを鞘に納める。生涯を軍役に捧げた者が銃を扱うかのように。

「よし、よくヒルデガルドを守ったぞ、ハティ」

 ハッハッと舌を出す赤い狼の頭を、彼はくしゃりと撫で回す。もう一頭の狼も走り寄り、彼の足に纏わりつく。

「おまえもよくやった、スコール。あの僧侶は手強い敵だったな」

 青い毛並みを指で梳いてやると、スコールはフンフンと鼻を鳴らす。それを見たヒルダは、肩で息をしながらくすりと微笑んだ。

「行くぞ、ヒルデガルド」
「はい、閣下」
「動くな、立てる体ではあるまい」
「しかし……ここで休んでいるわけには」
「そうだな。では私が背負うとしよう」
「は……?」
「昔はよくした。今さら恥ずかしがることでもあるまい」

 彼は愛娘への眼差しを引き連れ、ヒルダを抱き起こした。小さく頷くヒルダはか細い息で、彼の背中にもたれかかる。

「やれやれ、セイバーめ。よくもこれだけ魔力を吸い上げてくれたものだ」

 呟き、彼は気付く。まるで娘とその恋人の交際を心配する父親のようではないかと。
 まったく歳をとったものだが、不思議と嫌な気分はしない。
 空が暁から朝へと手渡されたなら、セイバーを叱りつけるとしよう。男、ヴィーダー・ベレーブングはほくそ笑んだ。

 張り巡らされた罠を強引に己の腕一つで打ち破る。ああ、これほど愉快なことがあろうか。全身から魔力を奪われ目を開けるのも億劫な今も、その高揚感が彼の中に満ちている。
 暗闇の中で聞こえるのは水の音。魔剣の炎は山の一角を崩し、水の流れを変えた。いずれ川へ注ぎ、海へ向かうのだろう小さな流れはセイバーのすぐ側を通り過ぎている。炎の熱も、いずれ冷えよう。

「やれやれ、このまま眠りたいんだが」

 鳥たちは警告する。起きろ、炎の主よ。汝の敵は未だ立っているのだから……と。

「おまえが生きているということは、バーサーカーも生きているな。本当にバーサーカーの場所を掴んでいたのか。ちっ、鳥どもめ」
「俺は貴様を外すつもりはなかった、ランサー。生きているとはがっかりさせてくれる」
「おまえの思いなど知ったことか」

 セイバーは瞼を上げ、立ち上がる。風通しのよすぎる山の頂、霧も吹き散らされていく。小さき雲の向こうに、白い騎士の姿があった。

「ふん、腕の一つは焼いたか」
「ああ。だが槍を繰るには右腕一つで十分だ」
「確かにな。両腕とも焼かれてしまえばいいものを」
「セイバー、おまえはゴーレムどもを一掃した。おまえを取り囲んで、おまえのマスターを殺すという手はもう使えん」

 ランサーは槍を水平に持ち上げ、その切っ先はセイバーの喉許へと向けられる。

「だが、今のおまえに残った魔力は微々たるものだ。もはや鋼鉄の肌は使えない。しかも――魔剣の刃は砕けて消えた。これほど弱った敵を見逃す理由があると思うか?」

 返事を待たず、ランサーは矢のように。手負いの騎士は槍を繰り出す。
 突き倒され、セイバーは土くれの上に転がった。ランサーの足がセイバーの胸を踏み下ろす。

「……が……あっ!」
「強さは見せ付けすぎるもんじゃないな。こうやって、寄ってたかって縊り殺されることになる」
「ランサー……一つ訊く。貴様の腕は素晴らしかった。もう一度、堂々と戦うつもりはあるか?」
「は、柄しか持たない剣士が何を言う。命乞いなら、もう少しマシな文句を口にしろ」
「そうか、残念だ」

 セイバーは腕を突き出す。絵の具のように鮮やかな血が、斜面に散らばった。

「え……?」

 ランサーは貫かれた己の腹を見る。深く、致命傷となるだろう傷。曙光に輝く血に濡れた刃が、セイバーの手中の柄から伸びていた。

「俺の魔剣、海で使われていたから知っていたのだろう? ならば気付くべきだったな、貴様と対峙したとき、なぜ刃があったのかを」
「生え……変わるのか、その剣」
「そうだ、故に魔剣と称される」

 セイバーが剣を払う。半ばから切り裂かれたランサーの体が揺らぎ、倒れた。斜面を転げ落ち、崖下へと消えていく。
 あっけのない決着。さらば、ランサー。セイバーは好敵手であった男に最後の言葉を贈った。それが戦士としてのはなむけであると信じて。

「く……まいった。魔力はこれでほぼカラか。歩くのも精一杯だな」

 剣を杖に、セイバーは斜面を登る。尾根の向こう、日の出の淵の先には水佐波の街がある。ヒルダも疲労の極みにあろうし、あのいけ好かない男とも顔を会わせねばならない。
 困ったものだ。女に関わるのは面倒で、男が側にいる女に関わるのはもっと面倒だ。つまらぬきっかけで命を奪い合うことになることもある。
 だが、そんな面倒さも時にはいい。体が重くて仕方が無いときには、そんな気まぐれもある。

「ああ、眩しすぎる―――」

 照らす陽光を前に、セイバーは目を細める。まるで自分が消えてなくなりそうな輝き。生命の温かさが全身を覆う。
 熱が消える、雲が陽を遮るように。尾根の向こうに現れた巨大な獣は、断末魔すら許さず、セイバーの体を一噛みで食いちぎった。

「いつぞやの借りは返したぞ、セイバー」

 獣に跨った王が笑っていた。


――――Interlude out