――――Interlude/5 The strongest fire and drifting leaflets.


 坂の下から稲妻の速さで白刃は迫り行く。対する彼女の剣も疾風、不可視と錯覚するほどに。初撃は伍して、二の三の合もそれに続く。魔技と魔技、およそ平常の人間では生涯届かぬ世界で戦の幕は上がった。

「ほう! やるではないか!」
「そりゃどうも!」

 規則正しくヒルダの足が捌かれ、鉄人は円を描くように回り込む。争うのは足場の位置。高さを取るヒルダは優位を活かし、鉄人はそれを奪おうとする。

「くっ」

 呻きはヒルダの口から。剣が五分であるのは優位があってこそ。ヒルダはそれを解し、腐心する。カツカツと靴でアスファルトを鳴らしたてる。
 だが技量の差は埋められず、鞭のしなりで放たれる刃を前にヒルダは優位を失った。

「もらった!」
「馬鹿が!」

 ヒルダの足に魔力が込められ、罠の仕掛けを目覚めさせる。地から湧き出る炎。骨まで灰とする地獄の業火。
 だが鉄人は人とは思えぬ速度で弾け飛ぶ。炎は彼の裾を焼いただけ。

「ち……!」
「くそ……!」

 互いに口を衝いて出たのは己の甘さへの怒りだろう。鉄人は剣で切り伏せるのは容易いことだと思い、ヒルダは剣で勝てずとも魔術ならば勝利は当然と考えた。
 だが二人は事実を正しく認識する。鉄人の剣術と体術、そして身体能力。彼はもはや超人、いかに魔術師であっても勝つのは至難。ヒルダの炎はげに恐ろしき威力、直撃すれば死に至るは不可避。超人であってもそれは変わらない。
 互角。総じて見れば、結論はそれ以外にない。よって勝利の如何はサーヴァントの戦いに委ねられよう。



 アーチャーとセイバー。三騎士の戦いはやはり高みにある競い合い。三騎士に技の争いで勝てる者はおらず、彼らの強さは比類ない。
 だがその中にあっても、セイバーの強さは異常であると言わざるをえなかった。

 一合目は勝てると思った。二合目でも戦えると思った。三合目には勝ち目の在り処を探すこととなった。
 アーチャーは圧倒されていた。アーチャーが腕輪と徒手で戦い、セイバーは剣を振るう。由をそこに見出すこともできようが、それは真実にはあらざるものだ。
 事実はもっと単純に。アーチャーには認めたくない真実。そう、セイバーはアーチャーより高みに居る。

「どうした、アーチャー! もっと見せてみろ、もっと前に出ろ! おまえは戦いのためにこの世に再び戻ったのだろう!?」
「……黙れ、セイバー!」

 叫び返すアーチャーの気迫はやはり弱い。それもそのはず、アーチャーはただ腕輪で斬撃を防ぎ、ひたすら後退することを余儀なくされている。
 破壊力で劣るとは思わない。だが速さ、身のこなし、それは確実にセイバーが上を行く。
 一つごとにセイバーは優位に立つ。アーチャーは砂嵐の前に居る。いずれ風に抗しえず、砂に傷つけられ倒れるだろう。
 なお悪きことに魔剣はその牙を剥かず、真価を刃の奥に隠し持ったまま。余力と余裕を持って、セイバーは笑いながら足を止め、アーチャーの激昂を誘った。

「何のつもりだ……!?」
「なに、このまま終わっては面白くない。おまえはアーチャー、弓手だからな。少し離れてみれば力を見せてくれるかと思ったのだ。さあ、宝具でも何でも使ってみせろ」
「―――ふざけるな!!」

 可憐な頬を朱に染めて、アーチャーは猪の如く突進する。受けるセイバーの口には笑み、それがアーチャーの視野をますます狭める。
 もはや子供をあしらうのに近い。セイバーは殺し合いの最中とは思えぬ平静さで剣を振るう。衣を一枚ずつ剥ぐように、彼はアーチャーを追い詰める。
 しかしその余裕、油断と呼べよう。知らず知らず、セイバーはアーチャーの容姿に動かされていた。敵を子供と思い、それが己と変わらぬ英霊であることを忘れていた。

「さて、まずは腕をもらう」

 速き二撃。アーチャーは勢い圧され、よろめいた。必殺の時。
 だが驕りは跳ね返る。喉を裂ける瞬間にあってなお、セイバーは腕の一つを落とそうと考えた。勝利を信じて疑わない。それを正しく解するのは難しい。このときセイバーは誤った。
 冗長な曲線、最速には程遠い刃の軌跡。それはアーチャーに一筋の光明、窮余の一手を許す。アーチャーの右手がセイバーに向けられる。

「乾坤圏(チェンクンジェン)――――!」

 間合いの外、打撃は繰り出せぬと疑わなかった。それは責めるべきことではない。何の動作も要らず、腕輪が放たれようとは誰が思おう。
 ゆえにセイバーは防げない。アーチャーの宝具、万物を捻り潰す金色の輪環はセイバーの胸を正確に打ち抜く。

「……っ!」

 金の輪はセイバーを逃さない。彼は輪と共に地面と並行に落ちていく。そして轟音。斜面に舞い上がった粉塵が、落下の終着を報せた。

「はっ……はっ……! どうだ、セイバー……!」

 自然に腕へ戻ってきた金の輪を受け入れて、アーチャーは笑った。アーチャーは自分の宝具の威力を知っている。直撃すれば、如何なる頑健さを誇る肉体も砕けよう。なればセイバーの傷は重く深いものであろうと。
 その自信、己の力量への矜持。だからこそ、平然と立ち上がったセイバーの姿に言葉はなかった。

「今のは危なかった。すばらしい攻撃だったぞ、アーチャー」

 セイバーが手を払うと埃と同時に砕けた鎧が落ちる。その下、生身の肌は血の色に濡れている。だが、それがまことに血であるのなら、どうしてセイバーに笑みが残っていようか。
 血の色は彼の宝具。名を竜血鋼鱗(ドラグーン・シュラウド)とする、邪竜より与えられた呪いと祝福。

「鋼鉄の肌……おまえはあの悪竜殺しか……!」
「そうだ、蓮なる太子よ。俺もおまえの名を知っている。よもやこれほど幼いとは思っていなかったが」

 どす黒い血の色は無色の水を染めるようにセイバーの体を染めていく。

「知ってるぞ、おまえの弱点」
「名が知られているのも困りものだな。もっとも―――俺の背中を取れるかどうかは別の話だ」

 セイバーは歩み出す。月は彼の影を大きく色濃く映し出す。

「悪かったな、アーチャー。もう油断は無しだ。全力を以て、首をもらう」

 瞬く間にアーチャーの前へ。あまりに無謀な直進、アーチャーは当然のように金の輪で迎え撃つ。しかし金の輪はセイバーの腕に叩き落される。
 剣の一振りは空を切る、だが勢いは止まらない。防御は無用、全てを一撃必殺としてセイバーは愚直に進む。
 回避など論外。セイバーはアーチャーの反撃を意に介さない。その無防備な腕の剣、残った左の腕輪に弾かれ地に転がる。
 武器を落とせば拾うのが常道だろうが、そんな論理はセイバーには通じない。伸ばされた腕を掴み、彼はアーチャーを振り回し、叩きつける。
 もはや野獣。先の洗練された剣を振るう騎士の姿は存在しない。彼は荒野の粗野者のように、アーチャーを引き回して殴りつけた。

「おああああああっ!!!!」

 獣は裂帛の気合を込め、アーチャーの体へ拳を沈ませる。その嵐は止まらない。人形のようにアーチャーの体は跳ね上がり、異常な暴力に晒され続ける。

「どうした、アーチャー。もう終わりか!」

 セイバーの嘲りに答えるように、アーチャーの腕が動く。その拳はセイバーの顎を打ち、頭を跳ね上げさせる。
 セイバーは狂気を孕んだ笑みを浮かべ、頭をアーチャーに打ち付けた。


――――Interlude out