右も左もわからない。そんな状況なんだから、鉄人さんが協力してくれるのは嬉しい。夏海さんのことも放っておけないし、なにより……その、わたしとアーチャー二人だけだと揉めに揉めて、決まるものも決まらないし。

「わかりました、鉄人さん。夏海さんの安全はわたしも望むところです」
「じゃあ」
「ええ。よろしくお願いします」

 鉄人さんが子供のような無邪気さで笑って、わたしの手を取る。ちょっと驚いたけれど、手をぶんぶんと振って返した。
 けれど、つつがなく終わる条約締結。というわけにはいかなかった。アーチャーがむすっとした顔で、わたしの手を鉄人さんから引き剥がす。

「待てよ。俺がいれば充分だろう。こんな奴の手を借りることなんてない」
「嫌われてるなあ。僕はそんなに信用できないかい?」
「信用してないんじゃない。気に食わないんだ。仙道でもないのに、おまえは作り物みたいだ」
「―――そいつは参った。作り物だから嫌い……かあ」

 声は穏やかだけど、温かくはない。春ののどけさではなく、しんしんと雪の降る冬、窓の向こうを見ているよう。外と中、どちらなのかはわからないけれど。

「アーチャー、作り物だなんて……!」
「本当のことだ」
「アーチャー!」
「……けど、嫌いなんて言ってない。気に食わないって言ってるんだ。俺はできるだけ自然のままにあるものの方が好きなだけだ」
「うん、そうだね。僕も、自然のままの方が好きだ。よくわかるよ、アーチャー」

 鉄人さんがアーチャーに弱々しく微笑む。アーチャーはそれっきり目を閉じてしまう。でも通じ合っているんじゃないだろうか。納得してしまったから、二人とも黙ってしまったんだと思える。

「……アーチャー」
「考え直したのか?」
「直してないわ。わたしにもあなたにも、鉄人さんの助けは必要だと思う、わたしも鉄人さんの手伝いをしたいもの」
「そうか。なら、好きにすればいい。そいつが居た方が楽なのは確かなんだから」

 そう答えてくれると思った。

「ありがとう、アーチャー」
「言っとくけど、俺は気が進まないんだからな。仕方なく諦めるんだ」

 アーチャーはくるりと回って、わたしに背を向ける。不思議な子。

「僕は、ひとまず家に帰るよ。このまま動き回っても、夏海を見つけられそうにないし。もう心当たりなんてないからね」
「ふん」
「今夜みことちゃんを守るのは君に任せていいね?」
「当然だろう。今夜だけの話じゃない」

 鉄人さんがお茶を飲み干して、ステッキを持つ。扉の先の夜の暗さに姿を消すその様子は、まるで舞台から下りる役者のようで。ひらひらと振られる手はじきに見えなくなった。

「問題はこれからね」

 お母さんへの言い訳を済ませて、わたしは部屋に戻っていた。幸いにも、野良猫が入ってきて暴れたという釈明は簡単に信じてもらえた。機械人形の部品はいつの間にか消えていたし、争いに気付かれるようなことはないだろう。

「ちゃんと誤魔化したか?」
「ええ。言っても信じてもらえないし、お母さんが危ない目に遭わせられないものね」
「そうか。じゃあこれからのことだ」
「そうね」
「この家がばれたからには、ここに居るのは危険だ。どこかに隠れ家はないか?」
「隠れ家ってほどじゃないけれど、郊外にお父さんが書斎代わりに借りてるログハウスがあるの。しばらく街から離れて一人になりたいって言ったら、使わせてくれるって」
「よし、それはいいな」
「でも明日から二、三日がいいところよ。それまでに聖杯戦争って終わるかしら?」
「そんなことはわからない。後のことは後で考えればいい。ところで明日からってことは、今夜はここで寝るんだな?」
「ええ。それでね、その、ね」

 わたしはアーチャーの肩に手を置いた。すこーしずつ押して、ゆっくりとベッドの端へ誘導する。

「ログハウスもそうなんだけれど、うち、ベッドが一つしかないの」
「ん? だから何なんだ?」
「だからね、一緒に寝ましょ?」

 えい、世の流れに待ったなし。わたしは問答無用でアーチャーをベッドに押し倒した。我ながらけっこうな早業で布団を被せ、その中にもぐりこむ。アーチャーは目をぱちくりとさせて、それから猛烈な勢いで布団から飛び出した。

「ふ……ふざけるな! 誰がこんな!」
「えー、いいじゃない。アーチャーを床で寝かせるなんてできないもの」
「サーヴァントは寝る必要なんてないっ!」
「でも疲れてそうよ?」
「肉体の疲れは霊体化すれば消滅するんだ! 誰が一緒に寝るもんか! 早く魔力を切って、霊体化させろ!」
「魔……力?」

 わたしが首を傾げると、アーチャーは顔を手で覆う。

「ああ、待て、待てよ。まさかおまえ、魔力も知らないんじゃ……」
「知らないわ。何なの、それ?」
「何で知らないんだ、俺を召喚したんだろう? 変じゃないか、今だっておまえからちゃんと魔力が送られて来てるのに」
「そんなこと言われても、ねえ」
「わかった。自覚がなく使ってるんだな。瞑想や祈祷のとき、変な力を感じるだろう? それをだな」
「変な力なんて感じたことないわ。瞑想はしないし、お祈りもちゃんとしたのは今日が初めてだし……」
「……何なんだ、おまえは。おかしいぞ。今まで目覚めてなかったものが、召喚するときに急に機能するなんてありえない」
「そうなの?」
「ひょっとして俺を呼び出す前に何かあったんじゃないのか? 霊に取り付かれるとか、薬でトランスするとか――あとは命が危ないような目に遭ったとか」

 じわりとお腹に焼けるような感覚が広がる。忘れてたものが、こみ上げてくる。あ、やだ。どうしよう、何でだろう、目が潤んでる。

「お、おい。いったい何だ」
「なんでもない。なんでもないわ」

 ぐるりと寝返りをして、顔を隠す。だめ、こうなると止まらない。何が悲しいのかもわからないけど、波は絶えずに襲ってくる。

「……くそ」

 側の布団が沈む。背中があったかい。

「アーチャー」
「霊体化できないんじゃ、こうして休むしかないからな」

 ほんとうに、不思議な子。あんなに小さくて可愛いくて、暴れん坊で、あんなに強くって、頑固なお父さんみたいで、無邪気で、現実の人間じゃないみたい。でも、ちゃんと人の温かさをしっかり持っている。

「ありがとう」

 鼻をぐずつかせながら、手だけ後ろのアーチャーに向ける。

「ねえ、手をつないでてくれるかな?」
「……ああ、もう。どうにでもしろっ」