アーチャーは背もたれにお腹を預け、椅子を揺り篭みたいにガタガタと揺らしていた。お行儀悪い事この上ないけれど、それには理由がある。どうもこの子、鉄人さんのことが好きじゃないみたいで、見るなり殴りかかろうとしたのを止めるのは大変だった。

「こんな奴は蹴り飛ばしてしまえばいいんだ」
「やあ、それは怖いなあ」
「こら、そんなこと言わないの。わたしのことを助けてくれたのよ」
「くそ……」

 なおも揺れるアーチャー。我関せずと、ゆっくりお茶を啜る鉄人さん。せっかく我が家の居間に戻れたのに、空気は殺伐としている。ええい、このままじゃダメだ。お母さんが帰るまでに決着をつけないと。

「ええと……一つずつ整理しましょう。まずはアーチャーの言う聖杯戦争のことだけれど」
「なんだよ。あれだけの目に遭っておいて、まだ信じられないのか」
「当たり前よ。魔法使いって、そんなことを信じられるわけないでしょう」
「魔法使いじゃない。魔術師だ」
「どっちだって構いません。とにかく、本当のことを説明しなさい。話せないところは話さなくてもいいから」
「最初から本当のことしか言ってない! いい加減に信じてみろ!」
「だから信じられないって言ってるでしょ!」
「あー、あー、ちょっといいかな?」

 熱くなった二人の間に鉄人さんが湯呑みを両手に割り込んでくる。一つをわたしに、もう一つをアーチャーの前に置くと、飲みなさいと促される。わたしはしぶしぶ湯気の立つお茶に口をつけた。

「みことちゃん。魔術だとか魔法だとかって思うから信じられないんだよ」
「どういう意味です?」
「今夜起きたこと、君の知る常識で説明できるかい? 映画の中やお話の中じゃなく、現実の話として」
「え……と、それは」
「できないだろう? だから、まず常識の外にあるもの、その未知の技術の実在を認めるんだ。魔術だと思わなくてもいい。アーチャーはそう呼ぶかもしれないけど」

 現実離れ、非常識。今夜のできごとはそればかりだった。機械人形も、それを倒しちゃうアーチャーの、鉄人さんの凄さも。これが全部わたしを騙すための仕掛けじゃないって言うなら、未知の技術を認めるしかない。
 冷静に考えればそうなのだけれど、でも信じがたい気持ちは残る。どこまで信じていいのかもわからない。

「しかし、聖杯戦争か。長くここに住んでるけど、そんなものには気付かなかったなあ。殺し合いの儀式だもんなあ。おまけに英霊かあ。妙な街になってしまったとは思ってたけど、うーん」
「……なんだ、おまえは信じるのか」
「まあね、アーチャー。僕が一般人じゃないことはよくわかってるだろ?」
「当然だ。普通の刀はゴーレムをあれほど見事に切れない」
「ま、そういうことだね」

 ずずず、と鉄人さんが湯呑みを傾ける。アーチャーはちょっぴり口を付けては舌を出して冷ましている。きっと猫舌なんだろう。

「鉄人さんも、聖杯戦争のことを信じろって言うんですね」
「みことちゃんが混乱するのは当然さ。普通に生きてきた人が急に信じることはできないだろう。だから今は疑ってても構わないんじゃないかな。その代わり、アーチャーのことを信じてあげればいい。君の事を守ったのは事実なんだろう?」
「……矛盾してませんか、それ」
「してないよ。じゃあ単刀直入に訊くけど、君はこの子を信用できないのかな?」

 わたしはアーチャーの顔を見た。湯呑みにふーふー息を吹きかけていたアーチャーがわたしを見返す。こんな子が元英雄、英霊とかいう存在だなんて信じられない。
 けれど、この子は綺麗な目をしている。美しいとかそうじゃないって意味じゃなくて、本当に綺麗な目。
 信用してると言えるのかは自信がない。でも一つ確かなことがある。わたしはこの子が好きだ。それに、きっと信用したいんだと思う。

「Ok、わかりやすい表情だね」
「でも……」
「わかってるよ。聖杯だの何だの、その辺りを今は信じなくてもいい。だろ、アーチャー?」
「そんなことあるか。信じてもらわなきゃこま――」
「あんなこと言ってるけど、アーチャーもそれでいいと思ってるんだ」
「思ってるんですか?」
「思ってない! 俺は――」
「大事なのは、君が命の危険のあるものに巻き込まれたってことだ。そして、君が身を守るにはアーチャーと協力するしかない」

 アーチャーもわたしも口を閉じる。
 人形に襲われたとき、わたし一人じゃ何もできなかった。殺されはしなかったけど、殺されそうになっても逃げられなかっただろう。だから鉄人さんの言うことに反論はない。

「わかった。俺はそれでいい」
「わたしも、わかりました」
「よし。じゃあ、この話題はひとまず終わりだ」

 鉄人さんがわたしの湯呑みにお茶を注ぐ。アーチャーは注ぎ足されそうになったところで、自分の湯呑みをさっと隠した。

「次は夏海のことなんだけれど」

 高波夏海、さん、はわたしのクラスメイトの女の子だ。鉄人さんは彼女の遠縁の親戚で、彼女のお祖母さんが心配してるから探しに来たと言っていた。ステッキの中の刀は、変態にでも襲われていたら叩き切ってやるつもりで持ってきたそうだ。

「ナツミ? 知り合いか?」
「ええ、黒マグロっていう――」
「魚なのか?」
「……あだ名の子なの」
「ああ、泳ぎの得意な子でね。僕はその子を探してるんだ。行きそうなところは大体回ったんだけど……そうだ、君は知ってるかな、アーチャー」
「知らない。俺は召喚されたばかりだ」
「そりゃそうか」
「……一応助けてもらった恩があるからな。おまえは気に食わないけど、探す手助けぐらいならしてやってもいいぞ」
「それはありがたい。でも、事は君が考えるより複雑になってると思うんだ。最近は帰りが遅くなることが増えててね」

 ちょぼぼぼとお茶が湯飲みに滑り込む。その間が、わたしは何だか嫌だった。

「僕はね――あの家族を、あの子を守るために動く。その他のことは、悪いけど、二の次なんだ」

 下に目を向ける鉄人さんは、どうしてだろう、まるでお爺さんのように思えた。どう見たって、まだ二十台にしか見えないのに。

「僕は魔術についても知ってるし、さっき見てもらったように戦いでも役に立てると思う。たぶん、みことちゃんに魔術の初歩ぐらいは教えられるだろう」
「探すだけじゃなくて、手を組もうってことか?」
「でもさっき言ったことを前提に僕は行動する。それを了承してくれるならって話になる」
「……夏海さんを守るのに協力する代わりに、わたしたちの手助けをしてくれる」
「そう。この街の一住民としても、聖杯戦争なんて見過ごしておけないし、夏海の友達を放っておくのもちょっとね。
 そういう条件で、手を結ぶわけにはいかないかな?」

 カッチカッチと鳴っていた時計の音が止まる。電池が切れたんだろう。鉄人さんがお茶を啜る音が居間に大きく響く。まるで時から取り残されたよう。
 わたしは―――

1:手を結ぶ
2:考えさせてもらいたい