――――Interlude /3 The depraved monk and walking deadmen.


 心は熱く、滾りに滾り、躍りに躍る。不快な不安すら今の彼には心地よい。だからこその無道の名。道なき行く手に情熱を託す在り方こそ彼を成す。
 名は聞いていた。夢は抱いていた。しかしよもや現実のものとなろうとは思うまい。
 聖杯戦争という名の殺し合い。ただ命を賭して願いを求める、剥き出しの生命の奪い合い。その災厄に巡り会ってしまった不幸、されど無道にとっては幸運だろう。

 武芸は極めた。霊力は限りの先へ。無道は彼に宿ったものより遥かな強さを手にしている。
 ああ、だからこそ彼は魂の打ち震える歓びを受け取った。まるで己が芥に感じるほどの試練を前にして。

 呼び出したのは狂気の英霊。かつて誰も成しえなかったものにこそ意味がある。

 彼に従い、その横で呪いの言葉を放つのは―――


1:かつての知恵者、魔剣の担い手
2:僧侶の襤褸を纏った異形の肉体
3:人類最古の殺人者



 ともすれば普通の男。中肉中背、顔も特徴はない。だが乾いた血の色、どす黒い赤。怨念はバーサーカーの体より染み出で、土を壊死させ草木を枯らす。一歩進むごとに森が朽ちていく。
 無道とバーサーカー、破戒僧と呪いの権化。かつては双方正しく在ろうとした者ども。今は道を外れ、悪厄の運び手となっている。

 しかし彼らに対するもまた外道の魔術師。陶器の肌はさながらシルクか。彼女は毒気のない質素で可憐な容姿を亡者の群の中に佇ませている。
 彼女はころころと笑うだけ。彼女には命令も鬨の声も必要ない。数多の屍はそぐわぬ香りを身に纏い、木々の隙間を波のように押し寄せ、呻きと共に無道を襲う。

 それだけの数、およそ勝ち目はありえまい。だが無道は怪物、人でありながら人の域を超えた者。森の戦いにあって圧倒しているのは、むしろ無道とそのサーヴァントだ。
 薙ぐ、払う、殴り飛ばす、首を飛ばす、押し潰す。無道の足を止められる亡者はいない。彼の一挙手一投足に応じ、亡者は倒れ、そして正しく動かぬ死体へと戻っていく。色の薄い袈裟布は血肉に、彼の顔も狂喜に染まる。
 バーサーカーも負けてはいない。無道よりも小さき身でありながら、その腕力は彼を遥かに凌ぐ。豪腕振るわれ、引き裂かれた亡者は枯れた木々に降り注ぐ。

「く―――ははははははっ! よいぞよいぞ! 決して逃げずに向ってくるとは! こうだ、戦いはこうでなくては!」
「ナクテハ!」
「黙れ、バーサーカー! 興が削がれる!」
「ダマル、バーサーカー! グキャキャキャキャ!」

 気勢と奇声を上げながら、二体のけだものは肉を千切り、骨を砕く。
 死した森に死肉が舞う。まさに狂気の絵図とも言える渦中。亡者の女王の表情は変わらない。目深に被ったローブの下には変わらぬ笑みが残されている。

「どうしたどうした! 何を黙って見ている! 奥の手を見せてみよ!」
「ミヨミヨ!」

 女王に一歩一歩と迫り、血塗れた猛獣は叫んで告げる。それは本心からの願い、より強大な敵との邂逅こそ彼の本懐だ。
 その傲慢、その強靭さ、その野心。鑑定の正しさを確信すると、女王は手を上げた。亡者は途端に精気を失い、人形と化す。

「む……ぅ?」
「キャヒヒヒヒ!」
「黙れ、バーサーカー。止まれ」

 肉の棒切れを薙いでは喜ぶバーサーカーを止め、無道は亡者の主を睨む。下々の民草を見やるように、彼女は穏やかな微笑を無道に向けた。

「すばらしいわ。まさかこれほどの使い手だとは思わなかった」
「如何なるつもりか。まさか降伏するとは言うまいが」
「ふふふ。話がしたいのは当たりよ。私は貴方と同盟を結びたいの」

 声と変わらぬ無邪気な誘い。無道は束の間、呆気に取られた。

「……何を愚かな。今の今まで命を奪い合いながら、次の瞬間には手を取り合おうと申すか」
「貴方はそれができるでしょう? 海の火柱、あれを立てた敵と戦えるっていうなら、ね」
「――――ほう」
「私たちはね、私たちよりずっと強い相手を倒そうと思ってるの。でも敵は組織で動いてるものだから、味方がもっと多く欲しいのよ」

 無道の心は動きつつあった。より強い敵、その甘美なる響き。亡者の女王は、この破戒僧の渇望を鋭く見抜いていた。

「この聖杯戦争の仕掛け人をご存知?」
「いや、知らぬ」
「最初の発端はナチくずれのお年寄りよ。名前は……忘れちゃったし、どうでもいいわね。とにかく彼らはゲームマスターで参加者、支援体制は充分。自分たちが勝つように形を整えてから参加者を募ったの。それが、この聖杯戦争」
「なるほどな」
「けれど、その思い通りになるのって癪じゃない? だから、あいつらを排除したいの」
「生憎だが、拙僧はそんなことには興味がない。胴元のイカサマは当たり前のことであろう?」
「そうね。胴元は常に勝利を得られるように全力を尽くす。だから、その分厚い壁を破るのはとても大変なことだわ。しかもあいつらのサーヴァントとマスターは最強なんだもの。誰も敵いはしない。
 ―――でもね、それこそが貴方の求める敵でしょう?」
「……口が回るな」
「ずっと同盟しようなんて言わないわ。そうね、共同戦線って言った方がよかったかしら。まず胴元のイカサマを止めましょうってこと」
「ふん。それで実を取るのはおぬしらというわけか」
「気に障って?」
「いや」
「じゃあ、共同戦線はめでたく成立ね」

 彼女は両手を合わせて恭しく首を傾げる。その素振り、可憐な口元、愛らしくも妖艶さが匂い立つ。妙齢の男であれば、色香に惑おう。無道が己の老いの利点を認めたのはこのときが初めてだった。

「しかし、一つ条件を付けさせてもらおう」
「何かしら?」
「最強のマスターとサーヴァント。彼奴らに対するのは拙僧たち。それを違えれば、おぬしの首を先にもらう」
「あらあら、頼もしいこと。よくってよ、お坊さん」
「ヨクッテヨ、クソボーズ。クキャキャキャキャキャ!」

 バーサーカーの奇声が生の失せた森に響く。こうして、血臭に染まった荒廃の中、無道なる求道者は悪魔と取り決めを交わした。その結末はまだ誰も知らない。


――――Interlude out