「あ、アーチャー! 助けて!」

 家政婦さん型ロボットに両脇を抱えられて連れさらわれる中、わたしは必死で叫ぶ。子供に助けを求めるのはちょっと遺憾の意なんだけれど、背に腹は変えられない。でもアーチャーから答えはないし、わたしを助けに来てくれる気配もない。

「アーチャー!?」
『いや、無理でしょう。彼はずいぶんと、こう、どっぷり入ってしまう性格のようですから、助けを求めても気付くかどうか』
『あーゆうのを視野狭窄っつーんだよなあ。あれはもう、ブリンカー付き猪だろ』
「アーチャーーー!!」
『お。中々面白い表現ですな、我が主よ』
『そうかあ……?』
「アーチャーーーーっ!!!」

 もう破れかぶれ。喉が痛いくらいに声を張り上げる。だけど、おかしい。こんなに叫んでいるのに、誰も家から出てこない。

『何をしようとムダです。こう見えても、この侍女たちにはちょっとした機能がついておりまして。普通の人間は彼女たちの周囲には注意を払えないのです』
「そ、そんなオカルトみたいなことは信じません!」
『いや、オカルトもクソもないだろ。街中にこんなのが闊歩してる時点で気付けよ。もう普通の理屈じゃないんだよ』
『ナイスフォローです、マスター』
「でも声は出てます!」

 音には誰かが絶対に気付くはずだと言いたかったのだけど、男の声で話す侍女ロボットが返してきたのは笑い飛ばす鼻の音だった。

『そりゃ理屈だわな』
『ですがこの街自体が特殊ですからなあ』
「え?」
『異状をひどく感知しにくいようにできているのですよ、ここは。目的は……ま、想像できますが』
『ほんっとロクでもないことしてくれてるよ、あのジジイ』
「し、信じませんよ! 助けて、誰か、たーすーけーてー!」

 ガンバ、みこと。自分で自分を励まして、助けを求め続ける。けれど団欒の光が灯るご家庭も、塾帰りの自転車もわたしたちを無視して行ってしまう。
 誰も気付いてくれない。風景は何事もなく通り過ぎてゆく。公園で抱き合ってる男の人と男の人もわたしの声なんて聞こえないふりをして……あれ、待って止まって、続きが気になる。
 ああ、やっぱり緊張感がない気がする。今のわたしは誘拐されてる最中なのに。

『いやあ、いい声ですな。苦しいでしょうが、骨折り損でよいなら続けて下さい。私たちは邪魔しません。どうぞどうぞ』
『十中八九ムダだろうけどなー』
「助けて! そこのワンちゃん!」
『ま、先ほど言ったように異常が潜みやすい街ですから。もしかすると私たちの知らない異常、私たちに気付ける人物も居るかもしれません。頑張ってみてください』
『きっと意味ないだろうけどなー』
「たぁーすぅーけぇーてぇー! そこのお兄さーーーん!」

 もう意地だけでわたしを怒鳴り声を吐き出していた。返事や反応なんて期待していなかったと思う。でも不思議なもので、そんなときになって初めて、わたしの言葉に答えてくれるひとが現れた。

「ん、ああ、いいよー」

 からんころんと下駄が鳴る。甚平を着た男の人はちょっとそこまで煙草を買いに行く、そんな気軽さで走る侍女ロボットの前に立ちはだかった。手にしている時代物のステッキが地面を叩く。

『な……なんですと? どうして』

 侍女ロボットは二人、じゃなかった、二体とも立ち止まる。帰り道で誰も居ないと思って大声で歌ってたらアンコールされたみたいに。

「ふーむ。見た感じは家出娘を連れ戻るメイド二人ってところだけど……どうも違うか」
『ち。キャスター、なんとかしろ! でも街の人間っぽいから殺すなよ!』
『任されました』

 侍女の片方がわたしから手を離して、甚平姿の男の人に向う。

『一応忠告しておきますと、この侍女めは普通の人間の数倍の腕力を誇ります。怪我をしたくないのなら、家に帰ることをお薦めしますぞ』
「いやー。誘拐現場を黙って見てるわけにはいかないよ」
『では仕方がありませんな』

 侍女のミニスカートがたなびく。急発進した彼女が、立ち止まったままの男の人とぶつかる。誰かが車に撥ねられる映像がわたしの頭の中に蘇り―――吐き気を堪えようと息を止めたときには、侍女の腕がぼとりと落ちていた。

『は……?』

 男の人と侍女はぶつからなかった。衝突の直前、舞う落ち葉のように身をかわしていた。すれ違ったときに侍女の腕が落とされている。
 そしてもう一度、今度は男の人から侍女に近づく。腕が一振りされ、ステッキに隠されていた白刃が侍女の胴体を二つに割る。金属の部品が零れて落ちて、それに続いて外殻ががしゃんと転がった。

「さて、ゴーレムの主よ。一応聞いておきたいんだが」

 男の人はのんびりとした動きでわたしたちの方を向く。その様子は肉食獣に重なって思える。

「女の子を知らないかな? 帰りが遅くて気になっててね。髪は肩ぐらいまで、身長は百六十ちょっと、細身で、肌は焼けてる。多分、高校の制服を着てるんだけど」
「……もしかして」
「やあ、君は知ってるようだね。それで、そっちはどうかな」
『し、知らない』
「そうか。なら、用は無いな」

 つかつかと男の人は近づいて、透き通った輝きを放つ刃を振り下ろす。わたしの腕を掴んでいたロボットは縦に割れて、地面に崩れ落ちた。男の人はにっこりと笑った。

「平気かい?」
「は、はい」
「僕の名前は蔵馬鉄人。君の名前は?」
「志那都……みこと、です」
「よろしく、みことちゃん。じゃあ、話を聞かせてもらえないかな」