6.

「――っても、まあ、真昼間から動き回るような奴なんざいるわきゃないんだがなー」
「…………兄さん。わかってて朝から今まで歩き回ってたでしょ?」
「あ? 言わなかったっけか?」

 悪い悪いと頭を掻く兄の姿を、夏海は心底から恨めしいと思いながら睨みつけた。
 この暑い中、数時間以上も歩き回れば誰だってそうなるだろう。
 それも目標なんてまるっきり無い、完全な当てずっぽうなのだから尚のことだ。
 おまけに鉄人は暑い中を延々動き回っても、なぜだか飄々とした様子。
 ヒィヒィ言いながら汗水垂らして歩いていると、自分だけ損をしている気になってくる。

 まあ、つまり簡潔に言えばこうなる。
 サーヴァントとマスターを求めて朝から街に繰り出した彼女たちは、
 数時間ばかり歩き回り、水上都市の方までやってきたのは良いものの、
 まるっきり成果無しの状態で昼を迎えたのだ。

「あーつーいー……っていうか、お腹減ったー……」
「なんでェ、だらし無ェな」
「うー……。アサシンみたいに出歩いてるのとかいないのー……?」
「夏海様。他の英霊がたが、わらわと同じように隠形に長けているというわけではありんせん。
 と言うより、暗殺者に並ぶほど隠れるのが得意となると――少々、自信が無くなってしまいます」

 そうやって穏やかに笑うアサシンはと言えば、声はすれども姿は見えない。
 其れもそのはず。今の彼女は、小さな首飾りとなって夏海の胸元を彩っているのだから。
 細い銀鎖によって吊るされたそれは、楕円形の陶磁であり、中華風の兎の絵が描かれている。
 まさしく変幻自在。これぞ仙術の真骨頂と言った所だろう。
 魔術が魔法――ないし「」に至る為の手法であるのと同様、仙術もまた戦闘の為のものではない。
 昨晩のランサーとの戦いで披露した、光に転じる術も本来は移動用なのだ。
 それに比べれば、このような器物へと化けるのは児戯に等しい。
 アサシンの保有する隠密能力と併せて考えれば、防御に徹する限り、存在を感知するのは不可能だろう。

 ――もっとも夏海にしてみれば「かわいい!」の一言だったのだが。

「……それじゃあ、昼間から出歩いてもどーしよーも無いってことかぁー」
「可能性が無いわけでも無いんだが……この分じゃ、まだ動いて無い奴が多いのかねぇ」
「どーでもいーけど、あたしはもーやだよー……。あっついしー、おなかへったしー……アサシンはー?」
「雲や霞を啜れますので、ちぃとも」
「ふこーへーだー……」

 犬のように舌を出して、ぐでぇっとうな垂れる。年頃の娘がするには余りにもはしたない様子。
 夏海はどうやら、心底から参ってしまったらしい。それを見やり、確かに腹が減ったなと鉄人は呟いた。
 夏の日差し。ジリジリと焼かれているような、この季節独特の強烈な太陽。
 彼は暑さ寒さから縁遠い身となったわけだが、やはり夏海には少しばかり酷だったか。

「しゃぁねェな。せっかく久々にこっちまで出てきたんだ。どっかで喰ってくか」
「やたっ! それじゃあ、兄さんの奢りね、決まりっ!」

 先ほどまでの様子が嘘だったかのように飛び上がる夏海。その姿に思わず鉄人は苦笑いを浮かべた。まったく、現金なものだ。
 まあ、機嫌が直ったのなら良しとしようか。気分をきっちり切り替えられるのは、特に悪いことではない。

「俺ァこの辺はサッパリだからな。何処に行くよ?」
「そうだなぁ……それじゃあ、やっぱり、あそこかな」

 あそこ?と首を傾げる鉄人に応じるように、くるりと元気良く彼女は振り向いた。
 少しばかり大きめのTシャツの裾が翻り、日焼けした健康的な肌がちらりと覗くが、彼女は気にも留めない。
 とっておきの情報を教えるからか、随分と自信たっぷりに指を立て、夏海はお気に入りのお店の名前を口にした。




 で。

 ―――――なんかサムライとヤクザがカレー食ってた。

「…………や、ヤクザ?」
「なっちゃん、だめだよー。人のことをそーゆー風に言ったら」

 喫茶店アーネンエルベ、入り口からまっすぐ正面。奥まった席にいる二人組に、夏海の視線は釘付けである。
 思わず口から毀れた言葉を咎めるのは、ウェイトレスの格好が異様に似合っている小日向葵であった。
 夏海を叱る口調にも棘は無いし、怒っているんだかわからない程に迫力は欠けているが、
 何故だか有無を言わさぬ説得力が存在しており、それ故に彼女は無敵なのであった。
 敵対しようなんて思えないのだから、そりゃもう無敵以外の何者でもあるまい。

「お仕事に良い悪いなんて無いんだからね? ヤクザさんだからって、差別しちゃいけないよー」
「い、いや、葵。なんていうか、そういう問題じゃないと思うんだけど、あたし」
「それにお侍さん、すっごく楽しくて良い人なんだよ?
 そのお友達なんだから、ヤクザさんでも良いヤクザさんに決まってるじゃない」

 いや、その理屈はおかしいと言いたい所なのだが、すでに夏海に反論する気力は失われている。
 まあ彼女の人を見る目は良いから、ヤクザかどうかは置いておいて、悪い奴では無いんだろう。
 ちょうど昼過ぎ――いつもの時間という事もあって集まっている友人たちの方に歩きながら、そう結論付ける。

「おー、高波、きたかー………む! その男は誰だ? 恋人か? 恋人だな! 間違いない」
「冴子、ちょっと落ち着いた方が良いと思うよ」
「何を言うか二条。昨日は男がいるとかですっぽかされたからな。私はとても嫉妬深いんだぞ?」
「あ、そういえばホントだー! なっちゃん、その人だぁれー?」
「ブチョーも変な事言わないで欲しいんだけどなぁ。
 兄さんだよ、兄さん。ほら、前言ったでしょー? 親戚の兄さんがいるって」

 いやまったく、女三人よれば姦しいというが。思わず鉄人の顔に苦笑いが浮かんだ。
「……あー、俺ァ、蔵馬鉄人ってんだ。夏海がいつも世話になってるらしいな。有難うよ」 
「私としては三親等以内かどうか、という所を聞きたいのだがね」
「冴子、少し……というか、かなり失礼」
「む? そうか? ふむ……それはすまない。冗談のつもりだったのだ」
「冗談って……――――あれ?」
 と、仲間たちの馬鹿騒ぎを苦笑いしていた夏海は、不意に妙な事に気づいて、ごしごしと眼を擦った。
 ヤクザと一緒に食事をしている人物が、何と言うか、その、酷く馴染み深い存在に見えたのだ。
 いや、正確に言えば『視えた』と表現するべきか。
 ありえない事だ。こんな場所にお侍の幽霊なんて、いるわけがない。しかもカレー食べてるし。
(………………うん。いるわけない!)
 確信を持って頷くと、夏海は手をのばしてクイクイと鉄人の袖を引いた。
「あん? どうしたよ」
「えっと、兄さん。あの人達なんだけど……」
 言われるがままに視線を向けた鉄人は、程なくして顔を思い切り顰めた。
「……なんでェ。菅代の馬鹿息子じゃねェか。成程、そういう事か」
「あれ、兄さん知り合い?」
「あいつの爺さんとな」
 いつにも増して不機嫌そうな渋面である。不思議そうに見上げる夏海には理由が検討もつかない。
 しかしまあ、鉄人にしてみれば愛想良く話せる筈も無い。単純に言って、あの家柄は嫌いなのだ。
 とはいえ先日、あの爺が店を訪れたときに夏海が巻き込まれるとわかっていたなら、もっと手の打ちようもあったのだが。
 まったく、忌々しい。今となってはどうしようもない事柄だ。ため息を一つ吐き、気分を切り替える。
「あのお侍さん、何と言うか、その、幽霊みたいでさ。もしかするとって思ったんだけど」
「まあ、十中八九は正解だろうなぁ……。
 ちィと話してくっから、まあ、お前は友達と喋くっててくれ。時間はかけんよ」
「……危ない事しない?」
「しねェよ」
 ひらと手を振って、いつも通りの様子で鉄人は歩き出した。
「……ねえ。お兄さん、迷惑だったのかなあ?」
「あー、大丈夫だよ、葵。兄さん、いっつもあんな顔してるから。
 って、そうそう、あたしお腹ペッコペコでさー。カレー頂戴、カレー!」
「うん、わかった! すぐ持ってくるね!」
 とたとたと足取りも軽やかに厨房へと駆けてく葵を見送って、夏海は指定席に座り込んだ。
「……ねえ、夏海」
「あーもう、つっかれたー……ん、どしたの、忍?」
「彼、何者?」
「? 何者って、単なる親戚の兄さんだよ。古本屋やってるけど」
「……………………」

 果たして口にするべきか否か。二条忍は悩んだ。
 彼女は女子剣道部の主将である。
 実家が剣道場でもあった為、幼い頃から厳しく鍛えられてきた。
 つまり忍が水佐波でも屈指の剣道家である事は、疑いの無い事だ。
 しかし――――アレは何だ?
 いや、最初に店へ入ってきた時は何ともなかった。それはわかる。
 だが……あのヤクザ紛いの格好をした青年を見た途端、何かが変わった。
 ――殺気、ではない。
 まったく、そう言ったものは感じられない。
 入ってきた時と同様、飄々とした様子で『菅代の馬鹿息子』なる人物の対面へと腰を下ろしている。
 下ろしている、のだが。

「ふむ、随分と熱心に彼のことを見ているが――ズバリ、それは恋だな!」
「忍、やめた方が良いよ。兄さん、その、すっごくズボラだから!」
「む……そうか。高波は彼にご執心なのだな。ううむ、三角関係という奴か。実に良いな」
「ちょっ!ブチョーも変なこと言わないでよ! あたし、別に兄さんのことなんか何とも思ってないんだから!」
「いやいや、そうやって慌てるところが怪しい。別に隠す必要もないぞ」
「そーかー。なっちゃんにも春が来たんだねー。おめでとう、なっちゃん!」
「葵も変なこと言わないでー!」
「………………何かもう前提からして違うから」

 いつの間にかカレーを持って戻ってきた葵も混ざり、馬鹿騒ぎを始める友人たち。
 みんなに返事をしながら、忍は何処か救われたような気持ちになった。
 きっと気のせいに違いない。というか、気のせい以外の何者でもないだろう。
 ああ、まったく、どうかしている。
 何故こんな事を考えてしまったのか。友人の親戚に対して、あまりにも失礼だろうに。

 次の瞬間にはもしかしたら、彼が相手の首を斬り飛ばしているかもしれないだなんて。





「………なんてこったい」
 此方の方に向かってくる男の姿を見て、菅代優介もまた顔をしかめていた。
 ヤクザだの何だのと失礼なことを言ってる女子高生達の会話をぼんやり聞いていた所、
 あの糞親父の残していった資料の中にも存在する名前を聞き、驚いていたというのに。
 蔵馬鉄人。
 サーヴァントや聖杯戦争よりも馬鹿馬鹿しい、ナチスの残党と同列の存在。
 正直なところ、関わりたくはなかった。そして、本来であれば関わる筈もなかった。
 なかったのだが……チリチリと手の甲が焼ける。令呪が疼く。つまり、マスターが近くにいると見て良い。
 そして恐らくは、この男。蔵馬鉄人こそが――……。

(くそ、ややっこしくなっちまったなぁ……!)

 ――……どうするべきだ?
 アーチャーが何も言っていない以上、近くに敵サーヴァントはいない。
 つまり単純な戦力比で言えば――自分たちが上だろう。
 攻勢に出る? いや、何を馬鹿な。こんな喫茶店で真昼間に? ありえない。
 それに今の会話を聞いただろう。あそこにいるのは、奴の知り合いばかりだ。
 となると、何が目的だ? 
 必死に頭を動かす優介を思考から呼び戻したのは、彼の弓兵が放った暢気な声だった。 

「御館殿、先に言っておくと、小難しい事はやめた方が良いで御座るよー」
「……あ? 何でだよ?」
 思わず、睨むような目つきになる。
 本人は無自覚なのだが、この目つきではヤクザ呼ばわりも致し方ない。
「御館殿みたいに神経細い人が計略を練ると、後でロクな事にならんので御座る。
 やっぱり闇討ちした後で『他者を騙すのは人間だけだ!』とか鬼に言われても、
 『仕方ないよ人間だもの らいこう』とかサラッと答えられる図太い神経持ってないと。
 策略だとか謀略だとか考えても胃が痛くなるか、腹が減るだけで御座るよー」
「随分な言い草だな、おい」
「第一、この茶店で斬った張ったすると小日向殿や、ご友人の方々に迷惑がかかるで御座る。
 勿論の事、拙者も武士であるからして、御館様の下知とあらば従うつもりでは御座るが」

 正直、気乗りはしないで御座るなぁと笑うサーヴァント。
 その言葉に冷静さを取り戻した優介は、再び思考をめぐらせる。
 つまり相手に戦闘をする意思が無い以上、今この場で死んだり殺したりって可能性は無い。
 それならもう、安心して思考を放棄して相手の出方を待つより他に無いだろう。
 いやまったく、本当に、心底から思う。

「面倒臭ェ……」







――――interlude 4


 その日も、パレス・ミナサバは騒がしかった。
 リゾート化が進行中であり、加えて夏真っ盛りという事もあって宿泊客は非常に多い。
 勿論、海辺で遊ぶことが目的の行楽客であるが、このホテルに泊まるのは大概、富裕層ばかりだ。
 わけても従業員の中で話題になるのは、最上階を貸しきっている一家。
 中東の方から来たというその一家は、実に感じの良い人々であった。
 厳格な風貌だが紳士然とした父親。穏やかな物腰の母親。優しく人当たりの良い兄に、美しく聡明な妹。
 もっとも、その実態はと言えば、とても微笑ましいとは言えないのだろうが。
 それ故に、ファーティマ・アブド・アル・ムイードは楽しくて仕方がない。

「ふふ。日本人はみんな礼儀正しい人ばかりと聞いていたけれど、本当ね。
 背骨がきちっとしていて……きっと姿勢が良い人だったのね。これなら何にでも使えそう。
 それに見てよ、この髪の毛。黒くて、長くて、艶があって、綺麗で……。
 私の髪も黒いけど、これにはちょっと嫉妬しちゃうわね。何にしようかしら。
 折角ですし、今まで作った事のないものにしてみたいのだけれど……。ねえ、ライダー。貴方はどう思う?」
「勘弁してくれ、マスター。私はさほど手先が器用ではないし、そういった物に詳しくも無いんだ」
「あら、騎兵の英霊にしては情けない事を言うのね……ああ、そうだわ!
 これでショールを編んでみましょう! きっと素敵よ、うん、決めたっ。 母様、編み物道具を持ってきて頂戴」
「わかったわ、ファーティマ」

 女性の死体を前にして胸をときめかせるマスターを前にして、ライダーのサーヴァントは小さくため息を吐いた。
 まったく女という生き物は恐ろしいものだと心底思う。結果的にそのお陰で彼は英雄となったのだが、感謝したくはない。
 つい先ほどこの骸を届けた兄は、ファーティマの指示によってまた出かけていた。何でも動物園に用事があるのだとか。

 ちょうど黒のショールが欲しかったのよねと呟きながら、せっせと作業を始めるファーティマ。
 その姿は一見すると家庭的だが、しかし、もしも彼女が毛髪を編んでいると知ったら――

「百年の恋も冷めるだろうな」
「あら、何か言ったかしら、ライダー?」
「いや。……行動を起こさなくても良いのか、と思ってね」

 人皮のソファから立ち上がった英霊は、そのまま脚を引きずるようにして歩き、窓の外を眺める。
 街一番の高層ホテル、その最上階である。水佐波市全体を一望できる光景に、かつて高みから見た景色が重なった。
 そして、この街こそが彼に与えられた戦場なのだ。

「別に良いのよ、今は準備段階ですもの。もっとも、それで負ける気はしないけれど。
 人形は兄様に言って貸し倉庫に収納しているけれど、英霊相手なら幾らあっても足りないし。
 それに貴方の為の乗り物も用意しないといけないから」
「ふむ? 今用意してあるのは違うのかね?」
「ああ、あれは試作品よ。
 何でも乗りこなせると聞いているのだけれど……信頼して良いのかしら?」
「ああ、問題ない。およそ騎兵という区分において、私を上回る者は皆無だ」
「なら良かった」

 そうしてファーティマは蕩けるような笑みを浮かべた。

「だって私は優秀ですもの。そして私の用意する乗り物も優秀。貴方が優秀なら、負ける要素は無いものね」
「うむ、それを聞いて安心した。 なら――」
「そうね。思い知らせてあげましょうか」

 ――そう、パレス・ミナサバは騒がしかった。
 悲鳴。絶叫。叫び声。逃げ惑う人々の足音。そして、咀嚼音。
 最初は小さかったそれが、徐々に徐々に大きさを増している。
 つまり、何者かがこの最上階へと迫りつつあるのだ。

 事態は明白。
 この真昼間に、正面から、堂々と、真っ向から、彼女の工房に攻め込む者が現れたのだ。
 それならば、此方も正面から、堂々と、真っ向から、その実力を証明して見せようではないか。


 ファーティマ・アブド・アル・ムイードは楽しくて仕方がない。


――――interlude out





*あとがき*******
いやぁー、最近は盛況ッスね!
Rebirthといい、hand in handといい、次々に本編がスタートしてwktkですよ、ええ。
やっぱり折角作ったサーヴァントに登場人物。ガチバトルさせて見たいのは当然ですよねー。
皆聖本編第一号(ですよね、たぶん?)を書き出した俺としても、本当に嬉しい限りで!
お互いにがんばっていきましょう! あと俺も続き読みたいのでお二方とも早く続きを書いt
―――失礼。や、こっちもなるだけ頑張って早く書きます、はい。

Fate,ホロウは完璧に一人称だったので、一人に視点を絞った物語となっておりますが、
Zeroみたいに群像劇ですと、どの程度まで視点を散らして良いものやら。
もっとこう、ポンポンポーンと場面やら舞台を切り替えても大丈夫ですかね?
嘘予告とかですと「書きたい場面だけ書く!」という楽なこと……もとい楽しいことができるんですが(笑)

次回か次々回くらいで戦闘まで行ければなぁ……。
プロットは完成してますし、時間かかっても完結させますので。
どうか付いて来て頂ければ幸いです。

ではでは、皆々様、良いお年を。