――――――MIDNIGHT――――――



 「此処には、かつて国があった・・・。」

 青年の声が風に乗って流れた。
 密林特有の湿り気のある風は夜気に冷やされ、眼下に広がる木々をざわめかせて揺らしながら駆け抜けていく。

 青年は、独り言のように淡々と、何かを確認するように言葉を続ける。

 「その国は、神の恩恵を受けていた、神の恩寵を授かっていた。比喩ではない、事実、神がおられたのだ。」

 彼が今立っているのは木々に覆われ、苔生した巨大な石造りの建造物――――――ピラミッドの頂上、その祭壇だった。
 考古学の規格を塗り替えるその巨大なピラミッドの周囲には、さながら天守閣を囲む砦のように大小様々な遺跡が立ち並ぶ。

 深夜の月光に照らされたその様は、さながら墓所のような静謐さを浮かべていた。

 「人々は神に平伏し、神官は神を崇め――――――そして戦士は喜んでその身を神に捧げた。」

 そう言って彼は静かに月を仰いだ。
 彼の出で立ちは、浅黒い肌に屈強な肉体、そして古風な己の部族の戦闘服。
 かつてこの遺跡で命を捧げた誇り高き戦士達に思いを馳せているのだろうか。

 「でも――――――その栄華は永遠のものではありえなかった、っていう所かしら。」
 「・・・・・・・・・そうだ。」

 彼の背後から一人の女性が声をかけた。
 月に映えて白く光るブロンドに、メスチソ風の肌。
 青年とは対照的に、パーカーやジーンズを着たその姿はどこにでもいそうな大学生のようだった。

 「いつしか、人々は神を忘れ、神の加護の無い国は滅びた。その存在は忘れ去られた。」
 「・・・・・・その滅んだ国の子孫が、私たちなのね。」

 彼女は祭壇の上にある石造りのベッドのようなものに腰かけていた。
 そして視線を動かせば、それと同じものが合計で七つ、半円を描くように配置されているのが見えた。

 「その通りだ。そして、ついに我々の代で、儀式が復活した。再び現世に降りた神は、我らに再び繁栄をもたらすだろう。」
 「・・・・・・・・・ネザファルビリ、あなたは・・・・・・怖くないの?」
 「あろう筈も、無い。」

青年――――――森の部族の戦士たるネザファルビリ・アストランは淀みのない口調でそう言った。



 「この『聖杯戦争』は、我らの先祖が参じた儀式の再現。ならば、やはり戦士たるこのオレが挑むことは、誉れ以外の何物でもない。」
 「そう・・・・・・。」

 彼のその淡々とした言葉には如何なる迷いもない。
 むしろ彼の言葉を聞く彼女は、その奥の炎々と燃えるような熱情を感じていた。

 アストランの家系はテスカポリトカへの信仰篤い戦士の一族だ。
 ならばその身を戦いに投じ、神の為に散らすことは、彼の言う通り誉れ以外の何物でもない。

 それを理解してしまっているからこそ、彼女は哀しそうに目を伏せた。

 「それならば、お前はどうなのだ、ラトル・トゥーラ。」

 ネザファルビリは彼女――――――ラトル・トゥーラに訊き返した。
 戦うことばかりにしか興味が無い、と部族の中で言われる彼にしては珍しく気を使うような口ぶりだった。

 「お前は、この儀式で神を降ろすための器であり、贄だ。お前の命をもって、聖杯は完成する。恐ろしくはないのか。」
 「んー・・・・・・なんて言うのかな。」

 彼女は月光を映す髪の先をいじりながら、バツの悪そうな表情を浮かべた。

「正直な話――――――実感わかないかな。・・・私が生贄だって言われても、そういうの本の中で読んだくらいのものだし。」
「・・・・・・。」
 「だから、そう――――――むしろワクワクしてる、変な話だけど。魔術とか英霊とか、説明されてもよくわからないけど、そういうオカルトめいたものが本当にはあったんだな、っていうのがちょっと楽しい。」

 あと、故郷にも帰ってこれたしね。
そう言ってラトルは屈託のない笑顔を浮かべた。


 ラトル・トゥーラはネザファルビリが言ったように、今回の聖杯の『器』としての役目を担う、生贄だ。
 ケツァコアトルの血を引く彼女の一族は、国が滅んでからも儀式の復活のためにその血を絶やすことなく、その力を引き継いできた。
 そしてその末裔たるラトルは一族の歴史の中でも類を見ない魔力と感応力を持って生まれた。

 だが彼女を生贄に使うことに反対したネザファルビリの父が、彼女を都市部へと逃がした。
 以来十数年、彼女はただの人間として過ごしてきた。

 その彼女が連れ去られ、生まれ故郷の森に再びやってくることになったのは数週間前のことである。


 ネザファルビリが口を開く。

 「――――――恐れを感じていないというのなら、是非もない。喚かれて暴れられるよりは、よほど良い。せいぜい、戦いの足手まといにならねばよいがな。」
 「・・・・・・ならない自信が無いわね。」
 「だが、案ずるな。お前は我ら部族の大事な聖杯だ。この身に流れる、戦士の血と先祖の名に懸けて、お前を他の誰にも渡しはしない。」
 「・・・・・・・・・・・・・・・っ!」

 その言葉はあくまで彼の戦士としての所信表明なのだが、ラトルは一瞬それが口説き文句のように聞こえて思わず赤面してしまった。



 「あ、あらそう。だったらよろし――――――――――――――――――っっ!?」


 だが次の瞬間――――――彼女の背筋を氷のような冷たさが駆けた。
 聖杯の器たる彼女の優れた感応能力が、何かを受信したのだ


 ラトルが顔を上げると、ネザファルビリが彼女に背を向け眼下の遺跡群と密林を睨みつけていた。
 その手には磨き上げられた黒曜石のナイフが握られており、彼女はそこから心臓につららが刺さるような圧迫感を感じていた。


 「――――――――――――来る。」


 テスカポリトカの戦士となったネザファルビリはそう短く呟いた。
 次の瞬間、彼の隣に空気を弾けさせながら巨大な影が出現した。
 その姿を視界に収めた瞬間、ラトルは荒々しい感情の奔流に呑まれ顔をしかめた。

 彼女は知っている、あれが青年の従えるサーヴァントと呼ばれるもの――――――伝説に謳われる英雄が現世に降り立った姿なのだと。

 その二mを超える巨大な影は、その体に灰色の狼の毛皮の外套を纏っていた。
 手に握るのは、潰れ、ひしゃげ、原形を留めぬ鉄塊と化した大剣。
 爛々と、鬼火のように光るその双眸から感じるものは――――――圧倒的な狂気。

敵の息の根を止めんとする殺意。
 目に映るすべてに挑まんとする戦意。
 手に持つ得物をもって捻じ伏せんとする凶気。
 その全てをないまぜにした狂気が、赤々と燃える両眼に宿っていた。


 ――――――オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!


 絶叫。
 咆哮。
 狂戦士の狂喜の雄叫びが、夜の世界を叩き起こす。

石造りの祭壇がビリビリと震え、
 うっそうと茂る森の木々が慄き、
 獣達が寝床から逃げ出し、鳥たちが飛び立った。

 耳を塞ぎながらも、思わず床に転がり落ちたラトルに、ネザファルビリが声をかけた。
 彼はあの大気の衝撃を風のように流していた。

 「ラトル、実感が湧かない、と言っていたな。」

 石の台座に手をつきながら、ラトルはよろよろと立ちあがった。
 煌々と光が注ぐ月下、死地にこそ生を見出す戦士たちがそこにいた。

 浅黒い肌の青年がナイフを強く握り、言った。


 「ならば見届けるがいい――――――これが、戦争だ。」


 戦士は振り向かず、祭壇から飛びおりるように、ピラミッドを駆け下っていった
 狂戦士が獣さながらの吼声を上げてその後に続く。

  残された贄の少女は兎のように跳ねる心臓の音を聴きながらその場に立ちつくしていた。






 かくして闘争の幕が上がる。
 参加する魔術師は七名。
 召喚されし英霊は七騎。

 万能の願望器を巡る殺し合い。
 来る神は最も強きものをこそ祝し給う。


 聖杯を欲するものよ――――――汝、自らをもって最強を証明せよ。