――――――NIGHT――――――
拝啓、司祭さま。
そちらはいかがお過ごしでしょうか、おかわりはありませんでしょうか。
そちらを離れてからまだ二週間たらずですが、教会のキッチンで食べるトルティーヤの味が恋しいです。
もちろん、メキシコで食べるトルティーヤもおいしいのですが、教会のみんなと一緒に食べるのが一番です。
教会のみんなはどう過ごしているでしょうか、クロエはまた後輩をいじめていないでしょうか、アガタは虫歯になっていないでしょか。
私ですか?
もちろん、私は今日も元気です。
無事に帰ってこれたら、本場のタコスをみんなにふるまってあげたいと思っています。
楽しみにして下さい、レシピをちゃんと持って帰ります。
「さりげなく死亡フラグ立っておるぞ。」
「ひゃいっ?」
手紙を書いていたファナ・ロレンテ・イグレシアスは、突然後ろから声をかけられた。
ハトが首を絞められたような頓狂な声を出して、小柄な少女が飛び上った。
「お、お、おぉ、おっ、驚かさないでくださいよキャスターさんっ!」
「ぴーぴー喚くでない。ちょいと、声懸けただけじゃろうが。」
涙目になってぷるぷると震える少女に対し、キャスターは悪びれた様子もなく、白髪がわずかに残る禿げた頭を掻いた。
彼のもう片方の手にはお盆があり、その上には揚げたてのフライドポテトとワカモーレというペースト状のアボガドが乗っていた。
「あっ、キャスターさん、それはもしかしてももしかしなくても私たちの為の晩御飯ですねっ!意外ですねキャスターさん、見かけによらずお料理得意なんですぴぎゃああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!?」
「誰がハゲじゃと小娘ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
「ハゲなんて言ってないです言ってないですぅウぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
口を滑らせた(?)ファロにキャスターのアイアンクローが炸裂する。
筋力値Eランクのその掌にいかなる力が宿っているのやら、めりめりと少女の赤毛頭に指が食い込む。
だが、あと数ミリセカンドでアワレにも少女の脳漿がエクスプロードされるという場面に声が割り込んできた。
風雨にさらされ、錆ついては砥がれを繰り返され、擦り切れた鉄のような声だった。
「・・・・・・静かにしろ。」
その男の声で、キャスターは手を話した。
恐れた、というより興が削がれたという表情だった。
ファロは頭蓋骨がデストロイされていないことを確かめながら、テーブルの対面に座る男に礼を言った。
「あ、ありがとうございます。ルイスさん。」
「礼はいらん。」
ルイスと呼ばれた男は手元で整備中の銃から目を外さず、無感動に言った。
これが俗に言うツンデレというやつかのう、などと言いながらテーブルの真ん中にキャスターが盆を置く。
こぉん、という音が石造りの工房内に響く。
工房の壁には装飾を施された短剣が一本突き刺さっている。
これこそキャスターの宝具。
短剣でありながら内部に無尽蔵とも思える空間を内包する、錬金術師の蔵。
ランサ―が発見した『移動する工房』の正体だった。
「さてと、ポテトが揚げたてだ。冷めんうちに食うと良い。」
「変なもの混ぜてませんよねぇ?」
「・・・・・・・・・。」
「目をそらされたっ!?」
キャスター陣営、戦場ど真ん中の晩餐である。
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アメリカの片田舎、とある怪奇小説家が生涯愛した街。
そこには人類の天敵たるモノと戦い続ける魔術師連合――――――通称『大学』あるいは『図書館』と呼ばれる組織があった。
魔術師の組織であるという点で『協会』と旨を同じくし、戦いのために備える組織という意味では『協会』とは違う。
人外と矛を交えるという理念において『教会』と似通り、外法を振るうという手段において『教会』とも交わらない。
古き欧州と対をなす、新大陸の組織。
その『大学』の中で進められていたのが、ある極秘計画。
南米の滅びた文明で行われた神霊召喚の儀式。
日本は冬木の地で行われていた、第三魔法の儀式。
これら二つを組み合わせた、新たな聖杯戦争の開始である。
招集されたのは四つの魔術師の家系。
御子上、アルベルティーニ、オブライエン、トゥーラ。
四家と『大学』の二世代に渡る研究の末――――――ついに儀式は完成した。
そして、『大学』自体が聖杯を勝ち得るために戦場に送り込んだ戦闘のエキスパート――――――それがキャスターのマスター、ルイス・オーウェルなのである。
・・・・・・なのだが。
「えぇ、そういうわけなんですけど・・・・・・何で私は『大学』職員でもないのにルイスさんのサポートとしてこのようなジャングルのド真ん中でポテトをほおばっているのでしょう?」
「・・・・・・・・・星の巡りが悪かったんだろう。」
フライドポテトをげっ歯類のようにもっきゅもっきゅ、と咀嚼しながら修道女のファナはべそをかいた。
彼女の対面に座っているロイスは視線も上げずにつっこんだ。
彼はファナと対照的に、テーブルの上の料理には目もくれず、愛銃・ピースメイカーの整備に没頭している。
「おい、ルイス。飯がテーブルの上に出ておるのだ。得物を片付けんかい。」
「すぐに終わる。」
「キャスターさんの言う通りですよー。ロイスさんが食べないんだったら私が全部食べちゃいますからね。」
「・・・・・・お前の食い方は見てると食欲無くすな。」
「ひっ、ひどい!?」
ガーン、と擬音付きでのけぞるファナ。
しかし、彼女の手元の皿に盛られたワカモーレを見ればルイスの気持ちもわかろうものである。
ワカモーレとはアボガドをペースト状にして玉ねぎ、ニンニク、トマトを混ぜてペースト状にしたものなのでアボガドの薄緑色をしているのが通例なのだが、何を血迷ったか彼女が食べているものはチリソースの赤に染まっている。
「キャスターさんに調合してもらった特性ハバネロチリソースなのにっ!この素晴らしさと赤さがわからないんですか、ルイスさんっ!!」
その激烈なハバネロの香りはローマの暴君の如く。
その辛味はどこぞの外道神父も大満足の逸品である。
一口食べたならばその先に見えるのは鮮血の絶対皇圏か、はたまた黒い太陽の下の焼け野原か。
「キャスター、お前何を作ってるんだ。」
「最初はジョークのつもりだったのだがなぁ。」
ルイスが詰問すると、老人の姿をした錬金術師は諦観を表情に滲ませた。
辛いソースを作ってもらえるだろうか、とファナに頼まれたので、ちょっとした悪戯心で過剰に腕を振るったものを渡したら、予想外に気に入られたらしい。
「料理もソースもすごいですよねー、キャスターさん。私感動しちゃいましたよ。」
「当然のことだろうよ。錬金術とは本来、鉛のような卑金属を金のような貴金属へと変換するような技術――――――つまり、『低次の存在を高次の存在へと引き上げる技術』なわけでな。そこのところ、料理と同じとも言えるわけよ。」
「へぇー。」
道具作成スキルA+は伊達ではないぞ、とキャスターはふんぞり返った。
流石に賢者の石を鍋に投入したりしてませんよね、と聞く勇気は少女にはなかった。
一応、彼女が所属する聖堂教会から見れば錬金術も異端なのだが、そこのところをつっこむ気も無いらしい。
信仰の加護がステータス欄に追加されるほどに強烈な信仰心は持っておらず――――――シンプルに、みんなが神様を信じることを通して幸福になってくれればいい、というのがファナの考えだ。
彼女は元々、浄化や治療といった秘蹟を習得した修道女であって戦闘員ではない。
現在は、調べものが得意なのを買われ『教会』から『大学』に派遣されている身分である。
しかし、いざ聖杯戦争が始まるという段になって少々彼女にとってまずいことが起こった。
たとえそれがとっくに偽物だと解かっているとはいえ――――――『聖杯』の名を冠するものである以上、『教会』としてはそれを放っておくことができないのである。
よって教会から聖杯戦争の監視要員として、たまたまそのとき『大学』に派遣されていたファナに白羽の矢が立ったのである。
まぁ、実際はそれだけでなくより複雑かつ面倒な利害関係が背後にあるのだが。
「とはいっても、いくらなんでもルイスさんとコンビを組むことになるっていうのは酷すぎやしませんか。」
「・・・・・・聞こえてるそファナ。」
「かっかっか、ワシのマスターのこととはいえそれは同意せざるを得んな。」
「そうでしょう。」
ファナとキャスターがうんうん、と頷く。
当のロイスにも自覚はあるのか、渋い表情のまま、それ以上の反論をしなかった。
ルイス・ローウェル。
通称『ガンスリンガー』。
『大学』に所属するモンスターハンターの一人。
『大学』の構成員全般に言えることだが、彼は怪物狩りを生業としていながら元は唯の常人である。
その不利を補うための礼装を所有しているのだが、彼はその副作用でまれに、否、しょっちゅう幻覚に襲われている。
その危うさは正気と狂気の境界線をフラフラしているようなレベルに達している。
よって彼は今回、同行者であるファナにこう言い含めている。
『俺が狂っていると判断したら、俺を殺して跡を継げ。』
「無茶ぶりですよ、無茶ぶりっ!!」
バンバン、と少女が机を叩く。
それを頼まれた時の肝の冷え具合を思い出したのか、涙目になっている。
「わ、私みたいな善良なシスターにそんなエグいことやれってんですかぁっ!?」
「嬢ちゃんの食ってるもんの方がよほどエグいと思うがね。」
「見て下さいよこれ!」
キャスターの突っ込みを無視して、ファナが修道服のポケットから黒い物体を取りだす。
それは彼女が上司から手渡された黒鍵の柄だった。
最近の黒鍵は、魔力さえ通せば誰でも手軽に刃を実体化させられる親切設計である。
技術の進歩は素晴らしい。
主に彼女に優しくない方向に。
「・・・・・・ぐだぐだと文句を垂れるな。自分の事情を酌量してもらえないのは組織の常だ。特に今回みたいな任務じゃあな。」
「うぅ、現状が変わらないのは解かってますけどせめて愚痴くらいは聞いて下さいよー・・・。」
椅子の上でクラゲのようにへたりながら、赤毛の修道女は赤い地獄と化したワカモーレを塗りたくったフライドポテトを口に含んだ。
今では彼女の哀しみを癒してくれる心の友は、ハバネロソースのみである。
しかし、実際のところルイスが言ったように今回の任務は『大学』と『教会』双方の組織にとって大きな意味を持つために、譲れない作戦なのだ。
否、それはただの利益や目的ではなく――――――悲願という言葉が相応しいかもしれない。
数多の人外と戦う術を模索し続ける『大学』だが――――――彼らが最大の敵と目している存在があった。
『それら』の名はアルティミット・ワン。
U-1。
異星存在。
惑星の頂点。
アリストテレス。
彼方より来るもの。
そして、エジプトはアトラス院の始祖が予言した、終焉をもたらすモノ。
予言によれば数千年後の地球に飛来する他惑星のU-1は、その圧倒的な力をもって全ての霊長を絶滅させるという。
だが、数千年後に来るはずのそれが如何なる手違いか、現代の南米に確認されている。
コードネーム『ORT』。
分類はタイプ・マーキュリー。
水晶渓谷の奥にて眠り続ける蜘蛛。
その次元違いの戦闘力は人間はおろか、吸血種すら歯牙にもかけない。
かつて全ての死徒の頂点に立つ、死徒二十七祖の五位が捕獲を試み――――――瞬殺された。
以来、ORT自身にも吸血種に近い能力があることがわかり、そのまま二十七祖の第五として扱われている。
『大学』の研究者たちはこの怪物を倒す手段を模索し、一つの方法を見つけた。
それが聖杯である。
こともあろうに、『大学』は聖杯によって得られるだろう無尽蔵の魔力でもってU-1に対抗するという結論に達したのである。
この情報は『教会』にも届けられ、『教会』はそれを秘密裏ながらも、支持することを決定した。
なにせ『教会』の敵である二十七祖の一角を滅ぼせる機会であるだけではない。
その力をかすめ取ることができれば、第五位のみならず、超常の力を振るう二十七祖全てを滅ぼすことも可能かも知れないのだ。
とはいっても『教会』内でも、贋作の聖杯であれば異端として廃棄するべきだという派閥や、死徒を滅ぼすために手段を選んでいる場合かなどという意見が様々に飛び交っており、方針は現在進行形で揺れ動いている。
ただそれでも放置というわけにはいかないので、とりあえずの監視員として送り込まれたのが、たまたま当時『大学』に派遣されていたファナ・ロレンテ・イグレシアスである。
ルイスの言うように組織は個人の事情を酌量してくれないものだ。
「とは言ってもよ。負けられん戦いというのに、お前さんも中々酔狂と言うのか――――――それとも無謀と言うのかね。」
「何の話だ、キャスター。」
ポテトをゆっくりと咀嚼しながら禿頭の錬金術師がほくそ笑んだ。
「何、聖杯戦争に当たって7クラス最弱のキャスターをわざわざ選んで召喚するとは、よほどの物好きかと思うがなぁ。」
「・・・・・・自分の戦略から考えて最良のサーヴァントを選択しただけだ。」
擦り切れた声の銃士はピストルの横に幾つか転がしてある鉛玉を拾い上げた。
それはキャスターの手によって作られた特製の銃弾だった。
「英霊に傷をつけられるのは一定以上の神秘を宿した武器のみ・・・・・・。逆にその条件さえクリアすれば、人間の手でも十分に勝機はある。」
「自力でサーヴァントを倒すってのかい。勝機はあっても、正気の沙汰とは言えねぇな。」
口ではそう言いながら、キャスターは笑みを浮かべている。
新しい研究材料を見つけたというような、楽しくてたまらないような、そんな笑みだった。
ルイスも、黙ってうなずいた。
「『一度生き残れば、二戦目は必勝』・・・・・俺は今までもそういう風にやってきた。キャスター、お前の援護には期待している。」
カシン、という乾いた音をリボルバーの弾倉が立てる。
白い銃把のピースメイカー。
自身の父の形見をガンベルトに収納する。
「おうおう、十分に存分に期待しておけ。――――――しかし、忘れるなよ?わしもまた英霊の端くれ。おぬしにばかり手柄が行くとは思っておかん方が良いぞ。」
研究の成果を試したいものでな――――――と言ってキャスターはそのローブの袂からフラスコを一つ取りだした。
フラスコの球形の底部に、まるで靄の中の電球のような緑色の光がぼんやりと渦を巻いている。
そこから滲み出る膨大な魔力を部屋の人間すべてがひしひしと感じていた。
自慢の品を見せた錬金術師はそれを仕舞いなおして、にやりと楽しげな笑みを浮かべた。
「さて、ルイス。銃の整備が終わったのなら飯を食うことだな。腹が減っては戦もできまい?」
「・・・・・・・・・。」
ルイスは黙ったまま、フライドポテトに手を伸ばし――――――引っ込めた。
「やめだ。」
「どうした。」
「・・・・・・引き金が滑る。」
「・・・そうかい・・・。」
主従の間に沈黙が降りる。
二人はそう、確かに予感めいたものを背筋に感じていた。
そう、それはまるで――――――、
「あのー、キャスターさーん。ソース切れちゃったんですけど呼び持ってませんかー?」
修道女がのんきな声を上げる。
それを無視して、無言のまま銃士は椅子の上にかかっていたレザージャケットを羽織り、錬金術師は工房の棚の鍵を外す。
そう、彼らは確かに、迫る戦いの気配を感じ取っていた。
最終更新:2011年07月06日 23:06