――――――EVENING――――――



 「よっこらせ・・・・・・っと。」

 ちょっとおじさん臭い台詞かな、などと思いながらヴァージニア・オブライエンは荷物を地面に下ろした。
 寝袋や着替えなどが入った本格的な探検用のリュックサックだった。

 荷物に違わず、彼女自身も野外での活動に適した服装をしている。
 カーキ色の作業服や手袋に日よけの帽子と、フィールドワークに来た研究者といった風情だろうか。

 その印象は間違っていない。
 事実、彼女は『大学』では教鞭をとる身である。
 だが強いて違うというなら――――――彼女はフィールドワークに来たのではない。

 彼女は戦いに来たのだ。
 聖杯戦争を戦う、マスターとして。

 「とりあえず、ちょっと休憩・・・・・・というか私としてはそろそろご飯にしたいのだけれど。」

 ヴァージニアは岩の上に腰を下ろしきょろきょろ、と周囲を見渡した。
 先行させておいた彼女の相棒はまだ近くにいないようだった。
 彼が戻るまで待つべきかどうか逡巡し――――――結局、彼女は先に食べることにした。
 どうせカロリーメイトである、合流するまでに食いきってしまえばいいだろう。

 「どうせなら、楽しくお茶でもしながら情報交換としゃれこみたかったんだけどねー。」

 リュックからブロック状の栄養食品を取り出しつつ、ヴァージニアは少し残念そうに言った。
 帽子を外してリュックの上に乗せると、その下からウェーブのかかった金髪がこぼれ出る。

 豪奢な金髪、背が高くメリハリの聞いたボディラインを持つ彼女はいわゆる『格好いい女性』というイメージを周囲に振りまいている。
 特に今はジャングルの真ん中、前述のような服装も相まって彼女は一昔前の冒険映画から抜け出してきたかのようだった。



 しばらく彼女がもぐもぐ、とカロリーメイトを食んでいると、彼女の魔術回路がパスを通して信号をキャッチした。
 どうやら彼女のサーヴァントがこちらに向かっているらしい。
 急いで水筒で口の中身を飲み下し、ゴミを片付けて背筋を伸ばす。
 その様は彼女らしくもなく緊張しているようにも見えた。

 やがて草木がゆれるガサッ、という音がしたかと思うとヴァージニアの目の前に一人の男が膝をついていた。

 「サーヴァント・ランサー、合流致しました。」
 「えぇ、ご苦労様。」

 槍騎士のマスターとして恥じないように、毅然とした態度で頂礼を受ける。
 彼女の性分としてはもうちょっと気さくに接しても構わない、もとい接して欲しかったりするのだが、それも彼の望みだと気を取り直した。

 「マスター、御怪我はございませんな。」
 「見ての通りね。じゃあ、合流したことだし――――――互いに報告といきましょうか。」

 ヴァージニアがそう言うと、ランサ―は面を上げた。

 彼の年齢を外見的に判断するなら、四十過ぎだろうか。
 口元の髭には微かに白色が混じり始めている。
 しかし、その力強い眼光から発せられる存在感はさながら年経た樹木のよう。
 若さを失ったのではなく、年季を得たというべき老騎士だった。

 「では、こちらから報告させて頂きましょう。」
 「お願いするわ。」

 ランサ―が厳かに口を開く。

 ランサ―に任せていたのはこのジャングルの奥――――――すなわち遺跡への斥候である。
 人間であるヴァージニアより霊体化できるサーヴァントの方が当然の如く移動が速い、ならば先行させて目的地の調査をさせるのは悪い判断ではないだろう。
 まぁ、彼女は彼女でやるべきことがあったからこそ、あえて別行動を取ったのだが。

 「結論から申しますと、既に遺跡にはマスターとサーヴァントが二組潜入している模様です。」
 「二組・・・・・・ね。詳細はわかる?」
 「おそらくは遺跡を守る森の部族のマスター。もう一組は――――――推測ですが、キャスターを有している組と見受けられます。」
 「うーん・・・・・・先に地の利を取られちゃってるわね。これはちょっとまずいかしら・・・・・・。」

 ヴァージニアは腕を組んで考えこんだ。



 彼女は聖杯戦争を主催した『大学』の人間であり、また『大学』とともに聖杯戦争のシステムを再現した四つの魔術師の家系の一角でもある。
 御子上家、アルベルティーニ家、オブライエン家、そして『聖杯』を用意したトゥーラ家。

 彼女は自分自身も聖杯戦争のシステム作りに祖父とともに参加しているため、儀式場たる遺跡にも何度か足を運んでいる。
 そのため遺跡の規模もよく知っている。


 総面積23ヘクタール以上。
 中心たる大ピラミッドは40メートルを超える威容。
 細々とした史跡が点在する範囲を含めるならば230ヘクタールに及ぶと言われ、樹海に没したその全容はいまだに知れない。

 現に、今彼女らが腰を下ろしている岩のすぐそばにも打ち捨てられ、苔生した石像が転がっている。


 「遺跡を管理している部族の魔術師がいるのは仕方ないとして――――――キャスターがいるのは危険ね。ランサ―、あなた工房は確認したの?」
 「はっ。」

 遺跡群の中には隠れ家として利用できそうな建造物がいくつもある。
 そこに魔術師の英霊に専門スキルである『陣地作成』で工房を建設されたらたまったものではない。
 籠城戦において、最大のアドバンテージを誇るクラス――――――それがキャスターのサーヴァントなのだ。

 しかし、ランサ―の報告は彼女の予想の斜め上を行っていた。

 「工房と言うべきなのでしょうが――――――正確には工房の跡地、というべきでしょうか。」
 「工房の――――――跡地?」
 「はい。」

 ランサ―の報告によると、こうである。
 彼は調査中に魔力を感知し、家屋のようなサイズの遺跡に足を踏み入れた。
 しかし、そこには既に人影はなくものけの空。

 落ちていた紙煙草の吸殻から、森の魔術師の陣地ではない、と推測した。
 彼は他にもそのような『工房の跡地』と呼ぶべき場所を幾つか発見。
 残留魔力の推移から、ほぼ毎日拠点を変えているようだった。



 「連日のように工房を移設し直す・・・・・・このような芸当が可能なのは魔術師の英霊に他なりますまい。」
 「まったく・・・・・・セオリーを崩すようなやつがいるものね。先が思いやられるわ。」

 ヴァージニアは嘆息した。
 砦とは身を守るために建設し、防御のための機構を腰を据えて組みあげていくものだ。
 そして固めれば固めるほど、動かすのは容易ではなくなる。

 ならば、守りの為の陣地を何度も移すというのはどういう了見だろうか。
 唯の馬鹿ではないというなら――――――そこには厳然たる意味があるのだろう。

 おそらく、何度でも作り直せたり移動させることができるような、特別な工房――――――そういったものが作れる魔術師なら、なるほど、確かにキャスターのクラスにふさわしいだろう。

 「別にトラップのようなものには引っかからなかったのよね?」
 「はっ。しかし、警戒はされているでしょう。」
 「きっとね。」

 最悪、ネズミ捕りのように罠にかかってランサ―がやられていたという可能性もあったが、そうならなかったのは僥倖だ。
 よしんばあったとしても、ランサ―自身も魔術師としてのスキルを持っているため、上手く回避できたということだ。
 そのときは、また別のマスターがそこに引っかかるということで、ご愁傷さまである。

 「では、マスターそちらの首尾は。」
 「んー、上々と言ったところでしょう。」

 老騎士に話を向けられ、ヴァージニアはおどけた調子で言った。

 オブライエン家はアイルランド系の魔術、特にドルイド魔術に精通している。
 そして、ドルイド魔術は森と木々を味方につける魔術。
 従って、この密林は彼女の魔術を生かす絶好の舞台となる。

 ヴァージニアが岩に立てかけてある、愛用の樫の杖をぽんぽんと叩く。

 「人が通ってくるだろう道にいくつかトラップや感知系の魔術を仕掛けておいたわ。これで私たちのあとからやってくる参加者の情報が幾つか手に入ればいいのだけど。」

 ヴァージニアとランサ―がこのジャングルに到着したのは昨日の晩の頃である。
 昨夜は町にほど近い所でキャンプを張って午前の内に出発した。
 通常のペースで歩いていれば、もう遺跡に到着していてもおかしくないのだが、そうなっていないのは彼女が魔術的な罠を幾つか道中に仕掛けていたからだ。

 ここが密林とはいっても、現地の部族や『大学』の研究者が立ち入った際のけもの道が確かに存在している。
 ならば必然的に初めてここに入る人間も、歩きやすいそういった道を歩くはずだ。
 ドルイドの魔術師はそういった場所を確認しながらここまで来たのである。

 「残りのマスターとサーヴァントは四組・・・・・・流石に罠だけでで仕留められる様な相手ではありますまい。」
 「もちろん、それはわかってるわよ。罠にひっかかったり、罠が発動したりした場合は私に信号が届くようになってる。それを通して敵の情報が何か一つでも手に入ればいい――――――その程度よ。」
 「あくまで、保険というわけですな。」
 「そういうこと。」

 樫の杖を手に取って立ち、ドルイドの魔術師は槍騎士に微笑みかけた。

 「私にとっての本命は――――――もちろんあなたよ、ランサ―。」
 「勿体なき御言葉。」

 主から賜った信頼の言葉に、老騎士は深々と頭を垂れた。



 「さ、そろそろ行きましょう。夜になる前には到着したいわ。」
 「御意。」

 木々の隙間からは日暮れ時の橙色の日差しが差している。
 あと、一時間もすれば日が落ちるだろう。

 ヴァージニアはリュックサックを背負い、杖を握り直し、改めて歩き始める準備をした。
 ランサ―は賛成の意を表明すると、霊体化して姿を消した。
 森を味方にしたような青緑色のマントが虚空に消える。

 (・・・・・・礼儀正しい、というか忠義が厚いのはいいのだけど――――――あの堅苦しさはどうにかならないのかしら。)

 がっさがっさ、と草を踏みながら進みつつ、ヴァージニアはそんなことを考えた。
 しかしそれもむべなるかな、とも思うのだが。
 ランサ―のあの忠節を重んじる態度は、彼の生前の行い――――――それに伴う彼の願いに起因する。

 彼は元々、アイルランドの伝説に名高い騎士団の団長だった。
 数々の武勲を挙げ、伝説を残し――――――やがては王になった。
 彼が今、ランサ―のサーヴァントとして現界しているその姿は王として即位する前後の頃のものらしい。

 だが、王となって後の彼はある失敗を犯す。
 救えるはずだった、彼の臣下である騎士を見殺しにしたのだ。
 その騎士はかつて、彼の許嫁となった姫とともに駆け落ちしたという騎士だった。

 彼とその騎士は多くの犠牲を出しながら、最終的に彼が折れる形で和解した。
 だが、かつての恨みがよみがえったのか――――――騎士が重傷を負ったとき、彼はあえて見殺しにしたのだ。

 彼の伝説を知る者は皆、こう言うだろう。
 かの偉大な勇者も王となってからは落ちたものだ、と。

 そして自分がいかに落ちぶれたのか――――――そのことは彼が一番よく知っている。

 ヴァージニアと契約した時、彼はこう言った。


 『聖杯などは欲しませぬ。私はただもう一度騎士としての誇りをこの手に、騎士としての誉れをこの身に取り戻したいだけのこと。』


 晩年の彼は確かに自身の名誉をその手で汚した。
 だからもしも、もう一度の機会があるのなら――――――そのときは己に恥じぬ戦いを。

 そして、己に恥じぬ最後を。
 それが、彼の望みだった。



 (それはありがたいのだけど・・・・・・ね。)

 彼の望みをヴァージニアは理解している。
 裏があるとも、嘘をついているとも思ってはいない。

 ただ、自分が果たして彼が仕えるに値するマスターたりえるのか。
 それが、彼女の悩みだった。

 (誰にも甘えられないっていうのは、ちょっとつらいかしら――――――――――――――――――っ!?)




 「マスター!」

 その瞬間、首筋の産毛が逆立つような感覚が彼女を襲った。
 魔術回路が異常を感知したのだ。
 足を止めたヴァージニアにランサ―が実体化して神妙な面持ちで声をかけてきた。

 「どうなされた。」
 「・・・・・・トラップが壊されたわ。」

 ヴァージニアが苦い表情を浮かべる。
 その感覚は彼女が張った魔術的な罠の一つが破壊されたという信号だった。
 かかったのでもなく、まるで引きちぎるかのように強引に取り外されたのだ。

 「距離は?」
 「すぐ追いつかれる距離ではないわね。それより・・・・・・やってくれるわ。宣戦布告のつもりかしら。」

 それなりの腕の魔術師なら、ここまで強引な方法でなくとも順当なやり方で解体することもできたはずだ。
 だというのに敵はあえて正面から壊してきた。
 これは見えざるマスターからの敵対表明といっていいだろう。

 「問題はありますまい。」

 緊張した面持ちを見せるヴァージニアの肩にランサ―が手を置いた。
老騎士の静かな声と、武骨な手の温かさが泉の水のように彼女に沁み込む。

 「あくまでその罠は保険とおっしゃられたではありませんか。ならば、『本命』がいまだ健在である限り、マスターが動揺する必要もありますまい。」
 「・・・・・・・・・えぇ、そうね。ありがとう、ランサ―。」

 一旦、目を閉じ、息を継ぐ。
 若きドルイドの魔術師はいつもの気軽そうな笑みを浮かべた。

 「何も心配することはないのよね――――――あなたが、私を守ってくれるんだから。」
 「無論のこと。」

 当然の如く、槍騎士は確約した。
 その身に纏った青緑の外套が翻る。


 「フィアナ騎士団団長、フィン・マックール。この血統の青槍と騎士の誉れに懸けて、御身の敵を掃う風となり、御身を守る盾となりましょう。」


 こうして主従は歩みを進める。
 目指すは滅びし文明の太古の神殿。

 彼らの歩みとともに、太陽もまた一歩西へと傾く。