――――――AFTERNOON―――――



 「なぁ、アーチャー。パスタで大事なことは何か知ってるか。」

 銀髪の男がおもむろに口を開いた。
 彼の前にはぺペロンチーノがテーブルの上で湯気を立てていた。

 「パスタと言っても実は色んな種類があるんだな、これが。
俺が今日調理したのは南イタリア原産の乾燥パスタ、もったいぶった言い方を省いてしまえば何のことはない、世界の皆が愛する何の変哲もないスパゲッティさ。」

 そう言って男は皿に盛られたぺペロンチーノにフォークを挿し込み、くるくると巻きつける。
 彼の目の前にゆっくりと持ち上げられたパスタは、窓から差し込む明かりがオリーブオイルに反射して艶めかしく輝いていた。

 「パスタを茹でるときの最大の原則にして味の根本を左右する奥義。
それはアルデンテに仕上げるということだ。茹で上げる瞬間、ほんの僅かに芯を残すことで確かな歯ごたえを生む。
硬過ぎるでもなく、軟過ぎるでもなく――――――それはパスタだけでなく全ての事柄に通じる『美味』の在り方だと俺は思うね。」

 彼はフォークから視線を外し、静かな眼差しで『彼女』を見据えた。


 「つまり――――――確かな芯を持つ君はこの世で最良のパスタよりもなお美しい。」


 メギャアッ、という派手な音が響いた。

 彼女が弓を居合抜きの如く振るい、彼の頭部を打ち抜いたのである。
 その一撃によって、後方斜め45度海老反り三回転半脳天着地審査員満場一致満点級ジャンプを強制的に決めさせられた彼女のマスターだが奇跡的に命に別状はなかったようで頭部からだらだらと流血しつつ跳ね上がった。


 「痛ぇっ、今のは痛かった!親父にも殴られたことないのに!!」
 「あっそう。」
 「ひでぶっ!!」

 無造作にもう一発。
 今度は壁にめり込んだようだが、それでもなおパスタの絡まったフォークを手から離していないのは流石の食い意地と言ったところだろうか。

 「なぜだろう、麗しのアタランテ。痛いはずなのに気持ち良くなってきたよ。」
 「よかったな、アルベルティーニ。あと、真名で呼ぶのは控えておけ。」

 彼女は弓を構え、矢をつがえた。
 とりあえず、狙いは壁に突き刺さっているマスターのケツである。


 聖杯戦争に参加する魔術師、グァルティエロ・アルベルティーニと、彼のサーヴァント、弓の英霊・アタランテの少し遅めの食事風景であり――――――いつもの食事風景だった。

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 アルベルティーニがこの町に到着したのは本日の早朝にあたる。
 メキシコシティから車を走らせ、夜を通しての結果である。

 疲れが溜まったのか、彼は宿にチェックインを済ますとそのまま寝入ってしまい、起きたのがもう日も昇りきった午後三時だった。
 この宿では特にルームサービスのようなものは無いらしく、彼は目覚ましの運動がてらに自分でパスタを茹でた。

 そして出てきたのがあのセリフである。
 頭が茹で上がっているのではないかと思われるのも致し方ないが、この男はいつもこの調子なのである。


 「俺としたことが不覚だったな、ランチの時間を忘れるとは。」

 アーチャーにボッコボコに痛めつけられた後、アルベルティーニは憮然とした面持ちでぺペロンチーノを頬張っていた。
 止血をする間に若干冷めてしまっていたが、まだ許容範囲内である。

 顔面あちこち腫れあがっているが彼は実際のところ、結構な男前であった。
 短く刈り込んだシルバーの髪、掘りの深い顔立ちや、貧相さを感じさせないがっしりとした体形。
 ユニフォームを着せてサッカーでもやらせればそれなりに様になるだろう。

 「ところでな、アルベルティーニ。」
 「どうした、マイハニー。」
 「黙れ死ね。」

 ・・・・・・しかし、この男の悪癖と言うべきなのが、このナンパ癖である。
 女性と見れば太陽のスマイルと軽快なトークで真っ先に口説きにかかる。
 実際のところ、普通の女性に対してなら端正な顔立ちやその陽気さはプラスに働くのだが、彼の現在のパートナーには逆効果もとい火にガソリンとダイナマイトである。

 ただ――――――彼がサーヴァントを口説くのは他にも理由があるのだが。

 「アルベルティーニ、その減らず口を閉じて、黙って私の話を聞け。殺すぞ。」
 「わかった、わかった。これ以上口の中を切ると、パスタの味がわからなくなっちまうからね。」

 アーチャーが机に手をついて睨みを利かせると、彼女のマスターは肩をすくめて口をつぐんだ。

 そのアーチャーの真名は、先ほどアルベルティーニが漏らした通りアタランテ。
 生きている者の中で最も速いとされた健脚。
 多くの若者を魅了した美貌の持ち主である。

 一本の三つ編みにまとめた赤毛。
 日に焼けた肌と、カモシカのようにしなやかな肢体。
 纏っているトーガは袖を切り落とされ、裾のスリットから脚が露わになっている。
 その美しさは地上におりた狩りの女神と言われても遜色はあるまい。



 ただ――――――彼女は求婚してきた若者と徒競走で勝負し、勝てなければ射殺したという逸話を持っている。
 もとから男性に容赦が無い――――――はっきり言えば男嫌いの彼女と、女たらしのアルベルティーニは相性が最悪である。
 マスターが口説き、サーヴァントが殴るというこの構図は契約を交わして数日ですっかり定着しており、いまだ銀髪の魔術師が冥界の門に到着していないのはひとえにギャグ補正によるものだと思っていただこう。

 何はともあれ、アーチャーは部屋の窓から外へと視線を移した。
 窓の向こう、町の家並みの向こうにはうっそうと茂る密林がある。

 「今日、お前がまだ眠りこけている間に森に入った。おそらく――――――既に別のマスターが森に入っている。」
 「・・・・・・ほう。」

 アルベルティーニの目つきがにわかに鋭くなり、魔術師としての目つきになる。
 ぺペロンチーノを頬張りながら。

 「根拠は?」
 「キャンプ跡を見つけた。」
 「・・・現地の人間って線はないよな。森の住人は皆退避してるはずだし。」
 「あぁ、そして微かな魔力の痕跡を見つけた。ごく最近そこにいたようだったから追跡できなくもなかったが――――――流石にお前を置いていく気にはなれなかったのでな。」
 「いや、無理に追わなくてもよかったよ。ご苦労。」

 アルベルティーニは白パンをちぎって口に放り込みながら、思考を巡らせる。

 今回の聖杯戦争の起源は古代アステカ文明まで遡る。
 かつてその遺跡では七人の英雄がそれぞれ生贄を捧げ、英霊を召喚し、命を懸けた戦いを通して神を召喚するという儀式が行われていた。

 しかしやがて時は流れ、儀式は廃れた。
 今では密林の奥地に太古に繁栄を謳歌した遺跡群が眠りにつき、かつての文明の子孫がその上で暮らすのみとなった。

 だがその儀式は今、聖杯戦争と言う名で復活していた。
 『大学』と呼ばれる組織、そしてアルベルティーニ一門を含む四つの魔術師の家計の手で。



 「しかしまぁ、そのマスターさんも酔狂なことだね。わざわざ森の中に分け入っていくとは。」
 「馬鹿か、アルベルティーニ。今回の聖杯戦争の儀式場は森の奥の遺跡――――――といことは聖杯自体もそこにあるはずだ。」
 「・・・・・・・・・・・・じゃあ、なんだあれか、俺も最終的には草木の樹海をかき分けて遺跡までたどり着かないといかんということか。」
 「そういうことだ。」

 アーチャーは聖杯戦争の準備を行っていたというアルベルティーニの父親から預かっていた地図を広げた。
 それを見て銀髪の青年はうおぉ、と呻いて天を仰いだ。

 彼が現在逗留している宿屋は遺跡に最も近い町にある。
 町の人口は千人弱、南北と西を街道が走り、まばらな木々の平原とトウモロコシの畑を有する田舎町だ。

 ただし、特徴的なのは町の東に奈落の如く茂る密林である。
 未だ人の手が入らぬ原生林には、その奥で昔ながらの生活を営む古き部族が暮らし、町の人間は近付かない。
 そしてその森の奥にこそ部族と『大学』の研究者のみが知る太古の遺跡が眠っているのだった。

 「・・・・・・俺はね、文明人の魔術師ならわざわざジャングルに入ってサバイバルしながらバトルロイヤル、みたいなワイルドな選択肢は取らないと踏んでいたんだがね。」
 「そもそも現代の魔術師にとって、魔術の秘匿は最優先事項だろう。だったら人目に付かない森の奥というのは都合がいいんじゃないのか?」
 「ぬあぁぁっ、太古の英霊に現代魔術師の心構えについて説教されたぁっ!!」
 「うるさい。」
 「ぐぼぉっ!!」

 頭を抱えて叫ぶマスターにアーチャーは無造作に弓を叩き込む。
 アルベルティーニは思わず輝ける天界の門をノックしてもしもし。

 「・・・だがまぁ、町に留まるというのも戦術としては悪くないな。」
 「・・・・・・・・・・・・そうなのか?」

 天界の門かと思ってノックしてもしもししてみたら中から三つ首のわんこちゃんが出てきたのであぁここは冥界でしたのねビバギリシャ神話な白昼夢を見ていたアルベルティーニはレスポンスに時間がかかった。

 「うむ。我々がそうしているように、遺跡に行くマスターとサーヴァントはこの町を通っていくはずだ。森の入り口で張っていればこちらが先手を取って仕留めることもできるだろう。」
 「なるほど・・・・・・。ん、いやちょっと問題があるな。」

 彼はアーチャーの提案に一つ、苦言を呈した。

 「俺がマスターの中でここに到着したのが一番遅かったっていう可能性もある。だとするといくら待ってても待ち伏せできないぞ。」
 「・・・・・・・・・だとすると、確かに間抜けな絵面になるな。」



 うむ、とアーチャーは大いに納得したようだった。
 アルベルティーニはパスタの最後の一巻きを名残惜しそうに口に運んだ。

 「というわけで、先に森に入っているマスター達を追跡するのが無難な選択ということになるな。」
 「そーなるな。・・・・・・くそっ、キャンプ用品とか持って無いぞ!これじゃパスタが作れん!!」

 生きるための原動力は女性の笑顔とパスタ、と言い切るアルベルティーニがまた悲鳴を上げる。

 「落ち着け、狩りは私の専門分野だ。パスタはともかく、マスターを飢え死にさせることはないと保証しておこう。」
 「何ぃっ、アタランテの手料理ぐはぁっ、」

 期待に満ちた目が何か鬱陶しかった、反省はしていない(アタランテ談)。

 「さて、方針が決まれば善は急げだ。森に入ろう。準備をしろ。」
 「へ・・・へい・・・・・・。」

 鼻血をだらだらと垂れ流しながらアルベルティーニが千鳥足で立ち上がった。
 食器の片付けや、持ちこんだ荷物の整理、礼装の装備等を行う。

 投擲武器として使用するトランプの枚数を確認しながら、彼はアーチャーに声をかけた。
 珍しく軽薄さを感じさせない、静かな声音だった。

 「アーチャー。」
 「どうした?」
 「・・・・・・・・・・・・。」

 銀髪の魔術師はいくらか逡巡するようなそぶりを見せた。
 上手く言葉にならない物を、何とか口に出そうとして――――――それでも上手くいかない。というような。

 普段饒舌で軟派な彼が、まるで幼い少年のように見えて、アタランテは柄にもなく――――――少し笑ってしまった。
 それを見て、アルベルティーニもまた微笑んだ。

 「アタランテ。」
 「何だ、マスター。」
 「期待してる。」

 言葉にしたい思い、言葉にできない想いを静かに呑んで、彼はただ真摯にそう言った。
 無論、彼女とてそれを判っている。
 故に余計な言葉は挟む必要もなく。


 「任された。」


 ただ一言、当然のようにそう請け負った。