───────────────────────Another Servant   epilogue ───────



 ─────あれから、冬木はまたいつも通りの日常へと回帰した。



 冬木全域をすっぽりと覆っていた色濃い不吉な気配はすっかりと消え失せて、いつしか怪奇な出来事や猟奇的な殺人もピタリとなりを潜め、気が付けば影も形もなくなっていた。

 今では冬季にしてはさして寒くもない過ごしやすい温暖な冬木の気候がこれでもかと自己主張を続けている。
 だが世界が曇天の空模様から穏やかな快晴になっても、世間が騒がしいのは相変わらずであった。
 日本では尊皇攘夷やら倒幕やら志士狩りやら内戦やらの動乱が世紀末な雰囲気で相も変わらず続いている。
 あと数年、もしくは数十年か。
 とにかくこの時代と時代の狭間にある激動のお祭り騒ぎはしばらくは鎮まりそうもないだろう。

 さらに騒動といえばもう一つ。
 冬木も冬木で名家の当主遠坂刻士氏の突然の凶報が町中を震撼させていた。
 遠坂氏の遺体が明らかな他殺体である事からも、猟奇殺人事件と同様の事件または何者かによる暗殺などではといった憶測が多く飛び交った。
 が、しかし結局真相は闇の中に葬られた。
 重要な手掛かりも真犯人も見つけらないままこの事件は迷宮入りすることであろう。
 いや、そればかりかこの町で起きた怪事件や猟奇殺人の殆どがきっと年月と共に人々の記憶から薄れていき、いつか三流の怪談話に成り下がるに違いない。

 だけどそれも仕方のないことだと、旅荷物を纏めた和装の黒髪の少女がのんびりとした歩調で歩き出す。

 ああ、陽光が温かくてとても気持ちがいい。
 彼女は眼鏡を掛け直して、燦々と太陽が輝いている青空を眩しそうに見上げた。
 本当にいい天気だ。
 大空には小鳥が羽ばたいて、地平線には綿飴みたいな大きな白い雲。
 でもあまりに空が遠すぎて、

 ついあの日々、あの夜に、想いを馳せてしまった。

 かけがえのない日々は夢のように掌から零れて無くなり、得た報酬は何も無い。
 これぞまさしく世に有名な格言"骨折り損のくたびれ儲け"ってやつなんだろう。
 だけど一応五体満足だし、両脚もちゃんと動く。
 ならばとにかく動かなくっちゃ。
 うん、動くから歩くのだ。

 カラン、カラン。と耳朶に届く音楽。
 木製の履き物が小気味良い音色を奏でている。

 手に入れた物は何もなく、失った者は少なくない。
 命を賭け金にした割には見合ったご褒美も貰えなかった。
 だけど、手元にきちんと残ってくれたモノもある。


 もし誰かにそれで満足したのかと聞かれるとやはり首をかしげてしまうだろうけれど、

 ─────それでも、自分は失った人たちから未来を遺して貰えたのだ。


 だから生き《あるい》ていく。

 彼らの命を賭した贈り物に心から感謝したいのならば、
 これからの人生を一生懸命に胸を張って生きて行こう。

 あの愛しい人たちが、自分の遺したモノには価値があったのだと永く誇れるように─────。


 目的地の故郷は遥か遠く、まずは手近な我が家《みらい》を目指して一歩ずつ進んで行こう。
 


 彼女の視界に映るのは空と海の二色の青。
 なんて綺麗な光景。

 長い悪夢から目覚めて、


      在るべき姿を再び取り戻した美しい世界だけが、


                     どこまでもどこまでも広がっていた─────────。













           ◇                               ◇








 ─────七つの悲願を懸けた戦いは終わった。

 七つの魂は眠るように地上から旅立つ。
 どこまでも落ちてゆく。
 どこまでも昇ってゆく。
 世界《じかん》の理の外へと向かって。

 元居た玉座へと還るために彼らはどこまでも溶けて消えてゆく────。

 何一つとして遂げられなかった切なる願望。
 誰一人として報われることのなかった徒労。
 絶望で彩られた全滅。
 悲観しか湧いてこない結末。

 ────なんて、救われない………。

 だが呪っても祈っても、一度迎えたエンディングは変化しない。絶対に。
 七人の戦争は初めから無意味なものだったのだ。

 彼らが冬木の聖杯戦争に招来される事はもう二度とない。
 全ての願いを叶える万能の杯の奇跡を手にする機会もない。
 あるいは悲願を成就出来る機会さえもないかもしれない。



 しかし七色の御霊の輝きは色褪せることもなく力強いままだった─────。



 これで終わりにするつもりは毛頭ないと、英霊達の魂がその不動の輝きを以て示している。

 彼らの戦いはまだ終わらない。

 だってこのまま終われる筈もない。

 胸に抱いた願いはそう簡単に捨て去れるほど陳腐なものではないのだから。

 この程度で絶望し諦められる程度のものならそもそも誰も最初からこんな祈りなど抱いてはいない。

 だからあきらめる、なんてことも決して無い。


 英霊たちは永遠なる一時(ひととき)の眠りにつく。

 未来は永劫に続いている。

 ───永遠。
 それは瞬きのように短く、そして死の如く長い久遠の時。

 永遠の中でならきっともう一度くらい機会に巡り会える。

 そう希望を信じて眠りに落ちた。


 そうして再び目覚めた時、
 彼らはまた次なる旅路へとその歩みを踏み出してゆくであろう。



 その祈りが成就するそのときまで───────────────





















            ◇                        ◇





 修練場という名の地下の穴蔵。
 ジクジクとした粘着く空気の中で無数の蟲が蠢いている。
 やがてソレは次第に一箇所に固まり、ついにはひとつのカタチへと変化を遂げた。
 しかしソイツは見る者によっては妖怪か何かにしか思えない異質な眼光をした人型の生き物だった。
 かつての若々しさをとうに失った───腐臭を放つ、朽ち枯れた老人。

 ─────マキリ・ゾォルゲン。
 500年もの果てしない年月を超え《いき》てきた正真正銘の大魔術師《バケモノ》である。

 怪老の瞼がゆっくりとまばたきを繰り返す。 
 間桐臓硯は夢から覚めるかのように昔噺みたいな遠い過去の回想を終了した。
 口惜しい。今思い返してもなんと口惜しいことか。
 あと一歩。第二次聖杯戦争は本当にあと一歩で天門の扉が開くところまで漕ぎ着けられた大儀式だった。

 マスターが参加者としての自覚が薄く、サーヴァントも命令に従わずで、その結果が儀式としての体裁を成さず無様に終結した第一次聖杯戦争。
 前回の大失敗を活かして、令呪というサーヴァントを御するための切り札と、儀式進行を円滑にするための骨格となるルールを敷き、魔術協会に降霊儀式の邪魔をされぬようレベルの高くない外来マスターを秘密裏に招待し開催したが、最終的に相討ちによる全滅の末に時間切れで決着した第二次聖杯戦争。
 聖堂教会に監督役を一任し、世界大戦の混乱に紛れて執り行なわれたが、帝国陸軍やナチスというトンデモない邪魔者を混じえて帝都で戦った降霊儀式は大聖杯をコントロールする小聖杯が破壊されるというまさかのハプニングによって無効試合に終わった第三次聖杯戦争。
 そして三度に渡る儀式で得たノウハウによってさらに洗練されたスムースな聖杯戦争を可能としたが、第三次が原因でシステムに大きなバグを抱えてしまっていた十年前の第四次聖杯戦争。

 第一次~第四次までの殺し合いを振り返ってみても、七騎全てのサーヴァントを排除し、ヘブンズフィールを発動させる段階まで辿り着けたのは第二次聖杯儀式だけであった。
 そしてだからこそ、間桐臓硯はあの二百年に一度しか無かった機会を心底惜しんでいる。
 無論、臓硯も第二次聖杯戦争の最終戦が行われていた遠坂邸《あのばしょ》に居合わせていた。
 息を殺し、気配を潜めて、三体のサーヴァントと三人のマスターが殺し合う様子を物陰から見ていた。
 そして、その後の結末も────。

 悠久の年月を生きた代償は途方もなく重い。
 五百年もの歳月の重みに耐えられなかった魔術師の魂は劣化するどころか腐敗を始め、結果として肉体までもを腐らせた。
 身体が腐り落ちる屈辱と恐怖と憎悪は魔術師の心身を大きく歪めてしまった。
 絶えず脳に上書きされ続ける負の感情と新しい記憶が過去確かに存在した崇高な想い《きおく》を霧のかかった不鮮明なものへと成り下げる。
 されど、どれだけ記憶に霞が立ち込めようとも克明に覚えているモノもあった。

 ─────それがあの神々しく輝く光の道《あな》。

 永遠の命を、完璧なる不老不死を己に授けてくれるあの"白光の洞"を色褪せぬ鮮度で今もまだ鮮烈に憶えている。
 自分の眼の前に確かに在りながら、手の届きそうな所に視えているのに、それでも届かない絶望感。
 水のように不老不死が掌から零れ落ちていく屈辱を忘れもしない。

 もう一度あの頂に。
 魂が完全に腐り切ってしまう前に必ずやあそこへ到達するのだ。

 今回で五度目。
 円蔵山地下大空洞の大聖杯は一ヶ月ほど前から起動を開始しており、各所では複数のマスターがサーヴァントの召喚に成功している。
 当然、御三家の一角である間桐陣営も第五次聖杯戦争で使役するサーヴァントの召喚は完了していた。
 不出来な弟子が喚んだのはエトルリアの神殿から発掘された鏡を触媒に召喚した有名な女怪。
 些か歪んだモノが来たが、それでも英霊としての格は申し分ないものだった。
 だが、一番の問題は使役するマスターの方にある。
 あのような出来損ないの屑では恐らく、いや九割方此度の戦いには勝てまい。
 前回の儀式で駒として出した落伍者の雁夜をも大きく下回る下等生物。欠陥品。臆病者。
 忌々しいことにマキリのマスターは聖杯戦争を重ねる毎に血が薄まり脆弱になっていた。
 思い起こせば第二次儀礼でマスターとして送り込んだ燕二がこの地に根を張って以来徐々に零落していき終には没落した間桐家のピークだったのだ。
 今のマキリの一門ではもはや直系であのレベルの術師を産み落とすのさえ不可能に近い。
 使い物になる有力な駒が一つもないのでは今回の結果も芳しくはないだろう。
 しかしまあそれも間桐臓硯にとっては予定の内ではある。
 本当の勝負を懸けるのは………本命はあくまで次回以降の聖杯戦争。
 前回の儀式で手に入れた戦利品を使って中々に面白い実験体が手許にあるとは言えど、戦闘用に調整してないのでは実戦投入は出来まい。
 もしまた衛宮切嗣や言峰綺礼のような戦闘能力が著しく高いマスターが儀式に参加していれば危険だ。
 無理に参戦させ、返り討ちに遭って殺さるようなリスクは負えない。
 次回以降の聖杯戦争のためにもどうあってもアレには優秀な後継を生み落して貰わねばならないのだ。
 よって今度の聖杯降霊儀式に期待するところなど何も無い。
 期待出来る要因など有りはしない筈なのだ。

 だというのに────何かが起きる。

 臓硯はそんな予感がしていた。
 なぜだかはわからない。
 だけど二世紀にも渡って当事者で在り続けた魔術師の胸には久しく忘れていた不思議な高揚感があった。


 "はてさて。もしや本当に、此度の聖杯戦争は何かが起こるやもしれんのぅ"


 待ち焦がれた半世紀に一度の大舞台。
 不老不死を褒賞にした熾烈な競争が幕開けの時を待っている。
 いつの間にか間桐臓硯は干上がった体の内から湧き上がる不可思議な期待感にクツクツと忍び笑いを漏らしているのだった。





 運命の夜。

 宿命に導かれた少年が始まりの聖鐘を打ち鳴らすのは───────明日である。













             ───── Fate/Another Servant Heavens Feel 2  ~END~ ─────