────── Final ──────


「遠坂殿、遠坂殿! 眼を開けるんだ遠坂殿ーーーー!!」
「アヤカ!? なあアヤカ!! おいしっかりしろッ!!」
 サーヴァントたちがぐったりと倒れ伏した各々の主人の身体を抱き起こす。
 暖かい人肌。まだ主君は死んでいないと信じ、二人は必死の形相で主の名を呼んだ。
 だが返ってくるのは悲壮な沈黙ばかり。
 祈るような気持ちで頬を叩いてみても何の反応も示してはくれない。

 このまま放っておけば確実にに死ぬ───。
 一か八かの覚悟でサーヴァントはマスターの停止した命のリズムを再起動させるべく心肺蘇生を試みた。
 力加減を間違い誤って殺してしまわぬよう細心の注意を払いながら胸の中心を掌で何度も押し込む。
 何度も何度も、何度も何度も同じ挙動を繰り返す。
 なのに幾度胸部に刺激を与えても一度止まった心の臓は再動しない。
 しかしそれでも彼らは諦めずに悲痛な想いでマスターの名前を叫びながら心肺蘇生を続けた。


 するとその献身的な祈りがどこかの神様にでも届いたのか、
「───かっ! ゲホッ、えほっ! せ、セイバー……?」
 まず黒髪の少女の方が生存反応を示してくれた。
「アヤカ!? よかった!」
 セイバーから思わず安堵が溢れた。
「あ…そ、うか。ご、ごめんね、わた、し ドジ…しちゃっ、たみたい……ゴホッ! かはっ!」
 つい目を背けたくなるほどボロボロの姿で、それでも少女は懸命に笑おうとしてみせた。
 まるでごめんうっかりした!と軽口でも言おうするみたいに。
 しかし彼女の唇から出せたのは夥しい吐血と虫ケラみたいな呼吸音だけだった。

「もういい喋るなアヤカ! とりあえずどこか、どっか休ませる場所を探さねえと!」
 セイバーが重態患者を安静にさせられる場所はないかと周辺を見渡す。
 だがいくら周囲を探してもこの戦場に軍医などいない。
 そして哀しいかな聖堂騎士には治癒魔術の心得はなく、医療道具も無いのでは傷の手当さえしてやれない。
 出来の悪い冗談のような絶体絶命っぷりだった。

「ちくしょう、チクショウ…ちくしょうッ! なんか、なんか良い手を考えないと!
 なんとかしねえとアヤカが死ん──────────そうだ、あれだ……!!」
 白騎士が見つけた希望。
 それは和風建築物が主流のこの国では珍しい西洋風の建物。
 今居る庭園から少し離れた場所に大きくて立派な洋館が建っていた。
 遠坂の邸なら、人が住んでいる家ならば絶対に手当ての役に立つ道具が何かある筈だ。
 これでも長く軍務に携わっていた人間だ。道具さえあればローランでも何とか応急手当ては出来る。
「アヤカもう少しだけがんばってくれよ!!」
 セイバーは重傷の綾香の肢体をそっと丁寧に抱き抱えた。
 少女の激痛に呻く苦しげな小声が彼の鼓膜を震わせる。
 激情を抑えて騎士は韋駄天の如く、されど微塵の震動も与えぬよう全神経を研ぎ澄ませながら遠坂邸内へと駆け込んだ。

 セイバーは遠坂邸に上がり込むとまず最初に綾香の身体をソファに横たえた。
 苦しそうに息をする彼女をなるだけ呼吸がし易い体勢で寝かせてやる。
 それから負傷の箇所を確認する為にも彼女の衣服を脱がす必要があった。
 あくまで私見だが、彼女の反応を見た感じだと多分胸骨のどれかが完全にイッてる。
 が、忌々しいことにこの洋服寝かせたままじゃ脱がせそうにない。
 仕方ないので洋服の前面を腕力で真っ二つに破り裂いた。
 その際なんか白色の小ぶりな双丘が二つほど見えた気はしない。何も見えなかった。
 今はそれどころじゃないんだよ脳に消しゴムをかけて記憶を消    これでよし。
 やはり思った通り綾香の胸骨は見事に折れていた。
 骨折箇所のどす黒い色からしてもうアウトだってのが分かる。
 だけど不幸中の幸いか、折れた肋骨が肺に刺さるという最悪の事態には陥ってないようだ。
 胸部を診終えた騎士が次に別の部位を診察した。
 脚の骨も折れてるから添え木が要る。あと包帯に血止め。腕に刺し傷があるから針と縫い糸も。
 この怪我だとやはり麻酔がどうあっても必要になる。
 邸内全部ひっくり返してなんとしてでも探さなければ。
 だが一番の問題は内蔵の損傷だ。ローランに外科手術の技能など有る訳がない。
 
 ああちくしょうクソくそクソッタレ!
 最初からわかってたさ────応急処置では彼女を助けられないってコトぐらい!

 騎士は悔しさと己の無力さのあまりガシガシと頭を掻き毟った。
 こんな風に手をこまねいている場合ではないのだ。
 愚図愚図している内に少女は刻一刻と死へと誘われている。
 何か探さなければ。治せる何かを。医者を探すか。薬を探すか。
 とにかく何か助けられるモノを見つけなければ綾香が死んでしまう。

 がああーくそったれこんな時に魔法の薬とかがあれば─────ん? 魔法の、くすり……?

 セイバーの脳髄に強烈な電流が流れる。
「そ、そうだーー!! ここが魔術師の工房なら薬草や薬品の類が絶対にあるハズだ!」
 閃きが瞬きの間の事ならば、行動は一瞬の出来事だった。
 藁にも縋る思いで騎士はニ階ヘ駆け上る。
 そして各部屋の間取りなど一切知らないが自分が正しいと感じる部屋に迷わず飛び込んだ。
 さらに奥へと通じる部屋の扉があったが鍵が掛かっている。
 しかも物理的なのと魔術的なのの二つの錠が施されていて開けられな───ぶち壊して入室した。

「あったここだ、この部屋だ! ええと、治療関係に使う薬は…………!」
 部屋は如何にも魔術師の研究室といった雰囲気の物が所狭しと並んでいる。
 急いでお目当ての薬草や調合薬・薬品類を探す。
 動物的勘と神経と嗅覚と味覚を総動員して自分が今一番必要としている物を感じ取り片っ端から手に取った。
 瓶の蓋を開けて中身の匂いを嗅ぐ。
 当たりだ、嗅ぎ慣れた消毒液(アルコール)の匂いがした。
 次の小瓶の中身を躊躇無く口にする。
 これも問題ない。毒じゃない多分薬草系の味だ。
 さらに別の容器の液体を軽く指に掬って掠り傷に塗ってみる。
 傷口が塞がった。これは骨折にも効くかもしれない。
 他にも何かないかとさらに部屋を漁るっていると、今度は戸棚から注射器を発見した。
 ついでに注射する麻酔薬を探すとそれも運良く見つけられた。
 セイバーはとにかく治療に効果のありそうな薬や人体に有害でない物を手当たり次第に掻き集めるとまた急いで一階へと蜻蛉返りした。

「アヤカアヤカ! もう少しの辛抱だからな! 薬があったからこれで何とかなるぞ! 絶対治るから!」
 昏睡状態に近いマスターにも聴こえるように白騎士は大声で叫ぶ。
 それはどこか不安な自分を鼓舞している風にも聞こえる懸命なる叫びだった。
 まず全ての傷口にアルコール消毒を施し、痛覚を麻痺させる為に麻酔を注射する。
 それから腕の刺創には軟膏をもっさりと塗りたくった。軟膏が創口(きずぐち)を埋める。
 次いで麻酔処置後に脚の骨を元に戻して添え木と包帯で固定してやり、頭の裂傷に粉のような魔術薬を振りかけておく。
 湿布のようなものは胸部に優しく貼り付けた。
 問題は肉体の外傷よりも内傷の方だ。
 くどいようだが外科手術の技能が無い以上は内服系の秘薬に頼るしかない。
 使う飲み薬が用法の正しい薬なのかが最大の難関だったが、騎士は昔宮廷魔術師の持っていた治癒薬を試飲した経験がある。
 あの時飲んだ物と感覚が近い薬を多数の薬品の中から本能的に選抜し、セイバーはそれを綾香に飲ませた。
 自ら試飲しているので毒であることは絶対にない。
 不安なのは薬が治療に効くものであるかどうかだけ。

 頼む効いてくれと、セイバーが固唾を飲んで経過を見守っていると───

「─────ぅ、……ぁ」
 呻き声と一緒にずっとぴったり閉じられていた瞼がピクピクと波立ち、そしてついには両瞼がうっすらと開かれた。
「あ、アヤカ!! 気がついたんだな! 助かった、薬が効いたんだぜきっと!
 安心しろもう大丈夫だぞ! オレがすぐに医者の所へ連れて行ってやるからなっ!」
 主の命運はまだ途切れてない。
 そのことに最上の安堵と歓喜を貌に覗かせて、騎士は少女を覗き込みながら励ましの言葉をかけた。
 だがしかし、聖堂騎士のまだ幼さを残す姫君はその申し出に首を横に振って応えた。

「────セ、セイバーは……、さい、ごの、…戦いに行っ…て。わたしは…だいじょ、うぶ…、だから」
 喋るどころか呼吸さえも精一杯な有り様。
 そんな瀕死の状態であるにも関わらず戦の続行を命ずる綾香にセイバーは軽い怒りさえ覚えた。
「な──っ!!? バ、バカ言ってんじゃねえよアヤカ! キミをこのまま放っておいて戦えるもんか!!」
 騎士の一喝が傷に響いたのか彼女が堪らず苦悶の表情を見せる。
 重傷者を怒鳴った自分の失態にセイバーは慌てて謝罪した。

「うく、い……いいセイ、バー。よく、聞いて?
 もしここで退いたら…聖杯戦争から、降りる、の、…と同じよ。
 聖杯、を…手に入れ、られなくなるわ…。貴方は、それでもいいの?」
「そ──、それ…は……───」

 思わず言葉に詰まる。金髪の青年は黒髪の少女の問いかけに即答することが出来なかった。
 聖杯獲得は彼らサーヴァントの目的そのものだと言っても過言ではない。
 目的《ねがい》のために手段《せいはい》を心から渇望する。
 それはセイバーとて召喚に応じたあの日からその気持ちは微塵も変わっていない。
 だからこそ高貴な姫君《ルゼリウフ・フォン・アインツベルン》を失っても騎士は戦争をやめなかった。
 マスターを変えてでも戦い続けることを望んだのだ。
 しかしセイバーの目の前には重傷で死にかけている少女がいる。
 聖杯と天秤にかけて簡単に切り捨てられるような安い存在ではない。 
 願いと現実の板挟み。頭の中のオードとアヤカが自らの救済《せんたく》を強要してくるようだ。
 音も立てずに苦悩するパラディン。どちらかを選べと言われても選べるわけがない。

 綾香はまた瞳を閉じてしまっていた。
 弱々しく継続される呼吸はとても痛ましい。喋るどころか瞼を開けているのも億劫なのだろう。
 意識は朦朧とし、体の感覚も喪失している。
 衰弱し切っているのは誰の目からも明らかだった。
 しかし自身はそんな状態だというのに、

「き、聞いてセイバー。牧師と遠坂のゴホッ、戦いを……見てわかったの。
 わたしじゃ…、彼にかてるか…あやしいって。
 ──でもね、遠坂が重傷の、今なら……コフ、ゴホッ! セ、セイバーだけの力でも勝てる。
 わたしなら…だい、じょうぶ。魔術刻印が…、延命、措置を開始……したから、死なないわ」

 ────だから今から最後の敵《ファイター》をぶちのめして聖杯を獲得して来いと。

 その女は確かな意志でそう告げた。

「───────。アヤカ。ほ、本当に、いいのか?」
 風前の灯火となった意識。まだ消えるものかと重た過ぎる瞼を開けた少女。
 まるで谷間の綱渡りだ。薄弱な意識は力を緩めればストンとそのまま谷底へと消え去りそう。
 綾香は今にも失くなりそうな危ういバランスに歯を食いしばって必死に耐える。
「───いって。ファイターを、たおしてきなさい」
 そして再度、騎士の背中を押すかのように、毅然とした態度で微笑んだ。

 黒髪の少女は思う。
 ローランは絶対聖杯を手にしなければ駄目だ。だからこんな所で足を止めている場合じゃない。
 こんな時空の果てにまで訪れておきながら唯一の機会を自ら手放そうとしている馬鹿騎士に綾香は激を飛ばした。
 憂い無く戦って来いと。
 これまで身体を張って助けて貰った感謝の気持ちも篭めて相棒の背中を押し出す。
 これが多分自分が騎士にしてあげられるマスターとしての最後の仕事だと予感しながら。

「──ッ! …………アヤカすまん。そしてありがとう、オレ行くぜ。
 苦しいだろうけどオレに少しばかりの時間をくれ。
 三分でカタをつけて必ず戻ってくる。だから─────それまで死ぬな!!」

 そうして彼女の騎士は出撃した。
 最後に一度だけこちらの安否を気遣うような瞳を見せて、
 セイバーは己の未練を断ち切るように勇ましく玄関を開け飛び出して行った。



 綾香は物静かな闘志を全身から迸らせ最後の決戦に赴く白銀の騎士の背中を見送って再び眼を閉じた。
 全身が痛む。セイバーが必要な緊急処置を施してくれたらしいが、これで運好く助かるかは賭けになりそうだ。
 騎士を納得させる為に魔術刻印がなんとかしてくれると言ってみたが、恐らく期待は出来ないだろう。
 何しろそのなんとかさせる為の魔力《エネルギー》が彼女にはもう残されていないのだから。
 魔力がセイバーの供給分を捻出する量だけしか残ってないのでは延命措置どころの話ではない。
 まったく、たかがサーヴァントの悲願如きと自分の命を天秤に懸けるなんて魔術師としてどうかしていると思う。
 だけど綾香は不思議と悪い気はしなかった。
 きっとこの数日であいつに感化されちゃったのだろう。
 だからこれも仕方がない。ならそれでいいじゃないかと少女は納得する。
 綾香はそうして最後に、がんばれセイバー。と天上の誰かに祈るように薄く笑って…─────。



             ◇                      ◇



 戦場に辿り着くまでの間も決して後ろを振り返らずにいた。
 今背後へ振り向いてしまえばきっと戦意が失せてしまうだろうから。
 彼女の覚悟を無為にしない為にもセイバーはひたすら走り続ける。
 不思議と心は弾まない。
 強敵と、好敵手と呼べる相手とこれから戦うというのに、滾る闘志も全く湧いてこない。
 聖堂騎士の心は湖畔の水面の如し。
 波紋もなければざわめきもない。
 なんて、静けさ。
 あるのは背骨に挿し込まれたただ一本の鋼の支柱。
 ファイターを瞬倒して聖杯を獲得しアヤカを医者へと連れて行くという使命感だ。

 セイバーがファイターの待つ庭園に足を踏み入れた。
 そして黙々と足早に敵の許へと歩を進める。

「ファイター悪いが時間がねえ。
 決闘の礼儀を欠いているのは承知の上だが聖杯に至る最後の戦いを始めるぞ、剣を抜け」

 しかし巨漢の勇者からの返答はない。
 そればかりか広大な庭の真ん中には騎士の予想だにしなかったモノが蹲っていた。

「ファイター……?」
 なぜかファイターが拳を強く握り締めて両手両膝を地に着いていた。
 立派な巨躯は活力を失い、あんなに強靭で勇猛だった闘志は目的を喪失したみたいに衰えている。
 おまけにかつて強壮を極めた面構えは、今やとてつもない悲壮感で満ち溢れ迫力というものが皆無だった。
 それがどんな意味を持つのか。
 どんな時に人間があんな表情をするのか騎士は身を以て思い知っていた。

 あれは……守りたくて助けたくて、だけど為す術も無く失ってしまった死者《とも》を見る貌だ───。

 セイバーはまさかと思い闘王から僅かに目線を外す。
 すると、やはりそこには────、
「ファイターの、マスター………」
 視線の先には両手を腹の上で組んで横たわる遠坂刻士の亡骸があった。
 危篤に近い状態とはいえまだ辛うじて綾香は即死を免れた。
 しかし遠坂の方は助からなかったらしい。
 きっとファイターはあらゆる手段を尽くそうと、努力しようとしたに違いない。
 だが運命は残酷かな。彼が何かをする間さえ無く遠坂は既に生き絶えていたのだ。
 ファイターが己の無力さを呪い、引き裂かれた胸の痛みに苦しみ、マスターの死を悼んでいるのが嫌というほどに伝わってくる。
 悲壮で見窄らしい闘士の姿に同情の念がないわけでもない。
 だがしかし、こちらとて時間的余裕はないのだ。
 綾香の命の刻限は今もこうして確実に縮まっている。
 愚図愚図していれば次の瞬間に"こう"なってしまうのは自分なのだ。暢気に他者の同情などしてられない。

 騎士は意を決してもう一度ファイターに決勝戦を申し入れようと大きく息を吸ったところで、
「ふ、フフ。見下してくれセイバー、この哀れで無様な私の姿を………。
 命を賭して護ると今日誓ったばかりだと言うのに私は───。
 私は…、マスターを、遠坂殿を……朋友の命を守ることすら叶わなかった」
 どうしようもなく悲しい自嘲に塗れた嗤い声が聞こえて来た。
 この哀しき戦士に対してどんな言葉をかけるべきかと無い知恵絞って考えを巡らせていると。
「貴公の勝ちだセイバー。遠坂殿を失った私にはもやは戦意も目的もない。抵抗する気力もない。
 さあ殺すといい。それで貴公らが聖杯戦争の勝利者となれよう」
 などと、あろうことか敵前逃亡にも等しい敗北宣言を出しやがった。

 その直後、セイバーの中で何かがブッツリと切れる音がした。

「ふ、ふっ…! ふざけんなあーーーーーーーーーーーーーッッ!!!
 キサマまさか聖杯の担い手を決める最後の戦を不戦敗するつもりか!?
 冗談じゃねぇオレとオマエの決着はまだついてねえんだぞファイター!
 二戦二分けなんだよ! まだ終わってねえ!
 アヤカにだってオマエに勝って来いって、重体の身なのにオレのために……背中押されてオレはこの場に立ってんだ!!
 オレたちはキャスターや他のサーヴァントたちの悲願を踏み潰してココに残ってんだぞ、わかってるのかよ!?
 ファイター、オマエにだって叶えたい願いがあるんだろッ!!?」

 騎士の叱咤は主であり友である貴人の死を悼む忠臣に鞭を打つ行為であると分かっていたが、それでも口から零れゆく怒りは止められない。
 どうしても納得がいかない。ここで不戦勝するなど絶対に認められない。
 その終わり方はなんというかここに至るまでのこれまでの道程を全部無価値に帰してしまうような、そんな予感がして酷く嫌だった。

「いいや、生憎だがそのような崇高なモノは無い。
 元々私は王としての責務を果たすべく遠坂殿の救いの声に応じて現世に召喚された者に過ぎぬ。
 だから問われたところでこれと言って私自身に叶えたい願いはない。
 だが強いて一つ挙げるとすれば、遠坂殿の必死なる切望を遂げさせてやりたかった。
 ──が、それも無惨に終わった今となっては…………私にはもう戦う理由が無い」

 空虚にそう答えたファイターは眼を閉じ胡座をかいた。
 早くとどめを刺してくれとばかりに騎士の剣を受け入れる気でいる。
 それがどうしても許せなくて、セイバーがもっと感情を爆発させた。

「……きたない、おまえは卑怯だファイター!
 主や朋友が死ねば全部終わりか?! それで残された者が何もしなくていいってわけじゃないだろう!!」
「なに…? な、何を言っているんだ貴公は?」
「だいたいさっきから聞いてればオマエだけが大事なマスターを喪ったと思うんじゃねえよ!
 オレだってルゼリウフを護りたかったさ! あの現世の貴婦人を最後《この》の戦いまで連れて来てやりたかった!
 だけどダメだったんだ……チキショウッ! オレが無力だったばかりに、オレが至らなかったばかりに……。
 オレは、彼女を守ってやれなかった───…………」

 弾けた騎士の猛る激情は一変し、見る見るうちに小さく萎んでいった。
 目尻には涙が微かに浮かんでいる。
 セイバーは胸の深奥から込み上げる抉るような悲しみに歯を食い縛り耐えていた。
 だがしかし、ファイターにはそれがなおさら腑に落ちなかった。
 主を失っておきながらまだ戦うのを止めぬ騎士のその行ないは利己的な欲望の為の戦にしか見えなかったから。

「セイバー……貴公は主を失ったと言ったな。では何故(なにゆえ)貴公は聖杯戦争を続けたのだ?
 それほどに大事なマスターであればなぜ婦人が敗れ去った時点で戦いを辞めなかった?
 ───やはり、主よりも己が悲願の方が優先か?
 もしそうであるのならば無意味な問答はこれで終いにして欲しい。
 主より悲願を優先することを非難する気は毛頭ない。我々サーヴァントは本来報酬の為に魔術師の召喚に応じている存在だ。
 そのことを誰も責められまい。だがしかし、貴公の自己満足に付き合って雌雄を決するつもりもないのだ。
 王は自分の為だけには戦わない。私が闘うのは常に人々の為にだ」

 沈黙が場を支配する。
 闘王の意志は固い。聖堂騎士の返答次第ではその瞬間に問答の余地はなくなるだろう。
 三十秒程の無言の見つめ合いが続き、そしてついに純白の騎士が口を開いた。

「────オレにはまだやらなきゃいけない責任が残ってる」
「責任?」
 セイバーの言葉はこの上なく簡潔でありながらも、その内には彼の戦う理由の全てが宿っていた。
「オードのことも、ルゼリウフのことも、オリヴィエたちのことも、アヤカのことも、ローランはまだ何も果たしてない。
 それなのにオレがキツイからツライからって理由でその責任を身勝手に放り出せるものか」
「───フ。耳が痛い言葉だ、実にね。
 しかしセイバーよ、私と貴公は少々事情が異なる。
 御身が果たそうとしているのは亡き者達とそしてまだ生きている者へ果たす責任だ。
 しかし私は違う。果たすべき責任そのものを失ってしまったのになぜこれ以上剣を取れる?
 とうに民が死しているのに王だけが残っても意味はない。
 守るべき民が滅ぶ時、王もまた滅ぶものだと私は思う」

 ベーオウルフは完全に戦意を失っていた。
 彼が歩んできた王道とは即ち守り助けること。
 弱き者、力なき者、苦しむ者の救いの声に応じてその逞しい手を差し伸ばしヒトを守る。
 それこそが闘王ベーオウルフの王道である。
 しかしその守り助けるべき遠坂《ヒト》が亡き今、王はその王腕を振るう理由そのものを喪失していた。

「キサマの言ってる意味が難しくてよくわからんっ!!
 ──だが! それだったらファイター、おまえがマスターの代わりにその悲願を叶えてやれ!!」
「───────な、なんだって??」

 セイバーのそのあまりにも突拍子のない一喝にファイターはつい呆気に取られてしまった。
 こちらの話が難しくてわからんと放言したばかりか、どうして話がそんな方向に飛ぶのか彼には全く理解出来なかった。
 だけど騎士は止まらない。相手の理解などお構いなしにぐいぐい話を進めてゆく。

「ファイター、おまえのマスターの聖杯に託す願いはなんだったんだ?」
「え? あ、ああ、えと、確か……遠坂殿の願いは彼のお父上が果せなかった一族の悲願を達成することの筈だ。
 つまり遠坂家の当主として根源に辿り着くことだと言っていたが………一体それがなんだと?」

 闘士の顔に浮かぶのは色濃い困惑の相。
 対照的に騎士の面貌には迷いのない色が映し出されている。

「そうか、ならよく聞けファイター。
 貴様も真に忠臣たらんとするサーヴァントならばマスターの悲願成就を最後まで引き継げ!!
 オレだってそうだ。自分の悲願とアヤカの願いも果たすが、最初のマスターだったルゼリウフの悲願も果たす!
 聖杯は万能だ不可能などない。
 だからトオサカの悲願を叶えるのに命の有無はきっと関係ないハズだ。
 聖杯を手中にすれば全部が変わる、変えられる。それが奇跡の杯だ!
 だから何もかも終わったとサジを投げるにはまだ早いだろうが! 違うかベーオウルフッ!!!」

 セイバーの心奥からの咆哮はビリビリと大気を震わせた。
 しかし彼が震わせたのは大気だけには留まらない。
 熱のある高潔な精神は他者の心に巣食う氷塊をも融かす。
 朋友を失い、心と誇りを凍てつかせ、無抵抗のまま死を迎えるつもりだった勇者の魂を再び呼び覚まさせていた───。


「ふ、ふふ…あは、ふはは、ハハハハハハハハハハハハハハハハハーーーッッ!!!
 ああそうだな、そうともその通りだとも! 確かに貴公の言葉はどこまでも正しい!
 聖杯があれば全てが変わる、か。いやはやまったくなんて盲点だろうな。
 この私としたことがどんな願いも叶える万能の杯の存在を完全に忘れているとは。
 そうだ、まだ諦めるには些か早い。果たせる責務は我が掌に未だ残っている。
 ならば私も遠坂殿もまだ終わってなどいないではないか……ッ!!!」

 仄暗い夜天の彼方へ英雄の気炎が上がった。
 それは荒ぶる魂の炸裂。復活を報せる狼煙のようにどこまでも高く、王の笑い声が轟く。
 残響する猛き高笑の余韻は暫らくその場に居座り続けた。


 そうして、その余韻が場から綺麗さっぱりと晴れた瞬間───、

「実に見事、天晴れなりローラン。
 ───だが、ここで私に肩入れしたのは後々に後悔してしまう事になるぞセイバー?」

 闘王から放たれた溢れ出る闘気がセイバーの身体を直撃する。
 王の風格を完璧に取り戻した最強の相手が、騎士の眼前に雄々しく立ち塞がっていた。


「おう誇りある英霊ならばそうこなくっちゃな。剣を持たない英雄に用はない。
 それに後悔なんてものもしない。どっちにしろ最後にはオレが勝つんだから。
 ────ファイターには悪いが聖杯はオレがアヤカの所へ持って帰るぜッ!!」

「貴公ならば自信を秘めてそう言うであろうと思っていたよ。
 されど私も今初めて聖杯を心から欲している。貴公に譲る訳にはいかぬなッ!!」

 迷いも憂いもない晴れ晴れとした面貌。犬歯を見せて獰猛に笑い合う二人。
 命と誇りと願望を懸けた戦いを前に彼らの心身状態は最高潮に達していた。

 ただ一つだけ、気掛かりなコトがあるとすればそれは──。
「決闘の前に訊いておくぞファイター。残りの魔力量はどうなってる?」
 セイバーは最終戦の開戦前にどうしても聞いておきたかったことを訊ねた。
 現在のファイターはマスターの居ない状態だ。
 魔力供給どころか、現世での依り代を失ったことで世界が異物を排除せんと修正を掛けている筈である。
 以前と比べて段違いに弱体化しているであろうに、ファイターはそんな様子を一切見せずそのまま戦おうとしていた。

「つまらぬことを気にするなセイバーよ。聖杯戦争が生存競争戦ならばそういう事態もある。
 貴公が負い目を感じる必要はどこにもない。私は私の思うがままに最後まで奮闘するだけだ」
「…………………………そうか、よしわかった」
 気にせずかかって来いと言う闘士に、騎士は短く一言だけ発すると。
 自分の側頭部に軽く指を当て、遠坂邸内に寝かせてきたマスターに念話を送った。

「アヤカ、アヤカ。聞こえるかアヤカ!?
 安静にしてなきゃいけないところに悪いんだが最後にひとつだけ頼みがあるんだ。
 オレの側からじゃ手が出せない、だから最後の令呪を使ってくれ。
 そう令呪だ────令呪でサーヴァントとの契約を切って欲しいんだ」
「─────────」


 ………ちょっと待て今彼はなんと言った?

 ────令呪を使って自分との契約を切る────だって?


「…………なっ、待て、何を考えてるセイバー!?」
 敵の為などにこれ以上はない馬鹿な真似をしでかそうとしているセイバーにファイターは驚愕を通り越して狼狽した。
 相手に対して圧倒的有利な立場にいるというのに。
 このまま戦えってしまえば瞬殺することも容易いというのに。
 この金髪の高潔な騎士はわざわざ不利な立場の敵と同じ土俵に立とうとしているのだ
 やめろそこまでする必要はないと、つい騎士に向かって伸ばしてしまった闘士の腕が突然虚空で停止した。

「セイバー………貴公は…」
 セイバーが左手でファイターの動きを制しながら、相手の顔を真っ直ぐに見据えて軽い笑みを浮かべている。
 そして首を横に振った。
 騎士のその碧眼はまるでおまえの為じゃない彼女の為だと宣言するように光を湛えていた。

「ああそうだ契約を切ってくれ。大丈夫、ファイターもマスターがいないから条件は対等だぜ。
 それに契約を切ればアヤカの負担は減る。そうすればキミに必要な分の魔力も残るだろう?
 でもじゃねえって。大体キミが言ったんだろ、ファイターぶちのめして聖杯持って帰って来いってさ。
 オレは聖堂王シャルルの誉れ高きパラディンだ。
 ────その名に恥じぬ正々堂々とした決闘でヤツに勝つ。
 これはアヤカのためにもなってオレの望む戦いも出来ての良いこと尽くめの一石二鳥なんだぜ?」

 セイバーと少女が念話越しに一悶着しているのだろう。
 突然過ぎるサーヴァントからの申し出に彼のマスターが混乱している様子がファイターの目にも簡単に浮かんだ。
「オレはアヤカの言葉を信じる。最後の戦いの勝敗はオレ次第だとキミは言った。
 だから任せてくれ、最後に勝つのはファイターじゃない、このローランだ──────」

 とうに決意を固めてしまっている騎士に綾香は何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
 とにかく了承してくれたのか、二人の会話のすぐ後に、鎧姿の騎士の全身を薄い翠色の光が一瞬覆ったと思った瞬間。

 ───パリンと何かが弾けるような感触をセイバーの身体の芯に残して、
 人と英霊を結んでいた契約《つながり》が切断された────。

「ふぅ、これで契約解除完了か……無理を言ってすまんアヤカ」
 契約破棄した直後、セイバーにずしんと目に見えない何かがのしかかってくる。
「なるほど契約してないサーヴァントってこんな感じなのか。なんか空気の少ない高山にいるみてえだ」
 現世での依り代を失うと同時に再契約してからずっと聖堂騎士の肉体に流れ込んでいた少女の魔力も途絶えた。
 騎士は自らの四肢をじっくりと見下ろし現在状態を確認する。
 手足は重く感じ、外界からの圧力で潰させれそうな意識はフッと時折ブラックアウトしかける。
 感覚的には酸素不足に喘いでる感じという表現がしっくりくるかもしれない。
 騎士は実感した。契約サーヴァントと未契約サーヴァントでは戦闘力に天地の差があるのはもはや確定的だった。

「き、貴公という英雄は………思っていたよりも、ずっと莫迦者なのだな」
 眩いものを見詰めるみたいに瞼を細めるファイターの呟きはどこか愚痴のようでもあった。
 しかしその言の葉に嫌味や侮蔑は一切篭められていない。
「よっしゃあこれで条件は五分だ。それじゃさっさと始めようぜファイター。お互い時間もないしな」
 まるでなんということも無いようなお気楽な素振りでセイバーが無手のまま構えを取る。
「─────かたじけないセイバー、心からの礼を申すぞ。
 そして一人の戦士として、貴君のその誇り高い心意気に恥じぬ戦いをすると確約する」
 同じく徒手空拳のまま相手の戦意に応じるファイター。
 交じり合う互いの視線は熱気を帯びながらも、どこまでも涼やかな心地良さがある。
「礼なんて不要だファイター。
 正々堂々と真っ向から戦いそして勝利する。オレはこれまでずっとそうしてきたし、そのやり方しか知らない。
 それで失敗したのは───最初で最期の、ただ一度の敗北だけ。
 つもるところ、ローランに小細工や策など無用。
 それは我が親友《オリヴィエ》の領分であるが故に、オレはただ存分にデュランダルを振るい敵を討ち破るのみ」
「そうか、では遠慮は無粋の極みだな。
 貴公に感謝を表したくば─────全力の我が王拳を以て伝えるとしよう」










 よくぞ数多の試練を踏破してこの祝福の地まで辿り着いた選ばれし者達よ。
 聖杯の与える選定はこれで最後。
 そして最後の試練《たたかい》がまもなく始まろう。


 ──────さあ最後に残りし二騎の英雄たちよ。

    汝聖杯の奇跡を真に求め欲する者ならば。

       今こそ己が最強を証明せよ──────────!!!!





 消滅の刻限を刻む命の砂時計が流れ始める。
 聖杯に至る最後の戦いを告げる聖鐘が厳かに打ち鳴らされた。

 マスターからの魔力供給を断たれた両雄の体内に残されている燃料は現界数時間分相当。
 戦闘をするには頼りない魔力量しか残っていない。
 おまけに連戦ともなれば、先の激戦で傷付き消耗した心体が足枷となって彼らに重くのしかかる。
 万全と呼ぶにはあまりにもおこがましく、とても十全な力など出せるような状態ではない。

 だというのに、漢たちはどうしようもなく愉しげに笑っていた───。

 示し合わせたかのように二人同時に大きく後方へと跳躍する。
 両者のその距離実に40m前後。
 サーヴァントの身体能力でもやや広く感じる間合いを彼らは選択した。
 それぞれの鞘から抜き放たれるは二振りの名刀。
 騎士の右手に天使の聖剣、左手には魔女の魔導剣。
 闘士の右手に紅の魔剣、左手には古の宝剣。

「さあ、今度で最後だ! 我が名は聖堂王シャルルの誇る十二聖王剣《ドゥーズペール》が筆頭ローラン!!
 決着をつけてやるぜ、来やがれ闘王ベーオウルフ────ッ!!!!」

「おう、これで三度。我々の雌雄を決する機会も三度目。そしてこれが本当に最後の一戦だ。
 ゆくぞローランこのベーオウルフに相応しき好敵手よ────ッ!!!!」


 両者最後の決戦に小手調べなどありはしなかった。
 ここにきて余力を気にするなど笑止千万。それは英雄失格にも程がある愚行なり。
 魔力残量など憂慮する意味もなければ価値もない。
 極僅かにでも魔力を残して勝利すればそれだけで聖杯入手には十分事足りる。
 双方敵の手の内を知り尽くしているのならばなおのこと小細工無用。


          だから今はあの最強の相手に、

   己が全てを存分に曝け出し、秘めたる真価を叩き付けるのみ─────!!!!


 ───ローランとベーオウルフは初手から己が至高の宝具を解封しにいった────!!



「────今こそ此処に、主たる貴方の剣になると誓う」

 セイバーの唇から天の御使いを降ろす聖歌が紡がれている。
 煌輝の聖剣が横真一文字を深々と虚空に刻む。  

「────人々は弱く、救いを願い天に祈りを捧げ続ける」

 さらに宙空に残光する横真一文字を分断するように二筆目が入れられた。
 片膝を地に着き中腰になってる聖堂騎士の動きは水のように美しく流れていく。

「────この聖十字が神の庭に刻まれる時、
 この世で唯一人あなたに魔を滅ぼす許可を与えられし者が生まれん」

 大気という名の透明な紙に二筆で描かれた十字架。
 より強い聖光を帯び始めた十字刻の淡い輝きに共鳴して騎士《ヒト》の精神が漂白されていく。
 祈りによって清められた聖剣だけが刻める唯一無二の聖十字が出現するとき、神の騎士が地上へと降臨する。

「神の御名の下に、我は常世全ての邪を斬り裂く神の光刃なり─────!!!!」

 セイバーが最後の祈りの聖言と共に立ち上がり、
 聖剣デュランダルを突き上げるようにして天高くへと掲げた。

 そして次の瞬間。

      天上の神意を命ずるように、ローランに聖烈たる神光が降り注ぐ───────!!!




 騎士が自己を無にする聖なる祝言を唄うと同時に、闘王はその両の手に握った名剣を放棄した。
 純粋な剣勝負の競い合いでは騎士は闘士の上をゆくだろう。
 だが騎士が形振り構わず全力で挑んで来るのならば、こちらも全力で挑み返さなくては武人の恥。
 我が身に与えられし役割《クラス》はファイター。
 闘士とは即ち武器を選り好まぬ、己が身を武器に変える戦士達の総称。

 そしてこの身は闘王、徒手空拳こそが我が真髄なり───!!

「うおおおおおおおおおーーーッ!!!」
 ファイターが両腕を広げ、肩幅以上に両足を開き 腰を僅かに落として、精神を極限まで集中する。
 腹の底から迸る気合。全身を覆う茜色の闘気。固く握り締めた拳と拳を激しく打ち鳴らす。
 放出される魔力の渦は凄烈にして清嵐《おおあらし》。
 勇者の双腕が夕焼けよりも鮮やかに朱く燃え輝いていた。
 取りし構えは唯一無二の型。

 力の証明をここに。
 我、二本の王腕を以て魔を屠りし者。
 汝が真名は────

「───孤高なる竜腕勇者《ビオウルフ》──────!!!!!」

 そして次の瞬間。

       ベーオウルフがありとあらゆる幻想を粉砕する破壊の王と化す───────!!!



 互いが互いの宝具を解放する瞬間を確りその眼で見届けると、

「───さあ、おまえの神に祈れ。
            オレが貴様への神罰だ────────!!!!!」

「───ヒトの拳が如何に強く重いのか。
            その力をとくと知るがいい──────!!!!!」


 一切合切の力を絞り尽くす覚悟で両者一斉に走り出した。

 最弱状態の勇者たちによる最短にして最高の決闘が今幕を開ける─────!!






            ◇                         ◇





 ────これまで二度の戦いで得たベーオウルフに対するセイバーの感想。
 ただ一言強い────。
 技の数が豊富なのにそのどれもが高い熟練度を誇っている。
 剣を専門とする剣士じゃないため格闘にも精通してる。ただし剣技での優劣なら自分が勝つと直感あり。
 超抜的な怪力の持ち主で攻撃力がとても高く、防御力も高いタフガイだとアヤカが忠告。
 自身が熟知する英雄の中ではオリヴィエが最もタイプ的には近い気がする、この時点で要注意。
 この戦いで一番の懸念事項は、まだ一度も奴の魔拳と直接刃を交えていないこと。
 過去二度に渡る経験は殆ど役に立たない気がする。
 全神経を最大限集中し全力でぶつからないと危険───。


 ────過去二度の戦闘で得たローランに対するファイターの戦力分析。
 戦闘能力は驚異的なものがある────。
 流石フランク帝国最強のパラディンと讃えられただけの実力を誇る大英雄。
 二度の戦闘を経ても秘技らしい技は出なかった。ただし通常攻撃は十分必殺の域にあり油断禁物。
 性格は極めて直情的。戦闘面でもその色は強く出ており戦術や小細工などはほぼ皆無。真っ向勝負になる確率九割超。
 格及び能力値的には概ねイーブン。極端な差はないと判断していい。よって経験や技量が勝敗を左右する。
 純粋な剣技の勝負ではあちらに一日の長がある。戦うのなら必ず攻撃に格闘を織り交ぜるべし。
 セイバーの最も注意が必要な点はその野性的な勘の鋭さと幸運。油断するとどんな形で泣くハメになるのか分からない。
 それともう一点、デュランダルには桁外れの硬度がある。
 フルンディングやネイリング程度では破壊できない、突破には竜椀の貫通力が必要不可欠だ。
 以上のことを念頭に置きつつ、真っ向から応戦し全力で粉砕する───。



 二人は20mの距離など零にも等しいと言わんばかりの瞬発力で間合いを瞬時に潰す。
 40mは瞬く間に削られていき、その中心点へ到らんと一心不乱にその健脚で大地を踏み飛ばす。
 高揚する心臓は血脈のスピードをさらに高速の高みへと押し上げて、体外の時間は我先にと停滞してゆく。
 眼球が捉える世界は動画に非ず、全てが静止画の風景だ。
 迫り来る相手の細部までもが明確に捉えられた。

 自他の血で薄汚れた純白の外套と、所々が罅割れ砕けた甲冑を纏う騎士。
 自他の血がこびりついた獣皮の外套に相当損耗した先祖伝来の胸当てを装備した闘士。
 二人の身なりはボロボロで見窄らしく、如何にも戦に敗れた敗残兵を連想させる。
 だが常人が一目見れば泡を吹いて失神するであろう漢らの闘志猛る眼光が、彼らが英雄以外の何者でもない事を鮮烈に主張していた。

 二振りの白刃を両翼のように広げた聖堂騎士が向って来る。
 二本の剛腕で鬼神の如き威嚇をしながら闘士が向って来る。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお、ラァッッ!!!」
 そしてついに到達。交差の瞬間は天より落つる大滝の滝壺よりもさらに凄烈だった。
 双方同時に力の限り踏み抜いた地が陥没し土塊や粉塵を散らせる。
 されど微塵も気に止めぬその瞳が見据え続けるモノは敵の極上の首級。 
 先制攻撃はセイバーから。
 風を斬り裂く音すら出さない絶音の一刀が初撃の下に勝利を掴まんと振り抜かれた。
 頑丈な盾ごと敵を両断するその壮絶な切れ味を前にすれば防御など無意味に堕すだろう。
 即時守りに入ったファイターの左腕など容易く斬り落とさんと光刃が閃く。
 ───だというのにセイバーが大きく眼を剥いた。

 それはまるでクッションバネ。つい溜め息が零れてしまう見事な妙技だった。
 闘王の燃え輝く左腕が淡い聖光を発する聖騎士の白刃を赤子を抱き止めるかのような柔軟性で優しく受け止めたのだ。
 これぞ柔よく剛を制すの極地。無尽蔵の戦闘経験値と飽くなき鍛錬が成せる神業。
 ファイターのダメージは軽微だった。浅く左腕の肉に剣が喰らい込んだに過ぎない。

 そして必勝を期したつもりで放った強攻が不発に終わったという事は、
 それは同時にセイバーの決定的な隙を生むことに繋がってしまった。

「貰ったぁぁああああああ!!!」
「────つぉ!!!?」
 そのような絶好の隙をかの闘王が見逃す筈もなし。
 雄叫びと共に攻城弩よりも貫通力のある右の鉄拳が聖騎士の甲冑の中心を射ち抜かんと発射される。
 完璧なカウンター。タイミングは申し分なく、また防御する手段も彼には用意されてない。
 相手の必殺を紙一重で躱し逆にこちらの必殺を叩き込む。
 ───だというのに今度はファイターが自らの眼を疑った。

 それは野獣のような奇天烈な動きだった。
 なんという嗅覚、なんという野性の勘。
 躱せる筈もないタイミングで放たれた一撃をまるで予見していたかのように避けた。
 死を拒む本能の為せる危機回避能力なのか。王の魔拳がぶち抜けたのは逃げ遅れた白外套一枚だけ。
 聖騎士は豹めいた俊敏さで危険領域から離脱していた。

「────ム」
 面相はポーカーフェイスを取り繕ったままファイターは内心で舌打ちした。
 予想通り野性じみた勘の厄介さは健在。
 だがそれよりも問題なのは事前情報とセイバーの現在性能が違うこと。
 宝具を使用しているからか、あるいは別のスキルなのか、とにかく肉体性能が明らかに以前よりも大幅に上昇している。
 幸い対応出来ない程の差が生じたわけではないが、前以上に厄介になったのにはなんら変りない。

 セイバーが肩の力を抜いた構えを取った。ゆるりとした自然体。
 ファイターも五指を大きく広げ半身中腰の構えで対向する。
 見合っていても勝機はなし。
 命の刻限も待ってはくれない。

 勝ちたいのならば背後から追って来る消滅《タイムアップ》を振り切って前へ進め──!

 赤い突風が白い旋風を追撃する。
 紅白の磁石が引かれ合う。急接近した男達は両の手に携えた自信《ぶき》を無心に乱舞した。
 常に相手の一歩先を行く攻防。
 疾風の一閃はそれを上回る烈火の一打で跳ね返し、烈火の一打はそれを上回る雷光の一突で斬り返す。
 双眼がより克明に敵の動きを捉えようと目尻一杯まで見開かれた。
 このレベルの争いになると拳圧や剣圧でさえ凶器に化ける。
 掠らずとも身を刻んでいく見えぬ茨に苛まれながら、彼らの剣戟はさらなる未知の領域へと昇っていった。
 息が弾む。心臓が血液を忙しなく送り出す。血が体内を無限に疾走し力を生産し続ける。
 そうして生み出した力を武器に乗せて眼前の好敵手に放つ。
 もし今回が阻まれても諦めない、必ず敵に届くと信じて次の一撃を即座に装填する。
 激しい剣舞が絶え間なく無数の音を奏でて踊る。
 既にヒトでは視ることも叶わぬ不可視の攻防。
 剣閃も拳突も体捌きも何もかもが視えない戦いはただ飛び散る火花だけがその壮烈さを実況していた。

 一秒後に求めるのは一秒前を凌ぐ強撃だ。
 五秒後に求めるのは五秒前を凌ぐ疾さだ。
 過去の己を超えて、未来の己が最強となる瞬間を想像し再現する。
 常に蝕んでくる世界からの修正は己の持てる全てを使って踏み止まった。
 後先を考えなければいくらでも世界と自分を誤魔化せる気さえする。
 漢たちの手は一瞬たりとも休まらない。
 双方共に一撃必殺になり得る攻撃力を有する者同士の戦いでは如何にして相手の武威を削ぐかに掛かっている。
 ファイターはデュランダルの動きに神経の大部分を割きながら、一方で魔導剣にも注意を向けて戦っていた。
 特に神意降臨を経て肉体のリミッターが外されたセイバーの二刀の剣舞は鬼神めいている。
「でやああああああああーーーーーっ!!!」
 気合を吐いて繰り出される聖騎士の斬撃の嵐はもはや破壊の魔風になりつつあった。
 正真正銘の自然災害。たった二本の太刀で竜巻が巻き起こるなど聞いたこともない怪奇。
 だがしかし、そんな竜巻相手に腕二つで鎬を削っているファイターも相当常識外れだった。

「ハ───、ギ……ふ、──ツォァ!!」
 セイバーの疾風怒濤の猛攻に耐えるファイター。
 神風も同義となった聖騎士の二刀乱舞はただ捌くだけ神経を擦り減らす。
 尋常ではない切れ味が窺えるデュランダルを防御し続けるのは、高度一万メートルで綱渡りするよりも遥かに難業だった。
 ミリ単位でも受け損なえばその時点で死あるのみ。
 防ぎにいった魔腕は容易く両断されそのまま胴体をも真っ二つにしファイターを殺すだろう。
 だがそうならないのは偏に闘王の心眼による賜だった。
 どう対処すればすればこの魔の斬風から延命出来るのかを王の肉体は誰よりも識っていた。

 すると唐突に──、
「ええい邪魔な魔剣だ!! 我が竜腕と打ち合う資格のない剣は即刻去れッ!!」
 闘王が獰猛に吼えた。
 絶大な力を誇る天使の聖剣の対応に専心したいというのにさっきからチョロチョロとこちらの首を狙うあの左手の魔剣。
 あの魔剣でこちらの竜腕を斬り落とすことは叶わぬが、それでもいい加減捨て置くには我慢の限界というもの。
 剣戟の最中にファイターはわざと決定的な隙をセイバーに見せ攻撃を誘った。
 一瞬でその致命的な隙を見抜いた聖騎士は反射的に剣の一突で勝負を決めに来る。
 狙い通りの完璧な誘導だった。
 一切無駄のない洗練されたまさに必殺と呼ぶに相応しい刺突が闘士の予想通りの軌道を描いて走る。
「────ハッ、ヤバイ…?!」
 だが剣の切っ先が巨漢の広い胸を貫くその一歩手前でセイバーの顔色が豹変した。
 恐ろしいまでに研ぎ澄まされた危険に対する嗅覚。
 しかし一足遅い。
 危険を察知し一時離脱を図ろうとするセイバーを狙い済ましたタイミングでファイターの鉄拳が襲った。
 甲高い金属音を鳴らし、予期せぬ角度から豪拳を叩き込まれたデュランダルが弾かれる。
「ぐぎ!?」
「ホゥ、やるな!」
 聖剣の柄を握るその手を意地でも離そうとしないのは敵ながら見事なり。
 しかしそれでも十分に闘王の思惑は完了していた。
「ハァアアアアアアアアアアアッッ!!!」
 そして次の瞬間に気合爆発。
 生木のように太く硬い王腕が聖騎士の顔面目指して爆ぜる。
 一瞬後に顔のない甲冑姿の亡骸が出来ていればよし。
 それかあるいは───セイバーが残った方の剣を盾に防御してもまたよし……!

「ぐっ! おおおおおお!」
 渾身の握力と腕力で支えられた魔導剣が闘士の聖拳と白騎士の顔面の間に割って入った。
 メシャ…、とした手応え。
 魔剣を通じて伝わった重過ぎる加重にセイバーの四肢が痺れる。
 されどまだ拳士の加撃は終わらない。
 ファイターはさらにもう一発刀身に衝撃を叩き付けた。
 ビギッ!と嫌な歪みが悲鳴のように響く。そんな魔剣の手触りにセイバーの本能が赤信号を発した。
 だがさらに、闘士が最後のおまけとばかりにもう一撃魔腕を繰り出す。
 聖騎士は全力で後方へ跳んだ。

 しかし絶対に逃がさんと懐へ踏み込んだ闘王の渾身の王腕が一気に戦況をひっくり返してしまった。

 巻き込むように薙がれた紅の右腕は槌よりも固く鞭よりも靭やで、どこか風神の姿を想像させる。
 そしてセイバーが抱いたその印象をどうしようもなく正しかった。
 風神の所行としか思えない途方も無い威力を発揮して破砕される魔剣。
 真っ二つにへし折られ砕け散る魔女の護符剣に聖騎士は愕然と悲鳴を上げた。
「なっ……! う、うそだろオイ!!?」
 たった三発。
 たった三打の攻撃で概念武装が……。
 かつて魔法の名剣だった伝説上の幻想がたった三撃でこうもあっさりと粉砕されるなどあっていいことなのか。
 綾香から事前に概要だけは聞いてはいたが、想像と実物では落差が途方もなく大きすぎた。
 しかも話も違う。
 奴の両拳にだけ注意を払えば済むというわけではなく、肩から下ならどこでもその効果を発揮出来るらしい。
 あまりに理不尽でふざけた話だが───これが闘王と讃えられた王格の英雄の実力。
 きっとこれが、この"破壊力"がベーオウルフの真価なのだ。
「なんて、デタラメなヤツ───」

 聖騎士が歯噛みしながら破壊神の化身を睨み付けた。
 砕け散った刀身の破片が月光に照らされ煌めきながら落ちていく。ダイアモンドダストのようだ。
 そんな様子さえスローで認識出来るくらいに彼らの体感時間は長く、より長く引き伸ばされていた。
 現在の動体視力の状態ならきっとどんな超速の攻撃でも躱せる自信がある。
 だがそんなセイバーであってもファイターの次の動きには凝っとせざる得なかった。


「一撃粉砕、魔滅竜倒───」


 膨大な魔力が激しく燃え滾りながら一点に収束しているのが肌で分かる。
 信じられないことにファイターはセイバーが愛剣を一本失うのを確認するや否や、

 攻勢を強めるどころか一気に決め技に訴えて来やがった────!!!

「冗談じゃない───」
 真剣に嫌な悪寒がする。
 ついでに絶望的に悪い気配まで嗅ぎ取ってしまった。
 セイバーの口から畏怖とも恐怖ともつかない乾いた声が漏れる。
 一度も直接その眼で視たことはないが、アレは喰らってはいけないものだと瞬時に本能が了解した。
 あれからは死のイメージしか湧いてこない。
 万が一にもまかり間違って喰らおうものなら木っ端微塵のバラバラにされるのを当然のように納得してしまった。

「─────我が竜腕に砕けぬ幻想はなし。
 いつぞや止められたフルンディングの借り、ここで返させて貰うぞセイバー」

 その直後、ベーオウルフは大地を瞬駆する孤高の獣となった。

 其は死の弾丸。
 其は滅びの台風。
 其は破滅の権化。
 自己最速を叩き出して迫る巨人から溢れ出んばかりの死の気配がする。
 その瞬間、セイバーの頭は真っ白に染まった。
 躱せない。逃げられない。遅すぎた。
 どう足掻いても回避し切れない現実に絶句する。
 しかしファイターはそんなのお構いなしに聖騎士へと肉薄していた。
 パワーが一点のみに集約された紅光の聖拳。
 好敵手を打ち斃すこの一瞬をずっと待ち焦がれていた奥義がいよいよ発動する。
 拳の前方にある空気が音を立てて破裂している。
 大気がまるで王に道を開けているかのようだ。
 そしてついに引き金が引かれ撃鉄が落ちる。


「───幻想砕く無双の王拳《ドラゴンスレイヤー》──────!!!!!」


 紫雷を纏った竜拳が迷いなくセイバーを殺しにゆく。
 落雷よりもずっと速く、悪夢さえも生温い一撃必滅の神拳。
 回避不能、防御不能の二重苦ではもう笑うしかない。
 騎士の頭は何もかもが終わったという感覚に侵食された。

 ───だが、それでも、ローランの闘争本能は未だ敗北を認めてなどいなかった。

 さっきまで明後日の方向に退場させられていた右腕が動く。
 もはや無意識の行動。意図も理由もさっぱり不明。
 あるのはたった一つの絶対的な確信だけ。

「お、お、うおあおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 生存を呼び込むべくセイバーの喉から炸裂した裂帛の気合。
 助かる、防げる筈だ。絶対に助かる。
 無理でもなければ、不可能でもない。
 この奇跡《つるぎ》はただそれだけに特化した概念。
 ならば出来ぬ道理なぞ億に一つもあるわけがない。
 今だから分かる、そうだきっと。

 デュランダルはこの男と戦うために不滅の奇跡を授かったのだ─────!!


 敵の死拳を阻むように聖騎士の前面に不滅の聖盾が展開された。
 全身と両の腕の筋肉を使って刀身を固定し、最強の一撃を迎え撃つ。

 紅蓮の王腕が天使の剣の真芯を完璧に捉えた。

 ベーオウルフは砕いたと確信した。
 ローランは完封したと確信した。

 しかし双方の確信はまさかの裏切りによってあっさりと瓦解し、そして同時に戦慄していた。


「な……く、砕けない、だって────?」
「ば、バカな、折れ────?!」


 これまで一度として感じたことのない畏怖が彼らを襲った。
 背筋が泡立つ。恐懼しかける心をプライドで必死に抑え込んだ。
 ただ信じられない……否、ありえないの一言に尽きる。

 如何なるモノでも絶対に砕ける聖拳が────
 何者であろうと決して折れない聖剣が────

「──くぁ、ぅ、うぬぬぬ……!」
 鉄拳が生み出した圧倒的衝撃に踏ん張りが利かなくなったセイバーが思わずたたらを踏んで後退(あとずさ)りした。
 ファイターはパラディンが体勢を崩したのを見るや否や即座に前へステップインして相手の懐に潜り込んだ。
 そして間髪入れずに追撃を仕掛ける。
「ならばもう一発叩きつけるまで! ぬおりゃあああああああああああッ!!」
 闘王が再度全身のバネを存分に活用した渾身の一発を見舞う。
 唸る王腕。咄嗟に盾にされた覇者の剣をまたも全力でブン殴った。

「─────ッ!!!?」

 そうして再び、二人揃って目を剥き息を飲む。
 先に感じた悪い予感が今現実のものとなって忍び寄って来ていた。
 なんてことだ、間違いない。
 疑いようもない。
 自分は今確かに───、


 ────初めて本気で、破壊出来ない予感がした……!!
 ────初めて本当に、折られそうな予感がした……!!


「じょ、冗談…! 一体どうなってるあの腕は!?」
 初めて耳にしたデュランダルの悲鳴《きしみ》に一目散に距離を取るセイバー。
「………………この手で粉砕出来ないモノとはこんな感触がするのか……」
 間合いから離れてゆく白騎士を追うこともせず、ファイターは自身の拳を呆然とした面持ちで見下ろしていた。
 闘王は未だかつて知ることのなかった未知の体験に心から驚いている。
 以前バーサーカー化した黒騎士と戦った際に悉く破壊してやった即席宝具群とは硬さの次元がまるで違う。
 あの時のセイバーはデュランダルを装備していなかったが、まさかこんな形で装備してなかったことに後悔するとは…。

 顔を上げると手の届かない位置に打倒すべき相手がいるのが視える。
 なのに足がぴくりとも動かない。
 二人揃ってただ敵の姿を黙って見詰めていた。

 初めて魂の底から湧き上がるこの激情に、

           狂おしく身悶えしながら─────。


「ふ、ふふ、ふ、あははははははははははははははははは!!!」
 はたして、それはどちらからだったのか。
 白痴の如き笑いを迸らせて、内に溜まった熱気を感情と一緒に放出した。


「面白い、本気でその幻想を粉砕してみたくなったぞローラン─────ッ!!」

「笑わせる、壊せるものならぶっ壊してみるがいいベーオウルフ─────ッ!!」


 両雄共に雄叫びながら一斉に土を蹴り、風を切って疾走する。
 そして互いの攻撃領域を侵犯した瞬間極大の爆竹が爆ぜた。
 双拳と聖剣の鬩ぎ合いが戦場を紅蓮の鉄火場に塗り変える。
 繰り出される攻撃は全必殺。
 微塵でも集中力を途切れさせればその時点で敗北が決するであろう決死の攻防が繰り広げられる。
 一歩でも懐深くへ。ただ前へと突き進む二人は己が勝利だけを信じていた。

「貴公は餓狼の牙の味を知っているか──?」
 ヒトの姿をした狼がそんなコトを吼えた。
「────?!!」
 振るわれたのは空気ごと食い潰すような五牙の顎。
 鋭く払われた右手の掌握がセイバーの堅固な筈の甲冑の脇腹部をちり紙並の呆気無さで握り潰していった。
「ぶっ、う、ご────げはッ……!?」
 思わず騎士の呼吸が止まり、大量の口から血が逆流する。
 脇腹に灼熱の鋭痛が暴れ回る。鎧どころか胴体の一部をも一緒に抉り取られたらしい。
 戦る気が削がれるので傷の状態は確認しないが、ただ激痛のあまり上手く息が出来ない。
 しかしよく考えれば特に問題も無い筈だ。戦いに熱中するあまりつい今まで呼吸するのを忘れてたくらいなのだから。
 激痛はすぐさま痛覚を遮断し即時封殺する。負傷の件は忘却した。
 そしてこの身は神の剣、呼吸などしなくても敵は討てる!

「残念だが天罰の味しか知らん!」
「───ず、ぐあ……がッ!!」
 気が付けばファイターの太腿に電流を流したような鋭痛が走っていた。
 脇腹をやられながらも同時にセイバーが鋭い剣尖で闘士の鍛え抜かれた太腿を刺し貫いていたのだ。
 しかし闘王は怯まない。
 戦闘続行力に定評のある屈強なファイターにとってこの程度は負傷の内に入らない。
 なんと次の瞬間にはさも当たり前のように穴の開いた方の足で思い切り踏み込み正拳突きを放っていた。
 が、惜しくも不発。白銀の獣は四足魔獣以上のアクロバティックな運動で高速回避を成功させていた。

 両者の死闘は本当にギリギリの命の綱渡りであった。
 紙一重の所で死を受け流し、致命傷に達しない傷を無数に増やしていく。
 竜腕を避けるだけで鎧が欠け、聖刀をいなす度に生傷を負う。
 されど彼らはそんなものには何の感心も抱(いだ)かない。
 直撃すれば即死など先刻承知。
 それでも臆さず前に足を踏み出し続けるのはただ識りたいからだ。
 内から湧き上がる衝動は歓喜の証。この決闘は英雄としての本懐だ。
 自身もまだ知らない未知の結果を知る為に漢たちはその誇りを燃え尽きるまでぶつけ合う。


「───幻想砕く《ドラゴン》」
 ファイターが大きく息を吸う。
 セイバーも事前に示し合わせていた約束事のように聖剣を構えてその一撃を敢えて待つ。

「騎士達の誇りは折れることを知らず────我が聖盾に滅びなし!!」
「無双の王拳《スレイヤー》────────!!!!」

 ベーオウルフが放つ神秘を破壊する一撃を幾度となくデュランダルが受け止める。
 竜すらも屠る魔殺の一打の撃ち終わりに狙いを定めたセイバーが反撃に転ずる。
 徐々に反撃に対する防御タイミングが合わなくなり始めている。聖騎士の白刃を懸命に竜腕が弾き返す。
 従来ならばとうに砕け散っている筈の刀身《げんそう》のカタチは未だ健在。
 なかなか折れそうな弱味を見せようとしない。
 そしてこれら二つの概念が衝突する度に発生する矛盾が目眩のするような激しい衝撃と化し両者を蹂躙した。
 二人は吐きそうなダメージに歯を食い縛って耐える。

「ぬ、ぐ…! 必ず、破壊出来る。必ず!!」
 プシュッと、ファイターの両拳からまさかの血が噴き出す。
 竜腕がいつまで経っても粉砕できない自分に耐えられなくなってきている。
 ズギズギと骨の芯から滲み出る双腕の痛みを我慢して闘王が聖騎士へと爆ぜた。

「壊せるものか─────絶対に、壊せねえ…ッ!!」
 熱を帯びる碧眼に、諦めず何度も突撃してくる戦士の姿が映る。
 だがその恐ろしい重圧に有り得ぬ筈の未来が脳裏をちらつくのを必死で振り払う。
 デュランダルは不壊の刃だ。
 しかしその絶対性が今や危うい。
 ベーオウルフの王拳は異常としか形容できない。
 あの夕陽色の魔腕が刀身に触れる度に肝が冷える思いで一杯になる。
 打たれる毎に砕かれそうになる愛剣。刃毀れくらいなら既にしてたって全然おかしくない。
 ここまでは辛うじて無事だった。
 だけど次の一撃で崩壊してもなんら不思議ではないのだ。

 反発する概念は時に矛盾した結果を生む。
 あらゆるモノを粉砕する王の拳が、どんなものでも破壊出来ない不壊の聖剣と激突したとき。
 あってはならない結果が生まれ、その矛盾を排除するべく概念は自らを崩壊させるスイッチを入れる。
 概念とは常にそうあり続けるからこそ概念たり得る。
 絶対の存在理由《ルール》を剥奪された幻想は一度内包してしまった矛盾の重さに耐えられない。
 矛盾は矛盾を以て相殺する代わりに、相殺によって付けられた瑕《キズ》はいつか自身を壊す代償《どく》となる。
 しかし、それを誰よりも深く理解した上で二人の勇者たちはその自傷行為をやめなかった。

 それぞれの恐怖を胸の奥に隠し、騎士と闘士はまたしても衝突し合う。
 その拳が破壊に届くにはまだ遠く。されどその刃が崩落するのは目前だ。
 これは他者だけとの決闘ではない。
 対極の敵であると同時にこの戦いは自己との戦いでもある。
 己の分身《ほうぐ》を信じられなくなったその時こそ勝敗が決する戦いなのだ。


「うおおおおおおおおおオラオラオラオラオラオララララーーーー!!!」
「くあああああああああああああっ!!」
 軋む双腕を引きずって拳打の豪雨が乱れ飛ぶ。
 ぐにゃりと歪みそうな剣身に命を預けて恐怖心を飲み下した。
 なのに刹那の命の応酬に武者震いが止まらない。
 極限の状態に体の芯が凄まじく興奮する。
 小細工を排した一撃は凡庸にして至高だ。誰にでも止められそうであり誰にも防げない。
 だがそれがいい。この攻防は混じり気のない純粋な攻撃こそが最も相応しい。
 捻じ曲がりそうな剣で切り返し、砕けそうになる拳骨を突く。
 砕けない、折れそう、でも破壊されない、だから破砕する、だけど死なない。
 相反する概念は水と油。
 彼らは決して相手の存在を許容しない。
 しかし万が一この二つが交わることがあるのならそれは────きっと自己の有り様が変容した時に違いない。

 脳天へ垂直に落とされる剣の雷閃。真横から殺到した嵐槌がこれを撃ち落とす。
 紫雷と突風を発散して心臓へ穿たれる太い神槍。斜め下から滑り込んだ神盾がこれを遮断する。
 一撃を交換し合ってはその都度に死を感じて二人は冷や汗を噴き出させた。
 死神は常に自らの背後にいる。
 次は死ぬぞ次こそ頼みの綱が崩壊して死ぬぞと耳元で語りかけてくる。
 されどこの究極の緊張感がより克明に刹那の生を浮き彫りにした。
 相手の動きがスローに視える。
 相手の攻撃箇所が読み取れる。
 相手の意志が伝わる。
「まだまだこれからだぞセイバー!」
「上等だファイター! まだまだぁぁああああああああ、ふんっ!!」
 だからそれに真っ向から応じる形で『絶世の名剣』と『孤高なる竜腕勇者』は互いを削り合いながら競い続けた。

 加速していく崩壊へのカウント。
 一秒後に砕けているのは果たして白刃か双拳か。
 それさえも愉快で痛快で仕方がない。
 ああ最高だ、本当に最高だ。生前でさえここまでの快感があったかどうか。
 今にも自壊して共倒れしそうな幻想を頼りにチキンレースをやっている自分等はきっと頭のネジがトんでるに違いない。
 だがそれがなんだという?
 最強の矛と無敵の盾がその世紀の命題の答えを出さんと死に物狂いで戦っているのだ。
 ネジなど一本や二本トんでるくらいが丁度良いってもんじゃないか───!

 辺り一帯に咲き誇る火は神秘のかち合いが生み落とした矛盾の大輪。
 欠け砕けそうになりながらも懸命に存在を固持し続ける『絶世の名剣』。
 自身を己が血で濡らしながらも天敵を打ち砕かんとする『孤高なる竜腕勇者』。
 聖刃が一閃される度に自然と笑いが零れてしまう。
 魔腕を一薙ぎする度に英雄の華をこの上なく実感する。
 ああ…なんてことだろう。
 こんな素晴らしい戦いなら永遠に続けてもいいという気分になってしまうではないか。
 生まれて初めて真正面から敗北しそうな予感に脳髄がゾクゾクする。
 世界に名を刻んだ自慢の我が誉れを真っ向勝負で打破されそうで何度も戦慄した。
 でもだからこそこの決闘はどうしようもなく愉しい。
 敗北を明確に予感しながら、それでも揺るがぬ勝利へと疾走するこの充実感。
 全身を巡る血潮はただ手足を動かすだけの燃料と化しマッハでハイウェイを駆け抜ける。
 二人の手足の速さはとっくに音を超えておきながらまださらに加速していた。
 酸素はとう不足して脳細胞は何も考えられなくなっていく。
 あまりの頭の真っ白さが気持よくて何もかもがどうでもよくなってしまいそう。
 だが無心であるから余計に集中して眼の前の相手との攻防に没頭する。
 叶うのならもっともっと長くこの勇壮な剣戟の調べを────。
 だけど残念だ、永遠にはこの素晴らしい闘いは続けられない。
 より目に見える形で彼らの誇りの象徴が悲鳴を上げ始めていた。
 崩壊が違いぞもう限界だと貴き幻想に罅が入る。
 だがしかし、そんなもの知ったことかと彼らはさらに残る力を搾り出しにかかった。


 ここにきて一気呵成の連続攻撃。
 魔力体力精神力も一切合切を武器に上乗せし、
 機関砲の掃射より激しい連撃音を奏でる死線を掻い潜り、
 身の寸前を掠めていく破滅を死を恐れぬ勇猛な心で振り切って、
 両雄が必死の間合いへと入り込むべく前に飛び出た。
 一呼吸だけで渾身の力を溜める。
 
 そして鏡のような寸分狂わぬタイミングで、

「こいつで─────決まりだ!!!」
「これで─────終いだ!!!」

 勇者たちの心魂を注ぎ込んだ会心の一撃が炸裂した───────!!!


 命全てを吐き出すつもりで放った乾坤一擲の攻撃。

 そうしてギィィン!と一際甲高い音が鳴り響き、
 無数の攻防で烈風となっていた余波がぴたりと吹き止んだ─────。



「…ハ、はぁはあはあ……ハァハァハァ!」
 二人が肩で荒い息を吐く。
 彼らはふらつく身体をブルブルと小刻みに痙攣する両足で辛うじて支えていた。
 気力体力も限界に近いが、それ以上に魔力がもはや限界だった。
 魔力残量がついに肉体を維持出来なくなる危険水域に突入。
 消滅の刻限は容赦なくもうすぐ間近にまで迫っていた。

 しかしそれ故に、この終わりは双方にとって望ましいと考えられなくもない。

「はぁはぁはあはあ……! どうやら……勝負あったな」
 ファイターの死力を振り絞った疾風怒涛の乱打を、セイバーは正確無比な神技でその悉く凌ぎ切ってみせた。
 しかしそこまで奮闘し拮抗していたのに、
「────────くッ」

 今ローランの右手にはデュランダルが握られていなかった────。


 頼みの聖剣は無造作にファイターの背後に転がっていた。
 セイバーが痛恨の想いで奥歯を強く砕けんばかりに噛み締める。
 やられた、という強烈な悔恨を滲ませる碧眼の聖騎士がただ己の不覚を恥じていた。

「あぐ…! くっ、しかしこうも簡単に持っていかれるとは────。
 痛ぅ…………耐えれる自信は多少あったんだが………こちらの想像を遥かに上回る切れ味だったか。
 それだけの価値はあったとはいえ、それでも自信があっただけにショックは大きいな」

 苦痛を押し殺すファイターの左腕からは夥しい量の血が流れ落ちていた。
 辛うじて斬り落とされてこそいないが、固く太い骨は分厚い筋肉ごと完全に両断。
 腕はもう一生使い物になりそうもない程にダメージが酷い。
 しかしこの深傷こそは必然の負傷にして勝利の代価であった。
 ベーオウルフが最後の一合で挟み込んだ楔がこの大逆転劇を呼び込んだのだから。

 あの天下分け目の刹那。
 闘王の戦闘論理が聖騎士の野性を超えて僅かに一歩先を行った。
 ファイターの心眼が導き出した逆転への活路。
 脳裏に閃いた作戦は単純にして効果抜群だった。
 左腕を犠牲にしてセイバーの剣をその手から弾き落とす。
 無論そのまま放ったところで危機回避能力が異様に高い白騎士に避けられるのは眼に見えていた。
 だから闘王は右腕を牽制と援護に利用する事で騎士を回避不能の状況に追い詰め、見事作戦を実行、達成してみせたのだ。


「最後の一撃を受ける覚悟は出来たかセイバー」
 無力化したも同然の獲物に猟犬が問うた。
 ファイターが残る右腕を腰付近に構えてジリジリと間合いを詰めて来る。
「まだだと言ったら待ってくれるか?」
 対する騎士は無手。
 頼れる武器すらもなく、まさに万事休すの絶対絶命であった。
 せめて魔女の魔導剣が残っていればまだ活路も見出せたろう。
 しかし無情にも救いの神は不在を決め込んでいるようだった。

「いや、すまないがそれは聞けぬ頼みだ。刻限がそこまで迫って来ているからな。
 この決闘を時間切れなどで幕にはしたくない。悪いがこの手で決着を付けさせて貰おう」
 見逃す気も勝利を手放す気もない、と厳粛な面持ちのファイターが断言する。
 だが不完全燃焼なタイムアップ決着など望むところではないのはセイバーも同意見だった。
「ふん、だったらすぐ後ろにあるデュランダルを取り上げちまえば簡単じゃねえか。それで勝負はつくぜ」
「まさか。それこそ無粋であり戦士として最大の恥晒しだ。
 先に私に機会を与えてくれたのは他ならぬ貴公だ。
 ならば私も貴公の勝機を完全に摘み取るような真似は出来まい?」
 セイバーの冗談めかした提案をファイターはバッサリと拒絶した。
 恩には礼を以て応えると。
 そしてそれは同時に、まだ勝つ気が残っているならば我が一撃を掻い潜って刃を手にしてみせろという彼なりの激励でもあった。

「無論出来るものならば、ではあるが」
「ちぇ、簡単に言ってくれるぜ………」
 言葉こそ愚痴るように吐き捨てられたが、セイバーの表情は気合に満ち満ちていた。
 その貌が何よりも明確に不屈を訴えている。
 負けを認めるのはこの一合を終えてからでも遅くない。


「──────────────────────────────」
 互いが互いに相手の隙をじっくりと見定めている。
 双方共に肩や手先、爪先から視線までありとあらゆるフェイントを駆使して射抜けるだけの極小の隙間を作ろうと苦心する。
 だがここで見合っているのは英霊。フェイント如きにまんまと引っ掛かる程度の低い者達ではない。
 彼らは全身を総動員して相手の挙動の真贋どころか敵に斬り込もうとする瞬間の心の動きまで読み取っていた。
 お互いの動きを完全に封殺し、両者一歩も動けぬまま状況は膠着する。
 汗が頬をつたう。プレッシャーでとても喉が渇く。体外へ止めどなく零れる血が熱を奪う。
 実力が拮抗する者同士の隙の読み合いはとてつもなく体力を消耗する。
 さらに刻一刻と減ってゆく魔力が勝負を焦らせようとする。
 判断を狂わせる悪魔の誘惑に打ち克ち、つい逸りそうになる心を平常に抑えて、心身を明鏡止水へと近付けていく。
 気が張り詰める。一触即発の緊迫感と二人が発する澄み切った戦意が周囲を支配していた。
 勝負はきっと一瞬にして決まる。
 片腕片足を負傷しているファイターと、脇腹が欠けている以外とりあえず四肢は無事のセイバー。
 徒手空拳で剣のない騎士と、空手こそが武器である闘士。
 パッと見では闘王の圧倒的有利。
 しかしファイターの方がセイバーよりも深傷が多い状態なのを考慮すれば恐らくほぼ五分の勝負だろう。

 セイバーもファイターも静かに息を吸ってからゆっくりと吐いた。
 吸って吐く。
 吸って吐き。
 相手の様子を子細に観察しながら吸って吐いて。
 酸素を体中に染み渡らせるように空気を吸い、再び吐いた。
 仕掛ける絶好のタイミングを見計らいつつ息を吸いまた吐く。

 そして次第に相手と呼吸が合致してくると。

 次の瞬間、グッと息を吸込んだ両者の瞳がカッと見開かれた─────!!


「────だりゃあッ!!!」
 酸素をたらふく吸って得たパワーを一気に爆発させてセイバーの両足が爆ぜる。
 その速度はまさに地上を飛翔する猛獣。
 狙いは闘士の左側。
 重傷でまともに可動しない左腕の真横を地を這う蛇の如き低さで掻い潜るつもりだ。
「セイヤァ───ッ!!!」
 同時に、突破を図る相手に合わせてファイターが動く。
 鉄拳を叩き込む場所は予め決まっていた。
 方向は自身の左側、高さは腰よりも低い位置。
 負傷した左腕側へと頭を低くして通過しようとするパラディンの頭蓋を木っ端微塵に貫き砕く魔砲が発射される。

「─────ぁ───……!!?」
 神の騎士の口から小さな悲鳴が漏れた。
 ドンピシャリの狙いで急所を迎撃してきたファイターにセイバーが死を覚悟する。
 気が付いた時には両足が大地を蹴っていた。
 そして宙空に身を跳ね上げながら闘争本能に従い蹴り放った右脚。
 一瞬の間だけ重力から解放され、天地がくるりと逆転して地面が頭上に現れる。
 がむしゃらな抵抗は相手の左腕《じゃくてん》を綺麗に捉えていた。

「な……!? ずぐがあ───ッ!!!」
 闘王の口から小さな驚愕と悲鳴が漏れる。
 地を這っていた筈の白蛇が突如曲芸のような身軽にも限度のある超抜運動で真上に飛躍していた。
 ──と、思った瞬間には耐え難い激痛が左腕を襲っていた。
 下方に照準を定め、全体重を乗せて打ち下ろした必殺の拳が激痛によって標的を僅かに逸らし空を斬る。
 躱された。必中必殺の攻撃がまさか躱されるなど誰が思おうか。
 しかし認めたくなかろうとも紛れもない現実としてセイバーはまだ確かに生きていた───。

「お─────うおおおおお!!」
 セイバーが天地がひっくり返った状態で雄叫びを上げていた。
 頭上《じめん》の方ではファイターの破壊の魔拳が空気を打ち抜き疾走している。
 もしミリ単位ですらも掠ろうものならきっと頭部が失くなる。
 そんな悪い予感を証明するかのように微かに竜腕に触れた一房の金髪が一瞬にして蒸発。
 やはりまともに触れられたら死ぬらしい。
 相変わらずのインチキっぷりに眩暈がする。
 死が傍らを通過してゆく感触に冷や汗が出ようとも、されどその碧眼は一点を見詰めて離さない。
 もう指が届きそうな位置に不在の主人を待ち侘びていた愛剣の姿がある。

 くるりと空中前転して、反転した天地を元に戻し、白銀の騎士は鷲の如く地に舞い降りた。

 そしてついにセイバーが大地に転がるデュランダルに手を伸ばし、柄を掴む。

「ファイター────────────ッッ!!!!!!」
「セイバー────────────ッッ!!!!!!」


 そうして両者同時に相手へと振り返り────

 永遠に引き伸ばされる刹那。

          二人の眼には聖杯の祝福がはっきりと視えた。

 ───永遠を破って突き出される王の拳。
 ───時を逆行して迸る大天使の刃。

          英雄たちが差し伸ばす手の先には栄光の勝利がある。


 ただ無心に敵を凌駕せんとする無垢なる一撃は喩えようもなく美しく。

    トスンとした途方もなく滑らかな肉の手応えをその掌に残して。

      交差する二筋の煌きは流星となって虚空に消えた。





 ──────こうして、長かったようで短い二大英雄の死闘はついに決着を迎えた。




             ◇                    ◇



 ポトポトと落ちる赤い雫が大地を鮮やかな朱華で満開にする。
 背中から飛び出した剣の切っ先からは朱色の涙が無限に零れ落ちていた。

「あ────がはっ、ゴブ!! み、見事だ、ロー……ラン」
 それだけ口にするとファイターの口元から一層激しいの血が逆流が起こった。
 死を連想させる吐血。ヒューヒューという苦しげな呼吸音。
 そして真実、彼は助からないと誰の眼からも一目で理解った。
 ファイターは胡乱な感覚ながらも自分の状態を視認した。

 ベーオウルフの心臓のど真ん中をデュランダルが綺麗に貫通していた。

 流石にこれでは助かるまいなと闘王は自らの結末を潔く認めた。
 彼がどれだけタフネスであろうと、彼がどれほど高ランクの戦闘続行スキルを保有していようとも、
 サーヴァントの現界の核たる心臓を宝具で破壊されれば助かりようがない。

 セイバー最後の一閃は見事ファイターに届いたのだ。


 ならばこの死闘の結末はローランに軍配が上がったのかと言えば、

「ぶ──が……っ!! ご、ア───痛ぇ…」


 ───それは否であった。


 ファイターよりもさらに尋常ではないセイバーの出血量が全てを物語っていた。
 青年騎士の胴体の真ん中に修復不可能な大穴がポッカリと空いている。
 それから一番不気味なのが闘王の右腕が聖堂騎士の背中から生えていることか。
 見下ろすとピンク色で艶のある中身まで覗いている始末なのは自分でもどうなのかとつい苦笑してしまう。

 ローランの腹部をベーオウルフの正拳突きが完全に破壊していた。


 ───────相討ち。

 しかしお互いに相手の体を貫き合うその壮絶な姿は───。


 どこか────健闘を讃えて抱き合っているかのようにも見えた──────



「…………ぅ」
 力を失った膝が砕け、支えをなくした上半身が無抵抗に崩れ去る。
 固く握り締めた拳がほどけた。
 絶対に離さぬよう強く握っていた柄から指が離れる。
 そうして二人は揃って冷たい地面にドサドサと倒れ伏した。
 もう再び立ち上がる余力などどこにも存在しない。

 ────英雄の戦いは、彼らの聖杯戦争はこれで終わったのだ────。

 あまりに無常な命の終着。
 そして希望の終わり。
 胸に残るのは全力を極め尽くして最後の瞬間まで戦い抜いたという英雄としての爽快感と、
 聖杯に…悲願に辿り着けなかったというヒトとしてのどうしようもない苦さだけ。

 棺もないまま二つの亡骸はじき跡形も無くこの世から消え去るだろう。
 斃れた二人の内、まず最初に変化が起こったのは心臓を破壊されたファイターの方だった。
 闘王の姿が徐々に霞んでいく。
 ファイターの存在濃度が次第に薄まってゆき、とうとう肉体は幽霊のように半透明。
 今では口端から伝う一条の朱色だけが最も鮮明な色味であった。


「───終わり、か。力不足で、すまないマスター。
 どうやら、私一人…で…聖杯戦争を、勝ち、抜くのは……無理、だったようだ。
 やはり私には、貴殿の采配が、必要ら…しい。
 期待に応えて…やれず、誠にすまなかった……ぁ、トオ、サ、カ、どの─────」


 辞世の句が主への詫びとは何とも彼らしくもあり、それがとても哀しい。
 最期までヒトの為に戦おうとした王が爪先から星砂となって霧散していく。


 ───そうして、

 ベーオウルフは彼の本質を損なわせぬまま、

                   物静かに消滅した─────。




        ◇                 ◇




 セイバーはぼんやりとした瞳で最後まで強敵で在り続けた男の死に様を見届けた。
 大の字で仰向け倒れている騎士はもう身動ぎも出来ない程に衰弱していた。
 出血と一緒に生命の源が流れ出ている感覚。
 この感覚は知っている。
 生前も一度体験した本当の死に瀕した時に陥る体の感覚だ。
 体温が失せて寒いのかさえ分からなくなる位に……ひどく、さむい。
 自分の命があと数分もないのを子供みたいな青年は漠然と悟った。

 セイバーは横を向いていた首をなけなしの力を絞ってなんとか正面へと向き変えた。
 目線の先には満天の星々ときれいな月。
 彼らはどんな時であっても、いつの世であっても、変わらず優しい光で地上を灯してくれている。
 それはまもなく霧散する聖堂騎士に対しても例外ではない。

 すると唐突に煌めく夜天が曇硝子に覆われたかのように滲んで見えなくなった。
 ───騎士の涙だった。

「ハ、ごめん…アヤカ、ルゼリウフ……なさ、けねえ…な、オレ……がんばって、みたけどダメ…だった」

 勝利するという約束を果たせず不義理にも消え逝く自分の不甲斐なさに涙が止まらなかった。
 それどころか今も命の危機に瀕している少女の所へも戻ってやれないのがたまらなく口惜しかった。
 しかしこの身が出来る事などもはや何もありはしない。

「神さま、どうか…アヤカ、に…あなたの、御加護を……お与え、くだ、さい───」

 だからセイバーは神に祈った。
 彼女の無事を清廉に祈るしかなかった。
 せめて綾香だけは生き延びて欲しいと心からそう願った。

 だが、どうやら彼には彼女の為に祈る時間すらも残されてないらしい。
 朽ちていく肉体が砂金のように僅かな微光を放つ。
 一度始まってしまった透化は二度と止まることはない。
 速やかに手足の末端から形が崩れていく。
 力が入らない。重たさに耐え切れなくて、瞼も開けてられない。


 そうしてローランの瞼が落ちる間際──────とても淡い幸夢をみた。



 そこは蒼天の下で繁栄する祖国の大地。
 純白のドレスに身を包んだ女性と、とても良く見知った青年が正装姿のローランを待っていた。
 オリヴィエが柔らかな笑みを浮かべてこちらへ軽く手を振る。
 オードもはにかんだ表情でとても幸せそうだった。
 周りには大勢の人集り。
 シャルル王にパラディンの仲間達や親戚一同それに王侯貴族に兵達。
 皆が彼らの婚儀を心から祝い、この瞬間の幸福を一生懸命に噛み締めていた。

「……長かったけどついにオードとの結婚、かぁ。
 それじゃオレたち三人は今日から家族になるわけだから───…、
 つまりオレとオリヴィエも義兄弟から本当の兄弟になったってことなのか?
 ってことはオレとオリヴィエは親友にして真の兄弟……そうなったらオレたちずっと一緒に居られるな!」

 ローランが無邪気な顔で笑う。
 オードもオリヴィエも笑った。
 みんなとてもしあわせそうにわらっていた。



 だから─────つい目が覚めてしまった。

 だってあんまりにも幸福な夢だったから。
 心《め》が痛いくらいに眩しかったのが逆にまずかったみたいだ。
 まったくいい夢なら最期まで見てればいいのに普段単純な癖になんて勿体無い。
 夢から醒めてしまったセイバーは思わず間抜けな自分に苦笑した。

「ああ…へへ、でもどのみち結婚はダメか…オレまだオードを救えて、ないし、みんなに謝って、ないもんなぁ。
 罪滅ぼしは、きちんとしないと…いけないもんな。
 今回は、ダメだったから…また、次のチャンスに……持ち越しか。
 次──こそはオレ、かんばるよ。がんばるから……だから、その時こそは…オリヴィエ。
 ────オードとの、結婚…、認めてくれる、よな?
 それで、オレたちは、ほんとうの…きょう、だいに……兄、貴──…、オード─────」


 セイバーが消えてゆく。
 何一つ残さずに散り散りになって消えてゆく。


    ───それはまるで、

          すべてが泡沫の夢だったかのように、

        ローランは穏やかな顔で儚く消えていった────────





          ◇                ◇




 それは初めから存在しない七色の夢幻。
 確かに彼らはここに存在していたのに、今やもうどこにもいない。
 地上から一切の痕跡を消し去って七体目最後のサーヴァントは消失する。

 そうしてセイバーが消滅すると同時に、


 ───────ついに杯が満ちた。


 地鳴りがする。
 遠坂邸を中心に冬木全域へと微かな地震が伝播してゆく。
 
 空には月が二つ出ていた。
 片方は真円を描かぬ欠けた月。
 そしてもう片方には、黒に染まった天空に輝く偽りの満月の姿が。
 待ちに待っていた。
 前回の聖杯降霊儀式が失敗してから半世紀もの間ずっと。
 待ち焦がれて、焦がれて、ずっと追い求めていた純白の満月が───。

 我らの宿願が。
 我らの望みが。
 ついに眼の前にある。




 ──────聖杯が、完成した──────。




 その時、無数の闇が蠢いた。
 最後の騎士が消滅した広場に小さな闇が次から次へと這い出してくる。
 勝ち残ったサーヴァント達の最後の戦いの行く末を、息を殺して見守っていた夥しい数の蟲の群が────。

「おおっ、おおおおおおおおおお!!」
 黒が吼える。興奮したように歓喜の雄叫びを上げている。
 無数の小さな闇はたちどころに一箇所へと寄り集まり、そして互いを喰らい合いながら、やがて一つの大きな塊へと変化した。
 蒼い色をした癖の強い毛髪。異邦人でありながらも、日本人よりもその身に馴染んだ袴姿。
 しかしソレは外見が全く違っていた。
 先日まで確かに老人だった筈の男が………老人とは正反対の若く瑞々しい姿形をしていた。



 ────間桐臓硯が、独り聖杯の成った広場に立っていた。



「つ、ついに、聖杯が……聖杯が、降臨する………」
 若者の声は震えていた。
 神々しい存在を仰ぎ見るように目を細めた。
 マキリの頭をよぎるのは半世紀前の記憶。
 国を追われこの極東の地に流れ着き、そして理想を共にした仇敵達と出会い、彼らと協力したった一つの奇跡の卵を完成させた。
 その卵が、長き年月を使って温め続けた黄金の卵が───ようやく孵ろうとしている。

「────見よ、見るがいい。我が仇敵たちよ…。
 見ろ……ふ、くく、クカカカカカカカ! あの虚空に浮かぶモノを見がいい我が同胞たちよ!!」

 陶然と真白の満月を見つめて、再びマキリ・ゾォルゲンが今は亡き同胞たちへと吠えた。
 大聖杯を完成させる為に自ら生贄となった冬の聖女と、二十年以上も昔に他界した魔法使いの弟子へと向かって。


「我らはとうとうやった、ユスティーツァよ、ナガトよ。
 やったのだ、ついに我らが、聖杯の探求者が、始まりの御三家が─────ついにマキリが聖杯に到達した!!!」


 夢遊病患者のような足取りでマキリが歩き出す。
 一歩進む度に全身が震えた。
 無理もない。念願の夢が、悠久の時を越えた悲願を眼の前にしているのだ。
 これで震えない筈がないではないか。
 だがそれでも小聖杯が安置してある邸内を目指してまた一歩足を前へと踏み出したその時────。



 ──────突如遠坂邸の上空に出現していた筈の白い太陽が急速に閉ざされていった──────。



「───なっ!!?」
 マキリの口から驚愕と悲鳴が零れた。
 そして聖杯降霊の大儀礼を作り上げた当事者の一人である彼は一目で現状を理解してしまった。
 男は無意識の内に走り出していた。
 遠い。なんということだ、あの場所まであまりに……遠い。
 これでは───間に合わない。
 三日月状に欠けてゆく白い孔。
 大聖杯が運転開始してからつい先程まで確かに冬木全域を包んでいた"あの気配"が完全に止んだ。
 まるで門を閉じるかのように、白い光を放つ孔が閉ざされていく。


 無情にもそれは───聖杯戦争の終焉を告げる決定的な合図でもあった。


「まっ、待て!!! 消えるな! 頼む、たのむ! まだ、まだ消えるなああああああッ!!
 ユスティーツァ、ナガト…! おのれッ! ここまで、ようやくここまで辿り着いたというのに……!
 貴様達が我が前から去り、それでも独りここで求め続けたモノが眼の前にあるというのに………あるのに…!!」


 彼らの宿願が、彼らが命を賭して目指してきたモノが、掌から砂のように零れ去っていく。

 あまりにも短く呆気ない、
 聖杯が降りし最初で最後の聖夜が終わる──────。


「頼む待ってくれええええええええ!!
 うおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああ────!!!!」



 そうして、大聖杯はついに懇願する男の悲鳴に一切耳を傾けることなく────再び六十年の永き眠りに就いた。





           ◇                   ◇





 七つの英霊の魂は聖杯の器に回収され蓄えられて、小聖杯は大聖杯の制御装置として完成を遂げた。

 だがしかし────間に合わなかった。

 全ての儀式工程の準備が整い、いよいよヘブンズフィールの本番となる"世界の外側"への穴を開けようという土壇場で。

 小聖杯を鍵に大聖杯を起動させ"世界の外"への穴を開けるよりも一足先に。

 ─────大聖杯の方がその蓋を閉ざしてしまった。



 結末は悲惨なものだった。

 全滅による総崩れ、そして無情なる期限切れ。


 甚大な犠牲と膨大な年月と莫大な労力と途方もない被害を山のように積み重ねてまで実行した神の業を再現する大儀礼《ころしあい》は……、
 しかし結局、ただ一つの成果も達成も無いままに虚しい終結を迎えたのであった───────。



 なんて馬鹿馬鹿しい───そしてふざけた結末なのだろう?
 多くの土地を荒らし、
 多くの嘆きを増やし、
 多くの人間が死して、
 多くの悲願を踏み躙って、
 その果てに得たモノが───────虚無。

 まったくなんて悪趣味で下劣なブラックジョーク。
 これでは惨劇や悲劇を通り越してもはや喜劇でしかないではないか。

 しかしそれでも、奇跡へと至る闘争は終わった。
 誰の願いも、何の奇跡も叶える事もなく、終わってしまったのだ………。





 何もかもが吹き荒んで消えた。
 あとに残ったのは静謐な夜だけ。

    ────ここに最後の聖戦がその幕を降ろした────。

 これが最初で最後の機会。
 あらゆる奇跡が正しく叶った聖なる一夜。
 これから先に待つのはただの喜劇。
 そして多くの犠牲を強要し、絶望を量産し続けるだけの無間地獄だ。
 万人全てが望んだ万能の願望機はもう二度とこの地に顕れることはない。

 欲望と狂気と悪意に染まった二足歩行の獣たちの闘争は果てを知らず。

 悲劇と惨劇はただ延々と繰り返される。

 どれだけの屍の塔を築いても。

 止めることを知らない。

 遥か遠き未来で。

 二人の正義の味方が現れるその時まで───────






























──────V&F Side──────

助けろ!ウェイバー教授!第三十七回(最終回)


F「終わりましたね、先生」
V「ああ、終わった。とうとう終わった」
F「長かったけど終わりましたよ」
V「さて皆鯖マスター諸君、Fate/Another Servant HeavensFeel2もついに最終回を迎えてしまったわけだが……。
  大団円ハッピーエンドを望んでた者には今の内に謝っておかねばいかんな。
  さあゆけフラット! この日の為に磨き上げさせたジャンピング・シャイニングフライ・ドゲザの出番だ!」
F「も~~~~(跳躍中)しわけっ(滞空中)、ごめんなさいです!!!(土下座)」
間「うおっ!?(ビクッ」
ソ「ファアッ!?(ビクッ」
V「フラット、とても良いドゲザだったぞ百点だ」
F「先生…、俺、俺…やりましたよ!(達成感に満ちた顔で)」
遠「…………………(゜Д゜)ポカーン」
槍「拙者らの時代では土下座は殿様や身分の高い者に対して礼拝する為の礼節であったのだが、
  近年では謝罪の意で土下座するんでござるか? ……いやはや時代の移り変わりを感じずにはいられぬよ」
狂「いやねーから。おれン知識の中にもこんなアグレッシブな土下座は存在してねえよ」
雨「くーーーーーる!! ナニソレ今の!? 俺今本気で近未来的な文明開化の匂いがしたよ!」
遠「一体どんな文明開化だ!」
V「アキハバラ文明開化か。私の胸が熱くなるな」
魔「それは頭の病ですので近い内に精密検査をすることをオススメします」

剣「─────うがぁあああああ! 聖杯までもう少しだったのにッッ! ………みんなゴメン(ふて寝」
闘「本当にすまない遠坂殿。力及ばずだった……(ガクリ」
F「あ、さっき死んだ方々が教室に来ましたよ先生! ──って言うかあちゃー駄目ですねこれ。
  完全に真っ白に燃え尽きちゃっててあしたのジョー症候群になってます」
V「寝かせといてやりたまえ。特に約一名に暴れられても困るし」
ア「遊興もいいですけどそろそろどういうことか説明してくださらないかしら?」
遠「ああ同感だ。御三家の者としても知る権利はあるんじゃないかな?」
間「だよなぁ。こっちは総倒れなんて話聞いてねえぞ」
騎「ファラオであるこの俺様を差し置いておめおめと生き残りおったあの屑二人が相討ちで死亡したのは愉快だ。
  だがしかしだ、正直この結末はどうなのだ??
  FateASのサブタイ"ラメセスハートフルストーリー"のEDに相応しくない気がする、俺様死んでるし」
F「真面目な話するのかと一瞬思ったのにさり気なく何言ってるんですか王様!?」
V「まあ各々言いたいコトは色々あるだろうが、私から言えるのは一つだけだ。
  うんすまん! FateASが第二次聖杯戦争を描いた物語である以上は残念ながらハッピーエンドも大団円も不可能だった。
  勘の良い者なら連載開始の時点で薄々は分かっていたことだろう。
  この二度目の大儀式が失敗に終わるって結末くらいは・・・。
  ASは仮にも過去話物のつもりなのでその結末だけは動かしようがないのであった。
  第三次ならば願いは叶わないまでも勝利者だけは作れるんだがね。
  まあでも折角勝ったのに褒美がないのだからある意味超バッドエンドだが」
ア「そう言われれば一番最初に脱落したのは私だったわね……もう記憶に残っていなかったわ」
雨「そう言えば俺も自滅してバーサーカーに食われたっけ……」
F「聖杯戦争は第一次~第四次まで全部失敗って結果が出てますもんね……。
  割と最近のコンマテ3でも第二次の情報いくつかありましたし、小聖杯に溜まった魔力も過去使われた形跡ありませんでしたし」
V「とりあえず戦ってる間にグダグダで終わった第一次聖杯戦争とは違い、
  第二次はサーヴァント戦の決着は付いたが肝心の聖杯降霊儀式は大聖杯の期限切れで強制終了による失敗と」
ア「こういうのを何て言うのかしら?」
メ「本末転倒、でございますねお嬢様」
遠「我々の全滅は必定だったのか。世知辛い設定だな………」
間「せ、聖杯が手に入らなかったら…じ、爺に怒られるじゃないか……」
弓「怒られる前に死んどるじゃろお前」
ソ「キャスター命令だ、ザオリクおぼえろ。いますぐに」
魔「諦めなさいマスター。確かに不死薬や霊薬の研究はしてましたが結局擬似的な代物しか作れませんでしたし。
  それほどまでに死者蘇生がしたいのならオルフェウスとかアスクレピオスでも召喚すれば良かったんですよ」
ソ「そんなレア鯖の触媒なんぞ簡単に手に入らんわッ。むしろ簡単に手に入って貰っても困るだろう」
V「あははは、困る言えばAS連載時に新情報が出るのが一番困ったなぁ。
  安陽王と本多忠勝の東洋の英霊を既にASで出してから大分経った後で、
  "聖杯戦争は西洋魔術基盤の儀式なので東洋の英雄は召喚されないですよ"ってのを見た時、自分は(゜Д゜)なった。
  あと何が驚いたって第一次令呪ないのかよ!?と。令呪が第二次からの新兵器だったなんて……ああおいしい食材が勿体無い!」
F「もっと前にそれが分かってれば"令呪でサーヴァントを従える"ってのをASの主軸にして話が作れましたからね」
V「戦闘メインにしたのは流石にキツかったな……七つも視点あるし戦闘描写の表現方法にも限界があった。
  あと何が一番失敗したってやっぱ主役はいた方が絶対書くのが楽だね。
  全員主役みたいな扱いするとスポット当てるのもなるべく平等にしないといけないから文章量が増える増える!」
牧「途中からマスターにまで手を伸ばし始めたからな。それは文章量も増えるだろう」
F「知ってます? あれでもサーヴァントの扱いに比べると抑えて書いてた方なんですよ?(ヒソヒソ」
槍「それはまことか!? 魔自基地でござるな……」
V「あ、ちなみに前回ラスボスポジションだったファラオが一足先に死んだのはあの二人を相討ちさせる為だぞ」
騎「な"に"ぃ!?」
V「破壊出来ないモノはない魔拳VS絶対壊れない聖剣の一騎討ちは王道ながらもやっぱ王道故に需要は高いのかな?
  ってことで決勝戦に持って来たってのもあるんだがね。
  この概念同士のぶつかり合いの為にわざわざローランを黒騎士化させて宝具沢山バッキバキに破壊させたくらいだし。
  でもまあそれ以上にお前達三人は火力に差が有り過ぎてな…。
  どうシミュレーションしても一騎打ちでの相討ちは不完全燃焼あるいは不自然な形にしかならなかったよ。
  だから相討ちは対人宝具持ちに任せて準決勝でライダーには二対一の状況で完全燃焼して退場して貰ったという事情だ」
騎「そんなしょうもない理由で全世界八億人のラメセスファンを抱えるパスポート持ちのファラオ様を退場させた、だと?
  貴様絶対脳味噌に間桐臓硯を飼ってるだろう正気の沙汰ではないわ!」
F「ようするにラメセスさんが強すぎたんですよ!!」
騎「……む? ああなるほど、そうかそうか。俺様がぶっちぎりで最強過ぎたのが拙かったのか。
  たまには下々の者に歩調を合わせてやらんと高き俺様にはついて来れんからなぁふはははは!」
牧「……………ふぅ」

V「しかしとうとうゴールし切った……FateASを開始してからきっちり完結させることが出来たよ」
F「長かったですよねえ。当時はSS書きさんも他にもっといたのに気が付けば自分だけって状態になってましたし」
V「だなあ。最近は一人たのしいなかまがぽぽぽーんな感じで増えたから寂しくなかったが、一年前とかそりゃ寂しかったものだよ」
F「頑張りましたね先生!」
V「ああ、がんばった。
  そしてASに最後まで付き合った皆鯖マスター諸君もよく頑張った。
  数年の時間を費やしこのV&F教室と鯖講座で聖杯戦争のなんたるかを学んだ諸君は今や立派なマスターとして成長をしてくれた。
  一人の講師としてこのことを僅かばかりだが嬉しく思わなくもない。うんちょっとだけだがね」
F「ツンデレ!? 流行のツンデレですかセンセ──あぎゃぎゃああー!!
  ごごご、ご無沙汰振りの葉巻攻撃がああああ!!?
  い、いい加減俺を灰皿にするの止めてくださいよ先生! 照れ隠しのつもりですか!? 超熱いでしょう?!
  それに先生が人の額にベルベット征服スタンプばっかりするから俺のあだ名クリリンになっちゃったんですよ!
  俺を傷モノにした責任とってください! 俺クリリン嫌です!」
V「誤解を招く表現はやめんか! 大体ヤムチャやチャオズや天津飯やナッパ辺りのあだ名よりはいいだろう。
  もしピッコロって言われた日には顔色で死相が出てるコトだし、クリリンなんてDBの超勝ち組じゃないか」
F「そう言われれば確かに悪くない気がしてきたかも……?」
V「まあとにかくだ! 私が君達に教えられるのはここまでだ。
  本日を以てこのV&F教室は修了とする。
  これでいつどこぞの赤毛の少年のように突然聖杯戦争に巻き込まれたとしても安心だな。
  ───だが私を差し置いてグランドの階位のマスターにまでなってたらコロス(ボソリ)」
F「いまほんのちょっとだけ本音洩れました?」
V「さて何のことやら?
  では私から最後に。いままでお疲れ様だ生徒諸君、そして私の下から卒業おめでとう。
  縁があればまた会う事もあるだろう。そのときを楽しみにしている」
F「また機会があればどこかでお会いしましょう、それじゃ皆さんバイバーイ!!」