──────Sabers Side──────


 光の時間は終わりを告げ、闇の時間が到来する。
 この星が生まれてから幾度繰り返したのかも分からぬ程に繰り返された当たり前のサイクル。
 動物にも人にもそして彼女たちマスターにも必ず訪れる約束された時間帯。

 昨夜、少女の相方の白騎士が大暴走をかまし主人を大混乱の渦に陥れるというちょっとしたハートフルハプニングこそあったが、現在はどうにか落ち着いている。
 日中も特に問題もなく……というよりは問題を起こしそうな番犬にはきつい灸を据えておいたから嫌でも大人しくしていた。
 まあ尤も、セイバーが大人しくしていたのは灸を据えられたからだけではないだろうけど。
 すこぶる勘の良い彼ならきっと自分と同じ予感を抱いていた筈だから。

 ───おそらく、今夜が聖杯戦争最後の日になるだろうという終わりの予感を。

 それからの活動方針はシンプルだった。
 彼女たちは最大限このつかの間の休息を満喫した。
 ライダーの攻略法に二人仲良く頭抱えて悩んだり、もう釜に米はないのにおかわりを要求する暴食騎士をシバいたり、英雄本人が語る伝説の真実を聴かせて貰ったり、洋館内に保管してあった洋酒を一緒に呑んで酔いそして二人して吐いてみたり。
 とにかく綾香とセイバーは来たるべき夜の決戦に備えて思いっきり英気を養った。

 そうして、陽が暮れた。


「今夜で終わりかなぁ?」
 談話室らしき部屋で小休止していた少女が感慨深そうにそっと嘆息を零した。
「ああ多分な。オレもそんな気がするし」
 同じく夕食を取り終えて腹休め中のセイバーが少女の独り言に反射的に同意していた。
 この聖杯戦争は本当に色々な事があった。
 あまりの密度の濃さになんか二、三年位聖杯戦争をやってた気さえしてくる。

 天井をぼんやりと眺める綾香。
 彼女の脳裏には激動だった十数日間が、命懸けの日々が、ごく自然と走馬灯のように再生された。


 ───始まりは柳洞寺から。
 何も知らされないまま祖父にこの冬木に連れて来られ、修行の一環として祖父の補佐役で聖杯戦争に参加する筈だった自分。
 これといって重要な役割でもなく、力も知識もある祖父の後について行くだけでいい簡単な修行。
 しかし、誰も予期していなかったまさかのアクシデントが発生した。
 肝心のお爺様がランサーを召喚した直後にライダーの魔手にかかり殺されてしまったのである。
 だが幸か不幸か令呪の再配分によってマスター権を得たわたしはランサーのマスターとして独りでこの夜を駆け抜ける事に。
 不安がなかった訳じゃない。自信があった訳でもない。
 それでも戦えると前向きに思えたのは、とても頼もしい侍が自分にはついていたから。
 だけど………それも長くは続かなかった。
 右も左も分からない未熟な新米魔術師を頼もしく導いてくれたランサー本多忠勝は……主の窮地を救う為に身代わりとなって消えた。
 そんな未熟な自分が生き延びる事が出来たのは偏にランサーの機転と新しい剣の実力のおかげである。
 新たな契約者、それが現在のパートナーであるサーヴァント・セイバーだ。
 わたしは失った槍の代わりに新たな剣を手に入れる事でこの闘争に復帰した。
 しかしこのローラン、ランサーと違って全然言う事を聞いてくれない困った騎士様で猪よりも猪突猛進なのは如何なものだろうか?と何度も思ったものである。
 けれど、それでも伝説のパラディンの実力は確固たる本物だった。
 伝説に残した称号に恥じぬ最強《はんそく》の大英雄。
 その力は保証書付きも同然だ。
 なにせわたしみたいな新米で最低階位の最弱マスターを見事最終戦まで連れて来てしまったのだから。
 セイバーはキャスターを倒し、男性では絶対に勝てない筈のバーサーカーを破り、気付けば自分達は残る三組の中の一組になっていた。
 そしてその三人のマスターで最後に残る一人もきっと今夜決まることだろう。
 わたしの目的はただ一つ。
 最終戦に勝ち残る。欲を言えばライダーをやっつけて勝つ。
 それで沙条綾香の聖杯戦争は終わる。
 さぁ、あともう一踏ん張り。
 お爺様の残した宿題をきっちり片付けて、セイバーの悲願を叶えて、胸を張って終幕の瞬間を迎えよう────。




 数分の回想を終えた綾香がふと横を見てみると、セイバーが目を瞑って静かに祈りを捧げていた。
 その姿は非常に身に馴染んでおり騎士が敬虔なクリスチャンであるのが容易に窺える。
 彼は何を想い祈っているのだろうか?
 セイバーのことだから多分……いやきっと最愛の女性《オード》のことに違いない。
 それから親友《オリヴィエ》と、十二聖堂騎士《ドゥーズペール》の仲間たち。
 そう、セイバーの聖杯戦争ももうすぐ終わりを迎えようとしている。
 聖杯でその胸の内に秘めた切なる願いを叶える為にも騎士は王格を持つ最強の英雄たちを打倒しなければならないのだ。
 だけどそれが不可能な難業だとは微塵も思わない。
 いやむしろローランならばきっと勝てる。勝ってくれるに違いない。

 そんな根拠のない確信を予感しつつ綾香は騎士の祈りの邪魔をしないようにそっとスカートのポケットから紙切れを取り出た。
 何の変哲もない文字が書かれたただの紙。
 それをもう一度確認するようにじっくりと眺める。
 真剣な表情で紙面の文字を注視していたら、
「なにやってるんだアヤカ?」
 お祈りが終わったのかセイバーが横から話しかけてきた。
 彼女は確認。と簡潔に返事を述べると、
「あと二、三時間もしたら出発よ。準備と覚悟は出来てる?」
 と、勝ち気な微笑を浮かべて騎士に訊ね返した。
「モチロンだぜ! へへ~、そういうアヤカの方は準備万端なのか~? 心の準備は出来たのか?」
「当然よ! やり残しなんて一つもないわ。あとは本番で実践するだけよ」
「おっ、そりゃ頼もしいな!」
 そう言って二人はお互いに強気な表情で笑い合った。


 その数時間後。
 彼女達は数日間世話になった豪邸という名のアインツベルンの別荘を後にし、最後の戦場へと出発した────。



         ◇                      ◇



 名馬が長い坂を疾風の速さで一気に駆け登る。
 ヴェイヤンチーフはやたら坂道の多い深山区域も物ともせずに戦地を目指していた。

「……ん? おいアヤカ! なんかサーヴァントの気配が二つするぞ!」
「え? 嘘、まさかもう交戦してるの!?」
 サーヴァントの霊感が近くにいる同類の存在を報せる。
 この気配は間違いようもなく打倒せねばならない宿敵のモノだった。
「とにかく行ってみるぜ! 駆けろヴェイヤンチーフ目的地はもうすぐそこだ!」
 遠坂邸はこの先にある。
 騎士は手綱を操ると、既に二騎のサーヴァントの気配がする戦場へ愛馬を一目散に向かわせた。

 暗闇で先が見通し難いが、前方から濃密な殺気が漂ってくる。
 どういう訳だか砂漠のど真ん中にいるかのような熱く乾燥した空気も感じられた。
 知っている。これは戦場が纏う昏い空気。戦う者達が発散する血と魂の匂いだ。
 聖堂騎士の眼が遠くの何かを捉えた。
 広場のようにでかい庭の中心に四つの人影が見える。
 一触即発の薄暗い緊張感とライダー達の会話が時々風に乗って伝わってくる。
「よっしゃあ! このまま乗り込むぜ! 別にいいよなアヤカ!?」
「───うん!」
 主のGOサインは貰った。
 セイバーはヴェイヤンチーフにラストスパートの加速を命じると、一番最後に宙高く馬体を跳躍させた。
 そして、


「───少しばかり待たせたぜファイターにトオサカ!
 我が主君が同盟で交わした約束を果たすべく参上した─────!!」


 陰鬱な戦場の空気を蹴散らすかのように彼らは颯爽と登場した。
「な………」
「んだと───?」
 騎兵と闘士の間を切り裂くようにして現われた突然の乱入者に驚くライダー達。
 宝具攻撃直前の高ぶっていた緊迫感が雲みたいにどこかへ千切れて飛んでいく。
 そんな事情など一切お構いなしに両名の中間点を駆け抜けて行った名馬は騎手の意を汲み取り調度良い位置でその健脚を止めると、くるりと相手の顔が見えるよう方向転換した。
「よしよぅし、いい子だぞヴェイヤンチーフ。さあ決戦だ気合入れていくぜ!!」

 三組は空から観ると奇しくも正三角形になる形で向き合っていた。
 それはまるで三者それぞれの立場を示すような立ち位置であった。

「セ、セイバー達が何故(なにゆえ)ここに──?」
 あまりに突然な援軍の登場に思わず首を傾げるしかないファイター。
「え? なぜも何も此処に呼び出したのはそっちじゃない?」
 しかしすると今度は綾香が闘士のその問いに首を傾げてしまった。
 は…?と互いに意味不明といった感じの表情で見詰め合う少女と闘士。
「なんだって? こ、これはどういうことなのだ遠坂殿?」
 ファイターが若干困惑した様子で主の方を見てみると、
「ふ、ふふふ…あはははははははは! やった、やったぞ! なんとか間に合ったか!
 すまないなファイター。君を騙すつもりはなかったが応援が保障された策でもなかったのでね。
 なので敢えて君には言わないでおいた。
 しかし、敵を欺くにはまず味方から。とよく言うだろう?」
 歓喜でやや興奮した遠坂がしてやったりという風な不敵な笑みをライダー達に向けて浮かべた。

「で、では、遠坂殿は彼女らがこの場所に現れると最初から承知していたのか!?」
「ああそうだ。だがファイターの心理状態をライダーに見破られた時は焦ったよ。
 君と同様に私も見抜かれまいかと内心冷や冷やした。
 まさに危機一髪ってやつかな。遠坂刻士がライダーの眼中になかったのが幸いした」
「……まさか遠坂殿はこうなると分かっていたからわざとライダーの張った罠を踏んだのか?」
「そうだ──と言えれば格好が良いのだろうが………いいやあれは単純にライダーの計略が私を上回っただけさ。
 結界の抜け穴を見付けて喜び勇んで飛び込んだらまさか虎穴とは思わなんだ。あれにはまんまとやられたよ。
 私としても予定では奴の言う通り奇襲から白兵戦に繋いで問答無用で押し勝つ気でいたからね」
 いまいち納得のいっていないファイターから矢継ぎ早に投げられる問いに遠坂がスラスラと答弁してゆく。
 しかしそれ以上に納得のいっていない砂漠の王が冷たい殺気を放ちながらようやく重い口を開いた。

「不可解だ───答えるがいい魔術師。
 何故そやつらがまるで時機を見計らったかのようにこの場に現われる?」
「そんな難解な話じゃない、誰でも考えつく単純なタネさ。
 予めセイバーのマスターに文《ふみ》を送っておいたというだけのね。
 昨夜の時点で我々が今夜ライダーの陣取るこの遠坂邸に攻め込む事を記した協力要請の手紙を彼女の許に送った。
 セイバーが元アインツベルンのサーヴァントなら潜伏先も簡単に絞り込めたからね。さして手間も掛からなかった。
 さらに我々の邸到着時刻とは少しだけ時間をずらした時刻を文に記述し、その時間に邸に彼女達が到着するよう仕向けたのさ」
 遠坂はライダーの威圧にも臆さず淡々と種を明かす。
「お前達が取るであろう戦術は事前に予想がついたからな。
 私でもライダーと全く同じ戦術を選んだことだろう。
 見晴らしの良い広い庭で侵入してくる敵を距離を開いた状態で待ち構える。
 騎兵クラスのサーヴァントが戦うには最高の条件だ。
 王道とも言えるこの堅実な戦法を捨てて別の作戦を選ぶ筈がないと確信していた。
 だから私はこの場を訪れる前に予め保険を一手打っておいたんだ!
 もしも彼女達がここへ来てくれなければ無様に殺されるしかなかったが……、
 幸いライダー、お前がこの娘の仇であるならあの手紙は絶対に無視は出来ないものと踏んでいた。
 そして案の定お前達は眼前の私達にだけ意識を集中した。
 後からこの場にやって来る者がいるかもしれないと考えなかったのがお前達の不覚だ」

 赤き魔術師の得意気な語りが進むにつれてファラオの表情がみるみる怒りで変貌してゆく。


「ふむ、どうやらこれで条件は対等のようだな太陽王。
 確かにファイター独りでは武装の相性できついかもしれないが───さて、二騎ならどうかな?」


 そうして最後に、大胆にも魔術師は王の喉笛を指し示して改めて宣戦布告をした──!

「なーんか上手に利用されたみたいで微妙に面白くないけど……まあいいわ。
 こっちが先に同盟を申し出たんだし、わたしとしてもライダーさえ倒せれば文句はないものね。
 ───セイバーいくわよ! ファイター達と協力してライダー達を討つ!!」
「了解だぜマスター! そんじゃいっちょハデにやってやるぜッ!!」
 白騎士が軍馬に騎乗したまま腰の鞘から聖剣を引き抜く。
 綾香とセイバーもファイター達と同じく標的をライダー達に定める。


「…………我々はどうやらあの男に一本取られたようだなライダー」
 能面のように無表情なゲドゥだがその全身から滲み出る憎悪と殺意だけは誤魔化せない。
 あくまで狩り殺す対象でしかない下衆な異端相手に良い様に手玉に取られたのが我慢ならない屈辱だったのだろう。
 彼のサーヴァントと同様に、牧師は意外にも敵に対し強烈な憤怒の念を抱いていた。

「ふ、ふふ……! よかろう、そんなに死にたいのなら全員望み通りファラオ直々に皆殺しにしてやる。
 だがその前に一つ勘違いを正してやらんとな。
 二対一ならば俺様と条件が対等…だと言ったか?
 くだらん寝言をほざきおって、条件は何も変わっておらんわ。
 俺様と貴様らは戦う土俵が根本から違うのだと知れい────!!!」



 ────ついに決勝戦の幕は上がった。
 己が悲願の成就の為に、最後の三組による命を賭した覇の競い合いが今始まる────。







──────HERO VS HEROES  Kings & Paladin──────


 ライダーが猛然と翼神の船を発進させた。
 高速で回転する車輪が闘士達目掛けて一直線に突き進んで来る。
 セイバーたちが乱入した事で戦闘開始直後の宝具攻撃が阻止された以上、ライダーは一定の距離間を保ちならが相手のレンジ外から射撃を繰り返す戦法を取ってくるとばかり想定していた遠坂陣営にとってこの戦車突進は完全に意表を突く攻撃であった。
「───!? 危ない遠坂殿!!」
 ファイターの腕が棒立ちの遠坂の体をひったくるみたいにして鷲掴むと、そのまま地面に飛び込むように真横へと跳んだ。
 そのすぐ後、焔の鎧を纏った火炎車輪の獣が彼らがつい先程まで立っていた地面をグシャグシャに踏み荒らす。

「チィ、上手く躱したか。だがそれがあと何回保つかな?」
 強襲を辛うじて躱した獲物を次は逃がすまいとUターンした王の戦車がさらに追い打ちをかける。
 しかも面倒な事に今度は船上で騎乗槍を構えたライダーの姿まである。
「遠坂殿は離れていてくれ! ライダーは私が引き受けた!」
 マスターを退避させ、闘王は単身でライダーに挑むつもりでいる。
 自分へと迫り来る戦艦の巨体にも臆する事なく宝剣を構えたファイターが迎撃に向かった。
 実際眼の前にすれば太陽王の戦車が如何に大きいかが嫌でも実感出来る。
 ファイターでもここまで巨大な騎乗物を見た事がないくらいだ。
 まるで大型トラックか大型バスさながら大きさを誇る陸上艦がたった一人の英雄を轢き殺さんとしている光景は異様極まりない。

「いつまでも車上でのんびり高みの見物が出来ると思わないで貰おうかライダー!」
 ファイターが車体に撥ねられる前に空中高くまで跳んだ。
 高みから地表を見下ろしていた騎兵と同じ目線の高さまで一瞬で飛躍すると、闘士はそのまま宝剣で敵を激しく斬りつける。
 それは一撃で敵の首を落とす剛剣の水平斬り。
「ふぅ~…すっ……ダラァッ!!」
 しかし、ファイターの攻撃はライダーの首筋を裂くことは叶わなかった。
 騎兵は長大な槍の間合いと巧みな槍術で相手の斬撃を逸らすと、そのまま連動して柄の部分を器用に使い闘士を車外へ叩き落した。
「王を見くびるなよ闘士風情が! 俺様の槍捌きは槍兵どもにも劣らんぞ!!」
 戦車の加速力が加わり長槍の疾さと威力が上がる。
「おぐ、はッ───ぬが!!?」
 硬い槍の柄で殴りつけられた上に背中から地面に強く叩きつけられ肺の酸素が強制的に絞り出される。
 一瞬意識が飛びかかったが、寸での所でどうにか堪えるとファイターは素早く立ち上がって構えを取り直した。
 ライダーの攻撃はまだ終わっていない。
 両者の距離が大きく開くと、次は槍から強弓に装備を変更し闘士に矢の嵐の浴びせかける。
 正確に人体急所へと飛来する十の矢を、ファイターは七の斬撃で払い落とす。
 船を駆動させつつ、次々とさらなる矢を射かけるライダー。
 騎兵にあるまじき正確無比な射撃力が闘士をその場に縫い付けにしていた。
「ぬぐっ、こんな速射までやれるとは見かけによらず多芸な!」
 ライダーより放たれる安全圏からの容赦ない加撃。
 敵の意外な初手に出鼻こそ挫かれたが、やはり予期していた通りの展開になってしまった。
 短機関銃にも劣らぬ射撃の雨霰。
 防御に回るので手一杯な様子のファイター。逃げる事もままならない。
 しかしここは我慢所だ。
 彼らの作戦では耐えて耐えて持久戦へと持ち込む予定となっている。
 勝機を掴むには今ここで一発足りとも被弾する訳にはいかない。

「おらおらおら! ふはははははッ! どうしたどうしたー! まともに動く事もままならんようだな!
 とっくり味わえ! これがこのラメセスとベーオウルフの差である!!
 おっとそうそう、サービスついでにこいつも教えておいてやろうか。
 俺様と貴様の根本的な土俵の違いをな───ッ!!!」

 ライダーは嘲笑すると、今度は口元に嗜虐の笑みを浮かべながら太陽戦車を突撃させて来た。
 火の巨獣が走る。さっきと大して変化が無いように見える戦車の突進。
 それは二回目の好機到来だった。
 こちらを轢き殺しに来る魔船と交差する一瞬を利用し船上のライダーを斬り倒す。
 今度こそ成功させるという気合を胸にファイターがライダーに斬りかかろうとする。
「──────ッッ!!??」
 だが、強弓を正確に射続けながら騎馬を疾走させるといういわゆる騎射の妙技を使うライダーの戦術手腕によってファイターは下手にその場から動けなくなってしまった。
 逃げれば矢で針鼠。しかし逃げなければ化物戦車の車輪で挽肉になる。
 どちらを選んでも負傷は避けられない。
 ゆっくり思考する時間も与えられぬまま両者の距離間がどんどんなくなっていく。

「くそっ、やむを得ん!」
 死か負傷か。
 選択の余地はなかった。ファイターは少しでもダメージの軽い針鼠の方を選択した。
 巨大船車の直進コースから目一杯離れようとファイターが横へ飛ぶ。
 ドス!ドドズ!と強弓から撃ち出されるマグナム弾みたいに強い矢が丸太のような闘士の腕や脚に突き刺さる。
 けれどこれで車体の回避は成功した。
 このまま一気に反撃に転じようとファイターが着地と同時に両脚に力を込める。

 しかし───逃げた先にこそ太陽王の巧妙な罠が張られていた。
 気が付けば、勇者の眼の前には巨大な炎の壁が……。


「───あ…、ぶごがっ─────ァ……っ!!?!?」


 突如闘王の巨躯が綿入りのぬいぐるみみたいな軽々しさで宙空を狂い踊った。
 空に投げ飛ばされる感覚の中でファイターの視界には、
「ククッ───!」
 予想通りの展開に哂う戦の名手が八重歯を剥き出しにして邪笑している姿が映っていた。
 やられたと痛感するファイター。
 奴は初めから敵が車体を躱すと予期した上で回避先を薙ぎ払うようにドリフトターンを掛けやがったのだ。

「ファ…、ファイターーーーーーー!!!?」
 後方からマスターの悲鳴が轟く。
 五体の所々に火が燃え移ったファイターが無様な苦悶の声を上げて大地に落下した。
 燃え移った火はじきに消えたが、戦車の不意打ち体当たりが相当効いたのか、闘士のダメージは予想以上に大きいらしく遠坂が必死に呼びかけても即座に立ち上がれずにいた。


「くはーっははハハッハ!! どうだファイターよ、骨身に沁みたか?
 これが貴様と俺様の根本的な土俵の違いというやつよ。愚鈍なお前達にもこれで分かった筈だ。
 一体どうすれば戦場でたかが歩兵如きが騎兵に勝てるというのだ────?」


 最初に戦車を突進させてから僅か60秒に満たない攻防で勝負は決まった。
 ライダーが勝ち鬨を上げながら、まだ動けぬファイターの頭蓋を踏み砕こうと手綱を握り断頭の車輪を回す。
「さあこれで終いだ。割と呆気なかったが、きっちり殺しておいてやろう!」


 そのとき、一陣の白い風が吹いた────。


「そうかよ、ってことは騎士《オレ》はオマエに勝てるってことだな!!」
「ライダー左舷から敵だ!」
 戦車を飛び越える大跳躍。
 何百キロもある馬の巨体が羽毛のように浮き上がり、馬上の白騎士が疾風(はやて)の一閃を薙ぎ払う。
「────む!?」
 味方からの警報が功を奏し、敵の襲撃に即時応戦するライダー。
 こちらの頭蓋をかち割らんとする聖剣の一刀を長槍と腕力で押し返す。
 それは鋼が一鳴き唄っただけの、馬が艦を跳び越える間の一瞬で交わされた命のやり取りだった。

「ふん、クズがまだ逃げずにうろちょろしておったか!」
「チョロチョロなんてするか! オマエがオレを無視して勝手にファイターと戦り始めたんだろが!」
 互いに足を止め、馬上の騎士と戦車上の騎兵が罵声を交えて睨み合う。
 彼らのマスターも一緒になって睨み合っている。
 奇しくもどちらも騎乗物持ちのサーヴァント。おまけに相手の騎馬手腕は既に十分見知っていた。

「それじゃアヤカ、あのヤロウにぶちかましてやれ!
 これはキミの戦だ。だから開戦を告げるのもキミの役目だ」
 敵から目を離さずにパラディンが語りかけてくる。
 その広い白銀の背に後押しされるようにして、
「年貢の納め時よライダー! お爺様の仇、今夜ここで討たせて貰うわ!!」
 騎士の背後から顔を覗かせた少女が仇敵に己の意志と決意をぶつけた。
 恐ろしい敵でも眼は逸らさない。相手の赤い眼を真っ直ぐに見据えたまま、綾香も王に対し宣戦を布告する。

 ───しかし、
 少女の果敢な勇気を王はどこまでも傲岸な態度で一蹴した。

「は? 脆弱な小娘風情がこの最強にして最高のファラオの首を獲る? 
 ぷっ、ぶわーハーハッハッハッハッハ! だははははははははははははははは!!
 こ、こ、これは傑作だ! ヒッヒッ、面白い、久々に面白すぎる一発ギャグを聞いたぞ小娘!
 貴様に何が出来ると言う? ああそうか、さては俺様を笑い殺す算段だな?! そうなんだろう? っくっく!
 ふぃ~笑い過ぎて腹筋がしこたま捩れたわ、なんと油断ならん策士よ」
「こ、こ、このぉ…! アヤカがマジメに決闘の意志をぶつけてんだ!
 ゲラゲラ笑ってねえでちゃんと聞きやがれてめえッッ!!」
 決闘に臨む者を侮辱するような大哂いにセイバーがブチ切れた。
 ところがライダーは相手の威圧など痛くも痒くもないと言った感じで、絶対的な己の偉大さを讃えた。

「無駄だ無駄だ、何をやろうがお前ら如きが俺様に届くものか。
 この身は天上に輝く太陽の分身、現人神なるぞ。
 我が身に届く人間はこの世に居らず、神々が唯一我が上に立つのみだ!!!」

「勝つ、絶対勝つわよ!
 わたしの決意とわたしの剣《セイバー》がアンタを貫く、太陽だって沈めてみせるんだから───ッ!!!」

 綾香の気合に今まで散々大笑いしていた太陽王の熱がみるみる冷めていく。
 愉快さは興冷めて冷え固まり、残ったのは冷たい殺意。
 冗談と冒涜は紙一重だ。王はしつこく続けた少女の言葉を冗談ではなく冒涜と処理した。
「いくら傑作の戯れ言でも立て続けに何度も聞かされると不快になるな。
 もういい、勘違いも甚だしい小娘はさっさと死ね」
「奴が来るぞ! 振り落とされねえようにしっかりと掴まってろよアヤカ!」
 うん!と力強く頷いた綾香。ライダーの肌を刺す剣山みたいな殺気にも殆ど怯んだ様子はない。

 直進してくる翼神の戦車に向かって騎士も現世に蘇った名高き名馬を発進させた───。




 セイバーとライダーの競い合いは、そのまま英馬と宝具戦車の競い合いでもあった。
 武器を振るう技量は騎士の方が上回っていたが、騎乗物の大きさの差で条件は騎兵がやや有利といった感じか。
 通常の馬上戦と違い、ただ真っ直ぐに突き進むだけでは騎士の馬は巨大な車体や車輪に轢き潰されてしまう。
 おまけに両者の騎乗物の体格差はとても大きく、ただ馬に跨ったまま剣を振るだけでは騎士の攻撃は敵に届かない。
 その為、攻撃の際には必ず戦車に巻き込まれぬよう細心の注意を払いつつ騎馬を高くジャンプさせる必要があった。
 だがそれは、ライダーにとってはなんとも捌き易い攻撃だった。
 敵は攻撃時に必ず跳馬させてくる。
 つまりはそれは攻撃パターンが乏しいという事に他ならない。
 一度見たような攻撃を何度も繰り返して勝てるほど英霊の闘いは甘くはない。
 よってライダーが注意しなくてはならないのはせいぜい──、
「誰が下衆の搭乗を許した? 降りろこのたわけ者が!!」
「でやぁ! う、おっとととと!?」
 車上に馬ごと乗り揚げて来た騎士達をライダーが戦車の車体を激しく左右に揺らして振り落とす。
 ライダーは巨大な艦故に敵が乗り込んで来る可能性にさえ気を付けていれば特に問題ないと判断していた。

「くそぉ……やっぱ簡単には乗せてくれねえか」
「もう一回よセイバー!」
 辛うじて転倒せずに着地した騎馬。
 彼らをその場に置き去りにして、ライダーは船車をそのまま前進。
 そして大きく弧を描いて旋回すると、ようやく馬を立て直した騎士に弓矢で攻撃を加えた。
 騎士は自分の背後にいるマスターに被弾せぬよう射られた矢を丁寧に丁寧に斬り払ってゆく。
 さらなる射撃の気配に愛馬を走らせ逃げるセイバー。
 しかしなおも執拗にマスターを狙撃するライダー。
 聖堂騎士は苛立ちを抱えながら鬱陶しい矢を次々に撃ち落とす。
「ギッ、この卑怯者ーー! アヤカばっかり狙うんじゃねえーー!!」
「ハーッハハハハ! 自分の無能さを俺様に責任転嫁するとは厚顔無恥が!
 卑怯などと吐かす暇があるのならしっかり守れ!」
 猛スピードで駆ける騎馬の側面から戦車兵の怒涛の弾幕が張られる。
 セイバーはすぐ間近に迫る貫通弾の洗礼を置き去りにせんと白馬の強靭な四脚を疾駆させ続けた。
 ヴェイヤンチーフの尻尾擦れ擦れの位置を掠めていく数多の凶弾。
「………、────……ッ!」
 騎士の背には少女が必死に悲鳴を殺してしがみついている感触が伝わっていた。
 一番最初に被弾してしまう犠牲者はせめて決戦の邪魔にはなるまいと懸命に背後を通り過ぎる死の恐怖に耐えている。

 白影の彗星が地を流れる。魔馬は一切のスピードを落とさないで走り続ける。
 今速度を緩めればたちまち矢の餌食になることだろう。
 遠方では戦車が一時的に脚を止め、より正確無比な射撃を射手に提供していた。

「クソッ、くそくそくそっ! どうする───?」
 セイバーが瞬時に周りへと視線を巡らせた。
 ニヤついてるライダーとの距離、馬尾に迫る弾幕との距離、固く眼を閉じる綾香の様子。周囲の状態。
 ダメだもう我慢できん。
 逃げてばかりじゃあいつには勝てない。
 反撃しなきゃいつまで経っても勝利は訪れない!

「おいアヤカ、キミこれ持ってろ!
 大丈夫だ心配すんな、ヴェイヤンチーフはイイ子だからなんとかしてくれる」
「へ? ちょ、ちょ…! ちょっとこれ手綱じゃない何考えてるのよセイバー!?」
 手綱を綾香にも握らせ、セイバーはヴェイヤンチーフの背に中腰になった。
 それから愛馬の進路も変更する。
 このままじゃ速度を落とせば綾香が針鼠にされてしまう。
 それを防ぐ手段は敵の弾幕を馬の側面からではなく、敢えて正面から受ける──!

 進行方向を変えたヴェイヤンチーフが停車している騎兵の陸戦艦に向かって頭から突っ込んで行く。
「む? 小賢しい真似を、開き直ったか!」
 ライダーがまず軽く溜めた五本の矢を同時に射掛け、続けて速射で十一の矢を撃ち放つ。
 しかし結果は矢の無駄使いに終わった。
 少女の壁になる形で仁王立つパラディンはまるで鬼神のような強さで飛来する全矢を事もなく無力化する。
 流れ弾なんて無様はしない。流れる事すら許さず一本残らず鏃を粉砕してやった。
 戦車と怪馬の速力には極端な差はない。
 相手が走行中でないのならなんとか距離を詰められる。

「アヤカは頭を低くしてろよ─────今だ跳べっ、ヴェイヤンチーフ!!」
 騎手の合図と同時に馬影が虚空に舞い上がった。
 即座に弓達者な騎兵が外された照準を上方へと修正する。
 この至近距離だ。あとは矢羽を掴む三指を離せば次の瞬間に騎士は死んでくれる。

 しかし、その肝心の標的が……どこにもいない!?

「な───、そうか! さらに上か!?」
 太陽王が夜天を仰ぎ見る。
 怪馬の背を足場にし、さらに高みに達したパラディンがファラオの頭上にいた。
「うおおおおおおおおおお、どりゃあーーーー!!!」
 重力の援護を存分に受けながら落下してくる白銀の甲冑。
 鞭のようにしなる右腕から繰り出される一刀両断の兜割りがライダーの脳天を猛然と襲う。
 ライダーの脳味噌が危うくスイカ割りされかかる直前、
「コ、コイツ…小僧ォォぐ──ごぉ…ぉおお!! 小癪小癪小癪小癪!!」
 鋼が衝突し合い激音が鳴らされる。
 王の頭上では水平に寝かされた騎乗槍が断頭の白刃を遮断していた。
 必勝を期した全力の一撃は辛うじて防御されたものの攻撃権はまだセイバーにある。
 ライダーは重い攻撃を受け止めて動きが著しく鈍っていた。
 続けてさらなる猛攻を加えて勝利を決定付けようと騎士は相手の懐へ飛び込んだ。
「ちぃ、でもこれで────うおっ!!?」
 シュンという風切り音。
 咄嗟に騎士は視界の端に映った黒い影を篭手で払い退けた。
 セイバーが飛来物の出元を眼で追うと、そこには投擲を終えた神父服の男が立っていた。
「ライダー今だ払い落とせ!」
「でかした、悪くない援護だぞ牧師ィ!! 貴様はとっとと降りろ下郎が!!」
 ゲドゥの黒鍵投擲による援護射撃が騎士の追加攻撃の出鼻を挫く。
 その一瞬の隙を見事に攫った騎兵が船上から騎士を蹴り落とす。
「げはっ! く、痛ぅ~~!」

 車外に払い落とされたセイバーはまるで待ち構えていたかのような位置に陣取っていた愛馬にまた騎乗すると、再び唸りを上げ出した車輪から離れるべく戦車との距離を開きにかかった。
 だがライダーの方はすんなりと逃がすつもりは毛頭ないらしく三匹の塵を踏み潰そうと軍馬を追跡する。

「さっきの一撃は悪くなかったぞセイバー!
 おかげで俺様の両腕が少々痺れてしまった……この鈍痛、四百倍にして返してやろうではないか!!」
「セイバーもっと速度出して! このままじゃ追いつかれる!」
「もっとかっ飛ばせヴェイヤンチーフ! アレに追いつかれたら踏まれてバラバラにされちまうぞ!」

 逃げる英馬と追う戦車。
 両者の間合いはボルトで固定したかのように一定の距離を保たれている。
 遠坂家の私有地を所狭しと縦横無尽に駆け巡る二つの機影を月光の明かりが照らし出していた。

「ちっ、このまま鬼ゴッコと洒落込んでも埒があかんな」
 弓の名手が弓矢を構えるも、程なくしてまた狙い直すという動作を繰り返す。
「何をしてるライダー、なぜ矢を射らん?」
「外野は黙っていろ牧師。ちっ、またか。やはりいちいち狙いが外されている」
 一体騎手はどういう勘をしているのか、騎兵が構えた矢から指を離そうとする直前に毎度前方の馬が進路をずらす。
 おかげでライダーは馬の後ろから矢を射かけようとする度に照準が上手く定まらず難儀していた。

「ライダーこの戦車には矢以外で何か飛び道具はないのか? 出来れば点ではなく面で攻撃可能な物がいい」
「無論あるに決まっているさ。そうだな、ではそろそろ派手に主砲発射といくか」
 御者台のライダーが太陽の艦の床から飛び出してる石柱のオブジェに魔力を注入する。
 するとその直後、翼神の戦車の右舷と左舷からそれぞれ翼が生えた。
 そして両翼は渦を巻くように一点に集束して二つの火球に変化すると、前方を疾駆中の魔馬をロックオンする。

「────げっ!!??」
「せ、セセセセイバーー!!? ちょっとこれマズイわよ! 絶対まずい位置がまずいってば!」
 背後からは濃密な魔力の気配。
 ほぼ無防備な背中に二門の大砲を突き付けられ慌てふためく二人。
 咄嗟に綾香が後方の戦車に対して攻撃魔術を仕掛けた。
 が、彼女の放った嵐の魔弾は戦艦に触れると同時に対魔力に阻まれ何事もなかったかのように消滅してしまった。
「え…霧散した!? まさか対魔力装備の戦車だっていうの?」
「はーっはっはっは! 随分と痒い抵抗だな小娘、痒すぎるわ雑魚め!
 そんなものでトト神の鎧を貫けるものか!」

 轟々と船体を燃やす鳥獣が次の瞬間には牙を剥こうとしていた。
「────そ、そうだあ! 魔剣だ、魔導剣でぶった斬んだよアヤカ!!」
 名案を思いついたように騎士は慌てて魔導剣を少女に手渡すと、なんとこれから発射される火砲を斬れと彼女に命じた。
「無茶言うなっ! 無理絶対無理! だってあの火球遠坂が使った現代魔術とは規模も純度も違うもん!
 あんなの華麗に斬れる訳ないじゃない! 仮に斬れても余波の熱で死ぬ自信あるもんわたし!」
 しかし綾香は頑なに魔導剣を受け取ろうとしない。
 いや仮に受け取った所で彼女の力量では対抗出来ないのだから意味がない。
「だーーーーっ! そう言われりゃそうじゃん!!」
 あの主砲が動員している魔力量は大魔術クラスは余裕である。
 些か綾香には荷が重いと言わざるを得ない。
「そうだ! だったらセイバーが魔導剣を護符として装備すればいいんじゃない!?
 概念武装で増強した対魔力ならきっとあんなものへっちゃらよ!!」
「そ、それだぜー! いいぞアヤカ名案だ!」
 セイバーは綾香に手綱と鐙(あぶみ)を譲って配置を交代。
 そして騎士は盾になるようにすっぽりと彼女を背後に覆い隠すと、発射された二つの特大火砲を迎え討つ。

「何をごちゃごちゃと騒いでいるかは知らんが無駄だ。
 見せてくれよう。これが全てを灰に変える……二粒のラー・ホルアクティの涙よ────!!!」

 輝く翼神の戦車から太陽神の二雫の涙が零れ落ちる。
 二つの火砲が標的を木っ端微塵に消し飛ばさんと一気に加速してゆく。
 聖堂騎士は特大の火球を真正面から待ち構える気でいる。
 走行中の愛馬や背後の少女をの巻き添えにせぬよう細心の注意を払うと、抱き込むようにして二粒の炎涙を受け止めた。
 パァン!という破裂音。
 騎士の体に触れたと同時に霧散する翼神の炎涙。
 対魔力の護りがパラディンに対する魔術攻撃をキャンセルした。

「よっしゃ! 成功だぜ!」
「いえい! これで遠距離からの攻撃も対処可能ね」
 互いの掌を打ち合わせて成功を喜ぶ騎士と少女。
 しかし太陽王は冷静に次なる手を用意していた。

「ふふん、喜ぶのはまだ早いぞ阿呆ども。
 牧師、予備燃料を使うのは勿体無い貴様の魔力を回すがいい!」
「私の魔力は少く有限だぞ、加減して使うことだ」
「フン、お前の魔力保有量の貧弱さは俺様が一番良く知っておるわ。いちいち指図されるまでもない」
 戦車の進路が怪馬の尻を追跡していたルートから大きく外れていく。
 そうして騎馬の側面がよく見える位置にまで到達した。
 馬も騎士も小娘も皆仲良く横一列に並んでいる。
「ライダーの奴また何か仕掛けて来るつもりね」
「問題ねえ! 全部今のやり方で跳ね返してやるよ!」

 直線状の攻撃はパラディンの高い対魔力に阻まれあの小娘には届かない。
 ライダーの顔に興味の尽きない笑みが張りつく。
 
 "直射状の攻撃は駄目。ならば、放射状の攻撃ならば奴等はどうする?"


「────セトの嵐よ、愚者を荒々しく焼き払え───!!!」


 ファラオの言霊は神秘を起動させる鍵となった。
 あっという間に戦車を中心に魔力の波紋が広がっていく。

 その瞬間、沙条綾香の魔術師としての感覚が回避不能の死を告げた。
 その瞬間、セイバーの騎士としての直感が守護不能の攻撃を告げた。

 破滅の予感に脳が凍りつき、肺が痙攣を起こす。
 聖堂騎士も己の痛恨のミスに奥歯が砕けんばかりに歯噛みした。
 さっきとは攻撃の種類が違う。
 今度の魔術は先のやり方では盾になれない。
 騎士の主はきっと防ぎ漏らした灼熱の空気を吸い込み肺が焼け爛れて呼吸困難に陥って死ぬ。
 この位置関係から放射状の業火を受けてはマスターの命を守れない……!!

「チェックメイト、だ。ではさらばファラオに歯向かった愚か者どもよ」
「─────!!」
 太陽王の余裕の勝利宣言が彼女達の網膜に届いた。
 仇敵のその見下した憎たらしい笑みに少女がブチ切れる。
 ふざけるな、誰がここで死ぬものか。
 完全に予定外だがこのまま死んでは笑い話にもならない。
 綾香は無意識の内に自身の体に刻まれた切り札を切ろうと───



 だがその時、デジャブのように一筋の影が走った。
 風よりも音よりも稲妻よりも炎の砂嵐よりも疾く。
 獣皮の外套を纏いし巨獣が騎馬と戦車の間に舞い降りる。


「────忠臣の勇気は地獄の劫火も怖れない───!!」


 そして戦士がかざした勇気の盾が太陽に愛されし神子が巻き起こした風化を齎す爆熱の砂嵐を一瞬で掻き消した───!!

「───火除けの、加護!? おのれベーオウルフ貴様かぁッ!! このくたばり損ないめが!」
 思わぬ闖入者にライダーが戦車を急停車させた。
 キッと、王の必勝を邪魔立てした不届き者へ憎悪の視線が注がれる。
「熱烈なアタックの邪魔をして悪かったな太陽王。良ければ私も混ぜてくれないか?」
 いくつもの修羅場を潜り抜けてきた名剣──イングの古宝ネイリングを携えてファイターが参戦。
 先程ライダーから受けた負傷はもうすっかり癒えているようだ。
 彼のマスターが治癒を施して再度戦いに送り出したのだろう。
「すまねえファイター! おかげで助かった!」
「気にするな。先に君達に助けられた私が借りを返したに過ぎないのだから」

「許せん……度し難いにも程があるぞ貴様らぁ…!
 どいつもこいつも…俺様のフィニッシュブローの瞬間に限ってしゃしゃり出て来おってこの屑共が……ッ!!」
 ラメセスは怒りでブルブルと身を震わせている。
 絶好の好機を一度ならず三度までも妨害された屈辱。狂いそうな憤怒。
 弱者《カス》の馴れ合いに吐き気すら催しそうだった。


「───君よ獣となれ、眠らせし野生よ今こそ目覚めろ────!!」
 と、そこへさらに遠坂が宝石を一つ使用して自らの闘士に援助を贈った。
 ファイターの闘いを補助する魔術が施される。
 闘王の攻撃力防御力敏捷性が一時的に増幅された。
 遠坂がファイターに頷きかけてくる。
 それに力強く首肯で応答して、闘王は太陽王の駆る戦車へ突貫して行った。
 まるで救いのヒーローの登場を歓迎するかのようにセイバー達もそれに続く。


 月下の劇場を大小三つの影が踊る。
 軍馬に跨った騎士と歩兵の戦士が即興のコンビネーションを演じている。
 敵は巨大な揚陸艦。
 回る六つの大車輪にその身を蹂躙されるより早く騎手を討ち取れれば自分達の勝ちである。
 数の利を生かして相手を左右から幾度も挟撃し翻弄する。
 失敗しても機会が掴めるまで何度もリトライを繰り返す。

「ええいブンブンと鬱陶しい小蝿どもめ!」
 翼神の戦車が炎を噴き、船上の射手が矢の嵐を射る。
「今が好機だ、乗り込むぞセイバー!」
「おう! 今度こそ一気に押し切ってやるぜ!」
 待ちに待った好機到来。
 轟々と飛んで来る凶弾を鮮やかに躱して二騎のサーヴァントは走る船体に乗り揚げた。
 さらに間髪入れずにセイバーとファイターが阿吽の呼吸で二体同時攻撃を仕掛ける。
 ライダーは己に向かってくる二騎に対して長槍を縦横無尽に振り回して大演舞を披露。
 剣と剣と槍の剣戟。無数の火花が乱れ散る。男達の必殺の気合が怒号と変わった。
 だがライダーは自分が思い描くように敵を追い散らせずにいた。
 これまでは機動力と高低差の利を生かして戦ったからこそ大英雄を二人同時に相手にしても互角の競い合いを演じてこれた。
 しかし今は同じ土俵での戦い。
 軍馬の走力と闘士の怪力がランサーに槍働きをさせてくれない。
 いやむしろ持ち堪えるだけで精一杯の苦しい状態。
 ライダーは誰の目から見ても分かる程に二人に圧倒されていた。
「ちぃ──! やむを得ん、こうなれば…!」
 騎乗槍での撃退が無理と判断したライダーは正攻法から奇手を選んだ。
 隙を作り艦の操縦席まで一気に後退。そして僅かな合図を牧師に向かって出すと船を夜天へと急飛翔させた。
「う、おわああああああああああああああーーー!!」
 まるで寄生虫を振り払う魚のようだ。
 二騎は黄金船の急上昇に対応し切れずにあえなく墜落を余儀なくされた。
 天高くからファラオの高笑いが聞こえてくる。
 自分とて連携から同時攻撃という敵の一連の動きには相当肝を冷やしたであろうに、そんな気配など全く感じさせぬ笑い声だった。

「今のは惜しかった……あともう一息だったものを」
 チャンスをまんまと逃してしまったファイターの顔は苦々しい。
 見上げる敵は人の手の届かぬ天空をクルクルと旋回している。まるで地上人を嘲笑うかのように。
 しかしそれも暫らくして止まった。
 夜空の遊覧飛行に飽きたのか、今度は翼神の船が突如急下降を開始する。
「あのヤロウが墜ちて来るぞファイター!」
「作戦がある聞いてくれセイバーとそのマスターよ。
 まず私が宝剣を使い奴の戦車に対してカウンターを仕掛けよう。
 我が宝具ならライダーの背後を容易く取れる。そうなれば後はこちらのものだ。
 私がなんとかしてライダーを船外へと叩き出すから最後は外で待ち構えた貴殿らが仕留める」
 それでどうだ?とファイターが作戦を提示した。
 セイバーはノッた、と即答する。綾香も少し遅れて首を縦に振った。
「よしでは決まりだ。ゆくぞっ!!」
 加速し光を放つ隕石となる神の船。
 ファイターは大きく息を吸い込み集中力を高めた。
 あの速度にタイミングを合わすのは少々骨の折れる作業だが決して不可能という程ではない。
 しかし絶対に車体の体当たりだけは喰らうなかれ。
 アレが与えるダメージは予想以上に甚大だ。
 如何に頑強なサーヴァントと言えどまともに撥ねられれば暫らく戦闘不能に陥るのを身を以て体験している。
 なんせタフなファイターの意識が昏睡しかかる程の威力。
 そんな戦車に加速したままの状態で激突されてはまず無事では済むまい。
 一際重苦しい威圧を放つ巨大な動く炎壁がファイター達に肉薄しようとしている。
 勇猛なる大戦士は覚悟を決めて獅子奮迅と飛び込んだ。

 剣を右手で力一杯握り込み、
 最高のタイミングで宝剣の真名を解放する───!!


「───人子よ、ホルスの羽ばたきに畏れ慄け!!」
「尖輪猟《ネイリン》────……しまッ!!?」


 宝剣の刀身がこれ以上ないタイミングで戦車の尖頭に触れようとした直前、
 ライダーはあろうことか車輪に魔力を継ぎ足して船の推進力を増幅させた。
 太陽王の翼神の艦に爆発的な急加速が加えられる。
 それはさながら神の飛翔を思わせる程に力強い。
 そして次の瞬間、ゴキャボギャッ!っと生理的に耳を塞ぎたくなる苦痛な怪音が周囲の耳にハッキリと聞こえた。

「───ぐ、うあがぁぁああああああああああああああああああああぁぁぁぁあああッッ!!!!?」
「ファ…………、ファイターァアアァアアァアあああぁあぁあぁァァ!!!」
 喉が壊れんばかりの悲鳴を上げる闘士。
 その惨劇にセイバーだけでなく遠坂も思わず相棒の名を絶叫していた。
 地面のた打ち回るファイターの足首がありえない方向にひん曲がっている。完璧に骨が折れていた。
「クックック! 何をしようとしてたのかは知らんが残念だったな!
 所詮歩兵は歩兵よ。お前達地を這う者は地を駆ける者に轢き殺される運命にあると理解出来たか?」

 ライダーは闘士が何かを仕掛けようとしているのを事前に察知し、接触の直前に急遽戦車の加速と共に進路を変更した。
 進行方向を急にねじ曲げられた車輪はドリフトターンしながらファイターの身体を巻き込んで大地に引き摺り倒すと、ついでとばかりに彼の片脚の骨を破壊。無惨にも粉砕骨折させた。
 そうして、六の車輪を持つ船体は勢いそのままに滑走を続け───

「──ついでだ、鬱陶しいハイエナと小蝿の始末もしておくか!!」

 まだ血が足りないと言わんばかりに傍に居たセイバー達の命も狙っていた───!!

 まるで交通事故。
 高速道路で酔っ払い運転するクレイジー野郎に轢き殺されるような感じに似ている。
 彼らの眼前に迫るは火炎の羽衣で覆われた巨大な大車輪。
 顔面蒼白の綾香が絹を裂くような悲鳴を上げた。
 死の予感に瞬時に反応した騎士は少女の腰を既に引っ掴んではいるものの、馬上から逃げ去るには絶望的に時間が足りない。
「ダメだ避け切れねえ……ッ!!」
 セイバーはすぐ傍まで肉薄する挽肉製造機がスローモーションで見えているのに躱せない己の不甲斐なさを呪った。

 だが────突如嘶きが上がった。

 それは甲高い嘶き。
 それは勇猛な嘶き。
 そしてそれは騎手を守らんとする誇り高い英馬の咆哮だった。

「ヴェイヤ────」
 激突の瞬間、パラディンは視た。
 ヴェイヤンチーフが後ろ脚二本で立ち上がったのをローランは確かにその眼で見届けた。 
 まるで乗り手を遠くへ放り出すように二足立ちした軍馬は事実、背に乗せていた二人を後方へと吹っ飛ばすと───

 苦悶の鳴き声さえ上げず伝説通りの勇姿のまま、その役目を終えた。


 骨が砕ける音、水気を沢山含んだ肉が引き千切れる音、死を連想する音。
 闘士の片足を轢き潰した時よりもなお凄惨な死音が周囲に鳴り響く。
 そして騎士はその身をクッション代わりにする格好で少女を庇うと背中から固い地面に落ちた。
 戦車との衝突による衝撃と十数メートルダイブによる落馬の衝撃がセイバーの身体を軽く軋ませる。
 しかしながらより致命的なダメージからは愛馬が命を張って守ってくれたおかげで二人とも無事で済んでいた。

「ヴェ……、ヴェイ、ヤンチーフ………? お、おい…なあヴェイヤンチーフ? うそ、だろ?」
 血の池の中心に横たわる肉塊はもう動かない。
 現世に蘇った英馬は原型さえ残らぬ完全な形で破壊《ころ》されていた。
 愛馬の、もう一名の相棒の───変わり果てた惨たらしい姿を呆然と見詰めるセイバー。
 綾香も何も言えずその亡骸を見詰めることしか出来ないでいた。

「ライダーチャンスだぞ。まだどちらも動けん、今の内に仕留めてしま───ぬ!?」
 冷静に戦況を見守っていたゲドゥが今度こそ三人に確実な死をと、ライダーにフィニッシュを急かす。
 ……が、その命令はすぐに当人によって撤回されてしまった。

 なんと片足を複雑骨折で潰されていた筈のファイターが両脚でしっかりと大地を踏み締めて立ち上がっているではないか。
 さらに続けてセイバーの擦り傷や打撲などもみるみる消え去ってしまった。
 ゲドゥは瞬時にこの超常現象の原因を看破した。
 そして余計な横槍を入れてくれた赤い男を殺気の篭った眼差しで睨めつける。
 視線の先にはやはりの人物がいた。
 人差し指と中指と薬指の間に風化した二粒の宝石を挟んだ魔術師《トオサカ》がいた。

「またか…………ライダー、お前はこのままサーヴァント二体の相手を頼む。お前の実力ならば余裕だろう?
 私はこれからつまらん治癒魔術《サポート》を繰り返すゴミの息の根を止めてくる」
「主役の為に露払いか。脇役らしい感心な心掛けだな牧師。
 いい加減我慢の限界にきていたところだ。お前が殺ると言うのなら手間が省けて丁度良い。
 ただし、やるからにはきっちりと息の根を止めてこい?」
 了解した。と機械兵器のような冷たさで一言呟くと、ゲドゥは戦車から飛び降りて遠坂の許へと歩みを進める。
 敵の狙いを勘づいたファイターが遠坂の名を叫ぶ。
 気を付けろマスター、助太刀はいるか?と。
「大丈夫だ問題ない! 私が奴を片付ける。その代わりファイターはライダーの足止めは任せた!」
 しかし遠坂は闘士の助力を断ると強気な姿勢で代行者にマスター戦を挑む気でいた。
 この展開は魔術師にしてみれば望むところだった。
 ライダーが堅固ならそれよりずっと軟弱なマスターを潰せばこの戦いは勝てる。
 両者共に切り札を温存した膠着状態の今だからこそ逆に勝利の楔を打ち込む絶好の機会でもあった。

 歩行から全力疾走に切り替えたゲドゥが鞘から四本の黒鍵を抜きそれぞれ二本ずつ両手に構えた。
 その姿は翼を広げて威嚇する凶鳥のようだ。
 獲物の命を一撃で絶たんと人間兵器が間合いを詰めに来る。
 遠坂も敵との距離を慎重に推し測りながら、懐から宝石を取り出し軽く掌に握り締めた。
 魔術師と代行者という絶対に相容れない立場の二人が戦う。
 攻撃のタイミングは両者同時に。
 遠坂刻士とゲドゥ牧師の最後の殺し合いが今始まる────!!



             ◇                      ◇



 一方、死闘を開始したマスター達とは対照的にサーヴァント達の決戦は一時中断していた。
 自分達を庇って死んだ愛馬の骸を呆然と眺めたまま、セイバーは石にでもなったみたいに微動だにしない。
 傍らの少女が幾ら揺すろうが騎士の名を呼ぼうと反応さえしなかった。

「ふんくだらん。この程度のことで戦意喪失か、つまらん男よ。
 ファイターのマスターが女々しい悪知恵で貴様等を此処へ呼ぶという奇策を弄した時には怒りと共に多少の興も湧いたものだが。
 もうよい、その情けないツラを見せられて興が削がれた。さっさと王の面前から消え失せろ」
「そうはさせんぞライダーーーー!!」
 ファイターがいつの間にか一時停止した戦艦の足下まで駆け寄っていた。
 ライダーに斬り掛かる形で割って入る。
 しかし敵の強襲に即応したライダーは素早く戦車を急発進させ、闘士の赤い魔剣より放たれる重い一刀からするりと逃げ去った。
 怒りに震えるファイターは離れた場所で再度停車した金髪の後ろ姿に怒りの丈を叩き付けた。

「この程度のこと、くだらない、だと───?
 貴公は……貴様はッ! 長き年月を共に戦った仲間の死を悼むセイバーの気持ちが分からないと言うのか!?」
 戦友の、仲間の死を嘆き悲しむ事の一体何が悪いのか?
 騎士の反応はヒトとして至極当然のものだ。
 なのにあの褐色肌の大王はくだらないの一言で一蹴した。
 戦友と呼べる存在の少ないベーオウルフにとってラメセスのヒトの心を侮辱した態度は許し難いものがあった。

「ふん何度も言わせるな愚か者が。下らんものは下らんのだ。
 そもそもそこの"肉塊"は元々生きてもいない物体ではないか。
 見た所ソレは英馬の一端を降霊術で喚び、魂を生身よりも強靭に製造した空の馬身《ホムンクルス》に容れたもののようだな?
 良いかそんなものは生物とは言わん、ただの人工物だ。この俺様が治める地上には不要な異物だ。
 そんな物が壊れた如きで悲嘆するなぞ単なるアホウの所行とは思わんのか、ええ?」
 しかし、太陽王は闘王の義憤を失笑で斬り捨てた。

 ファラオにとって動物とは強靭で美しい命を象徴する存在だ。
 人を遥かに凌駕する数々の性能を持った生命。
 王が治める地上を構成する大事な要素の一角である。
 だがあの魔馬は違う。
 魔獣のような幻想の生物でもなければ、怪馬のような突然変異の超越馬でもない。
 あってはならない生命のカタチ。動物の形状を真似ただけの悍ましい別物だ。
 そんなものはラメセスの愛する自然の摂理を捩じ曲げる毒でしかない。
 だから太陽王は滅する。地上を汚す毒素は王が責任を以て排除せねばならぬが故に。

「貴様……ッ!」
「そして、そんなものを悼むセイバーに同情する貴様も所詮は紛い物の王よ。
 元々から気に食わん存在であったがやはり俺様の嗅覚は正しかったか。
 貴様はファラオを名乗るに相応しくない。あの肉塊と同じ『王』を真似ただけの別物だ!
 ベーオウルフ、貴様には絶対者たる資質がない、支配者としての才覚も自覚もない!
 ファラオとは神々に選ばれた存在。この世界を支配すべく地上に生を受けた者を王と呼ぶのだ!!!」

 ラメセスが敵に偽物と吼える。
 怒れるベーオウルフが敵に向かって疾駆した。

「それが王だと言うのならば貴様の王道は歪んでいる!
 地上全てを貴様が支配しているなどとどうして思い上がれる!!」
「吐かせ! ヒトの分際で人間を治めようなどと思い上がる貴様達の王道の方が余程醜悪ぞ!!」

 ファイターが宝剣を掲げて船上の敵に飛び掛かる。
 ライダーが跳ね返さんと大槍を渾身の力で薙ぎ払った。
 絡み合う二振りの凶器。命だけでなく己の沽券も武器に乗せて斬る。

「王はヒトを支配するだけの存在に非ず、守る存在でなくては意味がない!
 人を自然の猛威や猛獣から守れるのはいつの時代であろうと人々が寄り集まって作り上げた国だ。
 そして国とは王が護り導くもの。故にヒトを守れるのは神ではなく同じ人間だ!!」
「哂わせるな、そもそも貴様は根本からして間違っておるわ。
 神がヒトを守る必要などどこにもない!
 下位者が上位者に守られる事を期待するなどなんと滑稽な話か。
 貴様は一々ミジンコや蟻を守るというのか? 否、護るまい!
 だがそれでよいのだ。生命というものは全て例外なく食物連鎖と言う名のピラミッドになっている!
 搾取するモノ、搾取されるモノ。支配する者、支配される者。
 それこそがこの世の理である!
 そしてその頂点にいるのが神々であり、神の代行者たるファラオだ!
 なれば神々が、ファラオが、地上全てを支配するのは当然の摂理であろうがッ!!」

 二人は渾身の強打を連打しながら薔薇を咲かす。
 刃と刃が生み落とす紫雷の茨と火花の花弁を散らし合う闘王と太陽王。
 王の言葉を、己の王としての在り方を、自らの剣に篭めて同じく王を名乗る敵へと全力でぶつけた。
 切っ先が掠めた肌から血が滴り、火炎が肌を焦がし、攻防に比例して存在の源たる魔力が削がれる。
 されど二人は前に、さらに前へ。

「ふざけたことを! ならば人々は誰に守られればよいと言うのか!!」
「知れたこと! 自分の命は自分らでなんとかしろ。それが"自然"そのままの有り様というものだ!
 ファラオが民草にしてやるのは支配と繁栄を与える事だけだ。断じて守る事などではないぞ!!」
「フン、笑わせる。他国を侵略し弱者を蹂躙して得たモノで繁栄か?」
「………何が可笑しい小僧?
 せいぜい口には気を付けておけ。ついうっかり殺してしまうやもしれぬからなあ?」

 激しさを増す殺し合い。
 少なくとも十合は斬り結んだであろうか。ライン際の攻防を経てついにファイターが船上に乗り込む。
 戦車は走らせたまま、領内へと侵攻して来た侵入者を迎撃するライダー。
 苛烈に振るわれる閃刃。
 船上という同じ土俵で矛を交えれば途端に形勢が逆転し闘王が押し始める。
 その外套に包まれた巨躯から発せられる圧倒的プレッシャーに太陽王は忌々しそうな表情で大槍を乱打する。
 二人の武器が相手の必殺を受け止めそのまま鍔迫り合う。
 互いの吐息が掛かりそうなほど間近な至近距離で両者は睨み合っていた。


「それが王の役目と言うのならばラメセス、貴公は盗っ人と大して変わらぬぞ。
 貴公の言う繁栄とは所詮つもるところ他者から無理矢理に奪い取ったもの。
 繁栄などと誇示して誇れたものでは断じてない。貴公に簒奪された者達の無念を想えばな!!」
「ハッ、何を言い出すかと思えばとんだ腑抜け発言だ。
 とても西欧を荒らしに荒らした北海の猛者ヴァイキングの地に生きた戦士とは思えぬザマだな!
 やはり所詮は最果ての田舎に住む臆病者。この世の真理を解さぬ莫迦者の寝言だったか!
 王とは奪う強者だ、奪われる弱者の気持ちなど知る必要も理解する必要もないッ!!」

 吼える両雄が同時に後方へと跳躍しながら白刃を薙ぐ。
 より間合いの広い長槍がファイターの頸動脈を狙うも、闘王の剣技は容易く槍の穂先を払い返した。
 ライダーは戦車上の甲板に着地し、ファイターは船上を飛び越し地面へと着陸した。

「貴公のような男を私は強者とは認めない!!」
「自惚れるなよ、たわけが! 人間風情の許可など最初からいらぬわ!
 俺様の正当性は神界の神々が認めているものだ!!」

 二人の英雄は着地と同時に再度敵へと向かって行く。
 両者共に一歩足りとも退こうとはしない。
 否、この相手を前に退くなど絶対に有り得ない。
 譲れない信念で支えられた魂が過激に衝突し合い、その激突は闇夜をより色鮮やかに染め上げていった。
 それはさながら英雄達の人生のように眩い輝きを放ち、そして呆気無く消えてゆく。
 闘王と太陽王の死闘は激しさは増し、より加速してゆきながら死の終着を目指す。



           ◇                  ◇



 そんな王たちの壮絶な覇権争いの膝元では、嵐に翻弄される小舟みたいな少女が独り取り残されていた。
 状況的に考えれば一刻も早くファイターのマスターの応援に駆けつけたいが、セイバーの状態がこれでは動くに動けない。
 そして彼女の眼前では人間ではとてもついて行けない激闘を繰り広げるサーヴァント。
 状況的にいつ流れ弾や攻撃の余波がこちらに飛んで来るかわからない。不安で押し潰されそうになる。
 綾香は放心する騎士の名を何度も叫ぶが、青年は一向に正気を取り戻してくれない。

「ねえセイバー! セイバーってば! お願いだからしっかりしてよ!」
「……………………なぁ、アヤカ」
 少女の必死な想いが通じたのか、ようやくセイバーが声を発してくれた。
 しかしその声はとても空虚なもので感情というものがまるでなかった。
「………なにセイバー?」
 一抹の不安を抑えて、綾香が優しげな声で訊き返した。
 どこか懺悔にも似た騎士の声音に彼女は優しく訊ね返す以外の選択肢を持ち合わせていなかった。
「オレの、オレの代わりにまた………また大事な仲間が死んじまった。
 オレのせいでヴェイヤンチーフは……二度も、死んだ」
「それは貴方だけのせいじゃないわ。わたしだって何も出来なかった。何もしてあげられなかった」
 その感情のない呟きで綾香は騎士が動けなくなった理由をようやく察した。
 セイバーは飛んでしまっていたんだ、あの忌まわしい悲劇の峠に。
 二度と思い出さないと心に決めて封をした自身を壊す悪夢に。

「オレ……ヴェイヤンチーフと最期に眼が合ったんだ。
 そしたらアイツ……オレに、最後までガンバレって…言った気がした───」

 じわりとセイバーの目尻に一滴の涙が滲み、そして一瞬にして蒸発した。
 え?と少女が驚いた時には全てがぐるりと変質していた。

「許さねえ………そんなヴェイヤンチーフをただの物だと? 地上には不要な存在だと?」

 セイバーがゆらりと立ち上がる。
 デュランダルを強く握り直した。
 ふざけてる。ああふざけてる。絶対に許さない。なんたる侮辱か。未だかつて受けた事のない最大の暴言。
 誇り高き我が愛馬を物と貶み肉塊と唾を吐きかけるあの男はナニモノだ?
 ファラオ? それは王か?
 王など我らが聖堂王だけで十分だ。
 ならば奴をどうする?
 知れたことを訊くな馬鹿馬鹿しい。やることなんてたった一つだろう。
 バキンと騎士の精神のスイッチが切り替わる。
 手動なんて生温い真似はやらない。しばらく戻らぬようハンマーで叩き変えた。
 意識が真白く染まり始める快感。
 全身の枷が音を立てて吹っ飛んでゆく。
 奴は邪神の名の下に地上を支配していると言った。
 ならばアレは敵。完全な敵だ。
 やるなら徹底的に、容赦なく躊躇なく、全身全霊を以てあのクソヤロウを否定し尽くすのみ────。


「すまねえアヤカ、無様を晒した。
 オレはもう大丈夫だ、キミはトオサカの応援に行ってくれ」
 ずっと傍で心配してくれたマスターに一言礼を述べる。
 パラディンの様子は完全に様変わりしていた。
 さっきまで放心していたのが嘘のような鋼の殺意。
 それは鉄の鎧を心に纏った武神みたいだ。
「いいのねセイバー? 貴方もう大丈夫なのね?」
 まだ少し不安そうに訪ねてくる少女に問題ないと神罰の騎士は断言してやった。

「ああ。だが一つだけ言っておくこともある。
 キミのトオサカへの助太刀はきっと無駄になるが許してくれ。
 ライダーは─────あのヤロウはオレが殺す」

 そう宣言すると同時にセイバーは暴風となって駆け去って行った。
 そしてその直後。
 騎士の豪快かつ鋭い一撃を前に、ライダーの驚愕と怒声の混じった咆哮が周囲一帯に轟く。
 信仰の名の下に変身した聖騎士の参戦によりさらなる混沌さを増す戦場を見詰めながら、綾香も遠坂の許へと駆け出して行った。










──────V&F Side──────

助けろ!ウェイバー教授!第三十五回


V「さあついに第二次聖杯戦争最終日だ。
  ローランVSラメセスVSベーオウルフの戦いは事実上の決勝戦と言っても過言ではないのではなかろうか!」
F「ようやく総力を尽くした最終決戦の前半戦が終了ですね先生! ラメセス!ラメセス!ラメセス!
  圧倒的じゃないですかファラオ軍は! 流石ラスボスとして作られた経緯を持つ伊達男ですよ!」
槍「あやつってあんなに強かったんでござるか……?」
魔「ランサーは初戦でライダーをボコボコにしましたよね? ほぼ一方的な仕合展開で。あれマグレですか?」
槍「あっれぇ~妙でござるな?(頭ポリポリ)」
弓「ワシと一緒にランサーをブッ殺った時はツインアーチャー状態じゃったからあそこまで強いとは思わんかったしのう」
狂「黒騎士と殺り合った時は逆蹂躙だったしな」
魔「これどういうことです?」
V「いやいやどういうことも何もラメセスは元々戦車乗ってたら強かったじゃないか。
  ラメセス二世は元々ラスボスキャラとして皆鯖で作られた鯖だからこちらとしてもその辺意識して書いてたつもりなんだが…。
  というかそもそもキャスター、キミだって攻防攻めされてボコボコにされたクチだろうに」
ソ「その通りだ、そして無様にやられた(ジロリ)」
魔「ゴホンゴホン! あ~これはいけないインフルエンザの症状ですね病欠しなくては。では皆様お大事に」
間「華麗に逃げたやがったぞアイツ……」
狂「しかし予想以上にあの傲慢野郎が強そうに見えたのは確かに意外だった。
  嫁の気配がするとスーパーエジプト人にでもなんのか?」
V「ライダー本人も言ってるようにそもそもあの三人は戦う土俵がまるで違う。ライダーが有利なのは当然だ。
  あの三者の戦いで一番有利なのがライダー、次に騎馬持ちのセイバーで、そして最も不利だったのがファイターだ。
  両者の間には高低差があるから二人の攻撃は単調になり易いし、離れたままだとライダーに一方的に狙撃される。
  大英雄二人でも相当戦い難い相手であったことは間違いないようだ。
  というか意外に思うかもしれないがラメセスは頭を使って戦いの流れを支配するタイプの戦士だからな?」
弓「嘘じゃ!!」
ア「嘘ね。そういう賢そうなタイプには見えないもの」
槍「かっかっか! 相変わらず冗談が上手いでござるのぅ教授殿は」
間「いやちょっとは信じてやれよおまえら・・・」
雨「ファイターもセイバーも独戦してれば確実に一回ずつは死んでるしね。というか軍馬が馬刺しになったじゃん」
槍「そうでござる。馬よくやった、よくぞ我が主殿の生命を守った!」
狂「おいトラノスケ、先に言っとくが流石に食うんじゃねーぞ?」
雨「あ、やっぱまずい?」
狂「たりめーだアホンダラッ! そもそもソレの構成成分は馬じゃねーつうの。中毒死しても知ンねえぞ」
メ「信じられません。アインツベルン家が誇る叡智の結晶ホムンクルスをなんと心得えますかこの黄猿!」
V「しかしセイバーとファイターは船上に乗り込んでしまえば形勢逆転出来るのもこの戦いの特徴だ。
  現にライダーは船上への侵入を許し二度ほど殺られかかっているからな」
F「あっという間に押されちゃいましたもんね。ラメセスさんって白兵戦が弱いんですかね?」
槍「まさか、本当にライダーが白兵戦に弱いのであれば初戦で拙者が仕留めとるよ。
  あやつが多芸な一流の戦士であるのは疑いようのない事実でござろうな。
  されど同じ条件でセイバーやファイター相手に押し勝てる程ではない。
  いや、というよりもあの二人の白兵戦能力が異常と言うべきか…?」
ソ「確かに異常と言うべきだな。両者共に白兵戦でドラゴンを殺すようなバケモノだ」
狂「ライダーは器用貧乏ってやつだろうよ。北欧戦士にも偶にいンぜそういう野郎がな」
V「前から思っていたがやはりライダークラスはこの辺が他クラスよりも有利か。
  私のライダーもそうだったが騎乗宝具に乗ってるだけで戦いになるのはかなりのタクティカルアドバンテージだ。
  言ってみれば攻撃系の利器型宝具を持って戦っているようなものだからな。そりゃ強いわけさ」
雨「つーか汚い、宝具乗り回すだけでOKとか真面目にきたないと思う」
F「やっぱりゴリ押ししたいならライダークラスが最高ですよね先生!
  特にサーヴァントの格が高ければもう最強じゃないですか! 宝具も強いし最強じゃないですか!」
弓「むむむ? なんかそう言われるとライダークラスは卑怯な気がしてきたぞい! ずるいぞ騎兵クラス!」
ソ「卑怯って…城を持ち出すアーチャークラスが何をほざくか……」
槍「完全に同意しよう。おぬしが言うな」
間「でもおまえら男殺魔剣の汚さに比べればマシだろ。あれ同属系宝具とか持ってないと絶対勝てねえって」
槍「うむ、あれはいかんな。なんと申すか……そう!出場禁止級の汚さでござる」
狂「ヘッ、あんま褒めんなってガキども。
  なんてったってコイツぁファッキンオーディンの腐れ爺も裸足で逃げ出すヤバい魔剣なんだからよぉ。
  まあ欠点はバックアップするマスターがビチグソだってくらいだ。なあビチグソ?」
雨「え!? 俺のせいなのバーサーカー!?」
狂「寝言抜かしてンのか?
  大体テメーは俺っつぅジョーカー使ってた癖にこんなしみったれた場所来たことを恥じねぇか!
  野郎ばっかりの聖杯戦争で負けるって時点で有り得ねえんだよこのタコスケっ!」
弓「そうじゃよなぁ。なぜにこんな特化カード使って敗退出来たのか不思議で仕方がないわい。
  どう考えてもマスターに問題があるわなぁ(チラリチラチラ)」
間「おいおいおい、随分言ってくれるじゃないかアーチャーええ?」
弓「あらあら? ワシは別に燕二のせいじゃとは言っとらんぞぉ?」
間「白々しいんだよおまえは!」

F「あの先生この二人見てて思ったんですけど、ベーオウルフさんとラメセスさんって仲悪いんですか?
  なんか相容れないっていうか反発感が半端ないんすけどぉ。
  というかベーオウルフさんがあそこまで感情的になるとは思いませんでしたよ俺」
V「そりゃ方針の違う王同士の仲が良い筈ないさ。ましてや侵攻の王と護国の王ではタイプも違うし。
  民は全力で俺様に仕えろ!と私が全力で民を助ける!とじゃ仲良くなれっこないだろう」
F「いじめっ子といじめられっ子を助ける子は仲良くなれないなんて世界は悲しいですね」
ア「なにか物凄く壮大な話になってないかしら?」
ソ「どうもそいつは頭の中身に問題があるようだ。アインツベルン、君も極力相手にしない方がいい。アホが感染るぞ」
V「三者共に切り札を伏せたまま後半戦に突入だ。
  サーヴァント戦の反対側ではマスター同士のドンパチも始まってるからどう戦局が転ぶのか予想がつかない」
F「なら逆にサーヴァントじゃなくマスターが勝負をひっくり返す可能性もあるってわけですね!?」
V「そういうことだな。さあ終わりが近い、結末までもう少しだ。それでは諸君また次回で会おう!」