────────────────────────Another Servant    14日目 聖杯降りし最初で最後の聖夜──────



──────Sabers Side──────


 帰還と同時に──、

「こぉんのぉ……バカーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」

 危うく鼓膜を破壊しかねない大音量がセイバーの耳に叩きつけられた。
 綾香のあまりの大怒声に窓硝子がビリビリと揺れ森がざわつく。
 早朝の空気に相応しい爽やかな音色を奏でていた朝鳥達は地上に突如出現した不動明王様に恐れをなして飛び去っていった。

 英馬の力の一部をホムンクルスの肉体に降霊させた魔馬ヴェイヤンチーフに跨っているのは朝帰りの騎士である。
 そしてその彼はというと、両耳を手で塞ぎながら少女の手荒いお帰りなさいに悶絶していた。
 耳がキーンとする。
 っていうかキーンって残響かいつまでも取れんのですが……。

「……こ、鼓膜を破る気かキミは……ッ?!」
「破れれば良いじゃないそんな駄耳! わたしの話ちゃんと訊いてたのアンタ!?
 なんでマスターの許可なくこんな終盤で勝手に独断専行しちゃってくれてるわけ!?
 もしライダーに襲われてセイバーが負けちゃったらどうすんの!?
 一体わたしがどれだけ心配したと思ってんのよ! 
 どこ行ったのか分からないんじゃ探しにも行けないし、令呪を使うかどうかを真剣に悩んだのよこっちは!
 言いたいことがあるなら聞く耳なんて持たないけど言ってみなさいよこのバカセイバー!」

 綾香はガーっと凄まじい剣幕と物凄い早口でセイバーに文句の限りを尽くすと、
 言葉の末尾に、無事で本当によかった…。
 と聞き逃しそうな程小さく洩らして地面にぺたりと座り込んだ。
 半ベソに近いところを見るに一晩中騎士の心配していたのだろう。

 セイバーはそんな少女の今にも泣きそうな有様に真剣にすまなそうな顔をして謝罪を口にした。

「わ、悪かったよ…すまないアヤカ。
 キミがライダーを倒す策を思いつくまで戦わないって言ったから、なら先にファイターとの決着をつけとこうと……。
 まあ結局お目当てだった相手《ファイター》らとは遭遇しなかったけどさ」
 そう言って気まずそうに明後日の方向を見やりながら頬を掻くセイバー。
 だが実を言うと本当は別の人物と遭遇したのだが、今はまだ言わない方が良さそうなので黙っておく事にした。

「………………"とは"? ねえセイバー、貴方本当に誰とも遭遇しなかったの?」
 しかし綾香はジト目で疑り深い視線を彼に注いでいる。
 女の勘でも働いたのだろうか。どうも誤魔化す時にやや挙動不審になったのを見逃さなかったらしい。
「あ~~……いや、ライダーと遭った───うあっ!! なぜここにゴルゴンがッ?!」
「セ~~イ~~バァ~~~?」
 嘘はいけない事なので正直に話したらなぜか女怪が出現していた。
 しかも眼つきが尋常じゃない! あれは石化の魔眼も裸足でゴメンナサイする人を殺す眼だ!
 このままでは全裸で豆腐の角に頭ぶつけて死ねと令呪で命令されてもおかしくないので騎士は慌ててフォローした。 
「ちちち、違うぞアヤカ! 話を聞け! 確かにライダーとは遭っちまったけどオレ戦ってもいないんだぜ?!
 探索の最後にトオサカの邸にならファイターもいるかもと思って寄ってみたんだ!
 そしたらなんとそこにライダーがいたんだよ! これ絶対オレのせいじゃねえって!
 そんで向こうからムカつく挑発かましてしたけどアヤカがいなかったからオレ我慢してちゃんと退いたんだぞ?!
 ガンバった! 屈辱に耐えてよくガンバった、感動したオレ!」

 身振り手振りを付けてあわわわと必死にフォローするセイバーの姿が妙に可笑しかったのか、少女の表情が若干緩まる。
 好機到来。一応弁明だけは聴いてくれそうな雰囲気になったのでセイバーは一気に話を続けることにした。




 ───昨夜。
 綾香の方針を聞いた後、セイバーは自分でやれる事をやろうということで深夜の冬木を捜索した。
 ヴェイヤンチーフの機動力のおかげで二つの町を隈なく探して回るのに朝まで掛からずに済んだのは助かったが、それでも探し求める人物の影は一向に見つかる気配がなかった。
 セイバーは仕方なく今夜は諦めて帰ろうとしたその時、まるで天啓のようなタイミングで大事な情報を思い出す。
 彼が探し求める闘士《てき》のマスターが住む邸宅が深山の町の外れに存在するということを。
 敵の拠点に乗込めば工房攻めになりそうだったが、丁度"魔女の魔導剣"もあったので騎士はそのまま遠坂邸へと足を運んだ。


 そうしてセイバーはそこで思いもよらぬ敵と遭遇した。
 遠坂邸周辺に張った結界で侵入者の存在を感知したのだろう。
 私有地内の半ばまで進んだ辺りで、ライダーが自らセイバーを出迎えた。

「ほう、これはこれは予想外の人物のお出ましだなセイバー。何しにここへ来た?」
「ファイターと決闘しにだ。なんで貴様がここにいる?」

 二人の第一声は互いの探り合いから始まった。油断ならない相手を前に互いが気を張っている。

「王の行ないを下々の者が知る必要はない。だが、少なくともお前の探し人はここにはおらんのは事実だな」
「そうか。じゃあここに用はない」

 ライダーの返答を聞いたセイバーは愛馬に方向転換を合図を出してこの場から立ち去ろうと背を向けた。

「なんだ意外だな、逃げるか臆病者?
 まあそれも許してやるか。弱者が強者の前に立てばそうなるのもやむを得まい」
「……なんだと? おい誰が臆病者だってんだ!」
 騎士はファラオの高圧的な挑発につい剣を抜いて応じようとしたが、
「別におまえから逃げてるわけじゃねえ。
 ただ今は大事な立会人がいない状態だから貴様を倒す気がないってだけだ!」
 咄嗟に大切な約束を思い出して抜刀しかけた刃を鞘に押し留めた。

「大事な立会人だと?」
「貴様の首級はオレの物じゃないんだ。アヤカが手にすべき証をオレが勝手に横取りするわけにはいかない」

 だからまだ貴様とは戦らん。と言い残しセイバーは自らの憤怒を堪えて颯爽と愛馬を走らせた。
 なぜ手を出さなかったのか理由まではわからない。
 だが退却する聖堂騎士を太陽王は追おうとはしなかった。

 一触即発の死線をギリギリの所で踏み止まったセイバーは明るみ始めた空の下、自陣を目指して駆け抜けて行った──。




「というわけだ。でさ、それが妙なんだよ。ライダーは居るのにファイターもトオサカも邸にはいなかったんだ」
「それってまさかファイター達がライダーに倒されちゃったってこと?」
「わからん。でもまだ生きてるんなら自分らの拠点をライダーに占領されたのは本当だと思う。
 オレを出迎えた時あの野朗サイズ合ってないバスローブ着てやがったからな。ありゃ絶対あそこに住んでるぜ」
「ご飯食べるサーヴァントもどうかと思うけどお風呂に入るサーヴァントってのもどうなのよ……」

 ライダーの奇行っぷりに呆れている綾香を尻目にいそいそと馬から降りるセイバー。
 そしてそのままコソコソと洋館内に逃げ込もうとしたが、あっさりとマスターに立ち塞がれてしまった。
「どこに行くのかしらセイバー?」
「………うっ、大魔王からは逃げられないのか…」

 仁王立ちする綾香はしばらくの間ジーッと無言の圧力をかけていたが、
「まあとにかく無事でよかった。でも次やったら絶対に許さないからね!」
 最後には威圧を緩めて、綾香は主君の威厳を示すべくビシッっと騎士の鼻先に人差し指を突き出して最後通告をした。

 ………尤もそのままでは長身な騎士の鼻先に指が届かないので爪先立ちをしていたのはこの際見なかった事にしよう。



 ところでアヤカ、キミ手に何を持ってるんだ───?







──────Fighters Side──────


 結論から言うと、刻士は生きたまま燻製にされるような生き地獄の半日間をなんとか耐え切った。

 肉体精神共に疲労困憊。
 特にあの傍聴から日没までの数時間は本当に心身を削る根競べであった。
 敵に潜伏場所を発見されるかもしれない。
 しかしもしかしたらハッタリかもしれない。
 自分らを誘き出す巧妙な罠かもしれない。
 この場に縫い止めておく為の偽情報かもしれない。
 だがその逆こそが敵の望む作戦かもしれない。
 かもしれない、もしかしたらが渦巻く苦悩の螺旋階段。
 どこまで考えても可能性だけが頭を覆い尽くし正しい答えなんか出て来やしない。

 ファイターもファイターで"己の役割を果たす"と言って以来刻士に一切の言葉を与えなかった。
 一見すると薄情に見えるかもしれない行為だが彼はあくまで主の剣としての役割に終始徹している。
 そしてそれは主の選択ならばどんな事態に陥ろうが異論はないという彼らしい絶大な信頼の裏返しでもあった。

 こうして結局、刻士はファイターの言葉を信じ大空洞内に留まり続ける事を選択した。
 だが不安で潰されそうになる精神をぐっと押し殺して座すのが如何に難しい事か。
 結跏趺坐の格好で座りいつものように瞑想でも試しにやってみたが、それでもざわめく心は鎮まらない。
 刻士とて理屈では分かっている。
 本当は闘王の言にこそ理はあると。不安に駆られる己の弱き心が生み出す妄想だと。
 しかしそれでもライダーがまざまざと見せつけた不気味な影が脳裏から一向に離れてくれなかった。

 ひりつくような焦り。精神を摩耗させる恐怖。極度の緊張が体力さえも奪っていく。
 しかし刻士は耐えた。必死に耐え続けた。
 そうして気が付けば、彼はついに日没まで耐え抜いていた。
 戦わずして気力や体力を大きく消耗したが、しかし一番危険視する時間帯を無事切り抜ける事に成功したのだ。
 これでもし本当にこの場所を探し当てられたとしても脅威度は格段に落ちる筈である。
 否、どうあってもパワーダウンして貰わねば困るのだ。

 そしていよいよ太陽も沈み切り、刻士はようやくまともに考える為の余裕と時間を得た。
 思案する案件はこの後をどうするか──。
 とりあえず聖杯降霊地は遠坂邸を決定事項とした。
 これに選択の余地はない。
 隣町の丘が既に敵の陣地として機能しているのなら少しでも有利に働く自邸を戦場にした方がまだ勝算はある。
 もし仮に反攻に転ずるのなら今夜がいいだろう。
 しかしそれには一つだけ問題があった。
 刻士は眼を瞑り脳裏に自分のサーヴァントの現在状態を映し出す。

 "────やはりまだ完全に回復していない……。"

 ファイターは未だ黒騎士との熾烈を極めた戦いの損耗を引き摺っていた。
 この状態では万全の態勢でライダーとの決戦に臨むのは難しいだろう。
 だが、闘王の回復を待っていれば再び拷問の半日が訪れてしまう……。
 おかげで赤き魔術師は待つか出るかどうするべきかとまたしても悶々と苦悩するハメになってしまった。



 そして────。


「遠坂殿、少し仮眠を取ったらどうだ? 昨夜からずっと徹夜とあってはいざという時に身体が保つまい」
 ふと、背後からファイターの呼ぶ声がした。
 呼び掛けに反応して刻士の意識は監視中の使い魔から大空洞へと引き戻された。
 刻士は懐から取り出した懐中時計の時刻を確認して少し驚く。
「………ん? ああ、もうこんな時間になっていたのか。
 そうだな、それじゃあ十五分程だけ仮眠を取ることにするよ。その間の見張りは君に任せる」
「うむ了解、警備は任された。ゆるりと休むのだぞ遠坂殿」
 刻士は地面から立ち上がると背伸びや屈伸などの軽いストレッチで体の凝りをほぐし、椅子に背をもたれかけた。
 魔薬を口に含み水で飲み下す。
 するとたちまち睡魔の群衆が大波のように押し寄せて刻士の意識を眠りへと沈めてしまった。



 刻士は英断を下した。
 リスクを承知でファイターの完全回復を待つ───。
 陽が完全に沈み深夜の時間が到来するまで熟考に熟考を重ねてやっと決断した解答がそれだった。
 原点に振り返る事で見つけた己がどうするべきかの答え。
 忘れてはいない。大本を正せば自分は根源へ到達する為にこの聖杯戦争に参加しているのだ。
 ならば勝たなければ、最後まで勝ち残らねばならない。
 そして勝つ為にはファイターの実力を最大まで発揮させなければならない。
 リスクを恐れる余り不十分な状態で攻勢に出た結果が返り討ち、なんて間抜けは絶対にあってはならない愚行である。
 そう腹を括った瞬間、彼の内心をぐるぐると渦巻いていた焦りや恐怖や重圧は消え失せていた。
 いや消え失せたというよりはくるっと一周した。
 感情は麻痺し鈍感になり、ただ目的だけが判然としている状態になったのだ。
 それにもう一つ、彼には強力なカードが残っていた。
 ファイターが言ったように切り札《うつわ》はこちらの手の中にある。
 もしもライダーが此処を襲撃したとしても、聖杯の器が在る限り駆け引きや取引が成立する可能性がある。
 必ずしも敗北するとは決まってないのだ。

 それからの刻士はまるでいままでが嘘だったかのように外の様子を探ったり手紙を書いたり食事を取ったり、果ては仮眠までもが出来る程度には落ち着きを取り戻したのであった。



 眠りから醒めたのかピクピクと遠坂の瞼が痙攣している。
 意識の覚醒は速やかだった。
「んん………」
 薄らと眼を開いて刻士は懐中時計の時刻を確認。
 文字盤が示す時間は彼が仮眠に入ってから凡そ三十分の時が経過していた。
「…………え? お、おいおい三十分も寝ていたのか私は? どうして起こしてくれなかったファイター!?」
 刻士は貴重な時間を寝坊などで浪費してしまった事に軽い怒りを覚えファイターに問い詰めたが、
 巨漢の英雄は、よく眠っていたので起こすのが忍びなかった。と簡潔に答えるともう一つ付け加えた。
「それに休める時に休むのも大事な戦略だ。遠坂殿は昨日から心身共に大きく疲労している。
 これが態勢を万全にする為の休息であるのなら司令塔の貴殿も体調は万全にしないと本末転倒ではないかな?」

 主の身体を気遣った闘王の諫言はどこまでも正しかった。
 態勢を万全にするのは何もファイターだけではない。マスターである刻士も例外ではないのだ。

 いつもよりも多く眠っていたおかげか刻士の体力と気力はすっかり元戻りになり、気分も完全に快晴だった。
「……まあ確かに、体調はとても良好になってる………」
 これでは刻士も文句の言いようがないといった感じで口篭るしかない。
 刻士は仕方なしに、さてと、などとわざとらしく口に出して場を取り繕うと大空洞の奥の方へと歩き始めた。

「遠坂殿? どこへゆくのだ?」
「目覚めの散歩ついでに大聖杯の現在の様子を少し見てくる。
 それで残された時間が凡そ分かるからね。貴君も見てみるかい?
 我々御三家が生み出した神の大儀式の心臓部。円冠回廊、心臓世界テンノサカズキを────」



           ◇                 ◇



 この大空洞が地下空間に存在しているという事を考えれば相当な距離を歩いたと言えるだろう。
 遠坂達が巨石文明の生き残りのような形状をした大聖杯の中心部に到着したのは出発から十数分後の事であった。

「やはり開きかけていたか」
 刻士が巨大な石柱を見上げると、そこには白い孔《あな》のようなモノが出来つつあった。
 その隣では物珍しそうに大聖杯の中核部を見回すファイター。
 すり鉢状の岩肌に刻まれた直径1キロメートルの多重層刻印。
 まるで超巨大魔法陣だ。魔法陣の中心には天井高くにそびえる大石柱だ鎮座している。

 熱心に大聖杯を観察する闘王を放置して刻士が至極真剣な表情でその白い孔の状況を推し量っていた。

「遠坂殿ココは? いやそれよりもあの真白のアレは…?」
 周辺も興味深いがやはりこの場で一番気になってしまうのはアレの存在だろう。
 虚空に出現しかけた白い孔を見詰めながらファイターが問うた。
「…………………この場所こそは聖杯戦争を始めた御三家だけが識る秘密の聖域。
 大魔道師"冬の聖女"を贄に捧げて作り出した心臓機関にして首脳部たる大聖杯システムだ」
 大聖杯の荘厳さにあてられたのか、神聖なものと拝謁した時のような厳粛な面持ちで刻士は説明した。
 虚空に浮かぶ白き孔はどこか薄雲に隠された満月みたい。
 光を外部へ零さぬせいで分かり辛いが白い光は穴の奥にあるものだ。 
 遠坂刻士は虚空に形成されようとしている白い太陽を眼を細めて見詰めている。

 それから聴き間違いもないハッキリとした語調で、


「そして此処が聖杯戦争の始点であり終点、アレこそが我々の求める聖杯だよ────」


 ─────アレを聖杯だと宣言した。


「───あ、あれが…、せ、聖杯…─────?」
 きっとこのようなものだとは夢にも思っていなかったのだろう。
 ファイターは意外も意外といった具合で聖杯だと宣告されたモノを呆然と見上げていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれないか遠坂殿! 少々混乱してきた。
 ではあれが聖杯ならば今も貴殿が懐に忍ばせているその黄金の杯はなんなんだ?
 まさか実はその聖杯の器は敵を欺く為に用意したフェイクであったのか?」
 刻士はその疑問に答えるべく懐から黄金の杯を取り出して見せた。
 何度眼にしてもとてつもない値打ちがありそうな貴金属製の杯。
 もしどちらかを宝物と呼ぶならこちらの聖杯の方が宝に相応しいとファイターには思えた。
「無論これも聖杯だよファイター。
 我々はあそこにあるモノを降霊《てに》する為にこの小聖杯が必要になる。
 喩えるならこれは宝箱を開くのに使う鍵と言った所かな?
 これが無ければどうやっても聖杯《たから》には手が届かない」

 そう言って彼はまるでこの話題を避けるかのように突然踵を返した。
 そしてそのままもうここには用はないといった様子の確かな足取りで来た道を引き返し始める。
「目的は達した、ファイター戻るぞ」
「もう戻るのか遠坂殿? ここに何か用があってわざわざ足を運んだのでは?」
「その用が済んだのさ。おかげで大聖杯の起動状況は大体把握できた。
 あの開き具合から推測するに聖杯戦争は今夜か明日頃には刻限を迎えるだろうと思う」
 刻士は姿勢良く歩を進めながら淡々とした口調で予想《じじつ》を告げだ。
 感情を隠しているのか、それはどこか業務的で鉄のような冷たさと固い決意が窺えた。
「…………そうか。今夜か明日にはついに決着か」
 言葉の端々にどこか名残惜しそうな色を滲ませて闘王が呟く。

「ああそうだ。予定通りに進めば今夜ライダー達が待ち構える自邸に攻め込む。
 そこでライダーとセイバーを屠り、聖杯降霊儀式の全工程を完了して、この戦いに決着がつく。
 全てのサーヴァントを倒した果てに、私は我が父と祖父が辿り着けなかった聖杯へと至るのだ────」

 男の言葉に迷いはない。
 朝日の陽射しが徐々に強まり出し、最後の一日はこうして始まりを告げた。







──────Riders Side──────


「貴様らの無能さには呆れ返って何も言えんわ!! 揃いも揃って能無しの屑共めが!!」

 激昂する王の蹴足が職人が丹精込めて作った高級家具を蹴り壊す。
 相当苛立った様子でライダーが荒れていた。
 堪忍袋の緒が切れそう──いやもはや緒などとうに切れており、袋がそのものがボロボロだ。

「まだ彼奴《きゃつ》らは見付からんのか牧師ッ!!?」
「一分間毎にまだかと聞かれてもまだだ、としか言えん」
 幽鬼みたいな無表情のゲドゥはもう嘆息すら出ない様子だが、それでも返事だけは欠かさない。
 この状況でライダーを無視するのは致命的にまずい。
 火事に石油をぶち込む行為は勢い余って火傷どころか焼き殺されかねないからだ。

「ちゃんと捜索したのであろうな!!?
 まさかよもや手を抜いていたなどと抜かしてみろ、貴様ら全員その首捩じ切ってやるぞ!!」
「それだけは絶対にない。最後の勝利者となる目的は我々とて同じだ。
 だが町全域に捜索の手は伸びていた。隣の町も全て調べさせた。
 間違いなくフユキ全域を隈なく調べている。
 なのに未だ見付からないどころか尻尾さえ掴めないという事態が明らかに異常だ」

 腑に落ちないのはそこだった。
 異端狩りのプロフェッショナルを総動員して町中を虱潰しに探したのに敵は影も形も見せないのだ。 

 しかし、そんな牧師の疑問も王からすれば馬鹿馬鹿しいものであるかのようにライダーは失笑する。
「フンッ! なにがおかしいものかよ愚か者。そもそも町全域を調べただと?
 笑わせるな思い上がりも甚だしい。貴様達は町全域を調べ切れていないから鼠一匹見付けられんのだ。
 河底はさらったのか? 海底は探したのか! 山狩りは!? 本当に草の根を分けて探してから物を言えたわけが!」
「無茶を言うなライダー。流石にそこまでの捜索範囲をこの短時間でやるのは不可能だ。
 潜伏の可能性が高い場所を真っ先に潰すのは捜索の常套手段だろう。河底と山狩りはこれからは始めるつもりだ」
 しかし日没までに発見するのは無理だろうな。とゲドゥは口には出さずに呑み込んだ。

「そう言えばお前が連中に仕掛けた情報戦はどうだ? 邸の術式を利用しわざと敵に聞かせた偽情報の効果は?
 こうなるとこちらとしてはお前が燻り出してくれるのを期待しているのだが」
「効果があれば昨日の時点で既に発見出来ている。
 本来なら焦りや重圧に負けてとうに巣から燻り出していてもおかしくないというにこの反応の無さだ。
 奴ら十中八九居直りを決めておるわ。
 チッ。マスターの方はともかくとしてファイターの方は流石に腹が据わっている。
 竜殺しの肝のデカさはブラフではないという事らしいな」
 ライダーは計算外の敵の籠城を心底忌々しく思いながら別の椅子を蹴り飛ばす。

「ではどうする?
 昨夜現われたセイバーも結局魔馬との機動力に差が有り過ぎて追跡は不可能だった。
 セイバーと小娘の潜伏先も発見出来なかったのが気になるが、以前セイバーらしき輩が馬車で移動していたとの報告もある。
 もしかしたら町中には拠点を置いてない可能性が考えられるぞ?」
 ゲドゥは一度窓の外の様子に眼をやる。朝日は完全に昇り切っていた。
 曇りさえしなければこれから段々と陽が高くなり日差しも徐々に強くなっていくだろう。
 彼らの残り時間はそう多くはない。

「無能共にはそのまま捜索を続けさせろ。
 どうせ日没までには見つけ切らんだろうが相手への牽制にはなる。
 その間、俺様は此処でファイターどもを迎え撃つ戦支度だ。
 恐らく今夜にでも奴らは乗り込んで来るであろうからな。
 今の内から太陽像で法陣を組み準備に入れば日中に備蓄した力を夜間に持ち越せる。
 それでいくらかの予備燃料にはなろう。尤も昼間の無尽蔵と比べれば残り滓《カス》みたいな量だが無いよりはマシだ」

 それからライダーは、太陽像の配置で魔力を使うぞ回復方法を考えておけ。
 とだけ牧師に言い残して、フッと体を透明にすると邸宅の外へと出て行った。

 ついさっきまで頭に散々血が上っていた筈のライダーが今は酷く冷静に見える。
 ファラオは無価値なものには興味が失せた感じで次なる興味の対象に意識を集中させていた。
 それが良い事なのか悪い事なのかはさておき恐ろしく頭の切り替えが速いのは確かだ。
「さてと、魔力の回復方法を考えておけと言ったがどうしたものか………」

 一人その場に残されたゲドゥは魔力回復をどうしたものかとしばらく考えた末、
「……………そうだな、一番手っ取り早い方法を使うか」
 いつぞやの乱痴気騒ぎの件を思い出し一番確実な手段として町で異教徒の女を数人ばかり持って返ってくる事に決めた。
 五、六人ばかりくれてやればきっとライダーも満足するし回復もするだろう。
 などと脳内で算段を整えながら牧師は手頃な贄を見つけるべくさっさと遠坂邸を後にした。


 一方ライダーは遠坂家の私有地内で宝具設置に目ぼしい場所を探し出すと、そこにエジプト十字架の形に酷似した陣を敷いた。
 そしてその結界の各要所に『王奉る太陽像』を複数配置。
 それぞれの回路が互いに連結し合い循環を生み、個別だった物が一つの装置として機能し始める。
「まあ陣はこんなものか。それにしても存外に霊脈の質がよい。
 こんなことならもっと早く良質な寝床を占領しておくべきだったな」
 大方の準備は整った。
 あとは魔術式の微調整を行ないながら、魔力の回復法を命じた牧師の仕事を待っていればいい。



       ◇               ◇



「フハッハハハハハハハ! なるほどなるほどな! よいぞ牧師、悪くない美的センスではないか!
 貴様自身は陰気で負の波動を撒き散らすゲテモノだがそのセンスだけは悪くないと褒めてやろう」
 上機嫌なライダーの笑い声。
 ファラオはゲドゥが邸に持ち帰ってきた"お土産"を大層気に入ったようだった。
「後半部分は聞かなかったことにしておく。で、とりあえず確認しておくがこれだけあれば足りるか?」
 牧師は無感情に背後に並ばせた六人の町娘《おみやげ》を指しながら王に問う。
 どの娘も女性というにはまだ幼さを残した少女らしい顔立ちをしている。
 だがしかし全員妙に生気がない。
 彼女達は誰も彼もが虚ろな瞳でボーッと一点だけを見つめて佇んでいた。

「アジアの土人はどれも同じ童顔に見えるせいで年齢がいまいち定かではないが、多分全員処女の筈だ。
 催眠暗示は完璧に施してある。好きに貪り食らうがいいライダー。
 そして存分に食い散らかし失った魔力を補ってくれ」
「ほう全員ヴァージンか? ククッ、ならば六人もいれば十分な量の糧《まりょく》が得られるな。
 しかし処女を連れて来る辺りなかなか気が利く。栄養剤としてはこの上なく上質だぞ」
「東西南北に関わらず元来乙女には一種の聖性が宿るものだ。宗教的にも魔術的な意味合いも含めてな。
 では事が済んだら私に言え、後始末はこちらでしよう。裏庭にでも埋めておく」
 何の感情も宿さないさも当然といった非道さでゲドゥは用が済んだら娘達を処分すると宣言した。
 彼女らは紙コップと同じだ。
 一度誰かが使ってしまえば後はゴミ箱にいくだけの運命。
 特にゲドゥらのような人種は用済みになった道具に何の未練や感情も抱(いだ)かない。

 だがしかし、意外にもそんな牧師の台詞に牙を剥く男がいた。
 ギロリと殺意を含んだライダーの視線がゲドゥに突き刺さる。
「牧師、先に貴様に言っておくことがあった」
 突然の殺気に反応し思わず身構える牧師。その表情は不意打ちの怒りに驚いていた。
「この小娘どもの命を奪うのは許可しない。
 美しい女は王が愛でるべき対象だ終始丁重に扱え。
 ましてやこの娘たちはファラオに処女を捧げる誉れある女達なのだ。
 俺様の法に従い全員生かして帰せ。もし万が一この法を破った場合貴様には神の裁きを受けて死んで貰う」
 湖畔より静かな王の瞳が告げる明確な死の結末。
 ライダーのソレは冗談でも脅しでもない真物の殺意だ。
 王は……もしゲドゥが少女達を殺せば何の弁解の余地さえ与えずにマスターを処刑するつもりでいる。

「───女好きにも限度があるぞライダー。しかも彼女達は我々の目撃者だぞ?
 催眠暗示をかけているとは言え無意味なリスクを負う必要はあるまい!?」
「ならんと言っているこのうつけが。
 勘違いするなよ愚者め、法とは本来神々によって定められたヒトを律する神聖な理だ。
 そして神法を地上の支配者たるファラオが代弁しヒトに守らせる事で人の死後に訪れる"死者の裁判"で魂の無罪を得る。
 法とはファラオですら守らねばならん不可侵のものだ。己が正しき魂であると証明する為の試練だ。
 たとえ国の法律が王の好きに出来てもオシリスは認めぬ。
 何しろ神の法と人の法では判定基準が根本から違うからな。
 いいなこれが最後通告だ牧師。ラメセスの名において命ずる、この者達は生かして元の所へ帰せ」

 王の有無を言わさぬ迫力にゲドゥは押し黙るしかなかった。
 そして牧師は冷たい視線をライダーに注いだまま、わかった。と一言だけ呟いた。


「そこまで言うのならお前の好きにしろ。ただし無駄なリスクを負った責任だけは持って貰うぞライダー」
 娘達に寝室へ先に行くよう指示しているライダーの背を睨みながらゲドゥは愚痴を零すように吐き捨てた。
 しかしライダーはそんなマスターの様子にもどこ吹く風で牧師の小心を嘲笑う。
 ソファーに腰を落ち着けている様が実に余裕たっぷりに見えてなんとも小憎らしい。
「ふん、そんなにビクつくなよ牧師。貴様も案外小心者よな。
 くだらん心配は無用。この小娘らが問題になる頃にはとうに決着がついておる。俺様大勝利という形でな」
「お前のその余裕が一体どこから湧いてくるのか私には到底理解出来んがな。
 次の相手はあのファイターだぞ? ベーオウルフの伝説くらい私でも知っている。
 ライダーお前も一昨日のセイバーとファイターの殺し合いを見ただろう?!
 奴はこと一騎打ち形式の決闘では最強の一人に数えられる英霊だ。
 対人戦闘は無類の強さを誇ると言っても過言ではないッ!!」

 ゲドゥは一昨日の夜に起きた予定外の死闘の一部始終を思い返していた。
 黒騎士ローランのあの絶望的な戦力差を前に見事真正面から抵抗してみせた闘王ベーオウルフ。
 ライダーの助力あっての生存ではあったが、あれこそが本物の強者の勇姿だ。
 怖れない強靭な精神、圧倒的な剛力、無尽蔵の体力、鍛え抜かれた技、そして最強に相応しい王の宝具。
 そうだ、あの夜ヤツが初めて自分達に晒した真の宝具が最大の問題だった。
 相手の武具を容易くバッキバキに破壊するような敵とどう戦えというのか。
 まず闘王と刃を交える事自体が危険とは、そもそもあの敵とは打ち合いが成立していない。
 長く斬り結べば斬り結んだだけ自分達の敗北の確率が増すだけなんて笑い話にもなりはしないではないか。
 実力的に言えばローランの方も厄介極まりない難敵だが、チームとしてファイター陣営と比べればまだ付け入る隙はある。
 というのがゲドゥの残る敵対者達に対する評価だった。

「ああ確かにファイターは決闘させれば最強の一人だろうさ。
 だが案ずるなよ牧師。戦争の超天才である俺様はとっくにファイターの攻略法は見えている。
 奴は俺様には勝てん。勝てんのだ、なにせ土俵が違うのだからなぁククク!」

 自信満々にくつくつと喉を鳴らして笑いながらライダーは寝室の方へと消えていく。
「さてと、話は終わりだ。俺様はこれより今宵の決戦に向けての休息時間に入る。
 よって下らん用件で邪魔をするなよ? 貴様もせいぜい今の内に身体を休めておくことだ。
 恐らくファイターのマスターが鼻息を荒くして襲いかかって来るであろうからなあフフフフ!」

 寝室の扉がパタンと閉まりライダーとゲドゥの間に物理的な壁が作られる。
 ファラオの眼前には人形のようになった無表情の少女達。
 しかしラメセスはここには居ない別の女の幻影を愛おしそうに見つめていた。


「───ああもう少しだ。あと少しだけ待つがいい、我が最愛の妻よ。
 マスターを一人残らず殺し尽くし、残り二騎のサーヴァントを贄に捧げれば我が願いが叶う。
 本当に後一歩だ。もう少しでおまえの失われたミイラが取り戻せるのだネフェルタリ。
 我が贈り物を喜んでくれ、明日がそなたの二つ目の誕生日となろう─────」







──────Fighters Side──────


 これほど心が踊ったのは自分でも意外だった───。

 ファイターは改めてそう感じていた。
 現代の貴族遠坂刻士殿に召喚されてから今日この日まで彼のサーヴァントとして闘い、そして終わりの刻を迎えようとしている。
 今朝彼が言ったように恐らく今宵が決着の日となるだろう。
 幸いなことに彼らが最も危惧していたライダーの日中襲来は未だ起こっていない。
 時刻は夕刻頃。太陽はあと一、二時間もすれば水平線に沈む。
 これなら多分ライダーの襲撃はもうないと見てよいだろう。

 ならば当初の予定通り今夜……。
 自分達はライダー達が陣取っている遠坂邸に攻め込みこの聖杯戦争に決着をつける。

 少しばかり名残惜しくも思うが、それも致し方ないことだ。
 あらゆる物事にはいつか終わりが訪れるもの。
 戦も人生も夢も幸福も不幸もそして世界にも、例外はない。
 しかしそこに悲観はない。
 終わりあるものだからこそ懸命に噛み締められるのがヒトという存在だから。

 だからこれが自分に与えられた最後の安息────。

 ファイターの眼の前では遠坂が軽食のサンドウィッチを上品に食しながら紅茶を飲んでいた。
 彼に倣ってファイターも紅茶を心より愉しむことにする。
 ───ああ、とてもうまい。
 やはりいつ何度飲んでも遠坂殿が淹れる紅茶の味わいは大変素晴らしいと太鼓判を押さざる得ない。
 いやそれを言うなら聖杯戦争のマスターとしても彼は素晴らしかった。
 人格、指揮能力、戦闘力。どれをとっても文句のつけようがない間違いなく一流の人物だった。
 そんな勇者と共に聖杯戦争を戦えたことを誇りに思う。
 己の人生において誰かと肩を並べて強敵に立ち向かうなんて経験はそんなに多くはなかった。
 周囲の者達も自分自身も強大な相手とはいつ何時も独りで闘うのが当然の事のようになっていた。
 だけどウィーラーフが火竜との決戦で助太刀に現れたあの時と同じく、
 やはり誰かと一緒に戦えるというのはこんなにも喜ばしい事なのだと今回の戦で確信出来た。

 心静かな時間がゆっくりと過ぎていく。
 王の隣では遠坂もリラックスした様子で休息に専念していた。



「ライダーが攻めて来る気配はなし。ここまでは順調にこちらの予定通りだね。
 あと数時間もすれば夜になる。決戦の時は近い。さてファイター、貴君はライダーとどう戦う?」
 ファイターが無言で茶を愉しんでいると遠坂の方から話題を振ってきた。
 どことなく面白そうな気配を漂わせてこちらを試すような視線を送ってくるマスターにファイターも主の挑戦《わだい》に乗る形で自分の展開予想などを披露してみる。
「う~む、そうだな。私見ではやはり接近戦の展開になると思う。
 一昨日の黒騎士との死闘で見せたライダーの戦艦の機動力は相当の代物だった。
 それに加えて地味に障害になりそうなのが騎兵でありながら弓を携帯しているという点。
 奴の強弓はレンジもかなり長めのようだから機動性と長射程を組み合わせた戦法で嵌められれば一方的に嬲られる展開になる」
 王が瞼を閉じて語る重みのある声音は聞く者の意識を自然と話に傾けさせる。

 本当にその戦法だけは十分警戒しておかなければいけない。
 一度敵に接近し攻撃してからまた離脱するヒットアンドアウェイ戦法ですらない一方的な攻撃権。
 戦いにおいて反撃さえ許されない展開ほど恐ろしいものはない。
 最悪、宝具の出番もないままに敗れ去る可能性だって否定出来ないのだから。

「なるほど、それが君の読みか。しかし果たしてライダーはその戦法で攻めるだろうか?」
「ラメセス二世は戦争の名手だと聞いている。恐らく戦略眼も戦術眼も両方を兼ね揃えた優秀な戦士の筈だ。
 私の正体は一昨日の戦闘で敵側に露見しているものと想定すれば間違いなくこの戦法を取って来る。
 なにしろベーオウルフと言う英雄は遠距離に対する攻撃手段を殆ど保有していないのだから。
 こんな狙い易い弱点をむざむざ放っておく手はない。敵は必ずココを突いてくるだろう」

 まるで確信しているようなファイターの口振りに遠坂はそれ以上の異論は挟もうとはせず、この問題の解決策を考える方向へと思考回路を切り替えた。
 遠坂もこの聖杯戦争を通して闘王の戦術眼の信頼性は良く理解していた。
 その彼がここまで確信めいた論調で話すからには信じるだけの価値は十分ある。
 なら決戦本番でもそうなるものと前提して考えた方がいい。

「そうなるとまずは騎兵の足を潰す必要性があるね。ライダーの騎乗宝具は破壊できそうかい?」
「おそらく大丈夫だと思う。私の思ってた以上に巨大な船体であるが壊せないことはない筈だ。
 もし我々に付け入る隙があるとすれば……それはライダー本人かな。
 見た感じ彼はそこまで気が長い性質ではないようだから我々が突くとしたらそこだ。
 戦車と徒歩《かち》では機動性と体力の差で追い続ける事は難しそうだが我慢比べに持ち込めば私に一日の長がある。
 いくらライダーがこちらの反撃が届かぬ遠方から弓で攻め続けても、私が一発も被弾せずにいられれば状況に変化が起きる筈。
 そうなれば気の長くないライダーは焦れて直接攻撃に討って出てくると思う。
 あとはその僅かな好機を上手くものに出来るかどうかに懸かってくるだろう」
「よし、特に反論もない。では作戦としてはその方針で行くことにしようか。
 私からは文句の出しようのない堅実なプランだ。して、肝心の矢に被弾しない自信は?」
「それなりにあるからその辺りは安心して貰いたい。生前から物量で押す戦術にはある程度対処の心得があってね」
 ファイターは台詞こそ"それなり"などと謙虚しているが、その表情からは相当な自信が窺える。
 作戦自体はこれで特に問題はないだろう。
 ただし………、

「致命的な問題点はライダーの宝具解放による攻撃か。残念だが我々にはアレを防ぐ手立てがない」

 ふと表情を曇らせて遠坂がそんなことを洩らした。
 それを聞いたファイターも苦虫を噛み潰した顔になる。

「────ああその通り。一番の問題はラメセスに宝具を使われた場合だ。
 現状では宝具を使わせないという方法以外にこれと言って有効な対抗策が浮かばない。
 遠坂殿が能力透視で視た情報ではライダーの宝具はA+ランク対軍宝具。
 そしてセイバー達の話を参考にすればアーチャーの魔城の防備を壊滅した事からも大火力系の対軍宝具だと推理出来る。
 英霊としても考え得る限りで最高レベルの破壊力。
 こちらの宝具解放による相殺も期待するのは難しそうだな………」
 そう言うと表情を曇らせたファイター。
 その難しそうな顔はどこか自身の力不足をを反省しているようにも見えた。

「……確かにBランク対人宝具の『赤原猟犬』ではまず力負けは確実か。
 そうだファイター、一つ訊ねたいのだが『幻想砕く無双の王拳』で宝具攻撃を迎撃するとどうなる?」
「むぅ~ぬぬ……そうだなぁ。あくまで恐らく、という不確かな予測ではあるのだが……。
 万事上手くゆけば相手の宝具を一撃粉砕も可能やもしれん」
「おお、本当か!? では竜拳で宝具攻撃を迎撃すれば───…!」
「ただし、私はほぼ100%の確率で消滅するだろう。
 だから正確には"ライダーの太陽船車"と相打ちで終わる可能性が極めて高い。
 ここで注意しなければならないのがライダー本人は生き残る確率が非常に高いという点だ」
 ファイターは物静かに予想される己の結末をマスターに告げた。
 告げられた答案に遠坂は落胆し首を横振る。
「駄目だ、それではまるで意味がない。
 まだセイバーも残っているし、ライダーを私単独で打倒するのも不可能とあっては事実上負けも同義だ」
「まことにすまない遠坂殿。もっと私に火力系の大技《ほうぐ》があればよかったのだが………」
「気にしなくていい。誰にでも向き不向きのジャンルはあるさ。
 それにだ、貴君がそれ以上の力を望むとあっては流石に他の英霊連中が黙ってないと思うぞ?」

 不公平だと怒られるぞ?なんて遠坂が冗談を交えながら陰鬱になりかかる空気を振り払った。
 確かに敵の奥の手に対して有効な防御手段は備えていないが、それでも勝算そのものが無い訳ではない。
 この聖杯戦争は結局のところ戦い方で勝負の行方が決するのだ。
 サーヴァントのスペックが優れているだけで簡単に勝てる程甘くはないと心底思い知らされたのだから。

「まあ、そういういざという時の為に我々マスターには切り札たる令呪が与えられている。
 私の方でもファイターを勝利させられるよう全力でバックアップしてみよう」
「うむ、確かに遠坂殿の援護があれば百人力だ。
 私の方も可能な限り相手との間合いを潰して宝具使用をさせないような戦い方を心掛けてみるつもりだ。
 ………む? そう言えばライダーが宝具を連続使用した場合の対抗策はどうする?」
「いいやライダーの宝具連続使用については夜間は無いものとヤマを張ろう。
 私は自分の推理に腹を括った訳だし、なによりもし本当に宝具を連続使用されたらどうにもならない。
 どうにも出来ないのなら初めから除外して別のことに集中した方がきっと勝率は上がると思う」
「覚悟を決める、というわけだな」
 どうにも出来ないのなら最初から考えず他を集中するのに神経を注ぎ込む、か。
 いやはやなんとも遠坂らしい大胆不敵な考えだとファイターは感心した。



            ◇                       ◇



 そうして彼らの最後の作戦会議は無事終わり、また穏やかな休息時間と相成った。
 遠坂はいつの間に持参していたのか蓄音機っぽい道具が奏でる弦楽器の美しい音色を聴きながら熱い紅茶をゆっくりと啜っている。
 そういうファイターも若紳士と同じように目を瞑り名曲の調べに心を委ねて英国式ティータイムを満喫する。

 "────ああ、まもなく終わってしまうな…。"

 ふと、ベーオウルフの胸の奥底に一抹の寂しさが湧き上がった。
 この平安は仮初めだ。太陽が沈めば容易く消え去ってしまう儚い安息。
 自我があろうと我らサーヴァントはマスターを勝利させる為の剣として現世に招来された一騎当千の兵器だ。
 夜になればその与えられた役目を果たさなければならない。
 しかしこの貴人は他の魔術師とは決定的に違った。
 彼は英霊である自分を貴賓として現世に迎え入れた。
 貴人としての礼節を忘れず、令呪を持つマスターの権力を振りかざさないマスター。
 そして何より戦いの道具としてではなく、その、些か面映いが……共に肩を並べて闘う戦友《パートナー》として扱ってくれた。

 孤高であったことを後悔したことはない。
 独りであったことを哀しいと思ったこともない。
 功績を無闇に主張せず、自分を驕らず、欲望に溺れず、味方に侮られても、己が信じた道を一人歩き続けた。
 だってそれが正しい事だと心から断言出来たから。
 その証が国の平和である。
 戦乱の世でありながらも王として多くの民たちに長き平穏を与えることが出来たのは自らに誇れることだ。
 それにベーオウルフは最期の刻は孤独ではなかった。
 勇士ウィーラーフ。自分に実子はいないがウィーラーフこそが我が息子だった。
 そんな国の未来を安心して託せる次世代の若者《むすこ》に看取られながら安堵の中で逝けるなど、

 ああ…なんて、幸福。
 人生の褒美としては十分に素晴らしい贈り物ではないか────。
 
 だが私にはまだ褒美があった。
 それが聖杯戦争。そして貴公だ、遠坂刻士。
 そなたのおかげで私は初めて真に対等の仲間を得ることが出来た。
 ずっと望むべくもないと諦めていたモノをそなたは与えてくれたのだ。



 ────遠坂殿、私は貴公に誠の礼を申したい。

         戦友よ、ありがとう。

      貴公の悲願は私が遂げさせてみせる、必ず─────。







──────Riders Side──────


 最後の陽日は割とあっさり水平線の彼方へと沈んでいった。

 ───結局、ライダー陣営は日没までに遠坂陣営および沙条陣営を捕捉することは叶わなかった。

 ゲドゥは部下の不甲斐なさを叱咤しながら自分らよりも一枚上手だった敵の実力を正しく再認識し直し、
 一方でライダーはそんな代行者達の無能さなど、もはや興味すらなさそうな態度でとうに眼中にない。
 太陽王の意識は今宵の決戦とその後に手に掴む聖杯にだけ集中していた。


 そうして、それぞれの想いを胸に秘めたまま夜が徐々に深まっていく。

 日が暮れてからライダーは来たるべき決勝戦に備えて最後の休憩を存分に取っていた。
 同じくゲドゥ牧師も出撃まで待機を命じられた兵士のように瞑想して体を休めている。

 革張りの高級ソファに深く腰を沈めたライダーが酒を飲んでいる。
 くつろいだ体勢で意匠の凝ったワイングラスに赤ワインを注ぎ一気に嚥下した。
 やや落ち着かない気分を多少でも晴らせるかと邸内にあった洋酒でも飲んでみたが落ち着くどころか酔いもしない。
 一時間、また一時間と時が経過するにつれて全身の血液が沸き立つ気分にさせられる。
 興奮する魂が鎮まらない。心臓の鼓動が平時よりも僅かに早い快感。
 湯浴みをしたら落ち着くかと思い一風呂浴びたが逆に昂ぶる血潮をより熱砂の如く熱くしただけだった。
 これは仕方がない生理現象のようなものだ。
 心の臓が多少早鐘を打つのも、魂の奥底が興奮するのも全ては仕方のないことなのだ。


 ───あと数時間後に、聖杯がたった一つの高貴な祈りを叶えるのだから。
 ───あと数時間後に、この世で最愛の女のミイラが取り戻せるのだから。


 ミイラは彼ら古代エジプトの民にとって第二の生に必要な神聖なる媒介である。
 肉体《うつわ》がこの世に残っているからこそ魂《なかみ》が第二の生を手に出来るという信仰から生まれた儀式だ。
 だがしかし、王妃ネフェルタリのミイラは盗掘に遭い現在行方不明の状態となっていた。
 これではいけない。このままでは彼女が第二の生を手にすることが永遠に出来ないではないか。
 だからファラオが聖杯の力で彼女の紛失してしまったミイラを奪還する。

 そうだ、胸が高鳴らないわけがないだろう。


 ────この悠久の刻の果てで、あと数時間もすれば何よりも愛した女に逢えるのだから────




          ◇                  ◇



 カッチコッチカッチコッチと絡繰り仕掛けの柱時計が正確なリズムで時刻を歌い続けている。
 まもなく長針と短針が相瀬の瞬間を経て共に夜天《ゼロ》を指し示そうとしていた。
 柱時計の針はまるで自分達のようではないか。
 と、王は戦いを前に詩的な感想が浮かぶ己の美的センスと余裕に乾杯しつつグラスに僅かに残るワインをクイッと飲み干した。


「さあ、出陣だ牧師。ファイター達がたった今この邸の敷地内に侵入したぞ」


 遠坂邸周辺に布陣した結界が報せる警鐘を体内で感じたライダーはワイングラスを放り捨てソファから立ち上がった。
 瞼を閉じて眠るように座っていたゲドゥも王の出陣の一声に反応し即座に眼を開ける。
 互いに言葉は発しない。両者既に戦闘準備は整っていた。
 完全武装の戦士達。その勇姿は実に壮観で民間人は見るだけで気絶しそうになるだろう。
 ライダーは本気の時だけ施す化粧と金髪染料と正装で太陽王として意識を切り替えており、
 ゲドゥは防護呪符で裏打ちされた詰襟の神父服と、腰から膝まで伸びた左右の太鞘に黒鍵を十ずつ納刀している。

 二人は玄関を後にし、ただ黙々と昼間定めておいた自分らが戦うのに最適な庭へと移動する。
 地元有数の名士たる遠坂家に相応しい無駄に広い庭は、騎兵の機動力を活かすのに十分な敷地面積を有していた。
 そしてさらに、ここら一帯は遠坂家私有地につき部外者は立ち入り禁止となっている。
 この場所はマスターにとって邪魔者も一切入らない格好の戦場という訳だ。

 ライダーとゲドゥは遠坂邸を背にする形で庭の中央に陣取っている。
 冬の寒風に曝されても身動ぎ一つせず、乗り込んで来た敵を待つ。
 何一つ語らぬ唇。しかし代わりに男たちの双眸が目的遂行の意志を雄弁に物語っていた。



 そして────


「ようやく来たか。遅い、待ちくたびれたぞ。我が願いを叶える生贄どもよ」
 腕を組んで佇む長身の金影が侵入者達を出迎えた。

「ほぅ。待ちくたびれた、と?
 まるで今夜我々が来ることを知っていたかのような口振りをするのだなライダー」
 それに応じるは毛皮の外套を羽織った巨躯の勇者。
 
 決戦の地で待ち構えていたライダー達の前に現われた敵は二人。
 ファイターと遠坂だけだった。
 周辺には他に誰もいない。
 ゲドゥの部下もいなければ、遠坂側の伏兵が潜んでいる様子もない。
 事実上、太陽王と闘王の一騎打ちである。

「当然だ、我こそは天界の神々に代わり地上を治める真のファラオなり。
 支配者が統治する俗物どもの考えを見抜けんでどうする?」
 太陽王の口元に余裕の笑みが浮かぶ。
「………………」
 ファイターは返答する前にまずライダーの様子をじっくりと観察した。
 ファラオの傲岸な態度は最初の頃とまるで変わらない。
 余裕綽々の振舞いでどこまでが本気なのかを他者に決して読み取らせない。
 底の探れぬ不気味な相手だ。
 だが表層に騙されるなかれ、今宵の奴の瞳の色はこれまでとは決定的に違う。
 あれは戦士の眼。死地に臨み目的を達成せんとする本物の戦士の瞳だ。

 この最終決戦であの大英雄がついに自分達に本気で牙を剥くつもりでいる……!!

「そうだな。流石は太陽王ラメセス、とまずは讃えておこう。
 貴様の日中での策略は我が主を存分に苦悩させ追い込んでくれたぞ。
 一つでも選択肢を間違えていれば……きっと我らは此処にさえ辿り着けなかっただろう」
 言葉を交し合う英雄二人とは対照的に彼らの主人達は敵を真っ直ぐに見据えたまま無言で睨み合っている。
「ふん、ふざけた事を吐かす。そも此処へ辿り着いた事自体が王に対する不敬だ」
「まあそう言うな、私も必死だったのでね。
 それに貴殿も英雄なら白黒はハッキリさせておいた方が後味はよかろう?」
 憮然とした表情のライダーに向かってあえて不敵な笑みを浮かべるファイター。
「ほうほう? これはまた随分と面白い戯れ言を吹けるようになったのだなファイター、いや闘王よ。
 死ぬまで遊びを知らん糞真面目な老骨だったとは思えぬユーモアセンスだ。
 まさか戯言《たわごと》まで言えるようになっているとは。
 どうやら貴様のマスターは相当腕の立つ道化師らしい。どんな芸の手解きを受けた?」
 ライダーも笑って軽口を返してはいるが、よく見ると額には一本の青筋が浮かんでいた。
 しかしそれはファイターとて同じだった。
 彼のマスターを侮辱する発言がライダーの口から飛び出した瞬間、ファイターの表情が強面に一変した。
「我がマスターを侮辱するのはやめて頂こうか。
 なにすぐに思い知るさ。これが戯れ言でもなんでもなかったことを」

 戦意剥き出しで相対する二人。
 お互いの真名は暴かれている。両者共に手の内は大方バレていると見た方がいいだろう。
 よってこの勝負、単純明快により相手よりも強い者が勝つ───。

「ほざけ……………その愚昧な思い上がり、脳髄まで焼き焦がし後悔させてくれる!!」
「───うっ! な、な、なんて……魔力……ッ!!」
 膨れ上がる殺気。
 遠坂の足が無意識に後退《さが》っていた。
 太陽王の長身が威圧感でさらに大きくなった気さえする。
 しかし、本能的に恐れ慄く刻士《マスター》を庇うようにしてもう一人の王が城壁の如く仁王立った。
「恐れるな遠坂殿。そなたは私と共に戦える程の勇士なのだ。恐れる理由など何処にもない」
「ファイター…………よし!」
 大戦士の頼もしい激励が背中を押す。遠坂は気を強く持ってライダーと対峙した。

「これより処刑に入るが───貴様らを殺す前に一つ訊いておく事がある。
 ファイターのマスターよ、無論優勝トロフィーは持っているだろうな?
 この偉大なファラオを働かすのだ、当然相応の賞品は必要であろう」
 この一触即発の状況下でもライダーは抜け目なく聖杯の有無の確認を入れてきた。
 そのことに遠坂は少し驚く。
 熱した外面とは裏腹に頭は十分に冷静というわけだ。
「…………ここまで来て戦闘中の事故でこれが壊されたら笑い話にもならないか…。
 見るがいい、これが聖杯を降ろすのに必要不可欠な器だ! これが無くては聖杯は完成しない。
 私達か、お前達か。最後に残った者がこれを手にするというルールでいいな?」
 相手の問いに応じる形で遠坂は懐から黄金の杯を取り出し相手に見せた。
 すると今度はライダーが遠坂の出す条件によかろうと応じる。

「よし成立だ。ではこの聖杯の器は我が邸内に安置しておく。
 それと先に言っておくがこの器はまだ空の状態だ。
 今の状態の杯はまだ聖杯でも万能機でもないただの純金製の杯に過ぎん。
 戦いの決着がつく前にこの杯をどうこうしようとしても徒労に終わるだけだ予め教えておく」
 そう相手に忠告してから遠坂は翡翠の鳥の足に杯を掴ませると、ライダーの背後に建つ自邸へと羽ばたかせた。

「放っておけ牧師。まだあの杯は無価値だ。今手にしたところで何の意味もない」
 と、器を持った使い魔をつい反射的に黒鍵で撃墜しようとした牧師をライダーが諌める。
 余計な真似をするな、それから今は眼前の敵に集中しろという意味も込めての注意だった。
 相方の諫言をすんなりと聞き入れ敵へと向き直るゲドゥ。

 ピリピリと痺れるような緊張感の中で見合う二組の男達。
 周囲は彼らが発する音以外どんな生き物の音も聞こえてこない。
 冬の冷たい夜風が時折奏でる草木の葉音の他は完全な静寂に包まれていた。

「さてと、そろそろ始めるかファイターよ。
 少しは何か用意してあるかと期待もしたが…どうやら期待外れだったか。
 その様子ではこれといった隠し手もなさそうだ」

 そうして戦いの口火を切るように、まずライダーの右手に豪奢な装飾が施された2m超えの長大な騎乗槍が出現。
 相手に武装に反応しファイターも腰の鞘からイングの古宝と謳われる宝剣ネイリングを抜き放った。
 同じくゲドゥも両脚の鞘から黒鍵を抜くと右手に三本、左手に二本構える。
 そして最後に遠坂が洋服のポケットから宝石の指輪を取り出し指に嵌め込んだ。
 両組の間合いは十分に離れていた。
 距離を詰めて相手に攻撃するなら2アクションは欲しい微妙な距離間である。

「─────……心外だなライダー。
 私はまだ何も用意してないなどとは言ってないつもりだが?」
「フンッ」
 ファラオが鼻で笑う。
 当人は笑みを浮かべて余裕を見せてるつもりなのだろうが、ライダーにはファイターの内心に抱えた焦りが何となく読み取れた。
 目尻一杯に見開かれた太陽王の赤い眼。
 激動の政治と戦争によって研ぎ澄まされたファラオの洞察力が敵の感情の極小さな波を捉えて離さない。
 必死に隠そうとしているが、明らかにファイターは若干心を乱している。
 それは焦りか恐怖か重圧か。
 感情の種類までは分からないが……その理由だけはライダー本人が誰よりも心当たりがあった。

「つまらんハッタリは無駄と知れ。
 こちらも予め教えておいてやろう。昨夜までならいざ知らず、今宵の俺様に嘘は通用せん。
 人間である以上ヒトは自分でも気付かぬ内に無意識の信号を出しているものだ。いつの間にかな。
 気付いていないのかファイター、貴様の表情筋が不自然な痙攣を起こしているぞ?
 お前は何かに対して僅かにだが心を乱している。
 耐えるように焦るように自然と全身に無駄な力みが入っているな」
「太陽王、一体貴様は何が言いたい」
 闘王が語気を強めて一歩前に出た。


「ああ、俺様には手に取るように判るぞベーオウルフ。
 貴様…この太陽王ラメセスの決定的な攻略法が見付からなかったのであろう?」


「────────!!?」
 予期せぬ形で不意を突かれた闘王の表情が一瞬だけ素の驚愕《かお》を覗かせた。
 出来る限りこの遠い間合いを詰めようと、相手に悟られぬようジリジリと進めていた摺り足が止まる。
 ポーカーフェイスで塗り固めた嘘はファラオの眼力の前に呆気無く崩れ去った。
 ファイターの背筋に冷たい汗が流れ落ちる。
 敵に気付かれぬようにそっと唾液を飲み込んだ。

 マズイ、あの様子ではこちらの欠陥が完全に見抜かれている……!?
 可能な限り動揺を隠す努力はしたが恐らく奴にはこちらの動揺はバレバレだろう。
 確かに太陽王が勝ち誇って宣言したように有効な攻略法は用意出来てない。

 だからこそ絶対に宝具を使われる前の通常戦闘で押し切らねばならなかったのに────。


「ククッ、やはり正解か。なあに貴様の気持ちは痛い程に理解出来ようぞ。
 最強の相手と戦うのにその打倒法が確率しておらんとなればさぞ不安かろう。
 絶対に数少ない勝機を逃すまいと意気込み無意識の内に無駄な力も入ろうて。
 ファイター、貴様に非はない。恥じる必要はないぞ、悪いのは最強過ぎた俺様の方なのだ。
 残念だが────愚者どもよ、これで詰めだな」

 そして間髪入れずにライダーが両手を高らかに広げて自慢の翼神の戦車を場に招来した。
 ファラオの背後に輝きを放って出現する神の銘を持つ巨大な陸上戦艦。
 騎兵は空高く跳躍すると、ひらりとバク宙を加えてから華麗に太陽の船へ乗り込んだ。
 持ち主が騎乗した後、暗黙の了解であるかのようにゲドゥも素早く太陽戦車に搭乗する。

「ファイターよ、お前が俺様に勝つには宝具を使わせない事が絶対条件であった筈だ!
 しかしどうする? これで俺様はいつでも好きな時に宝具が撃てる!!
 ……ふむ、どうやら貴様達の負けはほぼ決まりのようだな。
 まあ尤も俺様に見付からんよう工夫して敷地内へ潜入して来たのは誉めてやろう。
 気付かれんように相手の喉元まで忍び寄り奇襲を仕掛け、こちらが宝具に騎乗するより先に白兵戦で仕留める作戦か。
 悪くない作戦だ。だが残念だったな、罠を仕掛けるのであれば侵入者が好みそうな獣道に置いておくものよ。
 どうだ魔術師、結界の綻びに出来た抜け穴はさぞ通り易かったであろう?」
 痛快そうに笑うライダー。
 それまで沈黙を続けていた遠坂が面食らったように両眼を見開いていた。
「これは…………参ったな。すまないファイターどうやら私のミスらしい。
 妙だとは思っていたが、どうりで彼らが準備万端の格好で我々を待ち構えていたわけだ……」

 種明かしを語る太陽王はいつになく饒舌だ。
 いつしか自然と遠坂の顔が苦渋の色に染まっていた。
 赤い魔術師はまんまと敵の掌の上で踊らされていた自分を悔いている。
 されとて闘王はマスターを責める気にはなれなかった。
 敵の周到な罠に気付けなかった自分も同罪だ。
 そして、その結果がこの窮地とあってはとても彼だけを責める気になどなれなかった。

「生前は貴様独りでもなんとかなったようだが、今回ばかりは独りで敵うような相手ではなかったな!
 ハッハッハハハハハハ! そもそもベーオウルフ如きがラメセスに挑んだのが絶対の間違いなのだ。
 せいぜい己の不運を嘆きながら滅ぶがいい!!」

 そうして敵への死の宣告と同時に強弓を取り出す騎兵。
 互いの距離が遠いことをかつてこれほど悔やんだ事はない。
 ファイターにはライダーの戦車搭乗を阻む術が一つもなかった。
 おまけに相手はこちらの状態を正確に見破り、さらに冷静沈着ときている。
 完全に計算が違った。
 これでは持久戦どころではない、勝機を得る隙間がどこにも見当たらない……!

「ちっ、遠坂殿静かに聞いてくれ。作戦変更だ、私が援護するから貴殿はすぐに撤退するんだ」
 ファイターが味方にだけ聞こえる小声で主に撤退を進言する。
「ファイター何を……?」
「このままヤツと戦っては絶対駄目だ。
 情けない話で申し訳なく思う。相手を見くびっていたのはどうやら私の方らしい……。
 今の太陽王は持久戦などと手緩い作戦で攻略できるような生半可な敵ではない。
 もし遠坂殿の撤退前にライダーに宝具を撃たれた場合は、私も宝具で相討ちに持ち込むつもりだ。
 ───兎にも角にもまずは撤退の準備をマスター。
 いつまでもここに留まっていては間違いなく殺されてしまう!」

 ついには敗北をも視野に入れた由々しき発言をし始めたファイター。
 一気に遠坂陣営の緊張感が跳ね上がった。
 緊張で心臓や内蔵が痛くなってくる。血流が悪寒で冷えていく気がする。
 熱を奪われた生物は死を待つだけなのか。場の空気が亡び一色に染まってゆく。
 彼らはまるで熱と乾燥で風化して朽ちる建物のよう。
 そしてその砂漠の権化《ラメセス》は彼らの目前に不動のまま立っていた。

「くく────残る手は脱兎の如く逃げ出すか、ファイター?
 ふ、くくく、はーっはっはっは! 無駄だ無駄だ、たとえ羽虫一匹たりとて絶対に逃がしはせんぞ!
 きっちりと王が下す神判を受けさせ、その身を砂粒に変えてからオシリスの所へ送ってやる!!!」

 戦車側面に付いた複数の車輪が一斉に火炎車となって回り出す。
 翼神の戦車が炎を帯び始める。
 純粋な殺意が敵二人に向けられた。ライダーは本気で逃がすつもりはないらしい。
 闘王はあまりの容赦のなさに思わず奥歯を強く噛み締めた。

 なんてことだ、敵は戦闘開幕と同時に宝具攻撃で終わらせる算段でいる───!!

「まずいッ!! いいから早くこの場から逃げろ遠坂殿ーーーーーッ!!」
 大火力対軍宝具の解放の予兆を嗅ぎ取ったファイターが全力で叫んだ。
 闘いの王は無駄だと理解っていても主に逃げろと叫ばずにはいられなかった。
 自分とマスターの立ち位置が悪過ぎる。
 回避は叶わない。
 まさしく万事休す。
 令呪の恩恵を受けられるサーヴァントはともかくマスターの方にはこの死を回避する手段がない…!



「─────────ようやく来たか、待ち侘びだぞ!!」
「え──?」

 しかしそんなファイターの悲観とは正反対に、遠坂からは本当に心から待ち焦がれていたかのような大喝采を上がった。
 何事かと四つの視線が一点に集まる。

 そこには───、



「───少しばかり待たせたぜファイターにトオサカ!
 我が主君が同盟で交わした約束を果たすべく参上した─────!!」


 名馬に跨り颯爽と戦場に馳せ参じた白銀鎧の聖堂騎士と、黒髪の少女の姿が────!!










──────V&F Side──────

助けろ!ウェイバー教授!第三十四回


F「きゃあああーきゃああ! 最後の最後でなんかキター!!」
V「備えあれば嬉しいな!とは昔の偉い人はよく言ったものだな。
  マスター同士で同盟組んでればこんな形で役に立つこともあるという教訓だな」
F「一番安定して見えるファイター組の危機を一番不安定に見えるセイバー組が助けに来るとか俺得ですよ!」
ソ「それにしてもセイバーのやつ前回は死亡フラグ一級建築士だったのに……。
  義弟の我慢に草葉の影からオリヴィエも微笑んでいるな」
間「つーかあのヤローの安定感の無さが異常なんだろ。胃薬いるっての絶対」
雨「強きゃらなのになぜか雑魚にボコられてる"たいぷ"だよねアイツってさー」
弓「そうそ───」
メ「お黙りなさいアーチャー! 前回出番を賭けて無様に敗れた方々に出番は必要なくってよ!」
ア「そうね、今回は他の四名にも発言権はないわね」
雨「うんないね」
間「ないなぁ、自分等で言ったもんなぁ、セルフギアスみたいなもんだよこういうのってさぁ?」
槍「拙者もか!?」
魔「…………(えええー!? 二行分の出番って言ったのに…?!)」
狂「………ちっ(このクソアマどもここぞとばかりに出番を掻っ攫いに来やがったぜ)」

V「結果だけ言えば、三者三様良くも悪くもギリギリで空振った形となったな。
  ライダー陣営は惜しくも後一歩を詰め切れなかったか。
  まあそれでも主導権はしっかり握ったままなのは流石だファラオの癖に……ファラオのくせに…」
雨「命拾いしたのはセイバーと遠坂か。ってかライダーまた酒呑んでるし。
  遠坂のやつ家にワイン置いてるとか……ケッ!西洋かぶれが! 似非日本人が!」
V「西洋かぶれって……よりにもよって君が言うかね?」
雨「俺言語以外の文化は日本だから、何から何まで西洋かぶれの遠坂とは違うよ」
間「遠坂は死ねばよかったのに……死ねばよかったのに!」
F「ラメセスさんとかそのままフィニッシュかましそうな勢いでしたけどねぇ。
  なかなかうまくいかないもんですね先生?」
V「多分遠坂邸内で聖杯戦争のことを記した本を見つけられなかったんだろうな。
  記録自体は残してあるようだから……よっぽど部外者では分からない場所に隠してたとみた!
  えろい本とか薄い本とか一緒に!」
間「ハッ、これだから遠坂家は! ウチの間桐家にはそんな紙片の記録なんて不要さ。
  なにせ生きた記録がまだいるからね。………いや爺も死んでくれてた方がよかったのか……?」
F「負け犬になっても臓硯死ねと言えるなんて相変わらずの反骨精神《マトウスピリッツ》に溢れた人ですね燕二さん!」
雨「ダメだって褒めちゃ。そういうのは一般的に卑屈って言うんだぜ?(ヒソヒソ)」
間「黙れ! そういうおまえだって超絶ド変態だろうが! 人体解剖が趣味とは素敵嗜好してるねまったく!」
雨「えーなんでー? あんた人間の内蔵超キレーなの知らんの? ピカピカの艶々でぷるぷるなんだぜ?」
間「内蔵の綺麗さとか別に聞いてないだろう……ああもういいよお前あっち行け!」
雨「うっわ! 今の聞いた? 性格悪いなあこいつ」
ア「どっちもどっちね」

V「さて少し最終戦の戦況を纏めてみようか。
  現在一番優位に立っていたのはライダー・ゲドゥチームだ。
  攻守ともに万全の態勢でその他敵陣営に対する迎撃体制が整っている非常に強力な陣営だ。
  そして次点がファイター・遠坂チーム。
  聖杯の器を握っていたのは決戦の地・遠坂邸に乗り込むまでとても心強かったことだろう。
  聖杯戦争の必須アイテムだからもしもの時は取引に利用出来る。というか遠坂当人もそのつもりでいたようだしね。
  まあ現在は聖杯の器は優勝トロフィーとして手放してしまったからその恩恵は無くなった。
  それから最後に何もないのが一番遅れて参戦したセイバー沙条チームだ。
  他陣営より優位に立つものを見事に何も持ってないな……。
  敗れたアインツベルンが残した別荘があったくらいしか良い点が見つからないぞ」
F「でもでも先生! そのおかげで昼間にゲドゥさんの部下に発見されなかったと思います!」
V「まあそうだな。もし彼らがライダー陣営に見つかっていたら脱落してたのはまず間違いない。
  打ち勝つ手段も、遠坂陣営のように逃げ延びる為の切り札もなかったのだからな」
ア「ローラン特有の幸運? 私の時はそんなに幸運だった気がしないのに不思議ね」
メ「お嬢様お静まりくださいまし、あの莫迦者は後で我々がしっかりと釜茹でにでもしておきますので」
F「ひぃぃぃ……!(ガクブル」
V「ふむ、決戦の地に三陣営が揃った事でまた戦局に大きな変動が起こりそうだな。
  誰が脱落してきてもおかしくない状態になった事実上の決勝戦。さてどうなることやら…」
F「じゃあ皆鯖マスターの皆さん本日はここまでッス! また次回ー!」