──────Sabers Side──────


───────Interlude  ───────


 夜空に微かにだけ灯る星のように、その異変は誰にも感知されずに発症した。


 "────げる────"


 それはジワジワと浸蝕する汚水のように。
 それは静かに岩を割る植物の根のように。


 "────をアゲル────"


 何かの音が聞こえた気がした。
 しかし騎士は気にも留めないで魔剣をブンブンと振り回す。
 少し離れた場所では安堵の表情を浮かべる綾香がいる。
 大丈夫というアピールをやめて彼女の所へ戻ろう。
 これから自分たちは港へ行きティルフィングの廃棄処分をしなければならないのだ。


 それは吸水性の高い繊維のように。
 それは病原体のように。


 "────機会ヲアゲル────"


 騎士の無意識下で侵食を続ける悪魔の囁きだった────。


 しかしセイバーは気付かない振りをし続ける。
 何故ならこの囁きに気付いてはいけないから。
 この囁きの意味するところを自覚してはいけないから。

 悪魔の誘惑を追い払うのに必要なのは絶対的な護りである。
 それは信仰でもいいし、誇りでもいい、あるいは信頼なんかでもいい。
 とにかく悪魔がつけ込む隙間さえない強固なものであれば何を鎧として纏っても構わない。
 特にローランのようなパラディンは完璧な鎧を纏っていると言えよう。
 神への敬虔な信仰心があり、騎士道の誇りがあり、王に対する信頼もある。
 そんな絶対的な精神力を誇るパラディン達だからこそ、かつて地上に蔓延っていた悪魔どもを悉く退治出来たのだ。
 だからセイバーに悪魔の囁きなど通用しない。

 ………しかし、その鎧《こころ》に極僅かでも深い罅が入っていたなら─────?



 "────やり直す機会をあげる────!"



「────────!!」
 瞬間、騎士の眼の前の風景が真っ白なって何処かへ飛んだ。
 高速でペラペラと捲られる過去の記憶映像。
 まるでシーンが全く繋がっていないのに回り続ける映写機だ。

 …………いや待て。
 勝手に捲り返される本のページ。
 重しを置いて紐で雁字搦め縛っている立ち入り禁止区域に侵入する。
 ───いや待てってオイ、それ以上進むんじゃねえ。
 さらに深度が下がる。
 深い深い、とても深い穴を掘って、掘った穴に蓋までし、ついでに鍵まで掛けた開かずの蓋。
 ───オイ、やめろおい…!!
 真っ黒な染みが頑丈な蓋を物凄い速度で徐々に浸食してゆく。
 聖堂騎士の心の鎧についていた深い罅《トラウマ》を進入路にして悪魔が大好きな闇洞へ入り込んでくる。
 ヒトが眼を背ける弱さ、それ即ち悪魔が最も好む餌に他ならない。

 ───そしてついに悪魔が嘆きの孔の奥底に到達した。

 ────────。

 ────────────────。

 ────────────────────────。

 ────────────────────────────────。


 飛んだ。何もかもが頭の中で弾けて飛んだ。空白が脳を染め上げる。
 脳裏にフラッシュバックするのはあの日の地獄絵図《ロンスヴォー》。
 もう一度でもあの悪夢を直視してしまえば正気ではいられまいと悟り、二度と思い出さないと誓った自己を壊す死の光景。
 それが否応なしに彼の脳裏に広がっていた……!!

 やめろ。やめてくれ、赤赤赤赤、真っ赤真赤真っ赤っ赤皆皆みんな真っ赤で敵も味方も関係なく亡骸が散乱し峠は赤々血血流血出血吐血血血血で染まった地獄の光景と目も背けたい罪の具現セイダ誰のせいだこの光景は誰のせいだオマいや知らないオレのせいじゃなオマエダ違う血血死体が転がる手足オレは皆奮戦したオマエノセイダ悪くないやることをやった筈だウソツキメ。いや待ておかしい、オカシイノハオマエノどこかおかしいゼンブオマエ微妙に知っているノセイダロ光景と違うミンナオマエガコロシタ違うって言ってんだろ!

 それ以上オードとオリヴィエの顔と声でふざけた事をほざくんなら殺してやるぞ悪魔が───!!!

 ───クスクスクス、ジャアドウゾ───

 悪魔の嘲笑が聞こえた時には遅かった。
 え? え、あ、………れ?
 斬ッ、と怒りに任せて振るわれたオレの剣がオリヴィエとオードの首を────……

 粉塵と怒号。怒涛の勢いで進軍して来るイスパニア王マルシルが率いるサラセン軍。
 殺せ、侵せ、犯せと欲望に歪んだ顔は悪魔みたいに醜い。
 そうして、サラセン軍の猛進に蹂躙されたフランク軍は為す術なく完敗した。

 侵された愛する祖国。
 殺された王と友と親友。
 犯された最愛の女性。

 いつの間にか自分の足下に転がっていたのはよく見知った者たちの■■■。
 なによりも見たくなかったドゥーズペールたちのシ■■。
 そして絶対に見たくない親友オリヴィエのシ■イ。
 マルシル《オレ》の手で惨殺された婚約者オードの───首なしシタイ──アアアァァァアアアアアァァアアアアアーー!!!



───────Interlude  out───────



「アアアアアァァァアァああああぁあああああああああーーーーーーーーーーーーー!!!!
 やめろぉぉぉおおおオオオオオオオオぁあおおお■■■■■■■■■■■■─────────!!!!!!」


 絶叫は質量を纏い衝撃の津波となって周囲に爆裂した。
 衝撃波に圧されて紙屑みたいに軽々と綾香の身体が吹っ飛ぶ。
 三秒程度の離陸。そして地面に強(したた)かに身体中を打ち付ける。
 その直後、セイバーから極彩色の毒々しい光の柱が上空へ向かって迸っていた。

 一体何が起こったのかと、綾香は状況を確かめるべく顔を上げた。
「い、たぁ……………、ア──────」

 そうして、その姿を視た瞬間に全てが凍りついた────。


 アレハ………………………ダレ──ダ?



 それはとても見知っていた誰かの変わり果てた残骸。
 黒き呪いの魔力に身を墜とした魔王が屍体の散乱した血肉の沼の中心に立っている。
 殺意に満ちた禍々しい暗黒鎧姿はあの聖堂騎士を象徴する純白色の甲冑とは似ても似つかぬ程に輝きというものが無い。
 そしてちょっと間抜けな三枚目の笑顔がとても似合っていた彼の表情は、悪魔のような醜い憎悪の皺で埋め尽くされていた。
 騎士の顔の下半分がどんな表情になっているのかはわからない。
 なぜなら鋼鉄製のマスクのような物で顔半分が覆われてしまっているから……。

 ナンダあれは──?
 あんなのってないじゃないか。いくらなんでもあれは酷すぎる。
 だって、元の原型すら残っていないなんて……いったいあれはだれなんだ?

 そんなセイバーの見るも無残な変貌は少女の思考を真っ白に漂白させていた─────。



 黒きセイバーはまだその瞳に誰も映していない。
 血の色をした赤い両眼は焦点も定まらず何もない虚空を見続けていた。
 それは綾香の方も同じだった。
 何も考えられない、何も行動できない。



 ────だがその時、
「何を呆けているセイバーのマスター!! 一体何があった!?
 派手な落雷を見つけていざ来てみたらなんだこの状況は? 此処で何が起こったのか全部話せ!」
「──────ッ!!」
 一体どこから登場したのか、ファイターに身体を支えられた遠坂が上空から降ってきた。
 その大声で我に変える少女。
 血液が脳を巡り、どんどん思考能力が戻ってくる。
 綾香は混乱する気持ちを抑えて遠坂達に出来るだけ簡潔に事情の説明をした。

「ぁ、えと、えと…、と、とにかく簡単に説明するわ。
 虐殺者の正体はバーサーカーの魔剣ティルフィングだったの!」
「な………な、に? ティルフィングとはあの呪剣の事か?
 ティルフィングだけがまだ現界してたと……? ハ、まさかそんな馬鹿な──」
「マスター、詳細な事情は後回しにした方がよい。今はあそこに立っているモノの方が何百倍も深刻な問題だ!」
「む。そ、そうだな、すまない続きを頼む」
 ファイターに諌められた遠坂は脱線を詫びると、黒い騎士から視線は離さずに話の続きを促した。
「えとそれで、危険だから魔剣を壊そうとしてた途中でキャスターとアーチャーのマスターとの遭遇戦になって……。
 最終的には彼らに勝ったから、再度気を取り直して魔剣を人の手が届かない海底に沈めようとしてたんだけど───」
「待て、もう少し落ち着いて話したまえ。状況がいまいち把握出来な───」
 少女の要領を得ない話に遠坂が難色を示していると。


「─────ほう、ではつまりあそこに立っているのはセイバーと言うわけか?」


 突然、彼らに向かって第三者の声が上空から投げ落とされた。
 聞き覚えのある声に反射的に全員の視線が上空に向かう。
 そこにいたのはやはり……、
「ラ、ライダー! なんでアンタがここにいるのよ!?」
 巨大な太陽の戦艦の舳先に器用に立ち地表を見下ろしているライダーの姿があった。

「なぜ? 何故とな? フハハハーッ! 面白い事を言う小娘だ。
 王とは常に我《ここ》にあり、そして同時にどこにでも現れるものだ。
 そう、俺様がこの地上を管理支配する王であるが故に!!」
 両腕を組んで大声で演説するライダー。
 その姿はいつか見た赤茶毛のボブカットの姿…つまり普段通りの格好であった。
 そして彼の背後にはチラリとだがライダーのマスターらしき男の姿も見え隠れしていた。

「しかし随分とまあ大胆なイメージチェンジをしたものだな。
 ああなるほど分かったぞ。俺様に騎馬戦で敗れたのが余程悔しかったとみえる」
「なに寝ぼけたこと言ってるのよ! そんなわけないじゃ───」
 ライダーの戯言に綾香が文句の一つでも言い返そうとした瞬間、


「■■■■■■■■■■■■─────────!!!!!!」


 黒騎士の咆哮と共に再度衝撃波の嵐が巻き起こった。
 だが今回の衝撃波は一回目のとは桁そのものが違った。
 大地の欠片がめくれ上がり簡単にぶっ飛んでいく。一度目が突風なら二度目のこれは巨大台風のようであった。
「キャアアアアアアア!!」
「どぅあぁああああああああッ!!?」
「くおぁっ!!? ラ、ライダー早く舵を取れ墜ちるぞ!!」
 マスターもサーヴァントもお構いなし、誰も彼もが衝撃の大波に呑まれ押し飛ばされる。
 綾香と遠坂は抵抗すら出来ずに弾き飛ばされた。
 怪力を誇る巨漢のファイターですら飛ばされる綾香と遠坂の身体を掴んだ直後踏ん張りが利かなくなり後退を余儀なくされる。
 ライダーの輝く船車に至っては強烈な横波に舵を取られ、あわや転覆ならぬ墜落をしかかっていた。

 なんて……馬鹿げた魔力の波だ。と、一同呆然とした心持ちで黒騎士に注目が集まる。
 すると黒き騎士の赤眼が僅かに揺れて──、
 一瞬だけ、綾香はセイバーと眼が合った気がした。

「──────────ぁ」

 
 ───ドクン、ドクン、ド───。
 その直後心臓が止まった。
 比喩ではなく事実として綾香の心臓は数秒の鼓動を放棄《ストップ》した。
 死んだ。今死んだ。素直に死んだと体が理解した。
 ただの一瞬眼が合っただけで無意味に殺されかかった。
 初めてライダーと遭遇した時のを遥かに超えた死の気配。
 あれは駄目だ。駄目過ぎる。桁違いにも限度がある。
 アレに立ち向かうなんて心底つまらない寝言にしか思えない。
 否、きっと冗談にすらならない。
 パラシュートも無しで単独スカイダイビングなど誰がやるっていうのだ。
 あそこにいるモノは自分が今まで見てきたどのサーヴァントよりも確実に強い《ヤバイ》のが本能で理解った。
 アレは絶対に人間が向き合ってはならないモノ。
 いやむしろ今心臓麻痺で死んでた方がどんなに慈悲深いことだったか───。


 綾香は恐怖で呼吸さえ忘れた。
 刻士は果たす目的を忘れた。
 ゲドゥは自身が兵器であることを忘れた。

 三人は視た。
 否、知ってしまった────。

「あ、あ、ぁ、な…だと…あれは…?」
「な、な……なんなんだ、一体…なんなんだあの能力値は────?」

 遠坂とゲドゥが畏怖の呻きを漏らす。
 マスター三人の脳裏に否応なく映し出される恐怖《ステータス》。
 これは嘘だ。確実に何かの間違いだ。
 絶対に馬鹿げてる。こんな悪夢が現実である筈がない。
 最高位の大英雄をサーヴァントにしたってこんなデタラメな能力にはならない……!
 三名のマスター達は黒き騎士の能力を見た瞬間に大部分の戦意を剥奪された。

「……マスター? マスター! おい、どうしたのだ遠坂殿しっかりしてくれ! 何を視たんだ!?」
 忘我しかかっている遠坂にファイターが必死に呼びかける。
「ファイ、ター……? ま、まずいぞ、あれは、危険過ぎ……る。
 た、単純に見積もっても…、奴は君の……能力値を、大きく上回っている。
 ……いや駄目だそういう問題じゃない、勝てないぞアレには……………」
「───なに?」

 らしくない程弱気な態度のマスターに違和感を覚えたファイターは、黒いセイバーを子細に観察した。
 溢れ出る濃密な魔力の気配。
 圧倒的な死の威圧感。
 人の心を軽々とへし折る桁違いの暴力。
 そして何よりもすべてを殺すと語る血色の瞳。

 それで闘王は理解した。
 ああなるほど、それは自分がとても良く見知った────

「ああ………懐かしい絶望の臭いだ。いつかの火竜を彷彿させる巨大な死の気配がする。
 いや違うか…セイバーには竜種を殺せる力があるのだからそれ以上の怪物か────」

 畏怖の念を言葉の端に滲ませながらも、ファイターは落ち着いた自然体のままでそんなことを呟いた。
 流石は歴戦の勇者である英霊。
 たとえ人間の心は簡単にへし折れても彼らの心は容易く折られはしない。

「訊いてくれライダー! 貴公に今だけの共闘を申し入れたい!」
 それから闘士は上空を見上げながら夜空に陣取るもう一人の英雄に共闘を申し込んだ。
 そんな申し出をこの男が承諾する筈がない。
 と、その場にいる誰もが思っただろう。
「まあよかろう、相手が相手だ矢避け代わりと露払いに使ってやるぞファイター」
 しかしライダーは存外あっさりと共闘に同意した。

「様子を見る限り……さっきから実に気に入らん。
 なんだその俺様よりも奴の方が強いと言わんばかりの畏怖の眼は、えぇ牧師?
 勝てばよし、勝者こそが歴史を作るのだ。
 王が直々に戦争のやり方というものを手解きしてやるぞ黒鬼め。
 ─────さあ、始めるぞ。超弩級に派手な戦争の時間だッ!!!!」

 ズシン!と着陸した戦車の重量で地面が軽く振動する。
 続いてライダーはゲドゥに邪魔と言いながら彼の襟首を掴むと、
「ぬおっと…! …………おいこれは何の真似だライダー?」
 ポイっと無造作に戦車外へ放り捨てた。突然退場させられ牧師の目が半眼になる。
「邪魔だ。王が直々に戦うというに貴様のような見窄らしいのが戦車に乗っていては映えんだろうが。
 脇役同士地べたに這いつくばってせいぜい仲良くやってるがいい」
 だがライダーは涼しい顔でマスターの睨みを無視した。
 戦車から降ろされたゲドゥと遠坂が二度目の顔合わせをする。
「代行者……我が遠坂の管理地に何用だ?」
「………………………」
 まさか君のような輩がマスターだったとは。と、侮蔑の視線を送る遠坂に対して、
 明日にでも殺してやる薄汚い異端が。と、殺意が滲む無言と無視で返すゲドゥ。
 しかしお互いに手は出さない。
 いやもし手を出したいのならあの怪物の眼が届かぬ所でないと死ぬと理性でわかっていた。


「共闘の申し出を受けてくれた事には感謝するぞライダー。
 我がマスターの様子ではアレに単騎で挑めば返り討ちに遭いかねないようだからな」
「俺様は別に独りでも構わん、結果は同じだからな。
 ただ、どうしようもなく奴の視線が気に入らんだけだ……!」
「視線…?」
「然り。王がこの場にわざわざ来てやっているにも関わらず奴は俺様を一切視ていない。
 この状況でもまだ見ておらんとはどういう了見だ。
 ゆ…許せん。なんという屈辱……許さんぞ不届き者め! 貴様の行為は死罪に値するわ賊!!」

 三人のマスターを黒騎士の視線から庇うような陣形で太陽船に騎乗するライダーと毛皮の外套をはためかすファイターが前に出る。

「ま、まさか戦う気なのかファイター……!? ばっ、馬鹿な真似はやめろ! ここは一旦退くべきだ!」
「すまないがマスター、今度ばかりはそういう訳にはいかない。たとえ命令でもそれは聞けぬ。
 逃げ切れるような生易しい相手でないのは嫌でもその気配で実感できる。
 無理をしてでもここで私が戦らねば貴公が死ぬ。
 そなたは私にとってかけがえのない戦友だ。黙って見過ごす気はない」
 ……珍しい。
 本当に珍しい事にファイターがマスターの命令を断固拒否していた。
 しかし同時に遠坂の首筋は凍えた。
 ファイターのその頑なな態度、それはつまり……逃げる=死という知りたくもない現実であった。

「準備はよいか? ではゆくぞライダー」
「俺様に指図するな愚民。この身に命じてよいのは我が父神と神々だけなのだ!」
 黒いセイバーに対して相応の危機感を感じているであろうに相変わらずの不遜なライダーの様子にファイターは口元を綻ばせた。
 これならばなんとかいけるかもしれない。
 もし大英雄が二人がかりでも勝てないような相手ならば本気でどうしようもないがそれは極力考えない方向でいくことにする。
「出し惜しみは抜きだセイバー。
 貴公との尋常な決着を果たせるよう最大限努力はするが───万が一の場合は主の生命を優先させて貰う」
 未だ微動だにしない黒騎士にそう宣告した闘王はいきなりの徒手空拳。
 固く拳を握り締めて構えるだけで名剣や魔剣で武装しようとさえしない。
 それはスタートから一気にアクセル全開でいかなければあっと言う間に飲み込まれるという魂の警鐘。
 両拳を打ち付けて雄叫ぶ竜殺しの大英雄。
 最大の闘気を以て己の精神を極限まで高めてゆく。
 そしてファイターはこの聖杯戦争で初めて、


「────孤高なる竜腕勇者《ビオウルフ》─────!!!!!」


 マスターの指示ではなく自己の判断で切り札を解放した───!!

 真名の解放により急激に膨れ上がる魔力。真紅の夕焼けに染まる屈強な両腕。
 激流と紫雷を放ち大気を震動させる鉄腕は敵を威嚇しているようだ。
 オーラのように全身を覆っていた魔力が双腕に集束する。
 紅蓮の腕(かいな)が発するエネルギーの凄まじさと迫力はどこか自然災害を思わせた。
 彼の隣ではライダーが一切の無駄口も叩かずに敵《ファイター》の宝具を目を細めて観察している。

 しかしその闘王の宝具解放を敵対行為と認識したのか──、
「ア"……、ア"ァァアア──…。ア"ア"ア"ア"アアアアアァァァアアアーーー!!!!!」
 まるで微動だにしなかった騎士が猛り狂った獣の如く吼えると、
 ずっと虚ろだった紅い瞳に初めて敵の姿を映し出した。

 生温い風が吹いた。
 風は黒騎士の殺意のように揺らめきながら五人の身体をベットリと舐め回し通り過ぎていく。
 サーヴァントもマスターも無関係にその場にいた全員が背中の泡立つような怖気を覚えた。

「■■■■■■■■■■■■■■■─────────!!!!」
 黒い砲弾が二人の英雄へと真っ直ぐに突っ込んでくる。
 怨嗟の声を殺意に変えて黒いモノが疾駆する。
「な、速───」
 驚愕は闘士と騎兵から。黒い怪物は他を凌駕する圧倒的な速さで迫ってくる。
 死に抗おうと二人の肉体が自然と自衛行動を取り迎撃をする。
 ライダーの戦車の車輪が数十回転だけ地面を空転した後、向かって来る黒騎士を避ける進路を選び素早い滑走と急加速を始めた。
 一方のファイターは己より後ろへは行かせんという気概で拳を掲げ真正面からセイバーと激突する道を選んだ。

「うおおおおおおおおお!!」
「■■■■■■■■■───────!!!」
 狙い済ました一合目。
 両者が放った一撃必殺の攻撃は相手の必殺によって完全な形で相殺された。
 闘士の鉄拳と騎士の魔剣の衝突は大量の爆薬が大爆発を起こしたみたいな轟音と震動を巻き起こす。
 二人に肉体的なダメージはない。
 だが精神的なダメージはファイターの方が大きかった。
 ────全く互角のパワー。
 その事実を前にファイターは改めて、君の能力を大きく上回っている。というマスターの言葉を思い出していた。
 ただの一太刀交えただけで相手の力量が手に取るように体感出来る。
 以前は間違いなくパワーは自分の方に分があった。
 なのに現在は互角……両者の力関係は綺麗さっぱり崩れていた。
 おかげで優位である腕力で抑え込もうとしていた彼の作戦は早くも無用の長物となってしまった。
 マズイと、額から冷や汗を吹き出させるファイター。
 そうしている間にも黒騎士の第二刀目が戦斧の如き破壊力で叩き落とされた。
 咄嗟に刀身の腹を殴り付け辛うじて外しはしたものの、ティルフィングの切れ味と騎士の怪力が大地をパックリと裂く。
 セイバーは加減を知らないのかあるいは大地も殺す気なのか。
 とにかく直撃しようものなら体が粉々になりかねない威力があった。

 さらに問題はそれだけではない。
 パワーも恐ろしいが敵の持つスピードもまた同じぐらいに恐ろしい。
 振るわれる三撃目。敵を圧倒する疾さ。
 やはりファイターの動体視力を以てしても剣の切っ先をきちんと捕捉出来ない。
 だが闘士は鍛錬と経験を足場に鉄腕を打ち込み続ける。実に驚くべき命中精度。
 闘士は実戦経験と訓練で培われた勘でその大部分が視えない筈の敵の攻撃を悉く防いでいた。
「ゴア"ア"ア"ア"ア"ア"アァァァァアアアアアアアアーーーー!!!」
 悲鳴にも聞こえる絶叫。
 騎士は攻撃の手を休めない。
 高低差500mの滝壺を連想させる激しさで魔剣が乱打される。
 一方で瀑布の連撃を捌き続けるのは最強の王腕だ。
 闘王は最短の距離を最小の動作で相手の後の先を取り続けていた。
 欲を言えば黒騎士との速度差を考えて敵の思考を読み切り攻撃される前に仕掛ける先の先を取りたいところだが、今の思考ノイズだらけのセイバーが相手では心理なんてまるで読めやしない。
 両者の能力差的に後手に回るのは賭けにも近い英断だったが、それでも闘士は最短最小の挙動で応戦するより道はなかった。

 だがしかし、それでも限界はある。
「……ぐ、う、ぐぐ……! だ、駄目だこのままでは保たない…ッ!!」
 黒き魔人の果てのない猛攻に晒され続けたファイターの体勢がついに大きく崩れた。
「しまっ─────!」
「■■■■ーーー!! ■■■■■■■■■■─────────!!!!」
 訪れた必殺の機に黒騎士の紅い瞳がより一層殺意に燃え上がる。
 今度は歓喜にも似た遠吠えに乗せて殺戮の刃を闘士の頭蓋へ無遠慮に落とそうとする。
「無念……!!」
 あっけない終幕。どう足掻いても回避不可能な一刀に思わず眼を背けるファイター。


「────王であるこの俺様をそこまで念入りに無視し続けるとは……。
 そろそろ後悔を連れて死者の国へ逝くがいいッ!!」

 ヒーローは高速回転する車輪音と共に颯爽と登場した。
 殺されかかる友軍の窮地を華麗に救わんと騎兵が黒騎士の背後から奇襲気味に仕掛ける。
「───!!」
 奇襲と同時にセイバーの危機回避能力が背後の危険を察知した。
 たとえ狂気に呑まれようが彼の第六感は問題なく働き続けるらしい。
「遅いわ間抜けがッ!!
 俺様は無視されるのが一番嫌いなんだと深傷と一緒に骨の髄まで刻んでおけーー!!」
 だが回避より一足早く、高速機動する戦艦から叩き込まれた騎乗槍が敵を捉えた。
 騎乗物で十分な加速力を得た一打。
 ゴギャッ!っと明らかに危険な異音を出して薙ぎ払われるセイバー。
 黒騎士は子供が放りなげたフィギュアのような軽さですっ飛んでいく。
 このまま硬い大地に叩き付けられると誰もが思ったその時、
 セイバーは地面との激突間際に猫のような身のこなしで姿勢制御すると見事に着地をした。
 しかもダメージがまるでない。
 ライダーの攻撃がまともに直撃したのを確かに目撃したのに騎士は無傷であった。


「すまない本当に助かった、礼を言わせてくれライダー。今の助太刀は真剣に有り難かったぞ……」
 しかしライダーは礼を言うファイターに全く気付かない様子でノーダメージの敵に激昂していた。
「オイイイ! 空気を読めこのバカタレが!
 俺様の華麗な一撃を受けたなら素直に死ぬのが王に対する礼儀だと弁えろ蛮族!」
 ライダーとセイバーの怒りと殺意の視線が絡み合う。
「■■■■■■ーーーー!!」
 標的を変更した黒いセイバーが今度はライダーに襲いかかった。
 ライダーも上等だ!と気勢を上げて戦車を一直線に爆進させる。
 猪の突進力で黒騎士が騎兵へと真っ直ぐに斬り込む。
「ハッ、たわけ。歩兵の分際が機動力で騎兵に勝てると思っているのか!
 返り討ちにしてそのまま百度轢き殺し刑に処してくれるわーー!!」
 長大な騎乗槍を手足の延長のように器用に振り回しながらライダーも敵を屠りにかかる。
 黒騎士が騎兵の駆る車上に飛び乗ろうと跳躍した。
 させじと騎兵が鋭い大槍を相手の急所目掛けて突き刺す。
 二人の影が交差し、そして短い剣戟が鳴り響く。
 だが両雄思惑通りの成果にはならず、仕切り直しを余儀なくされた。
 再度騎兵のアタック。発進直後に戦車の車輪をドリフトターンさせるライダー。
 軌道上には騎士の黒い甲冑姿。完全にセイバーを轢き殺す気満々である。
 しかし狂える黒騎士の暴力は戦艦の轢殺以上の純度だった。
 大地を震わす一閃。
「ぐぉわ…!、き、キキキッ、キッサマァ!
 一体全体どなた様の船に傷をつけているかわかっておるのか無礼者…うごぉ!!?」
 なんとセイバーは太陽の船の大車輪を凶気の長剣で強引に弾き返してみせたのだ。
 さらに王の戦艦に対して容赦ない追い打ちをかける黒い怪物。
 強大な狂暴に晒された船の巨体が嫌な軋みを上げ始める。

「ライダー援護する、その隙に態勢を立て直すんだ!
 次はしばし私の相手をして貰うぞセイバー!
 ───屠れ竜を…魔は我が腕に倒されん、無双の鉄腕─────!!!」
 しかしそうはさせまいと、闘士が黒騎士の前に躍り出る。
 突然躍り出てきた敵にピタリと動きを止めるセイバー。
 急停止は本能的な警戒の証。
 これよりファイターが放とうとしている技の危険度を正確に嗅ぎ取っていた。
 敵の懐へと臆さず踏み込むファイター。太い剛腕が敵を倒せと唸りを上げる。


 まずは一打目の右の正拳突き。狙いは胴のど真ん中。惜しくも魔剣に阻まれた。

 第二打目が巻き込むようにして繰り出す左ラリアット。狙いは魔剣。ティルフィングに容赦なくブチこまれた。

 第三打目は右の裏拳。ラリアットの勢いのままに放つそれはまるで竜巻。狙いはなし。どうせ魔剣が阻む。

 第四打目が左ストレート。裏拳と連繋させた一発が敵の腹部を破壊する。だがこれも魔剣が阻んだ。問題はなし。

 第五打目に動作が小さい右ショートアッパー。狙いは上胸部。顔に当たればまず原型がなくなるがまたも魔剣で防御される。

 第六打目────!

 ファイターの猛攻だけが延々と繰り返される。
 狂乱のセイバーは防御に回るばかりで反撃に転じる機会をまるで掴めないでいた。
 いちいち頭で考えなくてもその瞬間の最善の一打を双腕自身が勝手に放ってくれているような感覚。
 これぞ魔すら殴り殺す必殺の闘技"無双の鉄腕"なり。
 最小の隙で繰り出され続ける連続攻撃の嵐は敵の反撃を許さず無限に攻撃を連鎖させ続ける。
 無論『孤高なる竜腕勇者』を解放している時に使えばたったの一打が即死に値する破壊力を持つ。
 何度も繰り返した修練だけが物を言うまさしくベーオウルフの必殺技と呼ぶに相応しい質と練度を誇っている秘技だった。

「ふははははー! 足止め上出来だファイター褒めてつかわす!」
 さらにそこへ態勢を立て直したライダーが加勢に加わった。
 二つの竜腕と一本の名槍、そして船車の複数の火炎車輪が黒き怪物を襲う。
 二対一という絶望的な状況。
 かつてランサーほどの実力者を以てしても越えられなかった死の壁。 
「■■■■■■■■■■■■■■■────────────!!!!!!」
 …………だが、そんな壁はこの漆黒の化物には無関係な話に過ぎなかった。
 一際激しい咆哮を轟かせる黒騎士は二人の英雄による猛攻を凌ぎ切っていた。
 右手に持つは邪悪なる魔剣ティルフィング。
 そして左手に持つはいつ出現させたのか真黒に染まった天使の聖剣デュランダル。
 二振りの魔剣と聖剣を本能の赴くまま存分に乱舞させて小賢しい敵達を粉砕せんとしている。

「ば、馬鹿な……! 本当に二対一で互角だというのか!!?」
「ええい! まさか手を抜いているんじゃなかろうなファイター!!?」
 もっともっと出力を上げるファイターとライダー。
 同じくそれに合わせてセイバーの出力も上がる。
 鋼を過激にぶつけ合う怒号は耳障りな程に大きく膨れ上がっていった。



       ◇                      ◇



 一方。戦地から大分離れた場所では、英霊達の主らが固唾を飲んで戦局の行方を見守っていた。
 三者の戦いはまるで巨大ハリケーンが眼前にいるみたいな感覚だった。
 綾香も遠坂もゲドゥも、サーヴァント同士の激突で発生した二次破壊の波に飲み込まれまいとするので精一杯。
 真剣に台風が通過中の海上に居る気分だ。
 万が一波に呑まれて船が転覆すれば一巻の終わり、二度と海上へは戻って来れない。

「そ、そうだ! セイバーのマスター、すぐに魔力の供給を止めたまえ! そうすれば奴は弱体化する筈だ!」
「そ──それよ! 良いこと言うじゃない!」

 そんな逆境の中で遠坂の出した提案は実に名案で、直ぐ様綾香も魔力の供給カットを実行に移した。
 これで状況はいくらか改善される。
 その場にいる誰もがそう思った。

「あれ…? な、なんで? 嘘どうして……?」
 予期せぬ事態に直面したかのような様子で、彼女はおろおろと頼りない。
「どうかしたのか? ファイター達が危ない。あまり悠長にしている余裕はないんだぞ」
 あまり愚図愚図されても困ると、見るに見かねた遠坂が少女に声をかけた。
 するとあまりに予想外の返事が少女の口から返ってきた。
「それが………魔力の供給がカット出来ないの……ううん違う、供給はもう切ってる。
 だけどこれはなんていうか…供給ライン自体の手応えが無いみたい。
 もう魔力供給してないのにセイバーが弱体化する気配がないの……なんで?」
「なに?」
 少女の奇怪な回答に眉を顰める遠坂。
 綾香も何を言いたいのか上手く説明出来ない自分を歯痒く思っているようだ。
 すると今度は横から苦虫を噛み潰した顔でゲドゥが合点がいったとばかりに呟きを洩らした。
「なるほどな。どうやらその女、現在はあの化物のマスターではないらしい」
「え? それどういう………」
 驚きの声を上げる綾香とは反対に牧師の言いたい事を瞬時に察した遠坂はなんてことだと呻くしかなかった。
 セイバーを透視してみろという牧師の言葉に従い綾香も騎士のステータスを視る。
「────あ」

 サーヴァントの性能透視能力で得られるマスターの情報が以前とは異なっていた。
 マスター名────ティルフィング。
 それがすべての異常に対する答えだった。
 少女は自らの騎士を甘言を囁く悪魔によって簒奪されていた。

 戦いはさらに激化している。
 戦闘によって生じた暴風の風圧は凄まじくもはや立っている事さえままならない。
 身を低くし容赦なく吹き荒れる爆風に堪えながら、改めて綾香は黒い鎧姿となったセイバーをじっくりと視た。
 輝きもない闇のように真っ黒に染まった全身鎧。
 甲冑に付いていた純白の外套は今や血のような朱色。
 色褪せた金髪に、悪魔みたい赤い瞳と、マスクで口元を隠された面貌。
 原型を留めぬ程の豹変を遂げた赤と黒の聖堂騎士の姿は哀しみさえ沸いてくる。
 だけど少女は黒に堕ちたパラディンを透視し続けることで、その理由をようやく知った。
 そしてこの尋常ではないステータスの正体も理解した。

 現在ローランのクラスはセイバークラスからバーサーカークラスに変更されている。
 まるで別人のような有様になったのは多分そのせいだ。
 そしてその原因はどう考えても狂戦士を量産するティルフィングの特性によるものであろう。
 しかも恐ろしいのはただのバーサーカークラスではないということ。
 ティルフィングが使用者に与える最高レベルの狂化の呪いのせいで、ローランを通常の手続きで狂戦士クラスとして召喚するよりもずっと高いランクの狂化が施されていた。
 あの笑い話にもならないセイバーの異常な能力値はそのせいだ。

 綾香はセイバーを助ける為の手段が何かないかとさらなる手掛かりを求めて透視を続けた。
 が、そこで最悪のモノを見つけてしまった────。



        ◇                       ◇



 ファイター、ライダー、セイバー(バーサーカー)の戦闘はより苛烈な様相を見せ始めていた。
 僅かな隙でも見せれば即死する戦い。
 そういう戦いはいくつか経験してきた彼らではあるが、その中においてもこの死闘は極上だと言えた。
 宝具を解放しているファイターが近接戦を担当し、ライダーが騎乗宝具の機動力を駆使して黒騎士を翻弄する。
 大英雄二人がそこまでしてようやくこの勝負は五分のものになっていた。
 圧倒的な攻撃力、強固過ぎる防御力、追いつくことも許さぬ敏捷、獣のような危機回避力と反応速度。
 それらが黒騎士の持つ性能だ。
 それほどにティルフィングによって狂戦士化させられたセイバーの戦闘力は不公平でデタラメだった。

 さりとて二人も真の英雄であった。
 圧倒的なスペックの差を鍛え上げた技量で縮める。
 見ているだけで目を回しそうな、そんな目まぐるしい移動を続けながら戦う二人に遂に好機が訪れる。
 最高のタイミングで闘士と騎兵の最高の連繋が決まった。
「……お、ウオオオオオオオオ貰ったーーーッ!!」
「流石俺様の援護! さあその馬鹿の武器を没収してやるがいい!」
 回避不能のタイミングでファイターとライダーがセイバーを挟撃する。
 黒騎士は防御に回らねば己の首が落ちると知っていたように即座に身を丸くして急所の防護に入った。
 しかしそれは言い換えれば寒気のする速度と威力を誇る悪魔の攻撃が飛んでこないという最も安全な時間帯…!
 放出する気合と薙がれる魔腕。
 爆ぜる火花と金属音は決定的な勝利を告げる鐘の音に聞こえなくもない。
 一瞬の隙を的確に射抜いたファイターの竜腕が黒い騎士の手元からデュランダルを弾き飛ばしていた。

「ふわーっははははー! これで戦力の天秤は崩れた!
 凶剣風情に肉体を乗っ取られた挙句、王の手を煩わせる根性無しは…そのまま死ぬがいい!」
 剣が黒騎士の手元から離れたのを視認するや、すぐにとどめを刺そうと騎乗物を猛突進させるライダー。
 そして猛スピードで疾走する戦車を見事な操縦手腕で操りながら騎兵が長槍で突きかかった。

「───ッ!!? まずいライダー離れろ!!」
 しかし、よりセイバーの近くにいたファイターが黒騎士の異変を感知し大声で警告を出す。
「ア"─────……、ァァ……。ア"ア"ア"アアアアアアアアアアアアア───ッッッ!!!!」
 狂乱した猛り。それから魔剣を握ったままセイバーが両腕を空に掲げた。

 闘士の警告に反応し咄嗟に舵を切るライダー。
 戦闘真っ最中のあまりに不審過ぎる挙動が彼に進路変更を余儀なくさせた。
 太陽王は絶好の好機をおめおめと逃した事を忌々しそうに睨めつけながら離脱に専念する。
 闘王もいち早く敵の間合いから距離を大きく離していた。

 二人が黒き騎士の傍から離脱したその直後、
 ドン!っという衝撃を放出して彼の足下が綺麗な半球状に抉れた。
「■■■■………タ、お…………ス。■■■■■■■■■■■─────────!!!!」
 騎士の絶叫と憎悪が真黒の旋風を生む。
 迸る闇冥の魔力は憤怒の塊。近寄る者は皆殺しにするつもりなのが肌で感じ取れる。

 今までとは明らかに何かが違う──。

 ファイターにもライダーにも漠然とはしているが確かな直感があった。
 その直感の正体を探るべく、こちらからは仕掛けずにセイバーの様子を注意深く窺った。
「……ん───?」
 妙だった。
 狂戦士に墜ちた聖堂騎士は殺す対象を視界に収めておきながら何もしてこない。
 そればかりか奴はなんと足下に落ちていた石を拾い始めたのだ。
「一体何をやっておるのだアレは……?」
 行動の意味がわからず当惑する二人。

 だが、彼らはすぐにその行動の真意を思い知ることになる。
 とてつもない驚愕と畏怖を抱きながら───。


 黒騎士が握っているのは掌に収まるサイズの石。
 そこら中にいくらでも転がっているような変哲もない石コロの一つだ。
 魔人の爛々と燃ゆる紅の双眸が獣皮の外套を装備した闘王に向けられる。
 獲物を狙うじっとりとした視線。殺気が少ないのが逆に警戒心を煽り立てる。
 そうして、ゆらりとした動作で振りかぶられた騎士の左腕。
 その動作の後に何が起こるのかなど一目瞭然だった。
「クハハハッ! おいおい彼奴め、発狂しただけでなく血迷いおったのか?
 そんな石コロでサーヴァントを倒せる訳がなかろうが─────」

 セイバーの無様すぎる行動を失笑で斬り捨てたライダー。
 ファイターの顔にも困惑の色が強く表れている。
 どうやら騎士は石を投擲する気でいるらしい。
 確かにサーヴァントが中継していればその物体は有効化はするだろう。
 元来は右利きなのだが割かし様になっている黒騎士のサウスポースタイル。
 黒騎士の視線の先………狙いはどうやらファイターらしい。
 だがそんな何の変哲もないただの投石ではサーヴァントを……ましてや闘王を倒すなど絶対に不可能だ。
 いくらセイバーが凄まじい攻撃力を有していようとも石の強度がまず騎士の豪力と闘士の耐久力に耐えられまい。
 あんなもの投げた所で所詮みっともない悪足掻きに過ぎず、石は空しく砕け散るだけ。
 セイバーの左手から石が投げ放たれた。


「駄目ーーッ!! 絶対躱してファイターーーーーーーー!!!!」


 なのに、セイバーの主である少女が避けろと全力で叫んでいた。
 意識とは別次元の何か……恐らくは生物の根幹に根付く死への恐怖が闘士の肉体に勝手な命令を出していた。
「────ッッ!!!!?」
 黒い騎士の指からただの石コロが信じられない速度で投石される。
 マッハを超えてファイターの頭蓋へと飛翔する石。
 闘士の両脚が大地から離れた。
 まるで足払いされ格好悪く地面にすっ転ぶような形でファイターの回避行動がなされる。

 それは石礫から離れられるのならば──、
 たとえ数十センチであろうとも構わないという無様で必死な避け方だった。

 全身の毛穴が開く。血が沸騰して脳内麻薬が垂れ流される。
 顔面に迫る石はライフル弾。これが弾丸である以上直撃すれば頭がトマトみたいになるのは必至。
 防御を固めて死を拒絶するファイター。魔石が着弾擦れ擦れの所を通り抜けていく。
 ただの石が生んだソニックブームは質量を持った衝撃の重壁となって闘士の巨体を蹂躙し撥ね飛ばした。
 勢いよく撥ねられ空中を錐揉みになって踊る姿はどこか壊れた人形のよう。
 地面に強く叩き付けられたファイターがなんとか立ち上がった時には皆が安堵の息を洩らしていた。
 しかし問題はその後であった。

 その場にいた全員がその限度を超えた光景を目の当たりにして息を飲んだ。
 セイバーが投げた石は進行方向にある全ての物体を貫通し、
 およそ数百メートル先の地点でようやく推進力を失って停止した。

「─────────────」
 あまりの破壊の爪痕に皆氷結したみたいに声すら出てこない。
 理解の範疇を軽く超えていた。
 一体何をどうすればあんなただの石礫でこんな風景を作ることが出来る?
 あの石は実はアームストロング砲か何かだったのだろうか。
 特にファイターと遠坂は他の面々よりもずっとダメージが大きかった。

「…………ぁ、危な……、かった───…」
 死病憑きの病人みたいな掠れた声でファイターが呻いた。
 次々に噴き出る冷たく気持ちの悪い汗が止まらない。
 吐き気がする。悪寒と嘔吐感が止まってくれない。
 心臓はガンガンと早鐘みたいで喧しく、悪酔いした酔っ払いのように胃の中身をぶち撒けそうだ。
 死んでいた……。
 もし投石の直前に少女が叫んでくれなかったら、自分は確実に死んでいた……!!


「……………! ■■■■■■■■■■■─────────!!!!」
 殺す予定の獲物が生き延びた事に癇癪を起こしたのか、悪魔が傷ついた獲物の喉笛を掻き切ろうと走り出す。
 怒声と粉塵を撒き散らす漆黒の機関車が突っ込んでくる。
「ファイターなんとか時間を稼げ! その間にこちらも何がなんでも対策を立ててみせる!」
「た、頼んだ遠坂殿、こちらも何とか凌いでみる! さっきの投石の正体を最優先で調べて欲しい!」
 遠坂がエールと一緒に治癒魔術をかける。
 負傷していた体が全回復したのを確認すると、ファイターも駆け出した。
「ライダーも援護してやれ! 一人では危険過ぎる相手だ」
「俺様に指図するとは調子に乗るなよ牧師! 貴様如きに言われずとも軽く手助け位はしてやるわ!」
 それから太陽の船の手綱を握り、颯爽とファイターの加勢に加わるライダー。
 その手には騎乗槍ではなく弓が握られている。

 今まで彼らは大きな勘違いしていた。

 そう、この戦いは…、
    これでようやく本番を迎えたのだ─────。



                ◇                 ◇



「一体どうなっているんだセイバーのマスター!!? なぜあの投石がただの石じゃないと判った!?
 いやそれよりも解決せねばならない問題は今の石礫の正体だ!
 ローラン辺境伯はただの石コロで町を壊した逸話でも持ってたというのか!?」
「い、痛い!」
 サーヴァント達の戦闘再開を見届けた遠坂が珍しく目に見える取り乱し方をして綾香に詰め寄った。
 成人男性に細腕を強く掴まれた少女が苦痛の声を漏らす。
「す、すまない少々取り乱した。しかしこれは死活問題だぞ。
 あれの謎が解けなければこの場にいる全員が皆殺しにされる。冗談ではなく本当にな」
「同感だ。何の変哲もない石礫が宝具クラスの破壊力になっているのならば、
 恐らく………流れ弾がこの近くを通るだけで私達は死ぬだろう」

 三人は皆殺しという単語に寒気を覚えずにはいられなかった。
 それが冗談ではなく現実になりそうな悪い予感がひしひしとするからだ。
 せめてもの救いはここらが極端に民家の少ない郊外であった事だが、それはこれから最初の犠牲者になる者の慰めにはならない。
 自分の命には変えられない。
 それに話す事で彼らの協力を得られるのならそんなに悪い条件でもない。
 おまけにローランの正体も看破されているのならば無理に隠す利点もないと綾香は素直に口を割った。

「さっきのはローランの宝具能力よ。
 ただの投石じゃないと判ったのはわたしが彼のマスターで他人よりも詳細に性能を識れたから。
 クラスがセイバーからバーサーカーに変更したせいなのか『救援の聖音』が消えて別の宝具が発現してたの」
「そうか! ニ属性持ち《マルチクラス》か!」
 少女の話を聞いて遠坂とゲドゥは自身の記憶を発掘する。
 複数のクラスに該当出来るような多芸な英雄はクラスに応じて武装…つまり宝具が変更されるという。
 恐らく彼女の話は真実だろう。
 ローランは剣士から狂戦士になったことでその能力にも変動があったのだ。

 遠く離れた場所では魔力と火花の大輪がいくつも乱れ咲いては闇夜に消えていった。
 激しく激突し合うサーヴァントたちは己のギアをさらに上げたようだ。

 綾香はそんな壮絶でどこか綺麗な殺し合いを──いや、暗黒に穢れたセイバーを見つめながら、
「ローランの伝説にあるドラゴン退治の一節でおかしいと思ったことはない?
 その答えがさっきの投石の正体だった」

 ローランのドラゴン退治。
 その伝説は魔法庭園でデュランダルやその他の装備を奪われたローランが勇敢にも落ちていた樫の枝を手に竜と闘い勝利した逸話。
 最強のパラディンと謳われたローランの強さと勇猛さを端的に表す逸話の一つである。

「私は彼の伝説を知った時からずっと変だなって思ってたわ。だってそうでしょう?
 どんなにローランが強かったとしても、どれだけその竜が弱かったとしても………」


 ────最強の幻想種である竜種を樫の枝なんかで倒せるわけがない────


「となれば答えは一つしか考えられない。
 ローランはその決戦で既に竜種さえも倒せるだけの超一流の武器を手にしてたのよ」
「………既に名剣を、持っていただって…………?」
 少女の言葉に促されるように三人の視線がセイバーに集まる。
 彼らの視線の先には孤軍奮闘する黒騎士の姿があった───。



             ◇                   ◇



 バーサーカー化したセイバーを止める為の戦いは……、
 いつしか相手の消滅を目的とした完全な殺し合いになっていた。
 戦闘開始直後とは状況が180度違う。
 現在の彼らには手加減する余裕など微塵も残ってはいない。
 僅かでも手心を加えようものならば真っ先に死ぬのは己であるという事を先の惨状で心底思い知らされた。

 セイバーは二人の敵と刃を交換しながら、
「■■■■■■■■■■■■■■■■───────────!!!!!」
 片手で再び地面に転がる小石を二三個拾った。
「───う!! いかんまた来るぞ!」
 緊張で顔を強張らせるライダー達。
 二人目掛けて黒騎士は左手に握った数個の小石を手首と腕の力のみで豪快にぶん投げた。
 眼を疑う豪速球。三つの魔弾は第一投目と同等の破壊力を秘めているのが分かる。
 小石の一つはあらぬ方角へ暴投したが、残る二つはファイターへと真っ直ぐに向かっていた。
「ウオオオオオオオオオオーーーーーーーーッッ!!!」
 直撃すれば即死亡の魔石を闘王は逃げずに迎え撃つ。
 突き出された双腕が的確に標的を捉え、二つの小石を木っ端微塵に粉砕した。
 だが黒い魔物の攻撃はそれだけでは終わらない。
 ライダーの弓矢による援護射撃など強固な甲冑で遮断して突き進んだ。
「ちっ、鎧には刺さるが中身に達してないのかあの象男め……!」
 闇色の怨霊は闘士との距離を詰める作業をこなしながら、次に拾うは短く薄い木片。
 それを手裏剣のようにサイドスローで放つ。
 ただの木片が岩石をも斬り裂く円月輪に早変わりする。
 高速回転する丸鋸がファイターの首を刈らんと狙っていた。
「セイヤァァッ!!」
 下方から上方へと拳が突き上げられる。
 大気をも破裂させる竜腕のアッパーは僅か一撃で円月輪を破壊した。
 さらに続いてセイバーは野球ボール位のやや大きめの石を拾う。
 ノーモーションで投げられた魔石はアームストロング砲もかくやの破壊力で飛んでくる。
「オオオオオオオォォォォーー!! ぐっ……かッ!!」
 裏拳で辛うじて弾道を逸らす。
 今度のは少々危なかった。体勢が若干崩れ、弾いた手の甲がやや痺れる。
 石が飛んで行った後方からは木々や岩を滅茶苦茶に破壊する爆音がしばらく轟いていた。

 なんて────バケモノ…!!
 ファイターは首筋を流れる冷たい汗を死神の吐息のように感じていた。
 ついさっき遠坂から教えられた敵のふざけた怪能力に戦慄せずにはいられなかった。
 投石がセイバーの能力などではない。あの投石の正体はそんな生温いモノではなかった。
 あれには恐らく制限というものがない。
 物という物、手に掴める物であるのならこの世の物体が全部が"ああ"なるのだろう。

「■■■■■■■■■■■──────────!!!!」
 黒と赤で彩られた魔王がファイターの眼の前にまで迫っていた。
 セイバーは疾走する速度を一切落とさずに彼らの戦闘の巻き添えを受けて倒木した木から枝を一本毟り取った。
「──枝!? チィ、私がドラゴンと言う訳か?
 だがあの時の竜のようにいくとは思うなよセイバーーーッッ!!!」
 黒騎士の左手に掴まれた瞬間に枝が眼に見える変化を遂げていた。
 薄黒い魔力の膜のようなモノが枝をすっぽりと覆ってしまっている。
 多分石や木片もあんな膜で覆われていたに違いない。
 悪魔が闘王の手前で空高く跳躍した。
 夜空の月を背にし、殺意を吼えながら獲物へと落下してくる。
 海老反りみたいに背中をしならせるセイバー。全力で振り下ろした枝をファイターに叩き込んだ。
 防ぎにかかった闘士の腕からメシャッという耳と塞ぎたくなる嫌な音がした。
「───ウギッ、重……い!!?」
 ずしん…!と、枝にしてはあまりに重たい感触がファイターの左腕に走る。
 思わぬ攻撃の質に闘士の顔が歪む。
 これが枝? いや断固として違う、これは棍棒だ。
 下手な刀剣なら容易にへし折ってしまえる強く硬い魔棍だった。
 つい笑ってしまいそうになる。
 自分とて火竜を素手で仕留めたという馬鹿げた伝説を持つが、この枝の馬鹿さ加減はさらにその上を行っていた。

 ────木の枝で竜を倒す。
 本当に…なんて馬鹿馬鹿しくてふざけた話だろうか。
 しかしこれならば………、

 このレベルの武器ならば確かに竜種にも通用する────!!!

 その信じられない現実がどうしようもなく竜殺しの英雄を戦慄させた。



 ──────『騎士は無形の太刀にて勝利せん《ファントムソード・オルランド》』──────


 無剣が掴んだ栄光。真なる英雄の証明。
 無限に湧き上がる武器庫。秘められし悪魔の超抜能力。
 理性が飛ぶ程に追い詰められた騎士が覚醒させた奇跡。
 それこそがドラゴンすらも屠る形無き亡霊の刃。
 聖堂騎士が手にした無形の武具の正体。

 恐るべきその宝具能力は───

 ────騎士が手にしたありとあらゆる物体を竜種を倒せるレベルの神秘《ぶき》にまで引き上げる。


 枝なら名剣に、石なら魔弾に、草なら聖針、物干し竿なら神槍、お鍋の蓋なら魔盾、倒木なら聖槌、弓なら名棍 刀なら神刃に。
 元がどれだけ三流のナマクラ刀であろうが、そもそも武器ですらない粗末な日用雑貨だろうが関係ない。
 ローランがその手に掴んだ物体は全て例外なく超一流の宝具に昇華され固定化されるのだ。
 ただの枝や小石をAランクの神秘を秘める宝具へと変質させる怪能力。

 本物の勇者とは武器を問わずに勝利出来るものではあるが、
           この英雄のソレは彼らの常識の範疇さえも大きく逸脱していた。

 この超抜能力も無敵の天鎧と同様に天上者の加護なのか、
 あるいは才能豊かな騎士が生まれ持った神域の才覚なのか、
 奇跡の正体《カラクリ》を知ったところでもはや何の意味も意義もありはない。

 ───手に握られたただの石や木片が一瞬にして死の凶器に早変わりする。

 それが黒騎士と対峙する者にとってどんなに背筋が凍るような悪夢であるか、もうそれだけで満腹を通り越して嘔吐感が酷い。
 ファイター達がそう感じている事は、いちいち対峙するまでもなく見守るマスターたちにも察しがついた。



 棍棒攻撃の続け様に魔剣の鋭い三連突きが穿たれる。
 爆ぜる閃光に狂い咲く大輪。
 ファイターは痺れる片腕と奪われそうになる思考を無視して音速の刺突をゲンコツで殴り返す。
 さらに連撃として速度重視の蹴りをセイバーの鳩尾(みぞおち)に入れて押し戻した。
 ダメージこそまるでなさ気だが、綺麗に蹴足を腹部に受けて3m程度後退させられた黒騎士。
「獣であるのならいい加減獣らしく猟られるがいい! 猛獣狩りは得意だぞ俺様はな!!」
 そこへ騎兵による強弓の一斉掃射が殺到した。
 猛獣じみた唸り声を発する魔人の乱舞が矢を切り払ってゆく。
 それにしても剣に対して拳で迎撃するとは……。
 闘士の無謀さに騎兵が呆れていた。
 刃物程度では我が拳は斬れんと確信しているような思い切りの良さである。
 だが事実、ファイターの鋼の如く鍛え抜かれた聖拳には朱色の雫どころか赤い筋一つすら入っていない。


 改めて倒すべき敵の強大さを肌と本能で感じ取ったのか、不意にセイバーの動きが止まる。
 そして相手の様子を窺うようにしながら両手を大の字に広げた。
「■■■■■■■■■──────────」
 物静かな威嚇の唸り。
 騎士のそれはどこか仁王立ちで立ち塞がってるようなポーズだった。
「……なんだ? あの構えはまだ何かあるのか……?」
「馬鹿を抜かすなたわけ! これ以上まだ隠し芸があったら俺様は降りるぞっ!」
 警戒心を最大レベルにしてファイター達もセイバーの様子を窺う。

 戦場には狂戦士と二人の英雄が刃も交えず黙って見つめ合うという実に奇妙な構図が出来ていた。





───────Interlude  Saber───────



「───────────────」

 ───コロセ───
       ───コロセ───
  ───スベテコロセ───

 脳内に自分ではない誰か《あくま》の声がいつまでも残響している。
 この声がいつから聞こえるようになったのかはよく思い出せない。

 ───タオセ───
 ───タオセ───
 ───スベテヲタオセ───

 ああ、分かっている。
 なんて言っているのか……言葉の意味までは理解できないけど、自分がやるべきことはちゃんとわかってる。
 倒さなきゃ。殺さなきゃ。何でかはわからないけど、そうしなくちゃいけない。

 騎士の視界に映るのは獣皮の外套と胸当てを装備した体格のいい屈強なサラセン兵。
 少し離れた位置にはキラキラと輝く戦車に乗って弓矢を構えた長身のサラセン兵。
 さらに別の場所にも眼鏡をかけた女のサラセン兵と神父服着た男のサラセン兵と赤い正装を着た男のサラセン兵。
 特に巨漢と戦車男はとんでもなく強い。
 それこそ最強である自分ら十二聖堂騎士に匹敵するような実力を持っているのがすぐに分かった。
 こいつらは危険だ。絶対にパラディンのみんなと戦わせる訳にはいかない。
 それはなぜ……?
 何でだと? 馬鹿野郎、みんなが殺されてしまうからだろ!
 でもみんなはもう───

 自分は悪い夢か幻影でも見ているのか……?
 これはもう終わってしまった■■ではないのか?

 ───さぁローラン。今こそ果たせなかった未練を晴らしなさい───

 天使《あくま》がそっと耳元で囁く。
 いや違う、寝ぼけているのは自分の方だ。どうやら疲れて居眠りをしてたらしい。
 ここはいつかの朱い峠。死と嘆きに満ちた絶望の死地。
 だけどまだ誰も死んでない。
 ロンスヴォー峠は大切な仲間たちの血で穢れていない。
 オレの背後には合戦で負傷したオリヴィエやみんながいる。
 ついでになぜかオードまで此処に居るけどその理由は思い出せない。
 遠くではまたサラセン軍が懲りずに進軍してきたようだ。
 このまま一緒に戦えばみんな死ぬような気がする。
 それは絶対に嫌だ。
 ならオレはどうすればいいんだろう……?


 ────簡単じゃないローラン。貴方が敵を全部殺してしまえばいいのよ────


 またも悪魔《てんし》がそっと囁いてくれた。
 ああ、そうか。オレは間違ってたんだ。
 みんなと一緒に戦おうとしたのがいけなかったんだ。

 最初から………
 オレ独りで全部倒していれば■■するなんてことにはならなかったのか────。


 なんて簡単な答えだったんだろう。
 分かり易いのがとてもいい。つまりオレが凄く頑張ればいいんだ。
 両手を広げて仁王立ちする。

 屈強な巨漢も、戦車野郎も、邪教に寝返った背信牧師も、貴族風男も、そしてあの眼鏡の小娘も。

 ───スベテ殺シ尽くして皆を守ルンダ。

 ここから先へは絶対に行かせない。
 来る者全部を皆殺しにして愛するモノを護るんだ。
 いつかの紅の峠で叶えることが出来なかった未練を、悔恨を、もう一度やり直すんだ。


 サァ、奴等ヲ存分二殺シテ皆ヲ守レ──────!!!!




───────Interlude  Saber out───────



「■■■■■■■■■■■■■■■─────────!!!!!!」
「動いた…ッ! さっきよりも一段と速いぞ!!」
 見合いの時間は唐突に終わりを告げた。
 激しい咆哮が大気を震わせて、黒い風が死をもたらす為に吹き荒れる。
 その瞳に灯るのは死のみ。
 その口唇から吐き出されるのは死のみ。
 その両手から創られるのは死のみ。
 血に飢える魔剣が妖しく光り、最強の魔棍棒となった木の枝が巨漢の戦士粉砕を遂行する。
 振り払われた二つの凶器が魔風となってファイターに浴びせられた。
 暴風雨の雨粒みたいな激しすぎる猛乱打。
 息継ぎのない猛攻。速すぎる手元は残像で腕が幾つも生えてるように見える。
 黒騎士から放たれるものは暴力。暴力、暴力、圧倒的暴力。
 それは弱肉強食でシンプルイズベストな自然界の理。
 人間が得意気に賞賛する小手先の技なんて失笑にすら値しない最高純度の暴力。
 視認さえ許さぬスピードと受け止める事も受け流す事すらも出来ないパワーで攻められれば技が入り込む隙間などない。
 それは極限まで練磨した戦技を持つ闘王ほどの使い手でさえ例外ではなかった。

「ぐ、がっ…ぐぅ、ハァ、はあ、ハ、はっ、あ、ぐが……ッ!!」
 苦しげに息を乱すファイター。
 防御に手一杯でまともに反撃している隙すら与えて貰えない。
 黒騎士の小休止もさせぬ猛攻撃に付き合うだけでも体力、精神力、魔力がごっそりと削がれていく。
 まるで息を吹き返した──……、
 否、ついに殺す気《ホンキ》になったような魔王の勢いに勇者は容易く呑み込まれてしまった。
「ま、マズイぞ。こ、このままでは本当に…………!!」
 ────死。
 という名の毒蛇がチロチロと舌舐めずりしている不吉なヴィジョンが脳裏を掠める。

「何をやっているか愚か者が!! 前衛の貴様が踏ん張らんで誰が働くというのだ下郎!」
 つい挫けそうになる闘士の耳朶に高圧的な叱咤が届く。
 それと同時に早急にファイターへの援護射撃が敢行された。
 右翼から旋回してきたライダーは黒きセイバーへ最大に溜めた一射を見舞う。
 狂騎士が剣戟に乱入する伏兵に気付くも、僅かに騎兵の射の方が速い。
 引き絞られた強弓の弦から撃ち出された矢は砲弾にも勝る威力と速度で黒騎士の脇腹に命中する。
 不意討ち気味に強力な一発を甲冑に喰らった。
 そのことに驚いたのか魔人に刹那の停滞が生じる。
 その隙をファイターは見逃さなかった。
 自身が即攻撃可能な部位を即断し………右脚の蹴りッ!
「…スッ、ちぇりゃぁああああーーッ!!!」
 口から放出される気合。
 そして闘王渾身の跳び膝蹴りが黒騎士の胴にめり込んだ。
 セイバーが思わずたたらを踏んでよろめく。
 闘士からもう一発追撃の正拳突きが放たれるも騎士は枝を犠牲にする事で鉄拳を相殺した。
 しかし彼らの連繋はまだ終わらない。
「散々手こずらせてくれた褒美だ! 釣りは全部くれてやるとっておけ!!」
 ライダーも強い射に続けて弓の速射で追い打ちを掛ける。
 矢のつるべ打ちを全弾浴びてさらに黒い壁が数歩押し下がる。

 しかし………、
「─────────……。■■■■■■■────」
 勇者達の畳み掛けるような連続攻撃は、魔人に対して何の効果も得られなかった。
 漆黒の怪物は未だ健在。光が反転したみたいな黒い極光が鎧から吹き出している。
 特にこれといった仕掛けやトリックがあるわけじゃない。
 あれは黒騎士の防御力が高過ぎて単純に彼らの攻撃が通らないだけ。
 奴にダメージを与えたいのなら蹴りや矢ではなくもっともっと純度の高い攻撃が必要だ。

「チッ……なんとつまらん痩せ我慢よ。
 さっさとくたばっておけば楽に逝けたであろ─────ブガッッ!!??」
 突如として中断したライダーの悪態。
 当人ですら何が起こったのか一瞬理解出来ずにいたであろう。

 ─────気が付いたらセイバーがライダーの眼前にいた。

 ファラオに分かったのはそれだけだ。
 敵との距離がある程度離れていた事が微かな油断を生んでしまった。
 それによる反応の遅れは……僅かと言えどもまさに致命的であった。
 魔王はサーヴァントですら愕然とする超速で本当にあっと言う間に騎兵との間合いを詰め切ると、枝を破壊され空いていた左手でライダーの顔面をがっしりと鷲掴みにしていた。
 そうして騎兵はそのまま押し出されるようにして太陽戦車から引き摺り下ろされた。
「は、離せ無礼者! ファラオに対するかような暴挙が許されると思うなよ狂獣が!!」
「■■■■■■■────!!!」
「逃げろライダー! それを喰らっては駄目だ!!」
 だが相手は獣。ファラオの王様発言に一切の聞く耳を持たぬままライダーの頭を硬い大地に全力全開で叩き付けた。
 それは雷神の神槌か地母神の魔斧か。
 黒騎士の怪力は騎兵自身を武器に変えてベコンと地面が沈下させた。
「がはあああああーー!! お、ぉ…ぁ───」
 頭を強打したライダーは動かない。
 流れ出る血が冬の大地に鮮やかな薔薇を咲かせる。
 しかしセイバーはそんな流血などお構いなしに、すぐには動けそうにない騎兵の足首を掴む。
 すると今度はなんとそれこそ本物の鞭のようにライダーの体を振り回し、何度も地面に打ち付けては心ゆくままに暴れ狂った。
 惨たらしい拷問のような責めがライダーを襲う。
 一撃では死なないが軽傷とも言えない激痛と苦しみにライダーは悲鳴に近い絶叫を上げる。
 しかしどれだけ相手の苦悶の声が鼓膜を揺らそうと、黒騎士にその悲鳴の意味を解する知性は皆無だった。

 騎士の心は今、あの日の真っ赤な峠にある。
 彼はあの地獄の光景を回避する為にたった独りで無数に襲い来る敵を打ち倒し続けているのだ。
 絶対に負けられないのはセイバーとて同じこと。

 たとえそれが悪魔が見せる幻であろうとも、
           騎士は全ての敵を独りで殺し尽くすまで戦い続けるだろう───。


「■■■■■■■■■■■■■─────!!!」
 凶獣は散々痛めつけて弱らせた獲物を次はグルグルと振り回し始めた。
「あ、グハッ、ご……、ぉ、おの、れぇ…ッ! おああああああああああああーーー!!」
 回転は次第に早くなりまるでハンマー投げみたいだ。
 いや、比喩でもなんでもなくハンマー投げそのものだった。
 駆け寄る闘士の救助も間に合わず、たっぷりの遠心力を得たファラオハンマーが虚空へと無造作に放り投げられる。
 浮遊というよりは飛行に近い。
 ただし姿勢制御も方向転換も出来ず障害物があればそのまま激突するだけの無様な舞空術だ。
 暗黒の猟犬が自分でぶん投げた獲物を追って走り出す。
 ハンマーも凄まじい勢いで飛んでいったが、それを追跡する黒き猛犬の敏捷も半端ではない。

 ライダーもその追跡者の姿を視界の隅に捉えて思わずギョッとした。
 あの速度ならあと数秒で確実にこちらに追いつく。
 しかも黒い魔人は右手に掲げた牙でこの心臓を刺し穿つつもりでいる。
 だというのに自分は全身にかかる重力に捕らえられて全然身動きが取れない……!
「……な、う、動けん…だと!?
 そんなまさか…奴は俺様を逃がさん為に投げたとでもいうつも………うおあっ!?
 ちょ、ちょっと待てタンマだ貴様ー!! おいファイターさっさと先刻の恩を返さんかーー!」


 ライダーがじたばたと宙空で足掻いている間に、

 黒の怪物はもう凶刃の届く位置にまで─────


「■■■■■■■■■■─────!!!!!」
 魔剣の切っ先がギロチンとなって落ちた。
 黒騎士の装着した仮面の下から勝利を謳う一際甲高い絶叫が轟く。
 距離的に考えてどうやってもファイターの援護は間に合わない。
 眼球が数瞬後に自身を串刺しにする鋭い牙の形状をはっきりと見詰めながら、

「───ぼ、牧師ぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 ライダーは万感の念の込めてマスターの名を呼んだ。
 これは彼のマスターへの最終試験だ。
 この土壇場でファラオの意を即汲み取れないような蒙昧ならば後で八つ裂きにしてやるという気持ちも声に乗せてとにかく叫んだ。
 思いもよらないタイミングで名を呼ばれたにも関わらずゲドゥの行動は迅速かつ的確であった。


 "───────我が騎兵に絶対強権の援助を、奴を此処へ戻せ───────"


 ゲドゥは一度目と違って対サーヴァント戦で初めての令呪使用だというのに百点満点の上出来さで強権を行使した。
 杭のように射出された魔剣がライダーの胸を貫く寸前でファラオの姿が霞のように掻き消える。
 そしてゲドゥのすぐ近くに強制転送された。
「ライダー無事か!?」
「────お、お、おぉ……ぉ、おんんんのれぇぇぇえええええええーーーーーッッ!!
 二対一なら楽出来るからと手加減してやっていた俺様が甘かったようだな……ァ!
 殺す、絶対に殺してくれるぞ! 王への傷害は神判の余地なく死罰確定だと知れ!
 本気で焼却してやるクズめがァァアアアーーー!!!」
 屈辱と流血で最高に激昂するライダー。
 太陽王の全身から砂漠の熱気が殺意となって放出される。
 マスター諸共に周囲の人間の被害などお構いなしでライダーにもブッ殺スイッチが入る。
「ま、待てライダー! ここは一度作戦を──」
「だぁまれ牧師! エジプト最高の太陽王がかような屑にここまでコケにされて退くなど天地が裂けてもありえぬわーー!!」
 ライダーは王の逆鱗に触れた愚者に極刑を下すべく武装を長大な騎乗槍に変更して一気に敵の喉元へと突っ走って行った。
 敵へと一直線に疾走しながら受けた傷は癒しの呪《まじな》いを使って自力で修復する。
 それは癒すと言うよりはまるで壊れた建造物を修復するような強引な治癒。
 完全回復こそしないが出血は止まり傷口も塞がりさえすれば、後は脳内麻薬が麻痺させてくれる。
 今の太陽王の頭にあるのは敵を問答無用で葬り去る事だけだった。


 強制転移されたライダーと入れ替わる形で、再びファイターとセイバーの交戦が始まっていた。
「セイバー………ねえセイバーってば、お願いだから眼を覚ましなさいよ!!」
 懇願する少女の声が黒い甲冑に届くことはない。
 なぜなら親友や恋人や仲間達に混ざって沙条綾香の姿もまた、騎士が守りたいモノとしてロンスヴォー峠にあるから。
 だから怪物は止まらない。
 この場にいる綾香は今の彼にとって精巧に出来た偽物に過ぎない。

「己のマスターの声さえも届かないと言うのかセイバー……!!」
 静かな怒りで声が震える。
 ファイターはついに己が生存の為ではなく、セイバーを倒す為の決意を固めた。
「ア"ア"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"ア"ア"ア"オ"ア"ーーーー!!!」
 不吉を呼ぶ怨霊の怒号。
「はああああああああああッ!!」
 そしてそれを打ち消す清廉な気合。
 斬り込む魔刃、打ち出される聖拳。
 双つの竜腕と二本の魔剣が激しく鎬を削り合う。
 黒騎士の左手にはまたその辺で拾ったのであろう木刀サイズの木棒が宝具に昇華され握られていた。
「オラ無駄ァ!!」
 だがそれも束の間、闘王全力の王拳によって穿(つらぬ)かれた無形の刃がいともあっさりと殺された。
 一瞬にして武器を失ったセイバー。
 地面を転がるようにしてファイターのしなる鉄腕から繰り出される二撃目から俊敏に逃げ去る。
 しかしその躱す際に、黒騎士は闘王が眼を疑うような物を掴んでいた。
「まさか……そんな…!」
 洒落で済まないレベルの嫌な予感に急かされる。
 逃げろ、躱せと脳内小坊主が必死の形相で寺鐘を突きまくって警音を出している。
 数多の経験から死を嗅ぎ取ったファイターは、騎士が立ち上がり左腕を振り上げるタイミングに合わせて全力で横に飛んだ。
 と、同時に今し方闘士の立っていた場所に死の粒子が拡散砲となって浴びせかけられた。
 間一髪のところで身を躱す事に成功したファイター。
 セイバーに鷲掴みされた砂は悪竜の毒霧のように拡散し夜風に消えていった。

「す、砂まで…?! 冗談ではないぞ、あれでは毒竜の噴く毒霧と変わらないではないか!」
「■■■■■■■■■■■──────────!!!!」
 砂粒ですら殺傷力を持った凶器になると知った敵が多少怯んだのを敏感に嗅ぎ取ったのだろう。
 暗黒の魔力を帯びたセイバーが再び別の枯れ木を拾って猛然と襲いかかってきた。
 乱打乱打乱打の止まらない攻撃。
 攻守が入れ替わり一方的な怒涛の猛攻が続く。
 防戦に徹するだけでもファイターの残された体力や魔力がどんどん減っていく。
 この黒騎士と斬り結ぶのはそれだけでとてつもない負担を強いられてしまう。

 とは言えファイターとていつまでもやられっぱなしでいる筈もなし。
 両拳を硬く握り締め、剛腕に力を込めて、乱撃の嵐を懸命に打ち返す。
 力も速度も能力値も全てあちらが上回っている。
 状況的に闘士には絶望しか残されてないかもしれない。
 しかしファイターに絶望はない。

 なぜならこの勝負、ファイターの方にこそ勝機がある故に───。

 鍵を握る勝機は二つ。
 一つ目はライダーと共闘したおかげで黒騎士がデュランダルとティルフィングの二刀流ではなくなっていること。
 そして二つ目が。


 ────闘王の誇る竜腕と鎬を削るということ其れ即ち、

 真実、互いの持つ神秘を削り合う戦いとなる────────。


 一打入魂の豪拳が敵の亡霊剣を完全に捉えた。
「はぁあああああっ!! それでお終いではあるまい、さあ次だ!!」
 闘王は拳に返ってくる手応えで確信する。
 微かに聞こえた亀裂が走る前兆、そして………、

 幻想の砕け散る音と共に黒騎士ご自慢の無形の武具が木端微塵に殺された────!!


 闘王に促されるような形で騎士がまたしても別の道具を手にして向かってくる。
 踏み込みの強さ、腕の力の入れ加減、拳のリラックス具合、どれも完璧だ。
 自分でも納得のゆく重く鋭い正拳突きが放てている。

 これならば………この程度の似非宝具など直ぐ様打ち砕いてやれる。
 さあ気が済むまで向かって来るがいい。



 ───黒騎士のその手が無数の死を生み出す魔手であるのなら、
 
                 我が竜腕は無数の死を殺す聖拳なり──────。



 セイバーが次々と手にする亡霊の剣が硬くはないと言えば嘘になろう。
 仮にも超一流の武具にまで昇華された凶器だ、脆い訳がない。
 他の英雄やドラゴンにならば確かにそれで十分なのかもしれない。
 ……しかしそれでも、ベーオウルフにはこの幻想が薄っぺらいと思えた。

 担い手《えいゆう》の掌から剣に伝わった誇りも宿ってない。
 武器そのものの創造理念もない。
 選び抜かれた材質の強さもない。
 名工が心血注いで鍛え上げた芯もない。
 長い年月を越えてきた重みもない。
 言わば上っ面だけの神秘で塗り固めたハリボテ宝具。

 ならば、そんな妄想に堕した恐るるに足りぬ神秘など……幻想殺しの王に砕けぬ道理はない────!!!


「ふぅぅぅ………。さっきは些か怯んだが今は違うぞ。
 ────貴公が無数の武器を持つと言うのなら、私はその悉くをこの双腕で破壊し尽くしてみせよう」

 だから壊す。
 一撃で駄目なら十発叩き込んで砕く。
 十発で駄目なら百発叩き込む事で粉砕する。
 ガチャン。
 パリン。
 ベギャ。
 ガギィン。
 ボキッ。
 ギチン。
 ぱき。
 カァン。
 バギャ…!
 破音こそ様々だか破壊されているものは全部セイバーの即席宝具だ。
 本来なら物を拾えば拾った分だけ武器が増える筈の黒騎士の手には、今や彼に寄生する呪剣しか残されていない。
 それは武器を拾う端から尽く且つ徹底的に、ファイターの王腕によって粉砕されているからに他ならなかった。

「■■■■■■■■─────────!!!!」
 黒の魔人が吼え猛る。
 敵を倒せぬ焦りからなのか、眼前の敵の危険度からなのか、黒騎士はより一層髪の毛を振り乱して暴れ狂った。
 セイバーの剣速や機動力がさらに上がる。
 これだけの性能を見せ付けてまだ出力が上がるとは……まこと上限知らずの怪物と呼ぶに相応しい。
 ファイターも持てる心眼の力をフル活用して圧倒的スペックの差に追従する。
 竜腕の英雄が優先的に狙うのは即席宝具だ。
 武器を破壊すればセイバーは新たな武器を手にしようとする。
 その一瞬の隙こそがこちらを圧倒する敵の足を引っ張る唯一の枷となるのだ。
 二人は目まぐるしく立ち位置を変えて殺し合う《たたかう》。
 地にどっしり足を着けて地上戦をこなしたかと思えば、飛び跳ねながら刃を交える空中戦に移行し、またすぐに地上を駆け抜けるように競い合う。
 彼らが通る場所で無傷で済んだ場所は一つもない。
 まるで自然災害のような超人達の決闘は過去最大の荒々しさと破壊をもたらして、未だ決着は遠そうであった。
 
「王が罪人に判決を言い渡す、万死極刑也!! 一億回は逝けーーー!!」
 そこへ眼を血走らせて激怒するライダーが加わった。
 機動力より小回りを重視したのか、それとも憤怒のあまり忘れているのか、騎乗宝具には乗っていない。
 黒騎士の頭上高くから降ってくる形で騎兵は長槍を敵に向かって振り落とすも簡単に逃れられた。
 しかしなお逃がさんと相手の回避方向に合わせて高速の連続刺突を振る舞う。
 爆竹めいた荒々しさで降り掛かる槍の穂先。
 それを獣的な勘の良さと動きで避けまくる黒騎士。
 負けじとライダーは烈火の如き勢いで神速の槍捌きを存分に披露する。
 ファラオは狂騎士の息の根が止める瞬間まで滅多刺しにしたくてしたくて辛抱堪らない様子だった。

 決戦はライダーが参戦した事で再び二対一となる。
 先程まで一騎打ちで戦っていたファイターだが、ライダーの加勢を素直に受け入れていた。
 元々一対一では不公平な戦いだと感じていたのだ。
 この敵にはむしろ二対一ぐらいが戦力としては丁度いい。
 両陣営それぞれの思惑は違えど、双方一歩も譲らぬ実に見事な勝負であった。


「───ぁ!」
 このまま永劫に繰り返されると思っていた剣戟の果てに。
 ついにセイバーが水中に潜る水鳥のように闘士の双拳と騎兵の長槍が作り出す弾幕の壁を掻い潜った。
「早く払い除けろファイター!」
 攻撃と攻撃の間の僅かな隙を狙われた。
 一度懐に潜り込まれた時点で既に打つ手なし。
 狂騎士の右手と左手に握られた殺意の結晶体によって彼らの首と胴が泣き別れすることになる。
 まるで巨大なハサミのよう。
 二つの刃を同時に交差させるように斬り込まれた。
 疾走する二筋の黒い稲妻。
 だがそれを、紅蓮の旋風と黄色の閃光が割り込む。
 背中合わせのファイターとライダー。
 危機一髪のところで力を合わせた二人が死撃を防いでいた。
「間一髪、か…! 共闘ならこういうのもなくてはなッ!!」
「貴様は察しが悪い! 危うく真っ二つにされるところだっただろうが!
 俺様が何か考えた瞬間に俺様の望む行動を取れ! 我が家臣はどれも貴様より出来がよかったぞまったく!」
 両刀を受け止めた状態からギリギリギリと鍔迫り合いになる。
 腹の底から力を入れて相手を押し合う。
 もしここで押し負けてしまえばどちらかが確実に一撃は食らってしまう隙を生むだろう。
 などと考えていると、黒騎士からこちらの意表を突く攻撃が───。

「ずがっ……ゾ────!!?」
 ファイターとライダーの腹部に片方ずつ、思いっきり食い込む黒脚。
 衝撃が二人の背中を貫通し肺の酸素を奪う。
 甲冑に包まれた黒騎士の鋼鉄の踵が槌じみた重い鈍器となって強く撃ち込まれていた。
 まともに喰らってしまった。
 魔棒か呪剣による攻撃の二択しか警戒していなかったのが仇となった。
 闘士と騎兵がビリヤードの球みたいに景気よく蹴り飛ばされる。
 特に防御力がファイターよりも劣るライダーはダメージも大きくより遠くまで飛ぶ羽目になった。
 背中から地面に墜落して後転を一回。
 たったそれだけの動きでファイターは何とか体勢を持ち直した。
 格闘の構えを取る戦士に黒い鬼が追撃する。
 ライダーは思いの外遠くまで飛ばされたらしくまだ戻ってくる気配なし。
 味方が帰還するまでの間また単騎で持ち堪えるしかない。

「──は、ハッ。ふっ、は、フゥゥゥゥ………ちぇりゃララララララララララァッ!!!」
 覚悟を決めたファイターは瞬迅に乱れる呼吸を整えて大きく息を吸い込むと、一気にその力を敵に放出した。
 苛烈なハンドスピードのため千手観音みたいに見える魔拳の嵐。
 反撃もさせぬつもりで放った超速の鉄拳乱打は……、
 あろうことかセイバーに完全について来られてしまった。
「こちらのトップスピードにいともあっさりとついて来ないで欲しいものだな!」
「■■■■■─────!!」
 あまりに速い鉄腕と魔剣の乱れ打ち合い。
 衝突は鳴り止まない爆竹となって両者の間を絶えず咲き乱れる。
 爆竹は鼓膜を破りそうな炸裂音と網膜を焼きかねない鮮やか過ぎる魔力の閃光を産み落とす。

 勝負の展開はパワー対パワー、手数対手数の戦いではあったが、本能だけで戦う怪物は斬り結ぶだけが能ではなかったようだ。
「■■■■■■■■■■■■■■■────────────!!!!!!」
 セイバーは右の魔剣を薙ぎ払った直後、左手の最強鈍器を猛烈な勢いで投擲した。
 咄嗟の出来事に運だけで被弾を避けた闘士。
 ついうっかりで脳味噌をぶち撒けかかり全身から冷や汗が吹き出す。
 だがしかし、それは初めっからファイターを狙ったものではなく……。
 闘士のずっと後方に長身の影があった。
 走ってくる。
 怒髪天を衝く憤怒を湛えた騎兵の姿が確かに見える。
 マッハで飛翔する魔弾は大気に螺旋の渦を描きながら一直線にライダーを目指していた。
 投擲の照準は完璧だった。
 魔弾はとても躱せる速度ではない。
 ならばこのままライダーの頭蓋骨を攫ってゆくのは必定。
「何度もそんなつまらん手が通用すると思うたか、ファラオを舐めるなーーー!
 本当に意外性のある物の使い方はこうやるのだ!」
 灼熱の砂漠を思わせる揺らめき。ライダーの魔力が真冬の陽炎を作る。


「今此処に太陽王の威厳を示そう、とくと見がいい民衆よ!
 ─────王奉る太陽像《ウシャプティ・オベリスク》───!!!!」


 ライダーの唇から明らかに場違いな宝具が解き放たれる。
 闇夜を一瞬だけ真昼に変える程の絶大な光量を発して、ファラオの前方に全長10mを軽く超えるラメセス石像が二体出現した。
 その場に居合わせた全員が彼の行動の意図を読み取れなかったに違いない。
 だが仮にもラメセス二世は戦争で名を馳せた大王。
 戦闘中の真に無価値な行動は絶対にしない。
 出現とほぼ同時に、巨大石像に幻想種も殺す最強の弾丸が命中した。
 バーサーカーの宝具能力によってAランクの宝具とまでなった棒は最高ランクの破壊力を誇る。
 こんな低ランクの石像宝具など勝負するに値しない。
 魔弾は最小の削岩機となって石像を遠慮無しに削ってゆく。
 そうして魔弾は瞬く間に二体の王像を貫通した。
 なんという呆気なさ。矢避け用の障害物にもなりはしない。

 だがしかし───仮にも分厚い宝具を二つも貫通したからには魔弾の速度と威力は否応無しに半減する。

「ハァーーーー!! 王技、隼の飛翔!!」
 ここまで全てが計算通り。
 後は自分が思い描くファラオ的最高にカッコイイ躱し方で回避するだけ!
 ライダーは石像の背中から飛び出してきた弾丸を大翼の猛禽類のように飛び越えた。
 両手を大きく広げて空へと跳ぶその姿はまるで隼そのもの。
 その格好のまま宝具弾によって生じた余波の衝撃を意地と根性と強大な自尊心だけで耐え切る。
 しかしここまではまだ序の口。
 あくまで死を回避し前進する為の対抗策。
 太陽王は次の決め手を打つ為にわざわざ太陽像を設置したのだ。
 10m以上もの建造物が産み出す産物。
 戦場においてこれほど恐ろしいものはない影。

 それは、絶対的な死角────!!

 巨大な石像に隠されたライダーの動きと狙いはあちらからは一切見えない。
 しかしこちらは違う。
 彼の耳に届く闘士と黒騎士がせめぎ合う剣戟の音色が敵の位置と状況を常に教えてくれた。
 ライダーがラメセス石像の頭部に到達。勢いを殺さずそのまま一気にいく。
 無駄に巨大な太陽像が作る死角を余す所なく利用して黒騎士にとっておきの奇襲を仕掛ける。
「ファイターーーー! 死んでも合わせよッッッ!!」
 ライダーは王像の頭の裏から飛び出す一歩手前で、他人に正しく伝わるか際どい合図を送った。
 そして石像の裏から飛び出すと同時にフルパワーで騎乗槍を投げ下ろす。
「見るがいい万人よ! これがラーの神爪だ──────天空の隼、陽爪───!!!!」
 投げ落とされた投槍術は天空から地上へと急降下する金の隼となってセイバーに墜ちる。
「■■■■■■■■■■■■────────!!!!」
 己の心臓を抉らんとする隼の金爪に黒騎士の生存本能が瞬時に反応した。
 渾身の一撃には渾身の一撃を以て撃退する。
 フルスイングされたティルフィング。
 怪力騎士に撥ね返された飛槍はあらぬ方角へと飛び去っていく。
 頼りの得物を失った騎兵には目もくれず、セイバーはさっきまで戦った相手へと向き直った。
 ………が、そこにファイターの姿はない。
 赤い狂気に染まった両眼が敵の姿を探す。
 視界の端に風に流れる外套を一瞬捉えた。居た。


「一撃粉砕、魔滅竜倒───」


 投槍の時に出来た隙を突いて離脱したのか、ファイターは黒騎士の背後を取った位置にいた。
 腰を低く構える闘王の右拳一点には、究極の攻撃力が集束している。
 セイバーが素早く背後に振り返った。
 敵を両断すべく凶刃を振り被る。
 だがその紙一重が致命的な出遅れだ。
 太陽王がくれた最高のアシストに闘王が応える。


「───幻想砕く無双の王拳《ドラゴンスレイヤー》──────!!!!!」


 踏み砕かれる地面。右手から撃ち出されるは雷風纏いし滅びの鉄槌。
 大気を打ち抜いて直進する王拳がついに魔性の狂剣の粘りある刀身を完璧に捉え───

「──ギギ、糞キリスト騎士ナントカシ………!」
「もう終わりだ怨霊、さっさと滅べッ!!!」

 一切合切の未練も憎悪も何一つ残らぬよう、

 闘王の竜拳は完全な形でティルフィングを破砕《ぶちころ》した─────。



         ◇                       ◇



 かくして戦いは終焉を迎えた。
 闘王一撃必殺の奥義がまともに直撃した魔剣ティルフィングは刀身の真ん中から綺麗に叩き折られた。
「───アア、ヘイド…レク────」
 どんな名工の手腕を以てしても打直し不可能なほど四肢散々な状態に破壊された魔剣が砂となって消えていく。
 担い手たるヘイドレクの悲願達成を邪魔した者達全てを虐殺する。
 ただそれだけを目的に、多くの人を喰らい魔力を蓄えて手足となる英雄の肉体にとり憑く瞬間を待ち続けた自我を持つ魔剣。
 しかしそんな彼女?の復讐劇は勇猛果敢に挑んで来た二人の英雄達の手によって阻止されたのであった。


 魔性の剣が消滅をするのを確かにその眼で見届ける。
「お、終わった………は~~~~ようやく、終わったぞ」
 これにて戦闘終了。緊張の糸を切らせたファイターが精根尽き果てた様子で地べたに腰を下ろした。
 酷くボロボロな闘王の身なりが激闘の熾烈さを端的に物語っていた。
 体中の至る箇所に打撲や切り傷が無数にあり、防具もかなり損耗している。
 途方もなく長く感じた戦いだったが、実際は十分も経っていない。
 ファイターの傍ではセイバーが大口を開けて気絶している。
 ティルフィングを完全破壊した事で狂化の呪いが解呪されたのか、騎士は元の純白の外套と白銀の鎧姿に戻っていた。
 そしてもう一人、天地が引っ繰り返っても絶対に許さんと怒り心頭だったライダーはというと。
「うぅ~…ま、まずい……ダメージで体が思うように動かんぞ……。
 おのれぇ、体力も魔力もここまで消耗しているとは計算外だった…。
 ああ妻よ、そなたの夫が出血死しそうだ。
 神の国からエールをしてくれ、なんならラメセスかっこいいわでもよし」
 大の字になって地面に寝っ転がっていた。
 傷が開いたせいか頭部を中心に全身からの出血の激しく、すぐには騎士抹殺を遂行出来そうな状態ではなかった。


「セイバー! セイバーしっかり!」
 供給ラインから魔力が流出する感覚で魔剣が完全消滅したのがわかったのだろう。
 綾香が騎士の許へと慌しく駆け寄って来た。
 ペシペシとセイバーの頬をはたいてどうにかして起こそうと努力するが全く起きる気配がない。
「起きなさいこのっ! 何が大丈夫よこのスカポンタン! 全然大丈夫じゃなかったじゃないのバカ!」
「お、おいおいセイバーのマスター、もう少し優しく起こしてやってはどうか?」
「ファイターにならともかくセイバーにそんな気遣い必要ありません!
 まったく、こっちは危うく死にかけてるんだからね! この寝坊助めさっさとおきろぉ!」
 次第にペシペシという効果音ががバシッバシッ!に変わっていき、
 最終的には見事な往復ビンタになった辺りでようやくセイバーが眼を覚ました。

「─────………。………ぅ、ぅう~………む? 全身が妙に、ダルい…?
 ………? なんか知らねえけど顔が、かなり痛い……なんで?? 」
「やっと起きたわねコイツめ…! こっちは言いたい事が山ほど───」
 セイバーはむくりと上体を起こしてほっぺたを摩っている。
「………?? ん、あれ? なんでオレこんな場所で寝てるんだ?
 あれれ? なあアヤカ、ティルフィングどこいった?」
 それからもう全部がチンプンカンプンと言った具合でキョロキョロと周囲を見渡して首を傾げた。
「もしかして、覚えて…ないの?」
「覚えてないって、なにが?」
 まるで覚えてなさそうな騎士の様子に綾香の怒気が萎んでいく。
 彼ら流のスキンシップ?を微笑ましく見守っていたファイターも少々心配そうな表情に変わっていた。

「ん~~~? オレなぁんか忘れてる気がするんだけどイマイチ思い出せねえや。 
 すげえよくない夢って言うか幻って言うか悪夢って言うか悪魔の囁きっていうか、
 とにかくなんかそんな類のモンを見た気が……?」
 うんうんと唸ってなんとか思い出そうとしている騎士にを闘士が厳かな声で制止した。
「恐らく気のせいだろうセイバー。
 貴公はティルフィングの呪気に当てられて一時の間だが気を失っていたのだ。
 寝ていたのでな、折角の出番を奪ってしまってすまないが魔剣は私とライダーで破壊しておいた」
 ファイターの思わぬ言葉に傍らの少女が一瞬だけ驚いた顔をしたが、
 すぐに取り澄ました表情で口を噤んだ。
「え、マジ? う……………そ、それで勝ったと思うなよ! 漢だったら剣で勝負をつけるべきだ!」
 綾香もファイターと同意見だった。
 セイバーが覚えていないのなら当人にわざわざ最悪の失態を教える必要はない。
「気のせいでしょ。それよりもセイバー、帰ったら言いたい事が山ほどあるから覚悟しておいてね?」
「ゲッ!? オ、オレが何をしたと言う!?」
「サーヴァントがマスターほっぽり出して一人気持良さそうに昼寝してどうするのよ!
 もし敵に襲われでもしたらどうするつもり!」
「ぶ、無事だったんだからいいじゃねーか──痛たたたたたぁん!
 耳、耳引っ張るなって! 伸びる耳! き、騎士に対して無礼な行為だぞアヤカ!?」

 セイバーの耳を引っつかんだまま少女がこの場から去っていく。
 一時的に狂化してしまった騎士の体調を憂慮し、いらぬ火の粉が降り掛かる前に撤退する考えのようだ。

「わたし、今はア・ナ・タ・の、主っ君っなんだけど? 何か文句あってナイトさん?」
「ノォォオオ! じょ、女帝だ…! 暴虐女帝がいるぞー! 暴君ネロの再来だー!
 恐ろしい圧政が始まる!? あっ! ファイター貴様いま笑ったな?!
 くっそうバカにすんなよー! オマエ今度遭ったら絶対ぶっ飛ばしてやるからな覚えとけ!!」
「ああ。ではまた会おうセイバー。そしてその時が我らの決着の刻になるであろう」

 ファイターは去ってゆく好敵手を黙って見送る。
 それにしても、騎士を引き連れて帰路につく少女の足取りはどこか軽やかに見えたのは恐らく気のせいではないだろう──。



「ライダー我々も退却するぞ。タフなファイターはまだ戦闘可能だろう。
 それともまだ働く《たたかう》つもりがあるか?」
「……神判を下す罪人が俺様に恐れをなして逃げおった………。
 ちっ、王働《ろうどう》時間は終わりだ。俺様は帰って湯浴みと酒にする!」
「酒と風呂の前に傷の手当てが先だ。どの角度から見ても重症だぞライダー」
 ゲドゥに促されライダーが頭を軽く振って立ち上がる。
 上体こそふらふらとしているが足取りは思ったよりしっかりしていた。
 そしてそのまま二人揃って戦車に搭乗すると、
 残留するファイターと遠坂には一瞥もくれずに夜天の彼方へと飛び去っていった。


「遠坂殿これでよかったのか? セイバーもライダーにも手は出さなくてよいとの命令だったが……」
 自分の許へゆっくりと歩み寄ってくる遠坂にファイターはそんな言葉を投げた。
 二組の退却を黙って見送ったのは私情ではなくマスターの指示を尊守していたからだ。
「ああ今夜のところはこれで構わない。
 セイバーには狂戦士化して戦闘した割にはまだ余力があるように見えたし、ライダーにしてもそうだ。
 昼間の彼女の話が本当なら消耗している状態でライダーを下手に追い詰めると藪を突いて蛇を出す結果になりそうだからね」
「……ム。私自身はまだまだいけるつもりなのだが………」
 マスターの弱気な台詞に闘士が若干拗ねる。
 主に現在のファイターでは勝てないと思われたのがお気に召さないらしい。
 しかしサーヴァントの内心を察した遠坂は誤解だと軽く笑って見せた。
「そういう貴君こそがこの戦いを通して一番消耗しているだろう。
 ライダーは君の援護こそしていたが前半は明らかに手を抜いていた。
 終始休みなく奮戦していたファイターとは負担の量がまるで違う。
 初っ端から最終宝具を解放し、バケモノとなったセイバーと真っ向から勇猛果敢に闘ったんだ。
 不要な無理はしなくていい、まだ時間は残されているのだから」

 遠坂はそれだけを口にすると、そのまま踵を返し黙って歩き始めた。
 今宵はこれにて終了、大事をとって家路につく。
 大量の虐殺事件を起こしたティルフィングも確かに死んだ。
 ならばこれ以上の無差別虐殺は起きないだろう。
 今夜の死闘で得た情報をゆっくり反芻しつつ遠坂は少女の話を思い返していた。
 あの娘は確かに間桐とキャスターを倒したと言っていた。
 言葉通りの意味で解釈するとアーチャーを失った間桐燕二がキャスターと再契約を果たしたと言うことになる。
 令呪なしで再契約をした? あるいは大聖杯が令呪を間桐に再配布した?
 それとも令呪システムを組み込んだマキリの者だから令呪が消えなかった?
 遠坂は取り留めもなく頭に浮かんでは消える推論を振り払った。
 やめよう意味のない事だ。それは日記にでも軽く残しておけばいい。
 とにかく少女曰くキャスターと間桐は脱落したのだ。

 ルゼリウフ・フォン・アインツベルン。
 ラウネス・ソフィアり。
 雨生虎之介。
 間桐燕二。
 ランサー。
 バーサーカー。
 アーチャー。
 キャスター。

 ここまでで四騎四魔が脱落し、これで残るは三組。
 そう、奇しくもついぞ今し方までこの場に集っていた三人のマスターこそが聖杯の獲得権を有していた者達だったのだ。



 ───────いよいよ第二次聖杯戦争は最終局面を迎える。










──────V&F Side──────

助けろ!ウェイバー教授!第三十二回


F「ぎいやあああああ! 発狂したと思ったらなんか凄い能力キター! 狂えるオルランド超すげーーーッス!!」
V「ふむ流石はファイター達だな。あんな怪物相手に見事に勝ち逃げしてみせるとは」
魔「勝ち逃げ?」
V「まあ逃げ馬の戦法みたいなニュアンスだと思ってくれ。
  単騎ではまず勝負にならなかっただろうからね。あと短期決戦で勝負を決められたのも非常に大きい。
  持久戦にもつれ込んだ場合民間人虐殺でたっぷりと燃料補給してたティルフィングと、
  応戦するだけで消耗していくファイターではファイターが先に体力切れを起こす可能性が高かった。
  そういう事情を承知した上で連携を取り短期決着で幕引きに成功した点は見事と言うほかない」
槍「しかしおいおい……なんという異能でござるか」
狂「呆れたぜ……そりゃドラゴンも殴り殺せる筈だわなあの阿保騎士」
V「そうこれだ、これがやりたかったのだよ私は!
  トラウマでローランを発狂させ黒騎士化。クラスチェンジによる宝具変更。
  ベーオウルフが宝具パリンパリン。ベオが宝具パリーンパリン(大事な事なので二回ry)。プラスおまけ(ライダー)。
  グラットンソード(狂剣)を装備したナイトがダークパワーで頭がアホになって大変なことになる!
  ちなみにヴィジュアルイメージは投下された二枚の黒ローラン絵から頂きましたとさ。
  いやぁ大分前からこの対決の構想自体はあったがティルフィングはベオにぶっ壊されて貰いたかったからな。
  ティルフィングはこの戦いで退場確定だったからこの話をどこに入れるかが意外と大変だった。
  なにせこの為だけに前半戦でセイバーとランサーを天秤にかけた際、セイバーを残したんだから」
槍「え───?」
F「なんていうか……ご愁傷さまですね忠勝さん……。
  貴方の場合、敵との初戦を生き残って再戦からが本番だって先生が言ってたのに……」
槍「そうなんでござるよフラット殿ぉ~拙者二回目からが見切りスキルで鬼性能になるのにぃ~(泣)」
V「うん、大変満足した。もう最終回にしてもいいやって気分になってくるな!」
弓「ちょ、オイイイ待たんかーーい!!」
V「すまん嘘だ。僕うそつきました。
  まあ惜しむらくは私の想像以上にローラン対ヘイドレク戦のクオリティが上がってた事くらいかな。
  ローラン視点で物語を進めた場合あまり綺麗な流れとは言えないのが難点────」
狂「ふっ、おれたち狂戦士が本気になればキャラ立てなどそれほど難しい事でもねえ」
雨「ふっ、俺達ブラッディバーサーカーチームに掛かればキャラ立てなんて軽いもんさ!」
弓「終始キャラの立っとらん奴は大変じゃのう」
狂「あン? ンだテメー……ハッ、ああそうか死に様が些かみっともなかった連中の嫉妬か!」
弓「なんじゃとぉ!?」
間「おい戦闘狂! あまり調子に乗るなよな痛い目に遭うぞ!?」
槍「あいや待たれい! 散り際の見事さなら拙者とて負けておらぬぞ!? 否、むしろ御主等よりもいい!
  主君の延命の為に命を賭し主人より先に散る、これぞ武士道の本懐でござる!」
魔「お待ちなさい! 今の発言は嫌味に聞こえてなりませんねランサー!」
ソ「嫌味? 何を言うかキャスター。ランサーは全面的に正しい。
  あーあー私もランサーの様なサーヴァントがよかったよ」
槍「いやいや拙者は御主の様な主は御免被るでござる」
ソ「───な、あ…!!? キャスターこの無礼者をやってしまえ!」
魔「………………へえ?」
V「まあ正直今話はベーオウルフの為の話みたいなものだからこれはこれで構わないか。
  同時にやっぱりアホの子は安心出来ないサーヴァントというのもこれで一目瞭然だろうし──」
F「先生! 喧嘩してて皆さん聞いてません!」
V「ええいファック! 人が喋っているんだもう少し静かにしろ、それとここで宝具を使おうとするな馬鹿共!」
F「ところで先生俺思ったんですけど!
  実はローランさんってバーサーカーにしてもそんなに劣化しない人なんじゃ…?」
V「それは私も書いてて思った。
  ASローランって元々超絶技巧で華麗に戦うタイプじゃないからな…。
  奴はどっちかって言うと湖の騎士寄りではなく真祖の姫みたいな単純に強いってタイプ。
  だから戦闘方法がセイバーでもバーサーカーでも極端に変わらなかったと言う稀有な英雄だ」
魔「剣振り回してるだけで勝てるとは……なんて羨ましい方なんでしょう」
槍「きたない。さすがパラディンきたない」
V「バーサーカークラスだと『救援の聖音』はオミットだが『聖なる天鎧』は残留しているし、
  とことん火力重視で攻めたいマスターには意外とオススメなのかもしれん。
  自我もないからローランが勝手な行動もしないしな」


F「それじゃあ先生! そろそろ新宝具の方を!(ワクワク)」
V「ああ、では『騎士は無形の太刀にて勝利せん《ファントムソード・オルランド》』の解説に入る。
  まあ見れば分かるだろうがランスロットのナイト・オブ・オーナーのパク───ゴホゴホッ! いや失礼。亜種だ!」
雨「おーまいごっど。パクリと言いかけた癖にそのまま亜種と断言する辺りがくーるだな教授!」
F「失礼ですね! むしろローランさんにこそナイトオブオーナーに相応しいのです!」
V「ランスロットの宝具化宝具が出てきた瞬間…、
  内心逸話的にもローランの方がその手の宝具は合ってると思ったのはボクラだけの秘密だぞっ!
  まあそもそもオルランドゥ自体がランスロットのオマージュだから似るのは当たり前か」
狂「似合ってるか…?」
V「作中でもミス沙条が言ってたがこういう異能でもない限り流石にその辺の枝で竜種には勝てないだろう。
  それともキミは勝てる自信があったりするかね?」
狂「アホ抜かせ。ただの木の棒でドラゴンに勝つとかマジキチだろ?」
F「先生先生先生ー! やっぱりあれですか!? あれですよね?!
  オルランドさんに銃火器渡せばランスロットさんと同じくガンアクション対決ですよね!?
  デスクリムゾンですね!? せっかくだから俺は赤い銃を選ぶぜ!ですか!?」
V「ああこいつは凄いぞぅ! ファントムソード発動時のローランに拳銃を渡せばトンカチにして敵を殴り殺し!
  サブマシンガンを渡せば最強のブーメランとして敵目掛けてぶん投げ!
  ミサイルを渡せば大量の火薬が内蔵された炸裂バットとして有効活用し!
  ガトリング砲塔を渡せば大爆発を巻き起こす手榴弾になり!
  銃弾だけを渡せば豆撒きのように纏めて放り投げられた弾丸が散弾銃と化す!
  F-15を与えればコロニー落としかロードローラーだっ!という使い方をするという……ああ最狂過ぎる!」
弓「うおおおい!? 飛び道具の意味がまるでないとはどういうことだ?!」
F「せ、先生……ガ、ガンアクションバトルは……?」
V「何を言ってるんだフラット? そんな高度な道具の使い方が野人化したアホの子に出来る訳ないだろう。
  いやという以前に既存の能力丸パクリしても何の面白味もなかろう。差別化大事!」
間「つーかなんで銃器与えられて鈍器として使う? そのまま撃てばいいんじゃないのか?」
V「それはファントムソード・オルランドの能力は手にした物をAランク宝具に強化し固定するだけだからだ。
  一方ナイト・オブ・オーナーはこれとは違い宝具化と同時に掴んだ武器の専門家になれる機能が付属している。
  だからランスロットは銃火器を自在に扱えて、使い方が分からないローランは原始的な使用法をするしかない。
  この差が両者にきっちりと出ているだけだ。
  同じ物体宝具化宝具でもローランは火力面重視。
  ランスロットは技能面重視といった感じでそれぞれの性格が出てる訳だな」
ソ「ところでロードエルメロイⅡ。その固定するとはどういうことだ?」
V「そのまんまの意味だ。発動中に手にした物も宝具も全部が強制的にAランク化する。
  つまりB+やA++やEXランクなどのAランク以上の宝具ですらAランクになってしまう訳だ。
  この点もランク維持が可能なナイトオブオーナーとの違いだな。
  弱い物であればあるほど強力になるが、逆に強い物であればあるほど弱体化する。
  よってこの宝具の発動中にデュランダルを持ったら当然ランクが下がる。
  まあオーナーとは逆に砂や草といったそも武器でない物でも凶器化出来る点は優れていると言えるだろう」
槍「まっことファイターの言う様にAランク宝具の威力がある砂かけなぞ毒霧と変わらぬよ。
  躱す以外に防御手段がないでござるぞ」
V「ちなみにASローランのファントムソードは理性の無い状態でしか発動しないので通常バーサーカークラスでしか発現しない。
  セイバークラスでこの能力を行使させたいのなら竜と戦った時のように理性がトブほど追い詰められてるか、
  令呪でも使って理性を奪うしかないだろう。
  だが普通前者のケースはまず起こらないからやはり令呪で強制発動か。
  まあ第二次聖杯戦争には最悪の天敵が居るせいで令呪使ってまでこの能力使うメリットがないが」
弓「出おったチート筋肉王………改めて思うたがこやつ卑怯過ぎるじゃろ?」
槍「拙者の愛槍だとどうなるのやら……」
V「その蜻蛉切に刃毀れしないや非常に頑丈といった因子が無い限りと亡霊剣と同じ末路を辿るだろうだろうな」
槍「やっぱりでござるか……そも刃を交えるだけで多大なリスクを負うとか…あんなのと打ち合えるかーッ!」
狂「おれのティルフィングが割と長い時間保ってたのはやっぱあれか?
  スヴァフルラーメのドアホが魔剣錬成時に錆び付かないって因子を要求してたからだろ」
V「恐らくね。決して錆びないという事は腐食や劣化しない、つまり折れ難いということ。
  まあ最終的には壊されてしまったが、通常の宝具よりは壊され難いのは間違いない」
F「ということはやっぱりそういう性質や強みがない普通の宝具でベーオウルフさんの王腕と打ち合うと……」
V「宝具がぱり~んぱりん!だ。今話はそれを見せる為の回でもあった訳だな。
  正直奴に宝具ぶっ壊されても大丈夫な奴はローランやランスロットやエミヤ位しか居ない……」
F「とりあえず誰でも彼でもを実験台にして宝具ぶっ壊しとけばOKって訳にもいきませんしね。
  宝具破壊された時点で普通のサーヴァントなら詰んじゃいますし」
V「やはりダークパワーは最強に見える! ふしぎ! では諸君、また次回だ!」