第7話 天命渦巻く混沌の海

 その日は雨が降っていた。
 霧のような雨だった。
 ■■国際空港の管制塔が、雨の幕の裏側に、灰色の影となって現れる。
 空港へと続く高速道路の上を、飛沫を上げながらリムジンが走る。
 リムジンの後部座席では、フォルテが車窓越しに流れる■■市の灰色の風景を眺めていた。
 その横にバゼット・フラガ・マクレミッツが座っていた。
 この分なら予定時間よりも一時間ほど早く、空港に到着するだろう。

 現地のエージェントから電話が飛び込む。
『蛇(スネーク)だ。依頼のあった件、すべて準備が整った。現状、空港で使いが待機しておる』
『了解』
『チャーター便は予定通りの時刻にフライトする。それでいいんだな』
『ええ。リクエストどおりよ』
『協会各支部が協力要請文を政府関係者に提出して、この結果だ。極東の御三家、国防大臣が積極的に動いたらしい』
『世界の危機より、老後の利益ということね』
『嘆かわしいことだが、それが罷(まか)り通る世の中だ。
 いいか、聖堂教会が戦闘を仕掛けてくるのであれば、おそらく空港が標的となる。用心するんだ』
 蛇(スネーク)からの電話が切れる。

 空港が大分近づいてくる。交通整理の影響か、渋滞が続いていた。大混雑という程ではない。
 前方を走るバンから連絡が入る。渋滞を回避して進むかどうか、である。
「目立つ行動はできるだけ避ける。フライトまでの時間はまだ十分にある。
 このまま流れに乗せて、途中で特別進人口へ入ればいい」
 フォルテはそうSPに命じる。
 空港の滑走路に、協会が用意した自分たちが搭乗する予定のチャーター便の姿が見えた。
 四基のエンジンを持った、政府が所有する大型旅客機である。
 国賓(こくひん)や政府高官が国内移動の際に使用する、特別仕様のもので、動く娯楽施設と一部で陰口を叩かれていた。
 その周囲には、特別編成部隊の姿が見える。各々が突入用の独自の戦闘装束を全員が着用し、手には様々な礼装を所持している。
 やがてリムジンが渋滞を抜け、空港への進入口に進路変更する。
 空港前のバスゲートにはこれから出発するのであろうか、学生たちの姿が多く見えた。
 
 バスの横を通り過ぎ、リムジンは特別関係者のみが通過可能なゲートヘと向かった。
 早朝の空港内の広い発着ゲートは、まばらに人影が見られる程度だった。
 出発まで残り三十分。
 搭乗はギリギリでいい。
 二人は搭乗機のフライトまで、空港内の特別待機室で時間を過ごす予定になっていた。
 その間の時間を使い、フォルテは今回の任務を確認することにした。

 1週間前。
 極東の島国、日本の冬木にて第2級の魔術漏洩危機、『解けぬ魔法』(アンブレイカブル・マジック)
 と第3級魔術災害、『家畜と罪人の火葬場』(ハーデス)が観測・認定された。
 まったく温過ぎる。
 上層部の老人共は、どうせ田舎の小火(ぼや)だとタカをくくって碌な対応を練らず
 巣穴に篭って私たち執行者、フリーの戦闘屋と末端の部隊ばかりを派遣の要請依頼をノロノロと指令させたのだ。
 だが、事態を重く見たバルトメロイの現当主、ロード・エルメロイⅡ世の強い要請と
 聖堂教会の大規模な大規模攻勢行動、アジア圏の有力な組織の活発な動きにようやく事態の重さに気づいて
 急遽こうした大規模攻勢になったのである。
 事件の詳細は未だ不明。
 分かっているのは、その地で古くから行われている聖杯戦争という英霊を使役して
 万能の杯を奪い合う儀式だということ。
 そして、その舞台となった冬木市内で極めて強力な隠蔽結界が施されていること。
 それはいい。それぐらいの災害はいくつも過去に済ませてきた。
 予想通り実りも歯ごたえもない仕事で、不機嫌になる要素はない。
 だが、手に入れた最後の情報(もの)は少女の気持ちを一変させた。
 魔術協会にも伝播された祖の薔薇の予言、曰く『終末が訪れる』という情報(もの)だ。
 この話を耳にした時、目眩すら覚えた。
 そして、よりによって舞台は日本だ。
 聖堂教会が関わってくるのも気に入らない。
 奴らの手は長く執拗だ。
 こと今回のケースにおいて、バチカン(あっち)じゃ手は抜かないだろう。
 とどめに標的は聖杯ときた。
 あまりにも符号が合いすぎて目眩がする。

「平和ね」
 フォルテは苦笑交じりにロビーを見渡す。
「確かに――」
 バゼットも苦笑するしかなかった。
 液晶掲示板にフライト状況が表示される。
 JNA062便出発準備完了。
 英国から直接、日本に飛ぶ特別便である。
「お二方、そろそろ時間です」
「そうね」
「フォルテ様、バゼット様」
 SPが二人を呼び止める。
「何?」
「あの、ご健闘を祈ります」
 彼の言葉に、フォルテは笑い、軽く手を振って去っていった。
 





 一息つく。
 時刻は午後十時を過ぎたばかりだというのに、夜の深さは丑三つ時のそれだった。
 この冬木を覆う怪異の影響だろう。
 夜の帳(とばり)が落ちた町には明かりがなく、外には人影さえ見られまい。
「あの影とライダーもろとも宝具で塔を破壊する―――あなたも無茶を言ってくれますね」
「ええ。だってこれ以上この街の被害は認められないもの。セイバーは反対なの?」
「……僕の考えは朝に告げた通りです。
 シロウ、あなたも彼女に乗ったりしないでくださいね。闇雲に破壊するのでは、逆に的にされかねない」
 ……その通りだ。
 確証はないけど、俺からも遠坂に忠言しておこう――――
「遠坂、肝心なことを忘れてるぞ。ここはまだ破壊できない」
「……そりゃあ、荒っぽい手段だってことはわかってるわよ?
 降りかかる多くの瓦礫で犠牲は出るだろうけど、もう事態はとっくに深刻を通り越してるのよ?
 外からの様々な組織の大部隊が冬木に到着してるだろうし、いつ大粛清が起きてもおかしくないの。
 背に腹は変えられない今の状況下では管理人(セカンドオーナー)としてこの街を守る義務がある」
「それならなおさら駄目だ」
「どおしてよ!!あなた、この後に及んで甘っちょろい正義を……!!」
「落ち着いて考えろよ遠坂。俺たちは今どこにいるんだ?」
「どこって!!…………あっ」
「そうだ、こいつはあのバベルの塔だ。伝承の通りならなおさら破壊してはいけないんだ。
 破壊しちまったらそれこそ惨い事態になってしまう」
「……そうですね。この塔には不吉な気配が満ちています。
 この地はかなり霊的に高い土地ですから。
 どれだけの規模になるかはわかりませんが、かなりの広域に甚大な被害を及ばすでしょう」

 創世記11
 ノアの洪水の後、人間はみな、同じ言葉を話していた。
 人間は石の代わりにレンガをつくり、漆喰の代わりにアスファルトを手に入れた。
 こうした技術の進歩は人間を傲慢にしていった。
 ニムロデ王たちは天まで届く塔のある町を建てて、有名になろうとしたのである。
 神は、人間の高慢な企てを知り、心配し、怒った。そして人間の言葉を混乱(バラル)させた。
 今日、世界中に多様な言葉が存在するのは、バベル(混乱)の塔を建てようとした人間の傲慢を、神が裁いた結果なのである。


「わかったろ?なら決まりだ。さっそく行こう」
 悔しそうに顔をしかめる遠坂に声をかけ
 セイバーの下に行く、だけど――――
「セイバー?」
 セイバーは遠坂を見ていた。
 
「……シロウ。その前に話があります。その、彼女なのですが」
「? 彼女って、遠坂のことか?」
「はい。リンは自責の念が強すぎる。
 起きてしまっている事、この街を守るという重責に、彼女は未来を憂いるあまり焦りすぎるきらいがあります」
 ……それは今の口ゲンカの事だろう。
 セイバーは、彼女は正しい事を言ったのだから気にする必要はないと言い、
 遠坂は、それでも自分が悪かったとセイバーと俺に謝り、逆にセイバーに謝られた。
 遠坂と俺とセイバー。
 互いの物の捉え方の違いを、セイバーは心配しているのか。
「……それは、どういう?」
「……彼女は自分を責めすぎるのです。優秀すぎるその能力と、立場と環境によっていつも孤高だったのでしょう。
 度重なる事態によって、良くも悪くも、彼女は自分を重くしている」
 ……苦々しく語る。
 それは遠坂ではなく、セイバー自身に誰か似た人物を知る言葉のようにも思えた。
 だからそれが心配だ、と彼は言った。
 遠坂はもっと、頼れる友人がいなければいけないと。
「……そうか。たしかに遠坂は勝気すぎるからな。俺も気をつけてみる」
 言われてみれば、年頃の女の子が闘いばかりに奔走しているのはよくない。
 
「……ありがとうセイバー、遠坂を心配してくれて。
 聖杯戦争に関係なく遠坂を気にかけてくれたのは、すごく嬉しい」
「……いえ。自責にかられる彼女の気持ちは私にもありますから。ですから、他人事には思えなかったんです」
「あ―――待てよセイバー、一緒に行こう」
 
 と呼びかけたとき、俺は眼の隅にこちらへ向かって漂ってくる赤い霧を捉えた。
 ――まさか。
 いや、おかしくはない。夜は彼女の世界なのだ。
 こう認識する間に、霧は渦巻き、ゆらぎ、ひとりの女の形を描き出していた。
 セイバーと遠坂も気づいているようだ。
 そこから十メートルと離れぬ場所で、
「ウフフフフフフフフフフフフ」
 と不気味な笑い声が響き、通路の先が見通せぬほどの濃霧がたちこめ始めた。
 その中に一際紅く輝く光点が見える。
 光点は四人のライダーの眼であった。
 いずれも、絢爛といっていい装飾品に身を包み、天女のごとき優美な歩みで俺たちを取り囲んだ。
 屍蝋(しろう)のような顔に、みるみる紅が浮く。
「……いい空気ね」
「こんなに気持ち良いのは久しぶり」
「毎晩、盛りのついた犬みたいに欲情してきたわ」
「思う存分、楽しませてちょうだいね坊やたち」
 四人は顔を見合わせた。どれも絶世の美女である。
 俺と遠坂は視界に入る前に即座に視線を外した。
 しかし、それでも声を聴くたびに脳が昂ぶる。意思とは無関係に発情して股間が痛いくらいにいきり立つ。
「誰から逝く?」
「もちろん、最初に」
「ならば、わたし」
 と、ひとりが言った。
「いえ、わたしよ」
 と、もうひとりが言い、
「ならば、わたしがいいわ」
 と三人目と四人目が唱和した。
「それでは――」
「一緒に」
 四つの影が四方から襲いかかった。
 セイバーは見逃すのか。
 いや。
 四人の美女の身体は、全く同時に、一瞬でセイバーの両手に捕食されていったのである。
「あれは彼女の分身です。そしてそれを構成するあの紅い液体は強い催淫作用があります。
 触れないよう気をつけてください」

 言い終わると同時に四方からライダーが仕掛けた総射が、士郎たちを襲う。
 世にも美しい音を立てて、そのすべてが打ち落とされたと知ったとき、ライダーは四方へ煙幕を張って息を殺した。
 ぼっと眼前に紅影が凝固した。
 紅刀を右手にライダーが突進したのだが歌声がそれを止めたのだ。美しい太古の歌が。
 古(いにしえ)の鎮魂歌(レクイエム)に聴き入らぬものはない。
 すれちがい様に切り伏せた瞬間、
「フフッ、やるわねェ」
 嗄れ声は彼の左手のあたりからしたが、気にとめる余裕はなく、セイバーは前方の敵影に向かった。
 そればかりか、上に両手をかざすや、セイバーの左腕が生き物のように蠢いて、
 美しい縄になり手綱のごとくそれをゆるめ、引き絞った。
 いつの間にそこにいたのか『緋色の獣』が霧の中に伏して、今か今かといった前足を引き絞った態勢のところを
 セイバーが乗りかかったのだ。
 あたかも暴れ馬を操る名騎手――だが、その騎手の操縦ぶりがいかに激烈かは、
 暴れられるたびに右へ左へと操られることを余儀なくされながら、セイバーの顔が苦痛に歪み抜いていることでわかる。
 しかも、空気に紅い墨汁のようなものが煙り、俺たちにも降りかかる。血か?
 いや遠坂の先ほどの話に出たキリスト教徒の血の具現だろう。
 静かに詠唱を唱えると遠坂は結界を形成したらしく、紅い霧の侵入を抑える。
 
 ――だが
「あっ……がはっ」
『緋色の獣』の汚染にはかなり堪える。
 セイバーに施術してもらった防護の加護で、だいぶマシになっているのだが
 それでもかなりキツイ。
『緋色の獣』はあの奇怪な消失の技を使う余裕がないのか、狂ったように暴れまわり
 次の瞬間、獣の黒い手は、セイバーの髪をふた掴み、思いっきり引っぺがした。
 呪詛によって黒血に煙る身体を押さえ、セイバーは手綱を離すことなく、むしろ放り投げられた勢いそのままに引き絞る。
 たまらず絶叫にまみれて『緋色の獣』はのたうった。
 背が地につけば肩に、肩が触れれば胴に、軽やかに移動しつつ、ライダーの口もとから、つうとひとすじ光る糸が垂れた。
 涎(よだれ)だ。この典雅な美女は飢え切っているのだった。
 その右手が自身の首すじをなぞり、彼女は大きく身をのけぞらせる。
 赤光を放つ両眼、ぎちぎちといやらしくきしむ牙、爪さえも獣の忌まわしさでせり出して、
 ぐるると人外の歓喜を咆哮に乗せ、美女は俺たちに食らいついた。
 その刹那、天も裂けんばかりの絶叫が噴き上がったのである。
 それは長く長く尾を引きつつ宙を飛んで、五メートルも向うに着地した。
「こ――いつ!?」
 震える身体を抑えて、ガンドを乱射する遠坂。
 だが、勢いは止まらない。
 が、俺たちの目の前に迫ったところをセイバーから託された神造の剣『河の王(ルガル・イダ)』で切り結ぶ。
 かっと剥き出した眼は、狂気と怖れと絶望とに血走っている。
 発狂してしまいそうな呪いの叫びを脳裡に反響させながら、士郎はそのまま動けなかった。
 不意に声が遠ざかり、ライダーの輪郭がぼやけたと思うと、士郎は紅い霧を見た。
 三日月のように哂う彼女を見て、やばいと背筋を凍らせた瞬間
 天上を突き破って巨大な柱がライダーを押し潰した。
 恐怖のあまり、前にかざした両手の剣が震えていることに、士郎は無論、気づいてはいない。
 そして二人の間に天井から割って入ったセイバーから、当然背後に庇う形になった士郎の様子に気づき、
「しっかりして」
 と声をかけられたとき、ようやく激しく身体が震え出した。

 すると、ごお、と霧が渦巻いて無数のライダーが現れた。
 影が躍った。
 反射的にセイバーは両手を振り落とした。
 自身が発光するがごとき月輪のかがやきに、さらに白く舞う衣の美青年。
 陶然とライダーを見つめる俺たちを、その眼差しでの交情を断ち切ろうと、セイバーは強力な結界を形成した。
 怒れる季節の送る風に舞う花びらのごとく、ライダーたちは掻き消え、不意に身体が軽くなる。
 すると途端に足下の大理石がめくれ上がった。炎に押し上げられ、空中で呑みこまれる。炎は五つ上がった。
 これでライダーも彼らを斃したとは思えなかった。
 瞬時に士郎と凛を抱え、近くの窓の外に回避しセイバーは壁面に踊り出た勢いそのままに光り輝く両翼を瞬時に形成・展開。
「「うそお!?」」
 そしてセイバーが凄い勢いで加速上昇をする。
 その直後、俺たちがいた場所目掛けてあの黒い影が壁面を破って外に踊り出るやいなや
 途轍もないスピードで塔の壁面砕き散らし、俺たち目掛けて追ってくる。
 吐き気が止まらない。
 ただ、それがそこに存在するだけで全身がアレを拒絶する。
 破滅を厭わない狂躁、脳を冒された獣そのものだ。
 禍々しい巨大な黒獣が、この世のどんな物よりも汚く、おぞましい咆哮を上げて迫ってくる。
 駆け上がる二つの影。
 既に地上は遠く、際限なく高度を増していく。
 両者は足場など必要とせず、壁を蹴る反動だけでより高みへと翔《のぼ》っていく。
 その過程。
 頂点を目指すまでの一瞬に、幾度となく衝突する。
 『緋色の獣』に乗ったライダーが放つ淫蕩のスプラッシュ・カッター。
 紅い幾筋の弾丸がセイバーと俺たち目掛けて殺到し、それを紙一重で幾度も回避していく。
 地上から見上げる者がいたとしたらピンボールを連想しただろう。
 尤(もっと)も、ぶつかり合う両者は肉眼で捉えられるものではない。
 それはかろうじて衝突の軌跡が判る程度の、人の身では不可視の死の遊技(デスサーカス)。
「アハハハハハハハハハ――――ッ!!!」
 如何にも愉快だとばかりに三日月のように口角を広げて哂いながら
 俺たちを容赦なく攻め続けるライダー。
「――――ッ」
 その遊技はセイバーの望んだものではない。
 いかに彼が強力なサーヴァントと言えど、二人を抱えながら迎撃することはできない。
 空を飛び上がる事はできるが、結局はそれ止まりだ。
 こんな事は自由落下と変わらない。
 敵の攻撃の勢いが失われるまで昇り続けるか、無残に食い散らされて堕ちるかだけの話。
 故に、空に落ちている、という表現は間違いではないだろう。
 始まったからには終着である屋上を目指すしかない。
 その過程、この瞬間に相手の一撃を受ければ、無惨に地上へ墜落するのみだ。
 ―――だが。
 セイバーが倒すべき敵である彼女たちにだけは、そのルールは適用されてはいなかった。
 ビルの壁面を駆け、ただ上を目指すだけのセイバーを狩りたてる、黒い凶つ星の軌跡。
 縦横無尽に旋回を繰り返しながら攻撃を避けるセイバーと、真っ直ぐにセイバーを襲うライダーと獣に動きの縛りはない。
 黒い巨弾は彗星のように流れ、その姿はブレーキの壊れた蒸気機関車を思わせた。
「がっ――――ぐっ!!」
 そして俺たちの負担もかなり大きい。
 新幹線よりも速く、無茶な回避を繰り返しながら上に向かってかっ飛んでいるのだ。
 遠坂が咄嗟に張った重力軽減を張って、なおこの猛威だ。
 確実にこのままでは俺たちが保たない。
 また、見かけも相当高いが、実際は空間が圧縮されているのか未だに果てが見えない。
「――――仕方ありません」
 するとセイバーは俺たちを抱えた手のひらからあの異形の剣を取り出し魔力を込めだした。
 静かに鳴動を始める創生の剣。
「まさか!――――ぐっ!宝具!?」
「僅かだけ隙を作ってください。あとさらにきつくなりますので舌を噛まないように」
 遠坂が驚愕の表情を浮かべる。
 この絶え間ない攻撃の中で、宝具の真名解放を行うのはかなり危険だ。
 しかし――――
「上等!全開でいくわよ!!
 Funf《五番、》,Drei《三番、》,Vier《四番》……!
 Der Riese 《終局、》und brennt《炎の剣、》 das《相乗》 ein Ende――――!」
 
 もはや、純粋に押し通るだけ。
 立て続けに宝石を叩きつけ、ライダーの猛攻を突破する――――!

 放たれたビル一棟を吹き飛ばす大魔術をライダー手前の塔の壁面目掛けて放つ。
 高い対魔力を持つライダーと『緋色の獣』には効果が薄いだろう。
 しかし、足場となる塔の壁面を破壊されてはさすがにたまらない。
 瞬時に意図を理解したライダーたちは、即座に斜めに回避する。
 その一瞬の間を逃さず、セイバーは秘蔵の懐刀。
 
 あらゆる生命の原典、『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』 と対をなす
 世界創生の原初の海原を解き放つ。
「いざ満ちよ『天命渦巻く混沌の海(ムアリダート・ギムリシュン)』 !!!」
 セイバーの剣が形を変え、凄まじい濁流となって塔の下方に向けて放たれる。
「なっ!!」
 
 裁決は、ここに下った。
 侵略者たちはスコールのように、絶え間ない津波となって彼女たちを八つ裂きにして窺った。
 その罪を根絶する為。
 暗黒の侵略者を上回る荒れ狂う津波となって、
 生命活動、否、存在事項をも許容するあらゆる自然(ぼうりょく)が、黙示録の獣の前に乱れ集う。
 地獄を謳う骸どもに、圧倒的な真実が荒れ狂う。
「―――このまま頂上まで行きます……!」
 主人の命に従い、『創生槍・ティアマト』が軋みをあげる。
 これこそあらゆる命の原典、生命の記憶の原初。
 カレ等が地獄を謳うのなら、ソレは命を作り育む。
 天地が開闢する以前。この大地は溶岩とガス、灼熱と極寒が入り乱れる地獄であった。
 その苛烈さは語り継がれる記憶にあらずとも、目に見えぬ遺伝子に刻まれている。
 ……そう。
 これこそ、天と地か別れ、星が母の死骸を戴き造られた、原初の命そのものだと―――!

「すごい―――」
 怒涛の波は勢いが止まらない。
 穂先に掴まり、なお勢いを増す大津波(タイダルウェイブ)に乗り
 さらに勢いを増して上昇をする。 
 これが英霊。
 これがサーヴァントの戦い。
 ――――人間が生み出した究極の理想、人間の中でもっとも優れた人間。
 魔術師(わたしたち)では手の届かない最高ランクの使い魔の力なのだと、改めて身震いする。
 

「―――まもなく到達します」
 
 天の頂(いただ)きを抜ける。
 燦々(さんさん)とした廃墟。
 月と星の明かりだけが照らす祭壇に、その黒い闇は停滞していた
 
 ───ドクン、と心音が跳ね上がる。
 血管という血管が膨張してはち切れそうな感覚。
 浮遊する僅かな停滞の時間の中、直径1kmの頭頂部を見渡せる俯瞰の風景の先に見た。
 
 塔は静かな、音一つあげぬ視えない旋風に包まれ、正面からの進入しか許さず。
 駆け集ったカレ等は、その威風の前に立ち尽くすのみ。
 刮目(かつもく)し覚悟せよ数多の英傑よ。
 汝等が目にするは天上の神の座に挑む孤高の王。
 紺碧の衣と白銀の戦装束に身を包んだ、忌まわしき海獣。
 ―――ここに。
 終わりにして絶対不落の、真なる守り手が存在する。
 塔を包み込む不可視の守りこそ、彼(か)のバベルの塔たる絶対の法。
 
「―――貴様等が何物であるか、是非は問わぬ」
 王は動かず。
 眼(まなこ)の輝きにはわずかたりとも濁りはない。
 彼は天を見上げず、ただ目前の残骸を見据えるのみ。
「立ち去れとは言わん。
 ここは我が悲願の望みにして、我が信念を叶える場所。
 その怨嗟が、この希望を望まぬというのであれば、互いの立場は明確だ」
 紡ぎ出す声は厳しく、厳かだった。
 そこにどれほどの思いが込められているかなど、余人には知る由はない。
 
 ……迷いはない。
 幕を下ろすのは自分だけではない。
 遠坂とセイバーも無言で意思を確かめあう。
 ――――耳朶(じだ)に響くものは己の心音のみ。
 止まない風の音も、雨のように降り注ぐ雪も目に入らない。
 倒すべきモノは目の前にいる。
 一つの世界の崩壊をこの手で守る。
 自ら望んだ未来の為に、この幻想(塔)を打ち棄てて―――

「いざ、死力を尽くして来るがいい。
 この剣にかけて、貴様等の挑戦に応えよう―――!」