第1話。神を汚す名前

 私、好きな人がいます、と少女はいった。
 何故、私にそんなことをいうのだろう。ところが彼女は、
「私、好きな人がいるんです」
 と、繰り返すのだった。
 生贄の戯言になどのっていられない。
 彼女は私の野望に捧げられる哀れな生贄に過ぎないのだ。
 悩みの相談など柄でもなかった。捕食者と生贄。それ以上のつながりはない。
 親でも親戚でも医者でもない。友達や恋人ではあり得ない。彼女の相談は唐突だった。
 例えばこんなことを聞くのだ。
 地球は丸いか?
「地球は円球かってこと……」
 少女の声は透明でよく通った。
 聖杯から賜った知識にある地球を思い出しながら、淫蕩な裸婦は聞き返す。
「そりゃ丸いわよ」
「違うんです……楕円(だえん)球」
 知らなかった。
「楕円なのか? 正円ではなく」
「どっちがふくらんでるか、わかる?」
 年甲斐もなく真剣に考え込んでしまった。
 地球が楕円だとしたら東西南北どちらにふくらんでいるのか。
 地球は北極から南極へと貫く地軸を中心に回っている。星をある程度柔らかい物体と考えたとしたら、どうだろう。
「東西にふくらんでるのかな」
「それじゃ……地軸が真っすぐだったら?」
 地球は太陽の周囲を回る軌道に直立しているわけではない。
 傾いている。確か二十三・五度だったか。だから昼と夜の時間に差ができ季節がある。すると、
「春夏秋冬がなくなるのかな。赤道近くでは常に暑く、両極付近では常に寒い」
「北極と南極は?」
 質問の意図がよくわからない。黙っていると、少女は自問自答した。
「北極と南極では日が沈まないことになるの。太陽は昇りも沈みもしない。上半分だけ顔を出し、一日かけて一回りする」
 もし地軸が真っすぐだったら、確かに極の天体状況はそうなるだろう。答えを聞いてから問いが理解できた。
 彼女は独り言のように小さな声で、
「私……白い氷原の上に一人立っている。……見渡す限り氷の平原。
 鈍色(にびいろ)の低い空。はるか向こうの地平線にはいつも太陽。
 上半分だけ顔を出して……私の周りを回る。ぐるぐる、ぐるぐる回っている。一日中、一年中、いつも……いつも」
 少し間をおいて、ぽつりと、
「住んでみたい」
 極寒の地、奇妙な天体運動、一種の地獄ではないか。なのに、
「どうして? 何故そんなところに住みたいのかしら?」
 少女は唇をうっすらと開けて顎を静かにそらした。
「だって、人がいないもの」
 横顔を見る。
 何もいえなかった。
 長い睫(まつげ)が静かに上下する。少女はいつも横顔を見せていた。
 笑わない。ほほ笑みさえないのだ。決して笑わず、横顔しか見せない少女だった――私にしてみれば。
 彼女は日常生活からして異物だった。
 日々の暮らしはぬるま湯に浸かるように過ぎる。
 



 無数の蟲が這い寄る修練場を持っているのが間桐家である。
 蟲倉と呼ばれているが、本来の魔術師に比べるべくもない。
 その蟲の群れに、ひっそりと身を寄せるように君臨するのが彼女だ。
 その姿は島に取り残された老人を思わせた。
 修練場の壁板は湿気のため黒ずみ、もともとの色がわからない。
 中に足を踏み入れると、肉の腐ったような臭いが立ち込める。
 板張りの廊下は歩くと軋む。二階の天井も染みだらけだ。
 リビングには誰もいない。いつも、そして今も。
 私はだだっ広い部屋の中央に一人座り、ぼんやりと時間をつぶしている。
 魔術の修行に勤しむ必要はほとんどない。ぼんやりしていること、それが私の主な仕事なのだ。
 十代後半なのに老人のような毎日。希望を失くした自分にはちょうどいいのかもしれない。
 昔、東京には空がないといった姉がいた。ほんとの空が見たい、と。私には本当の空は東京にあるように思えた。
 しかしそこに空はなかった。魔術の修練に心と体を磨り減らしただけの日々だった。
 望んだものは得られなかった。そこには何もなかったのだ。何を望んでいたのか、それすら今は覚えていない。

 しかし、どんなものにも例外はある。
 たまに、気分転換と骨休めということで定期的に休みを祖父からもらえる。
 あの恐ろしい祖父でも、私に対する期待と愛情は持ち合わせているらしく
 手厚いアフターケアを受けているのも妙な気分だ。
 先日、寂れた版画展に気紛れに足を運んだときのことだ。
 
 今日は他になにもすることがないので、私はここで時間をつぶす。五時で閉館だ。その三十分前に退館連絡の放送が入る。
〝■■版画展は午後五時に閉館となります。お時間までごゆっくりご鑑賞ください〟
 すました女の声が館内スピーカーから流れた。
 すると、彼が現れるのだ。
 放送とほぼ同時に展示室に入って来る。他の客は全くいない。
 展示室の中央には観客用の休憩コーナーがあった。正方形の革張りの黒いソファが、四つまとめて置いてある。
 彼はそこに座る。私は時間を持て余す。このところいつも同じパターンだ。
 頭の中は既に今晩の献立作業のことで占められている。帰宅後のほうがむしろ忙しい。
 少女は自分だけの世界に入っている。
 絵を見る人はみんなそうだ。はたから見ていると面白いくらいに≪自分――絵≫の関係が成立する。
 他者の入り込む余地はない。むろん私の思惑など知るべくもなかった。
 私は塔を見ている。
 塔?……そう、バベルの塔だ。

『バベルの塔の崩壊』

 画面中央に六層のバベルの塔が描かれている。ローマのコロッセウムを細長くしたような形だ。
 空から光とともに天使の群れが舞い降り、ラッパを吹き鳴らし、塔を破壊している。
 塔の右半分は積み木のように崩れ落ちていた。手前には群衆が描かれている。
 驚く人、逃げ惑う人、嘆き悲しむ人、倒れ伏す人、様々だ。映画の一場面のような版画である。
 説明的でつまらない絵だと思う。宗教に疎いせいか内容もよくわからない。
 作品の良し悪しよりも、わかるわからないが先に来てしまう。絵の好き嫌いなど人それぞれだろうが、私は魅力を感じない。
 わざわざ熱心に鑑賞するほどの作品とは思えなかった。
 彼も塔を見ている。
 美術に関心があるのかもしれない。
 版画家を目指していて……この作品には専門家にしかわからない特殊な技術が使われており
 ……それを学ぶためにああして見ている……のだろうか。それにしては集中力を欠いている。
 見るともなく見ている感じなのだ。あざとい解釈が正解とは思えない。ならば……
 見当もつかない。

 彼女は版画をぼんやりと眺めている。
 私は、彼をぼんやりと眺めている。

 彼も、版画を見ている傍ら、自分をじっと見ている少女が気になり、それとなく観察していた。
 彼女は濃紺のセーラー服を着ていた。少し光沢のある水色のリボンをしている。
 襟の白いストライプが妙に鮮やかだ。展示室中央に置かれた制服のオブジェのようにも見える。
 髪は蒼くストレートで肩くらいまである。目の上で、前髪が測ったように切り揃えられていた。
 目は切れ長で奥二重だった。瞬くと眼球の形がくっきりと浮き出る。瞼(まぶた)が薄いのだろう。
 きめ細かな肌をしている。この時期特有の張りがある。よく見ると顔の造りには古風さが漂っていた。なのに洋風なのだ。
 博多人形の名人が作ったフランス人形のようなちぐはぐな美しさだった。虚弱な感じはしない。
 しかしデリケートではかなげにもみえる。薄い布で宝石を覆ったような暗い輝きを放っていた。
 私立穂群原学園の制服だ。版画展とは自転車で三十分くらいの距離か。
 学校が放課後になってから間を置かず来たのかもしれない。高校生の年齢など見当もつかないが一年生ではないだろう。
 大人びている。少女が彼(マスター)より年下には見えない。彼の交友関係など知らないが、二人は知り合いかもしれなかった。
 私立穂群原学園は一学年三クラスの学校である。

 空調の微(かす)かな音が響いていた。
 閉館間際の展示室で、自分とセーラー服の少女だけが、五歩の距離を置いて、それぞれの椅子に座っている。
 彼女の姿が一瞬、鏡をのぞき込む女の姿に見えた。
 左の横顔を見せている。鼻梁(びりよう)が高い。背筋を伸ばし、行儀良く膝(ひざ)を揃えて座っている。
 笑みはない。薄い唇を一本に結んでいる。冷たい。笑顔を想像できなかった。
 少女は版画から目を外した。視線を泳がせる。周りの版画を見ているようでもある。
 こちらを向くこともあった。特に意識したふうでもない。壁と同じなのだろう。五、六分もすると姿勢が崩れてくる。
 両手を背の後ろに置き、体を斜めに伸ばす。スカートから膝がのぞく。靴を脱ぐ。椅子に横座りになる。
 再び足を降ろす。白い靴下が床に触れた。片膝を立てる。太ももが付け根の辺りまで露出した。白い下着が見える。
 しばらくそのままでいた。立てた右膝の上に両手を重ね、小首を傾げて、ぼんやりと絵を眺めている……
 やがて再び両膝を揃えた。スカートが膝下まで覆う。靴を履く。
 なんだか、ほっとしてしまった。
 それにしても。
 少女はどうして私を気にするようになったのだろう?
 まだ話したことはない。その必要もなかった。切っ掛けがない。
 ところが何が切っ掛けになるかわからないものだ。
 校章バッジが目に入ったのだ。初めて気が付いた。胸に校章がある……当たり前かというと、そうでもない。
 最近バッジを付けている私立穂群原学園の生徒は珍しい。彼(マスター)でさえしていないのだ。
 近所でもほとんど見かけなかった。反射的に声をかけてみる気になった。
 腰を上げ、二歩近づいて、

「……きみ」

 少女は横顔を見せたままだ。反応がない。
「きみは穂群原学園の生徒だろう。毎日来ているね」
 椅子の上の学生鞄に目を遣って、
「学校帰りのようだが……」
 彼女は唇をきつく結び顎を少し引いた。何だか愛想がない。
「……どうして私が気になるんだね?」
 視線をバベルの塔の版画に飛ばしながら、
「あなたはその版画を熱心に見ていますね。気に入っているのか。
 私に絵はわかりません。面白いとも思わないし……どうなんでしょうね」
 横顔を改めて見直す。相変わらず自分一人しかいないような顔をしている。
「この版画展に理由もなくも来る人は珍しい。きみくらいのものだよ。
 しかも興味があるのが版画ではなく私ときた。どうしてなんだろうね。部活か何かやっていないのかい?」
 薄紅色の唇の端が少し上がっただけだった。言葉はない。私も口をつぐんだ。間の悪い沈黙を持て余す。
 何をいってもほとんど反応がない。見ず知らずの男に話しかけられた女の子の反応はこんなものかもしれない。
 明確な意図があって話しかけたわけでもない。だが、不快さも少し感じた。
 腕時計を見ると、閉館まであと五分というところだ。話している場合ではない。
 私も引き上げねばならない。試しに、必要以上に丁寧な口調でいってみた。皮肉に受け取られても無視されるよりはいいだろう。
「そろそろ閉館のお時間でございます。ご退出いただければと思います。またのご来館をお待ち致しております」
 微動だにしない。依然として沈黙が支配している。腹が立つというより不可思議な気分だ。
「あの……閉館」
 再びいいかけた。
 少女はフッと息を吐いた。呼吸を感じたのはこの時だけだ。
 吐息一つに飲まれてしまった。
 人形が息をしたような感じなのだ。しかも……
「あの……」
 と、彼女はいった。透き通るような、耳に心地よい声だった。
 彼女は顎を上げ、横顔を見せたまま、ぽつりぽつりと言葉をつないだ。
「あなたと、お話させていただいてもいいですか?」
 私が黙り込む番だった。予想もしない角度からの質問なのだ。
 少女は静かにいった。
「私……間桐桜です。あなたは?」
 自己紹介されてしまった。お名前をいただき光栄だ、が、……あなたは?……だって?
 初対面の子供からこんなふうに名前を聞かれたことはない。
 それに初めて話す年嵩(としかさ)の男にむかってあなたは?と聞く子供も珍しい。
 最近の子供は口の利き方を知らないといわれる。そうかもしれない。
 しかしお忍びの王女から名前を聞かれたような甘美な感覚も少しはあった。
「私は……キャスターだよ」
 


◇◇◇



 父の葬儀の1年前、私と姉は引き離され、私は別の家に引き取られた。
 まったく会えなくなったわけではない。
 まれに姉の姿を見ることがあるのだ。
 無論、私たちはもう他所の他人。相互不干渉の掟によって固く禁じられており言葉を交わすことはなく
 仲が良かった姉と、もういっしょに暮らせないという現実は、過酷な修練に加えて、私の心をいっそう暗く濁らせた。

 代わりに新しく出来た兄は私に親切だった。
 自尊心が高く、高慢でいつも私を見下していたが、いつも顔を俯かせる私の少しでも笑顔を取り戻させようと
 休日にはよく遊園地やイベントに連れて行ってくれた。
 子供の心のケアについて、児童心理学の本を読んだり、カウンセラーに相談したりして、いろいろ勉強もしていたようだ。
 だが、理論と実践は違う。人の心はパソコンのプログラムのように、バグをちょっと修正すれば治るというものではない。
 いくら心理学の理論を勉強したところで、深い傷を負った子供の心が、ドラマのように簡単に癒されるはずがないのだ。
 実際、私はそれからずっと心的後遺症に苦しめられた。
 義父親子に心を開かず、過剰なまでに行儀正しくよそよそしい態度で接し、めったに笑顔を見せなかった。
 雨の音に異常におびえ、雷が鳴ると耳を押さえて部屋の隅にうずくまった。
 雨の降る夜はなかなか眠れず、午前二時頃まで布団の中で悶々(もんもん)としていたこともよくあった。
 夢もよく見た。悪夢の中で、私はあの修練場の出来事をリアルに再体験し、そのたびに泣きながら飛び起きた。
 だが、悪夢は覚めればそこで終わりだ。むしろつらかったのは幸福な夢だ。
 父や母が実は生きていて、私を迎えに来てくれるのだ。
 二人とも元気な姿で、どこかに旅行に出かけていて難を逃れたとか、長く病院に入院していたのだとか説明する。
 もちろん家も元通りになっている。私たちはまた家族四人で幸福に暮らせるのだ……。
 夢から覚めると、私はとっくに両親の葬儀を済ませていたことを思い出し(夢を見ている間はなぜか忘れているのだ)
 枕に顔を埋めてすすり泣いた。こんな意地悪な夢を見せるのはいったい誰だろう? 
 神様だろうか? 私をこんな目に遭わせておいて、まだいじめ足りないとでも言うのだろうか?

 これが天災であったなら、神様を憎み、怒りの言葉をぶちまけることで、生命の炎を燃え上がらせることもできただろう。
 だが、私には憎しみをぶつけるべき相手がいなかった。
 すべては不運な運命が生んだ悲劇だった。
 もし私ではなく姉が選ばれていたら、もし父が間桐の申し出を断っていたら
 もし父の仕事が魔術師でなかったら、私はこの薄汚い蟲蔵に堕ちずに済んだだろう……。
 責任があるとしたら、ただ一人、すべてを決定した祖父だけだ。
 だが、怒りをぶつける対象としては、祖父はあまりにも遠すぎた。
 不条理、という概念を、私は小学生にしてすでに理解していた。
 この世界はドラマやマンガとは違うのだ。ストーリーが理想的に進行することなどめったにない。
 善人が報われ、悪人が懲らしめられるとはかぎらないのだ。
 どんなに善人であっても、何の落度もなくても、突然、何の伏線も必然性もなく、殺されてしまうことがあるのだ。
 こんなことが許されるのだろうか? 世界がこんなでたらめであっていいのだろうか? 
 よく人が言うように、この世界で起きる出来事のすべてが神の書いたシナリオ通りだとしたら
 神というのはよほどボンクラなシナリオライターに違いない。
 私は現実から目をそむけ、マンガやアニメに没頭した。
 一見して荒唐無稽(こうとうむけい)に見える世界であっても、現実よりはずっと筋が通っていた。
 たまに善人が殺されることがあっても、それはストーリー上の必然であり、その死には必ず何か意味があった。
 


 意味のない悲劇などない。
 主人公や正しい人々は最後にハッピーエンドを迎え、善人を苦しめた悪人は報いを受ける
 ――これこそ世界の正しいあり方ではないのか?



 新しい学校でも、私はクラスに溶けこめず、いつも教室の隅で孤立していた。
 無口でぼうっとしている変な奴と思われたに違いない。
 睡眠不足のため、よく教室で居眠りをして、みんなの笑いものになった。
 たまに口を開く時には、できるかぎり普通に目立たぬよう心掛けたが、それでも気味が悪われ、また距離を置かれた。
 私の口数はますます少なくなった。

 休み時間には図書館から借りてきた本に読みふけり、誰とも話をしなかった。
 いや、誰とも話したくなかったから本に逃避していたのかもしれない。
 お話に没頭している間は、つらい現実に向き合わずにいられたからだ。
 素敵な物語がたくさんあったが、特にお気に入りは、ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』だった。
 そうしたお話の影響もあるかもしれないが、いつしか私は、ある妄想に取り憑かれるようになった。
 今、目にしているこの世界の方が夢で、夢の世界の方が現実ではないかという妄想だ。
 私は自分の家で長い悪夢を見ているだけで、いつか目が覚めるのではないだろうか。
 目が覚めればいつもの平凡な朝が待っているのではないだろうか。
 家は元のままで、隣の布団には姉が寝ている。母は階下のダイニングキッチンでトーストを焼いて待っている。
 父はコーヒーを飲みながら朝刊を読んでいる……。
 私は心の中でその日を「目覚めの日」と呼び、ひそかに待ち望むようになった。
 最初は一九九四年の八月三〇日だと思った。その朝がちょうどあの日から一年目だったからだ。
 だが、八月三〇日の朝、私はやはり間桐の家で目を覚ました。
 次は三月二日、私の六歳の誕生日だと思った。もちろん、その日も何も変わりはしなかった。
 私は懲りもせず、何度も何度も「目覚めの日」を勝手に設定しては待ち望んだ。
 無論、そんな幼稚な妄想が現実になるはずはなく、私の期待は裏切られ続けた。

 一九九四年二月二七日。テレビは朝から悲惨な光景を映し出していた。大きなビルが倒壊し、街が炎上していた。
 テレビに映し出された惨状や、刻々と増えてゆく死傷者数を見て、私は自分の体験を重ね合わせ、心を痛めた。
 なぜこんなことが起きるのだろう? 神はなぜ、地震や大雨などの悲劇が起きないようにこの地球を創らなかったのだろう? 
 それとも、亡くなった人たちは天罰を受けるような悪いことをしたというのだろうか?
 その一か月後、テレビはまた衝撃的な映像を映し出した。地下鉄から大勢の人が次々に担架で運び出される光景だ。
 誰かが毒ガスを撒(ま)いたのだという。今度もまた他人事ではなかった。
 惨劇のあった路線のひとつは、義父もよく使っており、時間帯がずれていたら巻きこまれていた可能性は充分にあったからだ。
 その残忍なテロを行なったのが宗教団体だったと知り、私はますます困惑した。
 宗教は人を幸せにするものではなかったのか? 
 神を信じ、心の平安を求めたはずの人たちが、なぜ罪もない人々を虐殺しなくてはならなかったのか?
 そして、全知全能であり、すべてを知っていたはずの神が、なぜこんな恐ろしい車件が起きることを許したのか? 
 神が彼らの暴走を阻止しなかったということは、それが神の意志だったということなのか? 
 私には分からないことだらけだった。

 なぜ心を開いてくれないのか、と義父がぼやいたことがある。間桐の家に来て五年目、小学四年の時だった。
 義父はかなり思い詰めた様子だった。
 これほど君のために親身になってやってるのに、なぜいつまで経っても我が家に馴染んでくれないのか。
 大変な修行をしていることは分かるが、いつまでも過去を振り返っていてはいけない。君はもうこの家の子供なんだから……。
 私も鈍感ではない。義父の心中はそれなりに理解できた。
 彼が自己保身と目先の小さな利益に意地汚く擦り寄る小市民であれど
 理由はどうあれ、私のために尽力してくれていることも知っていた。
 それでも彼らを愛することができなかった――いや、愛することを避けていたのだ。
 私は怖かったのだ。
 誰かを愛して、その人がまた理由もなく奪い去られたら――そう考えると、誰も愛する気にはなれなかった。
 あんな体験は一度でたくさんだ。
 そんなわけだから、私の表情はあの日以来、凍結していた。
 誰も好きにならず、誰も憎みもしなかった。
 プログラムされたロボットのように、決められた日常生活をこなしていたが、心の中は空虚だった。
 喜びや悲しみを覚えるのは、本やテレビの中の出来事に対してだけで、現実世界にはまったく無関心だった。
 同世代の子供たちと遊ぶこともなく、アイドルやファッションにも興味を持たず、勉強と読書にふけっていた。
 おかげで学校の成績だけは良かった。
 自殺も考えた。天国に行けば両親に会えるかもしれない。
 どんな方法なら苦しまずに確実に死ねるか、子供なりに頭の中でいろいろシミュレートしてみた。
 毒薬はどこで手に入れればいいか分からないし、首を吊ったり川に飛びこむのは苦しそうだし、手首を切るのは痛そうだ。
 結局、高いビルから飛び降りるのがいいという結論に達した。
 しかし、それを実行に移すことはなかった。
 勇気がなかったせいもあるが、その頃すでに、私は神に対する深い不信の念を抱くようになっていたのだ。
 神を信じられない者が、天国を信じられるわけがない。

 中学に入学する頃には、さすがに私も「目覚めの日」を待つのをやめ、少しは現実と向き合うようになっていた。
 ひとつのきっかけは初潮を迎えたことだった。
 自分の体が大人になったこと、いくら現実を拒否しても時間は着実に流れていることを、痛切に思い知らされたのだ。
 これほど強固な現実を突きつけられては、さすがに子供っぽい空想に逃避しているわけにはいかない。
 私が変わることになったもうひとつのきっかけは、中学一年の夏、読書感想文を書くために読んだ一冊の本だった。
 世界各地のかわいそうな子供たちの実態を紹介した本だ。
 ルワンダの子供たちは民族紛争で親を奪われ、生命の危険におびえ続けている。
 タンザニアにはゲリラに腕や脚を切断された子供がいる。
 旱魃(かんばつ)に襲われたエチオピアの子供たちは、飢餓で苦しみながら、ひっそりと死んでゆく。
 ハイチの路上で生活している少女は、日本円にして数十円という金で身体を売って、妹や弟たちを養っている……。
 どこの国でも子供たちは犠牲になっている。
 そんな事態を招いたのは、大人たちの醜い争いや、政治の失策、自然環境の変化などのせいで、子供には何の罪もないというのに。
 彼らを救えないわけではない。
 湾岸戦争の際に日本が出した金の数分の一でもあれば、何百万という子供を病気や飢餓から救えるはずなのだ。
 だが、政治家たちはそんな目的のために金を使おうとはしない。
 戦争のために使う金、住専のために使う金は、いくらでもあるというのに。
 私は泣いた。そして、そのやりきれない想いを読書感想文にぶつけた。
 今から思い返すと顔から火が出そうなほど青臭い文章で、恥ずかしすぎてここにその一部分を引用することもできない。
 私は自分の体験を世界各地のかわいそうな子供たちのそれと重ね合わせ
 この世がどれほど不条理に満ちているか、それに対して子供はいかに無力であるかを訴えたのだ。
 勢いで書いてしまったものの、それを先生に提出するべきか、さんざん迷った。
 読み返し、何度も破り捨てようとしたが、別の感想文を書く気にもなれなかった。

 結局、提出してしまったが、すぐに後悔するはめになった。
 その感想文がコンクールで優勝してしまったのだ。
 賞状と賞品(確か図書券だった)を渡され、先生たちからお褒めの言葉をいただいたものの、私はちっとも嬉しくなかった。
 むしろ自己嫌悪でいっぱいだった。
 他にも同じ本を読んで感想文を書いた生徒は大勢いたのだ。
 二年生や三年生には、私より文章のうまい人もいただろう。それなのになぜ私の感想文が優勝したのか?
 理由は簡単、私の上手くぼかした体験談が先生方の涙を誘ったからだ。
 コンクールに優勝したいという気など毛頭なかったが、結果的に、私はアンフェアな手で他人を押しのけたことになる。
 なんと卑劣なことをしたのだろう! 私は自分の不幸を武器に使ってしまったのだ。
 だいたい、その本を選んだ動機が不純だった。
 悲惨な境遇にいる子供たちの話を読むことで、「私よりかわいそうな人がいる」と、自分を慰めたかったのだ。
 他人の不幸を見ることで安心したかったのだ――無論、そんなこと、感想文には一行も書かなかったが。
 私は最低の人間だ。
 その一件で私はすっかり気が滅入り、つくづく自分が嫌になってしまった。
 賞を取った感想文は学校誌に載り、私も一冊貰ったが、目を通す気にもならず、本棚に投げこんでしまった。
 そして、もう二度と自分の不幸を売り物にはすまい、他人の不幸を自分のそれと比較したりすまいと心に誓った。
 しかし、悪いことばかりではなかった。その感想文を書いたおかげで、私は生涯の友とめぐり合えたのだから。

 感想文が学校誌に載って何日か経った放課後、図書室で本を借りようとして、カウンターでカードを提出した。
 すると二年生の図書委員が、カードに書かれた私の名前を見て、「ああ」と驚いたような声を上げたのだ。
「あんたが間桐桜さんなのかあ」
 とまどっている私に、彼女は人なつっこい笑みを投げかけてきた。
 髪を短くボーイッシュにしていて、私とは対照的な印象を受ける。
 性格も正反対で、お喋りで快活な少女だった。
「あんたの感想文、読んだよ。すごく良かった。泣けちゃったよ、ほんと。あたしも書いたんだけどさ、かすりもしなくて」
 私は恥ずかしいのと居心地が悪いのとで、「ありがとう」と小声で答えるのが精いっぱいだった。
 早く本を持って退散したかった。だが、彼女はなかなか貸し出し期限のハンコを捺(お)そうとしない。
 それどころか、私の顔を覗きこんで秘密めかした微笑みを浮かべ、いたずらっぽくささやいた。
「でもさ、ちょっとアンフェアだった……って思ってない?」
 私はぎくりとした。先生にさえそんなことを言われたことはなかった。
 みんな私の文章に素直に感動していた。たとえ「卑怯だ」と思っていても、口に出す者はいなかった。
 私の心の中を見透かし、しかもそれを口にしたのは、彼女だけだった。
 すぐに知ることになるのだが、彼女――美綴綾子は、他人の心を理解する天性の素質に恵まれていたのだ。
 相手のちょっとした態度や言葉の端々から、隠された本音を直感的に読み取ってしまう。
 それはほとんど超能力と言っていいほど鋭いもので、彼女の前では誰も裸同然なのである。
 私には逆立ちしても真似できない才能だった。
「あ、やっぱり思ってたのか」
 私のおどおどした態度を見て、綾子は屈託なく笑った。
「あんなお涙ちょうだいの文章書いといて、ぜんぜん後悔してないような厚顔無恥な奴だったら
 ブッ飛ばしてやろうかと思ったんだけどね。自分でも卑怯だと思ってんなら、それでいいや。
 ま、そんなに悩むことないって。あんたの文章が良かったのは事実なんだから。
 あんな奥の手使わなくたって、佳作ぐらいには入ってたよ」
 彼女がハンコを捺すと、私は本をひっつかみ、逃げるように図書室を後にした。
 私は彼女が怖かった。隠していた自分の心をあっさり見透かされてしまったことが、たまらなく恐ろしかった。
 家までの道を歩いている間ずっと、胸の中には形のない不安がわだかまり、心臓を強く締めつけていた。
 だが、自分の部屋に帰り着いた頃には、その不安はジーンという熱さに変わっていた。
 不思議な心地好い熱さだった。私はベッドに横になり、本を広げ、彼女が捺してくれたハンコを見て涙ぐんだ。
 ついに私のことを理解してくれる人が現われたのだ。

 私が図書室の常連で、綾子が図書委員ということもあって、私たちはそれから頻繁に話をするようになった。
 私たちは好きな本の話題でよく盛り上がった。無論、一対一のつき合いだったわけではない。
 外向的だった彼女には何人も友達がいた。おまけに、しょっちゅうトラブルを起こしては、噂の的になっていた。
 綾子は他人の心を裸にするだけではなく、自分の本音もおおっぴらにさらけ出すのだ。
 誰かの言動が気に食わないとか間違っていると思えば、上級生だろうが教師だろうが、遠慮なくずばずばと指摘する。
 それがたいてい正論なもので、相手はいっそう頭に来る。
 購入希望図書のリストに文句をつけてくる学校側に頭にきて職員室にねじこんだとか
 授業中に理科の教師の間違いを指摘したせいで
(その教師は「地球は太陽の回りを回っているが、太陽は宇宙の中心で動いていない」と、トンデモないことを言ったのだそうだ)
 授業を中断して大激論になったとか、武勇伝は数多い。
 そんなわけだから、綾子をめぐっては、いい評判と悪い評判が半々だった。
 彼女に好感を持つ者が多い一方、蛇蝎(だかつ)のごとく嫌い、悪口を言う者も少なくなかった。
 しかし、彼女は周囲の評価などまったく気にせず、あっけらかんとマイペースで生きていた。
 私はと言えば、彼女を羨望(せんぼう)の目で見ていた。
 自分と他人を隔てる壁などないかのように、どんな人間にも裸でぶつかることのできる綾子。
 自分が正義だと信じたことを貫き通す綾子
 ――そんな彼女の痛快な行状に、心の中で拍手喝采(かっさい)を送る一方
 自分にはあんな生き方はできそうにないと嘆息していた。
 彼女に相談を持ちかけたことも何度かある。
 中でも困ったのは、クラスの複数の男子から二か月間に三回もデートに誘われたことだ。
 いかにも軽薄そうな男ばかりだったうえ、恋愛にはあまり関心がなかったので、いずれも丁重にお断わりした。
 しかし、教室の隅で目立たない存在のはずの私が、なぜ急に男子から注目されるようになったのか、まるで見当がつかなかった。
「世間じゃあんたみたいなのが流行りなのよ」
 綾子は笑いなが解説してくれた。
「綾波タイプって言うの? 無口で、ちょっと病的で、何考えてるか分からないお人形さんみたいな女の子。
 男どもにしてみりゃ、ロボットみたいに言いなりになってくれる、都合のいい女に見えるんじゃないの? 
 だから生身の女とつき合うのが面倒臭いような連中が、『こいつだったらいけるかも』って、寄ってくるわけよ。
 あたしなんか逆。お喋りだし自己主張が強いから、男なんか寄って来やしない」
「でも、また誰かに誘われたら、どうすればいいのかな? 男の子たちの理想像に合わせてあげた方がいいのかな?」
 そう言うと、綾子は一転して真剣そのものの表情になり、忠告してくれた。
「他人があんたをどう思おうと、それに振り回される必要なんてないよ。
 他人のイメージに合わせて演技する必要なんて、ぜーんぜんない。あんたはあんたなんだから。
 自分に素直に、本当にやりたいようにやればいいんだよ。そうじゃない?」
 自分に素直に生きろ――ありきたりだが力のこもった忠告だった。その言葉に私はどれだけ救われたか分からない。

 当然のことながら、私はいじめにもちょくちょく遭っていた。
 無口で無抵抗だったものだから、うさ晴らしの標的としては絶好だったのだろう。
 入学した直後から、同じクラスの女子から「のろま」とか「陰気臭い」と罵(ののし)られた。
 上履きの中に砂を入れられたり教科書を隠されたりといった面白半分の嫌がらせも何度か受けていたが
 肉体的な危害を加えられたことはなかった。
 それが二学期の後半になって急にエスカレートした。
 私が男子の注目を集めているのが腹立たしかったのか。
 あるいは、例の感想文に含まれていた自己憐憫(れんびん)が、彼女たちのサディスティックな感情を刺激したのか。
 いじめと言っても、昔の少女マンガにあるような靴に画鋲(がびょう)を入れる」などという他愛ないものではない。
 廊下ですれ違いざまに蹴りを入れられたことがあった。
 階段を降りようとしていて、強く背中を突かれ、転落しそうになったこともある。
 私はさすがに身の危険を感じた。教師などあてにならない。
 彼らは校内で露骨に行なわれているいじめを見て見ぬふりをし、何の対策も立てようとはしないのだ。
 どうせ教育委員会には「我が校には何の問題もなし」と報告しているのだろう。
 思い余って綾子に相談すると、あっさり「あんた、バカか?」と返された。
「あたしに何を期待してるわけ? あたしがウルトラマンだとでも思ってんの? 
 ピンチになったら駆けつけてきてくれるって? 冗談じゃない! 
 あたしだって自分の生活ってもんがあるんだから、四六時中、あんたを守ってなんかいられないよ。
 そんな便利なキャラだと思わないで!」
 そんなつもりで言ったんじゃ……と、しどろもどろに弁明すると、綾子はさらに追い討ちをかけてきた。
「だったら、あたしにどうしろっての? 『おお、おお、いじめられてかわいそうねえ、よしよし』って慰めて欲しいの? 
 それで問題が解決する?」
 彼女の口調は乱暴だが、言うことは常に正論だ。そう、慰めてもらったところで、何の解決にもならない。
 自分でどうにかするしかないのだ。

 三学期がはじまったばかりの頃、私の人生の転機がめぐってきた。
 クラスの中でも特に性悪な三人の女子に呼び出され、校舎の裏に連れこまれたのだ。
 用件はごくありきたりなもの――「金をよこせ」だった。
 彼女たちは暴力で脅すだけでは飽きたらず、言葉で私の人格をさんざん傷つけた。
 私の感想文を槍玉(やりだま)に上げ、「あんなもんで世問の同情が引けると思ったのか?」と嘲笑(ちょうしょう)した。
「むかつくんだよ、てめえみてえな優等生は」
「被害者ぶりやがってよ」
「てめえなんか、さっさと死んじまえよ売女」
 その言葉に私は腹が立った。無性に腹が立った。なぜ世界はこんなにも不条理なのか?
 なぜ私はこんな目に遭わなくてはならないのか? 
 家を失い、両親を失い、そのうえどうしてこれほどまでに罵倒(ばとう)されなくてはならないのか? 私は何も悪くないのに。
 そう、私は悪くない。間違っているのはこいつらの方だ――この世界の方なのだ。
 その瞬間、何かが切れた。長いこと凍結していた感情が一気に溶け、熱い奔流となってほとばしった。
 私は強烈に憎んだ。彼女たちを、この不条理に満ちた世界を、私を翻弄(ほんろう)する運命を
 ――そして何より、それらに安易に屈服してきた自分自身を。
 私は今まで何を待っていたのだろう? 何のために耐えていたのだろう? 
 いくら待ったって目覚めの日なんてくるはずがない。いくら耐えたって神様は助けてくれるはずがない。
 もうたくさんだ、自分の不幸を隠れ蓑(みの)にするのは。
 もうやめた、無抵抗で運命に流されるのは。現実から顔をそむけたりはしない。堂々と立ち向かってやる。

 私はリーダー格の少女に吸収の魔術を行使した。というが吸収などという優しいものではない。
 身体中の蟲たちを全動員して、力いっぱい吸い尽くしてやった。
 私からこんな反撃が来るとは予想もしていなかったらしく、私の術は見事にヒットした。
 彼女はよろめいてぶざまにひっくり返り、盛大に痙攣と汚水を垂れ流した。

「ふふっ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

 驚き、たじろいでいる他の二人に向かって、私は二本の指をVサインのように突き立て、低い声ですごんでみせた。

「どうしました?、そんなに怯えて。……ふふ、いまさら臆病風に吹かれた、なんて言わないでくださいね」
 
 私の思わぬ豹変(ひょうへん)におびえ、性悪どもはこそこそと退散しようとした。
 だが、私はもうとう逃がすつもりはない。
 程なく彼女たちは泡を吹きながら、同じ無様な末路を辿らせてやった。
 こんな簡単なことだったのか、と私は拍子抜けした。
 綾子は話を聞いて素直に喜んでくれた。「やればできるじゃん!」と。
 その事件以後、クラスの中での私に対する評価は一変した。「間桐はキレると何をするか分からない女だ」とささやかれた。
 いじめはぷっつりとなくなったが、男子から誘われることもなくなった。
 しかし、そんな些細なことはまったく気にならなかった。他人にどう思われようとかまわない。私は私だ。
 魂を縛っていた重い鎖のひとつが切れた気がした。
 完全にトラウマから解放されたわけではなかったが、ほんの少し、人生を歩む足取りが軽くなったように思えた。



◇◇◇



 彼女は彫像のように動かなかった。
 瞼を静かに閉じる。長い睫(まつげ)が影を落とす。一瞬、悲しげに見えた。
 時計を見直す。閉館だ。しかし少女は動こうとしない。ふと時間が止まったような気がした。
 広い展示室の中、姿勢良く椅子に座る少女を、二歩の距離で、ただ見下ろしている。
 香りが漂ってきた。花を思わすような芳香だ。軽いめまいを誘うような、頭がぼんやりしてきそうな、そんな香り……
 その時、後ろから声をかけられた。
「サクラ、何やってるんだ?」
 彼女は相変わらずやって来た。
 私たちは少しずつ話をするようになっていった。話といっても会話ではない。
 ダイアローグがモノローグにしかならないのだ。かみ合わない。
 サクラがほとんど一方的に話す。私は適当にあいづちを打つ。この年頃の少女が何に関心があるのかわからない。
 芸能界か異性か、勉強かスポーツか……見かけは普通の女学生、むしろ「昔の女学生」だ。
 古い型のセーラー服を着ているからそう見える。しかし私の生前の記憶から話題を連想することは難しい。
 第一忘れている。結果として、こちらからは話を振れなかった。
 自然と聞き役に回る。
 この日は珍しく会話がある程度成立した。
 私はサクラの左側に立って、肩にかかる切り揃えられた蒼髪を見ている。
 彼女は中央のソファに座り、いつもの版画を見ながら、
「海に沈む夕日は大きく見えますか?」
「とても大きいね」
「何故?」
「……わからないな」質問の意味もわからない。
「朝日も天頂にいる太陽も大きさは全部同じ。なのに何故夕日は大きいんでしょう?」
 少し驚いた。サクラがこちらの気持ちを汲んで答えてくれたのだ。珍しい。
 普通の人との会話では意識さえしないことなのだが。
 改めて少女を見直すと、ストレートの蒼髪が横顔をほとんど覆ってしまっていた。
「それは……比較するものがあるせいじゃないかな。天頂には比較するものが何もない。
 水平方向には海とか山とか比較できるものがいろいろある。だから大きく見えるんじゃないか」
「大地のできもの、バベルの塔」
 無視された。
 いきなり話題を変えたらしい。むしろ鮮やかなくらいだった。
 少しはコミュニケーションが取れ、私の解答も悪くはなかったかなと思ったとたんにこれだ。
 サクラの目は正面の版画を捕らえている。そこには『バベルの塔の崩壊』があった。
 それにしても……
「できもの?」
「ある作家がいった。「地底の底から吹き出た奇怪なできもの」バベルの塔。エッセイで読んだの。
 ブリューゲルの絵についての本。大地のできもの……私もそう思う」
 ブリューゲルとは、誰だ?
 そもそもバベルの塔、とは?
 バベル。バベルの塔は旧約聖書の創世記に存在した神の領域を犯した塔だ。
 少女はささやくように言葉を並べていった。
 視線がさまよい、宙に浮く文字を読んでいるかのようだった。
「タワー……タワー・オブ・バベル……バベルの塔、それは天への塔、神に近づく塔、人の叡智(えいち)の結晶。
 バベル……バラル……それは混乱、混乱の塔、だから倒れる。
 ヤハウェ……神。ヤハウェは人々をたしなめた。シンアルの地、人々は集う。
 天まで届く塔、建設、高慢な企て……不遜(ふそん)、尊大、傲慢(ごうまん)
 ……思い上がり、自惚(うぬぼ)れ、塔の建造、それは人々の奢(おご)り……能力過信。
 神への挑戦、不遜、ヤハウェは言葉を混乱させた。バベル、それがバベル。
 神の警鐘。だから塔は未完になった。未完成の塔。分散、人々も、言葉も……散り散り。四散、分裂、全地に放たれた。
 バベルの塔の崩壊。元には戻らない。壊れた塔。再建しない……二度と」
 巫女の神託を聞いているようだった。口を挟める雰囲気ではない。彼女はかまわず続ける。声は聞き取れぬほどに低い。
「見よ……彼らは一つの民で一つの言葉である。今に彼らに不可能はなくなるだろう
 ……下って行って混乱させよう。だからその町はバベル、と呼ばれる」
 この子は……大丈夫なんだろうか?
 少女はバベルの物語を語ったらしい。
 人が天まで届く塔を建てようとし、神に罰せられ、世界に散らされた、ということくらいはわかった。
 版画を見直す。天に届く塔にしては低すぎる。富士山より低いかもしれない。
 確かに天からの攻撃で壊されてはいた。天使は神の使いだろう。塔は今まさに音を立てて崩れ落ちようとしている……
 サクラはまだ口の中で何かいっていた。
 世界……とか星という言葉が聞き取れた。何故か父……風や草……友達……自分とつぶやいたような気がする……
 何かに憑かれたような少女を現実に連れ戻したいと思った。
 今引き戻さないとこのままどこかへ行ってしまうような奇妙な切迫感があるのだ。何でもいいから問いかけようと思い、
「バベルとバビロンは、同じなのかな」
 間抜けな質問に、的外れな答えが返ってきた。
「バビロンの大淫婦(いんぷ)」
 だいいんぷ? 淫婦に≪大≫が付くと奇妙な感じだ。ユーモラスでさえある。しかし少女は笑いのかけらもない冷たい口調で、
「水の上に座っている大淫婦……緋色(ひいろ)の獣の背に。
 紫と緋色の衣……宝石と真珠で身を飾り立て……手には金の杯。杯の中には……」
 少女は伏し目がちに、「忌まわしいもの、淫行の汚れ……」
 しばらく息を止めている。
「水の上、バビロンの大淫婦、私と同じ……」
 声に意志が戻っていた。こちらの世界に帰って来た感じだった。
 サクラは天井の一角を見ている。澄んだ、しかし遠い目だ。手を伸ばせば届くのに、距離は遠い。
 見えない空気の壁がある。人との交わりを拒む透明な膜。話に脈絡がない。掴めないのだ。
 何故こうも自分の世界に浸れるのだろう。目の前に他人がいるのに。話しかけてさえいるのに。
 今の女学生くらいの子供はみんなこうなのか。彼女だけが特別なのか。私が扱い方を知らないだけか。
 無駄を覚悟で質問してみる。
「バビロンの大淫婦ってのは聖書の話かね」
「ヨハネの黙示録。その中のエピソード」
 良かった。一応会話になった。
「「大淫婦」は悪役。ヒロインは「太陽をまとう女」。
 この女はマリア。子供を身ごもってる。イエス・キリスト。太陽をまとう女を食べようと竜が襲いかかる。
 七つの頭と十の角を持つ竜、そして赤い」
「赤い竜?」
「竜はマリアとイエスを襲う。その瞬間、神が救い出した。そして天の戦が始まる……」
 知りもしない宗教の話にどうやってついていけばいいのか。しかしおかまいなくサクラは続ける。
 聞かせることが目的ではなくなっていくのが、はっきりとわかった。
「大災害が起こる。神の怒りの洪水。そしてバビロンの大淫婦の登場。
 水の上に座って。洪水の後でも生き残ってた……神の怒りも通じなかった。彼女を発見したのは、ヨハネ」
 水面(みなも)に座っているというのも妙ないい方だ。浮くではなく座る。
 大洪水の後水浸しになった大地。水面に座っている大淫婦。スケールが大きいうえにシュールなのでイメージが浮かばない。
 そんな絵があったら見てみたいものだ。
 その時。
 突然サクラの様子が変わった。
 視線が宙をさ迷いだしたのだ。迷走している。唇が少し開く。白い歯がのぞいた。息を止めている。不安になるほど、長く。
 やっと……息を継いだ。ほぼ同時に言葉がこぼれた。低い声だ。
「私、好きな人がいます」
 何故私にそんなことをいうのだろう。
 相談相手としては不適格。”敵同士”なのだ。対応できない。やり方がわからない。
 しかし彼女は繰り返した。
「私、好きな人がいるんです」
 そして、俯(うつむ)いた。