FateMINASABA 23th 00ver

 残骸。
 周囲を徘徊するソレらは、確かに廃棄され忘れられた道具のようだ。
 誰が捨てたものなのか。
 おぞましく積み重ねられる呪い。おそらくは百を超える、飽きる程の負の連鎖。

「――――これは惨い」

 報告通り、町民たちが皆聾と唖で、さらにただの一本腕と一本足で平気で歩き回っており、
 また、恐ろしいことにその人々に近づくと自分たちも耳が遠くなり、口が利けなくなるという惨状に
 セツリとその兄は目を細める。
 飛ぶように逃げ帰って来たことを報告を聞いたセツリは直ちに、全軍に被害があった町に近寄らないように
 とお触れを出し、すぐさま兄と共に被災地へ訪れたのだ。

「斥候が取り乱して魔物の呪いだと騒いでたが、あながち的外れでもなさそうだこれは」
「やはり兄上も、これは魔物の仕業だと?」
「うむ。それもかなり力を持った恐ろしい魔物だろう」

 町に潜む様々な違和感。
 そこかしろに残る痕跡。
 明らかに人のモノではない足跡。
 魔を孕む黒い体毛。
 それを検分した老魔術師は渋い顔でセツリにそう告げた。

「やはりそうですか。……兄上―――」
「うむ。わかっている。アレはこのまま到底見逃すことなどできない。
 我ら兄弟の力で災厄の根源を必ず滅するぞ弟よ」

 陣営に不安な空気が流れるその夜、人々を脅かす魔物を陣営に誘い寄せて誰にも知られないように殺そうと、
 兄弟は静かに肯きあうのだった。



◇◇◇


「あれー?酋長なに作っているんですかー?」

 食事の片付けを終え、皆々が物思いに準備を進めている朝食の後、
 少女は酋長に声をかける。

「うん?いやちょっとな」
「なんです?はっ!?もしかしてあたしへのプレゼント作ってるんですか!?
 ふえ~ん、どうしよ~///いえいえそんな恐れ多くてとても戴けませんよ~
 でもでもー、酋長がどうしてもって言うなら・・・」
「いや、それだけはねーから」
「ですよねー、私なんかにプレゼントなんてないですよねー。
 さすが酋長!ちょっとしか話してないのにわたしの心を抉ってくれるわ!」
「いや、それは言いがかりじゃ・・・。てゆーかマジ帰ってください。
 お願いだから」
「いやねえ、照れちゃうじゃないですか酋長!
 んー、よく見ればその羽飾り?キレイですねー。
 ちょっとトキメイちゃうかなー。
 どうです?このまま番(つがい)がいない同士で仲良く乳繰り合うっていうのは?
 あとその羽むしりてぇ」
「ははは。はははは。はははははははははは 
 ―――お嬢さん。未婚の女性が、冗談でもそんな事を口にしてはいけないな」
「……うわあ……酋長、握り締めた手から血が出てますよ……」

 これである。
 この少女、山の天気のようにコロコロ気分が変わる落ち着かない性格で
 器量はけして悪くないのだが、この性格が災いしてドジや失敗を誘発しまくり
 結果、程なく周りの人間が胃痛を訴える羽目になり、酋長である彼の下へ預けられることになったのだ。

「え、えへへ……じゃあ、それはだれ宛に作られてるんですか?」
「だれ宛もない。こいつは自分のために作ってるんだよ」
「……酋長、それはちょっと似合わないというか……しょっぱいっていうか」
「さて。これ以上愉快ではない話を続けても時間の無駄だ。帰れ」
「ジョークでーす!あははやだなあ、アフリカンジョークに決まってるじゃないですかー。
 こんな素敵な装飾品作れるなんて素敵ですわー。
 家庭的な夫もポイント高いですよ、ハイ!!」
「……いやなに言ってるかさっぱり理解できんぞ……」
「そうですか?時代がまだ私に追いついていないんですかねー?」

 なにか変なお告げでも空から受けているのかコイツ……?
 あれー?あれー?と言いながら俺の周囲をくるくる周る少女、
 今日はまた一段とよくわからない。

 まー見ていて退屈しないんだけどさ、とりあえずそのずれた胸元は早く直してほしい。





「そういえば酋長、なんでそんなに私たちといつも仲良くしないんですか?」
「――――――」

 彼女の言葉に眼を細める。
 昨夜からの疲れで眉間がくもる。
 手を止めて地面に沈みこみたい気分だが、彼にはそんな時間も余裕もない。

「妙なことを聞くな、俺はそれなりに皆と良い関係を保てていると思うんだけどな。
 ……おまえ以外。」
「ぐさっ!でもそんな冷たい酋長にドキッとしちゃうんだぜ私……。
 じゃなくて、酋長って一族の長としてはそうなんですけど、一個人としては
 けしてお友達とかみたいな関係を築こうとしてないじゃないですか。
 なんか……こう一線を引いてるっていうか、割り切ってるっていうか……
 あっ!お兄さんと私は別ですよ?」

 砕けた雰囲気からは想像もつかない、少女らしくない鋭い指摘。
 虚をつかれたのは彼の方だった。

「ん?なに、違いますか?」
「いや。まあ、間違ってない。あー……ちょっと待て……」
「分かってますよ、外の人たちでしょ。すごいな、施術の完了まで気づかなかった」

 「――――――」
 彼の驚きは警戒に変わった。
 ………当然だろう。
 周りにいる第三者ばかりか、行使する当人ですら気づかない鳥たちの不可知の隠蔽術式。
 そんな自慢の技術があっさりと看破されたのだから。

「内緒話ってやつですね、えへへ、酋長と私だけの内緒話ですよ~」
「やめろ、しなをつくるな。頭を振るな。周るな。マジうっとうしいから。
 ………ま、誤解でもないし、別にいいよ。
 話さないと、どこまでもうっとおしく纏わりつくんだろう?
 だがその前に一つ聞きたい。
 お前、なんで気づいたんだ?これは“俺たち”の自慢の術式なんだが。」
「んー?………なんとなく?
 鳥さんたちの声とか、空気がちょびっと揺らいでたり、匂いがファサファサしてたり………」

 護衛たちの移動の振動。呼吸音。魔力の波動。
 相手の仕草。目の動き。重心の位置。光・影・音。
 彼女はありとあらゆる周囲の情報を感覚を研ぎ澄まし全身で感じ取っているのだ。
 野生の超感覚。
 積み重ねた技術と経験とは対極たる天性の力(ギフト)。

 この娘は全方位に目がある、いや、全方位を見ている眼球の化身のような生き物だ。
 死角にあるものは、耳や鼻、皮膚感覚で補完する。

「……確固たる直感。
 人間が知識という武器の代わりに失った、第六感という才能―――」

 ……なるほど、そう特別な事でもない。
 人間はもとからそういった機能を備えている生き物であり―――それを排除してきた、霊長たる自然の触覚である。
 そう、人間(われわれ)が直感を失ったのは退化ではない。
 優れた器官でだろうと、必要に応じて切り捨て、生命として繁栄する事を進化と言う。
 それを何だって?
 一目で解答”だけ”分かってしまう?
 考えずに答えが分かるというのなら、それは思考の放棄に他ならない。

「ああ―――ったく、鳥頭になるわけだ」

 そういう事か、とセツリは認めた。
 なんて単純な生き物。
 彼女があっぱらぱーに鈍化したのは、間違いなく、この毒が原因だと。

「あれ?いま馬鹿にしました?」
「だって馬鹿だろおまえ?マジむかつくぞお前。
 俺がガキの頃の憧れを返せバカやろー。なんて宝の持ち腐れなんだ……ああ、神よ……」

 むっきーと暴れだす少女。
 なるほど、彼女が周りと馴染めない理由がわかった。
 まったく―――これではますます彼女をほおっておけないではないか。


◇◇◇



 それはセツリが八歳のときだった。
 兄の診断において、部族の不適応者と認定されたとき、セツリは通常の生活域から、専用のスペースへと隔離させられた。
 今まで一緒に遊んでいた友人たちの目が、好意から脅威へと変わっていくのが感じられていた。
 日中、一緒に遊ぼうとしても、もう誰もその輪の中に、セツリをいれようとするものはいなかった。
 セツリは輪からはじき出された存在となったのだ。
 生活内容も一変していた。
 家内の様子に大きな差はない。
 ただ教育に順ずるカリキュラムが大きく削除されており、代わりに簡単な生活用具の扱い方と、
 言語を文字によって理解することを要求された。
 初めは理解できなかった障害も、一年、また一年と年が上がり、集落という社会から、
 世間という社会へと視野が広がっていくにつれ、その隔たりが幼い少年にも大きなものであることが感じ取れたのである。
 そんなセツリに、親も、親類も、近所の人間も、誰もが同じような表情でこう言ったのだ。
 かわいそうに。
 何がかわいそうなのか。
 同じようにものを考え、話し、走り、飛び、笑う。
 なのに、ただ一点、耳が聞こえず社会に適応できない自分を、周囲はかわいそうと決めつける。
 誰も自分を理解できないのだ。
 そう感じたセツリは、一人でいることが多くなっていた。
 何かを変えていきたかった。
 セツリは、暗い藁葺きの中から、陽光に満ちた平原で遊ぶ、かつての友達の声を聞きながら、
 仕切り一枚だけで隔てられる、別の世界が存在することを知ったのだ。
 セツリは叫んだ。
 そして手にした石で槍を折った。
 何本も何本も。
 集落にある過半数を折ったのだ。
 大人たちに取り押さえられ、床に倒されても石を手から放そうとはしなかった。
 自分を隔てる壁を壊すための武器を、手放すことなどできなかったのである。

 熱さ。
 痛み。
 混乱。
 そして怒り。
 これらが自分を包み込んだという意識はあった。だがそれが何を意味しているのか想像はできない。
 横を見ようと、首を捻ろうとしたが、頭が動かなかった。触ろうと、手を伸ばそうとするが、その手も動きはしなかった。
 身体すべてが縛られているようで、そして、息苦しくもあった。
 すべてが重かった。
 重力が三倍、四倍になってしまったんじゃないのか。そう思いたくなるような気分だ。
 やがて、またパタパタという足音が近づいていくる。今度はガラガラという鈴を転がす音の反響と、何人かの足音の振動が混じっている。
 騒がしいだけだった。
(うるさい)
 そう伝えたかったのだが声にならない。実際に出たのは音ですらない吐息だった。

 周りを押しのけて、無機質なプラスチックみたいな目をした蟷螂のような中年の男が顔を覗かせた。
 両の目はレンズのような透き通った眼が俺をじっと見ている。
 ――ああ、兄様(あにさま)だ。
 セツリはようやく自分をじっと見る人物が誰だかを認識していた。状況はまだわかっていない。
 その時、初めて蟷螂顔の中年の男が話すのを聞いた。
(頭の活性が高揚していたために、君の体内に沈静を促す力を注入している。
 今回のような事故が起こらないようにするためには、思慮深く行動することをお勧めする。
 私の言葉がわかったなら瞬(まばたき)きを一回。わからないなら瞬きを二回してくれたまえ)
 頭に直接響く思念に渋々了承の旨を伝える。

 男の取り成しにより、処罰を彼に委ねられ、とりあえずは事なきをえたセツリは
 兄である中年の男に手をひかれ周囲の冷たい視線の中を歩く。
 そして我が家になるセツリの専用の藁葺きの家につくと、一人では広すぎる部屋に、兄とセツリが腰を下ろした。
 六人は入れる生活域の中には基本、兄しか入っていないので、お互い慣れたものである。



◇◇◇



(君が失ったものを、私が全て与え直そう)
 かつてセツリがいた家から隔離され、行き場を失っていたとき、兄は、そう言った。
 だが、自分が求めたのは、そういったことではなかった。
(それは、自分を愛してるってこと?)
 自分が訊くと、兄は、目を細めて微笑した。
 蒼色に透き通る兄の瞳が、きらきら光って自分を見つめていた。そして兄は、こう言った。

(その通りだ。愛の定義は、与えることであり、そしてそれにはルールがある。
 与えられる者が守らねばならないルール。それさえ守り続けることができれば、君は、愛され続ける)

 セツリは素直に、男を優しいと思った。ルールを守ることは何でもなかった。
 それまでどんなルールでも、自分は耐えてきたのだ。ただ一つ、周囲の悪辣な悪戯に耐えられずに逃げ出したことを除いては。
 だがそれ以降、自分は生きるためにこの静寂な世界のルールに渋々従って生きてきた。
 どんなことも諦観して納得してきたし、どんな周囲の侮蔑と哀れみの視線も度重なる屈辱も耐えてきた。
 ただ、セツリの中では常に、一つの謎が存在した。
(――なんで自分なの?)
 セツリは何度となくそう問うてきた。男に向かっても訊いたし、誰もいないところでもずっと思ってきた。
 無限の問いをふくんだ問い。なぜ自分なのか。なぜ多くの衆愚は、自分を蔑むのか。
 なぜ、この男は周囲と違い自分に色々なものを与えようとするのか。
 なぜ多くの同じ年齢の少女たちがいる中で、自分はこのような人生を生きているのか。
 セツリはただ単純な答えが欲しかった。親が子に言うように。愛してるからだと。
 男でも神でも運命でもいい。愛されればそれが、最後の最後で、なぜ自分なのかということへの全ての答えになるのだと思っていた。
 そしてその答えを、自分は、兄に欲した。だが、
(疑うな。君のその質問は、幸せからも栄光からもかけ離れたものだ)
 兄は言った。兄のルールは、これまでと違って、別の忍耐を要求されるものだった。
(神と親から与えられた身体(もの)に、疑いを持たないこと。それがルールだ。
 なぜ自分なのか、などと考える必要はない。君は、君でいることに疑いを持ってはならない)

 自分には、その言葉の定義が自分の疑問と結びつく答えになっているとは思えず
 そして、まるで理解できないが、とても含蓄のある深遠なルールなのだと思い、深く、深く、頭に刻みつけた。



◇◇◇


「だが、一つ、問題がある」
 セツリが少女に言った。
「愛の定義とは何だ、バカ娘」
 少女は船を漕ぎながら床に向かいかけた身を引き戻し、びっくりした顔で振り向いた。
「はれ……?酋長、新手の求婚(プロポーズ)ですか?」
「阿呆、単純な要求(ニーズ)だ。ただ、それにいずれ、柔軟に答えを出す必要に迫られている気がする」
「愛とひとくくりに言ったって難しいですよ。家族愛とか隣人愛とか、神の愛とか」
「煩雑だな。ただ、愛が欲しいんだ」
「子供が欲しいんですか?
 いやですね~、そんな急に言われても困りますよ~。昔みたいに、無茶苦茶な要求をされても、急に作るのは……」
「子供じゃない。俺だ。俺自身にだ」
「ああ、そう」
 少女は、納得したようにうなずいた。と思うと、怪訝そうにこちらを押し上げ、
「酋長に? 酋長が自身に、何を求めてるって?」
「愛だ」
「愛ならお兄様と私からたくさん賜ってるじゃないですか。
 それとも酋長は、トラウマかなにかで愛がなにもかも理解できないんですか?」
「それこそ、ひと昔前の俺の話だ。今は必ずしもそうではないことを知っている」
「そうでしょうとも。で、酋長は、要するに何を言ってるんですか、酋長?」
「俺は、愛が欲しい。だが……それ以上のことは、どうしたら良いと思う?」
「私には、すべきことはわかるけど、どうしたら良いかは、わからないよ」
「彼らは、まるで俺を人間じゃないように扱おうとしているんだ」
「あなたがそれを望んでいないとは知らなかったですよ、酋長? 
 私や、みなさんだって、酋長を”酋長”のように扱ってるでしょう?。自然とそうなっちまうもんです」
「違うんだ。何かが、これまでとは違う。俺の中で何かが変化している。
 俺は兄から独立する決意をした。だがそれに対して、俺はひどく申し訳ない気持ちでいるんだ」
「ふうん……」
 少女が、珍しいものでも見るように、セツリをしげしげと見つめた。
「もっと、ドライになるべきだと思うんですが……」
「ああ」
 途端に、セツリが、わかったような呟きをもらし、
「お前には無理だよ」
 真面目な顔で言った。セツリはごろりと茣蓙の上に横になり、大きく溜め息をついた。
 その小さな身が、さらに小さくしぼんでしまうくらいに。