FateMINASABA 23th 00ver

 とりあえず、一筋の希望は見えた。
 イリヤともう一度、今夜捜索する前に彼女ともう一度会わなければ。
 公園での話で聞いた郊外の森に、日が暮れる前に赴かなければいけない。

慎二「へえ、アンタの意志じゃなく仕事ってワケね。それで僕たちを呼びつけたって事か。
   いいね、ビジネスライク大いに結構。安っぽい正義感より何倍もいい。
   ……で、そのアインツベルンが何も知らなかったらどうするんだ?
   お茶でも飲んで帰るのか?」

 唐突に今まで沈黙を保っていた慎二は口を開いて言峰に問いただす。

言峰「仮に、彼女が手段を持ち合わせておらずとも、手はある。だが半々というところだ。
   聖杯が降臨すれば、間桐桜という人格は消え去るだろう。
   だが、聖杯から放たれる呪いに彼女の精神が少しでも耐えられるのなら―――その僅かな時間が希望になる
   おそらく、保って数秒。
   その合間に聖杯を制御し、その力を以って彼女の内部に巣食うものを排除する。
   要は力ずくだ。間桐桜を蝕む刻印虫も、彼女の肉体を依り代にするモノも、聖杯の力で『殺して』しまえばよい。
   汚染されたとは言え、聖杯は願望機としての機能を保っている。
   その用途が『殺害』に関する事ならば、それこそ殺せぬ命はない」
士郎「――――結局聖杯(それ)か。初めから、この戦いは」
言峰「そう、聖杯を手に入れる事に集約される。
   だが注意しろ。聖杯の力を聖杯そのものに向けるのだ。
   並大抵の魔術師では魔力を制御できず、しくじれば十年前の惨劇を繰り返す事になる。
   それだけではない。わずか数秒で聖杯を制御するなど狂気の沙汰だ。
   おまえ一人では、どうあっても成しえない奇跡だぞ」
士郎「……ふん。けどそれしかないんだろう。ならやってやるさ。それにそういう事なら、こっちだって少しはアテがある」
言峰「なるほど、おまえには凛とキャスターがいたな。
   凛は間桐桜の姉だ。妹の精神に同調し、聖杯からの反動を和らげる事も容易だろうし、
   キャスターがつくとあれば、成功の確率もあながち悲観するほどではないだろう」

凛 「分が悪い賭けになるでしょうけど、他に手はない、か……。
   キャスター、契約を一方的に破る事になってしまうかもしれないけど……
   それでも力を貸してくれるかしら?」

「――――――――」
 キャスターは聖杯を手に入れる事だけを目的にして戦ってきた。
 その迷い、未練は、そう簡単に断ち切れる物じゃない。
 それでも、

キャスター「―――承知。
      聖杯が貴様の言う通りの物ならば、それはこの世にあってはならない物だ」

 そう、自らの願いを殺して頷いてくれた。

 やるべき事は決まっている。
 桜を追う。
 桜を連れ戻す。
 好きな相手を守りきる。
 闘いはまだ終わっていない。
 俺にはまだ戦う力が残っている。

言峰「ふむ。では場所はわかるか?
   ―――結構、では諸君らの健闘に期待する。」

士郎「―――――よし!」

 椅子から腰を上げる。
 時間がない。
 家に戻って武器を見繕う時間も惜しい。
 すぐにここを発って郊外の森のイリヤの下へ行かないと―――

士郎「あっ――と、そうだ慎二、」

 そうだ。
 ずっと疑問を残したままだったが、慎二もマスターとしてこの教会に召集されてここにいるのだった。
 魔術師としては衰退している家系で、その直系の慎二は魔術回路を持たない、一般人と変わらない
 普通の人間で、マスターとしての資格はないだろうと遠坂から聞いていたが
 現にこうしているのだ。
 本来ならば敵同士だが、先の話から共同戦線を張ることができ、無用な争いは控えることができる。
 ましてや、桜は大切な妹だ。
 普段はあまり良い当たりをしていないようだが、今回は彼女のために力を貸してくれることだろう。

慎二「……なんだよ、その露骨な物乞い顔は。言いたい事があるならはっきり言えよ。」
士郎「その、慎二がマスターだったなんて正直驚いた。
   慎二がなにを願って聖杯を求めてるか知らないけど、さっきの話を聞いたろ?
   俺たちじゃ厳しいかもしれない。桜を助けるって事は、
   ……情けないのはわかってる。けどなりふり構っていられない。
   俺に出来る事は少なくて、その中で一番いい方法がこれなんだと思う。
   だから慎二と敵同士にはなれない。
   ―――慎二とは休戦するんじゃなくて、協力者として助力してほしいんだ」
慎二「ぼ…ぼくを引き込めば…ぼくが協力すれば…ほ…ほんとに…桜の「命」…は…助けてくれるのか?」
士郎「…?あ、ああ。当たり前だろ。俺たちは桜を助けるために闘っているんだ。
   慎二……それじゃあ、力を貸して……!」




慎二「だが断る」





慎二「―――なんだよ、何か文句あるのかよ、おまえ」
士郎「ああ、その、いいさ。
   それで、慎二、俺たちと一緒に―――」
慎二「だから断るって言ってるだろ。
   正直、あの愚図が無闇やたらと人喰らいを行っているのには憤りを感じているけど
   だからといってお前たちと組む理由にはならない」
士郎「なっ!?どうしてだよ慎二!?
   俺たちの事が信用できないってことなのか?」
慎二「それもあるけど、衛宮たちとは第一に目的が食い違っている。
   そっちは桜を救うためと言ってたが、こっちはそんな事はどうでもいい。
   あいつはただの予備臓器にすぎないし、魔術は秘蹟しなければならない鉄則を侵し続けている。
   ……ったく。あんなトロい女は正しい魔道を進むなんてことこれっぽっちも念頭に置いちゃいない。
   これほどの愚行を行っているんだ、もう間桐への損害は致命的になっちまった。
   しかし、僕にも魔術師としての矜持がある。
   身内の悪行は自身の手で片付けなければならない。
   いっそこの手で引導を渡してやるのが慈悲、と……そう思う僕は、やはり悪鬼なのかい?」

「――――――――」


 反論したい言葉を呑み込む。
 ……俺には理解できないが、遠坂のように魔術師としての鉄則(ルール)に則って行動しようとしている。
 だけど

士郎「そんなの駄目だ慎二。
   だって桜はたった一人の妹だろう?まだ助けられるかもしれないのに諦めちゃいけない。」
慎二「ふーん。なら、もし万が一、桜を救えたとしよう。
   だが、おまえはそれでいいのかな衛宮。桜が人喰いでなくなったとしても、
   あいつが既に“人喰い”である事に変わりはない。その罪人を、おまえは擁護するっていうの?」

「――――――――」

 止まった。
 今度こそ、心臓が凍りついた。

慎二「耐えられないのはおまえたちだけじゃない。
   あの愚図は多くの人間を殺してる。桜自身、そんな自分を許容できるとは思えないけど」
士郎「――――――それは」
慎二「罪を犯して、償えぬまま生き続けるのは辛いぜ?だったら一思いに殺してやった方が幸せなんじゃない?
   その方が楽だし、奪われた者たちや遺された遺族への謝罪にもなる」
士郎「――――――――」

 ……そうだ。
 連鎖はそれで終わる。
 本人の意思でなかろうと関係ない。
 どんな理由があろうと、加害者は罰せられなくてはならない。
 命を奪ったのなら―――それと等価のモノを返さなければ、奪われた者は静まらない。
 だから殺せと。
 失われた者にすまないという気持ちがあるのなら、当事者である桜を殺せと、あらゆる常識が訴え続ける。
 それだけじゃない。
 結局桜を救えず、桜が怪物になってしまえば、もう歯止めは効かなくなる。
 今よりもっと、何十倍もの命が失われる。
 あの日と同じ。
 無関係な人間が、死の意味も判らぬまま、一方的に死んでいくのだ。
 せり上がった胃液を飲み下す。
 充血する眼。
 眼球から血液さえこぼれだしそう。
 ―――その圧迫を、それこそ、何千という剣で切り殺して、

士郎「――――ああ。けど、それは償いじゃない
   全ての咎は、桜と共に背負い続ける」

それでも、桜を守ると告白した。

 その言葉に、なにを感じたのかはわからないけど
 慎二は少し眩しそうに目を細めると

慎二「―――ふざけんな。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなこの――――!」
   気が違ったように、友人である少年を殴り始めた。
士郎「がっ!?慎二なにを!?」

 頬を殴られた士郎は、突然の蛮行に驚き戸惑い
 たまらず、セイバーとキャスターが慎二の前に立ちふさがり、ランサーが主を守るために彼らの前に立つ。

慎二「諦めるな……!? 背負い続ける……!?
   勘違いするな、おまえにそんな権利なんかない! 何も知らない癖に偽善者ぶった口を叩くな……!」

 手加減などしない。
 つい先ほど、自分の苦悩、今までの人生を根底から覆された男には、まともな理性など残ってはいない。
 ランサーに押し留められながらも、なお掴みかかろうと息を荒く拳をあげる。

凛 「ちょっと、さっきからなんなのよ。あったまくるわね、
   何に憤ってるのか知らないけどここは中立域の教会よ、殺し合いたいなら外に出なさい。
   その癇に障るにやけ面、恥ずかしくて外に出られないように歪ませてあげるから。」

 その瞳は強い意志を以って、圧し掛かろうとする男を咎めている。
「っ……!」
 それが最後のスイッチを押した。
 少年の言葉があまりにも憎たらしかった。
 少女の目があまりにも腹だたしかった。
 自分をまっすぐに見つめてくる目がイヤだった。
 だから、

慎二「―――そうかよ。そんなに助けたいんなら好きにしろ。
   ……けどさあ衛宮。それなら、あいつは本当に助けてやるほどの価値なんかあるのかな?」

 少女たちが一番触れられたくないコトを、何もかも明かしてやる事にした。

慎二「あいつはお前が思っているほど良い子ちゃんなんかじゃないぜ。
   知ってるか?あの淫売は男を見ると途端に発情してケツを振るふしだらな女だ。
   そっちの家で談笑して家に帰れば、淫らにアヘ顔晒して蟲を咥えこんでキマってるんだぜ?」

凛 「慎二、アンタ……!」

 睨み付ける声。

慎二「いや、何があったかしらないけどさ、あんな不気味な姿に変貌しちゃってさ
   よっぽどバカ喰いしたのか目もイッてて、今では冬木を恐怖のどん底に陥れる怪人になっちまった。
   はーあ。死ぬなら迷惑かけないで目の届かない遠くで逝ってくれよな。
   タンスの裏で薄汚い蛆虫が潰れてるとか、くくっ、ホント最悪だよ」
士郎「慎二!おまえ!!」

 それに反応したのか。
 士郎は怒声をあげて、前に出る。

凛 「―――言い訳はきかないわよ。アンタが言った事の代償は、修正して払わせてやるから」
   慎二に詰め寄ろうとする遠坂。

 それを

慎二「ふん。いい顔つきになったじゃん。
   そうだ、“僕たち”を哀れむなんて絶対に許さない。偽善じみた博愛なんて不快すぎて吐き気がする。」

 慎二は破顔して答えた。

士郎「―――慎二?」

慎二「お前たちと組む気になんかなれないが、あの愚図が癇癪を起こしている内は
   けしかけないでいてやる。まあ、せいぜい……」

 がんばれよ、と告げて踵を返して入り口へと去っていく。
 そして、ランサーも警戒を解くと、やれやれだ、なんて言いながら後について二人は去っていった。

士郎   「あいつ……」
凛    「まったくなんなのかしら彼?
      分相応な力を得て舞い上がってるのか、命の奪い合いに竦みあがって気が触れ始めてるのかしら?」
キャスター「……ふむ。生まれつきの強者である君には理解できないのかもしれないな」

 凛の言葉に呼応して、キャスターはそう言った。

凛    「え……? どういう事?」
キャスター「―――なに、天才には凡人の悩みは判らない、というヤツだ。
      凛は優等生すぎるから、落ちこぼれである彼の苦悩に気がつかない。
      まあ、彼自身も偏屈な変わり者のようだから、あまり気にすることではないだろう」

 あの短いやり取りに何を見たのか、意味ありげに呟くと
 いや、なんでもないと言いながら首を横に振る。

士郎「……、慎二……。」

 居なくなった相手に向かって、ぼそりと文句を言う。
 答えなど返ってこない。
 やけに頭に残る慎二の言葉を反芻しながら、俺たちも入り口に向かっていく。

言峰「待て。私からも一つ訊きたい事がある」
士郎「――――――――」

 去ろうとした足を止める。

士郎「なんだよ。手短に済ませてくれ」
言峰「先ほどの彼に対して言った言葉は本当か?
   多くの罪なき人々を殺めた少女一人を救うというのは?
   彼女の罪も全て背負い、擁護するのか?」
士郎「―――ああ。もう決めたことだ」
言峰「―――そうか。衛宮切嗣の跡は継がないという訳か」

 淡々とした声。
 話を聞いていた神父は失望したように、つまらなげに俺を見る。

士郎「切嗣(オヤジ)の、跡だと……?」
言峰「そうだ。おまえの父親は、人間を愛していた。
   より高く、より遠く、より広く。際限なく自らの限界を切り開く人間を愛し、その為に、自身を絶対の悪とした。
   あの男ならば――――やはり、間桐桜を殺していただろう。
   ヤツは正義とやらの為に、人間らしい感情を切り捨てた男だからな」
士郎「……それは、アンタとは違うのか。
   正義の為に―――多くの幸福の為に、一人の人間の幸福を切り捨てると」
言峰「―――いや。おまえたちが幸福と呼ぶものでは、私に喜びを与えなかった」
士郎「え……?」

 返答になっていない。
 いや、そもそも。
 淡々と語る神父は、俺を見てさえいなかった。

言峰「そう、違ったな。
   ヤツは初めからあったモノを切り捨て、私には初めから、切り捨てられるモノがなかった。
   結果は同じながら、その過程があまりにも違ったのだ。
   ヤツの存在はあまりにも不愉快だった。ヤツの苦悩は明らかに不快だった。
   そこまでして切り捨てるというのなら、初めから持たねばよい。だというのにヤツは苦悩を持ち、
   切り捨てた後でさえ拾い上げた。それが人間の正しい営みだというように」

 独白は続く。

言峰「その違いこそが決定的だった。そう。初めから持ち得ないのなら。何故、私はこの世に生を受けたのか」

 神父の独白は、誰に宛てられたものでもない。
 ……ただ、今の言葉には怒りがあった。
 この男にはないと思っていた、本当の感情が込められていた。

言峰「……ふん。それを思えば、おまえに切嗣の跡など継げる筈もなかった。
   ヤツは切り捨てる事で実行したが、おまえは両立する事しか実行できない。
   おまえと私は似ている。
   おまえは一度死に、蘇生する時に故障した。後天的ではあるが、私と同じ“生まれついての欠陥品”だ」
士郎「な……故障って、どこが壊れてるっていうんだ」
言峰「気付いていないだけだ。
   おまえには自分という概念がない。だがそのおまえが、まさか一つの命に拘るとはな。いや、それとも―――」

 多くの命に拘る、のではなく。
 一つの命に拘るが如く、全ての命に拘ったのか。
 ――――そう。
 どこか羨むように、言峰綺礼は独白した。

言峰「―――まあいい。その上で間桐桜だけを救うのなら止めはしない。背負いたいだけ罪業を背負うがいい。
   最後に忠告をしよう。
   これは私見だがな。間桐桜の精神は存外に強く、聖杯の“呪い”に適合しすぎている。
   凛が陽性だとしたらアレは陰性なのだろう。間桐臓硯に落ち度があったとしたらそこだ。
   あの黒い影は、臓硯の予想を超えて間桐桜を成長させてしまった。
   臓硯(アレ)がおまえに手を出してきたのはその為だろう。
   ―――間桐桜を守るがいい。
   羽化に耐えられるのであらば、母胎とて死にはすまい」

 言葉は返さず、頷くだけで応える。

士郎「言っとくが、アンタの出番はない。そんな得体の知れないモノを羽化なんてさせるものか」
言峰「その意気だ。決して、間桐桜は殺すな。」

 ふん、と鼻を鳴らして背を向ける。
 ―――この場所に用はない。
 早く、イリヤの元に行かないと。


◇◇◇


 客人は去った。
 礼拝堂は元の静寂に戻り、神父はただ一人偶像を見上げる。

??「――――いいのかね、彼らを逃がして」

 その声は背後から。
 今まで何処に潜んでいたのか、茶髪の男は愉しむように神父へ問い掛ける。

言峰「かまわん。初めから執着があった訳ではない。彼らが聖杯を求めるのなら止めはしない」
??「そうだったな。もとより私に望みはない――――その言(げん)が偽りでないのなら、彼らを押し止めるのは道理に合わない」

 くつくつと男は笑う。
 神父の言葉。
 望みはない、と告げた言葉をからかうように。

「――――――――」
 無論、それは偽りではない。
 もとよりこの男に望みなどないのだ。
 聖杯の力など、真実、言峰綺礼は必要としない。
 彼にあるのは、ただ徹底した快楽への“追究”のみ。
 聖杯は己が望みに応えるだけのもの。
 自らに生じる疑問に、自らが良しとする答えしか生み出さない願望機だ。
 そのような“自分が望んだ答え”になど、果たして何の意味があるのか。

言峰  「“アサシン”そういうお前こそ、前キャスターや間桐兄妹への干渉など、直接動いているとは
     消極的なおまえにしてはらしくないな」
アサシン「雇い主への配慮だ。不確定要素により事が大きくなっていくのは、私としても好ましくない。
     君に雇われた側として、悪評を立てないよう努力したつもりだが」
言峰  「それは礼を述べなければならないな。
     ……だが、そうなると先の要請については悪いことをしたな。
     お前はアレに興味を抱いていたが」
アサシン「ああ。だがそれはもういい。
     聖杯のサンプルとして生きたまま捕まえたかったが、
     少しばかり特殊すぎる。扱いやすいサンプルとは言えないし
     ―――憎しみにかられて、いずれは手に負えなくなる
     破壊によって生まれた人間は、憎しみを武器とし、
     私と君の虚ろさは、それに焼き尽くされる結末を迎えるだろうからな。」

 それは発端を同じくするもの。
 一つの地より生まれ、一つの解を得て、まったく違うものに別れた蛇。
 血の繋がりはない、だが誰よりも虚ろな欠陥を共有する者たち。
 憎しみはない。
 聖杯に託す願望もない。
 だが、それより強い快楽のために立ち上がる。

言峰  「10年前からの求道に新たな答えがこの闘いの果てに得られるかもしれん。
     それが一体どのようなものなのか……問わねばならん。探さねばならん。
     この命を費やして、私はそれを理解しなければ」

 残滓のような微笑の兆しは綺礼の顔に張り付いたまま残った。
 それは己と世界の有り様を受け入れ、それを是とする者だけが浮かべうる、悠然たる悟道の笑みだった。

アサシン「ふっ、……それでいい。神すら侮蔑してしまいかねん君の愉悦の解は、
     この私、ギュゲースが最後まで見届けてやろう」

 歪んだ笑みを顔に貼りつかせたまま、アサシンは神父と共に眼前の偶像を眺めていた。



◇◇◇



ランサー「お前さ、さっきから変だぜ」

 ランサーはフェンスを乗り越えながら、フェンスの手前で待つ慎二に言った。
 昼はとうに過ぎていた。

ランサー「ほら」

 ランサーはフェンスの上から下にいる慎二に手を差し出す。慎二がその手を掴むと軽々と引き上げられる。

ランサー「軽いな、お前」

 フェンスを乗り越えると、慎二はランサーの手を払う。

ランサー「なんだよ」
慎二  「ほっとけよ」

 慎二が先に立って歩きだす。

ランサー「あーあ、やっちまったなぁ」

 そう言って慎二の顔を見る。

ランサー「まあ、あれだけ言われりゃ、手も出るけどな。まっ、このままほっといてもあのヘボパンチだ。気にはしねぇだろ」

 慎二は、ようやく自分が何をしたのか理解した。
 肩にぽんと手が置かれる。
 慎二は思わず、その手を振り払う。見ると、驚いたランサーの顔があった。

ランサー「なんだよ、人が心配してやってるってのに」
慎二  「ほっといてくれよっ」
ランサー「なんだよ、むかつくなあ。お前さ、自分の置かれてる立場考えてみろよ。
     マスター殴ったら、よくて交戦、悪けりや土に御帰りだ。お前、友達いないんだろ。
     だったら明日にでも謝って、闘っても見逃してもらえるように仲直り――」
慎二  「お前に僕がわかるわけないだろ」

 慎二はランサーの言葉を遮り強く拒絶し、家への帰路を歩く。


 部屋に戻るなり、明かりも点けずに慎二はベッドに横たわり、天井をただじっと見つめる。
 ――最悪だ。
 この苛立ちの原因が何なのか、わからないでいた。
 夢酔いのせいで気分が悪いからそうなるのか。
 衛宮の馴れ馴れしさがそう思わせるのか。
 遠坂の威張りくさった態度に腹が立つのか。
 教会で、あの怪しい男に会ってしまったことが原因なのか。
 間桐家に適応できなかった自分の過去が、そう思わせるのか。
 沸々と沸きだす感情に慎二は身悶える。
 消えてしまいたい。
 慎二はそう思う。
 目に飛び込むすべての視覚情報が邪魔だった。
 耳に飛び込むすべての聴覚情報が邪魔だった。
 匂いも、味も、触感も、すべてが今の自分には必要ないものだった。
 目を閉じてみる。
 耳を塞いでみる。
 息を止めてみる。
 心を閉ざしてしまいたかった。
 慎二は感覚神経のボリュームを絞るイメージを思い描く。
 次第にすべての器官が痺れるようで、どこか深いところに体が沈んでいく感覚があった。
 どこまでも沈んでいく感覚。
 ひたすら深い海の底へと沈んでいく――そうした感触に似ていると思った。
 事実、そうしたことを体感したことはないのだが、なぜかそう思うことで納得できたのだ。
 二度と浮かび上がれないような恐怖が訪れ、そこでボリュームを絞るのを止めた。
 代わりに頭の中に思い浮かんだのは、夢の中に現れた青年だった。
 確かに、あの青年だった。
 そう慎二は確信していた。
 青年は慎二に手を差し伸べている。手を伸ばせばすぐにでも届きそうに思えた。
 青年のいる世界が眩しく感じられる。堅く目を閉じているのに、さらに目を閉じようとする。
 瞼に力が入り、眉間に痛みを覚える。
 これは夢なのだ。記憶の中の心象にすぎないのだ――と慎二の理性が叫ぶ。
 だがあの世界に行きたいと、慎二の意識が叫んでいた。
 慎二はどこかでこうした体験をした記憶があるのを感じていた。
 届きそうで届かないもの。
 彼の記憶の底に沈めてあるはずの記憶が浮上し始める。
 ――ああ、これはあのときの夢の続きなんだ。




 ただ荒れ果てた草地を延々と長い歳月進んで行く。
 セツリ酋長たちはとうとう軍隊を返して、 低い地方の旅へと上り、一年の月日も終わろうという頃、
 大平野を真下に見下ろすとある山脈へと来た。
 広々とした大平原のここかしこにトウモロコシ畑に囲まれた大きな町々が見え、
 幾千幾万の牡牛が低い丘の上で啼いている声を聞き、喜び騒ぐ全軍を押し鎮めて、
 町からは見えない、とある大きな谷間に陣取る。

「酋長、酋長どちらへおられますか?」

 そこは、簡素な陣の中だった。
 谷間に吹きすさぶ風が声なき咆吼を放ち、掛け棚には様々な武器が雄渾に躍る。
 かそけき明かりすら電気ではなく、松明に火を灯す灯である。
 内装から調度品といったものは一切ない、その陣は必要最低限な物で統一されていた。
 藁の隙間から忍び込むのは、はるか頂上たる山を渡って届いた風。
 だが運び込まれたその夜気は、火煙と炭の匂いを孕み、過ぎし日の開豁(かいかつ)な爽気はない。

「酋長、酋長どちらへおられるんですか?
 出てきてくださーい。ううっ、早く見つけないと……
 私、怒られてしまいますよ~。ひーん。」

 そこをあちらこちらと探しているのは、まだ幼さを残す見目麗しい少女だ。
 外を歩けば、血気盛んな男たちの目を惹きつけるその可愛らしい顔も
 今はどうしたことか不安そうに目を潤ませ曇っている。

「酋長、うえーん。どこなんですか~。
 ほんとにほんとに泣いちゃいますよ。うう、また怒られちゃう~。
 ぐすっ、ひっく。」

 今にも泣き出しそうなこの子は、酋長の身の回りの世話を任されている一人である。
 といっても、別に大した仕事はしていない。
 普段は部隊の食事の炊き出しや、装備の手入れといった仕事をこなしている。
 男は狩りと戦を、女は食事作りと雑事といった役割分担が主な基本であり
 この子もその例に漏れない。
 ただ、かなりのドジで、度々失敗をしては皆に怒られ煙たがられてしまっており、
 それを見かねた酋長がこうして自分の側に置いて、別の仕事も兼用させるという建前を作って面倒を見ているという訳だ。

「うわああああああんわんわん!うええええええんえんえん!!」
「あー、ここだここだ。泣くな泣くな」

 とうとうガチ泣きしはじめた子を見かねて、セツリは声をかける。

「どこですか?どこ?いないです!わあああああああああんわんわん」
「はあ、わかったわかった、いま姿を現すから、泣き止んでくれ」

 すると陣の奥からにじみ出るようにセツリが姿を現し、今だ泣き続ける女の子の頭を撫で付ける。

「あれ?ひっく、酋長どこにいたんですか?
 私、鳥のように辺りをくまなく見渡し捜していたんですけど、ぐすっ、全然見つからなかったですよ?」
「ああ、そうだろうな。これを飲んでいたからお前の目には映らなかっただろうよ」

 そう話すと、セツリは右手から小さな木でできた容器を彼女の前に見せる。

「ぐすっ、これはなんですか?」
「姿を見えなくする薬だ。
 兄君が新しく作った魔法の薬でな、斥候の調査用に調合したものなのだ。
 俺も試しに使って、薬の効用を確かめていたんだが、どうやら効果はバッチリのようだな」

 くくくっと喉を鳴らし、満足げに笑みを浮かべて女の子をあやす姿は
 遊び戯れる父と子のような仲睦まじさである。

「ぐすっ、ひどいですよ~。またいじわるするなんて」
「はははっ悪い悪い。で、どうした?急ぎの用でも俺にあったのか?」
「あっ、そうなんです!なんか斥候さんが帰ってきて至急お伝えしたいことがあります~って
 みんな捜してたんですよ酋長!」
「ほう?そうか、わかった。急ぎ此処に来るよう伝えに行ってきてくれ」
「あっはい!わかりましたです!」

 ほにゃっと笑顔を見せて小走りで、その場を女の子は後にする。

「やれやれ、慌しいヤツだまったく」

 ため息をつきながら、酋長の座に腰を下ろし斥候を待っていると
 程なくして息を切らせた男たちが、どかどかと酋長の陣の中に入ってくる。

「はあ……捜しましたぞ酋長……」
「うむ、ご苦労だったな。で、なにがあった?」

 威厳を込めて、色青ざめた男に聞きただすと
 息を整えぬまま男は早口で話し始める。

「た、たいへんです酋長!町が……町の人々が魔物にやられてしまいました!」