FateMINASABA 23th 00ver


士郎「し、慎二……!? なんでここに……!」
慎二「…………」

 並んで現れた赤毛の青年と、黒髪の女性が揃って目を丸くする。
 勿論それは、彼の友人たる衛宮士郎と遠坂凛に他ならない。

凛 「……ま、予想してしかるべきだったわね。お久しぶりね、間桐くん。
   まさか、こんな所で会うとは思っていなかったわ」

 慎二に向けられたその一瞬だけ、凛の視線が鋭くなる。余所行きモードの口調だが、
 今の視線は、完全に魔術師としてのそれだった。
 驚愕に戸惑う士郎と慎二達を、遠坂一人が冷めた目で見ている。
 別に特別会いたかったわけでもない……いや、むしろ会いたくなかった相手と言えるのだから、それも当然か。特に今は、

言峰「再三の呼び出しにも応じぬと思えば、既にここに来ていたとはな。
   ……ふむ、では付いてきたまえ。」

 神父が祭壇へと歩み寄る。
 遠坂は険しい顔つきで僕に喰い付いてくる衛宮を急かして、言峰の後に付いていく。
 驚き覚めやらぬところだけど、マスターを召集させるということは、
 よほどの事態だということだ。
 おそらく、行方不明事件に関わることだろう。
 既に霊体化したランサーを連れて、僕も重い足取りで言峰たちの後に付いていくことにした。


◇◇◇



 祭壇の前で、左右に分かれて座る僕と衛宮たちに一度、見渡すと言峰は話を始めた。

言峰「では始めよう。
   現在、冬木市内を騒がせている連続行方不明事件は既に知っているな?
   今日、君たちを招集したのはその件だ。
   本来ならば、マスターたちは隠匿と配慮を前提にこの聖杯戦争を争いあうのが暗黙のルール
   なのだが、一人の咎人が無秩序に一般人を喰らっている。」

 ………………
 ……………
 …………
 ………
 ……
 …

 心ここにあらず、というか神父の言葉に興味がないといった感じに
 僕は姿勢を崩す。

慎二「……あー、吐きそう」

 座ったまま両手で顔を支え、ぼんやりと話の終わりを待つ。

 その言動で人の心を切開した。
 まわりくどく、何食わぬ顔で。
 こちらの隙を見て、あけすけに深部まで踏みにじったあの男に続き、会いたくない二人に
 出くわし、今だ混乱は収まらないのだ。
 それでも、こうして落ち着く時間ができたのは行幸である。
 心拍を整えながら、二人の様子を見てみる。

言峰「私も監督役として事態の隠匿と情報操作に尽力していたが、昨夜の冬木ハイアットホテルの
   事件だ。問題の規模が規模だけに事態を収拾しきれん由々しき状況になっている。
   そして、今回の事件の首謀者はこれからも罪なき人々に犯行を繰り返すことだろう。」

 ギリっと歯噛みする音がする。
 衛宮だ。
 目をつぶり両手が変色するんじゃないかってぐらい強く握り締め
 険しい顔を俯かせている。

言峰「よって監督役の権限により、聖杯戦争に暫定的ルール変更を設定する。
   君たちマスターは直ちに互いの戦闘行為を中断し
   事件の首謀者の殲滅を行ってもらいたい。
   見事首謀者を討ち取った者には、特別措置として追加の令呪を寄贈する。」

 厳かにそう宣言すると、言峰はカソックの袖を捲くり上げると
 腕にびっしりと刻まれた令呪を見せる。

言峰「単独で成したならば一つ、他者と共闘して成したのならば
   事に当たった全員に一人ずつ寄贈することにする。」

 遠坂はただ静かに顔を伏せて言峰の話を聞いている。
 その面貌からは彼女の感情を覗うことはできないが、少なくとも愉快な気持ちではないだろう。

言峰「既に魔術協会と聖堂教会が水面下で動き出そうとしている。
   まだ幾ばくかの猶予があるだろうが、彼らをこれ以上抑えるのも、もう限界に近い
   動き出せば連中は悪戯に被害を撒き散らした後に、つまらない論議の末、聖杯を奪い取ることだろう」

 再びカソックの袖を戻してから、言峰は皮肉な笑みを口元に浮かべて締めくくった。

言峰「これ以上の悲劇を出さないためには、君たちの力だけが頼りだ。
   さて、なにか質問はあるかね?」


◇◇◇



凛 「じゃあ、早速聞くけど、あんたが知っているその下手人の情報を聞かせてちょうだい。
   さっき気になることを言ってたことだし」

 俺たちは離れた席で、引き続き、同じぐらい真剣に、神父の言葉に耳を傾ける。

言峰「簡単に説明すれば、今回の首謀者、間桐桜は、長くはないということか。
   どのような経緯でああなったのかは知らんが、おおよその推察はできる。
   間桐臓硯は今回の戦いで間桐桜に殺されたそうだが、間桐桜があのように変貌したのは、
   何か予期せぬ条件が揃ったから、と見るべきだろうな」
凛 「予期せぬ条件、ね……それがなんだか判らないけど、
   昨日今日で突然、桜は臓硯のお眼鏡以上になったってコト?」
言峰「だろうな。間桐臓硯ではなく間桐桜自身に、臓硯が予期しなかった変化が起こったと見るべきだ。」

  「――――――――」

 音がする。
 ギリ、という歯軋りは、自分が起こしたものだった。
 思考が壊れかける。
 神父の言葉だけで視界に火花が散って、ただ純粋に、あの無責任な老人をもう一度殺したくなった。

士郎「推察がつくって、あんたはあの影の正体についてなにか知っているのか?」
言峰「街を脅かす影の事か。
   ……まあ、私なりの考えはあるが、おまえはどうだ。アレは一体なんだと思う」
士郎「……イリヤはあの影の名はアヴェンジャー。
   アンリマユの名を冠する、最も古い悪心だと言ってた
   俺には想像がつかないが、少なくともロクでもないものだということは想像につく」
言峰「―――彼女に直接聞いたのか。
   ……なるほど、間桐の翁も厄介な置き土産を遺してくれたな」

 意表をつかれたのか、言峰は息を呑む。
 思案げに顔を横に向けると、何の感情もない声で言い捨てた。


凛 「……士郎、私それ初耳なんだけど……いつの間にそんなふざけた関係をもってたワケ?」
士郎「え? いや、ごめん遠坂。いつか話そうと思ってたんだけど忘れてた……。」
凛 「むー。まあ、いいわ。この件は後で追求するから。で、綺麗、話の続き」

言峰「そうだな。彼女の言葉に嘘はなかろう。だが具代的な真実も語ってはいない。
   彼女のことを語る前に、まずは聖杯とあの影の関連性から話していこう。
   よいか、聖杯に満ちる力とは無色のもの。
   無色である以上、自分から人を襲う、などという事はない。
   目的のない力は、目的のないまま霧散するものだろう
   だが、元の聖杯はどうあれ、今の聖杯は極悪な“力の渦”にすぎぬ。
   精密な計算、相互作用による矛盾の修正など論外だ。
   アレはな、ただ純粋な力に過ぎない。巨大な兵器と同じだ。
   持ち主が富を願えば、周囲の人間を悉(ことごと)く殺害し、主人に幸福を与える 
   判るか。お前たちが求めるこの底なしの魔力の釜はな、
   持ち主の願いを『破壊』という手段でしか叶えられぬ欠陥品なのだ」

キャスター「なんだと―――それでは話が違う……!
      万能の力、持ち主の望み通りに世界を変革するのが聖杯ではなかったのか……!」

 言峰の言葉を聞いたキャスターは思わず現界し叫ぶ。

言峰「違うものか。聖杯の手段は実に理に適っている。
   人を生かすという事は、人を殺すという事だろう。
   この世は全て等価交換によって成り立っている。
   その中で特出した出来事を望むのならば、何かを食いつぶして飛び上がるしかあるまい。
   調和など気にしていては願いなど叶わぬ。
   つまりは弱者からの略奪による変動だ。それこそが、最も効率のよい変革だろう」

「――――――――」

 ……キャスターが息を呑むのも分かる。
 言峰の言葉が真実だとするなら、それは俺たちが求めていた聖杯とはかけ離れすぎている。
 持ち主の望みだけを叶える力。
 持ち主の望みを、他の全てを犠牲にして現実とする簒奪者。
 それが―――マスターとサーヴァントに与えられる、万能の力の正体か。
「――――――――」
 ……視界が軋む。
 そんな馬鹿げたコト、ある筈がないと否定して、
「――――――――」
 それを、俺は十年前に この眼で、見上げていたのではなかったか。

言峰「それは本来あってはならぬもの、作られる筈のない矛盾だ。
   ―――だが、確かにアレは聖杯の中に潜んでいる。
   十年前。私と切嗣が残り、聖杯をかけて戦った事は教えていたな。
   その時点で、聖杯の中身は既に“何か”に汚染されていた。
   無色の筈の力は、あらゆる解釈をもって人間を殺し尽くす方向性を持った『渦』になっていたのだ。
   まあ、それでも“願いを可能とする”程の魔力の渦だ。
   願望機としての機能は損なわれていない。
   問題があるとすれば、それは悪を以って善を浮き彫りにする、という幸福の有り方だろう。
   十年前の火災はそれ故の惨劇だ。」

 あの地獄。
 あの断末魔。
 あの焼け野原が脳裏によぎる。

言峰「その結果は言うまでもない。聖杯から漏れた泥は街を燃やし、人を殺めた。
   その光景を――――おまえならば知っている筈だ」

 ……ああ、見ていた。
 確かに、この眼で全ての元凶を見ていたとも……!「―――じゃあ、あの黒い穴が」

言峰「そう、聖杯という門(あな)だ。
   皮肉な話だ。穢れなき最高純度の魂をくべる杯。
   そこに一粒の毒が混ざった程度で、穢れなきモノは全て変色した。なにしろ無色だからな。
   どれほど深遠で広大だろうと、たった一人の、色のついた異分子には敵わなかったという訳だ」
士郎「異分子って……じゃあ、それが聖杯の中身を変色させた原因なのか……?」
言峰「おそらくな。三度目の儀式のおり、アインツベルンは喚んではならぬモノを召喚した。
   その結果、彼らが用意した聖杯戦争という儀式に不純物が混入した。
   三度目から四度目の間。六十年の歳月をかけて聖杯の中で出産を待った不純物は、
   しかし外界に出る事は敵わなかった。四度目の聖杯は狭すぎたのだ。
   前回はセイバーとキャスターが残ったまま期限を迎え、聖杯は完成しなかった。
   門こそ開いたものの、それは即座に切嗣によって破壊された」
凛 「不純物―――じゃあ、そいつが黒い影の本体……?」
言峰「そいつ、というのは間違っているな。
   黒く染まろうと聖杯の中身は純粋な“力”の渦にすぎない。中にあるものは方向性を持った魔力だ。
   『人を殺す』という方向性をもった、それだけに特化した呪いの渦。
   人間の悪性のみを具現した混ざり気のない魔。
   それが聖杯の中にいる現象―――夜に徘徊する影の本体だ。
   まだ生まれておらず、間桐桜がいなければ影さえ落とせない蜻蛉にすぎないが」
士郎「蜻蛉だと……? ふざけんな、桜はそんな得体の知れないヤツに取付かれているっていうのか……!」
言峰「そうだ。そして間桐臓硯は彼女に聖杯の器との何らかの触媒となるよう調整されたのだろう。
   凛から聞かされていた身体の改造はこのためだ。」

言峰「聖杯の中身が漏れているのではない。
   アレは、間桐桜に浸透する事で誕生しようとしている魔だ。
   故に―――あの“黒い影”は聖杯の中身などではない。
   アレは既に間桐桜そのものだ。
   寄り代(マスター)への侵食……間桐桜に力の継承が済んでしまえば、彼女自身があの影に変貌する」

「――――――――」
 ……待て。
 ……ちょっと待ってくれ、言峰。
 そんなコト言われても、うまく、考えを纏められない。

言峰「もとより不完全な聖杯の触媒。
   ……いや、前回の戦いで汚染された聖杯を使用した時点で、彼女はとうに契約していたのだ。
   アインツベルンが作った聖杯ならばこのような事にはならなかっただろう。聖杯の中身は呪いに満ちていただろうが、
   それと適合するだけの依り代ではないのだからな」

「――――――――」
 黙れ。
 だいたい話が長いんだおまえは。
 もっと単純に言えばいい。
 例えば、あの影は桜の無意識なんかじゃない。
 お前はそう言ってやがったが、あの影が人を襲っていたのは、もとからそういう力(ヤツ)だからだ。
 桜は。
 桜本人が、望んだコトなんかじゃない。

言峰「聖杯の中で渦巻く呪い。これに適合する聖杯でなければ、あのように呪いがカタチを得る事などなかっただろう。
   聖杯の中にいるモノは、自身を確かなカタチに“象(かたち)どれる”依り代と繋がってしまった。
   通常の聖杯……アインツベルン製の黄金や、魔術師の肉体を使った青銅の聖杯ならば象にはならず、
   不確かなカタチになっていただろう。
   なにしろ質量を持つほどの呪いだ。場合によっては、ただ増殖するだけの肉の塊になるやもしれん」

 俺は聖杯が手に入れば助けられると思った。
 桜が影に呑まれきる前に、黒い影を浄化してしまえば助けられると。
 だが――――あの影が聖杯の中身そのものだというのなら、それは。

言峰「呪いは間桐桜という依り代を得た。
   なにしろ前回の戦いでこの世に漏れた“触覚”を体に埋め込まれ、魔術回路として育てられた人間だ。
   間桐桜が触媒として門を開けば開くほど、中にいるモノと一体化していくだろう。
   だが安心しろ。
   間桐桜に理性があるかぎり、影は影にすぎない。
   いかに呪いが間桐桜を汚染しようと、命令権は彼女にある。
   彼女が触媒として門を閉じようとするかぎり、中のモノは間桐桜に宿るだけで、完全には外に出られない 
   マスターとサーヴァントの関係と同じだ。
   マスターである間桐桜が許さない限り、サーヴァントである“呪い”はその力を行使できない。
   どれほど圧倒的な力を持とうとこの主従関係だけは覆せない。
   “呪い”がその殺人嗜好を遺憾なく発揮するには、間桐桜の理性が邪魔だ 
   間桐桜が“呪い”を自らの一部として受け入れるか、
   それとも“呪い”の魔力量に耐え切れず理性が崩壊するか。
   そのいずれかを以って、間桐桜が孕んだ闇は誕生する。
   彼女は既にあの影そのものだ。もはや聖杯戦争が終わったところで、彼女を元に戻す事はできん」

士郎「は――――   、あ」

 心臓が、止まるかと思った。
 強く、肉を抉るほど胸を押さえて、消えかけていた呼吸を再開させる。

士郎「――――じゃあ。聖杯を、このまま求めるって事は」
言峰「あの黒い影を羽化させる、という事だ。
   聖杯の降臨と共に、彼女の精神は死に、その時こそ地獄が具現する。」

士郎「そ――――、んな」

 その事実に俺は膝を屈してしまう。
 聖杯こそが桜を救う唯一の奇跡だった。
 だが、その聖杯そのものが桜を蝕み、この冬木市をどん底に陥れている元凶。

「――――」

 遠坂も辛そうに顔を伏せてる。
 そうだ、もうこの戦いの先に救いはない。
 どうしようもないのか?本当にもう桜を救う手段はないのか……?

言峰「絶望するのは早いぞ。まだ話は終わっていない」
士郎「…………?」

言峰「先も言ったが、本来の聖杯であればこのような事態にはならないのだ。
   ゆえに、聖杯の守り手、アインツベルンならばなにか他に手段を知っているかもしれん」
  「――――!?」
言峰「彼らはラインの黄金の伝承に長けており、聖杯の器となる模造品を作り上げてきた一族だ。
   また、本来の聖杯の器は代々、アインツベルンのマスターが隠し持っているという話もある。
   元は霊体の奇跡を降ろすのに、別の物でも構わないのだが、場所と器、儀式によって純度と力が変動するのだ。
   確かに聖杯の中身は汚染されているが、それに対して何らかの対抗手段を講じていても不思議ではない」

 さっきまでの深刻な空気は、少し軽くなった。

凛 「じゃあ――――」
言峰「故に、まずはアインツベルンのマスターに接触することだ。
   こちらとしても、汚濁した聖杯をこのまま降臨させるのは都合が悪いからな。」

士郎「――――イリヤ」

 立ち上がる。
 そうと決まれば休んでいる暇はない。
 やるべき事ははっきりしているし、倒すべき相手も判っている。
 回り道はなしだ。
 今日一日。明日を迎える前に、長かった戦いに決着をつけてやる――――