Fate/MINASABA 23th 00ver


―――――――夢を見る。
 血液が流れるように、繋がった細い回路から、手の届かない記憶を見る。
 それは、そいつの思い出だった。
 少なくとも自分の物ではない。
 これは他人の物語だ。

 少年はたいへん強い、ある酋長の息子として生を受けた
 名をセツリと名づけられ、栄えある一族の男子として、その日は彼を祝う祭りが一晩中続いた。
 だが生まれつき耳が聞こえず、物も言えない子であり、ほどなく一族のやっかい者となってしまう。
 族長の息子ということもあり、端を切られるようなことはなかったものの
 兄弟から見放され、姉妹から捨てられ、周りの人々から軽蔑されて
 彼の心はいつも暗く曇っていた。
 なぜ、自分は他の人と違うのだろう
 なぜ、自分はこんな扱いを受けなければならないのだろう、と

 ただ、唯一兄だけは優しかった。
 彼は兄弟の中で唯一親切で、身の回りの世話をいやな顔一つせず進んで手伝ったり
 同年代の子供たちからいじめられていると、いの一番で駆けつけ
 いつもふとしたことで泣き出す彼を優しく労わったりしてくれてた。
 そう、彼はこの世でたったひとりの大事な友達でもあった。

 兄はもう大分年寄りだったが、貴い薬草の性質から、鳥や獣たちが持っている不思議な力まで、
 凡そあらゆることを知り抜いている、とても恐ろしい力を持った魔法使いとして人々の間に騒がれていた。
 彼はそんな兄を心の底から尊敬していた。
 一番えらい族長の父でさえも兄のことは敬意を持って接していたし、おかしな病や大きな怪我を負った人たちも
 彼の手にかかるとたちどころに良くなってゆくのだ。
 だから、

「おまえのその眼は鳥のように誰よりも鋭く、その指先は道具作りよりとても巧みだ、
 付いてきなさい、私が仕事を教えてあげよう、
 そう、おまえはきっと一族に大きな恵みをもたらす立派な大人になるだろうから」

 いつもやさしく微笑みながら頭を撫でて、魔力のある草木の根を採りに一緒に連れて行って
 くれるときは、こんな自分が役に立てることができるんだと、すごく嬉しかった。

 ある春のうららかなある日、いつものように薬草を摘みに行き
 山のとある狭い谷間で3羽の鳥に出会い、それぞれに兄は不思議な言葉を話し
 そのつど、鳥たちを追って奥へ、もっと奥へと進んでいく。
 三日三晩、後について山々の上を飛行し、四日目の朝、とある山の斜面を下へ降り、大きな渓流を伝った
 覆いかぶさるような大木の木陰に、 死んだように静かな深い池が現われる。
 今まで黙りこくっていた鳥たちが、魔法使いの兄に向かって、

「弟さんをお連れなさい。葦や百合の間に座って、どんなことが起ころうと、決して怖がらず、
 池の縁でじっと待っていなければなりませんよ、とお告げなさい」

 と話す。
 兄は迷ったものの手真似でセツリに伝え、弟の身を案じながらもひとり残すことにした。

 再び静まり返ると、教えられた通りに池の縁へ恐れもせずに歩み寄り、
 腰を下ろして、静かに水面を眺めていると、怪物のような大鰐が現われる。
 恐ろしい尻尾を一振りすると物凄い泡沫が飛び散り、大蛇のような体を引き摺ってのそりと岸に這い上がり、
 剣のような毒歯がぎらぎらと光る真っ赤な口を開けてセツリに噛み付こうとする
 恐れはなかった。
 敬愛する兄のためなら、この程度の試練なんのことはない。
 どんな業火の中だろうと、如何なる巨悪な魔物だろうと、身を以って勇気を示そう。
 二つの難関を越えて、数時間は再び静寂に包まれた後、
 水面がゆらゆらと輝き、お婆さんの姿をした妖精がひょっこり出てくる
 妖精の右手には美しい黒いサコブラー、左手には小さなルーイベッキーがとまり可愛い眼を瞬き、
 頭の上には一番見事なオリオールが差し昇る月のように光っていた。

 セツリを見詰めていた妖精がやにわに、
 「許せっ!」
 と一声大きく叫ぶと、不思議な光が身体を包み、
 見る間にセツリの体全体に新しい不思議な力がむくむく湧き返るような気がすると、
 「おやっ! 俺は話せるのだっ! 聞こえるのだっ!」
 と叫ぶことができ、気が付けば妖精の声も聞こえるようになっていた。

「私は二人をよく存じています、そしてお前さんをいつか助けてあげたいと思っていた。
 さあ、お前さんが欲しいと思う物は、どんな物でも手に入れさせてあげましょう。
 ただ、お前さんは、それを願えばよいのですよ」

 と妖精の懐かしそうな声がはたと止むと、その姿は消え失せ、三羽の鳥は羽音も慌ただしく、
 ばたばたと飛び去って行った。
 彼は小躍りしながら魔法使いの兄の傍へ駆けて行き、心配していた兄は話を聞くと驚いて飛び上がる。
 そのときの我がことのように嬉しむ兄の喜びようは忘れない。
 やがて谷間を後にして旅に出ると、けたたましい羽音が空に響き渡り、鳥の三群が、
 とりわけ美しい鳥が大勢の鳥たちを導くお頭として先頭にして、兄弟たちの上を翔けて来る。
 たちまち天空の彼方が黒雲に包まれ、恐ろしい轟きが起こり始め、
 凄まじい雹が降ることに気付いた魔法使いの兄が眼をくるくる回し困るも、セツリは落ち着き払い、
 やにわに声を張り上げて命令を下すと、見る間に野原の真ん中に一千の小屋がぱっと立ち現われる。
 兄が驚き喜びつつ、二人しかいないのにこれほどの数の小屋をどうするのかと弟に訊くと、
 眼一つ動かさず厳めしく立っていたセツリは、

「大丈夫です親愛なる兄上よ、私の部下の兵士や手下の者たちにも、やはり小屋は要りますよ」

 と答えるがいなや、鳥の群に向かって合図を下すと、
 鳥たちが気高く、雄雄しく、鮮烈に勇壮なる兵士たちへ変化した
 彼らはお頭のセツリに恭しく敬礼をすませると、小屋をさして、厳かに静かに歩き始めた。 
 凄まじい勢いの大梅実大の雹の暴風雨が過ぎ去り、セツリは再び全軍を呼び集めて軍勢を整え、

 「さあ続け者共!これより我らが叩き伏せるは大いなる邪心を抱く横暴なる蛮族よ!!
  今こそ汝らが力を以って、母なる大地を取り戻そう!!」

 さも誇らしげに、高らかに、王は居並ぶ戦士たちにの隊列を両腕で振り回す。
 兄はただ嬉しくて、ものも言えないほどだった。
 その身に降りかかった不幸を乗り越え、いま降りかかる喝采を浴びる眩く雄大な後姿は
 もう、あの頃のような小さく聾唖な子供ではない。掛け値なしの真の王たる姿に他ならない。
 厳かに立ち並んだ全軍は、あらん限りの声を張り上げる、
 それは酋長にのみ捧げる挨拶で、「セツリ様の進むところ、水火をも辞せじ」という誓いの詞(ことば)


      「「「「「「「バエタ(Bayeta)!!!」」」」」」


 戦士たちの斉唱は地をどもよし、蒼天の彼方へ突き抜けてゆく。
 心を一つにした鳥の王と戦士たちは、いかなる障害も、困難も乗り越えてゆくだろう
 物語は始まる。大空を見据える鳥の王はまだ見ぬ地平を夢みて大きく羽ばたいてゆく


 翌日、昨夜の雨は夜中に止んで、街は曇った空のまま朝を迎えていた。
 昨日、夜遅くまで殺害現場を巡っていた僕は、ランサーの言葉に従い、家に一端引き上げたのだ。

ランサー「……おう、早いなシンジ。朝飯でも作ってくれんのか?」

 目の前でベッドから起きたばかりの自分に、朝っぱらからビールを飲みながらそんな事を言ってくる。
 もちろん、コンマも置かずに文句を言ってやることにした。

慎二  「うるさいな、明るいうちから酒びたりの飲兵衛に食わすモノなんかないよ、欲しけりゃ働くか、自分でなんとかしろ」
ランサー「はは、ちげえねえ。んじゃあまあ、お隣さんから食料でもわけてもらうとしますかね」

 頭をかきながら大柄な使い魔は答える。
 と、彼は唐突にお化けでも見るような目付きをしてこちらを見た。 

ランサー「おい、おまえ、顔が青っ白いぞ。体調悪いんじゃないのか?」

 言われて僕は鏡を見てみた。なるほど、たしかに蝋人形のように顔色は土気色をしている。

 床に脱ぎ捨てたコートを拾って、袖に腕を通す。
 時刻は朝の七時、そろそろ街も息を吹きかえす頃だ。
 これ以上ゆっくりしている余裕は、今の僕にはないと思う。

ランサー「なんだ、もう出かけるのか? もーちょいゆっくりしていけよ。足もとがふらふらだぞ、おまえ」
慎二  「いや、それどころじゃなくなったから」

 なにが? とランサーは首をかしげる。
 僕は電源が切れているテレビを指して、ついさっきまで見ていたニュースの内容を復唱した。

慎二「今日じゃなくて、昨夜の犠牲者。ほら、値段が高くて有名な冬木ハイアットってホテルあるだろ。

 その建物一帯でさ、犠牲者が出たらしいよ。なんでも今回は一度に120人なんだって」
 ほう、と感心してランサーはテレビの電源を入れた。
 この時間帯、番組はみんな報道関係で、何チャンネルであろうと行方不明者のニュースは採りあげられていた。
 内容は僕が口にした通り。ただ付け加える事があるとすれば、それは――――

ランサー「おい。犯人は赤黒い服の女って、なんだこりゃ」

 ランサーの言葉には答えず、玄関へと歩きだした。
 気だるそうにランサーはのしのしと後ろに付き添い、僕は家を後にした。

 今朝のニュースで報道していた集団行方不明がおきた現場は、家から歩いて二時間とかからない場所だった。
 もちろん現場には警官たちが出張っていて近付く事もできないので、野次馬のように遠巻きに様子を眺める。
 現場はホテル一帯で、僕のいる大通りから見える物はやはり何もなかった。
 あんまり長居して警官に睨まれるのも時間の無駄、と大通りを歩いていく。
 ちょっと被害にあった家族の関係者に聞いてみようとも思ったけれど、それは止めておいた。
 あそこには宿泊者をチェックする受付の人間はもういないし、ビデオカメラの記録を僕のような一般人に見せてくれるはずもない。
 ましてや遺族にこんなことを聞くのも少し不謹慎だろうし
 そもそも桜がそのホテルを襲ったとしても、今はもういないだろうから意味なんてないんだ。
 現場を離れた後、ふと教会の監督役なら、なにか掴んでいるかもしれないと、二人はそのまま、冬木の言峰教会に移動する事にした。


「やっほー! またまた奇遇だねシロウー!
 今日はなに?私またタイヤキが食べたーい!」
 セイバーと共に食料の買出しに商店街を歩いていると、
 いつのまに近寄ったのか、イリヤがぶつかるように抱きついてきた。
 どうしていつも付いて回っているのか気になったが、イリヤがああして笑っている以上、追究するのはヤボというものである。

士郎 「ああ、いいぞ。ちょうど目ぼしいものも買い終わったし、ここらで切り上げようかと思ってたところだ。
    イリヤは散歩の帰りか?」
イリヤ「ええ。わたしも気晴らしに観察してたの。普段は人が多いから少ない時を狙ってね。
    結果は―――まあ、退屈はしなかったかな」

 初めて会ったのは聖杯戦争に巻き込まれる少し前からだ。
 今日と同じように買出しで商店街を歩いていたら、なんか、くいくいと後ろから服を引っ張られてたのだ。
 なにごと?と首を後ろに回すと、銀髪の美少女が邪気のない瞳でじっと見ながら立っていた。
 当初は気が動転して、気が付いたらあれよあれよと、いろんな所に引っ張りまわされたのだが
 いつの間にやら、こうして会うたびに手ごろなおやつを買って公園でいっしょに食べるのが日課になっているのだ。

イリヤ「ほら、早く早く! 急がないとおいていっちゃうからね、シロウ――――!」
    くるくるとはしゃぎながら走っていく。
士郎 「――――ま、なるようになるよな」

 観念してイリヤの後を追いかける。
 あの子もこの戦争に参加しているマスターだった。
 アインツベルンという聖杯戦争を立ち上げた御三家の末裔、いずれ命を賭けて殺しあう敵であった。
 彼女は昼間の間は、戦闘の意思はないので、気にするなと告げていたが
 いつも最後には、俺の説得からヒートアップして喧嘩別れになってしまうのだ。
 まあ、なぜかそれに懲りずにまた会いに来てはこうしてオヤツをせがんでくるのでどうにも憎めないのが不思議だ。
 セイバーも警戒はしているが、人を見る目に自信があるとのことで、意外にも普段は霊体化してこちらの動向を黙認している。
 ならこっちもあの子を、マスターとしてではなく、一人の少女として向き合わないと。

 公園には誰もいなかった。
 砂場で遊ぶ子供もいなければ、ブランコに揺られている子供もいない。
 それに寂しさを覚えながら、イリヤと一緒にベンチに座ってみたりする。
 ……なんというか、傍目から見たらおかしな組み合わせだと思う。
 イリヤは外国人だから兄妹に見えるわけでもないし、友達にしては年が離れすぎている。

 イリヤとの話は、それこそ一時間ほど続いたと思う。
 好きな食べ物、嫌いな食べ物。
 鳥が好きで猫が嫌いで、雪が好きで寒いのは嫌いで、遊びたいのに遊べなくて、口うるさいお目付け役のメイドは嫌いだけど好

 きになってあげてもいい、なんて他愛もない話をした。
 イリヤは、ただ話しているだけで嬉しそうだ。
 ちょっとだけ温かいたい焼きをほおばりながら、足をブラブラと揺らしてベンチに座っている。
 イリヤは、本当に無邪気な女の子だ。
 そのイリヤがマスターである事、マスターである自分を躊躇わない事。
 戦いに赴く自分に恐れを感じていない事が、ひどく、哀しい事だと思ってしまった。
「――――――――」
 アインツベルンという魔道の家系。
 マスターとして送り出された幼い少女。
 それがイリヤの目的なら、俺は「――――イリヤ。一つ訊くけど」

イリヤ「ホント、シロウはおバカさんね。」

 開口一番にそう告げた。
 力のない声。
 イリヤは俯いて、じっと俺を見つめている。

イリヤ「もう決心しちゃったんでしょう。この闘いに命を賭けて聖杯を勝ち取ることを」

 時間が止まる。
 それは今までの時間が消え去ってしまうほどの、無感情な沈黙だった。

士郎 「ああ、俺は闘いを止めるためじゃなく、聖杯を手に入れるためにこの戦争に臨む」

 そう、俺はこの道を選んだ。
 桜を助ける為に他人を殺すことになろうとも聖杯を手に入れる。
 親しい人を、今ここに問いをなげる少女でさえも、この手で殺めるかもしれない。
 後悔も懺悔も許されない。
 ……誰かの味方をするという事。
 ただ一つ、愛する者《エゴ》の為、大切なものを奪い続ける。
 正義を貫くことは、立ちはだかる敵を切り伏せることに他ならないのだから。

イリヤ「よくできました。ええ、シロウの言うとおりよ。
    なにかを得るためには、なにかを犠牲にしなくてはならない。
    等価交換、魔術師の基本原則よ、そう、これからは――――」
士郎 「でもイリヤは殺さない」
イリヤ「――――――――!?」

キシ、と音をたてて意識が歪む。

イリヤ「シロウ、まだそんな甘い覚悟ではこの戦争は勝ち抜けないわ
    敵の魔術師はきっと死にものぐらいで臨んでいる。どんな非道な手段をとるのかわからないのよ?」
士郎 「ああ、それでもだ。なんたって俺は正義の味方だからな。
    前のように誰も殺さない、なんてことは思ってない。
    でもあきらめてもいない、最後の最後まであがいてみせるさ、
    だからイリヤ、おまえも桜もきっと――――助けてみせる」
イリヤ「―――――――――シロウ」

 少女は悲しげに見守り続ける。
 このとき士郎は、まだ自分の言葉の意味を理解できていなかった。
 果たして、彼女たちがどのような宿命を背負っていたのか、彼が全ての真相を知るのは、まだ先の話である。


士郎 「…………そうだイリヤ、他に聞きたいことがあったんだ、最近の行方不明事件について、なにか知らないか?」

 未だ桜の行方は不明で、昨日も街で多くの人が犠牲になったのだ。
 もしかしたらイリヤの方でなにか情報を掴んでいるかもしれない。

イリヤ「事の顛末は知っているわ。
    たしかに最近の冬木はどこかおかしいけど、そう目くじらをたてる程の事じゃないし
    でも残念ながら、士郎と同程度の情報ぐらいしか知らない
    あの影がどこから来ているのか私もよくわからないわ」
士郎 「…………そうか」

 手がかりはなしか、やはり遠坂たちとなにか手を考えなければならないようだ。

イリヤ「さあ、そろそろ私帰るね。
    シロウたちの問題に興味はないし、私はとっくに仲間外れですもの。
    あとはこの戦争の結末をゆっくり終わりまで眺めているだけ」
士郎 「…………次に会うときは、敵同士かもしれないな」
イリヤ「そうね、だから最後にイイコトを教えてあげる。
    あの影の名はアヴェンジャー。アンリマユの名を冠する、最も古い悪心よ」
士郎 「――――――え?」
イリヤ「じゃあねシロウ、貴方の話が本当なら、今夜また捜すんでしょう? 
    せっかく一人になったんだから、よく考えてみる事ね。
    貴方は何がしたかったのか。本当に、その“違和感”を解決してしまっていいのかを」

 イリヤは公園を去っていく。
 忠告には俺の体を案じる厳しさと、俺を憎む殺意が混在していた。
 それを見送って、意味もなく空を仰いだ。
「――――――くそ」
 ……ああ。
 答えを言えなかったのは、気付いてしまったからだ。
 未だ正体の掴めない黒い影。
 もう半ば切り捨てた筈の、今まで自分が目指していた理想。
 その全てが告げているのだ。
 聖杯を手に入れれば、他のどんな望みも叶う。
 だが―――桜を幸福にするという願いだけは、どうあっても叶えられない幻想かもしれないと―――

 そして、この直後、彼女は黒き聖杯の守り手と魔弾の射手によって攫われてしまうことを
 士郎が知るのは少し後になってからだった。