Fate/MINASABA 23th 00ver

ぁ――――はあ、はあ、は――――
 肺が苦しい。
 胸の上から押さえつけた心臓は、ずいぶん前から慌ただしく危険信号を送っている。
 心臓は全身に血液を吐き出しながら、これ以上動けば何より先にワシが死ぬわ、と抗議するように暴れている。
 ぁ――――はあ、はあ、は――――
 喉が痛い。
 一息吸うたびにトゲを飲み下すようだ。
 だから怖くて呼吸ができない。
 ただでさえ酸素が足りないのに、自分から呼吸を制限するなんて自殺行為。
 ぁ――――はあ、はあ、は――――
 酸素が足りないから手足もよく動かない。
 おぼつかない足取りでここまでやってきたが、この先はいつ倒れてもおかしくはない。
 っ――――ふ、くっ…………!
 そう思ったとたん、力が湧いてきた。
 ここで倒れる訳にはいかない。
 それでは抜け出してきた意味がない。
 彼女―――わたしはここで、自分に決着をつけなくてはいけない。
 自分をマスターにしたあの老人を、刺し違えてでも止めなくてはいけない。
 ――――ふぅ――――ふぅ、ふ――――
 ……呼吸を整える。
 これで全て終わる。後はこの胸に巣くう祖父を倒せば全て終わるのだ。
 今は、先ほどの攻撃により著しく消耗して本体は休眠状態に陥っている。
 こうなれば自身の力でずっと押さえ込むことも可能なのだが、自分もいつ壊れるかわからない
 この状況ではもはや先がない。
 ならば自分もろとも祖父を消し去り、後の禍根を残さぬようにしなければならない。
 少なくともこれで、冬木市を脅かした行方不明事件と祖父と私からの脅威は先輩たちから
 取り除かれることになる。
 ――――はあ、はあ、は―――― 
 大丈夫、そう難しいことじゃない。
 幸い、頭の中の記憶も、いまこうしている記憶も曖昧になっている。
 次の瞬間には覚えていないから、恐怖は比較的小さかった。
 未練はある。結局姉だった人に思いを伝えられなかったこと。
 後悔はある。結局先輩に想いを伝えられなかったこと。
 それでも

桜「……そ、そうだ、わた、わたしは、変わりきる姿を見られたくない。先輩、先輩さえ無事なら、それでいいんだ。
  だから――――もう、わたしは生きてちゃいけないんだ」
 虐げられた魂。
 救われない体。
 それでも――――救いがあるのなら――――

桜「……さよなら姉さん、先輩――――」
 そして自らの胸に影を突きいれようとしたその時

「それはいささか、楽観視がすぎるというものだよ姫君(プリンセス)」

不意に後ろから呼びかける声がした。


 ベッドに腰をかけて、ぼんやりと天井を見上げる。
 昼間っから眠ってしまったセイバーではないが、こっちも休憩が必要だった。
 ……吐き気は治まったものの、体の具合は依然最悪。
 おまけに、次から次へと予期せぬ展開を押しつけられて両肩がぐっと重い。

士郎「―――――――ふう」
 深呼吸をして、ぼんやりと与えられた部屋を眺める。
 とりあえず訊くべき事は訊いたが、右も左も判らない状況は変わっていない。
 はあ、ともう一度深呼吸。
 遠坂の家に泊まる、というのはもう確定らしい。
 なんでも、この家の土地の土は特別で、吸血種が寝床にしていた曰くつきの霊脈らしく、遠坂の後継者である彼女なら、一晩埋まっておけば元気になるんだとか。
 さっき食料の買出しについて聞こうと地下に行ったら、一際重々しい扉に “ただいま就寝中につき、立ち入り禁止” なんてふざけた札がかかっていたし。
士郎「―――――――桜」
 遠坂の家を拠点にするというこの状況、普通なら緊張して気の休まる所ではないのだが、頭の中は桜のことでいっぱいだった。
 俺はあの時、桜を失った。
 あの“黒い影”に成す術もなく去ってしまった。
 桜―――いや、あの影と対峙してもサーヴァントの力を持ってしても有効な打開策はなく、おまけに今だ聖杯戦争は継続中だ。
 遠坂曰く……次に出会うときは俺の知っている桜ではなくなっているかもしれない。

士郎「ってバカ、なに考えてんだ俺は……!」

 ぶんぶんと頭をふって、ばたん、とベットに倒れ込んだ。
「――――はあ」
 本日何度目かの深呼吸をして、ぼんやりと天井を眺める。
 疲れている為か、こうしているとすぐに眠気がやってくる。

士郎「ああ、もうどうにでも――――」

「――――なりはせんよ。」

士郎  「―――セイバー」
セイバー「今しがた町がどうなっているかをざっと見て回ってきた。現状ではこれといって打つ手はないが
     町の人々の被害は今だ留まることはないようだぞ?」

 思い出があった。
 ちゃんと、今でも生きている温かさがあった。
 忘れようのない、彼女の体温が昨日まですぐ近くにあってくれた。
 しかし今はいないのだ。俺たちの下から去ってしまったのだ。

セイバー「間桐桜を連れ戻そう、などと思ってはいないだろうな」
士郎  「なっ……お、思ってるに決まってるだろう。俺は桜を助ける為に」
セイバー「止めておけ。今の我々では間桐桜……いや、あの黒い影には太刀打ちできん。
     出会った瞬間、話し合いの余地もなく飲み込まれるだけだ。それはおまえの方が判っているのではないか?」

「っ――――――――」
 ……それは。
 確かに、いま桜の前に出ても中庭の時と変わらない。
 けど、だからと言って――――
 そこでふと気が付いた。
 もし、もし仮に桜を上手く無力化できたとして
 それから――――
 それから後は、どうすればいいのか。
 ああなってしまった桜相手にどうすればいい。
 俺はどうやって桜を、元の桜に戻せばいいのだろうか。

セイバー「悟ったか、もはや彼女は手遅れなのだ。我らにあの子の解呪は出来ぬだろうし、
     すでに彼女は多くの罪なき人々を殺めた許しがたき咎人よ、けして見逃すことはできぬ」
 セイバーの言葉を優しさと取るか冷酷と取るか。
 戦いにおいて、この騎士はその二つを内包している。

セイバー「貴公が目指す正義の味方とやらは、そうした災厄から人々を守るために闘わなくてはならないのではないか?」

 そうだ、人々にとって悪であるのなら。正義の味方は、その者と戦わなくてはならなくなる。
 俺はその為に魔術を習って、理不尽な災厄から人々を救うための鍛錬を続けてきた。
 今まで正義の味方になると生きてきたクセに、やってきたのは手を貸すだけ。
 そうやって誰かの為になっていれば、いつかは周りが幸福になれるのだと信じていた。
 いや。
 それを信じて走らなければ、胸を張って進めなかった。
「――――――――っ」
 ……人を助ける事と救う事は本質が異なる。
 その違いが分からない俺に、セイバーに反論する言葉が何一つある訳がないのだ―――

セイバー「判っていた筈だ。明確な悪がいなければ貴公の望みは叶わない。
     たとえそれが君にとって容認しえぬモノであろうと、正義の味方には悪は許しがたい存在だ」

 だとしたら、俺は一体どうすればいいんだ。
 いや。
 俺は一体、誰を■せば――――

セイバー「―――それを可能とするのが聖杯だ。万物全て、貴公の望むままとなる」

「っ――――――――」
 ……心臓が高鳴る。
 持ち主の望みを叶える杯。
 不可能はないとされる、魔力を無尽蔵に秘めた器。

セイバー「然らば、この戦争を勝ち抜き、天上より賜る聖なる杯によって彼女の罪を洗い流すほかあるまい。」

 明確な目的意識が、全身の血を濃くしていく。
 自分の手で叶えられないなら、この戦争の果てにある奇跡に手を伸ばせば―――

セイバー「なればこそ我が剣をとれ、錬鉄の魔術師よ。熾天の玉座は、最も強き願いのみを迎えよう―――」
 肩の力が抜ける。
 約束があった。
 いつか冬が過ぎて、春になったら――――
 唐突に約束を持ちかけられた、果たされるべき、小さな希望。
 そうして、初めて自分の意志で、少年はこの戦争に闘いを挑む決意を決めたのだった。


 船舶の後方からゆっくりと距離をとりながら、赤い影が現れる。
 暗めの金髪に碧眼、彫りの深い顔立ちにいかにも品のある立ち居振る舞い。年齢にして二十代前半といった感じの西欧人。
 赤いマントを羽織り、精微かつ無骨な戦衣装を見に纏う、絵に描いたような美男子は桜と目が合うなり陽気に手をあげた。
「やあサクラ! 久しぶりだね、ご機嫌はいかがかな?」
 親しみに満ちた笑みを浮かべる。けれど私には、それが蛇のように悪意に満ちた物にしか見えなかった。

 笑みを絶やさぬアーチャーは、翼弩に優雅に佇みながら、ゆっくりと旋回して御座船の手前、
 桜との距離7~8mほど距離を空けてで立ち止まった。
 桜は、明らかに歓迎していない素振りで青年に冷たい視線を送っている。

桜    「今更、なんの御用ですか?お爺さまを取り返しに?それとも聖杯を回収に来たのですか?」
アーチャー「ハハッ、そんなのは決まっているだろう! 全ては可愛らしいキミに会うためさ。
      仮にもマスターであったため、あんな胸糞悪い爺なんぞと協力関係を結んでいたが、
      今はその限りではない。まあ、下世話だが確かに聖杯の器たる君が目当てというのは否定しないさ。
      だが私は礼節を重んじる武人でもある。よって君にアドバイスをしにきてあげたんだ。それとも私の好意は迷惑かい?」

 青年は大げさに両手を広げると、善意に満ち満ちた笑顔をする。なんだかどこぞの国の王子さまぶりで、先輩とは正反対だ。
 緊張を崩さず私は冷ややかな眼差しを崩さない。それを前にしても、青年はにこにこと笑っていた。

桜    「お話することはありません。その軽薄なにやけ顔、私の兄を見ているようで不愉快なのでここで消えてもらいます。」
アーチャー「キミの苦悩を全て解決する方法がある」
桜    「っ――――――――!?」

 目前に迫った巨大な影は、アーチャーの前で止まった。

アーチャー「まずは話だけでも聞いてくれないか?食すのはその後でもできるからね」
桜    「――――――――いいでしょう、つまらない話でなければいいのだけど」

アーチャーを睨みつける。けれど青年は我が意を得たり、とばかりににやりと笑った。

アーチャー「さて、太陽と月を喰らう巨神狼(フェンリル)が大口を空けて睨みつけている。手早く話を進めよう
      あの爺から聖杯戦争の基盤、そのシステムは聞き及んでいるかい?ああ、結構!では順番が逆という話は省略しよう。」
     「小聖杯という受け皿を媒介に大聖杯を駆動させ、神の座へと道を開く試み。
      守護者とも言える“霊長最強の魂”英霊7人を生贄の血を純粋な魔力に帰す濾過器、
      それが此度の聖杯、キミとアインツベルンの娘の正体だ」
     「では今のキミの状態はなんなのか、無色の力である英霊たちの魔力を取り込むことによって
      聖杯へと変貌していくにしてはいささか禍々しいと思わないかい?」

桜    「――――――――」

 たしかに状況が切迫していたためにあまり気にとめなかったのだが、以前とは比べ物にならない魔力の固まり、
 サーヴァントの宝具に匹敵する“吸収の魔力”、聖杯に変貌するにつれて人の身に余る膨大な力の恩恵を
 預かっていると仮定するには、いささか禍々しいと疑問に思わないこともない。

アーチャー「細部は聞き及んでいないが、その原因は前の戦争で取り込まれた、復讐者《アヴェンジャー》……
      世界最多とも言える、あらゆる呪いを体現した殺戮の反英雄アンリマユによって汚染されているのが原因だ」
桜    「――――アンリ、マユ?」

 ……ちょっと待った。
 アンリマユっていうのは、たしか古代ペルシャの悪魔の名だ。
 拝火教における最大の悪魔であり、人間の善性を守護する光明神と九千年間戦い続けるという、悪性の容認者。
 拝火教はこの善悪二神による確執が主軸になる物語で、天使と悪魔の二元論を形にした最初の宗教だ。
 しかし、そこにはアンリマユという名の英雄など存在しない。
 そもそも悪魔の王の名を冠するモノが、どうして“英霊”に成りえるのか――――?

桜    「いえ、それはありえないですアーチャー。聖杯は英霊しか呼べないはずだし、
      そんな神様のような現象を再現できるならお爺さまは聖杯戦争にわざわざ参加する必要ない。
      いえ、そもそもアンリマユの名を冠する英雄なんている筈がないんじゃ」
アーチャー「そう、正確にはアンリマユの名を与えられた只の青年が呼び出されてね、
      だが世界中の人間の敵として、ただ理不尽に殺され憎まれ続けたために呪いを帯びた魂となっているんだそうだ
      それがキミの影の本体、英霊としてようやくカタチを得ようとするモノの正体だよ。
      アンリマユはサーヴァントたちの無色の魔力《たましい》を糧に、
      自分の霊殻である“この世全ての悪”を体現してしまっている。
      ただ悪であれ、と。
      六十億の人間全てを呪う、極大の悪性を身に帯びる英霊としてこの世に顕現しようとするのさ」

「――――――――」 
 言葉を失った。あまりのスケールに理解が追いつかない

アーチャー「その一部を受けた者が今のキミだ。
      爺は聖杯の欠片をキミに埋め込みアヴェンジャーとリンクさせて後々釣り上げちまおうとしていたのさ。
      出てくるヤツはどんなに巨大でもサーヴァントだ。この戦争のシステム上、マスターには逆らえない」

 ――――待った。
 つまり私は、アヴェンジャーというサーヴァントと契約している、という事になるのか……?

アーチャー「キミはおそらくアンリマユからの魔力汚染に耐えられないだろう。だが爺はそれで構わないのさ。
      大切なのは、アンリマユと繋がっているキミの身体だ。最終的には乗っ取って不死の存在へと昇華しようとしていたのさ」
桜    「――――――――ならわたしは、」
アーチャー「爺の脅威がなくなったとはいえ、このままではキミは破滅しかない。安らかな死を選ぶか、
      アヴェンジャーを産み出すまでに消えるか、逃げても悪性を孕んだその身は人類の敵たるキミを容認するほど
      この世界は寛容ではないしね。」

 驚きは思ったよりなかった。あのまま祖父の思惑通りになったとしても、
 桜は結局全てを失っていたという最悪の結末は戦争が始まる前から覚悟していたことだ。
 桜の望みがあるとしたら、それはたった一つ、今の平穏が続くことだけだったのに。

桜    「……なら私はどうあっても救われないというのね、アーチャー。そんなもの、今さらなんの意味もない」
アーチャー「しかし幸いなことにまだサーヴァントの脱落はまだ2名、そこで木偶になっているライダーを
      自我の崩壊を危惧して取り込んでいないのも幸いだ。今ならまだ間に合うだろう」
桜    「――――――――?」
アーチャー「ふふっ、安く評価しないでくれたまえよ、爺のような輩は決まって碌なことをしない。
      いずれは切り捨てられる可能性も充分ある。よって戦争の進行とともにあらかじめ幾つかの計画(プラン)
      を練っておくのは自然な流れだろう?」

――――そして宵の帳が落ち、やがて空に真円の月が浮ぶ。
 降り注ぐ月光は、まるで舞台を照らすスポットライトのように煌々としている。
 ……これで、幕が開いた。
 次の開幕はすぐそこだ。

アーチャー「先ほど言ったろう?聖杯はキミともう一人、アインツベルンの娘がいるのだと」



 時刻は夜の二時。
 ところ変わって、草木も眠る丑三つ時に、二人の影がブラブラと深山町の住宅街を歩いていた。

慎二「ハハハハハハ、お前なかなか役に立つじゃないか!」

 笑いが止まらないのは、僕のサーヴァントであるランサーが思いの外、役に立つヤツだと見直したからだ。
 爺さまから渡された(無理やりせがんで)簡易的な外付けの魔術刻印を用いて、神から愛されたこの僕が
 召喚を行ったのはいいが、出てきたのはまったくの無名な変なヤツで、一時は落ち込んだこともあったのだが
 (使えねーと言ったら鳥の糞まみれにさせられた。)
 どうやらこのサーヴァント、類を見ないほどの魔力消費が低コストな奴らしく
 使役・維持に必要な魔力は自分で調達して充分まかなえるらしい。

 おまけに辺りを警戒するこのうっとおしい鳥ども、最初は地味で使えないと思ったのだが
 (そう文句言ったらスカイダイビングさせられた)
 諜報、戦闘、雑事、大抵のことはなんでも出来るらしく、ランサーに酒をせがまれたときに
 渋々酒蔵のありったけを出してやったら、鳥たちが申し訳程度の装飾で着飾った美女たちに
 変身してどんちゃん騒ぎの酒宴になったのだ。
 何にも言ってないのに美女・美少女がストリップや王様ゲームをやりはじめたらおまえらどうする?

 最高だった。(お触りすると殴られるが)

ランサー「うるさいぞシンジ、騒ぐヒマがあるならさっさと先刻の戦闘の分析を始めるぞ」

 そう不機嫌そうに隣で話すこいつが僕のサーヴァント、ランサーだ。
 褐色の肌にワサワサとした民族衣装を纏い、背中に赤黒い槍のような歪な長モノを背負っている。
 その姿はまんまネイティブ・アメリカンの出で立ちで、かなり人目を引く。
 あまり霊体化したくないらしく、家の中や人気(ひとけ)のないときはこうして姿を現しているのだ。
 (前に当たり前のようにこの格好で外に出ようとしたので、天地を揺るがす押し問答の末、
  なんとか普段は現代の衣装をしてもらうことを了承してもらった)
 ちなみにこいつ、変な化粧をとると僕並の超イケメンなので、ナンパに連れていくと
 入れ食い状態なのでかなり重宝している。

 先ほど、敵サーヴァントの気配を察知した僕たちは、ランサーの使い魔である鳥たちを近くに
 見張らせて闘いの一部始終をモニターしていたのだ。
 驚くことに一般人の衛宮と遠坂、そして桜と爺さまがその闘いにおり、
 こっちも参戦だ、さあ乗り込もうと急かしたら殴られたので二重にかなりムカついたが。
 一時は周辺が異界と化して仔細を知ることができなかったものの、
 どうやらこの闘いであの憎たらしいお爺様は、どういう訳かおかしな姿をした桜に
 やられ脱落したようだ。
 僕を差し置いて大活躍していたのは不満だが、糞爺に反旗を翻したのはGJといわざるをえない。
 あとでカキピーを差し入れしてやろう。

慎二  「ハハッ、わかったよランサー、いやしかしラッキーだったねー。
     爺とライダーは脱落するし、衛宮と遠坂たちはボロボロなうえに手の内も色々わかったんだ」

 初めて遠坂を出し抜いてやった、そう考えると爽快だった。
 周辺の地形を把握したいと言われ、新都を案内していたため市内のほうまで入ってしまったので、
 早く帰ろうと急かしたら殴られたので、しばらく夜景を眺めながら夜道を歩く。

ランサー「いや、どうやら状況はこちらが思っているより切迫しているようだ。
     サクラが行使していたあの影、あれは我らサーヴァントの天敵だ。俺ではまるで太刀打ちできんだろうよ」
慎二  「え、なに?桜が使ってたあの黒いヤツの事?」
ランサー「ああ、ングウォレカラより性質の悪いヤツだ。最近あたり構わず貪っていたのもアレが元凶だろう
     シンジ、お前がいつもいじめるから捻くれて……」
慎二  「ちょ!?それは関係ないだろ!!………………たぶん」

 背中を汗びっしょりにしながら空虚な笑いをあげる。
 先日、衛宮の家に入り浸るのが気に入らなくて、あいつの部屋でなにか恥ずかしいモノを隠してないかと
 クローゼットをひっくり返してたら”ジャプニカ暗殺帳”なる明らかに痛いノートを見つけたので
 弱みを握ったぜ!と意気揚々に中身を検分して、そっと元の場所に戻してやったのが記憶に新しい。
 一気に黒歴史に放りこみたい事実だ。それ以降、少しばかし優しく接してあげていたから
 僕のせいじゃないと思う。そう願わざるをえない。

ランサー「どうやらあの影はサーヴァントを取り込み、その力の一端を自由に行使できるようだな。
     ライダーの船に搭乗されたのは痛かった。あの船は特殊な結界に覆われていて、あれでは迂闊に近寄れない」

 マジで何やってんの桜。
 ラスボスじゃないんだから、もう少し自重してほしい。
 もう色んな意味で、あの妹は遠いところへ行ってしまった気がする。

ランサー「おまえの友人の二人もなかなか気骨のある人物のようだ。連れのサーヴァントも手ごわい
     あれはさぞ名を馳せた長に違いない、やりあう時は相応の準備と戦略を練らねばならんな」
慎二  「なんでだよ、弱っているいまが絶好の好期だろ?」
ランサー「敵は他にもいる。サクラのあの影と真意も気がかりだ。あせるなシンジ、今は諜報に専念する」
慎二  「ぺっ、僕のサーヴァントの癖になにを弱気になっているんだ。大体おまえ、自分が弱わっちいから
     そんな逃げ腰に……」

ゴチン!!☆

慎二  「いってぇええええ!!」
ランサー「おいシンジ、おまえ今ツバを吐いたよな?地面にツバを吐いた
     大地を敬えと昨日言ったはずだシンジ、まったくこの地はおまえのようなヤツばかりだ」

 いかにも怒り心頭といった感じにランサーは慎二の頭にげんこつした。

ランサー「大地を汚せば、その報いを我々ひとりひとりが受ける。現代の人々はおまえのような
     アホ頭ばかりで本当に嘆かわしいぞ」
慎二  「ぐぬぬぬぬぬ……」

 ぐらんぐらんと痛む頭を抑えてうずくまる慎二は、まるで兄に叱られた弟のようにも見える。

ランサー「はあ……、シンジ、おまえは一つ勘違いしているな。強者は必ずしも強い人間とは限らないのだ」
慎二  「?……なんだよそれ?」
ランサー「たとえば、おまえが思う強い人間とはなにを指していると思うのだ?」
慎二  「そりゃあ……腕っぷしが強くて、頭がキレて、イケメンで、なんでもできる器用なヤツとか……」
ランサー「それもまた強さだ。強さの定義とは多種多様だが、おまえが指す強者とは
     内的要因によって自分が他者とは異なる「特別な何か」を持つ人間のようだな。
     生まれつき才能や身体が優れている人間、血の滲むような努力と根性で成功を治める人間
     際立った感性や思想で非凡な個性を生み出す人間。」
慎二  「なー、その手の説教はうんざりだよランサー。あれだろ?人間必ずなにかしらの才能や個性が
     あるから諦めずにがんばれってやつだろ?僕はそいつら凡才と違うから……」
ランサー「まー聞けシンジ、今言った人間の中にはある共通点があるんだ。それがなにかわかるか?」
慎二  「そいつは生まれついての強者だってことだろう?努力や根性で成功した凡人っていうのも
     結局はそいつがそういう強い人間だっていうこと」
ランサー「正解だ。生まれや才能、適正など色々あるが皆、そういう強さを秘めている人間だということだ」


 そうだ。結局は強い人間ってのは選ばれた人間しか持ち得ないものなのだ。
 同じ努力では凡人はなにをやっても天才には適わない。
 同じ環境では弱者はなにをやっても弱者のままだ。
 間桐のその跡継ぎとして生まれたにもかかわらず、魔術回路を持ちあわせなかった落ちこぼれ
 血の滲むような努力をしても叶わない、夢と現実の落差と劣等感

ランサー「だが強者にはもう二種類あってな、
     一つは、外的要因によって自分が他者とは異なる「特別な何か」を与えられた人間というのもあるのだ。」
慎二  「外的要因?」
ランサー「そうだ、民衆や仕来たりにより冠と権威を頂いた人間、運命のいたずらか偶然、莫大な財産や権利を手に入れた人間
     ”目的や手段を問わず他者を蹴落とし、栄光を勝ち取る人間”とかな」
慎二  「――――――――」

 たしかにそれもまた強者の定義にあてはまる。
 いくら、そいつが無能で愚図で汚い馬鹿でも、金や権力さえ持ってれば人々は顔色伺いながら勝手に擦り寄ってくるし
 どんなに裏で汚いことや、罪を重ねていても、世評や人脈で尊敬と羨望を抱かせる権力者もいる。

ランサー「わかるか?本当に弱い奴ってのはなにをやっても、どんなに努力しても駄目な愚図なんだ。
     人生プラス・マイナスで善いこともあれば悪いこともある。差し引きゼロなんて言ってる人間は
     どん底の底辺にいる家畜にも劣る人間の悲哀を知らない
     努力や根性、向き不向きが報われず、他者の才能や栄光を呪う奴は、スタートラインにも立てない
     生まれつきの欠陥を抱え、明日をも満足に生きられない人間の慟哭を知らない。」

 いつしか慎二はランサーの言葉に黙って聞き入っていた。
 上辺や同情、憐憫で語っているのではない。彼は等身大の自分を見知った上で
 真摯に、誠実に思いを伝えてくれているのだ。
 そして彼は知っている。
 生まれながらの強者から見下さられる弱者の屈辱を。
 あたりまえのモノすら与えられなかった、縋らなければ生きられない弱者の悲哀を。

ランサー「強いとか弱いとかそんな次元の話じゃない、運が良いとか悪いとかいう問題じゃないんだ
     飢えろシンジ、もっとずっとずっと気高く飢えるんだ。
     他人に蔑まれても、泥を啜り糞に塗れても、両手足をもがれてでも奪い取れ。
     きれい事が一切通用しないこの戦争で、追い詰められた最後の一瞬まで勝利に喰らいつけ!
     俺たちは絶対に勝つんだ、失くすものなんか考えるな
     そして、最も強い強者とは、」

 その言葉を聞き終わり、傲岸不遜な慎二も畏怖を禁じえなかった。
 人の身でありながら人の域を超えた者、絶望を飲み込み喰らい尽くす飢えた獣
 自分は間違いなく最高のサーヴァントを、最強の英雄を賜っていたのだと。

ランサー「覚悟を決めてケツの穴絞った奴をいうんだ。」

 己が慟哭の代弁者、遍く敵のことごとくを死角から狙う空の猛禽(ハンター)と共にすれば
 焦燥もなければ畏怖もない。
 嵐を前に、慎二の心は静かに奮い立つ。
 その昂揚、その血の滾りは、戦を目前に控えた戦士の姿に他ならなかった。