Fate/MINASABA 23th 00ver

 ぼんやりとした意識のまま、桜は身を起こした。
 桜は離れの部屋の中にいた。
 周囲に人影はない。
 部屋の電灯は点いていない。いや、停電したのか
 暗い闇だけが、彼女の周囲に散乱していた。

「ぁ―――――」
 悩ましげに吐息を漏らし、重たい身体を起こしてみようとし
「くっ……!」
 突発的な痛みに襲われて、桜は呻いた。
 身体に物凄い重圧が残る。
 自分の中身が締めつけられるようなもどかしさに、彼女は耐え切れずに身をよじった。
「……?」
 なにかおかしい、辺りは静まり妙に身体が重い、おまけに空気が……なんというべきか濃い?
 頭がぼーっとして考えが浮かばないが、周囲の異変を確かめるべく、壁伝いに桜は立ち上がり、移動を始めた。

 扉を開けた先は壁面のような闇。
 私は恐怖と不安で縮こまりながらも、ゆっくり、ゆっくりと叫びを押し殺して進む。
 そして、闇が開けた先に広がる空を見て、私は凍結した。
 

「―――――なにこれ」


 目映さと、その深遠さに息を呑む。
 これは天上の神々の世界だ。
 人間がひとり、おいそれと存在していい世界なんかじゃない。
 そこにはオーロラのように七色に揺らめく、全点を星で覆われた
 あまりにも広大な光の海が広がっていた。

「ッ――――――――!」
 黒い弾丸が止まる。
 敵は、セイバーの疾走を許さなかった。
 剣の間合いはおろか、射程圏内への接近は絶対に許されない。
 そも、今なお四方から見えない衝撃波を放つ敵対者は、遥か空中の御座船の船首に座して見下ろすのみ。
 長大な射程を誇る相手は、自らの射程範囲に入ってくる敵を迎撃するだけでいい。
 踏み込んでくる外敵を打ち付ける事は、自ら打って出る事より容易いのだから。
 接近して切り付けねばならないセイバーと。
 ただ、その目標を捉えるだけの敵との差は、あまりに大きい。
「―――――」
 麗らかな3つの宝珠が光る。
 左は左回転を、右は右回転を。そして上には乱回転を。
 雅な女性の周囲を三角に結ぶ『月延石』『潮盈珠』『潮乾珠』の三珠は
 大気を巻き込むほどの凄まじい回転を起こし
 ズドン。
 落雷が落ちてきたかのような轟音がした。
 異変はすぐに現れた。
 セイバー・キャスターは自分の体にかかる見えざる力を感じた瞬間に真横に跳んだ。
 弾けるような真横への跳躍。けれど、彼らの体にかかる力はなお、弛まない。
 ―――――大気を局部的に圧縮させて真空の壁を反発させているのか―――――!?
 ズドン。
 ズドン。
 敵の能力は飛び道具だけではない。その場所から離れたとしても、彼女の視界に収まっているかぎり逃げる事は不可能なのだ。
 おまけに身体にかかるこの高重力が動きを鈍らせさらに負担を倍増させている
 ―――こいつ―――!
 凛は内心で舌を鳴らす。敵の力は、考えていた、いや私の常識を覆すほどに強力だと実感して。

 彼らが今なお生き延びられているのはキャスターの巧みな牽制と迎撃術に他ならない。
 なればこそ、彼女はキャスターこそが一番の強敵と認識し、苛烈な総力射を集中させられているのだ。
「づっ…………!」
 キャスターが跳ねる。
 先ほどの攻防の焼き直しだ。
 天空から飛来した衝撃波はキャスターを押し潰そうとし、
 寸でのところで回避する。

キャスター「っ……! 女狐め、これほどの大魔術をここまで連発するとは、よほど魔力をため込んだな――――!」
 
 ―――気が狂う。
 次の瞬間、自分は死ぬ。それが怖くない筈がない。
 だが体は逃げる事を拒絶し、あの敵をここで倒せと叫び続ける。

士郎 「ちくしょう……! こんな出鱈目な奴どうすればいいんだ――――!」

 満天の星の空の下、神風を纏いし御座船に座する彼女は謳うように、厳かに宣誓する。

ライダー 「宵闇の、月みて吠ゆる狗の遠吠えに、総身を震わせおびゆる鴨の群れの如く……」
      御思いあそばされ、我こそ戦乱の世を照らす昏き太陽」
     
 第14代天皇・仲哀天皇の皇后。息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)が動きだす。
 

 わたしは覚束無い足取りで崩壊した瓦礫を後にした。
 息も荒い。わたしは、服の乱れを正しながら火照った身体を夜風で冷やす。祖父への繋ぎを抑えたまま蟲を使う。
 覚悟はしていたがこの高重力下ではやはり並大抵のことではなかった。

 時を同じく縁側を挟んでその先はライダーの異界となった衛宮邸跡。
 そこに月光を浴び、黒々とした影が蠢いている。いや、違う。
 影じゃない虫だ。百足が蜘蛛が蠍が、小さな黒い虫がまるで影のように塊り蠢いている。
 その虫たちから皺枯れた老人の声が聞こえてきた。

臓硯  「カカ、お初にお目にかかることになるかな? 遠坂の娘よ」

初めて、初めて会った古き盟友、そして敵の首魁。思ったより小さく、思ったより醜く、思ったよりもずっとおぞましかった。

凛   「間桐……臓硯……」

 蟲が口を開いた。腐臭がここまで匂って来そうだ。

凛   「何の用?こっちは虫と世間話するほど暇じゃないんだけど」

臓硯  「カカッ! 気骨な娘よ、古き盟友に対して中々どうして辛辣な言葉をかけおる。
     とはいえ戦時の最中、警戒するのも当然のこと、いや、礼を失したのはこちらであったな」

 腹が立つ、こいつはわたしを嘲っている。

臓硯  「今日この場に来たのは可愛い孫娘の様子を見に来たのじゃ。衛宮の子倅の所にやっかいになってると聞いての。
     ほれ、こうして老骨の身を引きずって来てみればこの騒ぎ、急ぎ蟲を媒介に様子を見に来たという訳よ
     証拠にほれ、害意はない。遠坂の当代はそれも分からぬというのかな?」

 確かに直接の害意はない。
 さもなくば、間接的とはいえ私が張った結界やライダーの異界を破らずに、ここまで気づかれずに入って来れようはずも無い。
 おそらく異界内で桜が施術を行い、臓硯の声を中継しているのだろう。
 少なくとも、ここに入って来た意図は戦う為じゃない。
 となれば、こいつの目的は交渉。勿論、易々と受けるつもりは無いが、それでも可能な限り情報が欲しい。
 こいつの目的は? こいつは何時、何処で何をやっている? 実際わたしは何も知らない。

凛   「まあ、良いわ。それじゃあ話があるなら聞いてあげる」


 闘いは戦闘と呼ぶにはあまりに静かに、圧倒的に神功皇后の勝利に終わった。
 神功皇后のとった戦術はただ一つ。相手を徹底的に封じることであった。
 先手を許してしまったセイバーとキャスター、士郎は神功皇后の宝具、『綿月盈乾如意珠(ワタツキミツフルニョイノタマ)』
 の力によって、身体・術・宝具の全てを徹底的に制限されてしまい、奮闘するも、間もなく三人は成す術なく沈黙するのであった。

ライダー 「力を持たぬ者が力を持つ者に怯える日々はまもなく無くなります。」

 自ら語る内容を確かめるようにライダーはいったん言葉を切って、それからゆっくりと語りだした。

ライダー 「力を持つ者が生まれ続ける事を止める手だてがない以上・・・闘いは避けられません
      しかしこの地に下りる聖なる杯によって幕を終える・・・聖杯こそが彼らを封じる力なき者たちの牙なのです 
      世界の改変、人の魂の変革を、この地で流す血を最後に
      人々に「智慧」と「自利」、「忍辱」の心を恒久的に植えつけ続け、愚かな人類の負の連鎖に終止符をうちます。」
   
 いつしか戦地は静寂に満ちていた。
 士郎は総身を震わす。まさか、自分たち以上に平和を求める参加者がいるとは露ほども考えていなかった。  
 限りなく静かに冷ややかに、胸の内の決意を言い放つライダーに対し、彼らはなに一つ諌める言葉を持ちあわさなかった。

ライダー 「眠りなさい、あなたたちの沈黙によって闘いは終わりを迎えるのです。」



臓硯  「ふむ話が早くて助かる。さて、本題よ。ここは一つ一時休戦をせんか?桜や衛宮の子倅の身も気がかりじゃ。 
     元々遠坂と間桐は相互不可侵ではあるが、これ以上この街で騒動を起こすのは余り感心できることではないでな」

 ここでわたしだけが手を打っても意味は無い。
 どちらも今のまま黙って見過ごすわけが無い。下手をするとこちらは全滅の憂き目にあってしまう。
 そういう意味でも臓硯の提案は妥当である。最もいつ寝首をかくかわからない爺だ、油断はできない。

凛   「わかったわ。遠坂の名において間桐との一時協定を承諾するわ。で、なにか策はあるの?
     あいにくこちらは見ての通り動くだけで精一杯の有様なんだけど」
臓硯  「カカ、あの女傑、想像以上に手ごわいサーヴァントのようじゃの。さすがは日ノ本の聖母神、
     新羅を征討した巫女よ、のう?遠坂の娘よ」
凛   「!!……息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)・・・神功皇后様なんてね、
     いちおう日本生まれの私としては敵として会いまみえるのは、なんだか複雑ね」
臓硯  「あの住吉三神の加護を受けた御座船は厄介じゃの。並大抵の攻撃は届かぬじゃろうし、
     この異界の中じゃ。重力まで自在に操作されるとあっては、手も足も出んじゃろうて」

 これまで静観を決め込んでいた臓硯が呟く。
 臓硯にとってこの展開は余りにもあってはならないものであるというのに、何処までも余裕の体を崩していない。
 その様には空恐ろしささえ感じるほどだ。

臓硯  「まあ口ぐらいしか動かせないのなら仕方があるまい。ならば異界の外、彼奴めが認識できる外から、
     儂のサーヴァントが空から船を撃ち落そうかの」

そう数百年を生きる妖怪は泰然とした姿勢を崩す事無く嘲笑いながら囁いた。