──────Berserkers Side────


 現在の時刻は夜十時頃。
 これはライダーとアーチャーの大激突から数時間後の深山のとある一角で起きた惨劇である───―。


 多くの民家の明かりは既に消え失せ、周辺一帯は人も草木も皆寝静まっていた。
 身体を芯から冷やす冬の寒風が周囲の寒々しさをより一層際立てている。

 そんな中、満天の星空を肴に狩りを心から満喫する者達がいた。
 深山町の中心部から若干外れたこの区域は、いつの間にやら何の変哲もない場所から猛獣の潜む狩場へと豹変していたのだった。

「鬼さんが追~い詰めたっと。どうした? もう逃げないのかい?
 ───けどまあ、どんなに頑張ろうとも逃げられないんだけどね」

 弱者を嬲ることにとてつもない快感を覚えるサディストのように雨生虎之介は嗜虐の笑みを浮かべて獲物を追い詰めていた。

「はぁはぁはぁはぁ!! まま、待たれい! わ、儂は長州藩の───ひぃぃぃ!!!!?」
 マスターよってカットされていた魔力を再供給され虚空より出現する悪鬼《バーサーカー》の姿。
 一度は姿を消した筈の怪物の唐突な再登場にまたも心底怯えてしまう武士風の中年男性。
「あーひゃっひゃっひゃっ!! イイ! "ぐっど"だぞおまえ! すっげーいいよその表情! 許しを乞うその哀れな姿!!
 これが中年男じゃなく女子供ならさらに良かったんだけどなぁ。いや~俺も運が悪いや、なあバーサーカー?」

 今、雨生の目の前で無様に尻餅を着いているこの男は他でもない攘夷志士一団の一人であった。
 男の成り行きを一言で説明するとしたら、とにかく彼は致命的に運がなかった。
 たまたま最悪のタイミングで仲間と離れて単独行動をとり、そしてたまたま最悪のタイミングで最悪の人物と鉢合わせたのだから。
 しかもさらに運の悪いことに男はその苛烈な半生によって培われた経験の恩恵でとてつもなく"鼻"が利いた。
 雨生龍之介を一目見た瞬間に彼が"普通ではない"と看破してしまったのだ。

 不審者の正体を探るべく声をかけるか、それとも無視してその場から立ち去るか。


 そして彼は───決定的に選択肢を誤った。




「だ、誰かーーー!! 誰かおらんのか!!? 火村! 相良! 誰でもええ! 殺される助けてくれぇ!!」
「ああ叫んだところで無駄無駄。この周囲にはもう隠匿の結界を張ってあるから。アンタの声は誰にも聞こえないし、姿も見えないよ」

 必死に仲間へ救難信号を送る志士をまるで嘲笑うような猫撫で声で虎之介は吐き捨てた。
 そしてのんびりとした余裕たっぷりの歩調で獲物との間合いを縮めていく。

「け、結界? な、何を言うとるんじゃ? おどれは幕府の者じゃないんか?! この地に新兵器を隠しているのではないのか!?」
「はぁ……新兵器に幕府?? いやこっちもそっちが何を言ってるのか全然わからないんだけど……?
 まあどちらにせよアンタらのとんでもない勘違いなのは間違いないと思うよ。
 この地には聖杯はあるけど新兵器なんてそんな代物はあるわけ……いや待てよ"にゅーうぇぽん"かぁ……ああそれ"くーる"じゃん!
 確かに俺のサーヴァントこそは最強の"にゅーうぇぽん"を名乗るに相応しい! なっお前もそう思わないかバーサーカー?!」
「─────ッ!??」

 奇怪な男は背後に控え立つ物言わぬ悪鬼に視線を送りながら何がそんなに嬉しいのかゲラゲラと耳障りな奇声を上げて笑っている。
 生きた心地がまるでしないこの状況。志士には雨生の言動は狂っているようにしか思えなかった。

「そうださらに良いこと考えた! なあアンタ、武士なら一応腕は立つでしょ?
 だったらさぁ俺の自慢のバーサーカーと決闘死合してみない? もし勝てたならアンタを見逃してもいいけど」

 どうする?と悪鬼を連れた悪魔が口を三日月にして囁く。
 生き延びたいのなら一勝負してみないかと。死にたくないのならこの鬼を殺してみろと。
 決闘という単語に歴戦の剣客の頭が切り替わる。その提案は精神的に崖っぷち立たされていた男にとって是非もないものだった。

 志士は剣の腕にはかなりの自信があった。
 これでもとある剣術流派の師範代にまで上り詰めた腕前だ。戦争も剣客同士の真剣勝負もいくつも切り抜けてきた。
 わけのわからない化け物の登場で恐慌状態になりはしたが逆に考えればこれはある意味チャンスではないのか?
 噂で聞く壬生の狼ども───特に組長格はどいつもこいつも化け物染みた強さだと恐れられているらしいではないか。
 もしここでこの化け物を斬り捨ててやれば壬生の狼どもも恐るるに足りないのではないか?
 そんなしたたかな打算と剣術への絶対的な自信が志士に再び冷静さを取り戻させた。

「ふぅぅぅ。よしええじゃろう。やっちゃるわい。儂が勝てば……約束は守って貰うぞ?」
 そしてようやく正しい使い方を思い出したように腰の刀が抜かれる。
 構えは正眼。剣道において最も隙の少ない構えを取って攻守両方に即座に対応できるようにする。

「もちろん─────勝てるものならね」


 こうして志士はまたしても選択肢を致命的に間違えた────。




 勝敗の行方はたった一刀で決した。
 悪鬼のあまりの無防備さと無動作っぷりに極限の恐怖と緊張から痺れを切らした志士がまず先手を取った。
 最速の踏み込みを以て会心の袈裟斬りを見舞う。肩口からまともに斬られるバーサーカー。

 それで全てが終わった。


「ば、馬鹿……な………? そんな馬鹿な話があってたまるかい! 儂は斬ったぞ! 確かに斬ったんじゃぞ!? なのに、なして……」


 そのたったの一刀で志士の心は完全にへし折れていた。

「ヒャハハハ! へぇサーヴァントに通常兵装は効かないってのは本当なんだなあ!
 ククッ残念だったね藩士殿。アンタがどれだけ強くても人間じゃ幽霊は斬れないってことだよ!
 だから俺は言ったのにさぁ勝てるものなら、ってさ!! アハハハハハハハハハハハッ!!」

 まともに斬られたにも関わらず血を流すどころかまるでダメージすらない悪鬼の恐るべき姿に志士は戦闘不能となった。
 元よりただの刀などサーヴァントには通用しない。マスターの魔力で実体を得ようとも彼らの本質は霊体だ。
 ただの物体では霊体に干渉することなど出来ない。もし可能になるとすればそれは同じ霊体が物体を使って干渉する以外にない。

 そしてそんなことはお構いなしに戦意を失った相手だろうと容赦も恩赦も見せず悪鬼が迫る。

「あ、ああ……く、来るな………来るな化け物が……!!」
「ホント馬鹿な奴。お前なんかが俺のバーサーカーに勝てるわけないじゃん? 最初みたく一目散に逃げれば良かったものをさ。
 まあこっちとしても貴重な実験結果が手に入ったからそうだな特別措置だ、痛くないように殺してやるよ。俺って優っしいー!」

 実験の結果に実に満足といった感じでヘラヘラしている虎之介は足元で救いを求める子羊に対し、

「喰っていいぞバーサーカー。仮にも侍だ、その辺の人間よりもずっと栄養価が高い高級品だよーく味わって喰うんだぞ」

 誰よりも無慈悲に処刑器具の作動スイッチを入れた。



 ごしゃ。



「う~~ん素晴らしい! まさに"びゅーてふぉー"! 外見の割には結構良い色艶の中身してたんだねアンタ。
 折角だから名前教えてくれない? え、もう喋れない? そりゃ残念。バーサーカー食い終わったら後片付けも忘れずになー」


 こうしてまた一人。名も知らぬ誰かが冬木の闇に飲み込まれて消えた。







──────Fighters Side──────


「わざわざ足労すまなかったね。おかげでとても助かったよ」
 邸に招き入れた初老風の来客を前にして遠坂刻士は優雅な礼と微笑で話を締め括った。

「いやいや構いません。それよりも遠坂さん、くれぐれも気を付けた方が宜しいかと。
 もし万一攘夷派や幕府から目の敵にされでもしたら大変では済みませぬぞ」
 一方、遠坂邸に訪れた来賓は終始遠坂の身を案じるので忙しいらしく出された茶も目に入らずといった様子でずっと喋り続けていた。
「ああ。十分に気を付けることにする」
「お願いしますぞ。それでなくともここ数日この町では奇怪な事件ばかりが起こっておりますから。
 ……………もうこれ以上何事もなければいいんですが……」
「そうだな。本当にその通りだ」

 男がぽつりと零した台詞に刻士はつい苦笑するしかなかった。
 その怪奇の原因は自分たちにあるのだがそれはトップシークレットってやつだ。何があろうと一般人に知られる訳にはいかない。
 そしてなによりこれ以上何事も起こらないなんてことも有り得ないと、刻士は骨身に染みて理解していた。

 聖杯戦争《あくむ》はまだまだ続くのだ。町の人たちが望む望まぬに関係なく───。


「では私めはこれにて失礼致しますぞ。また何か分かりましたら再度訪問させていただきますゆえ」
「大変貴重なお話でした竹内さん。那須氏にも遠坂がよろしく言っていたとお伝え下さい。
 もし何かあればまた是非よろしく頼みます。帰りの道中は気を付けて」
「ええ。それでは」

 身なりの良い紳士風の男は最後に一礼すると、刻士に見送られながら遠坂邸を後にした。
 馬車の走り去る音がだんだんと遠退いていく。
 刻士は馬車が完全に見えなくなったのを確認すると沈鬱な表情を浮かべて邸内に戻っていった。



「ファイターちょっと大事な話があるから聞いてくれ」
 来客の見送りを済ませた刻士がまず最初にしたことは、上質な革張りのソファに腰を沈めて己のサーヴァントを呼ぶ事だった。
「承知している。上手く隠していたようだがあの客が来てから遠坂殿がえらく沈鬱そうな顔をしているからな」
 するとファイターの方も主の気配から何かを察していたようで霊体のままマスターの話に真剣に耳を傾けている。

「まず最初に謝っておくことにするよ。ファイターすまんが最悪の事態に陥った。
 君には申し訳ないが場合によっては聖杯戦争とは無関係な仕事をして貰わねばならんかもしれん」
「それは一向に構いはしないのだが……ところで遠坂殿、先程の来賓は一体何者か訊いてもよいか?
 話の内容は要領を得なかったが彼が遠坂殿に何らかの緊急を要する報せを伝えに来たのだけはわかった。彼は使い魔か何かなのか?」
 遠坂の身を守るサーヴァントとして来客の素性が気になったのだろう。ファイターが口を挟んできた。
「まさか。人間一人を使い魔に仕立てるなんて大層な仕掛けをするほど私は酔狂じゃないさ。
 簡単に説明するとだね、遠坂家は魔道の道を歩む以前から元々名家で昔からこの辺りでは相当な力がある家系だ。
 それに私自身この町の政に一枚噛んでいる身。知人は多いし、助力してくれる者もいる。彼もそういう人間の一人だというだけさ」
「なるほど納得いった。遠坂殿の表の協力者の一人というわけか。話の腰を折って済まなかった続けてくれ」
 今の説明で十分疑問が解消されたファイターは詫びの言葉と話の続きを促してきた。

「では話を戻すが、実は今この国は二つの勢力による内乱に近い状態にある。
 まあそれでもこの冬木は京都のような抗争が激しい土地とはある程度無縁の土地ではあったのだが……」
「なんと……。この国は内乱中であったのか? 内乱は長いのか?」
 ファイターが少々驚いたような顔をしている。それと一緒にこの国の民への僅かな同情が言葉の端々から滲みでていた。
「ああ。聖杯戦争には全く無関係な話だっただけに特に言う必要はないと考えていたんだが……どうやら事情が変わってきたらしい」
 ここで一気に刻士の表情が曇った。
「その様子ではあまり良くない報せだったようだな遠坂殿?」
「あまり、というよりかなり、だね。その内戦をしている両勢力に属する人間が既にこの冬木に入り込んで来ているようだ。
 昨夜から今朝頃にかけて町中や宿場などでこの辺りでは見慣れぬ怪しげな集団が複数目撃されている。
 出で立ちや雰囲気それに訛りからして明らかに堅気の者たちではなかったらしい。まあ帯刀している時点で一般人ではないがな。
 それで不審に思った見廻組の人間がその連中に接触を試みたまではよかったのだが、その一時間後彼らは変死体で発見された」
「───穏やかではないな。して、その不審な連中が手を下したと?」
「うん。その見廻組の中で唯一生き残った新入りはそう主張している。新人は上司命令で詰所まで報告しに戻ったのが幸いしたようだ」
「その連中がやったという証拠があるのか? 我々のような連中の仕業である可能性もあると思うのだが?」
「……変死体は背後から刃物で寸分狂わず心臓を一突きされたのと、紐状の物で瞬間絞殺されたものの二つ。
 つまり殺人の手口は暗殺。しかもこの一切の無駄がない殺し方、かなりの手練によるものだ。
 アサシンがいないのにこんな鮮やかな殺し方をするマスターはまずいないし、今となっては雨生ですら証拠隠滅を怠らないだろう。
 そしてその辺の山賊や悪党ではそんな高度な殺人技能は持っていない。
 となると消去法で浮かび上がるのが密偵などの戦闘訓練を受けた者による殺人だけだ。
 ………しかも運の悪いことに私にはその仮説を裏付けるような心当たりが一つある。
 あの連中が冬木に人を送って来るなんぞただのつまらない噂だと思っていたんだがな………」

 そう呟く刻士の表情はまるで苦虫を噛み潰したように醜く歪んでいた。







──────Riders Side──────


「それは確かなのか?」
 諜報員からの報告を受けたゲドゥの眉間に深い皺が刻まれた。
 おかげで牧師のただでさえ厳つく重苦しい面相にさらなる威圧感が加わっている。
 遠坂刻士が知人からその事実を知らされるよりもさらに早い段階に代行者一派は自らの情報網よりその情報を入手していた。
 最新情報の報告に参じた部下はゲドゥの威圧感に怖じることなく淡々とした口調で報告を読み上げている。

「はい。両町の監視に当たっていた数名がほぼ同時刻に二つ以上の異なるグループを確認してます。
 彼らの動向を仔細に監視し、念の為に宣教師を装い接触してみた結果恐らくこの国の間諜か何かではないかと」
「なぜそんなものがこの町にいる?」 
「この地へ訪れた時から行なっていた情報収集で得た結論によればこの国はどうもほぼ内戦に近い状態にあるようです」
「内戦だと……? それを何故もっと早く報告しなかったッ!!?」
 報告の不備をゲドゥに一喝された部下は深々と頭を下げると、再び元の淡々とした口調で報告を続けた。
「申し訳ありません。今回の任務には直接的に影響することはないだろうと思い報告を怠りました。
 実際に我々がこの地に足を踏み入れた時点の調査ではこの内戦がこの地での任務に絡んでくる可能性はゼロに等しかったもので……」

 諜報員の言い分は尤もな話だった。
 彼らがこの地に足を踏み入れた時点では、この冬木は幕末の動乱とは離れた位置に存在するただの港町にすぎなかったのだから。

「ならば何故そうではなくなった? なんらか原因があるはずだろう」
 それを聞いたゲドゥは部下への叱咤を早々に切り上げた。
 過ぎた終わったことに牧師は興味を抱かない。指揮官として今彼が興味を抱くのはそうなってしまった原因だけである。
「はい。町民たちの噂話によりますと数日前アーチャーが多数の死者を出したあの大規模な破壊行為が原因ではと囁かれております。
 ここからは噂で得た断片的な情報からの推察になりますので真偽は不確かなのですが───」
 どうしましょうか?と男は視線で伺いを立てた。
「構わん続けろ。推測なら推測だと先に断ってから得た情報全てを報告しろ」
 ゲドゥは即答に近い形で報告の続きを促した。
 推察も立派な一情報である。というのがゲドゥ牧師の信条である。保有情報量は多ければ多いに越したことはない。
 後はその情報を取捨選択するだけの能力が指揮官にあるかどうかの問題だが、ゲドゥにはその点は何の問題もない。

「了解。あの破壊を新型兵器によるものと勘違いしたこの国の政府と反乱軍が兵器の真偽を探るべく密偵を送り込んだのではないか、と」
 それを聞いたゲドゥの口から嘆息と舌打ちが漏れた。
「チッ、よくもそんな面倒な勘違いをしてくれたものだな。
 この国にも教会とは別の独自の退魔組織が存在する。我々は互いに不干渉が原則だとは知っているな?」
「もちろんです。ならば教会の人間がこの国に無断で入り込んでいるのを連中に悟られる訳にはいきませんね」
「そうだ。ならどうすればいいかわかるかな?」

 そんなことを言って部下に意味深な視線を送るゲドゥ。その瞳はどこまでも冷たく温かみが決定的に欠けていた。

「はい。すぐに監視に回っている者全てに伝達します。我々の存在が外部に漏れる前に連中を見つけ出して口を塞げと」
「よろしい。私も手が空き次第密偵狩りに加勢する。何があってもこの国の退魔組織には感付かれるな。
 最悪組織間の抗争に発展する恐れがある。それを防ぐ為なら如何な手段を講じることも許可する」

 ───如何なる手段も許可する。
 それは即ち、関係者だろうと無関係者だろうと疑わしきはすべて殺せという冷酷な方針変更の合図であった。
 
「それからもう一つ。誰かすぐにヴァチカンへ帰国させろ。教会に極東の聖杯は贋物である旨を報告せねばならん。
 能力の高い者を一人以上帰還させ確実に組織への報告を完了させろ。情報源は始まりの御三家からだ。信頼出来る情報だ」

 密偵は重々承知と返事をして足早に屋敷を立ち去っていった。







──────Archers Side──────


 湖底で発生した気泡がゆらりと水面に上ってゆくように、ゆっくりと間桐燕二は深い眠りから覚醒した。
 燕二の寝室は全雨戸を閉め切っているみたいに薄暗い。間桐邸は主人《ぞうけん》の意向によって常に夕闇のように薄暗いのだ。
 そしてもう一つ言えば強盗まがいの糞野郎《セイバー》どもが到る所を滅茶苦茶にしてくれたせいで少々埃っぽい。
 この薄暗さの感じだと時刻は正午を回ったくらいか。と、燕二は胡乱な頭ながらもこの環境に完全に慣れ切った感想を抱く。

 燕二は起床するとまず最初に体を軽く動かしてみた。全可動箇所に不具合がないかを確かめるように慎重に慎重に動かしてゆく。
 うん特に問題は無い。どこにも致命的な不具合はないようである。
 体の所々に若干の鈍痛はするが我慢できない程ではないし、なにより昨日の"あの激痛"と比べればこんなもの虫刺されも同然だ。
 昨日は終始散々な目に遭った厄日だったが今は体の傷もなんとか安定している。

「痛みは───それほどないな。……チッ」
 自分の体に不具合が無いことを確認した燕二は無意識に舌打ちしていた。

 認めたくはないことだが、それもこれも全て間桐臓硯の魔術の力量が非常に優れていたおかげであった。
 己の力だけではこの状態に戻すまでに5日は余裕でかかった筈である。しかし臓碩はそれをたった一日で完了してみせたのだ。
 自分の魔道では爺には勝てないとまざまざと見せ付けられているようで正直胸糞が悪い。

 俺は臓碩の便利な人形に過ぎないのか…………?

 ………いや絶対にそんなことはない。
 自分は臓碩など怖れてはいないと、燕二は精一杯の虚勢で陰鬱な目覚めを振り切った。


 まずは飯を食って体力の回復を図ろう。その後は鬱憤を晴らすための女だ。
 昨日の戦闘で大量に消耗した魔力を手っ取り早くしかも迅速に回復をする必要がある。
 そのためにも町の若い娘を数人適当に見繕って蟲倉で■■してやる。

 燕二は邪な色を含んだ暗い笑みを浮かべて普段よりも上質な作りの袴を手に取った。



       ◇                  ◇


 三時間後───。
 魔術師は全ての仕事を愉しく愉しく完遂させた。

 燕二はまず馬車の手配をして深遠川の向こうの町まで出向くと、器量の良い女を適当に見繕うべくしばし町中を巡った。
 そうして彼の眼鏡に適った生娘たちに声をかけると、催眠暗示を使い馬車に乗せそのまま何の痕跡も残さず間桐邸へと引き返した。

 ───帰宅後。
 地下の蟲倉では冷血な魔術師による狂気の宴が開かれていた。

 痛みと苦しみと恐怖で泣き叫ぶ乙女たち。
 それを魔術師はゲラゲラとさも愉しげに蹂躙した。蹂躙し尽くした。
 彼にとっての処女とは魔術的価値と女としての価値が同時に内包されているとても貴重な"玩具"である。
 破瓜の血。活力に満ちた瑞々しい肢体と血液。女の命とも呼べる長い毛髪。やわらかい肌。
 それら全てがこの宴の主催者である魔術師に恩恵を与えてくれた。娘たちを絞り尽くす為の器具なら幸いなことにいくらでもある。
 魔術師はそれらを使って少女たちからありとあらゆるものを強奪した。
 あとには何も残ることは無い。
 生命も魂も純潔も肉も骨も何もかもがマキリという名の魔蟲たちに喰いしゃぶり尽くされて消えた。

「ふぅ。そこそこの足しになったな」
 こうして、乙女達の全てを喰らい尽くした魔術師はまるでなんでもないことのように言い捨てて上機嫌に蟲倉を後にした。

 この薄暗い洋館にはヒトの姿をした鬼しかいない。
 ただ一人の例外《えいゆう》を除いては───。

「オイ……………この際じゃ一度ハッキリ言っておくが貴様らは趣味が下劣すぎるわ。見とってとんでもなく胸糞が悪い」

 強奪の儀式が終わり、燕二の所業の一部始終を見る破目になったアーチャーは言葉通り心底胸糞悪そうにしていた。
 戦いに犠牲は出て当然という価値観を持っているアーチャーではあるが、それでも目に余る所業というものはある。
 アーチャーにとってのソレはまさに燕二がついさっきまで行なっていた儀式のような所業のことであった。
 弓兵の姿形は見えずとも魔術師へと放たれるその透明な視線は……怒りあるいは敵意そのもので染まっていた。
 こんなものは味方に注ぐ視線では断じて無い。

「力を得るための生贄が必要なら必要だったでわかる。じゃがあれほど嬲る必要がどこにあった?
 どうせ殺すんなら一思いに殺してやらんかこの下衆めが」
 アーチャーは真実怒っていた。
 この弓兵が己のマスターを小馬鹿にすることはよくあった光景だ。
 だが燕二にここまで明確で間違えようのない侮蔑を向けたことはまだなかった。
「ああん? 誰が下衆だと奴隷風情が偉そうに! おまえの意見なんか初めから訊いて無いんだよっ!
 そもそもこれは聖杯戦争に勝つ為にやってることだ。それをとやかく言われる筋合いがどこにある。
 大体おまえの宝具が魔力を無駄飯食らいするからこんな補給が必要になってるんだろうが。
 おまけにマスターさまの魔力で宝具を使っておきながらライダーを倒せずに逃がす始末だこの無能がッ!!」
 下僕に下衆呼ばわりされカチンと来た燕二がすかざずアーチャーを罵倒し返す。
「それは貴様の魔力量が野ネズミ並に少ないのが原因じゃろうに。他人のせいにするでないわ能無しめ」
 しかしそれをアーチャーは失笑混じりに皮肉った。
「なんだと!? おい主人に対する口の利き方を再教育してやろうかこの道具がッ!!?」
「なんじゃい? 令呪でも使ってみるか? おぅやれるものならばやってみい!
 ワシとしては大歓迎じゃぞ? これでとっとと貴様とおさらばできるわい」

 挑発につぐ挑発で両者間の緊張が一気に高まる。
 その状態で本気で睨み合うこと二分。両者の無言の圧力が極限まで膨れ上がった頃。
 先に燕二の方がこの膠着状態の継続を放棄した。
 まるで失笑だとばかりに鼻で哂った態度で再び階段を上っていく。

「フッ、くだらないねアーチャー。そういう英雄気取りごっこがしたいのなら今度また別の機会にでもやってくれよ鬱陶しいから。
 どう足掻こうとも今のおまえはマキリ陣営の駒《サーヴァント》でしかないのさ。
 マキリの手駒にそんな青臭い正義は必要ない。お前が正義の味方になれる機会なんてこの聖杯戦争では存在しないのさ」
「……チッ。この腐れマスターめが」


 その後、両者のいがみ合いは次の日まで続いた。







──────Fighters Side──────


 結論から言うと状況は最悪だと言わざる得なかった。

「なんてことだ………」

 恐怖と好奇でざわめく人混みの中で刻士は本気で頭を抱えていた。
 妙だが聞き流せない噂を耳にし、さらに今朝の竹内氏来訪を経てある程度の覚悟はしていた。
 今世間で最も注目を集める連中がこの冬木にいる。
 どういう事情かはともかく最悪にややこしい勢力が自分の管理地に現れたのだ。
 だとしても遠坂刻士は冬木のセカンドオーナーとしての意地とプライドを賭けてこの地の秘密を隠匿し抜くつもりでいた。

 なのに目の前にあるその物体がより一層事態の悪化に拍車をかけている。

 死者出たことは竹内氏から聞いていた。暗殺に近い形でこの町の人間が殺されたのも知っていた。
 だが目の前にあるアレはなんなんだ? 自分はこんなものの話なんて一言も聞いた覚えはない。

 それはもはや原型すら留めていない肉の塊。
 大量の赤ペンキと食べ残した安物挽肉を誰かがいたずらでぶち撒いたようにしか見えないくらいに破壊された人間の遺体。
 しかしただの死体じゃないのは一目瞭然だった。なぜならただの一般庶民は刀など持ち歩かない。
 
 現場現状から考えると明らかに幕府の人間か攘夷志士の死体だった。


 死体の周りで現場検証らしきことをやっているのは多分この遺体の主の仲間たちであろう。
 噂の実物をその眼で確認にした刻士は確信した。あれはただの一般人が纏えるような空気じゃない。
 いくつもの死線を潜り抜け、戦闘を生業とする者でしか出せない歴戦の兵士のような気配を彼らそれとなく漂わせている。

 結論から言おう。状況は遠坂刻士にとって最悪だと言わざる得ないものになっていた。


 死体を遠目から傍観している刻士だったが皮肉にも彼には殺人犯の見当が既についていた。
 またしても雨生の仕業である。
 この死体の周囲───というよりもここいら一帯には隠匿用の結界が展開された形跡が残っていたからだ。
 その残留痕跡を調べれば自ずと犯人の答えは出た。

 だが刻士が頭を悩ませているのはそこではない。
 彼らが何の目的でこの冬木にやってきたのかはまだ分からないが、どちらにせよこの一件で連中の目がより厳しくなることだろう。
 それどころか下手をするとここへ大量の人員、あるいは最悪軍隊さえも派遣されかねない。
 もしそんなことにでもなればこちらはもう聖杯戦争の続行どころではなくなってしまう。

 怖いくらいに無感情な表情をしている刻士が誰にも悟られぬようにギリリと奥歯を噛み締めた。
 正直あまりやりたくはなかったがもうやるしかない。
 こちらも何がなんでも冬木の異常を外部に漏れさせる訳にはいかなくなった。
 刻士は野次馬の集団からそっと離れると、周囲に人の目が無いことを確認し連中を監視するための使い魔・翡翠鳥を一羽空へと放つ。
 飛び立った翡翠鳥は誰にも見られることなく監視に最適のポジションに降り立つと主人へ向けて生放送を開始した。
 監視状況を瞼の裏の映像で確認すると刻士はこれ以上ここに留まるのは危険と判断しさっさと中心街へ踵を返していった。


 その後、遠坂たちは町の何箇所かで何らかの結界が布陣されていたのを発見したので(恐らく雨生の仕業と思われる)、
 今後の戦略と八つ当たりの意味も兼ねて一つずつ丁重丁寧に潰してやるのだった。







──────Sabers Side──────


 今の時刻は深夜零時を過ぎた頃だ。
 月は高く、時折雲の狭間から丸い顔が地上を覗いている。
 颯爽と英馬を駆る騎士とその腰にしがみつく少女は今宵も冬木の町を目指し夜の森を駆け抜けていた。
 アインツベルンの別荘はとりあえずは冬木の圏内であると言っていいのだがそれでも町までは馬で数十分はかかる程度の距離がある。
 地理的にいえば深山町の郊外にある柳洞寺よりもさらに郊外に位置する場所になるのだ。

 道中これといった会話はない。
 昼間の冬木に行くのと違い、深夜の冬木入りはそのまま戦場入りを意味する。
 生死に挑むせいかセイバーの雰囲気が昼間の陽気な姿とは完全に異なり、いつの間にか戦いに臨む戦士の顔つきに変わっていた。
 緊張感を滲ませた騎士の背中を見つめながらわたしは今聞くべきかどうかを思案していた。
 昼間はずっとどうやってセイバーに聖杯に託す願望を聞き出すかを考えていたが、結局空しくも良案は浮かんでこず仕舞いで終わった。
 あんな夢を見た後で気が進まないのは確かだ。
 しかし聞かない訳にもいかなかった。これはある種マスターとしての義務でもあるから……。


 あらゆる願望が叶うとされる聖杯。
 ならば仮に邪な祈りや破滅的な悲願を成就させんとする英霊が絶対にいないとは言えない。
 綾香もローランがそんな歪な願いを持ってるとは思えなかったが、しかし彼が悲劇的な最期で散ってしまったのは揺るがぬ事実だ。
 あの瞬間のローランがどんな気持ちだったのか……想像するだけで沈鬱な気持ちになってくる。
 その壮絶な痛みは当人にしかわかりっこない。他者が理解できる筈もない。

 でもただ一つだけ。

 他者のわたしにも理解できることがある────。


 いや、むしろ理解できるからこそ彼女はセイバーに確認しなければならないのだ。


「ねぇセイバー」
「ん? なんか言ったアヤカ?」
 セイバーはいつも通りの語調で背後を振り返ってくる。
 わたしは内に渦巻く様々な感情を押し殺し、覚悟を決めた。
 回りくどい聞き方は止めだ。きっとセイバーにはストーレートな聞き方をするのが一番いいと思う。
「…………事故起こされちゃたまんないから前は見なさい」
 あ、いけね!なんて言ってセイバーは慌てて前を向き直した。幸い馬が優秀なおかげか事故は起きなかった。

 わたしはセイバーに気付かれぬようにスゥっと深呼吸をし───


「セイバーは聖杯になにを願うの?」

「──────────────」


 綾香は本当に回りくどい聞き方を一切捨て、躊躇なくそして容赦なく、真っ向から問いをぶつけた。

 思わぬ問いに騎士の大きな背中がピクリと反応したのをわたしは見逃さなかった。
 セイバーからの返事を数秒だけ待ちそれでも返答がないことを確かめてからゆっくりと言葉を続ける。

「当然あるはずでしょう? 貴方たち英霊はわたしたち人間からしてみれば神様みたいな存在よ。
 まあ厳密に言えば英霊は神霊ではないけれど大雑把に分類してしまうと、人間から見た貴方たちは神様と大して変わらない。
 多くの人々から崇め奉られるヒトよりも遥か上にいる存在が……貴方たち英霊。
 そんな英霊がなんの理由もなく人間の下につくわけがないわ。猿や犬の下につくような人間なんかいないのと同じ。
 でももしつくことがあるとしたらただ一つ。それに見合うだけの見返りがある場合のみよ」
「い、いきなりどうしたんだアヤカ? ちょっと変だぞキミ」

 わずかに動揺した風な表情でセイバーがもう一度こちらの顔を窺ってきた。
 一方のわたしは夢の一件を悟られぬよう努めて魔術師然とした態度と鉄面皮を貫いている。

「別にいきなりなんかじゃないわ。
 相方の突然の変更やら敵に殺されかかるやらのバタバタで先送りになってたことを今やってるだけよ?
 わたしたちマスターは自分のサーヴァントの願望を知っておかなきゃいけない。そしてそれはサーヴァントの方も同じでしょう?
 サーヴァントも自分のマスターの願望を知っておかないといけない。でないと本当の信頼関係は生まれないわ。
 残念なことにわたしたちはまだそれが行なえていない。だから聞いてるのよ」

 少女の凛とした様子からある種の覚悟を敏感に感じ取ったのだろう。
 問いを避ける術はないと悟ったセイバーは少し考え込むような気配を滲ませると、

「……………………そういうキミは聖杯になにを願う?」

 と、逆に綾香に質問を投げ返した。

「───そうね。正直に話せば……悪いんだけどわたしには特に叶えたい願いはなかったわ」
 セイバーの質問に対しこっちも一応正直な気持ちを話してみた。
「まさか冗談だろう。自分から命賭けの聖杯戦争に参加したのに叶える願いが無いだって?
 アヤカこう言うのもなんだが流石にそれは嘘だってオレでもわかる」
 するとわたしの解答に案の定といった具合に騎士は驚き不満そうな顔をしていた。まあこれは当然の反応だろう。 

「失礼ね、確かにすごく嘘っぽいけど嘘じゃないわよ。
 だってそりゃそうでしょ。元々わたしはお祖父様の助手役として聖杯戦争に参加する予定だったもの。
 マスターになる予定なんか全然無かったんだから叶えたい願望なんかも当然用意してないわよ。
 ランサーのマスターになった後も色々とバタバタしてて願いを考える余裕もなかったしね」
「あ~………」
 わたしがもう一度道筋を立ててちゃんと事情を説明してあげると、セイバーはちょっと同情したような顔で一応納得してくれたらしい。

「でもこうなったのはどれもこれもみぃんなライダーのせいよ! アイツが余計な介入してくれたせいでこっちの予定は滅茶苦茶よ!
 みてなさいよライダー! 絶対わたしたちの手で百倍返しでぶっとばしてやるんだからーーーッ!!」

 なんか色々思い出したら怒りが再燃したのだろう。
 綾香は勇ましく拳を握りしめて静寂な夜に向かって吠えている。



「ふ~ん。なら今も同じなのか?」
 すると綾香は頭を横に振って、
「でもそれも最初の頃の話よ。最初はあくまで魔術師としての経験のため勝ち残ることが目的だった。
 けどそうね。聖杯が本当に万能の願望機なら勝ち残った暁にはお祖父様を生き返らせるってのも良いかもしれないわね。
 どんな願いも叶えてくれるってんならこのくらいはやって貰わなくっちゃ割りに合わないし」
「おおーっ! それいいな! きっとアヤカの爺ちゃんも喜ぶぞ! しかしアヤカ頭いいな感心したぞ。確かに聖杯なら出来そうだなぁ」
 セイバーもセイバーでケラケラと笑いながら彼女の案にとても肯定的な反応をしている。


 その笑顔を見ているのがすごく辛くなって。

 だからわたしは────夢を見てからずっと思っていた核心を突く一撃を放った。
 

「だけどそれは貴方も同じなんじゃないのローラン?」

「え─────?」


 その言葉にさっきまで笑っていた騎士の顔が一瞬にして凍りついたのが背中越しにでも分かった。

 昼間からずっとずっと真剣に考えていた。
 もし自分がローランだったなら一体何を望むのかと?
 ローラン辺境伯は聖堂王シャルルの下で友も富も名誉も栄光も最愛の女性も全て手に入れた。
 そんな英雄が人間の下についてまで、聖杯に縋りついてまで叶えたい願望なんてそれこそ極僅かしか思い当たらない。 


 その願いは騎士にとってはどうしようもないほどに渇望する祈りであると同時に───
 私たち───現在を生きる人間にとってはあまりにも不都合な願い。


 わたしは心の中でセイバーに謝りながら騎士の隠された内面へと踏み込んでいく。

「貴方の伝説はわたしもよく知ってるわ。ローランという英雄がどういう人生を歩みどういう最期を迎えたのかなんてのもね。
 ローランの歌なんて所詮第三者が伝えたものよ。信憑性なんて怪しいもんだし正確性にだって欠けてると思う。
 だけどね、そんな他人が歌い伝えたようなものでも一つだけ正しいものがあるわ───」


 わたしは一瞬だけ、ここで止めてしまおうかと考えた。
 そうすればきっと何事もなく今の良好な関係を続けられる。
 話のオチは見当外れな冗談でも言えばいい。
 そしたらきっとセイバーは笑って済ませてくれるだろう。
 あとは今後極力この話題を避ければすべてが丸く収まる。


 ────それでも沙条綾香はそんな己の軟弱をぐっと押し込めて自分の騎士と相対する道を選択した。


「ローランという英雄は周りの人間を間違いなく愛していた。聖堂王を、親友を、許嫁を、仲間を、そして国の皆を。
 例えば聖杯の力を使えばサーヴァントはヒトとして第二の生を謳歌することも出来るかもしれない。
 生前出来なかったやり直しが出来るかもしれない。でも貴方はそんなものに全く興味がない。
 だってここには貴方が愛した人たちが誰一人としていないから。
 だから貴方は誰しもが心の底で願う人生の再挑戦にも意義が感じられない」
「…………………………」

 騎士は背後の少女には振り向かず、ただ前を見詰めたまま愛馬を走らせ続けた。
 セイバーは何も言わずにこちらの話に耳を傾けてくれている。
 だけど、いつものコロコロと変わる愛嬌ある表情が今はどこにもないのが見えずとも容易に想像がついたのが悲しかった。

「貴方は間違いなくロンスヴォーの地で絶望した。
 この世の誰よりも絶望した筈よ。自身の判断ミスで愛する親友と全ての仲間たちを失ったことに。
 あんな終わりなんて絶対に認められなかったはずよ。
 結局親友の代わりに生き残れず、聖人を犠牲にして、挙句自身も否定できず、なに一つ叶わず全部が無惨に散ったのが貴方の最期よ。
 ………そんな貴方が願わないわけがない。聖杯に縋ってでも叶えようとしない筈がない……!
 わたしなんかよりもずっとセイバーの方が皆の死を否定したいんじゃないの……!?
 貴方が誰よりもあの戦いの結末を否定したいんじゃないの……?!!」


 気付いたらわたしは泣いていた。
 なにがあろうと我慢するつもりだったのに……。その懸命の覚悟は呆気なくも崩れ去った。
 騎士の悲痛な思いを知ってしまったからこそどうしようもなく苦しい。
 誰よりも理解出来てしまったからこそ認めるわけにはいかない願い。

 心底あんな夢見なければ良かったのにと、わたしはこの運命を呪った。



「だけど、わたしは……貴方の祈りを潰さなければならない───。
 現在《いま》を生きる全ての人間を代表して、その願いは認められない。叶えさせるわけにはいかない。
 それでもなおどうあっても願いを叶えたいのならば……貴方は令呪を持つ邪魔者《マスター》を─────斬るしかないわ」


 全てを吐き出し終わったわたしは後はもうただ静かに涙を零すしかなかった。


 ローランや全てのパラディンがロンスヴォーで生き残るということ。
 それは即ち世界史の大幅な改竄を意味していた。

 中世ヨーロッパで最大規模の大帝国を築き上げた聖堂王シャルルは後の世界に多大な影響を与えている。
 そしてそんな王の転落のきっかけとなったのがローランやオリヴィエを含むパラディンたちのロンスヴォーでの全滅だった。
 もし彼らがロンスヴォーで戦死せずに存命していれば聖堂王の統治が続き、さらに領土が現在の歴史よりも広がっていただろう。

 世界に及ぼす影響が小さいちっぽけな島国の歴史が改竄されるのとはワケが違う。
 まさしく世界規模の歴史改竄。
 当人にそのつもりはなくとも騎士がやろうとしているのはつもるところそういう次元の話なのだ。

 もしそんな願いを成就させたのなら今の世界がどうなるのか。
 今の世界が跡形もなく消滅するのか、あるいは歴史が分岐するのか、はたまた今の世界に何の影響も無いのか。
 どちらにせよどういう結果になるのかなど綾香には想像もつかない。
 故に綾香はローランの悲痛な祈りを誰よりも理解していながらも否定しなければならなかった。
 それこそ今あるこの世界と現在に生きている全ての人間のために。



 気まずい沈黙が二人の間に泥のように停滞している。
 だがもうどうしようもない。綾香は自分のサーヴァントに宣戦布告をしたも同然なのだ。
 マスターとサーヴァントがお互いの願いを予め確認し合うのは土壇場でこういう事態になるのを避けるためだ。
 しかし綾香は敢えて自ら地雷原に飛び込むような真似を選んだ。
 相手の願望の予想がついているのなら最後のまで黙っているのが賢い選択だったのだ。
 聖杯を手にしてから最後の場面で令呪を使って掌を返せば簡単に問題は解決したであろうに彼女は決してそれを良しとしなかった。
 彼女はセイバーの悲願を理解できるからこそ、捨て身で己の騎士に選択する権利を与えたのだ。


 これを不服とするなら自分を斬り捨て願いを叶えるしかない。でなくばわたしが貴方の最大の障害になると。


 それまでずっと軽快に疾走していたヴェイヤンチーフの健脚が止まり、わたしは地面に降ろされた。
 たったそれだけのことに思わずビクッと体が反応してしまう。
 多分これからヤル気なのだろう。
 そりゃそうだ。たった今セイバーに絶縁状にも似た宣戦布告を叩きつけたんだから。
 剣で斬られるのって痛そうだなぁと、諦めと納得にも似た心持ちで来たるべき痛みに眼を固く瞑って顔を伏せていると、


「────────ふぅバカだなあアヤカは。そりゃ的外れの思い過ごしだぜ」


 騎士はそうこちらに言い聞かせるように苦笑しながら、篭手で覆われた無骨な手でわしゃわしゃとわたしの頭を撫でていた。

「え………え?」
 状況がさっぱり理解出来ずにいるわたしはすごくマヌケな顔でキョトンとしていた。
 するとセイバーはまるで理解出来てないわたしを納得させるように再度同じ台詞を穏やかな声で言ってくれた。
「だから思い過ごしだって言ったんだよ。オレの聖杯に託す願いはアヤカが思っているような大事じゃないぜ?」

 そう言って泣きじゃくる妹をあやす兄のようにもう一度わたしの頭を撫でた。

「────だからキミがそうやって泣かなくていい」

「え………? ウソ……なん、で………? だって、セイバーの願いは………」

 違うの?っと視線で尋ねるとセイバーは首を横に振って違うとハッキリと否定した。

「アヤカは根本を勘違いしてるぞ。そもそもオレたちに騎士にとって戦死は手柄に勝るとも劣らない名誉なんだ。
 オレたちのような神のための剣となって戦う騎士は戦場で果てることで天国での椅子を得られる。それはとても善いことなんだぞ。
 だからもしオレがみんなを生き返らせるようなことしちまったらオリヴィエたちが天国に行けなくなっちまうよ。
 いくらさすがのオレでもそこまで馬鹿な真似するはずがねーさ」
「なら……セイバーの願いって────?」

 それからセイバーは一度悩むような顔付きをすると、

「正直なトコあの光景を思い出しちまうからあんまり言いたくないんだけど……でも教えとかなきゃ勘違いしたキミがまた泣くからな。
 それは良くない。うん女子を泣かすのは騎士の面子的にもよろしくないあるまじき行為だ。だから一度しか言わないぜ?」

 腹を決めたように表情を引き締めてその重く閉ざしていた想いを語り始めた。

「前のマスター……ルゼリウフにも召喚されてから同じ事を聞かれたよ。その時は会いたい人がいるつって誤魔化した」
「会いたい人?」
「ああそうだ。でも彼女に嘘は言ってないぜ? 思い出したくないから思い出そうとしなかっただけでさ」
「貴方が聖杯の力で会いたい人っていうのは………もしかしなくてもオリヴィエやオード、それにその他のパラディンたち?」
 こくりとセイバーは首肯する。
 まあローランがここまでして逢いたい人なんてそんなにはいないだろう。
 でも逢いたい? 正直そこがよくわからない。
 生き返らせるのでもなく、死の運命を変えるでもなく、ただ再会を果たして何をするというのだろうか?

「聖杯の力でオリヴィエや他のみんなに逢うだけなの?」
 わたしは当然の疑問を尋ねてみた。まさかただ逢って再会を喜び抱き合って昔話してお終いではないはずだ。
 彼らとの再会はあくまで前提条件でその先が必ずある筈である。

「いいやそれだけじゃない。オレの願い、このオレがなさねばならない使命は──────オードを救うことだ」

「みんなと逢って………オードを救う──?」

 ───オード。
 オリヴィエの妹にしてローランの婚約者でもあった美しい女性。
 最愛の人たちを同時に失った悲しみから悲劇的な最期を迎えてしまったローランにとって最愛のヒトの一人である。

 なにがあろうと彼女を救うと────。

 ローランのその言葉からは何よりも真摯で自身の存在意義をも賭けた断固たる決意が感じられた。


「オレは輝ける人生の最後の最期で大罪を犯した。それはとんでもない罪だ………」
 悔やんでも悔やみ切れぬ罪の告白。騎士は自身を恥じるように目を伏せている。
 わたしは恐らくあのことだろうと察した。
「それって………オリヴィエの忠告を聞かず角笛を吹かなかったこと?」
 ローランの歌を知る者なら誰もが一度は抱く感想であろう。
 もしもあのときローランがオリヴィエの忠告に従いオリファンを吹いていれば違った結末になっただろう。
 しかし若く勇猛な騎士はそうしなかった。その行動が己を深く絶望させることになるとも知らずに。

「いや違うんだ、そうじゃない。
 オレの罪は────親友を、仲間のみんなを死なせちまったことじゃない……ッ!!!」

 だがセイバーの口から出たのこちらの予想に反した否定の言葉だった。
「え……? でもあれがなければ貴方達は────」
「違うんだよアヤカ……違うんだ………。
 オレたちパラディンは必ずどこかの戦場で果てる運命にあったんだ。どんな運命だろうがその結果だけは絶対に変わらない。
 ロンスヴォーか、十年後のフランク本土か、はたまた三十年後の遠い異国の地かの違いでしかない。
 オレたちパラディンは全員最期のその刹那まで誇り高く神と聖堂王の聖剣であり続けようと誓い合っている。
 だからオレたちの戦死は元より避けるつもりもない運命なんだ」

 それからセイバーは昔を思い返すような遠い目をしてこんなことを言った。

「多少格好悪い話だけど、オリヴィエや大司教の言葉の意味が今になって理解できたんだ。
 仮に、もし仮にオレがパラディンの誰かのミスで死ぬことになったとしてもオレは絶対にソイツを恨まないだろうって。
 あの時のオリヴィエやみんなもそれと同じ気持ちだったんだ。
 元々オレたちは運命共同体。共に戦場に生きて共に戦場で死ぬ覚悟を決めた強い絆で結ばれた間柄だ。
 オレが危険に臨むというのならみんなもオレと共に戦うだろう。みんなが危険に臨むというならオレは先頭に立って戦うだろう。
 だからみんなの死に対してオレが罪を感じる必要はない。逆にオレがそうなったとしても友に罪を感じて欲しくはない」

 わたしはますます分からなくなっていた。 
 セイバーが親友や仲間たちの死に対して罪を感じていないのならば、一体何にこれほどまでの罪を感じているのだろうか?

「親友たちの死に罪がないのなら……それじゃあローラン辺境伯の何が大罪だっていうの?」

 するとセイバーは突然両拳を固く握りしめると天へ向かって呪うような眼つきで怨嗟の絶叫を上げた。
 その目尻が僅かばかり濡れていたのにわたしは目敏く気付いてしまった。


「オレは……オレは────どうしようもない"ウソ"をついた大罪人だ………ッッ!!!!!」


 教会で粛々と懺悔するのとは明らかに違う憎悪に満ちた罪の告白。
 それは白銀の騎士が誰にも気付かれぬようにずっと胸の奥に深くひた隠し続けていた未練の根幹を曝け出した瞬間でもあった。

「キミは知らないかもしれないがオレは決して許されない嘘をついたんだ……………最低の嘘吐きなんだよオレは……。
 それも一人に対してじゃない。王に、親友に、婚約者に、仲間に、そして二万もの部下たちにだ───ッ!!
 オレは必ず勝つと皆に約束したのに───オードに必ず帰ると約束したのに……オリヴィエにオードを頼まれたのに───!!」

 セイバーの瞳から止め処ない雫が零れ落ちてゆく。
 押しとどめていたものが決壊したかのような勢いで零れるソレは次から次へと溢れて止まることがない。


「なのに、なのにオレという奴は無様に負けた挙句に約束すら守らず身勝手にも死んだッッ!!!!」


 ローランがずっと自身の大罪だと感じていたこと。
 その正体を、その業の深さをようやくわたしでも理解することができた。
 だからどうしようもなく胸が重く苦しい。
 
「アヤカ、キミは何故オリヴィエが無理矢理にでもオリファンを吹かなかったかわかるか?
 何故みんなが明らかに無謀だとわかる戦いに同意したのかわかるか?」

 わたしには無言で首を横に振ることしか出来なかった。
 セイバーの迫力に気圧されたこともある。
 しかしなによりも彼の姿があまりに痛ましくて、まともに言葉が出せなかった。

「答えは簡単さ。別に難しいことなんかじゃあない。
 みんなオレを信じてたからだ。オレの言葉を一切の疑いもなく信じてくれたからだ───ッ!!
 オレが勝てるってあいつらに言ったから、勝利を約束したからみんなはそれを信じてくれたんだ!!
 オレなら勝てると、ローランがいるから自分たちは絶対勝つと!
 オリヴィエもオレなら本当に勝てるかもしれないと信じたからこそオレの面子を守るために無理矢理には角笛を吹かなかった!
 ロンスヴォー血戦よりも危機的状況なんて他にもあったんだ。
 デュランダル無しでドラゴンや魔物どもと戦うことになったり、少数部隊で行動中に異教徒大隊の包囲・奇襲を受けたこともあった。
 けどローランって奴はそれを全部見事潜り抜けてきた。だから今回も大丈夫だってあの場にいた全員がそう信じてたんだッ!
 それはオードだってそうさ! オレの絶対帰るって言葉を100%信じてずっとずっと長い間待っててくれてたんだ!!」


「だっていうのに……………オレは色んな約束を破った──────」


 無力感からかセイバーの握り締めていた拳が力無く解けてゆく。
 ずっと天を睨み付けていた瞳はいつからか地面を見つめていた。

「嘘をつくことはキリストの教えでは罪だ。
 だからオレは、聖杯の力でもう一度みんなに逢ってちゃんと謝罪し赦しを乞わなくちゃいけない」

 騎士は皆を死なせてしまったことよりも皆の信頼に答えられなかった己を深く恥じていた。

「…………そう、それがセイバーの願いなんだ」

 納得がいった。確かに何万人規模の霊魂を現世に招来するなんて通常の方法では叶うまい。
 ましてやその中には幾人もの英霊の魂が混ざっていればなおさら通常の手段では不可能な奇跡である。
 だからこそセイバーは聖杯の力を求めている。通常では叶わぬ奇跡を成就させるためにどうあっても万能の杯が必要なのだ。


 ───しかし違った。セイバーの瞳がそっとわたしの浅はかな考えを否定している。


 騎士の目的はあくまで一つのみ。
 彼は"最初からたった一つ"の祈りを成就させるべく、ただ一人のヒトを救うためだけに、この熾烈な闘争に挑んだのだから。


「これはあくまでオレのみんなに対するケジメだ。
 ずっとそうしたいと願ってはいたけどそのために聖杯が欲しいんじゃない。
 ────ただ一人。たった独りオレの愚かさの犠牲になったのがオードだ。
 オレが彼女につらい犠牲を強いてしまったのならば─────オレがこの手で彼女を救う」

 さっきまで夜空を仰ぎ見るか地に俯いて決してこちらの眼を見ようとはしなかったセイバーがわたしを眼を見詰めている。
 真っ直ぐ見詰めてくるローランの碧眼はもう濡れてはいなかった。
 己の罪の重さに泣いていた男は、救わねばならない最愛の女性の名を口にした瞬間、決意に満ちた英雄の顔に戻っていた。

「彼女には何の罪もなかった。あんな悲劇的な最期を迎えなければならない理由なんてどこにもなかったんだ!!
 オレが死なせたも同然だ……オレがオードを殺しちまった。
 絶対に祖国へ帰り君と結婚するという約束も果たしてやれずに……彼女は暗い絶望の中で独り死んだ。
 しかも今この瞬間でさえも……彼女はまだ独りなんだ………」

 今のわたしには返す言葉もかけてやれる言葉もなかった。
 ただ黙って一人の男の未練と後悔に耳を傾けてやることしか出来ない。

「あのままじゃオードは救われない! これじゃ天国にいっても安らぎなんてない! オレはそんなの認めん。絶対に認めねぇぞ!
 オレはオリヴィエに頼まれてんだオードを頼むって! あの約束はまだ死んでねえ、まだちゃんと生きてんだ!!」

 激情のまま一気に捲し立てたせいだろう、セイバーは肩で大きく息を吐いている。
 その後一拍の間をおいて呼吸をゆっくり整えると、


「だからオレはこの戦いに最後まで勝ち残ってオードと結婚する。そしてオリヴィエと本当の兄弟になるんだ。
 それを心から望んでいたオードのために。
 生前果たしてやれなかった彼女の願いをオレがこの最果ての地で果たしてみせる───!
 ────このローランが必ずオードを救ってみせる」


 決心を滲ませた瞳で天へと宣誓した。

 
「オレがみんなと逢いたいのはロンスヴォーでの赦しを乞うためでもあるけど……、
 それ以上にオードの結婚をオリヴィエたちに祝福して貰うためなんだ。
 オリヴィエだって言ってたからな、祝儀は多くの者に祝福されないと真の幸福とは言えないって。
 だからオードだけ居ても駄目なんだ。オリヴィエだけでも駄目なんだ。これはみんながいないと絶対に駄目なんだよ」

「これが────オレがこの戦に全身全霊を賭ける動機だ」


 こう締め括って、騎士の独白は終わった。


「────────」
 互いに語ることがなくなり二人の間になんとも言えぬ沈黙が流れている。
 わたしはせめて何か言わなくちゃと頭の中でややパニックを起こしながらもあれこれと考えていると、

「これで、本当の信頼関係は生まれただろうかアヤカ───?」

 セイバーは少し照れ臭そうにしながら右手をこちらにそっと差し出してきた。
 握手だ。それも戦いに生きた男同士がするような、俺はお前を信頼するぜ。だからあんたも俺を信頼しなってな感じの熱い握手。
 わたしも同じように手を伸ばしガッシリとセイバーの掌を握り締めた。

「セイバー………ええ勿論よ! お詫びにこっちも全幅の信頼の証として一つ提案をするわ。
 わたしたちが勝利者になった暁にはまず貴方から願いを叶えていい。
 聖杯にも限界があるかもしれないし、セイバーもそっちの方が安心でしょう?」

 それからわたしはつらい記憶を思い出させたことへのせめてもの礼としてそんな提案をしてみた。
 勿論含みなしの100%信頼の証としての提案である。
 セイバーの悲願は完璧に純粋なものであり、危険な要素は微塵もないと判断したためだ。

「え、いいのか? 君にも生き返らせるたい祖父《ヒト》がいるだろ」
「わたしの方は最悪蘇生できなかったとしても構わないわ。もう遺体も焼いちゃってるしね。
 お爺様だって十分長生きしてまぁ満足してるだろうし、なによりお爺様の遺志はわたしが魔術師として大きく成長することだもの。
 聖杯戦争に勝ち残れた時点でお爺様からの宿題はきちんとやり遂げたわけだし、蘇生が駄目なら駄目で許してくれるわきっと」
 出来るだけセイバーに気を遣わせないようにわたしは出来るだけ明るく軽い感じで言ってのけた。
 半分位は強がりだが正直お爺様を先に生き返らせたせいでセイバーの方が駄目でしたなんて事態になる方が遥かに後味が悪い。
 というか精神的ダメージが大き過ぎて立ち直れない予感がする。

「まあそういうことだから聖杯に願いを叶えるのは貴方が先よ。ちなみにこれはもう決定事項だから変えるつもりはないわ」
「すまん。それからありがとうアヤカ」
 騎士は肩膝を着き深々と頭を下げてから少女の心遣いに心からの感謝の気持ちを述べた。
 そんな面と向かった感謝の言葉に少女の顔がかなり赤くなっていたのは森の木々たちだけが知る秘密である。



 二人は再びヴェイヤンチーフに跨ると景気良く馬を走らせ始めた。
 より一層絆を強くしたコンビは挑むべき戦場を目指して颯爽と駆け抜けてゆくのだった。







──────Berserkers Side────


 雨生虎之介にとって学問とは一言で言い表せば人生のようなものであった。
 人生の半分を学ぶことに費やしてきた彼はある意味生粋の学者であると言ってもいいのかもしれない。
 学ぶことを喜びとし、識ることを娯楽として生きた人生。
 彼は魔道を本業として学ぶと同時に様々な一般学問も自ら進んで習得した。
 蘭学、数学、化学、言語学、歴史学、医学、薬学、解剖学などなど。そのジャンルは実に多岐に亘る。
 特に解剖学と語学は彼が非常に関心が高く得意とする分野であり、その習熟度はその道のプロフェッショナルにも劣らない。
 人体解剖の知識経験は本物の医者にも劣らず、言語力は西欧の主要国語の殆どを話せてしまうほどの秀才っぷりであった。
 そんな虎之介の最近お気に入りの外来語は今注目の国『あめりか』の英語。これは蘭語に続く久々のヒット言語だった。
 まだ学び始めて一月程度の拙いものだが言葉の所々に英単語を織り交ぜて喋ってしまうくらいに虎之介は気に入っていた。

「……………………………」
 そんな学ぶことに関して無類の才気の発揮する魔術師が現在熱心に取り組んでいるものがある。
 名付けてサーヴァント学。
 まあ簡単に説明すればこれはヘイドレクを学ぶための学問、といったところだろうか?
 ヘイドレクの能力、特性、欠点、燃費など様々な事を詳しく研究して最大効果を上げられる管理運用法を模索する雨生流の学問。
 それが彼の言うすーぱーくーるな学問サーヴァント学である。

「……………むむぅ、よぅしそのままそのまま……ぬ? ……おおおおおおおお!??」
 阿鼻叫喚に包まれる地獄の試験管の中を虎之介は冷静ながらも熱い研究者の眼差しで実験結果を見守っていた。
 虎之介がバーサーカーを召喚してからはや十日以上の日数が経過している。
 しかも不幸中の幸いか燃費が悪い上に集団リンチを受けた雨生には研究時間(聖杯戦争休業日)も十分にあり、
 まあこれだけの時間的余裕があれば研究テーマを一つに絞った彼なら何らかの研究成果を出せるというものである。

 そうした努力の研究成果《けっしょう》の一つが彼の目の前に確固とした形で存在していた。
 血の海の真ん中で多数の亡骸の山を踏みつけながら───ソレは立っている。

「く、くくくやった……あははははっはっはっはっ!!
 イエーイ成功だ! "ぐっどぐっどぐっどべりーぐっど"! 実に"ぐっど"だ俺ーーー!
 ああ、こんなに"くーる"過ぎる自分が怖い……まさに"あいあむじーにあす"って感じ?
 おめでとう俺! ありがとう俺! "こんぐらちぇれーしょんず"俺! "おぅ~せんきゅー"俺!ってなアハハハハハハー!!」

 実験の大成功に歓喜の喝采を上げ興奮する虎之介。
 この成功はきっとこれから始まる雨生虎之介伝説の幕開けを告げる福音になることだろう。
 なんて支離滅裂で意味不明な自信が沸き上がってくるくらい彼のテンションは上がっていた。
 これはそれほど価値のある実験成果だったのだ。

 学びの天才が確立させた過去に類を見ない技法。


 喜びに踊る虎之介の足元には力尽きて崩れ落ちた狂戦士の亡骸が─────











──────V&F Side──────

 助けろ!ウェイバー教授!第二十四回


V「久しぶりだな諸君」
F「久しぶりだな諸君!」
V「またしても前回から一月以上の期間が開いてしまったわけだが……」
F「開いてしまったわけだが!」
V「まぁそのなんていうかだな」
F「まぁそのなんていうかだな!」
V「フラットうるさい!!」
F「すいません先生! 自分のキャラクターを忘れて錯乱してました!」
V「一月程度で忘れるキャラクターならさっさと止めてしまえ」
F「グスングスン」
V「今話は全体的にそれぞれのキャラの背景や人間性の掘り下げがメイン……で終わったのは素直に謝っておく。
  さて今回でようやく全サーヴァントの願望が出揃ったな。ローランの願望は最終的にあんな感じのになりましたとさ」
F「なんでわざわざあんな感じにしたんですか? 捻くれ者ですか?」
V「だって過去やり直しだとアルトリアの願望ともろ被りするし、如何にも予想通りな願いって感じがするじゃないか」
F「でもプロット案のから変更したんでしょ?」
V「いやだってな……最初のプロットだと酷いなんてもんじゃないんだぞ? これがメモにあった初期願望だ。
  綾香『今でも後悔してるのねみんなを死なせてしまったことに……』
  セイバー『みんなが死んでしまったものは仕方が無い。だから代わりにオードとの結婚式を開くお!兄弟になろうぜオリヴィエ!』
  オリヴィエ『………………え?』
  綾香『…………』
  このメモ見返した時、ローランワロタwどうしようもないアホの子ww状態だったからな……」
F「これはなんて酷い自己中でしょう!」
V「だろう? だからちょっと装飾つけてもう少し見られる形に纏めなおしたんだよ。前話の過去話もあったから余計に必要だろう」
F「ローランさんらしいと言われればらしいんですがこれはいくらなんでも話の流れ的に……」
V「シリアスなことやってるときに、なに考えてんだこいつはww ってなっちゃったからな。後から冷静になって止めた」
F「止めて正解だったと思いますよ先生。それにしても良い人ですね沙条さんは!」
V「まあ遠坂凛系統の人格だから善人なのは間違いない。ただ魔術師だからドライなところもあるが。おじいちゃーん!」
F「生き返らなかったらごめんで許してーー」

F「ところで先生、俺雨生さん久しぶりに見ましたよ! なんですかあの人超頭良かったんですか!? 新設定ですか!?」
V「雨生は元々頭はよかったという設定だ、ZEROで龍之介の先祖が蘭学とオカルト学んでたからな。
  龍之介と同様に好奇心が旺盛でとことんまで知ろうとする特徴がある。その結果多種多様な知識を得ることになったわけだ。
  外国語はペラペラで半年もすれば英語もペラペラになるだろう。マイブームが続けばそのうちルー大柴語みたいのを喋り出す。
  虎之介は普通の学者やってれば学界でヒーローになってだろうに……」
F「先生は特別なマスターいないって言ったじゃないですかーーーーっ」
V「ん? いや虎之介は魔術師としては並も並、超が付くほどのド並だぞ?」
F「あれ……?」
V「虎之介は確かに学ぶことに関しては天才的だが魔術は一般学問とは違う。学び続ければ誰しもが高みに到達するわけじゃない。
  どちらかと言えば音楽や芸術のような生まれついての才能がなきゃ結果を出せない分野だ」
V「魔術理論の研究は出来ても実践し確立するだけの才能がないから大成できないのが雨生虎之介という魔術師だ」
F「なるほど先生と同じなぶるあ───!!?」
V「私は大魔術師だ。雨生など我ら時計塔四天王の中でも最弱の存在よ!
  ただ全マスターの中でこれだけ自分のサーヴァントと真剣に向き合ってるマスターは恐らくいまい。
  本編では語られてないがアイツ四六時中バーサーカーの理解に努め、コミュニケーション取る努力をしているからな……」
F「うわぁ……凄い無駄な努力ですね……」

F「ところで先生、あの竹内さんって……」
V「竹内さんは竹内さんだろう。遠坂家と表の付き合いが深い家系の人間で刻士のシンパの一人で何かと手助けしてくれる良い御仁だ。
  庶民娯楽の商いをやっていて冬木界隈の政財界ではちょっとした有名人。画家としての才能もあるらしく春画も描いたりする」
F「じゃあ那須さんは……」
V「那須さんは那須さんだろう。竹内さんと同じく遠坂家と表向きの付き合いが深い家系の人間で竹内さんと一緒に商いをやってる。
  物書きの才能もあるらしく娯楽小説も何冊か出してる冬木界隈ではちょっとした有名人だぞ。
  二人とも商売で創り上げた情報網を持っているからそこから得た情報を刻士に流してくれるよい御仁だ。稀に嘘付くがな。
  しかしこんな基礎的でつまらん質問をするんじゃないフラット!
  遠坂家には色々と便利な人付き合いがあるんだ。それこそ戸籍無い新婚人妻に偽造戸籍を用意したり出来る程度のな」
F「はぁ……すいません。じゃあ別の質問にします。
  今話の頭であっさりぶっ殺されてしまった志士さんの仲間の火村さんってアレですか、人斬り罵倒斎とか呼ばれてないですか?」
V「知らない。そんな人全然知らない。キワミとか無関係。それでは生徒諸君また次回!」
F「……………オトナってずるいと思います」