──────Rider VS Caster Side──────

「ほらほらどうした鼠め! さっさと逃げんと丸焼きになるぞ!!」
 必死で逃げ惑う鼠を追い散らしてジャレる猫のようにライダーがキャスターを激しく追い立てている。
 ライダーの馬鹿でかい艦が広い室内を所狭しと飛び回る。戦車が通り過ぎる度に室内にある調度品や魔術装置が破壊されていく。
 高速で飛翔走行する戦車はさながら火炎の流星そのものだ。流星が通過した後には焼き焦げた炭しか残らない。
「くっ、人の工房で好き勝手に暴れまわって!」
 柱の物陰に身を隠すことで難を凌いでいたキャスターだったがその様子からはかなりの疲労感を滲ませていた。
 こちらの攻撃が一切通用しない敵。一方的な攻撃権を与えられている不公平なゲーム。まるで勝負になっていない。
 ありとあらゆる攻撃魔術を試した。有効な攻撃法も模索した。だがその全てが無情にもライダーに通ることは無かった。
 騎兵の宝具があの戦車であることはもはや疑う余地がない。恐らくアーチャーの城砦のように防護に特化した騎乗宝具なのだろう。
 車体の周囲を纏うように存在する火焔も攻防一体の業火となって敵の凶刃とその身体をも焼き尽くすに違いない。
「キャスターよ、もう涙ぐましい抵抗はせんのか?」
 そうこうしている内にライダーからもう何度目かになるかわからない弓矢の制圧射撃が加えられた。
 キャスターは騎兵の癖に弓矢を扱うなんてハッタリかと最初は思った。
 だがそんな悠長で甘い考えはライダーの射撃精度の高さが、その腕が本物であると否定してくれた。
 そんな戦場の中で今の彼に出来る事と言えば、

 ───身体強化───間を置かずにさらに多重強化───加速────!!

 魔書がシングルアクションで魔術を連続発現させる。
 同時に矢の制圧射撃によって強度の信頼性を失った柱から躍り出る。
 倒壊する柱を背に、猛加速するキャスターが矢の弾幕をするするとすり抜けてまた別の物陰まで一気に滑り込んだ。
「そうだ精々チョロチョロと逃げ惑え! その"せこい努力"は涙を誘うが楽しい遊びはなるべく長く続いた方がいいからな」
 心底楽しそうにライダーが舌打ちしている。獲物を撃ち逃がした事が面白いながらも悔しいのだ。
「はぁはぁ───空想と幻」
 キャスターは物陰に飛び込むと常に撹乱目的で幻惑魔術を周辺に展開する。
 そうすることで敵の照準から少しでも逃れられる時間を稼ぐ。ライダーの蔑む"せこい努力"とはこれのことだ。
 そしてその僅かな時間を使って次の手、あるいは行動を、分割思考で思案していた。
 相手に対して干渉魔術が全く効果がない以上、キャスターに残った手段は己に対する補助だけだった。
 ライダーを打倒するという選択肢は既に消えている。こんなワンサイドゲームの相手を倒すなど妄想的としか言えない。
 ────しかしだからといって勝算が皆無なわけでもなかった。
 もしかしたら、というある種の期待感はある。そのためには……。
 荒い息を整えながら懐から青い液体が入った瓶を取り出した。瓶栓を開けて液体を口に含むとそのまま全部を飲み下す。
 その正体はキャスターお手製の魔薬である。液体が胃に落ちドクンドクンと鼓動が速くなる。疲れ切った体に元気が漲ってくる。
 霊薬の力によってキャスターの消耗した魔力がぐんぐん回復してゆき、
「よし回復した。これでまだまだやれますね」
 最後には初期値へと戻ってしまった。
 魔薬を飲んで暫しの休憩を取るとキャスターのステータスは完全回復していた。
 荒かった息も静まり、疲労が溜まっていた身体には今や活力に満ち満ちている。受けた手傷も綺麗に治っていた。
「ライダーは……いた」
 物陰から様子を窺う。騎兵は用心深く周囲の気配を探っていた。あの様子だとまだ敵がどこに隠れたのか絞り切れていないとみえる。
 青年はほくそ笑んで足元にある手頃な石ころを拾い上げ、無造作にポイ捨てすると同時に魔術で石をライダーの背後に転送した。

 ─────カツン。

「───背後!? ハッ! ようやく見つけたぞ砂漠トカゲが!」
 獣じみた俊敏さで物音に反応する騎兵。その視界にはみすぼらしいローブの格好をした優男がしっかり映っている。
 ライダーは見惚れるほどの洗練された動作で振り返りざまに矢を二連射した。
 二本の矢が見事その身を撃ち貫くと優男の膝は体重を支え切れず砕けた。
 崩れ落ちる。だがその前に男の影が幽鬼の如く揺らめく。
 すると驚くことに優男は分裂し増殖した。忍者のように何人にも分身したキャスターは一斉に同じ方向へと走り去ろうとしている。
「幻惑とは随分とちゃちな子供騙しだなキャスター! 俺様が撃ち洩らすと思ったか間抜けめッ!!」
 逃げさる集団へと乱れ撃つ矢。矢は物凄い命中精度で惚れ惚れする位的確に眼鏡の優男達を次々と撃ち倒していく。
 弓兵クラスの適性も持つサーヴァントなだけはあってか実に恐ろしいまでの正確な射撃精度である。
「よし今だ!」
 その隙を突き魔術師も先と同様に魔術で自身の肉体を強化し高速移動を開始。
 同じく騎兵も射るべき弓矢を全て撃ち終えていた。
 二人のアクションは一瞬の攻防で終了した。魔術師は移動を終え身を隠し、騎兵の矢は物音の原因にきっちりと突き刺さっている。

 キャスターの戦術方針は積極的に相手を斃しにいった最初の数手と比べると明らかに消極的なものになっていた。
 こちらからは攻撃を加えず、自身を補助する事に専念し、ただ受けに回って敵の攻撃を撹乱し、ひたすら身を守る。
 しかしそれも全てはこの状況下でも勝利を手にするための行動。消極的な時間稼ぎも単なる逃げではなく勝利への布石に過ぎない。
 この圧倒的不利な戦いを演じる青年にとって唯一残された勝機、それが彼のマスター、ラウネス・ソフィアリの存在だった。
 ソフィアリはマスターの中ではずば抜けた戦闘能力を保有している。
 少々信じがたい話ではあるが、単純に見積もっても彼の力量は一人前の魔術師の約五倍もの性能があると言っていい。
 魔術刻印一つで一人前分の計算だ。キャスターがソフィアリに移植した刻印の数は実に五つ。
 キャスター自身が殆ど使用しなかったり、有用性が低かったり、他と重複した魔術が多かったりする刻印を優先的に彼に移植した。
 平凡家系や没落家系の刻印もあったが、中には名家と呼ばれた家系の刻印も混ざっていたし、最高で中世時代の刻印も混ざっている。
 つまり今のラウネス・ソフィアリは中世の神秘をその身に体現する大魔術師となんら変わりないのだ。
 そんな超装備で身を固めている怪物に勝てるマスターがこの聖杯戦争に参加してるとは到底考えられない。
 否、並の現代魔術師をいくら束にしても勝てる相手ではない。仮に全マスターが手を組んだところで返り討ちに遭うのがオチだろう。
 唯一の例外としてサーヴァントの存在があるがその怪物を打倒し得る大怪物は現在キャスターの目の前にいる。
 時折自分に供給される魔力が寸断するのにキャスターは気付いていた。
 ソフィアリが魔術を使用している………つまり現在交戦状態にあるのは明白だ。
 その相手が何者なのかは問う必要はない。ついさっきまで目の前にいた人間以外の何者でもないのだから。
 つもるところ、今キャスターが稼ぐ一分一秒は、ライダーのマスターを一分一秒刻々と死へ追いやっているのと同義だ。
 自分が持ち応えている間に必ずやソフィアリが敵のマスターを斃してくれる。
 神の教えを信仰する魔術師はその一点に己の全ての賭金を賭けてこの勝負に出たのだった。


「すべて、石コロ───だと? うぅぅぬううおんのれぇぇえ!! この俺様を謀りおったな魔術師如きがぁ!!」
 自信満々に自分が射抜いた敵が実は石ころだったと気付き激しく気炎を上げる騎兵。
 ただでさえ低い沸点をあっさり通過しどこまでも熱は上がっていく。
 コケにされたことでプライドに触ったのか怒りで眼は血走っていた。怒気が周囲に火の粉となって撒き散らされる。
 そしてその怒りが頂点に達したとき。

「────セトの砂嵐よ、その熱砂の風で愚者を荒々しく焼き払え───!!!」

 王の叫びに呼応して太陽の戦車を中心に高熱の衝撃波が円輪状に展開される。
 物陰からライダーの様子を窺っていた魔術師はその気配を敏感に察知した。
 これは魔力の波だ。それも特大級の──。
「いけない……ッ!?」

 直後、炎の嵐が巻き起こった─────!!
 
 反射的に宝具から最高クラスの攻撃魔術を高速検索していた。検出した魔術の特徴や属性を視さえせずに即決、実行する。
 魔力を通すだけで発動するシングルアクションによる高速魔術行使。烈火の勢いで迫る熱砂の嵐。
 間一髪で間に合った。炎の嵐が魔術師の身を焼き焦がすよりも速くこちらも豪雨の嵐を魔道書より放出した。
 嵐と嵐が激突する。相手の風を己の風で裂き千切らんと互いの風を押さえ込もうとする。
 Aランク魔術同士の衝突によりキャスターが潜んでいた周辺物は吹き飛ばされてライダーから丸見え状態になってしまっている。
 激しい戦いの果てに二つの嵐が止んだ。
 ライダーの嵐はキャスターの嵐によって相殺され鎮火したのだ。

 だが、
「そこにいたかコゾゥ…………!」
 ギラリとした殺気を滲ませた眼付きでライダーが笑った。

 四つの瞳と瞳が合う。その絶好の好機に魔術師が先制した。
 ……今だ! 奴の脳に直接幻惑魔術を叩き込んでやる!
「暫し悪夢に溺れてなさい!」
 妖しく光る魔性の瞳。これより暫らくライダーはキャスターの作り出した幻に囚われるだろう。
 どんな悪夢を見るかまでは知りようがないことだが、それでもライダーの活動を一時停止させるには十分──の筈だった。

「無駄だぞ呪術師? 我が偉大なるトト神の守護の前には如何なる魔術も通じはせん」

 余裕の態度で敵を見下すライダー。あれは演技なんかじゃない。本当にライダーには今のが効いていない。
 一度悪夢に堕ちれば廃人になりかねないぐらい強力な悪夢を見せる夢幻は信じられないことに全く通用していなかった。
 トト神の加護によって得たAランク対魔力スキル。
 Aランク以下の魔術をキャンセルするその鉄壁は攻撃魔術のみならず魔術によるあらゆる干渉を遮断する。
「これすらも駄目!? まさか魔術そのものが通じない……?!」
 これにはもはやキャスターも愕然とするしかなかった。ライダーの戦車が誇る耐魔力は堅固なんてものではない。
 攻撃魔術の類は全般的に効かないと踏んではいたがよもや非殺傷系の干渉魔術までも通用しないとは思ってもいなかった。
「もう気は済んだか賊よ? なんなら三分間待ってやろう、好きなだけ俺様に傷をつけてみろ……できるものならだがなぁ」
「この、なめるな──!」
 この完全に相手を舐め切った挑発はいくら冷静なキャスターでも我慢できるものではなかった。
 キャスターにだって曲がりなりにも英霊としての誇りと意地がある。
 たとえ何も通用しないと心底理解していてもこんな侮辱を黙して飲み込むなんて断じてありえない!
 工房に設置した貯蔵庫から魔力を引っ張ってくる。キャスターの体を大量の魔力が濁流の如く流れ込んでくる。
 キャスターは自身の魔術回路への魔力の供給を確認すると同時に消費量など気にも止めず大魔術を乱舞した。
 一工程で発動する魔術がまるで速射砲のように次々と火を噴く。
 炎の弾丸。風の剣。氷の槍。岩の爆弾。雷の鞭。水の斧。空間圧縮。局地地震。植物束縛。対極属性の混合魔術。
 時に力強く、時に上下左右と変則的に、時に補助系や障害系の魔術を駆使しながらひたすら敵を攻め立てる。
 怒涛の勢いで魔術が次々に被弾するがライダーの顔は依然として涼しいまま。
 遮断された魔術が散り散りの魔力となって霧散する様は煙幕のよう。
 必死になって連続魔術行使をするがやはり攻撃の尽くがライダーの戦車の加護の前に敗れていた。
「どうした? 俺様は何も手出ししておらんぞ?」
「───ッ!」
 嘲りを歯を噛み締めて耐えた。頭は冷静に攻撃する手は熱く。されど『世界の書』では勝てないことを改めて痛感する。
 だがそれでも切り札がもう無いわけではない。
 最後に残された秘儀中の秘儀。奥義とも呼べる最終手段。
 完全に膠着状態の対立図式。そして流れは変わることのないまま、とうとう約束の三分が経過した。
 
「時間だ。さあ、愚者への神判の時だ──!!」

 時間を計っていたようなバッチリのタイミングでライダーが雄叫びを上げる。
 勝ち鬨を吼える王はついに沈黙を破り攻勢に出ようとしていた。ライダーが最強の一撃のために力を溜める。

「いまだ────真理は、此処に顕現する」

 だがキャスターもずっとこの瞬間をまだかまだかと待ち侘びていたのだ。
 絶対に妨害をされない空白の時間。逃げる余裕も与えない一触即発の場面。
 同時にライダーの溜めの隙を突きキャスターも『世界の書(リベル・ヴェル・ムンディ)』を解放した。
 書を中心に解き放たれた魔力が荒々しく渦を巻く。やはりこれこそがサーヴァントにとっての最終手段。
「──叡智の触覚を以て──」
「──世界の記録を読み取り──」
 高速詠唱で呪文を一気に紡ぐ。魔道書には古文字が次々に浮かんでは消えて幾何学模様のように絡み合う。
 ライダーもこちらの意図に気付いた。しかし予測通り妨害に出ようとはしない。
 焦燥感のあまり焼き殺される錯覚に陥りそうになるがそれは決して錯覚ではない。
「──幻想の真意を解し──」
 キャスターの眼前には審判の槌を叩き落そうする閻魔大王の化身がそこに居る。
 最悪なことにこの閻魔様は死者の極楽行きや地獄行きを決定したりはしない。
 いついかなる時も問答無用の即灼熱死刑。それ以外は判決は絶対に出してはくれない。
「───世界の法則を統べり───」
 五秒経過。かなり際どい。デッドライン擦れ擦れをひたすら攻めている感覚。動悸が激しい。焦りで吐き気すら催しそう。
 高速詠唱を用いているのにまだ遅く感じてしまう。数瞬後には敵が最悪の一発を見舞って来そうでどうしようもなく恐ろしい。
 とにかく0.1秒でも相手より速く。もしあの男に先手を許せば抵抗すら出来ずに焼失させられるのは間違いない。
「神意に逆らう咎人どもよ恐怖しろ────!!」
 いよいよ魔力が溜まったのかついにライダーが動き出した。太陽の船車が放射する熱気がじりじりと威嚇してくる。
 しかし高速で編み込まれた秘儀の結晶は砂漠の大王よりも一足早く攻撃権を奪い取ることに成功した。
「此処に世界を具現化せん───!!」
 最後の呪言をきっかけにキャスターの頭上にセフィトロの木が出現する。
 凝縮された『世界の書』の神秘は『勝利の書』へと進化を遂げた。魔導書の膨大な魔力が蒼い稲妻となって大気に散っている。
 世界の縮図とも言えるセフィロト図が魔術では届かぬ奇蹟を担い手に与える。


      フェイクリアリティマーブル   
「────リベル・ヴェル・トライアンフ─────!!!!」


 決死の気合と体内の全魔力と共に最強の神秘を発動させる最後の鍵を開け放った。
 セフィロトのセフィラ(球)とパス(小径)が組み変わる度に魔術師の周辺の世界法則が変革する。 
 歪んだ法則は本来の理を蹴り飛ばして一個体の空想を現実に具現化させる。

 ここに、擬似的ながらも一つの空想具現化が成立した───!

 陽炎の揺らめきが部屋中に伝染していく。
 只のだだっ広いだけだった一室の風景が塗り変わるようにして別風景へと変貌する。
 そこはまるで宇宙空間のような場所だった。
 なにもない。己と敵以外には何も存在しない場所。そしてその敵は100m以上離れた所に存在している。
 どこまでも前後左右に広く、どこまでも天井と底が深い。地面という概念は無かった。
 しかし地面がないのに低い地鳴りと微弱な地震が起こる。湿度は急激に上昇。
 さらにどこからともなくいつか耳にした音と匂いが。
 そして次の瞬間、この場所では絶対にありえない幻想が突如として轟音を伴ないながら出現した。
「な………にぃ?」
 目の前の光景がよほど予想外だったのか砂漠の王者が口を開けて驚いている。

 そこには………全てのモノを呑み尽くさんとする巨大津波が鎌首をもたげて雪崩れ込まんとしていた────!!

 もしも一度でもあの大波に呑み込まれればまず浮かんではこれまい。
 いやそれよりも先に水壁の超重量の水圧でペシャンコになる確率の方が遥かに高そうである。
 サーヴァントにさえそう予感させるだけの本気で尋常じゃない水量がそこには存在していた。まず逃げ切れるような規模ではない。
 そしてこの圧倒的物量ならばたとえ騎兵の業火がどれほどの高温を誇ろうとも絶対に鎮火できるだろう。
 太陽を海に漬けるようなものだ。これ以上無いほどにシンプルな図式。対極の属性ゆえに単純に強い神秘が打ち勝つ。
 そう、この勝負、キャスターが勝つ。

「ボクを貧弱な魔術師風情と侮った貴方の負けですラメセス二世───!!」

 喝破する魔道の英霊。生まれて初めて敵からまさかの勝利宣言を受けてファラオの体がぷるぷると震える。
 それは屈辱からかそれとも敗北への恐怖からか、身体を揺さぶる震えは一段と増していた。
 そして水風船が弾け飛びその中身をぶち撒くかのように、

「ふ、ふふふ、くははははははっはははははははーーッッ!!」

 ライダーの口からは哄笑がぶち撒けられた。それも下品に止めどなく、遠慮すらも感じられぬ大爆笑。
「いいぞ呪術師ぃ! やれば出来るではないか! 俺様が想定していた以上の規模の反抗だ!そうだそれでいい。
 仮にも俺様の神判を受ける英霊ならばあのサムライのように己の力全てを吐き尽くし、そして我が力を刻んだ上で死ね!」
 王の顔に張り付いていたモノはまさしく稚気の如き笑顔、英雄としての歓喜だった。
 退屈極まりなかった雑魚が突如として巨大マグロに化けたかのような血を沸かす興奮がライダーの体を駆け巡っている。
「なに心配するなちゃんと加減はしてやる」
 完全に殺す気でいる者が手加減をしてくれたところで全然嬉しくもないが文句を言う筋合いでもない。
 こちらを舐めているのなら返り討ちにして煮え湯をたらふく飲ませてやればいいことだ。
「さぁその首から下げた薔薇十字に祈れクリスチャン・ローゼンクロイツよ!」
 ライダーは憚りもなく、だが僅かな礼儀を含ませた声音でキャスターの真名を口にした。
 それを聞いたキャスターに驚きは無い。敵の目の前で宝具を使用したのだ。当然の結果だと納得している。
 この瞬間に最も危惧せねばならないものは他にある。彼らにとって最大の関心事は目の前に立ち塞がる敵対者に他ならない。

「そして貴様らの神では決して届かぬ我が父の神威を思い知れ────ッ!!!」

 ファラオの太陽神ラーへの祷りに呼応して『日輪抱く黄金の翼神(ラー・ホルアクティ)』がついにその真価を現わした。
 戦車が纏っていた炎の衣がうねりながら形状を変えていく。
 その偉容はまさしく神々しく光り輝く鷹の神───。
 ラメセスⅡの父ラーを想わす姿となった太陽の艦は燦々とこの白い宇宙空間をより白く照らしている。
 ライダーのアクションはまだない。青い津波が白い焔を呑み消そうと怒涛を上げて殺到する。
 呑まれる直前にすべての大車輪が回転数を跳ね上げた。
 超高速で回転する車輪が日輪のように美しい炎の輪を描く。そうして全ての車輪が日輪と化した。
 複数の日輪が生み出す高エネルギーによって前へ前へと猛進を始めようとする車体をまだブレーキで引き留めているファラオ。
 津波をギリギリの距離まで引き付ける気でいるのが簡単に見て取れた。
 だがそれとて無駄なこと。
 ライダーの艦がいかに強固な護りだろうとも、どんなに大船の如き水に強い形状をしていようともこの大波は決して越えられぬ。
 その大津波はかつて都市の一つを滅ぼすに至った水害の権化だ。大自然の暴力は決してヒトに超えられる力ではない。
 なのに……それほどの暴力を眼の前にしているというのにファラオは獰猛に笑っていた。
 侮るなかれ。ラメセスⅡの太陽の船車はただ守護に特化した程度の生易しい宝具などでは断じてない。
 神の奇蹟を具現化する秘のワードを言霊に乗せて世界に発散する。


    アメン
「───太光煌く」


 真の名に反応して太陽船車の光輝が一瞬にして風船の如く大きく膨らみ、急速に萎んで───否、集束してゆく。
 それはまるで光を圧縮された太陽そのもの。
 その神の輝きを前にした神判を待つ全ての咎人は幸福感のあまり涙するという。
 そんな小太陽を余す所なく圧し潰そうと海神の化身が大口を開けて咀嚼に入った。
 大津波は段階式の波状形となっている。
 まず最前線の高波が贄の勢いを殺し、続いて第二陣の波が贄の抵抗を抑え込み、そして第三陣の本命の大波が完全に全てを呑み尽くす。
 ローゼンクロイツの力はまさに海神の怒りのような暴力だ。
 それに対しラメセスⅡの力は太陽のような荒ぶる光熱。
 圧倒的な水の力の前には些かばかり頼りなく思える火の力。しかし絶対に履き違えるなかれ地上に蔓延る咎人たちよ。
 その力は必ずやその身だけでなく、その身の内に巣食う咎すらも焼き尽くしてしまう光炎だ。
 太陽王の焔はお前たちが想像している脆弱な炎よりも遥かに凶悪で残忍な、
 しかし神々しいまでの───。


  ラー
「王の神判───────!!!!!」


 ライダーはここでようやく留めに留めたストッパーを解除した。
 海神と太陽神の化身たちが一番槍を交換し合う刹那、ラメセスⅡの宝具が解き放たれた。
 色のない空間が白光と青緑に染め上げられて二人の視界全部が白と青の色に焼き払われる。
 解き放たれた力は興奮する暴れ馬のように太陽の戦車の先端を雄々しく振り上げると勇壮にして豪快なスタートを切った。
 まさに万軍と形容するに値する水の大軍団に対して臆すことなく単騎突撃を敢行する。
 激突する二つの神域の力。小太陽を咀嚼しに行った最前線の津波が泡立つ。一秒すら掛からずに海がボコボコと沸騰。
 そして限界点を突破して耐え切れなくなった最前線の波は蒸気のよう跡形もなく消滅した。
 考えてもみれば当然の結果だった。地球のン倍もある太陽を海如きで飲み尽くせる道理など初めから存在していなかったのだ。
 だがそれだけでは全然満たされないのか『日輪抱く黄金の翼神』の速度はまだなお衰えない。
 計測するのが馬鹿馬鹿しくなるような超速度で飛走する船車の姿は正真正銘の火流星。
 流星は第二陣の波へと迷いなく特攻してゆく。
 通常船は舳先で海を掻き割って進むが王の船は乗り手同様に遠慮を全く知らないのか海を消滅させながら前進を繰り返す。
 第二陣に相当する幅のある水壁と呼べる厚波でも陽の王者の疾走を止めるに叶わなかった。
 津波は船と衝突したと同時に綺麗に丸呑みにし、そして数瞬後に無惨なまでに粉砕させられた。
 第二陣瞬く間に壊滅。
 第二波を突破した翼神の名を持つ艦車は僅かばかりの速度低下も見せずにその名を再現するような雄大な飛翔を魅せる。
 大空へと羽ばたいた鷹神の進路上には本命の威影が確固として存在している。規模はこれまでとは比べるまでもない域の大暴波。
 海神が指揮する大軍勢の本隊と形容して相違無い魔の津波と太陽神の現世化身たる陽火の鷹神。

 神話の神々の闘争が悠久の刻を超えた現世で再現されるとき、
 もう一つの別の神話が再現されるのも必然だったのか──。

 何の前触れもなく、本当に唐突に、二つの神々の間には見上げんばかりの高い壁が出現していた。

 進路を塞ぐ不届き物に対するライダーの罵倒の声。
 その裏側で、不意にパタン、と。
 火と水の爆音だけが支配するこの空間に一音、鈴の音ように微かにしかし克明に本が閉じられる音が響いた。
 物音の先には小さな丸眼鏡をくいっと直すお馴染みの仕草をする優男の青年が一人。
 問い質すまでもなく、その壁はまぎれもなくキャスターの仕業だった。



 時間を数秒前にだが遡ろう。
 ライダーの戦車と津波第二陣とが激突をしている最中の話だ。
 この時既にキャスターは次手のための行動を始めていた。
 現代から神代まであらゆる時代の魔術、秘儀、秘法を刻印という形で内封するクリスチャン・ローゼンクロイツの宝具『世界の書』。
 その神秘の魔道書に記された全て秘術の中でこの闘争で通用するだけの守りを誇る最硬にして最強の防御を高速検索する。
 検索完了。条件を満たすソレを見つけた。その秘法はとある神代の魔術師一族が作り上げたある伝説の再現だった。
 ────トロイア戦争。
 様々な形で全世界にその名を轟かす伝説屈指の一大叙事詩。
 そんな伝説の舞台ともなったトロイアの都市には伝説に相応しいだけの防備が備わっていたのはあまりに有名である。
 国家を守る城壁は堅牢にして鉄壁そして無敵。永い歳月に渡り様々な英雄たちの猛攻に耐え得るだけの防御力を誇っていた。
 そこで神代の魔術師たちは思案した。それほどの守りにこそ一族の秘法を守らせるに値すると。彼らはトロイ城壁の研究を開始した。
 一族はそれから長い年月をかけてトロイアの城壁を再現する試みを続けたが、とうとう城壁の完全な再現を果たせずに滅亡する。
 結果は無惨なものだったが、その魔道の結晶は最強の防護結界としてキャスターの『世界の書』の中にこうして納められている。
 魔書内に存在する"トロイ防壁"の設計図を魔術ではなく擬似的な空想具現化を用いて再現する。
 そうすることで城壁は魔術で再現するよりもよりランクの高い神秘で構成されるのだ。その防御力の高さと言ったら折り紙付きである。

「───聳え立ち阻め、トロイアの古き防壁!!!」




 魔術の英傑が発動させた大呪文に応じて太陽神と海神の間を隔てる厚く高い防壁が展開される。
 壁と双方の距離はライダーの戦車の方が圧倒的に近い。誰の目からもライダーの方が先に防壁と接触するのは明らかだった。
 しかしあれだけの速度と魔力を纏った戦車『日輪抱く黄金の翼神』の突撃ならばあの壁でも突破し得るだけの貫通力はある。
 きっとライダーは防壁を破壊する。だがその代償に『太光煌く王の神判』は失速かあるいは最悪停止を余儀なくされるだろう。
 そこへ間近に迫っている大暴波がすかさず畳み込んでくることで難敵ライダーを戦車諸共に呑み殺してしまえる。
 キャスターにとって己の秘術と策謀が高次元に絡み合った最高のシナリオ。間違いなく今までの戦いの中で最強の一手だ。
 太陽戦車と防壁が苛烈な火花を散らす──。
 かつてのように英雄を迎え撃ったトロイの城壁は文字通りぶ厚い壁となって王の行く手を阻んでいる。
 だがやはりパワーは黄金の翼神が圧倒的に上らしく凄まじい勢いでガリガリと削れいく壁。ファラオが勇ましく気合を吼える。
 そしてとうとう拮抗が崩壊した。ドテ腹に大穴を空けられた厚壁は音を立てて崩れ落ち、神話の幻影が塵へと還る。
 キャスターに驚きはなかった。それよりももっと別の関心事に心が奪われて目が離せずにいた。
 今まで力強く宙を疾走していたライダーの戦車が城壁を突破した途端に目に見えて失速したのだ。
 慣性だけで進む車のような重々しいだけの足取り。もはや数瞬前までの疾走で見せていた力強さは微塵も感じられない。
 そればかりかあろうことにファラオの灼熱の艦は大津波を前にしてピタリと停止してしまった。
 動かない。ライダーは動かない。車輪は空中で停車したまま一向に再発進しようとしない。
 眼前の脅威を忘れてしまったのか計算外の事態に呆けてるのか、まるで石だ。
 そんな敵の姿を目の当たりにしてキャスターはいけると確信した。ライダーは動かないのではなく動けないのだと。
 あれでは騎兵の持ち味たる高機動力による回避行動もまともにとれまい。直撃は不可避。残る問題はライダー側の防御力のみ。
 しかし宝具の威力は明らかに攻撃用の宝具だったのを考えると宝具の防御力が攻撃力を上回るなんて事態は想定しなくていい。
 本来の狙い目よりもずっと良い手札で本勝負のテーブルに着けたこの幸運。運気の風は完璧に魔術師に吹いていた。
 慎重により確実にライダーへ詰めをかけるようとしたそのとき。


        アメン
「…………………太光煌く───」


 あってはならぬ恐るべきその呪言にキャスターは……次の言葉を紡ぐことすら忘れた────。
 否、もしもこの場に他にもサーヴァントが存在したならば絶対に同じ様に言葉を失っただろう。
 失わずにいられるわけがない。それほどの有り得ぬ事態。だって絶対にありえない。無理だ。不可能。出来るわけがない!
 英霊にとって己の渾身の力を絞り尽くして放つ主砲こそが宝具による攻撃なのだ。
 真名を解き放つ事で神秘を発現させるタイプの宝具は種類や規模の差はサーヴァントごとにあれど基本的には同じ。
 特にライダーの『太光煌く王の神判(アメン・ラー)』はその主砲のまさに典型とも言える対軍宝具である。
 必殺の一撃の為に膨大な魔力を必要とするせいで、間髪入れずにそう何度も連続使用できるようなものではまずない。
 よっぽどのふざけた魔力量を誇る英霊ならば例外となれるだろうがラメセスⅡの魔力量はそのフザケタの領域とは言い難い。

 故に絶対に不可能な筈なのだが、
 魔術師の瞳に映し出される魔力と殺気の嵐は紛れもないリアルであった────!

 ここにきて一つの誤算が生じていた。
 キャスターにとっては致命的で取り返しが付かない誤算が────。


 ───『太光煌く王の神判(アメン・ラー)』───。
 ラメセスⅡの騎乗宝具である太陽の船車『日輪抱く黄金の翼神(ラー・ホルアクティ)』による必殺走行。
 太陽神ラーが下す神判。絶対正義。咎人の罪すらも焼き尽くす神域の焔。
 灼熱の鷹を纏った戦車が超速で奔り貫ける姿は正しく彗星そのもの。
 種類、ランク、威力、ともに正真正銘最高クラスの宝具である。

 ────だがこの宝具の真に恐ろしいのはそこではない。

 クリスチャン・ローゼンクロイツは"王の格"を持つ英雄たちの底力と恐ろしさをまだ知らない。

 ラメセスⅡにとって本当の力の根源は、堅固な護りと陸海空を走行可能な船車『日輪抱く黄金の翼神』ではなく。
 圧倒的な破壊力を誇る戦車宝具『日輪抱く黄金の翼神』の突撃走攻『太光煌く王の神判』でもなく。
 彼が保有するもう一つの補助宝具『王奉る太陽像(ウシャプティ・オベリスク)』にこそあった。

 この戦争中一度としてこれといった特殊能力や性能を見せていないあの石像こそがラメセスⅡにとって正真正銘のジョーカーなのだ。
 宝具とするにはあまりに無害で性能的に目立たず用途不明なあの王像にはたった一つの特殊能力が備わっていた。

 ────それが、日光の力を莫大な魔力に変換し『日輪抱く黄金の翼神』へ供給する能力。

 この力によってラメセスⅡは日中においてのみ、自身の魔力を一切消費することなく何度でも宝具の解放が可能となった。
 それは彼自身の父親である太陽(ラー)すらも味方に付けたと同義。
 事実、王は日中での戦いにおいて無敵とも呼べる特性を誇っていた。
 故にラメセス二世は王名を戴冠するに値した力を備えた"王者"の一角に君臨している。

 だからこそヒトは彼を『太陽王』と謳うのだ────!



        ラー
「──────王の神判ッ!!!!!」


 とどめになるであろう二度目の神判が下される。判決、死の国送りの刑。
 キャスターは絶望の間際に己の失策と敗北をまざまざと痛感した。
 なんたる無様。こともあろうにこの戦争において最も警戒すべき敵を見誤った。
 自分たちが本当に警戒すべきだったのは……。
 殺戮の狂戦士(バーサーカー)でも、無敵の"聖騎士"(セイバー)でも、最強の"闘王"(ファイター)でもなく、

 ─────この眼の前の"太陽王"(ライダー)だったのだと。

 飲み込まれる。
 魔導師の頭上に展開していたセフィロトの樹図も海神のレギオンも魔術工房聖霊の家もその全部が抵抗空しく破壊される。
 飲み込まれる。
 薔薇十字の青年は網膜を焼く眩い光の中でまるで救いを求めるように虚空に手を伸ばし………。


 ────すべてが真白の光の中へと消え失せた───────。







───────Interlude  ───────

 陽光が天井に広がる枝葉によって遮られた薄暗い山林を太陽のように眩い閃光が包み込んだ時にはもう遅かった。
 突如吹荒れた突風──いや、大暴風は雑木林を駆け抜け死闘を繰り広げていたソフィアリとゲドゥたちを葦のように薙ぎ倒した。
「をうッ!? 何事!?」
 完全に不意を突かれる形となったせいで全員が受身を取る暇すらなく旋風に足元を掬われ転倒する。
 体中を樹木や地面で強打し青痣や傷を作りながらも、それ以上は飛ばされぬよう獣みたく身を屈めて嵐が静まるまで必死に耐える。
「この暴風はライダー達の仕業か?!」
 彼らは大爆風の発生と同時にこの雑木林の外周付近で発生した何らかの魔力の大爆裂も知覚していた。
 そしてそれがサーヴァントの戦闘によって発生した閃光と嵐だというのもなんとなく想像がついた。
 宝具かなにかを使ったのやもしれない。
 しかしそんな中。誰よりも何よりも驚愕し狼狽することになったのはこの男であった。

「──あ? え───ッ?! な……な、何故だッ──!?!」

 激しくうろたえるソフィアリの視線は戦闘の過程で袖が破れて剥き出しになった己の腕に注がれている。
 前方に真っ直ぐに突き出された片腕を見つめて己に呆然とする。
 なぜ。わからない。何を口にしたのか。何が起こったのか理解出来ない。
 放心しかける精神に反して視線は固定されたままだ。正しくは彼の腕に本来存在していた筈のあるモノに……。

 ────令呪が……消え、た。

「こ、これはどういうことなんだ──!!?」
 走った腕の痛みが自身に降りかかった異常を報せてくれたが時既に遅し。全てが終わった後ではもはやどうしようもなかった。
 スゥっと音もなく、ただ痛みの残滓だけを残して、ソフィアリの令呪が消えた──。
「キャスター? まさか───ズガッッ!!?」
 混乱する頭を正常化したのは腕を襲った新たな痛みだった。忌々しい聖職者の罰剣が異端者の腕に突き立っている。
 激痛。流血。痛みを与えられた肉体が怒りを訴え、狂いかけた思考を強制的に漂白する。
「チッ、僅かに外れたか。マヌケ戦闘中に余所見をしているからそうなる」
「うぐ……ッ、こ、こ、この屑がァァァ!!!」
 激昂ともに魔術を叩き付ける。指先から放電された雷は二条の光線を描いて大木に直撃した。根元を破壊され自重で倒れる樹木。
 だがそこに崩れ落ちた死体は存在しない。雷撃が放たれるよりも一足先に黒い牧師は挑発を残してその場から離れていた。
 ゲドゥは木々の上を猿のように軽快に移動しながら地上で待機していた味方に合図を送った。その場所にはミリルとジーンがいる。
 あの様子から察するにジーンは援護射撃位は出来る程度には動けるようだ。リスクは高いがそれでも動いて貰う他にない。
 ラウネス・ソフィアリは断じて侮っていいようなレベルの使い手ではない。出し渋れば最悪こちらが全滅してもおかしくない敵。


                 ◇             ◇


「ゲドゥ牧師から合図がきた。ジーン動けるわね?」
「あ、ああ……私に構わなく、ていい。君はゲドゥ牧師の……援護に回れ」
 息も絶え絶えの男の姿に常に冷淡な表情をしていた女代行者の顔が僅かにだが心配の色を浮かばせた。
 彼女も作戦のリスクを理解している。最悪の場合目の前の男は敵の攻撃で死んでしまうことになるだろうと言うことも。
 しかしそんな様子を察したのかジーンは再度、さあ行け、と促した。彼女もそれに応え無言で移動を開始する。
 女は男を振り返りはしなかった。男は女を見送りはしなかった。
 二人揃って────もう会う事はないと心のどこかで諦めていたから。


                  ◇             ◇


「死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ねッッ! とっとと死ねこの……蛆虫がァ!!」
 魔術が瀑布の如くゲドゥに襲い掛かってくる。それを代行者は人間らしくない驚異的な身体能力で避け続けた。
 そこいらにある樹木はハッキリ言って盾にならない。ソフィアリの魔術の威力が高過ぎるせいだ。
 生木なんぞ容易く折られるし酷いものだと遥か先まで貫通する種類の攻性魔術まである。
 下手に樹木を盾に使おうものなら木ごと殺されるだろう。なので牧師は木々が作る死角を利用し狙いを定めさせないよう努めていた。
 しかし一方的に攻められるのにもそろそろ飽きてきた頃合である。
 作戦実行の合図は既に送っている今度はこちらが攻める番だ。
「まずはキサマの"鼻"を殺ぐ」
 ゲドゥは足場の枝を器用に使って方向を反転すると足元にいるソフィアリと使い魔へ目掛けて取り出した黒い球体を落下させた。
 と、同時に牧師自身も枝から飛び降りながら黒鍵の雨を降らせる。
 その怪しい動きに真っ先に反応した犬が吼えた。
「──ム!? いい加減無意味な行為だと理解しろ愚図め!」
 犬の警戒音に応じて素早く主人が障壁を張る。落下する黒鍵と黒玉は呆気なく障壁によって遮断され力なく地に堕ちた。
 ────直後、周囲一体を猛烈な煙幕が包み込んだ。
 視界の全てが不透明の煙に阻害され何も見通せなくなる。だがこの煙幕はそれだけではなかったのであった。
 煙からは強烈な異臭を散布させていた。正直鼻が曲りそうなきつい臭いで眩暈すら覚えそうだ。
「うッ! ……臭気のある煙幕か!」
 きゅいん、くぅんと苦しげに鳴くレッサーはソフィアリよりも遥かに辛そうだった。
 嗅覚が人間の数百倍から億倍はある犬にはこの悪臭は拷問に近いものなのだろう。
 しかしソフィアリは冷静に打開法を思案、破壊力よりも発動速度を最優先に旋風の魔術が刻まれている刻印に豪速で魔力を流す。
 瞬時に展開された旋風はたちまち周囲をぶ厚く覆っていた悪臭煙幕を掃除してしまった。
 辺り一帯を清浄な空気に換気され鼻腔にも流れ込んでくる。視界が開かれると素早く視線を巡らせ敵影を探す。
 視界の端を黒い影が逃げていくのが一瞬映った。いた二時の方向!
 レッサーの嗅覚を潰して姿を眩まそうなんて見え透いた手にこのラウネス・ソフィアリ様が掛かるものかよ愚図がと魔術師が哂う。
「貰ったこれで終わりだ!」
 魔術師の掌は完全に標的の心臓へ向けられている。狙いを外す理由の無い間合い。間もなくゲドゥは焼却され炭となる。

「────と、言ってあげた方が君達的にはいいのかね?」

 ギロリと、敵の策略を上回ったという快感にニヤついた唇で、ソフィアリは後方に振り返った。
 ………そこには──。
 ラウネスのすぐ傍にまで肉薄していた女代行者の姿が───。
「───ぅ!!?」
「久々に良い食後の運動だったよ。だが相手が悪かったと諦めるがいいィィ代行者アァ──ッ!!!」

 右掌はゲドゥに左掌はミリルの心臓に寸分違わず狙いを定めたまま爆炎の弾丸を撃ち出すトリガーを引き絞る。
 引き金が引かれ撃鉄が落ちる。
 飛来した弾丸は的にこれ以上無いくらいに、見事急所に突き刺さっていた。
 滝のように零れる血が大地を朱色に染めていく。

「レ────レ、レッサー?」
 自分の目を疑った。
 なぜ己の忠実な下僕が血を流しているのか? 本来血を流すべきは奴等の筈なのに。奴ら……?
 ソフィアリはハッと我に返ると向けていた掌から二つの炎を発射した。
 だが敵はこちらの一瞬の挙動の遅れを突き退避した後だった。火炎は敵を捉えず樹木を一分足らずで木炭にしただけだ。
 ソフィアリは倒れ伏すレッサーの具合を確かめようとして………やめた。
 即死なのは一目瞭然であった。これでは治癒魔術も無意味でしかない。死んだ。忠実だった下僕が殺された。
 愛犬を攻撃したのはあの二人ではない、他にいる! 怒りで瞳を血走らせて細剣の狙撃者を探すと視線の先に……目当ての男が。
「き、貴様かあーーーーーー!!!」
「ヘッ、糞魔術師めザマァミロ、ミリルに主の御加護を……AMEN」
 身動き一つ取れそうにもないボロ雑巾のような男が親指を真下に向けてさぞ痛快そうに笑みを浮かべていた。
 ゲドゥの煙幕は自身の姿を隠す為のものではなかった。狙撃手であるジーンの存在を使い魔の鼻から隠す為のものだったのだ。
 ソフィアリはそうとは知らずまんまと代行者達の策謀に引っ掛かり、そして探知機の役割を果していた使い魔を失った。
 魔術師は怒声と罵声の怨嗟を同時に喚き散らし、身動き取れない男を過剰に処刑した。
 代行者は断末魔も上げずに絶命した。
 だがこの程度では魔術師の怒りは治まらない。いや残り二人の息の根を止めても到底この鬱憤はしばらく治まりそうにない。
「ジーン………」
「あとにしろミリル! 条件はこれで五分になった一気に畳み込む!」
「図に乗るなよ塵屑どもがーー!!」
 風を斬り裂いて奔る刃の弾丸と五つの元素が火花を散らす。
 三人の交戦は苛烈を極め、魔術師狩りの代行者と大魔道師の殺し合いは極限状況にまで発展した。
 一つの選択ミスで、一つの判断ミスで、一つの行動ミスで、十回は命を落とすであろう煉獄の戦場で三人は敵の首を落とせと猛る。
 戦況は大雑把に見積もって五分。正確に分析すれば六対四でソフィアリの優位だ。
 だがそれはゲドゥとミリル二人合わせての戦力計算だ。もし片方が潰れようものならその時点で戦局はソフィアリに大きく傾く。
 代行者たちにとって鼻の利く使い魔の排除したことはやはり想像以上の効果を発揮していた。
 今ならある程度奇襲が通用する状態だ。とはいえソフィアリも持てる秘術を行使し迎撃するせいで中々綺麗には入らない。
 しかし通用しなくともさっきまでとは違い攻勢に出られるならば勝ち目は作り出せる。
 代行者はアクロバティックな動きで翻弄し連携した動きで攻める。魔術師は小賢しい敵の抵抗を潰しつつ反撃する。
 ゲドゥとミリルは連携と戦術で、ソフィアリは複合刻印のもてる秘術の限りを尽くして互いに必殺の一撃を狙っていた。
「いい加減死ね代行者ども!」
「ミリル援護だ!」
「了解!」

 そして三者が敵の息の根を止めるべく再度衝突を計ろうとした直後─────ソレは台風のように出現した。

 出現時の衝撃の余りに木々が根元から薙ぎ倒される。ソフィアリが森に放った火種が蝋燭の火を吹き消すみたいに鎮火した。
 三人の人間たちも同様に風圧に負け木の葉のように軽々しく宙を舞った。
 同じような突風が二度たて続けに起れば流石に慣れてきたもので三人ともそれぞれの技術を使って軽やかに受け身を取る。
 しかし今のトラブルでソフィアリの怒りは頂点を迎えとうとう、
「ウガァアアアアーー!! 今度は一体なんだというのだッ!! 貴様ら生きて此処から─────あ…………」
 活火山のような大爆発を起こそうとして、それをさらに上回る絶望感の津波が鎮火した。
「あん?」
「あ、あ、……ア、な、…ナ………ゼ?」
 これ以上ない絶望が加速度的に広がっていく。
 愛犬を殺された激情など瞬く間に吹き飛ばす悪夢がそこに立ちはだかっていたからだ。

「何故、だと? よかろうならば教えてやろう、それはな………俺様が王だからだ」

「ラ──ライ、ダー………?」
 なぜ此処にこのバケモノがいるのか? わからない。なぜこの怪物は獲物を見るような目で自分を見るのか? わからない。
「ようやくかライダー! お前がもう少し速ければジーンが生き残れたものを」
「黙れ下僕。俺様が現われるタイミングは俺様が決める。お前如きにとやかく言われる理由は無いわ」
 ライダーはゲドゥの不満不平をにはべもなく切り捨てると再び舐(ねぶ)るようにソフィアリに視線を注いだ。
 貴族風の男はその殺気に思わずひっと身を強張らせている。多少強がってはいるようが瞳には明らかな恐怖の色が表われていた。
「キャスターは?」
 ライダーがこの場にいる時点で訊く必要性の薄い質問を牧師は敢えてした。
 その言葉にソフィアリがぴくりと反応する。
「奴は王に逆らい死んだ─────そして、次はその飼い主にも然るべき刑罰を与えねばな」
 じろりと、目線が合った。その瞬間、ライダーの顔面が爆発した。
 一度。二度。四度。八度。十度。十五度。二十三度! 
 間隔を開けずに次々に叩き込まれる攻撃。猛攻の名に恥じぬ高速連撃だ。
 死に物狂いの獣が絶叫しながら何度も何度も戦車に踏ん反り返る騎兵へと連続魔術を喰らわせている。
 スタミナ配分を完璧に度外視した必死の抵抗だった。ただ死にたくないという動物的本能に駆り立てられるまま一心に魔術を撃つ。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
 ソフィアリの頭にはもはや令呪という単語すらない。
 サーヴァントという存在も忘却してしまった。
 はっきり言って今はそれどころではない一大事なのだ。
 そう、とにかくこの怪物をなんとかして殺さないと次の瞬間には自分が確実に殺される──!
 混乱と呼んで差し支えないであろう恐怖が今の彼を支配していた。
 もう止まらない。もし止まるとしたら燃料(魔力)が切れた時のみである。

 そしてその瞬間は存外早く訪れた。数分に渡る一方的な決死の猛攻がついに止まった。

「はぁはぁ、ハァハァハァ! ど、どうだ……やった、だろう?!」
 ライダーの不意を突けたのが幸いだった。手応えは感じた。いくらサーヴァントといえあれだけの連撃をまともに喰らえば……。
 肩で息をしつつ怒涛の攻撃によって発生した爆煙が徐々に晴れるのを待つ。
 死を運ぶ怪物を倒す為とはいえ大分魔力を消費してしまった。残存魔力量は残り五分の一程度。代行者の始末はスマートにせねば。
 魔力の枯渇よりも無理な魔術の連続行使で体力の方が先に根を上げたのだ。
 代行者共はこちらを窺ってはいるが仕掛けては来ない。
「……………あ、ハハ、は、は」
 自然と引き攣りが混じった乾いた笑いが口から零れていた。もう笑うしかなかった。
「飼い犬も飼い犬なら飼い主も飼い主だな、実に無駄な足掻きよ。で、気は済んだか?」
 煙の中から依然として無傷の怪物がその姿を現した。ニヤついた表情は蟻が何をしようが無駄だと言っているように見えた。
 腰が抜けて尻餅をついた体勢のままズルズルと少しでも逃げたい一心で後退するソフィアリ。
 逃げられる訳が無いと理解していても自然と体が悪魔の接近を拒んでいるのだ。抵抗する意志はとっくにへし折られている。
 悪魔がゆるりとした歩調で近づいてきた。その手には王族らしい華美な装飾が施された愛槍が握られている。
 ゲドゥは一瞬だけ何をするのか詰問しようとしたが止めた。どの道敵を生かしておく気はなかったし、それ以上に興味があった。
「や、やめろ──なにを、なにをする、気だ……?!」
「牧師よぉく観ておけよ? これが貴様たちマスターが用済みになった時の有益な活用法だ」
 ライダーはそう宣言すると無造作に愛槍でソフィアリの右肩を串刺しにした。
 一瞬の間をおいて耳障りな悲鳴が男の喉から迸った。さらに急所を避けて滅多刺しにしてやると直ぐに耳障り悲鳴は途絶えた。
 王は激痛に苦しみ啜り泣き喘ぐ魔術師を無感動な目で見下ろしている。
「ふむふむ、おぉぉ! こやつやはり見た目は悪いが味は悪くないゲデモノの類だったか!」
 ファラオはそんな意味不明な台詞を吐きながらペロリと舌舐めずりをすると、
「──や、ヤメ……たの───!」
 哀願する声を完全に無視し、ずぶりと槍を男の腹の中心に飲み込ませた。げぶっとソフィアリの口から血が逆流する。
 お構い無しに槍でぐるぐると掻き回す。まるで釜だ。びくんびくんと痙攣する体からもっとナニカを搾り出しているようだった。
「ん~~なかなか美味だな。どれ、そろそろメインディッシュに入るとするか」
「──ガ。ウゴが……! や、や、ヤベ、デ…!」
 死に体同然にされたソフィアリは救いを求めてか令呪が刻まれていた腕を空へと伸ばし、
 ────シュン、と風切り音がそれを綺麗に絶った。
 ライダーの槍だった。切り飛ばされた腕が宙を舞い踊り、地で迎え待つ槍が令呪のあった部分を綺麗に刺し穿つ。
 そうしてそのまま槍刃は流れるような動きでソフィアリの心臓へと沈み込んだ。
「ご────ブ……ッ!!?」

 その断末魔を最後に、ラウネス・ソフィアリは志半ばに力尽きた────。


「今のはなんだったんだ?」
「なに単なる食事だ。なかなか上質な栄養源であった。俺様は満腹じゃ」
 ゲドゥの問いにライダーはすんなりと答えてくれた。
 なんでも話によるとサーヴァントの食事は第一と第二、つまり魂や精神を栄養として食らうらしい。
 そしてその為の行為が今の一連の行動だったと言う訳だ。
 つまりソフィアリはライダーに喰われた事になる。まあ間違ってはいない。
 特にマスターに選ばれる程の人間ならば魔力面は勿論のこと精神や魂も通常の人よりも優れる為より質の高い栄養源となるからだ。
 実際の問題としてサーヴァントがマスターを裏切り別のマスターを探す際には現マスターの魂を喰らい現界の駄賃にする。
 それほどに魂や精神はサーヴァントにとって効率のいいエネルギー源になるわけだ。
 さらにマスターに令呪がある場合ならよりおいしい。または令呪を引っぺがして移植すれば自分のマスターの強化にも繋がる。
 このようにサーヴァントを失ったマスターは様々な理由により他のマスターの力をつけさせる要因に成り得るのだ。

 まあつまりだ、ライダーはちょっとだけさっきよりも強くなった。ということである。

「ハッハッハ喰った喰った! 久々に美味い飯だったわ。牧師の供給する魔力では薄味過ぎてもはや味が判らん始末だったからな」
「こちらは真っ当な魔術師ではないんだ、くだらん贅沢を言うな」
 ぴしゃりと言い切ったところでどうせいつもの王族的返しがくるのだろうと思っていたのだがどういう訳かライダーは何も言わない。
 それどころかどこか遠くを見るような目付きで心此処に在らずといった具合だった。
「……ライダー?」
「く、くくく! どうやら今日は大漁の日だな。どうやらもう一匹こちらの網に掛かったようだぞ」
 にんまりとした生気に満ちた笑みを顔に貼り付けてライダーが言う。するとその後の行動は実に迅速だった。
 さっさとご自慢の艦に乗り込むとすぐさま出発しようとする。
 しかしゲドゥの方も今回ばかりはあっさり肯く訳にはいかない。
「待てライダー! ジーンの亡骸を埋葬するのが先だ!」
「俺様には関係あるまい? そもそも我が父たちを信仰していない連中の死体をどうこうする気は無い。それとも改宗するか?」
 ライダーの声は完全にNOと拒否していた。しかもいつになく強めの口調だ。こうなると説得は無理そうである。
 それにゲドゥもジーンも改宗する気は毛頭ない。彼らにとって改宗は聖堂教会に対する裏切りも同然だからだ。
 ならばせめて同乗者を増やす事で手を打たせるしかない。
「それならばせめてミリルを乗せろ。どこに行くかもわからんのでは合流も難しい……いやこの船の機動力が相手ではどの道追いつけん」
 ライダーは戦車にこれ以上の下賎者を乗せる事にかなり嫌そうな顔をしたが、ジーンの亡骸との二択を迫ると嫌々了承した。
 ミリルを艦内に乗せ、二人揃ってジーンの亡骸へ十字を切る。墓を作っている暇が無い事を赦せジーンよ。
「それで次はどこへ行こうと言う気だ?」
「昨日俺様がばら撒いておいたオベリスクのダミーに引っ掛かった間抜けがいる。
 今からそいつらを狩りにゆく。これでこの日の脱落者は二組目に突入だなあ~がははははー!」
「昨日……あの時のやつか? いつの間にか居ないと思っていたらそんなことをしていたのか?」
 高笑いをするライダーにゲドゥはちょっとだけ感心したような、だが褒めるのも癪なといった複雑な心持ちと語調で言う。
「戦争するなら罠の一つや二つ仕掛けて当然だ」
 しかし当の本人はさも当然といった風の様子で……いや本気で罠の一つや二つ当然と思ってるなこいつは。
「そういえばライダー。一応予想はついているから形式的に訊いておくが、キャスターはどうした?」
 とりあえずでも確認だけはしなくてはならないと思い念の為程度の感覚で訊いてみるとやはり予想通りの答えが返ってきた。
「キャスターのやつか? ああ確かいたなそういう輩も。今頃は元の座に戻っている頃だろうよ。
 この俺様、太陽王の宝具の前に手も足も出せずに一瞬で消え去ったからなぁ! ハーハッハッハッハ」
「宝具を使ったのか? なるほどキャスターはお前でも宝具を使わないとならない相手だったか。
 なら今日の内に始末できたのは今後の私たちの展開的にも運が良いと言えるだろうな」
 ゲドゥはライダーが宝具を使ったことでキャスターがよほど難敵だったと思ったようだ。一人で結論付けて納得していた。
 だがライダーからしてみればあまり面白い発言ではなかったらしい。
 どことなくムスっとした顔で、
「たかが宝具の使用程度で俺様の底を謀るなよ牧師。あんなもの何発曝そうが問題はない。
 ───なにせ俺様はまだ真の奥の手は出してないのだからな……」
「真の……奥の手?」
 サーヴァントの奥の手は宝具ではないのか? しかしライダーは宝具を使ったと言う。
 ライダーの言葉の意味が良く分からずに困惑していると、
「いや気にするな。どうせ俺様の"ラーの正義"を使う機会など、この戦争ではありはしないのだから」
 そんな機会はないと確信し切った口調で断言した。

 そうして魔術師二人を屠ったファラオは女代行者を新たに乗せた太陽ファラオ号で意気揚々と次の獲物を目指し翔び立った。








──────V&F Side──────

助けろ!ウェイバー教授!第二十一回


F「というわけでさあ敗者の部屋へどうぞ!」
槍「………」
V「………」
F「…………あれ? あれ? なんでキャスターさんたち来ないんですか?」
V「さっきソフィアリを見かけたがが心神喪失の放心状態でそれどころじゃなかったぞ?」
ア「私もみたわ。声をかけはしなかったけれど」
槍「拙者も見かけたでござる。私が負ける筈が無い。これは幻覚だ、とかなんとか呟いていたでござるぞ」
F「…………相当の自信があったんですねあの人」
V「貴族様にありがちな自尊心の塊みたいな輩だったからな……」
槍「本当に負ける可能性なんて無いと思ってたんでござろうなぁ。拙者もちょっとだけ思っておったし」
F「あ、一応忠勝さんでもそういうこと思ってたんですね!」
槍「まあちょっとだけでござるぞ? ちょっとだけ」
ソ「ぶつぶつぶつ」
F「あのーソフィアリさん大丈夫ですか?」
ソ「ぶつぶつぶつぶつぶつ」
槍「駄目そうでござるな」
ソ「そんなはずはない、私が負けるはず無い。何が悪かった? いや私に落ち度はなかった。ぶつぶつぶつ」
ア「所詮は俗世のマスターでは聖杯には届かないということね、やはり私たちアインツベルンこそが正当な聖杯の持ち主──」
V「君らは真っ先に倒れただろう……」
ア「まだセイバーが残っているわ。アイツベルンが召喚したサーヴァントはアインツベルンのものよ。即ちセイバーは我らの物よ」
V「それでいいのか君たちアインツベルンは……まあとやかくは言わんが。
  さてソフィアリは話を聞いてはいないようだが何がいけなかったのか振り返ってみるか」
F「はーい! 先生! ソフィアリさんの一体何が悪かったんですか?」
V「結論から言えばゲドゥたちとの戦いに時間が掛かり過ぎたのが一番の敗因だったな。
  この戦いはキャスターの思惑通り、ライダーが先に勝つのかソフィアリが先に勝つのかで明暗を分ける勝負だった」
F「で最終的にはラメセスⅡさんが先に勝ったからソフィアリさんたちは敗れてしまったと」
V「ああ、戦いの要点を纏めるとそういう話になる。
  もしここでソフィアリが先にゲドゥ達を倒していたら今頃ここに居るのは騎兵チームだったろう」
F「使い魔のレッサーがやられちゃったのが痛手でしたね……あれで戦局が変わっちゃいましたし」
槍「これはジーン殿の手柄でござるな、当人は逆切れしたソフィアリ殿に虐殺されたが……」
V「ソフィアリはスペック的には代行者チームを圧倒していたのだがな。今一つ押し切れずにタイムオーバーか惜しい話だ。
  今回はゲドゥたち代行者の戦闘経験値と戦術の勝利だったな」
F「なんかソフィアリさん一発屋のように一瞬で輝いて一瞬で消えた人でしたね……」
槍「しかしソフィアリ殿はまだマシな方でござるぞ。キャスターなどまともに手も足も出なかった状態でござったし」
F「あ~確かに…。奮闘してるんだけど手が届いてないと言いますか、やること成すことひっくり返されると言いますか…」
V「相性の問題もあったがこれはそれ以上に単純に地力の差だ。無情だが天地引っくり返っても勝てない敵はいる。ヘラクレスとか。
  クリスチャン・ローゼンクロイツは秘密結社の薔薇十字団が欧州の広い地域で広まったから知名度はそれなりにある。
  おまけにサンジェルマンやカリオストロ伯爵のような有名人なども薔薇十字団の宣伝をしてくれたしな。
  キャスターとしては十分優れたサーヴァントなのは間違いないが、それでも英霊全体から見るとどうしても並だろう」
槍「で、ライダーの方はどうなんでござる?」
V「一々言うまでもないだろう? 仮にも騎士王や征服王のように太陽王の名を持たせたからには上から数えた方が早い実力者だ」
槍「むむぅ~やはりか……。拙者も惜しくも敗れてしまったでござるしなぁ」
F「忠勝さんだって負けてませんよ! ならもう一度やってみたらどうですか!?」
槍「………そうでござるな、拙者の蜻蛉切をブロークン・ファンタズムする覚悟がついたら考えてみよう」
F「なんか後ろ向きですね?」
槍「いやぁ普通に挑んでも宝具使われたら確実に負けるというのが証明されてしまったからのぅ。
  新奥義、"壊れた蜻蛉幻想墜し"を編み出すまで再戦はやめとくでござるよ」
F「ととと蜻蛉墜ししながら壊れた幻想ですか!!? きゃーかっこいいいい! 今してください!」
槍「今拙者に相棒を捨てろと申すか!?」
V「いくら単純威力系の宝具が無いからってまさに一か八かや背水の陣のような攻撃方法だなそれ……外した時点で負けが決まるぞ」

V「まあとにかく今話はいろいろとやりたいことができたな」
ア「キャスターの秘薬、トロイ城壁、宝具合戦などかしら? ああ、それとソフィアリが食べられたわね」
F「……うぷ。お、思い出させないでくださいよルゼリウフさん……」
V「ああ。あと代行者チームの奮戦もだな」
V「おほん。マスターのみんな! 聖杯戦争に参加したマスターは負けたら基本的に"ああ"なるから気をつけろ!
  あと裏切られる際もああいうことなるからもっと気をつけろ! アルトリアですらお前(士郎)殺して現界するって言ってたぞ!
  よってサーヴァント失ったら意地張らずに素直に言峰教会に駆け込むことだ。羨ましいことだな三次からの参加者は」
ア「問答無用でディナーだったものね彼」
ソ「私が負けるはずが無い……ぶつぶつ。 私が喰われるわけがない……ぶつぶつ。」
F「よっぽどショックだったんですね。ところで先生。キャスターさんが使ってたあの霊薬ってなんですか? 俺にも作れますか?」
V「帰れ作れる訳ないだろう! あれはキャスターが生前開発していた"万能薬"の試作品(失敗作)だとさ。飲むとHPとMPが全快する。
  他にも一時的に腕力を上げるものやバッドステータスを治す魔薬なんかもあるが出せなかった。ちなみにラウネスも持ってるぞ。
  やはり道具作成スキル持ってるならああいう小道具は必要だな。世界の書が便利過ぎてあまり活躍しなかったが…」
F「貰ったんですか。いいなぁソフィアリさん。俺もその薬欲しいですよ! サーヴァント召喚できる秘薬作ってくれないかなぁ!」
V「諦めたまえ。そもそもそれは薬とはいわない。製薬が得意なローゼンクロイツでも無理だ。
  トロイ城壁は防御結界欲しいなぁと思って出したのだが本来想定していたものとは出し方が変わってしまったがね」
F「なにか別の事に使う予定だったんですか?」
V「ああ最初は別のことする予定で作ったんだが、よく考えたら流石にそれはちょっと拙いかなと思い直して止めた」
F「先生何を言ってるのかさっぱりわかりません」
V「わからんでいい。次話に出てくるやつに役回りを譲ったってだけだ。
  まあとにかく今話の最大の目玉はライダーが宝具を使ったことだな。使いたくて使いたくてなのに諸事情で使えなかったアレだ」
F「諸事情? なんで使わなかったんですか?」
V「使えるわけ無いだろうアホか君は? ライダーに宝具使わせたら劇中のように"ああ"なるんだっ!」
槍「そうでござるぞフラット殿。あんなもん真面目に相手にしたら馬鹿を見るのはこっちよ。宝具二連発攻撃などどうしろと?」
V「だからライダーにはなるべく頑張ってふざけて貰ってるのではないか。アイツ真面目にやっちゃ駄目なキャラなのOK?」
F「はぁわかりました」
V「よろしい。ならば今日はここまでだ。次回また会おう」