注:これは妄想爆発混沌ファンタジーである。モデルとなった人物団体と本作品は一切関係ありません。サーヴァント候補の紹介でもあります。

                   CRETENG


 夜天を天蓋にして、地に広がるのは赤い花々。
 焔の花弁に煙の花粉。
 轟々と火の精が吠え猛り、餌を求めて突っ走る。
 町々が燃えている。
 欧州の街並みが燃えている。
 あの優しかった煉瓦の家も、荘厳な教会も燃えて墜ちている。

「かぁぁぁああああああくぅぅぅうううううごぉぉぉおおおおおお!!」
 亡者の怨嗟の様な叫び。
 口開くのは、悪鬼の形相の亡者。〈王の葬列〉に並ぶ、一体の亡者。
 その亡者兵士の胴に食らいつく、巨大な顎。犬歯が腹筋と肋骨の強度が無いかのように分断。死体色の内臓と血液を振り撒き、千切れて墜ちた。
 雨となって降りかかる血潮を避ける事無く、王妃(エウロペ)と護犬(ラエラプス)は悠然と立つ。
 共に息は荒く、犬の白い腹には瓦礫が突き刺さり、金茶の巻毛を朱に染めた女は恐怖で尿すら漏らしている。
 それでも一人と一匹の眼に諦めは無い。
しかし――
「往生際が悪いお嬢さんだ。
 いくら足掻こうが、逃げようが無駄だ」
 亡者が語る。
「諦めろ――――
 もはやこの欧州(西の大地)に、この地中海(死の海)に、
 貴様等が逃げる所も隠れるところも存在しない。
 諦めろ欧州人!!」
 亡者達は宣言する。もう逃げることなどできないと。
 それでも、なお――

「“諦めろ”? 諦めろですって? あらあら貴方方らしい言い草ですぅ。蹂躙するしか能の無い、和議を最初に持ってこない貴方方らしい言い草です。
 欧州を蹂躙(ふみつけ)ないで戴きたいです亜細亜人。来なさい、護り抜いて差し上げます!」

 諦めを突破するのなら――

「けっけけけけっけ……言うじゃあないかお嬢さん。上等、上等ぉ!」
 亡者がけたたましく笑いながら、飛び掛かる。モンゴルの剣の切っ先が、細い首筋を狙う。
 それは永遠に届くことはなかった。

「……あ……な……こ、これは……」
 中空に縫い止めるかのように放たれた数条の赤線。それは“矢”だ。
「……べ、べべべベテルギウスッ!!」
 冬に輝く、赤い綺羅星。エウロペは、詩のように星を見た。
 星屑が瞬く。
 肉が星屑となり、星雲のように輝く星の霧が女の前に集まる。
「貴方は……エウリュアレーちゃんの……」
連唱する様に亡者どもが、戦慄の言霊を唱える。
「源氏星(リゲル)」「参(みつぼし)」「星辰者」「星界の巨人」「平家星(ベテルギウス)」
 戦慄きが最高潮に達し、
「――――猟人」
 苦渋と驚愕と共に言葉(名)を吐き出す。
「オリオン――――」
 蛇かライオンの呼気を漏らす美しい唇。眼を見開いて、見つめる仕草すら美しい。
「……ま……」
 殆ど聞こえない声で間に合った、と呟く異形がビルの上にいた。
 牛頭人身の〈アステリオス〉。灼熱の猟犬〈セイリオス〉。


「がぁははっはははあはははっはははっはっはっはっはっは!!」 
 突然けたたましく美しい顔を歪めて笑い出す。
「聞いとうかアステリオス。聴いとうかセイリオス。小便を漏らしながら痩せ鹿の如き亡者の群に向かって、『来なさい。護り抜いて差し上げます?』
 ガァハッハッハハハハ!!
 曾祖母(ひいばーちゃん)であることが悔やしぃよう。こんなエエ女抱けへんなんてよぅ。股ぐらが収まらへんよう。
 だが、手前らなんかにゃ渡さへんよ。こんなエエ女は死人の胸と股ぐらは似合わへんよう」
 好色と羨望と愛情の入り混じった神戸弁の独白。水を差す亡者ども。
「貴様は欧州の星座の猟人。邪魔立てする気かっ!」
「五月蠅ぃわ。獲物にもならへん奴が喋るなよう!!」
 怖気を感じさせる眼光。その顔をエウロペに見せないようにし、振り返る。
 背に女。前に敵。英雄の立ち位置。
「このオレの眼前で否獲物(自然を乱す奴等)が歩き、否獲物(誉れにならへん奴等)が軍団を成し、戦列を組み前進しとう。
 そんなもの猟人が、自然を愛するオレが、彼女の曾孫が許しておけへん。
貴様等は、獲物の様に死ぬんやない。
蹴散らされる下草のように死ぬんだよう!!」
獣殺しの武器が煌めく。
 
      ●

 陣営。人影は三人しかいない。
「大兄貴、中兄貴。どうだ? お袋は」
 巨漢である。二〇一センチメートル、一一九キログラムの巨人染みた益荒男。深い傷痕と張り詰めた筋肉を覆う鎧装束は、歴戦の将である証だ。
「サルペドン。保護された。オリオンとアステリオスの手によって保護された」
 同じ背丈。劣る体格。深い知性としなやかな肉体は和を尊ぶ王の証。
「現在は二人と二匹の手によって移動中ですね。彼等なら完璧に護衛を務めるでしょう」
 同じ背丈。細い体格。深い御心と慈悲に満ちた瞳は、善良なる統治者の証。
 
 共に金髪赤眼。粗野・理知的・善良と印象はまるで違うが、顔立ちは良く似ていた。
 長男、和議王〈ミノス〉。片眼鏡を掛け、金髪を後ろに全て流している。
 二男、冥司監〈ラダマンテュス〉。眼鏡を掛け、穏やかな巻毛を垂らしている。
 末弟、友勇将〈サルペドン〉。顔中に薄い傷痕を作り、粗暴な剛毛を直立させている。
 
 彼等はクレタの血脈。クレタの最盛期を象徴する三者。
 長男ミノスは、髭を剃った顎を撫でて深い叡智を湛えた自己を内面に飛ばしている。
 脳内はかつての国政や予算案、通商相手の状況に溢れていたがそれ等を一旦切り捨てて、全て軍事・兵装内容の知識と体験を総動員し、状況を打破する案を考えている。 
 二男ラダマンテュスは、母に一番に似ている穏やかな眦を下げひたすら請願書を書き、至福者と交渉を続けている。
 請願書は冥府に運ぶ為、荼毘のように燃やされた。伝令神が運んでくれるだろう。
 末弟サルペドンは、怒りに震える拳を落ちつけ、兄二人の考えを待つ。一流の腕力家であるが、頭が兄二人と比べるととても悪い弟が出来るのはそれだけだ。
しかし黙するにも堪えが効かなかったサルペドンは口を開く。
「大兄貴よ。どうなってやがる欧州は。亡者と悪魔の凌辱は続いているのか?」
「相も変わらず混乱と蹂躙の極みだ。母上の最後の通信が最後の公式通信だ」
 内心を押し殺したミノスの表情。ラダマンテュスとサルペドンは拳を固める。
「『逃げなさい』……、『逃げなさい』と言ったんだぜ。あの何の戦う力も無い、一度も戦火を見た事のないお袋が」
「私達の身内は、兄上の子は二人を除いて非難されました。最後まで残っていたのは彼女だけです」
「――許せん。よくも我が母を。よくもお前らの母を、悲しませたな!」
「モンゴルの糞ったれ外道ども」獅子の笑みを湛えるサルペドン。
「ソロモンの悪と魔に肥えた軍団」腹黒い天使の様な笑みを浮かべるラダマンテュス。
「必ず敵を取ってやる」厳格かつ非情な王の顔で復讐を誓うミノス。


「大兄貴。その神授の叡智で教えてくれ。どうすればあいつ等に勝てる。どうすればあのアカイア軍よりも強大な軍勢に立ち向かえる。
 頭の悪い俺の代わりに考えてくれ。どう、俺を使ってくれる」
「サルペドン。ラダマンテュス。
 ゼロではない。余……俺等がやればゼロじゃぁねえんだ」
「ああ、俺達がやればゼロじゃあない。どんな敵だって打ち勝てるさ」
「ゼロではないのでしたら手拱いて佇んでいる事は無いでしょう。ゼロを一にする為の行動を開始しましょう」
「応よ、中兄貴。例え勝機が億に一つ、兆に一つだろうが」
「ああ、弟よ。那由多の彼方の勝利を」
「往きましょう。あいつ等をやっつけに往きましょう」
 
 双斧の兄弟は、走り出す。

「遅いぞ兄貴達。書類仕事じゃあ足も鈍るかぁ」
「喧しい。筋肉バカについていけるか」
「まあまあ」
「大体お前は、人の三倍の寿命を貰って長生きして死んだ爺だろう? 今の肉体もそうだろう」若い時代が長い弟を指す。
「享年……一三〇くらいだったか? ちなみに大兄貴と中兄貴は?」
「私は六〇くらいですね」
「俺もそのくらいだ」
「よっしゃ勝った!」
「何の勝負だ」

 折れえぬ三つの斧の兄弟。白み始めた空に向かって、引き絞られた矢弓のように。
 暁の出撃。

      ●

 シリア――旧フェニキア地域。
 隊列を組み、戦列を並べ、向かい合う二種の軍団。
 
 欧州の外の欧州の敵、チンギス・ハーン率いる亡者兵団。
 欧州の端の欧州の敵、ソロモン王率いる悪魔軍団。
 
 睨み合い、今か今かと突撃の時を待つ。人ならぬ存在の唸り、軋る声が戦歌。
 
 亀裂。
 いや、切断線だ。
 分厚いビルの壁面に幾筋もの刃の軌跡が走った。
 睨み合いの中心。
 亡者と悪魔の中心に進み出でる三兄弟。
 先頭を往くはサルペドン。
 三角形の底辺の点の一つはミノス。もう一つはラダマンテュス。
 ビルの崩落を意に介さず、殺意と戦意の渦の中心に進み出でる。
 
 闇が凝る。凝った闇が蠢き、中から悪魔が出現する。
 ソロモン王四天王が一柱――ラファエルの敵、魔王〈アスモデウス〉。
 絵画に描かれる醜悪な姿ではなく、貶められる前の天使が如き美しい情欲をそそる美男。
 剣神が如き尖鋭の瘴気を放射し、三兄弟と対峙。

 家々に軌跡が走る。撞球軌道の軌跡の先端は獣の姿をしていた。羽毛の様に着地。
 チンギス・ハーン配下――四狗の一匹、〈速不台(スブタイ)〉。
 狗となった人は、人成る狗となり、死後の忠義を尽くす。魔王と並んで三角を作る。

 サルペドンとアスモデウスと速不台を点に三角形が造られる。
 五名の益荒男が、砂時計型の陣形を取っていた。何かの魔術的事象が起きないのが不思議だ。
 五者五様、それぞれの笑顔を湛え、出撃の合図を待つ。


「母よ!」ミノスの声が響き渡る。
「我等が母よ!!」ラダマンテュスが重唱する。
「我等が母(マイ・マザー)、エウロペよ!!!」サルペドンが続く。
『命令(オーダー)を!!!』
それは殺意の肯定と許可。
彼女の息子達が銃を構え、照準を定め、弾を込め、遊底を引き、安全装置を外す。
だが、殺すのは彼女の殺意。欧州の敵を殺すのは、欧州(エウロペ)の意思。
 屋根の上。二人と二匹を引き連れたエウロペは、腕を水平に振る。

 逃げなさいと言ったのに……。親不孝なんだから、ええ、でもあの子達はもう大人。大人になった子供は親を背負って助けるのが役目。私はできなかった。

「――――総滅です。彼等を――形を残して故国に帰してはなりません」
 肯定。許可を出した。
「亡者の軍には、海の覇者と守護神をもって塵に返しなさい。
 悪魔の軍には、至福者の島の誉人をもって霞に還しなさい。
 一木一草尽く欧州の敵に、彼等の鮮血の涙雨を見せなさい。
 欧敵必殺! 欧敵必殺(ヨーロピアン・デストロイ)!!」

『了解、認識した。我が母(マイ・マザー)よ』
 

 ミノス宝具=和尊ぶ王の暴疫艦(ミノアン・フォーリィ)/母贈造神・青銅巨神(タロス)――進撃開始。
 ラダマンテュス宝具=監督する至福者諸島 (マカローン・ネソーイ・インスペクター)――監督権執行開始。
 サルペドン宝具=友軍導く破城の腕(ヘタイロイ・カトーデエーシィ)――発動開始。

      ●

 《モンゴル帝国 チンギス・ハーン軍民統合蹂躙制覇亡者軍団 残存総兵力 八四二一名》

 《イスラエル王国 ソロモン七十二柱の魔神(レメゲトン)全軍団統合軍団 残存総兵力 六億六六六六万六六六六名》

 《クレタ王国 エウロペ・ミノア軍団 残存兵力 六名+二匹》


「クレタ王国全兵力開放!! 帰還を果たしなさい!! 幾千幾万となって帰ってきなさい!!
 ――――謳いなさいラダマンテュス!」
 エウロペの帰還命令。
「唄え、ラダマンテュス」
 ミノスの命令。
「歌いーや、中兄貴」
 サルペドンの血気混じった求め。
「…………其は、クロノスの裔」
 ラダマンテュスは――厳かに謳い始める。

 全てが感じ取った。全てが眼を見開いた。全ての胸と腹に凍てつく黒いモノが墜ちる。
 遥か地の彼方。オケアノスの隣。水でも草でも無いエリュシオンの野。至福者の島々。
 御座す天空殺しにして、時混じりの農耕神。監督官の孫の願いに耳を傾ける。


 AAaaaaAAAAAAAAAaaaaaaoOOOOOOOOOOOoooooOOOOOAAooooO――!!!
 亡者と悪魔の叫びが一体となる。
「其の願い、其の求めを――」
 アスモデウスの剣がラダマンテュスに迫る。空間に波紋が立ち、界面から青銅の塔のような手が受け止める。
 速不台の合成弓から放たれた矢が、オリオンの矢とサルペドンの槍で撃ち落とされる。
 AAAOOOOooaooooogaoooooooaooooAAOOOOOO―――――!!!!
 悪魔も亡者も関係なく、一斉に吠え猛り、狂ったように攻撃を開始する。射線に仲間が重なり、肉を削ぎ落とす。
 一考だにせず兎に角攻撃。射撃。魔術。兎に角殺せ。
「――叶えられん事を――」
 クロノスは、応じた。
 言霊の願書に、求めに応じた。
 それは監督官に最高権力者が与えるものとして、最高最大のモノであった。
 社長が管理職の部下に、資金と人材を与える様に与えたもうた。
 彼が王だ。彼の命は、神の命だ。

     ●

「来るぞ。極楽が来る」
 チンギスは語る。
「至福者が舞い、浄土が唄う」
 ソロモンは語る。

     ●

 土埃から爽やかな春風が吹き抜ける。その刹那に輝光。
 銀線が亡者と騎士階級悪魔の喉を貫いた。矢だ。五つの矢。竜の牙のように鋭い矢尻。
「なぁあああ、嗚呼!?」「何がぁああ!!?」
 煙を突き抜け、追えるものなど何もない、凄まじい無窮の健脚が走り抜ける。
 トネリコの槍が機関銃のように閃き、悪魔も亡者も一緒くたに解体(バラ)す。
 ミノスの背後と左右から地中海を支配した大艦隊が姿を現す。
 エリュシオンの野に浮かび、海の老人プロテウスの波に運ばれる。
 炎が吹き散らされ、春風と黄金の樹華が溢れる至福者の島々が現れる。
 彼方に見えるのは、ゼウスに味方し、または罪を許されたティタンどもか。

 AOOOOOOOOOOOOOOOAAAAAaaaoooAOoAOOAOAOOAoaooaAOAOa!!!!
「そんなバカな! 莫迦な!! 馬鹿げた事があるのか!!!」
 バアルは歓喜の歓呼を上げ、戦慄の奇声を零す。


 ――誰も彼も誉人どもは、嬉々として地獄に向かって突撃していく――
 カドモス率いる竜牙人五人衆(スパルトイ)が、血潮流れる雄々しい肉体を振るい、雲霞のような亡者を引き裂く。
 ――生き残る事を考えず、懐かしい皆殺しの野の中へと突撃していく――
 アキレウス・ペレウス・パトロクロスが、父子と親友の嵐のような槍が悪魔を蹂躙する。
 ――あの中でどうなるだろう? そんな事など考えず、善良なる監督官の命ずるまま、幸福の秩序を守り続けた彼の者の為に――
 オルフェウスの竪琴が奏でられ、ペルセウスの鎌が不治の傷を造り、百腕巨神(ヘカトンケイル)が権限範囲内の暴力を振るう。
 ――きっと誰も彼も嬉々として死んでいくに違いない。また死んでしまうに違いない。悪魔も死人も英雄も混ざった、空の様な誰彼(たそがれ)の中で――

 バアルの眼が見開かれる。「……トロイ……!」
 芳醇な果実の実る木々を押しのけて、偉大なる英雄――悪魔達の大天敵、シャルルマーニュ軍の武装のかつての持ち主。
 トロイの総大将〈ヘクトル〉が現れる。
「き、貴様の国にはそんな者まで、そんな奴までいるのか!
 何てことだ。何たることだ。おまえはそんな奴等を監督しているのか。そんな奴等と共に過ごしているのか!
 ……監督(ラダマンテュス)!
 至福者の王(ラダマンテュス)!!」

 特殊宝具〈監督する至福者諸島〉――監督とは、彼等を支配する事ではなく秩序を守るため、至福者達を指導・教育することである。
 それが彼の死後の役目の一つ。
 誉と善良で生きてきた彼等を導く監督官。
 もしも彼等の地を乱すような事があれば、彼等の生き様に対して許せないような事があれば、
 善良なる彼(ラダマンテュス)を脅かす危機があれば、監督権限内に限り、監督官は彼等に命令を下せる。
 さらに至福者諸島の最高権限者であるクロノスへ、上司への請願書の様に祈願し、それが受理されれば請願内容により権限はさらに拡大する。
 組織社会の構図。エリュシオンの秩序形態。法と秩序のゼウスの愛息に相応しい秩序能力。

      ●

「双斧(ラビュリス)! クレタ大艦隊!」アスモデウスは感嘆の声を上げる。
 ――かつてある王が、戦争女神の国(アテナイ)にやってきた。自らが愛する愛息の仇を取る為に――
 亡者も悪魔も塵芥のように押しのけて進軍する。押し潰して進軍する。
 ――その王が乗り込んだ艦は、エーゲ海の波涛と海獣をものともせず、在り得ない数で航海していた。在り得ない規模の乗組員を積みながら――
 乗り移った亡者が甲板に足を付ける暇もなく滅殺される。飛んで乗り込んだ悪魔はマストに触れる間もなく、数百、数千の矢によって針鼠にされた。
 ――そして遂に兵と兵器を満載し、病を振り撒いた大艦隊は、アテナイへ着港した。
 船の国籍はクレタ王国。王の名はミノス王である――
「道理で滅ぼし切れぬ筈だ。道理で壊し切れぬ筈だ。一体幾つ船があるのだ。一体幾らの資本力があるのだ!」

 宝具大艦隊〈和尊ぶ王の暴疫艦〉――乗組員は奴隷刑・奉仕刑を言い渡された死後の咎人と金がある限り裏切らない屈強な傭兵団。
職場と誉ある戦場を与えられた彼等は、咽び喜んでいる。
 ダイダロス及び数々の技術者が作り上げた兵装と艦隊。母からの神造武装もある。
 祈りによる神疫が疫病と飢餓を蔓延させ、弱らしめる。
 メディアやキルケに並ぶ魔女パシパエの航海安全祈願魔術。城壁の様に堅牢だ。
 在り得ない数。波間を埋め尽くし、木目の波涛のように戦艦が往く。

 ミノスの国政は祭政一致であるが、資本主義的で近代的であった。
 身分立場罪状問わず、堅実かつ確かな技術力を持った職人を確保し、肥沃な土壌と豊穣な領海を効率よく利用できる道具を開発させる。
 領民の生活水準を上昇させ、生活地域を整え、内乱を防ぐ。
 また、最終手段となる戦艦の開発や兵器兵装の開発もさせている。これは核兵器と同じ脅しや看板の様なものだ。
『反抗するな。抵抗を考えるな。平和と公正を約束する。我が国と通商を結べ』――つまりはそういう事。
 そしてそれはその通りで平和が齎された。不安はあったが日米のより公正であった。
 クレタの武力・軍事力は、張り子の虎や外剛内柔の武装ではなく、絶対の力だ。
 それら全てを支えるのは、経済力、資本と技術の力である。
 膨大な資本による兵装の数。武力は数。そして質。両方揃えるのは容易ではないが、両方揃えたら無敵である。
 和議を尊ぶ王の保有する武力は、神の如き偉大性と絶大性を保有していた。

      ●

 にやにやと笑みを浮かべる赤い服の兵士――公爵階級悪魔〈べリス〉。
 錬金術により次々と壁を、否――城塞を要塞を錬成(つくり)上げる。
 現代は金属が沢山ある。山盛りだ。
鐡。銅。銀にカドミウム。アルミにタングステン、非晶質合金大好きだ。
 それが次々と崩壊していった。
「な、なんじゃ何が起きている!?」
 砂上の楼閣の様に瓦礫へと砂へと変貌し、堅固の城塞はくず山となる。
 サクリサクリ、と虫を潰すように崩されていく。
「――壊されています! 唯の空手で触れられた端から壁が崩れています」
「何じゃとぉ!!」造りだした壁が全て崩れた。


 ――城壁破壊友軍援助宝具〈友軍導く破城の腕〉。
 トロイ戦争において、人の三倍の寿命を貰った彼の存在は重要だ。
 彼がいたからこそトロイは、アカイア軍の本拠地に足を乗せる事が出来た。
 石も矢も雨霰と降る中、親友と共に城壁へよじ登り、剛力をもって揺さぶり崩し、友軍の活路を作り出した逸話。
 その具現。
 友軍を導き、補助する限り城壁崩しにボーナスが入る援護の腕(ほうぐ)。
 どのような攻撃にも怯まず、城壁に取り付ける勇気が必要な勇将のみが扱える力。
 
 砂礫の山に、友軍を背に向けて威風堂々と佇む勇将(サルペドン)。静かに口を開く。

「――我等は己等に問う。汝等なんぞや!!」
『我等は誉人!!』『至福者の島の誉人なり!!』
 宣言。彼等は誇り高き誉を持った英雄だ。
「ならば至福者よ、汝らに問う。汝等の右手に持つものは何ぞや!!」
『愛剣と愛槍なり!!』
 彼等は武勇の英雄。ならばその右手に持つものは、親しい武器以外に在り得ず。
「うおおおおっ!」亡者の突貫。愚行。
「ならば至福者よ、汝らに問う。汝等の左手に持つものはなんぞや!!」
『盾と首級なり!!』
 彼等は護国の英雄。ならばその左手に持つものは、護りと結果以外に在り得ず。
「ならば――!!」
 背負った双斧が、愚行の亡者を両断。臓物をぶちまけて大地に転がる。
「ならば至福者よ。汝等なんぞや!!」
 亡者と悪魔が呉越同舟となり、隊伍を組み突撃して来る。
『我等勇士にして勇士にあらず』
 放たれた矢弓が隊列を組んだ勇士の盾の群に弾かれる。
『我等猛者にして猛者にあらず』
 悪魔の魔術。魔そのもの。人にできない超常現象をその屈強な猛者の肉で受け止める。
『我等騎士にして騎士にあらず』
 剛毅な手が悪魔の手足を押さえつけ、その間に仲間の騎士の槍が頭蓋を貫く。
『我等武士にして武士にあらず』
 混乱する地帯に武士の腕が投げた亡者と悪魔によって、さらに混乱が産まれる。
『我等戦士にして戦士にあらず』
 武器を放り出し戦士が逃げ出したかと思うと素手で殴りかかって来た。
『我等英雄(ヘーロース)なり』
 サルペドンの手に数々の投槍が握られる。得技の同時多数投擲術。
『我等英雄の群(ヘーローエス)なり』
 時間差を感じさせない高速射撃の様に、投槍が放たれる。
『唯伏して頂の神々の託宣を請い』
『唯伏して我々の敵を打ち滅ぼす者なり』
 不死ではない御者馬を貫いたように、槍の切っ先が次々と悪魔に埋まる。
『光明の様な清廉を飲み干し――』
『――闇夜の様な汚濁を飲み干す者なり』
 さらにさらに槍が突き立ち、目も眩むような銀光が反射する。
『我等英雄なり』
『「ギリシアの英雄なり!!」』
 彼等は全てを受け入れる。汚濁も清廉も飲み込み、自然のままに生きる。
 下卑も上品も盛り沢山の俗人と聖者の狭間として、誉を戴く。
 AOOOgiiuuuOOooeoaooUuaoaooaoaooaooaAOOa――――!!!!
「時到らば我等寝所の女どもを放り出し」
 勇将の双斧がベリスに肉薄する。
「熱り立つ一物のような切っ先で貫くなり!!」
 錬金術が奮い立ち、次々と武器が生み出される。
「されば我等、喜び勇んで蛮勇を振る舞い」
 砕く。砕く。破壊散らす。タングステンも鋼鉄も砕けて墜ちる。
「美男美女を抱きて、欲を貪り尽くし」
 サルペドンの肩をそれでも槍が貫いた。修羅の笑み。
「一(ひ)・十(たり)・百(もも)・千(ち)・万(よろず)の怪物悪者どもと合戦所望するものなり!!」


 剛腕が頭を潰し、斧刃が袈裟に両断した。
 次々と矢が飛び交い、槍が貫き合い、剣が打ち合う。
 ギリシアの誉場だ。
 童子の様な笑みを浮かべて、一物を熱り立たせて、美女の姿をした悪魔と亡者に好色な視線を向ける。
 それでも彼等は英雄であり、ギリシアの誇りであった。

「――――鐡の時代の終わりまで」

      ●

「これがクレタの力。これが今のクレタの総戦力」
 曾孫と孫にエウロペは語りかける。震える手はアステリオスの指先を握り締めている。
「戦力とは、あの子の持論なら技術力と資本力と神々の加護の勝負。
 力の構築の媒介物に過ぎないのです――王も兵も。
 文明と加護に支えられて、王も兵も勝利を掴めるだけの過程を踏める。
 貴方なら理解できるでしょう。オリオン――オーちゃん」
「おう!!」
 戦力=資金力・資本力・保有技術力・保有技術者数・保有国土領域・民の評価。
 つまりはそういうことだ。突き詰めれば金と人と技と力と運がある国と人が勝つ。
 アステリオンがいて、エウロペがいて、ミノスとラダマンテュスが国政を補助し、サルペドンが有事の際に備える。
 その時代には、クレタは最強で、無敵で、誰も敵わず、公正で誠実な平和貿易を受け入れる他なかった。
 公正明大で、地中海中の財力を持っている相手に、武力衝突などできない。

 そして今は英霊となったミノスの叡智。ラダマンテュスの支援。サルペドンの武力。エウロペの加護と祝福。
 親子が、兄弟が、身内が繋がり合い、補い合い、助け合う。
 今のクレタの総戦力は、億の悪魔と千の亡者を押し留めていた。

      ●

 ――天も無く地も無く 人々は突っ走り 獣は吠え立てる――
 魔術と魔術が相乗され、英雄と巨神を打ち砕きに放たれる。
 ――まるで彼等の宇宙が一切合切咆哮を始めた様だ――
 亡者の矢が雨霰と振り撒かれ、落ちてくる。
 ――死ねや 死ねや 人間は動き回る陽炎に過ぎない――
 打ち砕かれながらも前進を止めず、医伸の治療によって癒されながら突撃する。
 ――戦え 死ね 後は全てくだらないものだ――
 波の壁と船の壁が英雄達を護る。威風堂々、海の奇跡。
 ――死んでしまえばいい 消えてしまえばよい――
 ギリシア英雄という、ヤハウェに排斥された神の血を引くモノどもは悪魔を砕き散らす。
 ――きっと彼等の全てが仇人で――
 海に飲まれ、野に吹かれ、花に涙を流し、亡者の隊伍は崩壊した。
 ――世界がその絶対応報に頭を上げたのだ――
 それでも三兄弟の欧敵必殺は、停まらない!

     ●

 砕き散らし、進んでいく。
 敵が幾千ありとても、突き破り、突き砕け。
 戦列を散らせて、前へ前へ突破しろ。
 命を散らせて、後方へ後方へ流し捨てろ。
 いずれ辺獄(リンボ)で、また会おう。
 あの天輪の辺獄で、また会おう。
 混沌の神と同じ渦の中で、また会おう。
 何処か彼方かでまた会おう。
 生まれ変わっても、死に変わらずともまた会おう。
 御然らばだ、亡者軍団。
 御然らばだ、魔神軍団。

 そして――帰還を果たした。
 
 跪く三兄弟。眼前には、クレタ島王家最高信奉対象者にして主神最大の寵妃、エウロペ。
 アステリオスに抱えられ、泥と地に濡れた道を進む。立ち止まり、下された。
「お帰りなさい。こども達」愛しい息子の頬に口付けを。
「ただいま。母上」愛しい母の唇を誉として受け取る。
 
 ――かくして役者は皆演壇に登り、
 暁の惨劇(ワルプルギス)は更なる幕を開ける。

          不完結
 
 あとがきという名の駄文
 約束通り次回作です。あっという間に書きました。オンライン辞書でギリシャ語調べました。発音はトケトー。
 守護者来る絶対来る。私の頭の中の中二病を殺しにやって来る。エウロペ大好き。脇キャラ大好き。
 ミノス:201・88 秩序・中庸 DEDBDA オールバック片眼鏡 BL風味
 ラダマンテュス:201・82 秩序・善 EEDBAEX あほ毛善良眼鏡 怒りの日の神父
 サルペドン:201・119 中立・善 BCBDCC+ 剛毛猪突猛進 昔の少年漫画主人公