Fate/Hollow ataraxia風 パラケルスス過去話
            ~樅の実の子~


「――――ん?」
 赤毛の少年の足が立ち止まる。
 顔には怪訝の色。眼には、ちろちろと燃ゆる光が反射。
 赤毛の少年は、衛宮家が家主〈衛宮士郎〉である。
 少年の赤錆色の瞳は海の方角に向けられる。
 視界には、緑や橙色に光る光源と細い白煙。
――狼煙か? と少年が思うのも宜なるかな。得体の知れない光だった。
 衛宮士郎は暫し考えた後、海の方角へ歩を進めた。
 誰かが消し忘れた焚火なら消火しておこう、と思ったからだ。
 少年は誘蛾灯に誘われる羽虫のように、歩いて行く。
 もし、あの光が沼地へ誘う鬼火(ウィル・オー・ウィスプ)だったなら、魔術師見習いの溺死体が一丁上がりになるなと益体も無いことを考えながら。

 夜風が飄々と吹くコンクリート打ちの波止場。
 昼間は釣り人達が戯れている波止場は、夜になれば人の音の無い港というだけになる。
 その真ん中に陣取る炎色反応の炎を上げる焚火。
 赤々と、ときに緑色に、さらには橙色に――――まるで妖精の踊り(フェアリー・ダンス)。
 火の粉の妖精が舞っている。
 手に持つのは、酸素の酒に金属の肴。貪り、踊り狂う様は、原始宗教の横行していた北欧の文化を思わせる。
 そして焚火を離れ、高台で動き、叫んでいる闇医師が一人いた。

「か~め~は~め~~破ーー! ……いや、何か違ぇよな。うし、もう一丁」
 白衣姿の男は、再び両手首を付き合わせ、腰溜めに構える。
 全身の気に力を込め、燃滓色の髪を逆立てて、
「かぁ~めぇ~はぁ~めぇ~破ぁーー!!」
 無論何も出ない。
 いや、少年の呆れ声が出た。
「……なにやってんだスーさん」
「――!」
 弾かれるように男は振り返る。
 大粒の汗が急流のように、スーさんの背を伝った。
「…………おっすオラアウレオルス死ねぇぇえええええええ!!」
「う、ぇええええええええええ!?」
 読点のない挨拶と共に、懐から納刀された短剣を取り出す。
 柄頭に〈AZΩΤH〉の字を刻んだ水晶玉、仕掛けで展開する横木型鍔と軸木型柄の短剣。
 三〇センチメートル程の鞘から絶対に出るはずのない、刀身全長七〇センチメートルの処刑剣(リッツシュヴェールト)の姿が魔術のように現れた。
Wan Ich Das Schwert thue Auffheben So W?nsch Ich Dem S?nder Das Ewige Leben(この剣を振り上げし時、我は科人に永久の生を祈らん).――――死の安息文句。
 スニーカーを履いた足が撓められ、跳躍。

 高々と掲げられる処刑剣。
 形状も相まって、十字架を掲げ、衣をはためかせる使徒のよう。
 騎士貴族の末裔として赤点レベルの剣技を持って、全長一二〇センチメートルの処刑剣が、少年の脳天に振り下ろされる。
「お、おおおおおぉおぁああああ!!」

 少年に、障壁を張る能(ちから)はない。
 少年に、魔弾を持って撃ち落とす能はない。
 少年に、無刀取り出来る才はない。

 だから少年は、持てる数少ないモノで対応した。
「――投影開始(トレース・オン)」
 八つの工程を瞬時に通過。
 魔力の猛りが、二つの形を成す。
 想像(イメージ)し、創造(けんせい)されたのは陰陽剣〈干将・莫耶〉。
 
 一六世紀の処刑の刃。
 古代中国の夫婦の刃。
 どちらが優れたる刃金かを競うように、ぶつかり合う――――

「何してらっしゃるのかしらお二人とも」
 挟み込まれるように二つの梶木鮪が、バカ二人の後頭部を豪打した。
「――がギ!?」
「――グげ!?」
 三の得物が手を離れ、顔面を打ち付ける音と共に波止場に落ちる。
 お互い尻を突き出した格好のまま、処刑剣の青年、〈パラケルスス〉は言う。
「……さあ、本来なら攻撃を受けた時点で始まるスーさんの過去編。俺の脳味噌は過去へと旅だって居るぞー。
だけどスーさんは過去編が嫌いだ。どのくらい嫌いかというと朝勝手に部屋に入ってくる幼なじみヒロイン、しかもヤンデレくらいに嫌いだコノヤロー」
「……どんなメタ発言だよ。それにテメェの好みはまったく持って興味ないねーよ」
「ああ、テメーはシスコンだからな」
「んだと取り消せコノヤロー!!」
「お二人とも、もうちょっと大人になって下さいまし」
 水のパラケルススの娘による豪打が再び二人を襲った。

     ●

 現代において、一五〇〇年代から続く家系は名門と言って差し支えない。
 継承される魔術の質と量、刻印の大きさ、魔術回路の多さと性能。
 差違はあれど、一流や名門と呼ばれるだけの位階にあるのである。
 同様に、一〇〇〇年代から一五〇〇年続く家系も名門である。
 だが、一五〇〇年代から五〇〇年間と一〇〇〇年代から五〇〇年間――――同じ五〇〇年でも質は違う。
 科学が未発達の文明の方が、より多く魔術に身を捧げられるからだ。
 肉体的にも精神的にも。
 そうやって、魔術師は家系を積み重ねて、高みを目指す。
 見果てぬ望みへ。
 見果てぬ場所へ。
 ――行くために。
 
 だが、彼の家系は違った。
 そもそも魔術師の家系でもなく、血を濃くしたり、優秀な番と交わろうという配慮さえしていない。
 魔術血統主義や魔術師選民主義の魔術師なら鼻で笑い、唾を吐きかけ、家畜扱いされるだけの血筋だった。
 彼は、一四九三年一二月一七日に産まれたとされる。
 父は、庶子の出の遍歴学生、ウィルヘルム・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイム。
 母は、ベネディクト派マリア・アインジーデルン教会所属・教会隷民。名称不明。
 祖父は、ハンスの第三子にして、ヨハネ修道騎士団区長ゲオルク・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイム。
 曾祖父は、皇帝直属騎士貴族、ハンス・ボンバストゥス・フォン・リエト。
 先祖は、領地を治め、城に住んだ、〈ボンバストゥス(大言壮語)〉や〈ホーエンハイム〉の名を持つ代々戦士や騎士の家系である。

 魔術に染まらず、基督教と戦の色に染まった家系の、庶子の庶子の出。
 魔術を始めたのは、記録によると父の代からである。
 専攻は植物神秘学。子の名の一つに〈テオフラトゥス〉
――紀元前三世紀頃の植物学の祖〈テオフラストス〉の名を肖って付けられたことからその入れ込みようが分かる。
 母方の実家の希望で付けられた〈フィリップス〉。
 父親が付けた二つの名、〈アウレオルス〉と〈テオフラトゥス〉。
 代々受け継がれる大言壮語の異名、〈ボンバストゥス〉。
 父親が名乗ることを許された姓名、〈ホーエンハイム〉。
 魔術師ホーエンハイム家が二代目、
 フィリップス・アウレオルス・テオフラトゥス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイムは多数の名という愛情を与えられた。

 才と素質を伸ばすには環境が整っていなければならない。
 そう考えれば、幼少期のパラケルススは最高と最悪の場所にいた。

 父、ウィルヘルムは庶子という身分のため、母の名も父の名も秘匿されて養育された。
 知っているのは姓名だけだった。
 城に住み、大学を出たが、遺産や財産などを継げる立場ではなかった。
 そこで青年ウィルヘルム(当時二〇くらい)は、当時のブルジョア的職業である医師になるため、
 当時の慣習にならい遍歴学生として旅立ち、一四九二年アインジーデルン村で一人の隷民の娘と結婚するに至った。
 彼がどのようにして、神秘学ないし隠秘学の分野を学んだか不明である。
 彼の父は、ヨハネ修道騎士団区長という立場と言うこともあって、一二世紀頃から発足した魔術協会も聖堂教会ないし埋葬教室(のちの埋葬機関)も知っていた。
 魔術回路も魔術刻印も小源も大源も知っており、立場上〈秘蹟〉も行えた。
 だが、諸子のウィルヘルムには何も伝えていない。おそらくは殆ど会うことすら禁止されていたはずである。
 しかし、彼はそれなりに魔術師として研究していたのは確かである。
 外面からは見えない内面の秘密を読み解こうという行いは、隠秘学の分野であるからだ。

 無論、秘匿の義務は怠らなかった。敬虔な神の信徒である妻と魔術は水と油であるし、巡礼地で魔術など御法度に過ぎるからだ。
 表の職業である医師を誠実に行った。
 彼の著書〈学習帖〉において、“貧シク一事ニ堅実二献身的”。これがウィルヘルムの評価であった。
 そして自らの著書の通り、貧しかった。医師というブルジョア職業でありながら。

 巡礼地には敬虔な信徒だけが集まるわけではない。
 奇蹟による癒しを求めて、モノ狂い。異常者。ライ病患者。肺病。結核。多種多様の病者が横行していた。
 その殆どが貴族の経営する医者の手にかかれない貧者であり、そのような者達でも分け隔て無く治療を行った。
 ほぼ無料でなければその者達は治療を受けることも出来ず、立場上修道院付属医院の院長であるから正規の治療費を請求することもしにくい。
 その為、パラケルススの幼少期の生活には衣食が最悪に近いレベルで欠けていた。
 継ぎ接ぎだらけのボロに、貧民の食事である燕麦パンと牛乳とチーズで育てられたのである。回りの農民の子と同じ、衛生度や栄養度の低い食生活を送ったのであった。

 だが、医者として経験を得るには最高の環境であった。
 多種多様の言語と風俗で病状を訴える人々。臨床医学を学ぶ場としてこれ以上ないほど最高の環境だったのである。
 幼いパラケルススは、父の手伝いをしながら様々な地方の俗習・習慣・概念を見聞し、学んでいった。
 しかし、そんな臨床の場に耐えられず一五〇二年にウィルヘルムの最初で最後の妻は死去した。幼いパラケルススを残して。
 気が狂って投身自殺という説もあるが、まったく名の出て来ないこの母親は教会付属の心からの旧教徒(クリスチャン)であるから、
 気が狂っても自殺は肉体が止めるはずである。
 
 妻に先立たれた父
 母親を亡くした子
 痛苦と病苦に呻く貧しい巡礼者達。
 ウィルヘルムは、教会の責任者に医療の術を託し、一〇にならない我が子の手を引いて、
 アインジーデルンという無骨な、厳しい自然に囲まれた――――それこそ〈樅の実〉のように硬い殻を破って、出ていった。
 自らの著書で〈樅の実〉の中で“人”となったと主張するパラケルススは、水の田舎から火の都会へと降り立つことになったのである。

     ●

 がつがつと梶木鮪の丸焼きを食う音がする。
「う、美味い! 何で、焚火で炙っただけなのにこんなに美味いんだ?」
「焼き方にコツがあんだよ。とある婦人から習った料理術。医食同源の極にある技術だ」
「それに生涯独身で、ムダに主婦技術が多いですわよね。お父様は」
「そう言えば錬金術は台所から出来たって話だったよな」
「三口蒸留器(トリビコス)の発明者はユダヤ婦人マリアだぜ。錬金術師にゃぁ料理の技術も必要だぜ。もっとも経絡系や魔力の流れまで見切ってさばくのは俺くらいだけどよ」
「色々統合して、殆ど別物になってますわよねお父様の技術体系。原型が分からなくなってませんこと?」

     ●

 フィラッハ――ケルンテン。
 それは鉱業都市の名。
 この都市で初めて工業技術が習得され、他の国にもたらされた。
“鉱業と医学に関する限り、ケルンテンこそが濫觴の地である”。
 同時に二種類の錬金術師達が横行する魔都でもあった。

 錬金術師には二種類あると言われている。
 一つは、金の錬成にばかり目を向けて炉の鞴ばかり吹いている〈鞴拭き〉。
 もう一つは、精神的、秘密探求に人生の全てを傾ける〈達人(アデプト)〉。
 フィラッハにいるのは、大多数が〈鞴拭き〉だが、少数ながら〈達人〉もいた。
 魔術師家系のホーエンハイム家は、当然後者の錬金術師に弟子入りすることになった。
 弟子入りするのは息子である。
 彼は息子のために、自分とは違うしっかりとした師匠の教えを受けさせるために愛する妻の故郷を離れたのだ。

 赤貧の父は、息子のために資金をやりくりし、弟子入りのための授業料を払った。
 そしてこの錬金術師の地で、パラケルススは二人の師の教えを受けることになる。
 一人はアグリッパの師であるトリテミウス。
 もう一人は、〈太陽の光輝〉の著者ザロモン(ソロモン)・トリスモジン。
 そして、多数の鞴拭き達の錬金工房に鉱業工房。
 それが少年魔術師の師であった。
 少年の目には、多くの知恵を讃えた瞳と煤だらけの貧民の姿が映っていた。

 ゼットガッハのシャイト司教。ラヴァンタールのエルハルト司教ならびその先達、イポンのニコラウス司教、ズフラガヌス・フライジンゲンことマトイス・シャハト司教、さらにフォン・シュポンハイム司教など数多の碩学人から様々な教えを受けた。

多くの基督教司教の教えを受け、自ら神学研究所を書いたパラケルススであるが、他の宗派や魔術師を差別しなかった。
少年パラケルススは、どのような人種や職業でも、
黒魔術師や理髪外科医、浴場主、経験ある女呪医の元でも訪れてその仕事を見聞するべきだという持論を持っていた。
生涯まで続く持論をこの頃から持っていたのだ。

元貴族の父を持つ少年は、フィラッハ市立学校、ケルンテン教会付属学校など普通教育も受けた。
父は息子のために、フィラッハの大広小路一八番にある書庫と書物を買い与えた。
惜しみない知の愛情を与えられ、一五〇九年の大学入学。
ここで医学を志すことを決め、学問の基礎(基礎七学芸)を修めた。
 そして二〇歳の時、父の薦めでナポリ王国――当時のイタリアのフェラーラ大学の医学部入学。
 当時の大学の風習に従い、ここでパラケルススという学名を名乗ることになる。
 そして初めての当時の医学界の失望があった。

     ●

「そう言えばスーさん。大学卒業してたのか?」
「あ? 何だよ突然。卒業したに決まってんだろ、一九で大学一つ卒業して、二〇でフェラーラ大学入学だよ」
「二つも大学は行ったのかっ」
「当時は金さえあれば、田舎もんでも入学できたんだよ」
「えっ、でも金のない極貧生活だって」
「親父が魔術刻印を売った」
「嘘だろぉぉおおおお!?」
「冗談だ。…………………………………半分は」
「半分!?」

     ●

 パラケルススは教師受けの良い勤勉な生徒だった。当初は。
 勤勉にガレノスやヒッポクラテス、アリストテレスなどの古典文献を読むための読解力を身に付ける勉学に励んでいた。
 そしてすぐに文献を諳んじることができるまでになり、聖書も諳んじることが出来た。
 だがすぐに虚しくなった。
 彼の経験した医学ではなかったからだ。
 大学内の誰も、教師も生徒も誰も哲学をしていなかった。

 パラケルススは、医学を教えてくれた当時の恩師に対しては敬意を払ったが、当時からそう言う風習に対しては異を唱えた。
 故郷で臨床を経験し、それを元に研究し、実際に人を治してきた事実を知る者にしてみればその行いは奇行にしか映らなかったのだ。
 まだ当時は、ガレノスのように万人に尊敬するような医学者の医学書を読んで、心を憧れに滾らせるような行い、偉人に対する憧憬による向上心の発達などは良いと思っていたが、余りにも酷かったのでその考えを捨てて痛烈な批判するに至った。

 解剖実習や臨床は等閑視され、古典文献を読むだけで、患者を診察しようともしない。
 痛苦に呻く患者の隣の部屋で、暖炉にあたりながら文献を引っ繰り返し、あれこれと空虚な論争を投げている。
 それに絶望した。
 彼以外にもそのような現状に異を唱えたマナルディという者がいたが、変えるに至らず彼の思想を知らず知らずのうちにパラケルススは受け継ぐ事になる。

 大学を卒業したパラケルススは、大学の誰もが認める経験と臨床を得ようと決意する。
 それがパラケルススの生涯にわたって繰り広げられる〈大遍歴〉の幕開けであった。

 大遍歴の道程は脅威の一言に尽きる。
 その道程は一六世紀の国名・地名で言えば、教皇領、ナポリ王国、ロードスなど地中海諸島、ヒスパニア、イングランド王国、マルク、プロイセン、神聖ローマ帝国、フランス王国、リトアニア大公国、ポーランド王国、モスクワ大公国、ハンガリー王国、ワラキア公国、オスマン帝国、スペイン王国、ティムール帝国、マルムーク朝、マリーン朝、ノルウェー王国、スウェーデン王国、デンマーク王国、その他数々の国々と地域。
 欧州のみならず西アジアや北アフリカ諸国家を巡り歩いた。
 そして当地の現地人達――それも枚挙に遑がないほど、誰彼構わず修学と実践と研究を重ねていった。

 具体的には――
 湯治医師、理髪医師、インチキ魔術師、処刑執行吏、皮剥職人、肉屋、船乗り、鉱夫、鍛治師、冶金職人、宝石細工師、悪魔祓師、原始化粧師、ハーブ農家、卜占師、カバリスト、ユダヤ僧、モグリ医師、錬金術師(哲学と俗物)、大工、各種ギルド、ボヘミアのジプシー(タロットカード占師)、ヴァルヴァ、治療僧(白魔術師)、騎士、兵士、拷問吏、基督教修道士(旧教と改教)、婆羅門教僧侶(或はその弟子筋)、ドルイド、黒魔術師、魔女(女呪医)、石夫、調理師、お手伝い(奉仕職の人々)、貴婦人、印刷職人、薬剤師、楽師、暗黒街の殺し屋または暗殺者(人を効率よく殺せる方法)、イスラム教僧侶、占星術師、山師、香具師、農夫、狩人、各種大学サークルなどなど…………。
 中世の職業全てを網羅するかのようにその人の仕事内容、技術を学び取っていた。
 時には遠いアジア・アフリカ地域から輸入される知識や技術、さらにはコロンブスによって発見された新大陸の風俗や民族の知を知ることが出来た。
 同時に、その職業特有の病状や症状を調べ上げ、特定の治療法によっての改善――つまりは職業病の発見と治療法を編み出したのだった。
 魔術協会も魔術師も俗世の手仕事職人に教えを請うことは違反とは思わない。
 魔術も知らない浅学文盲の人々に学ぶことなにもないからだ。
 パラケルススは浅学文盲の貧民よりも頭の悪い、魔術回路を持つだけの愚者と見られていた。

 学び取った技術の数は一〇〇以上に達するだろうと言われている。
 その体験からなる医術は、大学の文献主義者より一〇歩以上先を行く卓越した技術となった。
 しかしこの大遍歴は、パラケルススに益だけをもたらしたわけではない。
 何処の大学も文献主義が横行し、資本主義に移り変わる時代は貧者の餓死や人々の嘆きに包まれていた。
 最悪の状況に置かれた不衛生な施療院患者。
 古典文献だけの無知蒙昧・傲慢に過ぎ、煌びやかな衣装の医師。
 治療の理も否も分からない、哲学をしない者ども。
 外科を賤しいと差別し、基督教的ではないと切り捨てる貴族・僧侶。

 大学在学中は一滴もアルコールを摂取しなかったパラケルススであるが、そのような文献主義者どもの態度や人々の嘆きの悲しみから二五歳の時に酒を浴びた。
 パラケルススアル中説の悪口。肝硬変死亡説などは、この二五歳のときの飲酒癖が原因である。
 大学内でも酒を飲み、素面ではない態度で、しかし真に爽やかかつ滑らかな弁舌で講義を行い、血気盛んな青年生徒達や農民達に酒を奢るといった蛮行を行った。
 無論、大学内からは迫害の材料でしかなかった。
 迫害の材料は、まだある。
 と、いうよりパラケルススの行動と血筋は、上流階級にとって迫害してくれといっているようなモノであった。

 一五一七年、スペイン軍はオランダ地方を経由してアルジェリア地方に進軍する予定であった。
 戦争――回教徒を相手取る宗教的戦争であった。
 パラケルススはこの戦争に傭兵従軍医として従軍した。若い医師にとって戦争は路銀と経験を得る絶好の機会であったからだ。
 そしてこの戦争で初めて登場するのが、〈パラケルススの佩剣〉である。
 パラケルススの象徴となる佩剣――とある死刑執行吏から賭け事で巻き上げた、と嘯く代物を護身刀として持ち歩いていたのだ。
 パラケルススはこれに思想と思想からなる技術を継ぎ込んでいた。
 この戦争で短期間ながらアフリカの戦争を経験し、一度目の戦争を経験し、のちに三度の捕虜経験と数度の傭兵経験を経ることになる。

 アフリカからポルトガル王国を経由し、イングランド・スコットランド・アイルランドへ遍歴し、ドルイドの知と技を学び取り、魔術協会本部の硬質な秘匿主義に辟易し、さっさと大陸に舞い戻った。

 そして、一五二四年に旅の疲れを癒す目的で父の元へと帰って行った。

    ●

「シロウお兄様は、どうしてこちらに?」
「えっ? ああ。港から光が見えたんで、それで――」
「ああ、誘蛾灯に誘われる蛾みたいにのこのこと誘われたのですわね。……虫けらがっ」
「ちょっとこの子何でこんなに辛辣なんだ! 一体何すればこんなに辛辣になれるんだ!」
「三〇過ぎてから本格的に始めた魔術の成果だ。実質十数年の努力の結晶だな」
「嫌な努力の結晶だぁああ!!」

     ●

 父と数ヶ月の家族水入らずの休暇を経て、またパラケルススは旅だった。そのしばらく後、大事件を起こす。
 〈ザルツブルグの大論争〉である。
 一つは、当地の聖職者達との神学論争。
 もう一つは、一斉蜂起しようとしていた(独逸農民戦争の始まり)を扇動したという、貴族や聖職者に対する反逆である。
 最も彼は政治的に農民達を扇動したのではなく、神学論的に農民達に教えを訴えたのである。
 彼は根無し草の遍歴医であるから、地位にはまったく興味がなかったし、農民達を扇動して、貴族等の地位を乗っ取るようなことをすることはしなかったのである。
 明確な証拠がないため裁判では釈放を宣告されたが、いつまた冤罪ないし痛いところを突かれるか分からないので、ザルツブルグから夜逃げすることになった。

 上流階級からは、あらゆる蔑称で。
 下流階級からは、あらゆる尊称で。
 王侯階級と謁見し、暗黒街の住民を診断し、
 聖使徒とも悪魔の魔術師とも奇蹟医とも呼ばれた、
 パラケルススの魔術と医術と錬金術の伝説が始まった。

 魔術師とは、界の外にある概念を目指す。
 それが、『 』なり〈根源〉なり、〈根源の渦〉なり、〈宇宙記録(アカシック・レコード)〉なり呼ばれ得る概念であり、皆河を辿るように目指す。
 もしもそれらの切れっ端にでも手が届いたのなら、その者は原色の称号や王冠の位階を得ても足りない名誉や嫉妬をその身と家系に受けることになる。

 そして、法を敷く。
 隠匿のための法を。
 その為に発足した(名目上は魔術師達の自営団体)のが魔術協会である。
 現在では、世界中の殆どの霊地と魔術書、聖遺物の類を管理保管しているが、一五〇〇年代は、発足してから三〇〇年程度と言うこともあり、まだ管理は行き届いてなかった。
 だが思想は変わらない。
 魔術のさらなる発展のために、
 科学の発達と天体位相変化による大源(マナ)減少による神秘濃度減少から魔術を守るために、
 辿り着くために、
 それが彼らの〈正道〉である。
 人道から次元を隔てるくらい外れているが、〈正道〉である。
 だが、彼は外れている。
 〈正道〉から外れている。
 彼は外道であった。
 魔術の発展と衰退を同時に行った外道であった。

     ●

「正道から外れるのは、思っているより簡単だ。
 殺人鬼から聖人になればいいだけだからな」
「……全ての人間を救う正義の味方は外道か」
「人間から外れた道を歩くもんだな。だが良い成分を多分に含んでいる。そして、全ての人間を救おうと思ったなら完成を恐れる無意識に滅ぼされる」
「人は完璧になりたいが、完成はしたくない。――そこで止まっちまうから」
「怠惰なそして微妙に動く静止をこよなく愛し、完璧な停止を恐れる。――それが人だ」

     ●

 三二歳からのパラケルススの旅路は、さながら迷宮であった。
 高い煌びやかなだけの壁が行く手を阻み、踏むだけで崩れ落ちる貧しい橋が渡され、時折心地よい流れの泉があれば、それはすぐに神によって枯らされた。

 ザルツブルグから逃亡したパラケルススは、一五二六年秋、バーデン・バーデンのフィリップ一世辺境伯の宮廷に呼ばれる直前に、バーゼルの一患者の診察を行った。
 その患者は右足に壊疽を抱え、右足切断は免れないといわれていた。
 藁にも縋る思いで、日焼け外套の放浪医師を呼び出したのだ。
 それを瞬く間に治療したのがパラケルススである。
 死人を生き返らさんばかり、医神(アスクレピオス)の如き業前であった。
 そしてその医神の業前に右足を救われたのが、当時人文主義的潮流の中心に位置し、欧羅巴全土にわたる印刷出版史上最大の大人物。
 魔術教会や聖堂協会も一目を置き、魔道書や聖書の印刷を依頼している超重要人物――――〈ヨハネス・フロベニウス〉、その人である。
 その人を救ったことから、パラケルスス人生最大の、しかし短い栄光と幸福の市民生活が与えられる事となる。

 欧州最大の人文主義者に導かれるまま、パラケルススはバーゼル大学講師と市医の職を得る。
 それは一二ヶ月程で頓挫した。
 放浪中時折入った大学内での講師態度もそうであったが、パラケルススの主張と行動は上流階級に全て軽蔑されるものだったのだ。

 パラケルススはバーゼル市医として、年棒七五ポンド――大学の法学教授に匹敵する給与を貰った。
 これは独身かつ一介の放浪医師が手にするには、破格とも言える金額である。
 それを全て学生とそこらの農民にばら撒いたのだ。
 学徒も農奴も区別せず、酒を奢ったのだ。
「酒を一人で飲んでもツマラン」
 ただそれだけの為、
 可愛い生徒と遍歴生活で知を教えてくれた農民階級の皆に大金を叩いたのだった。
 講師職にしても、当時の赴任医学博士取得者は、学位取得証明を行い、古典作家の一説について講演するという義務があった。
 このバーゼル大学でも医学とは古典医学書の解読であった。
 そんな凝り固まった文献主義の風潮に頑として従わなかったのである。

 その処罰として大学側は、医療実戦並びに講堂使用禁止、聴講者への学位授与件を認めない処置をした。

 当然の如くパラケルススは猛反発。
 市議会側に苦情書を提出し、市はフローベンの友人であるパラケルススと市一の権威有る大学の板挟みになりながら、講義を行える強攻策を行ったのであった。
 しかし、学位授与権は与えられず、当初彼の講義には閑古鳥が鳴いていた。

「医師の資格はそれが聊かの装飾になるにせよ、称号でもなく雄弁でもなく言語の知識でもない。
 すべての他のものを集めたよりも唯一価値あるところ、自然物と神秘に精通しているところにある。
 医師は修辞家ではない。諸病の種類、原因、徴候を観察し、知と努力によって治療の素材を探求し、人それぞれの病態と特性に応じて治療することである」
 このような正論を大学内で主張し続け、称号と雄弁と語学力で教授の椅子にしがみついている大学教授を敵に回した。
 さらに通俗的な、庶民でも理解できるように配慮したドイツ語での講義、
 内科だけでなく外科も取り扱った基督教を敵に回す学科を取り入れたのだった。

 一五二七年六月二四日の焚書事件――
 アヴィケンナの“カノン”ならびに古典医学書数典を市議会前の広場で灰にしたのだ。
 さらに市井の薬剤師と医学当局の癒着を非難。薬剤師に厳正な資格検定と共通の経済的利益による繋がりの禁止を訴えた。
 上流階級の者はもとより、司教も有り難がらない主張を、正論を訴え続けたのだ。

 これにより市すらも敵に回し、チューリッヒへ騎行している間にフロベニウスが死去。
 上流階級にパラケルススの味方は、誰一人としていなくなり、
 魔術を使っているわけではないが、大騒ぎを起こす魔術師を協会は注意勧告した。
 
 歴史にIFはないが、魔術協会はこの時パラケルススを拘束しておけば、世間一般に取り返しようがないほど広まった魔術的思想の数々と科学発展の手助けを未然に防げたのかも知れない。


 パラケルススはバーゼルを出立。同行者は助手の〈ヨハネス・オポリヌス〉であった。
 この助手オポリヌスは、口述筆記の腕と語学力を買われてパラケルススが助手とした人物である。
 パラケルススはこの助手に関しては誉め讃え、魔術的でない化学的薬剤調合術を伝授したり、自分の秘密を嘯いたりして可愛がった。
 一緒に居酒屋に行ったり、キツイ薬品の臭いで卒倒したら水をぶっかけて叩き起こし、寝食を共にして、悪霊ラルヴァから守るくらいの可愛がりようだった。
 だがこの助手、当時の医学者と何ら変わらない小人物であった。
 パラケルススの可愛がりも虚しく、師を裏切り、バーゼル大学ギリシャ語教授職に就き、師を一切顧みることなく、人文主義の幸せな余生を過ごした。
 なおパラケルススの異常性が魔術協会に認知されたとき尋問を受けたが、魔術の痕跡の欠片も見つからずそのまま釈放された。

     ●

「師匠つーのはよぉ、弟子を息子みてぇに可愛がらなけりゃならねぇ。
 悪いことすりゃ拳骨で、良くできりゃあ褒めてやって、一緒に一仕事した後は酒でも飲んでなぁ」
「そんな弟子がいたのいってぇ!?」
「――――■■■■■■■■■■■■」
「とんでも無いこと言ったよこの子!? 二一禁なSMでも絶対に言えない罵倒語を吐いたよ!! っていうか全文伏字って――――!!?」

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 バーゼルを去ったパラケルススはエスリンゲン、ミュールハウゼンを経てライン河岸をエンジスハイムに西下した。そしてコルマールで、医師〈ローレンツ・フリース〉の食客と成った。
 このコルマールでは医学書二典を市長〈ヒエロニムス・ボーナー〉と副市長〈コンラート・ウィックラム〉に捧げた。
 それはコルマールで心地よい一時を過ごしたからだった。
 しかしすぐに出奔することになる。フリースが熱烈なアヴィケンナ信者だったからだ。
 そして、数年も経たないうちにまたしても、くどいくらいまた、事件を起こした。
 論争を起こしたのである。

 敵対したのは大資本家フッガー家。
 論争の対象は、癒瘡木である。
 梅毒特効薬としてフッガー家が精力的に販売していたそれを、パラケルススは化学的に検査し、インチキ性を暴いたのである。

 中世の商人は、詐欺師同然であった。
 信用経済の観念などそもそも持たず、その場限りの儲けに尽力を付くし、人々を騙した。
 で、あるからフッガー家にとって一番の独占商品のインチキ性を暴かれる事は、どうしても避けたかったのである。
 パラケルスス著“癒瘡木について”を出版したパイプスは、パラケルスス著作の通俗的幻想小説の風体を成した予言書を書かせた。
 パラケルススも寂しい懐のために、娯楽本を書くことに抵抗はなかった。むしろそれより、この出版と読者の購買意欲を利用して、医学書を出すことが目的だったのだ。
 著書“フランス病の起源と由来”をパイプスに託したが、一五二九年に公式にニュールンベルグでの梅毒関係著作の印刷を禁止された。
 フッガー家の策略であった。
 無論逆上。冷めると患者を治したいだけだという旨を書簡にしたためた。
 フッガー家と争うことは何の益もないことだと、疲れが見え始めた中年は悟ったのである。
 しかし一切のパラケルススの要求を市は拒否。印刷禁止は相変わらず続き、梅毒特効薬癒瘡木の名声は仮初めの凱歌を挙げた。
 パラケルススは、梅毒の原因となる螺旋菌を発見したわけではなかった(当時は顕微鏡がない)。
 病因論の天体因的に、梅毒の一番の原因、不特定多数の性行を窘めるために、宇宙論を用いて、梅毒抑制治療を行ったのである。
 道徳的、観念的治療である。
 しかし世界は、金星の淫性と金の煌めきによってパラケルススの治療を突っぱねた。
 これが形而上学的方法論による梅毒治療に数百年の禍根と発展の遅れを呼ぶことになる。

 パラケルススの胸に一つの思想が生まれていた。
 新しい医術を。
 巨大な敵を駆逐する宇宙論と錬金術を原理背景とする医学大系。つまりは自然魔術を構築するための思想が産まれていた。
「学ぶべきは魔術(マギカ)である」
 危険とも言える思想と言動が隆起したのだ。これが彼の死の因子となる。 

 一五二八年から一五三五年、
 それはパラケルススの人生において最も宗教的、魔術的深化の時期である。
 彼は青年期の父と同じように、魔術に耽溺し始めたのだ。
 魔術耽溺の成果は、全て民衆のために行われた。
 数多くの占星術予言書兼占星術的医学書は、信頼の置けるチューリッヒ牧師〈レオ・ユード〉に献呈され、ユードの計らいで即刻三部の予言書は印刷された。
 これは金のためでもあるし、医学書出版を差し止められないための処置であった。
 予言書ならば差し止められないと思った。しかし浅慮な考えはすぐに知れ、印刷禁止を言い渡されるに至る。

「余こそは専制である」――――
 これはパラグラヌムに記された傲岸な確信の言葉である。
 医術の四つの柱。
 哲学、錬金術、占星術、美徳(潜在力、秘密の効能)。
 彼はこれを専制だと断じた。
 ヘルメス・Tすら従うべき、医術の根冠であると主張したのだ。
 敵も味方も総なめに斬り、己一個になる。
 一個の己は、宇宙の表徴である。
 宇宙となった己は、硬化し干からびた正統医学を破壊するのだという、観念が見えていたのだ。
 その革命者的王道を行くのは、パラケルスス一人だけであり、他は理と知の従僕であればよい。従僕は優しく、誠実な心で、勤勉に治療活動に励むのだ。
 王道を行く我は、それを背負い支えるのだ。

 しかし王道は茨の道である。
 パラケルススは、二〇代後半の遍歴時代に感じた医学への逃亡を考え始めていた。
「神が乏しさの恩寵を与えたもうたところの者、このものは幸いなるかな、至幸なるかな」
 彼はやせ衰えた体にパン切れと水だけ与えて旅を続けた。
 都会から離れ、純朴なしかし厳しい田舎に身を隠した。
 身を隠しながらもやはり医療活動は捨てられず、鉱山病の患者を治療し続け、人類史初めての職業病の著作を書き上げた。

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「どーこにいったって病気はなくならねぇ。宇宙霊の世界でも、自然の裏側でも、争いとそれを生み出す精神的な病、物質的な病は無くなんねぇ」
「アンタはそれを無くそうとしなかったのか?」
「そこは立ち寄ってはならない場所ですわ。ワタクシたちの世界は、ワタクシたちが解決しますのよお兄様」
「ん、まぁちったぁやったよ。獣医みてーなこともしたよ。リアルドクタードリトルだ。
 そいでできたんが、“妖精の書”だ」

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 逃亡生活には、悪魔の助力があった。
 河に橋板一枚だけの橋を架け、それを次々と壊し直す空中走行能力。
 鋼のように硬い岩に三分間で穴を開け、地中を移動する能力。
 馬の数倍の走行性能。
 〈テオフラトゥスの魔法の馬〉である。

 彼は悪魔の助力で、さらに自身の目立たなさも助かり、見つからなかった。
 暗黒街でも、貧民街でも、王侯サロンでも、まったく目立たないその風貌。
 貴族と庶民が混ざった事による奇跡的な容貌だったからだ。
 髭のない、ある種女性的な顔立ち。禿げた頭も曲った腰も確実に短くなった背丈もまったく目立たなかった。
 神聖ローマ帝国皇帝、フェルディナント皇帝との二度の謁見の後もまったく魔術協会は足取りを掴めていない。
 さらに彼は、逃亡する能力があった。
 ホムンクルス、賢者の石、民間の知による裏道、妖精の通り道。
 三原質や四大元素を発見、再発見する独創的な頭脳による、全てを統一した莫大な技術の結晶群。
 庶民に愛され、庶民の知を恣にしている彼には、どのような道でも通れたのだ。

 しかし、一五三七年の反パラケルスス派の悪意ある言葉や、上流階級の締め出しは確実にパラケルススを追い詰めていた。
 ウィーンを発ったパラケルスス、その足取りは重い。
 老人であった。四五歳の老人の体をしていたのだ。
 休みたかった。四五歳の老人の体を休めたかった。
 しかしフィラッハの定住もできなかった。
 民衆と生活のための著作出版は、まったく許可が下りず、迷宮に迷う子供のように途方に暮れるしかなかったのだ。

 彼は未だ魔術協会に捕捉されていない。
 彼の奇蹟医の名を利用した詐欺師達が多数いて、彼の妙薬だと詐欺薬を売りさばいていた。
 パラケルススの平凡な、埋没する容貌がとても役に立った。
 調べなければそれがパラケルススかわからないし、掴まって処刑になった首を調べる手間もあったからだ。

 病気になった。疲れ果てた。
 最後の一年に居を選んだのは、一揆事件を起こしたザルツブルグだった。
 彼の論敵は既に死去し、パラケルスス一人だけが取り残されていた。
 さながらフライングマンの如く。

 しかし此処でも論争があった。
 最後の蝋燭のように、論争し、その残り火で患者を診察し続けた。
 彼の目には敵と患者しか映っていない。
 頑なにうち解けようとしない頑固な齢七〇くらいの医者として、治療活動を続けた。
 それもすぐに終わりが来る。
 協会の魔の手は伸びてきていたのだ。

「………………テメェ等に俺の財産を奪われてたまるかよ……」
 財産は、パラケルススに感謝の言葉と態度を示し続けた貧民にこそ与えられて然るべきモノだった。
 パラケルススの場合、隠匿の義務と知識の流出という大罪があり、極刑は免れない身だった。
 しかし、すでに彼の著作から彼の異常性、特異性は知れ渡っていた。
「封印指定とする」
 彼の脳と魔術の成果は既に、彼の権利から離されていた。
 しかし、彼には形に残る魔術の成果というモノはなかった。
 当たり前のようにする魔術刻印というモノがなかったのである。
 魔術刻印のような血族しか知を伝達する手段のないモノを彼は良しとしなかった。
 庶民が読める俗的なドイツ語著作がその証明であった。彼の価値の全ては脳にあった。
 中世のすべての民衆の知と深く埋れた知を蓄え、独創的な思考回路で奇抜な発想をする脳髄。そして刻まれた技術体系。
 全てが金のように、虹のように輝く宝石の価値があるものだった。
 しかし彼は、渡すわけはない。
 秘匿されて、一生貧民の目を見ないなら自分で台無しにする。
「…………降格しやがれ」
 自身が開発した高性能の硝酸を左こめかみと剣の中身にぶち込んだ。
 四八年の全ては硝酸の泡へと消え、追跡者達は白馬亭での客死に見せかけた偽造工作をするほか無かった。
 遺書は予め書いてあったのが見つかった。

 パラケルススは、自殺者が行く煉獄へと降り、知識と金銭的な財産は全て貧民に分け与えられた。

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「アンタはどうすれば満足したんだ?」
 愚問だ。死んだ人間に聞くべきことではない。
 だが、ただパラケルススは一言。
「知らね」
 娘の頭を膝に乗せて、マイペースに医療物理学を学んでいた。

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 彼の成果は、彼の育てた、民衆の育てた樅の実は五〇年近く経ってからようやく芽吹いた。
 パラケルスス派の運動が起こり、旧来の文献的医学大系は覆され、経験医学が重視されるようになった。
 彼の墓には、民衆が今日でも聖人に対するように、巡礼者が訪れている。

      終