「士郎ったら…………」
 確かに、午後の日差しは暖かい。冬場とはいえ、日の差してくる縁側は暖かく、油断していればついつい瞼が重くなってきてしまう。だが、いくら何でも、これは無防備すぎるというものではないだろうか。
「仮にも、殷を滅ぼし日ノ本を傾けた大妖白面九尾に、無防備すぎるわよ……」
 玉藻は、すぐ傍らでまどろんでいる士郎を見て溜息をついた。仮にもこの身は聖杯戦争という殺し合いの為の武器として召喚されたサーヴァントの身、加えて元より反英霊、その色香に三つの国を傾け狂わせた白面九尾の大妖。警戒が足りな過ぎる、と思う。
 頬をぷにぷにとつついてみるが、士郎のその幸せそうな表情に何の変わりも無い。何の警戒も無いその表情は、いかにも平和を満喫しているようで、その表情はまるで自分が……ただの女の子だと思っているみたいではないだろうか。そんな顔をされたら、また――――
「――――甘やかしたくなっちゃうじゃない……」
 また、だ。それが、三人の王を狂わせた。絶対に、堕ちたりはしないと、信じていたのに。――――堕としたりはしないと、誓っていたのに。
「士郎……」
 だからこそ、自分は士郎の召喚に応えたのかもしれない。たとえどんな幸せの型を見ても、それを振り払ってひたすらに茨の道を歩き続ける英霊■■■――――彼ならば、きっと堕ちることはないと、そう、信じたかったから……。
 士郎の顔が、わずかに寝苦しそうに歪む。今、どんな夢を見ているのだろうか。辛い夢を、見ていないだろうか。
「……今だけなんだから、ね」
 そっと単衣の裾をたくし上げると、そこから黄金色の綺麗な毛並みの尻尾が伸びる――――九本。日差しを浴びて輝くその毛並み、それは美しくもあり、だが、今は――――、
「王者の時代に現れて平和を予告する神獣の毛皮――――布団代わりなんて、贅沢よね」
 九本の尻尾を布団代わりに巻きつけて、頭を撫でてやると、士郎の顔が落ち着いたように平和なものに戻る。
 そう言えば殷の■■もこうやって寝るのが好きだった――――辛い思い出は頭を振って追い出す。士郎の幸せそうな寝顔を見ていると、少しずつささくれた気分が落ち着いてくる。
 これをやると、どうしても単衣の裾が乱れてしまう――――まあ仕方が無い。単衣から剥き出しになった白い太腿が少しばかりいやらしい気がするが、まあ仕方が無い。もし見られたとしても、士郎なら――――違う違う、魔力供給が必要なだけだ。この身はキャスターのサーヴァント、魔力はいくらあっても足りないことなど無い。
 玉藻は首を振ると、真っ赤になった頬を押さえてそっぽを向いた。それでも、士郎の神を撫でる手が止まっていなかったのはご愛嬌か。
「まあ、たまには、こういうのもいいかもね……」
 午後の太陽を見上げる。あとどれくらい、こんな日々を続けられるのだろうか。そんなことは分からない。だが、そんな短い時間でこれが終わってしまうのも、惜しい気がした。
「そのために聖杯を――――ってのも、悪くはないかもね……」
 言葉とは裏腹に、妙に強い調子になってしまった……誰かに聞かれたらどうしようか、と思う。だが、誰もいないことは分かっている。今、ここにいるのは、眠っている士郎と、あとは自分だけだ。だから、存分に本音を吐き出せる。
「私はね、士郎、本当は――――」
 まるで抱きしめるような玉藻の姿を、午後の陽光が静かに暖かく照らしていた。